新選組谷三十郎、謎の頓死
谷三十郎のことは、司馬遼太郎の小説の中では宝蔵院流の槍の達人と書かれている。(「槍は宝蔵院」)史実は弟の谷万太郎が種田流の槍術の遣い手で、兄の三十郎は神明流剣術の達人であった。谷三十郎の末弟昌武は近藤勇の養子となり、その縁故から隊内では三十郎は相当幅をきかせ、傍弱無人の振舞いが多かった。そのため新選組の中であまりよく言われていなかったようだ。多くの小説や映画では、ほとんど悪役として扱われている。ドラマ「新選組血風録」では土方歳三、沖田総司、斎藤一の3人によって殺害される。本当の史実は、三十郎が慶応2年4月1日、祇園階段下で突然頓死を遂げた。斎藤一の手にかかって斬殺されたという説、酒席での喧嘩説、永倉新八によれば病死という説、ともかく死因はよくわからない。三十郎の遺骸は、光縁寺に土葬された。現在、本伝寺(大阪市北区兎我野町)に墓がある。フジテレビ「新選組、士道に背きまじきこと」を見ると、戸浦六宏演じる谷三十郎は士道不覚悟として近藤勇(鶴田浩二)に斬られていた。
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