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2018年5月22日 (火)

面白雑学「何でも知って、何でも考えよう」

Abogadoscostadelsol4 このブログでは芸能ネタから政治・学術・自然科学まであらゆる話題をとりあげる。でも最近、頭痛・めまい・手足のしびれ・不眠症など体調不良によりコメントの返礼ができませんので悪しからず。

  閑静安適の日々を過ごしながら、学ぶことそのものを喜びとしたい。このブログにおいて「何でも知って、何でも考えよう」の精神で、歴史・時事問題、最近話題のトレンドだけではなく、古今東西の雑学ネタを集める。わからないこと知らないことは、放っておいても実のところ当面、何かに不自由するということはない。でも人間不思議なもので知らないでいることは気にかかる。ネットでも本でもなんでも使って、とことん調べてみたい。17世紀イギリスの詩人ベン・ジョンソンのことばに「多くの事をするのはやさしいが、一事を永続するのはむずかしい」とある。いわばこの10年間に調べた雑学事典である。現在の記事数は、11480。

   記事の叙述は、「いつ」「どこで」「だれが」「なにを」「なぜ」「どのように」を軸に、わかりやすい文章を心がける。:現代的な事柄も取り上げながらも学問的にも、高い品位を保ち、一般教養人が読むに堪え得る内容につとめ、実証主義に立脚した研究をめざす。一日一日の着実な積み重ねで、あらゆる分野でもかなりの地点まで到達することができると信ずる。日頃から、見聞を広げ、多くの文献を渉猟し、知識を蓄えるように心がけたい。

   主なカテゴリーと人気記事一覧

366日歴史カレンダー
その日、どんな事件が起こったか!?その日、生まれた人、没した人。▽日本主要人物没年総覧。

雑学室
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地歴室
▽アジア人文地理▽日本の位置と領域▽国号「日本」ニホンか、ニッポンか▽ユーラシアの地名の由来は?▽なぜ地図の上は北なのか?▽赤と白が多く使われている国旗▽タンソネ東小島▽社会科挽歌~軍艦島、ハッカ、ニシン▽韓国の長生標▽西域とシルクロード▽ロンドン大火とテムズ川▽ハールレムを守った少年▽ヴェーバーの工業立地論▽世界発明・発見の歴史年表▽戦争の世界史▽古代エジプトの椅子▽古代エジプトの猫崇拝▽マラソン由来の伝令は誰れ?▽古代ローマのフライパン▽世界最初の王メバラゲシ▽ソクラテス「悪法もまた法なり」は作り話▽イエスは十字架刑か、杭刑か▽新郎が花嫁をお姫様抱っこするのはローマ建国の略奪婚が由来▽コロンブスの卵▽カント 時計よりも正確▽予の辞書に不可能という言葉はない▽中国文明の歴史(概説)▽古代中国の座位(座席の順序)▽フリードリヒ大王と粉屋アーノルト事件▽マーピラの反乱▽秦の始皇帝の母・朱姫▽三顧之礼▽蒙古斑と騎馬民族説▽朝鮮王朝の禁婚令について▽女人禁制▽江戸の拷問「ぶりぶり」▽毛利元就「三矢の訓え」は作り話か?▽利休キリシタン説▽明治のうさぎブーム▽ふるさとの偉人▽補陀洛▽死んでもラッパをはなしませんでした▽ラコニア号遭難事件▽貨狄尊者

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「人生不可解」 藤村操、華厳の滝で投身自殺

Photo_6     明治36年5月22日、一高生徒の藤村操が日光・華厳の滝に投身自殺した。投身に先立ち、かたわらの大樹をけずり、巌頭之感を書き残した。

悠々たる哉天壌、遼々たる哉古今、五尺の小躯を以て此大をはからんとす。ホレーショの哲学竟に何等のオーソレチーを価するものぞ、萬有の真相は唯一言にして悉す、曰く「不可解」。我この恨を懐いて煩悶終に死を決す。既に巌頭に立つに及んで、胸中何等の不安あるなし、始めて知る、大いなる悲観は大いなる楽観に一致するを。

   ここで引き合いに出されているホレーショというのは、シェークスピアの「ハムレット」の登場人物のことである。「なあ、ホレイショ―よ、天と地の間には君の哲学などでは夢にも思い描けぬことがあるのだよ」という有名な台詞がある。それはともかく、当時夏目漱石は第一高等学校で英語を教えており、藤村は教え子であった。野上豊一郎は漱石との関係を次のように語っている。

   先生は何しろ生徒が下読みをして来ないのを嫌われたが、藤村は自殺する頃二度ほど怠けた。最初の日先生から訳読を当てられたら、昂然として「やって来ていません」と答えた。先生は怒て「此次やって来い」と云って其日は済んだが、其次の時間に又彼は下読みをして来なかった。すると先生は「勉強する気がないなら、もう此教室へ出て来なくともよい」と大変に叱られた。するとその二三日後に藤村の投身のことが新聞に出た。その朝、第一時間目が先生であったが、先生は教壇へ上るなり前列にゐた学生の心算では、あの時手ひどく怒った故彼が自殺をしたのじゃないかと、ふと思ったのだったさうだ。後年小説の中で藤村の死に対する先生の理解を示されたが、藤村についてはそんな挿話があったのである。

  藤村操の投身自殺は同世代の青年に大きなショックを与えた。

徳川家康忌日

Photo   徳川家康(1542-1616)の人生はまさに「忍」の一文字であった。天文11年12月26日、三河の岡崎城で呱々の声をあげた。信長よりおくれること8年、秀吉からは5年。歳の順序に気がねしたわけではあるまいが、このとおりの序列で後を追い、天下をとった。元和2年4月17日(1616年5月22日)73歳で没した。死因は鯛のてんぷら説もあったが、近年は胃がん、梅毒説が有力である。ちなみにシェークスピアは同年4月23日に世を去っている。

    幼名は竹千代、父は松平広忠、母は刈谷城主水野忠政の娘於大。天文16年、三河岡崎城の広忠は、織田信長の猛攻をうけ、今川義元に援けを求めたが、このとき竹千代はわずか6歳で今川氏へ人質に送られることとなった。今川氏の本拠駿府への途中、義理の祖父である渥美郡田原城主戸田康光にだまされて信秀の手中に落ちた。康光がうけとった礼金は永楽銭五百貫とも一千貫ともいう。いずれにせよ家の仇、父の敵へ売りとばされたわけだ。だが、父広忠が信秀の脅迫にのらず毅然たる態度で臨んだのが逆に幸いして、信秀の心を打ち、人質とはいえその扱いは鄭重であった。幼い竹千代は、尾張の万松寺での人質生活のあいだに、14歳の荒くれ信長と知りあった。8歳のとき一度岡崎に戻ることがてきたが、半月ほどで再び今川氏の人質として駿府に移された。今川義元が桶狭間で仆れるまでのことであるから、前後を通じて足かけ13年の人質生活であった。しかし、その生涯をみると、ものごころついてから秀吉の死後に至るまでの50余年間、家康はいつも誰かに頭を押さえられて過ごしている。ひたすらの「忍」であった。誰にでもできることではない。家康には、信長のような鋭利で独創的な才能はない、また秀吉のような奔放・豪快、しかも機略縦横といった華やかさもない。だが、めだたぬ聡明さと組織力とで、打つ手の一石一石は実に着実であった。だからこそ波瀾ふくみの秀吉死後を無事に切り抜けとおし、ついに天下の覇権を掌中にしたのである。常用の印文には天下の匂いも布武の臭みもなく、「福徳」または「忠恕」という、道学先生を思わすような字句であったのも、いかにも家康らしいといえる。(参考:岡本良一「国民の歴史12 天下人」)

徳川家康関係図書

逸史12巻首1巻7冊 中井竹山、浅井吉兵衛等 明治9年

列祖成績20巻20冊 安積澹泊 徳川昭武 明治11-12年

仮名挿入皇朝名臣伝4 中沢寛一郎編 溝口嘉助 明治13年

東照宮実記仰晃雑誌1-9 細谷蕉露編 仰晃社 明治16年

日本百傑伝 第8編 松井広吉編 博文館 明治26年

東照宮御一代記 沼崎重孝 明治28年

徳川家康 本城正琢 公愛社 明治30年

徳川家康公 吐香散人 日吉堂 明治32年

2018年5月21日 (月)

リンドバーグ愛児誘拐事件

 1927年5月20日、チャールズ・リンドバーグが操縦する単葉機「スピリット・オブ・セントルイス」がニューヨーク郊外のルーズベルト飛行場を飛び立った。それから33時間30分後の21日、彼はパリのブールジュ飛行場に着陸する。大西洋単独無着陸飛行の成功である。飛行場には10万人にのぼる群集が、一目リンドバーグを見ようと押し寄せた。彼は航空機時代を象徴する空の英雄であった。しかし彼の人生には脱ぐ去りようのない暗い事件がある。

   1932年3月1日、チャールズ・リンドバーグの長男が遺体で発見された。これより1年前の3月1日に、ニュージャージー州ホープウェルの自宅から誘拐されるという事件が発生していた。現場には犯人からの身代金5万ドル要求の手紙が残されていた。事件から2日たった4日に、新聞はリンドバーグの声明文を掲載した。「身代金を支払って息子の身柄を引き取ることができるなら、犯人の不利になるようなことは、断じてしない」。これを見た法務長官は「リンドバーグに、犯罪訴追の免責を申し出る権限などはない」と語った。3月8日には、ジョン・コンドンという72歳の老講師が、誘拐事件の仲介役を申し出た。12日に、コンドンはジョンという男(「墓場のジョン」)と会い、子どもは船の中で元気にしていると聞く。16日には、コンドンの家に息子のパジャマと身代金の受け渡し方法が書かれたメモの入った小包が届けられた。リンドバーグは警察には一切干渉しないことを約束させた。4月2日、1通の封筒がタクシー運転手によってコンドンの家に届けられた。コンドンとリンドバーグは、現金を持って指定されたブロンクスのセント・レイモン墓地に着き、コンドンは「墓場のジョン」と会い、子どもが隠されている場所の書いてあるメモの入った封筒と身代金を交換することになった。しかし子どもは発見できなかった。子どもの遺体が発見され、検視結果は、子どもは誘拐された直後に死亡していたことが判明した。

Hauptmann_6 それから2年半後、ドイツ系移民の大工のブルーノ・ハウプトマン(画像)という男が逮捕された。身代金として支払われた紙幣をガソリンスタンドで使ったこと、そして、何よりも自宅から残りの紙幣が大量に発見されたことが決め手になった。法廷では、リンドバーグはハウプトマンを指さして犯人と断言した。コンドンは、公判開始前の段階ではハウプトマンを「墓場のジョン」と断定するのを繰り返し拒んでいたが、証言を翻し、ハウプトマンを「墓場のジョン」と断定した。人間は、たった一度しか聞いたことのない人の声を2年も3年もたってから思い出すことができるのだろうかという疑問は最後まで残った。しかし、デビット・ウィレンツ法務長官は当時広がっていた反独感情をたくみに利用しながら、ハウプトマンを蛇呼ばわりして彼の人格を誹謗し、陪審員に偏見を持たせようとしていた。

    ハウプトマンは最後まで無罪を主張したが、1936年4月3日、トレントン刑務所で電気椅子によって処刑された。しかし、彼の有罪を疑問視する人も少なくなかった。ニュージャージー州知事のハロルド・ホフマンもその一人だ。彼は「私はこの犯罪が1人の人物によってなされ得たとは思えない」と、彼は公式に声明した。70年たった今も真相は謎であり、この事件の裁判は米国司法史上に疑問と汚点を残すことになった。

 疑問は多数ある。ハウプトマン逮捕後も、リンドバーグの身代金に使われた紙幣はいまだに街にながれていた。それに決定的なアリバイがハウプトマンにはあった。1931年3月1日にはニューヨークのアパートで仕事をしていた。それが事実なら、同じ日にニュージャージー州ホープウェルに行って、夜9時すぎにリンドバーグ家に行って、息子を誘拐することは極めて困難になる。アパートの所有者は、ハウプトマンの主張が事実であることを証言したが、作業時間記録表と賃金支払い記録はなくなっていた。記録はすでに検察と警察に押収され、検察側の主張を裏付けるものに改ざんされていた。驚くべきことに弁護人のレイリーは法廷でのこれらの決定的な物証を十分に調べることもせずに、ハウプトマンのアリバイを立証できなかった。弁護人エドワード・レイリーは、反ハウプトマンを標榜していたヒュース・プレス社から金をもらっていただけではなく、以前からリンドバーグの熱烈なファンだった。法廷でのあまりの失策に、次席弁護人のフィッシャーは公判の審理中に「あなたは、ハウプトマンを電気椅子に送ろうとしている。それでも彼を弁護しているつもりなのか?」と公然と非難した。

    検察側は、事件の夜にハウプトマンを見たと証言する87歳のアマンダス・ホークス(彼は1000ドルの賞金を得た)を証人として喚問した。彼はハウプトマンがはしごを積んだ車に乗っているのを見たと主張した。このほとんど目の見えない老人の信頼しがたい証言に対して、弁護側はほとんど反論していない。

    結審後5か月たった1935年7月には、米国法律家協会が「純然たる裁判を公開ショーのように扱うのは、生命そのものを軽んずることと同じだ」と述べ、検察・弁護側双方を手厳しく批判した。

    リンドバーグは、晩年はハワイでひっそりと暮らし、72歳で他界した。ハウプトマンの遺体が霊柩車で刑務所から出で行くのを見守る群集を写した一枚の写真がある。司法が過ちを犯したと考える人々も多かったのだ。(3月1日、5月21日)

人物没年総覧

   人はみな死ぬ。江戸期の文人、蜀山人(大田南畝)がそのことを素直に歌っている。「今までは人のことだと思ふだに 俺が死ぬとはこいつはたまらん」。歴史を彩った英雄・偉人たちは、それぞれどのような場所で、どのような死に方をしたのだろうか。奇才・山田風太郎は「人間臨終図鑑」で著名人923名の臨終の模様を描いた。「メメント・モリ」なんじは死を覚悟せよの意味。死について考えることで、今をよりよく生きるようにしたい。

5月23日
ヘンリック・イプセン、享年78歳。オスロにて死去。

5月22日
ヴィクトル・ユーゴー、享年83歳。1885年パリにて死去。急性肺炎。

5月21日
野口英世、享年51歳。1928年ガーナ・アクラで研究中黄熱病に感染し死亡。

5月20日
日野富子、享年57歳。明応5年(1496年)死亡。
生田春月、享年38歳。昭和5年(1930年)播磨灘沖で投身自殺。

5月19日
宮本武蔵、享年62歳。正保2年(1645年)熊本千葉城の自宅で死没。神経痛と胃癌。

5月18日
紀貫之、享年79歳。天慶8年(945年)死去。

5月17日
サンドロ・ボッティチェリ、享年65歳。1510年フィレンツェで死亡。彼の絵は人気を失い、数世紀にわたってほとんど忘れられた存在となった。

5月16日
北村透谷、享年25歳。明治27年(1894年)東京芝公園で首吊り自殺。

5月15日
犬養毅、享年76歳。昭和7年(1932年)五・一五事件で暗殺される。

5月14日
大久保利通、享年49歳。東京紀尾井坂で石川県士族島田一郎ら6人に襲われ死去。

5月13日
谷干城、享年74歳。明治44年(1911年)
田山花袋、享年60歳。昭和5年(1930年)自宅で死去。咽頭癌。

5月12日
青木昆陽、享年71歳。元禄11年(1698年)
秋田雨雀、享年79歳。昭和37年(1962年)結核と老衰のため自宅で死去。

5月11日
脇屋義助、享年38歳。興国3年、康永元年(1342年)病没。
土方歳三、享年34歳。明治2年(1869年)箱館で戦死。
萩原朔太郎、享年57歳。昭和17年(1942年)急性肺炎により世田谷の自宅で死去。
小泉信三、享年78歳。昭和41年(1966年)。心筋梗塞。

5月10日
二葉亭四迷、享年46歳。明治42年(1909年)シンガポール沖ベンガル湾洋上にて死去。腹膜炎。

5月9日
フリードリヒ・フォン・シラー、享年45歳。ザクセン・ヴァイマルの自宅で病死。
岩野泡鳴、享年47歳。大正9年(1920年)東京帝大病院で病死。腸チフス。

5月8日
テレサ・テン、42歳。1995年タイ・チェンマイのメイピンホテルで気管支喘息による発作のため死去。

5月7日
真田信繁、享年49歳。慶長20年(1615年)大坂夏の陣で戦死。

5月6日
足利義満、享年49歳。応永15年(1408年)病死。

5月5日
ナポレオン1世、享年51歳。1821年セントへレナ島で死去。胃癌。

5月4日
藤原旅子、享年30歳。桓武天皇の夫人、藤原百川の長女。延暦7年(788年)死亡。
嘉納治五郎、享年71歳。昭和13年(1938年)カイロからの帰途、氷川丸船中で死去。肺炎。

5月3日
和田義盛、享年67歳。建暦3年(1213年)和田合戦で敗死。
柳宗悦、享年72歳。昭和36年(1961年)脳溢血。
高橋和巳、享年39歳。昭和46年(1971年)結腸がんのため東京女子医科大学病院で死去。

5月2日
レオナルド・ダ・ヴィンチ、享年67歳。1519年フランス、アンボワーズ近郊のクルーの館で死去。
福田英子(景山英子)、享年62歳。昭和2年(1927年)死去。

5月1日
萬鉄五郎、享年41歳。昭和2年(1927年)神奈川県茅ヶ崎の自宅にて死去。結核。

4月30日
源義経、享年31歳。文治元年(1189年)衣川の戦いにて死去。

4月29日
アルフレッド・ヒッチコック、享年80歳。1980年、ロサンゼルスにて死去。腎不全。

4月28日
中里介山、享年59歳。昭和19年(1944年)東京都阿伎留病院にて死去。腸チフス。

4月27日
ソクラテス、享年70歳。紀元前399年、アテネの獄中で自殺。

4月26日
足利基氏、享年28歳。正平22年(1367年)病死。死因は麻疹とされる。

4月25日
近藤勇、享年33歳。明治元年(1868年)東京・板橋で斬首さる。

4月24日
紀伊国屋文左衛門、享年66歳。享保19年(1734年)。

4月23日
ウィリアム・シェイクスピア、享年52歳。死因は腐りきったニシンから伝染した感染症らしい。ストラトフォード。

4月22日
リチャード・ニクソン、享年81歳。ニューヨークシティで脳卒中で死去。

4月21日
ダニエル・デフォー、享年71歳。1731年ロンドンで死去。

4月20日
下村湖人、70歳。昭和30年(1955年)東京都新宿区の自宅で死去。脳軟化症と老衰。

4月19日
チャールズ・ダーウィン、73歳。1882年イギリス・ケント州ダウン村の自宅で死去。

4月18日
孔子、享年71歳。魯国哀公16年(紀元前479年)、魯で没した。

4月17日
徳川家康、享年73歳。元和元年(1616年)駿府城にて死去。胃がん。

4月16日
川端康成、享年72歳。昭和47年(1972年)神奈川県逗子市にてガス自殺。

4月15日
里見成義、享年57歳。永正元年(1504年)没。安房里見氏2代目当主。南総里見八犬伝に名前は義成(よししげ)として登場するが実在は不明。

4月14日
高杉晋作、享年27歳。慶応3年(1867年)下田市桜山にて肺結核のため死去。

4月13日
草壁皇子、享年27歳。持統天皇3年(689年)
伊能忠敬、享年73歳。文化15年(1818年)
石川啄木、享年26歳。明治45年(1912年)小石川区久堅町にて肺結核のため死去。

4月12日
武田信玄、享年53歳。天正元年(1573年)病没。

4月11日
木村正辞(国文学者)、享年87歳。大正2年(1913年)腎炎で死去。
昭憲皇太后、享年64歳。大正3年(1914年)崩御。狭心症。

4月10日
川端龍子、享年80歳。昭和41年(1966年)老衰。
桑原武夫、享年83歳。昭和63年(1988年)病没。

4月9日
藤原家隆、享年80歳。嘉禎3年(1237年)大阪の夕陽丘で死没。
足利義稙、享年56歳。大永3年(1523年)徳島県鳴門で死没。
武者小路実篤、享年91歳。昭和51年(1976年)狛江の慈恵医大第三病院にて死去。尿毒症。

4月8日
結城秀康、享年34歳。慶長12年(1607年)死去。梅毒。
吉田東洋、享年46歳。文久2年(1862年)土佐帯屋町にて暗殺さる。
高浜虚子、享年85歳。鎌倉由比ヶ浜の自宅で死去。脳溢血。

4月7日
弓削道鏡、享年72歳。宝亀3年(772年)栃木県下野市で死去。
浅野長政、享年68歳。慶長16年(1611年)茨城県桜川市で死去。

4月6日
大田南畝、享年75歳。文政6年(1823年)登城の道での転倒が元で死去。
小栗上野介忠順、享年42歳。慶応4年(1868年)群馬県高崎で斬首。

4月5日
九条兼実、享年59歳。建永2年(1207年)
高田屋嘉兵衛、59歳。文政10年(1827年)背中にできた腫物が悪化。

4月4日
北条時宗、享年34歳。弘安7年(1284年)死因は結核とも心臓病ともいわれ明らかでない

4月3日
快川紹喜、享年80歳。天正10年(1582年)恵林寺において焼死。
隠元隆琦、享年80歳。延宝元年(1673年)没。
小林古径、享年74歳。昭和32年(1957年)慶応病院においてパーキンソン病と脳軟化症のため死去。

4月2日
一条兼良、享年78歳。文明13年(1481年)病没。
田沼意知、享年36歳。天明4年(1784年)江戸城内において佐野政信に殺害される。
高村光太郎、享年74歳。昭和31年(1956年)東京中野のアトリエで病没。結核。

4月1日
北條経時、享年23歳。寛元4年(1246年)死去。
岩倉具定、享年58歳。明治43年(1910年)死去。
西東三鬼、享年62歳。昭和37年(1962年)葉山で死去。

3月31日
尾崎一雄、享年83歳。昭和58年(1983年)小田原で死去。

3月30日
大槻玄澤、享年69歳。文政10年(1829年)江戸で病没。
野上彌生子、99歳。昭和60年(1985年)老衰のため成城の自宅で死去。

3月29日
八百屋お七、享年16歳。天和3年(1683年)鈴ヶ森で火刑。
立原道造、享年24歳。昭和14年(1939年)中野区江古田の市立療養所で病没。結核。

3月28日
内村鑑三、享年69歳。昭和5年(1930年)新宿区北新宿の柏木の自宅で病没。
椎名麟三、享年61歳。昭和48年(1973年)脳内出血のため世田谷区松原の自宅で死去。

3月27日
懐良親王、享年54歳。弘和3年・永徳3年(1383年)筑後矢部で病没。
広瀬武夫、享年35歳。明治37年(1904年)旅順港閉塞作戦において福井丸で戦死。

3月26日
足利義尚。享年23歳。延徳元年(1489年)近江鈎の陣中で病死。
与謝野鉄幹、62歳。気管支カタルがもとで慶應義塾大学病院で死去。
室生犀星。享年72歳。昭和37年(1963年)東京都港区虎ノ門病院で死去。肺癌。

3月25日
蘇我倉山田石川麻呂。大化5年(649年)没、享年不詳。山田寺(奈良県桜井市)で自殺。
蓮如、享年84歳。明応8年(1499年)、京都・山科本願寺で死去。

3月24日
平時子、享年59歳。文治元年(1185年)壇ノ浦の戦いで安徳天皇を抱いて入水。

3月23日
水上滝太郎、享年53歳。昭和15年(1940年)東京で病没。脳溢血。

3月22日
新美南吉、享年29歳。昭和18年(1943年)愛知県半田市の自宅で病没。結核。
藤原義江、享年77歳。昭和51年(1976年)日比谷病院で病没。脳血栓症。

3月21日
空海、享年62歳。承和2年(835年)高野山で入定。
柳生十兵衛、享年44歳。慶安3年(1650年)急逝、死因は不明。
田中絹代、享年67歳。昭和52年(1977年)順天堂病院で没。脳腫瘍。

3月20日
黒田如水、享年59歳、慶長9年(1604年)京都伏見の黒田邸で病没。
上杉景勝、享年69歳。元和9年(1623年)米沢城で病没。

2018年5月20日 (日)

古代ローマの凱旋門

  凱旋門とは、軍事的勝利を讃え、その勝利をもたらした将軍や国家元首や軍隊が凱旋式を行う記念のために作られた門である。フランスのナポレオンがパリに作らせたエトワール凱旋門(1836年)が有名であるが、これは古代ローマの風習にならったものである。現存する古代ローマの凱旋門は壊されたりしたため、完全な形で残っているものは少ない。古代ローマ時代の凱旋門で、現存する最古のものは紀元前27年に元老院が初代皇帝アウグストスに贈呈したリミニにあるアウグストスの凱旋門である。ローマ市内に現存する凱旋門としてはティッスの凱旋門がある。紀元71年ティッス率いるローマ軍はエルサレムとその神殿を略奪して火を放つ。71年にティッスはローマに戻り熱狂的な歓迎を受ける。ティッスは79年に皇帝になるが、2年後に急死したため。弟のドミティアヌスが次の皇帝となり、すくさま兄の業績をたたえる凱旋門を建立した。カンピドリオの丘の麓に建つセプティミウス・セヴェルスの凱旋門は203年に建立したものです。凱旋門の中でも最大のものが315年にコンスタンティヌス1世が建設したコンスタンティヌス凱旋門です。

観応の擾乱

  観応の擾乱は、南北朝時代の1349年から1352年にかけて続いた将軍足利尊氏と弟直義両派の分裂によって引き起こされた全国的争乱。高師直・師泰の死、直義の毒殺によって収まった。

   室町幕府初期の政治体制は足利尊氏と弟直義による二頭政治で、尊氏は守護職の任命権や恩賞の授与、没収権をもち、直義は民事裁判権や所領を保証する権限をもっていた。尊氏は人間的に柔軟でよく衆を統御した。その権限を実際に執行し尊氏がもっとも信頼したのは執事の高師直である。師直は既成の権威や秩序を否定し実力主義で動乱の世を生きていく型の人物であった。尊氏、師直は荘園領主の権益をおかして自己の勢力を伸張しようとする武士たちの要望をくみあげ、荘園領主に対して急進的、否定的な政策を強行した。これにくらべ、直義は謹直で秩序を重んじ、政治理念としては鎌倉時代の執権政治を範とし、政策としては温和な漸進主義をとった。このような尊氏、師直と直義の権限、政策、性格などの相違はおのずからそれぞれの党派を形成し抗争することとなった。尊氏、師直の方には戦功、実力によって重用された武将が集まり、また足利一門のなかでも、家格の低い者や、足利氏譜代の家来も師直の方に属した。直義の方には、旧鎌倉幕府官僚系の吏僚的武士や足利一門のなかでも家格の高い有力者が集まった。族的関係からいえば、一族の庶子が尊氏方に属し、惣領が直義方に属した。地域的には畿内周辺の反荘園的な新興武士層が師直を支持し、関東、奥羽、九州など同族的結合の強い地域の武士たちは直義に属する者が比較的に多かった。もちろんこれらも原則的な区別で、武士たちの両陣営に対する離合はかなり頻繁で、流動性があった。

  師直は、1348年楠木正行を四条畷に破ってから、にわかに声望を高め、幕府部内で勢力を拡充していた直義と抗争を激化していった。翌年、直義は尊氏に迫って師直の執事をやめさせ、続いて師直は逆に直義を討とうとして、尊氏がようやく和解させた。直義は外様として養子直冬を中国に派遣していたが、直冬は九州に入って一時威を振った。尊氏は直冬討伐のため出陣し備前まで軍を進めたが、直義方の挙兵が各地に相次いだので1351年正月、急ぎ帰京した。直義方の部将が相次いで入京し、山名時氏らは直義方についた。二月、尊氏は直義に和を請い、師泰、師直兄弟は出家、助命させることで和義が成立したが、師直兄弟は上杉能憲に殺された。入京した直義は前からすすめていた吉野との和平交渉を続けたが不成立に終り、直義の立場は苦しくなり、幕府の再分裂がおこった。七月、直義は政務を辞し、尊氏、義詮父子は出陣して直義挟撃の態勢を示した。八月、直義は斯波高経らを率いて北国に向けて出立した。尊氏は南朝と和平交渉をし、直義追討の綸旨を得て東下し、相模で直義を降した。2月26日、直義は突如死去した。毒殺されたという。観応の擾乱は幕府の二頭政治の矛盾から生じたが、尊氏、直義の南朝に対する便宜主義的な態度とも相まって南朝の命運を長びかせ、南北朝の動乱を半世紀以上も続かせる主な原因ともなった。

カンヌ国際映画祭

Thethirdmanlastshot     フランスで開催された第71回カンヌ国際映画祭で是枝裕和監督の「万引き家族」が最高賞パルムドールを受賞した。日本作品の受賞は1997年の「うなぎ」(今村昌平監督)以来21年ぶりとなった。1946年9月20日、第1回カンヌ国際映画祭が開催された。1939年から開催の予定だったが、当日に第二次世界大戦勃発のため中止、終戦後の1946年に正式に開催。第3回に出展されたイギリス映画「第三の男」(1949)がグランプリを獲得し、世界でも興業的に成功し、映画史に残る傑作となった。(9月20日)

ヴァスコ・ダ・ガマとインド航路

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    16世紀大航海時代をもたらした要因の一つは、香辛料をはじめアジア物産に対するヨーロッパ人の欲求であったが、ヴァスコ・ダ・ガマ(1469-1524)とカリカット領主のやりとりはアジア物産の豊かさを物語っている。1498年5月20日、ガマは香辛料や宝石の交易で賑わうカリカットに上陸すると、この地の領主ザモリンに面会を求めた。ガマが領主に用意した贈物は、布、帽子、珊瑚玉などである。領主の執事はこれを見て、「とても王様に差し出す品物ではない。アジアの最も貧しい商人でもこれ以上の贈物を持ってくる」と罵った。ガマはどうにか香辛料を手に入れたが、結局、贈物は拒否され、出航許可として税金を命じられた。しかし、ガマはその税金も支払わず、出航を強行したのであった。( keyword;Vasco da Gama,Zamorin )

2018年5月19日 (土)

宮本武蔵忌日

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大津街道脇にあった武蔵の墓は平成元年から武蔵塚公園として整備された

    二天一流の創始者で、剣聖と仰がれる宮本武蔵の墓は熊本にある。寛永17年、細川忠利に招かれて来熊。晩年は熊本で過ごした。1年後に忠利に先立たれた後は岩戸観音の霊巌洞にこもる日々が続き、「五輪書」「独行道」などを著し、また画人として水墨画の名品を残した。正保2年5月19日に飽田郡五町手永弓削村(現熊本市龍田弓削1丁目)に葬られた。墓は武蔵塚公園内ある。墓碑には「兵法天下一 新免武蔵居士石塔 正保酉乙年五月十九日」と記されている。武蔵の墓はもう一つある。熊本市島崎町霊寿庵裏の自然石で、碑面に「貞岳玄信居士」とある。その横には、「心月清円信女」という女性の墓石が並んでいる。享年62歳。病名は神経痛と胃癌だった。

2018年5月18日 (金)

ファニイ・フェイス岸井ゆきの

   ファニー・フェイスとは「おかしな顔」。美人といわけではないが、個性的で魅力ある顔立ち。オードリー・ヘプバーン主演の「パリの恋人」(1957年)で流行語になった。当時はパスカル・ブチやミレーユ・ダルクなど仏女優がそう呼ばれた。日本では若林映子や加賀まりこ、そしてこの尺度を限りなく通俗化して登場したのが研ナオコである。最近人気急上昇の永野芽郁(半分、青い)や岸井ゆきの(モンテクリスト伯)らはファニー・フェイスに分類されるだろう。

阿部定事件

Photo_2     昭和11年というのはニ・ニ六事件が起こった年である。しかし同じ年の5月18日に起きた阿部定事件のほうが国民の関心は遥かに高かった。阿部定が細面の美人と報ぜられ、日本中がその話題でもちきりとなった。阿部定は明治38年神田の畳屋の娘として生まれ、32歳当時東京中野の鰻屋の女中として入り、石田吉蔵と昵懇になる。まもなく不倫関係となり吉蔵を絞殺し、東京から逃走し、3日後に捕まった。大阪駅にいた、横浜に飛んだ、いや広島だ、仙台だと怪情報が錯綜した。阿部定逮捕の様子はこうである。高輪署の安藤部長刑事は管内の旅館をしらみつぶしに調べた。「お定さんだね」女はこっくりうなづいた。もう逃れられないと覚悟して「夜になったら死ぬつもりでした」と語った。「例のものはどうした」と聞くと、定は帯の間から、ハトロン紙包みをとり出し、それを大事そうにみせただけですぐにしまい込んでしまった。現在阿部定の消息は不明で墓も戒名もわからない。生存していれば112歳になる。

2018年5月17日 (木)

中国関係図書文献目録

Photo_2 中国四千年の歴史は、漢字をはじめ、暦法、漢方薬、官僚制度など、実にさまざまな社会制度、文物、風習を生み出した。そのいくつかは、わが国と密接な関係となり、われわれ日本人の生活のなかにとけ込んでいる。それは単なる一般習俗のような形而下の風習だけではなく、思想や芸術などの形而上においても同じことがいえる。中国思想の根本である儒教や老荘思想など古代中国思想が、日本人の道徳観や人生観にどれほど重大な影響を与えてきたかは、はかり知れないし、わが国の文化が中国から影響を受けていることがひじょうに大きいのである。

参考書目

Bibliography of Chinese Humanities:1942~1972 近三十年中国文史哲論著書目 Compiled by Scott K. Ling 1975
中国書籍総目録 全国総目録1949~1965年 全19巻・補巻1 竹中憲一編 龍渓書舎 1981
中国書籍総目録 全国総目録1981~1983年 不二出版 復刻版 全33巻補巻1  1983
国立国会図書館漢籍目録 国立国会図書館 1987
廣博物志 50巻 董期張編
語孟字義 伊藤仁斎 仏教出版発弘書林森江佐七 1705
全唐詩逸 3巻 市川世寧撰 京都 文化元年(1804)
唐土名勝図絵 6巻 岡田尚友 文化3年(1806)
袖珍清国及近傍諸州図 外務省 1870
支那地誌略 1 沖正修 敬業堂 1874
禹域游記 井上陳政 製作者不明 1880頃
支那内治要論 井上陳政 敬業社 1888
禹域通纂 楢原陳政 大蔵省 1888
支那地誌 蒙古部 参謀本部 1889
支那地誌 満州部 参謀本部 1889
支那文学全書 博文館 1892
清国本部與地図 大阪出版 1894
近世文学史論 内藤虎次郎 政教社 1897
西力東漸史 中川半次郎 春陽堂 1898
辞源 商務印書館 1900
東洋西洋教育史 中野礼四郎 博文館 1900
西力東侵史 斎藤阿具 金港堂 1902
支那交通現勢図 遠山景直編 1903
支那書史学 中根粛治 1903(推定)
漢文学講義(少年叢書) 26冊 興文社 1903~1915
宋学概論 小柳司気太 哲学書院 1903
最新中国二十一省地図 嵯峨野彦太郎 1904
古文玖舊書考 4卷 島田翰 民友社 1905
清国行政法 6 臨時台湾旧慣調査会 1905-1914
清国通考 服部宇之吉 三省堂 1905
虚無恬淡主義 遠藤隆吉 弘道館 1906
清国商業総覧 東亜同文会 1906
漢律類纂 張鵬一 奉天・格致学堂 1907
近世儒学史 帝国百科全書172  久保得二 博文館 1907
儒教回運録 村岡素一郎 金港堂 1907
儒教聖典 大江文城編 開発社 1907
春秋倫理思想史 綱島榮一郎 博文館 1907
成吉思汗実録 那珂通世訳 大日本図書株式会社 1907
孟子言行録 有馬祐政編 博文館 1908
孟子言行録 偉人研究49  武安衛編 内外出版協会 1908
極東近世史 高桑駒吉 早稲田大学出版部 1909
儒教新議 内田正 浜松・内田正 1909
巨人荒尾精 井上雅二 佐久良書房 1910
清国行政法 全7冊 台湾旧貫調査会 台湾総督府 1910~14
東洋教育史 中島半次郎 早稲田大学出版部 1910
支那食料植物 ブラスダーレ 川上滝弥訳 台湾総督府殖産局 1911
支那ニ於ケル法典編纂ノ沿革 法律学経済学研究叢書7 浅井虎夫 1911
殷墟書契 前編8巻 羅振玉撰 1913
礼記鄭注 漢文大系17  服部宇之吉校訂 冨山房 1913
李詩講義 森槐南 文会堂 1913
殷墟書契考釈 羅振玉撰 1914
支那論 内藤虎次郎 文会堂 1914
儒家理想学認識論 内田正 岩波書店 1914
会稽郡古書雑集 魯迅 1915
学生字典 陸爾奎・方毅編 上海商務印書館 1915
辞源 陸爾奎・方毅等編 商務印書館 1915
日支交渉論 吉野作造 警醒社 1915
殷墟書契 後編2巻 羅振玉撰 1916
京師図書館善本簡明書目 賈曾佑 1916
極東の民族 現代叢書 中山久四郎 民友社 1916
支那古田制の研究 法律学経済学研究叢書17  加藤繁 京都法学会 1916
支那論集 市村瓚次郎 冨山房 1916
東洋画論集成 今関天彭 読画書院 1916
支那商業慣習 支那研究叢書3 東亜実進社 1917
支那省別全誌 東亜同文会 1917~1920
儒家哲学本義 内田正 岩波書店 1917
四王呉惲 富岡謙蔵 博文堂 1918
支那政治史鋼領 稲葉岩吉 早稲田大学出版部 1918
韻偶大成 3巻 上村売剣 1919
虎風龍雲 東亜同文書院大旅行誌12  久保田正三編 上海・東亜同文書院 1919
新訳西遊記 中嶋孤島 冨山房 1920
四書索引 森本角蔵編 経書索引刊行所 1921
支那伝説集 木下杢太郎 精華書院 1921
支那陶磁源流図考 葡萄匋雅集第4 中尾万三 大連・匋雅会 1922
清代学術概論 梁啓超著 渡辺秀方訳 読画書院 1922
阿Q正伝 魯迅 『吶喊』に所収 北新書局 1923
支那の鉄道 鉄道省大臣官房外国鉄道調査課 1923
道教聖典 小柳司気太・飯島忠夫 世界聖典全集刊行会 1923
中国小説史略 魯迅 1923
明夷待訪録・近世支那政治論策 黄宗義著 来原慶助訳 広文館 1923 
晏子・賈誼新書・公孫龍子 国訳漢文大成・経子史部18  国民文庫刊行会 1924
漢書藝文志講疏 顧実 商務印書館 1924
極東の三大藝術 小野玄妙 丙午出版社 1924
儒学史 宇野哲人 宝文館 1924
成吉思汗は源義経也 小谷部全一郎 冨山房 1924
剪燈新話・剪燈余話・宣和遺事 国訳漢文大成13   塩谷温 国民文庫刊行会 1924
十批判書 郭沫若 1924
倭寇 長谷川正気 東京堂 1924
中華民国政党史 原田政治 実業之日本社 1925
満蒙における契丹の遺跡について 鳥居龍蔵 東京日日新聞社 1925
華蓋集 魯迅 北新書局 1926
古史辨 5冊 顧頡剛 北平樸社 1926~1935
北支那先秦蕃族考 小川琢治 自家本 1926
東洋芸術史 国史講習会1926 中央史壇新年特別号 第12巻第1号
内藤博士還暦祝賀支那学論叢 弘文堂 1926
近世東洋外史序説 斎藤良衛 巌松堂 1927
清代通史 蕭一山 商務印書館 1927
東方言語史叢考 新村出 岩波書店 1927
和漢書道会 藤原鶴来 好鳶会 1927
支那古陶金石展観図録 昭和3年11月開催 於大阪美術倶楽部 大阪・山中商会 1928
西遊記 ポケット童話叢書3 上脇進 第一出版協会 1929
支那陶磁器史 渡辺素舟 中央出版社 1929
十八史詳解 笠松彬雄 啓文社 1929
儒教批判 河野市次郎 大阪・凡人社 1929
東洋音楽論 春秋文庫 田辺尚雄 春秋社 1929
東洋画 金原省吾 春秋社 1929
日支関係の心理的研究 佐田弘治郎 大連・中日文化協会 1929
晏子春秋校注 張純一 1930
支那書道史概説 有ヶ谷静堂 大同館 1930
儒学概論 北村沢吉 関書院 1930
世界印刷通史 2冊 中山久四郎ほか 三秀舎鮎書房 1930
鮮支遊記 藤山雷太 千倉書房 1930
宋元以来俗字譜 中華民国中央研究院歴史語言研究所 1930
中国問題之回顧与展望 陶希聖編 上海・新生命書局 1930
東洋音楽史 田辺尚雄 雄山閣 1930
東洋哲学史概説 貝尾勝馬 文原堂 1930
日支交通の資料的考察 隋唐交通篇 支那時報叢書第7  水野梅暁 支那時報社 1930
満州地誌研究 田中秀作 古今書院 1930
亜細亜の火薬庫 火を喚ぶ満蒙 三浦悦郎 先進社 1931
殷周銅器銘文研究 上下 郭沫若 大東書局 1931
最新亜細亜大観 黒龍会編 黒龍会 1931
史学名著解題 現代史学大系15  千代田謙ほか 共立社 1931
時局を縺らす支那の民情 後藤朝太郎 千倉書房 1931
辞源続編 方毅等編 上海商務院書館 1931
支那儒道佛三教史論 久保田量遠 東方書院 1931
支那諸子百家考 児島献吉郎 目黒書店 1931
蒋介石 古荘国雄 上方屋 1931
新観孟子 支那哲学思想叢書 内野台嶺 三省堂 1931
西湖風景 福原信三 日本写真会 1931
世界現状大観12  中華民国篇 大西斉外22氏 新潮社 1931
中国小説史略 周樹人 上海北新書局 1931
中国書史 陳彬龢・査猛済 上海商務印書館 1931
中国人名大辞典 蔵励和等編 泰興書局 1931
東洋芸術史講座 全12巻 雄山閣 1931
謎の国外蒙古 胡沙征人 赤爐閣 1931
日支戦争記 島屋政一 大阪出版社 1931
米国カリビアン政策と満州問題 陸軍省調査課 1931
理学綱要 呂史勉 商務印書館 1931
吾が同胞に訴ふ 徳富蘇峰、大谷光瑞 近代社 1931
王観堂文選 王国維 殷周制度論 文求堂 1932
高等支那語読本 大阪外語研究会編 文求堂 1932
語法復文複式漢文研究 石原亨 東興社 1932
呉順赤絵大皿 倉橋藤治郎、青山二郎編 工政会出版部 1932
最新漢文提要 田中健三編 日本文学社 1932
常識としての支那現代文 岩村成允 東亜研究会 1932
初学者の為の東洋哲学 山根鎮夫 文化書房 1932
新興満洲国 社会教育パンフレット148 大西斎 社会教育協会 1932
宋元名画集 田中一松・秋山光夫・相見香爾編 聚楽社 1932
中国商業史 民国、鄭行撰編著 上海・世界書局 1932
東洋所学者洋政治哲学(王道の研究) 安岡正篤 玄黄社 1932
日支文化交渉史 岩垂憲徳 帝国書院 1932
日支交通史 木宮泰彦 冨山房 1932
日支紛争に関する国際聯盟調査委員会の報告 国際連盟協会 1932
満州国中心支那地理 西亀正夫 厚生閣 1932
満州国之金属商工録 小西勝治郎 工業界社 1932
満州国の財政事情 神戸正雄 立命館出版部 1932
満州国の認識と我が国策 栗山博 自印 1932
満州国幣制と金融 金融研究会編 金融研究会 1932
満州国の邦人農業移民 大蔵公望 創建社 1932
満州地之略沿革記・満文研究録 上下 小山愛司 信濃史源考編纂所 1932
民族問題より観たる満州国の将来 小室敬二郎 自衛社 1932
リットン報告書全文解剖 神田正雄 海外社 1932
アジア的生産様式」に就いて ソヴェート・マルクス主義東洋学者協会編 早川二郎訳 白揚社 1933
印刷文明史 全5巻・別巻 島屋政一 五月書房 1933
漢代婚喪礼俗考 楊樹達 商務印書館 1933
漢文学講座 全7巻 長澤規矩也編 共立社 1933~1934
呉須赤絵図鑑 大塚稔編 東洋磁器研究所 1933
古代銘刻彙考 郭沫若 文求堂 1933
興国詩選 漢土篇 塩谷温 弘道館 1934
古代銘刻彙考 続篇 郭沫若 文求堂 1934
支那古典叢函 支那古典叢函刊行会 1933
儒教道徳の特質と其の学説の変遷 北村沢吉 関書院 1933
成吉思汗と亜細亜民族 大濱喜一郎 伊藤書林 1933
日支紛争に関する国際聯盟総会報告書全文 新聞聯合会 1933
東洋近世史1 世界歴史大系8 浦康一 平凡社 1933
東洋近世史2 世界歴史大系9 松井等 平凡社 1933
満州国地名便覧 豊田慶一編 満州文化協会 1933
満州国幣制と大連銀市場 川島富丸 大連・満州文化協会 1933
満州年鑑 昭和8年版 中溝新一編 大連・満州文化協会 1933
満鮮史研究 第1冊 池内宏 岡書院 1933
容斎随筆五集総合引得 1894年晥南洪氏重刊本 聶崇岐 1933
リットン報告附属書 国際聯盟協会編 国際聯盟協会 1933
陰陽五行説 岩波講座東洋思潮4 飯島忠夫 岩波書店 1934
還魂記・漢宮秋 国訳漢文大成・文学部10 国民文庫刊行会 1934
寒山詩 岩波文庫 太田悌蔵訳注 岩波書店 1934
元秘史訳音用字考 陳垣 歴史言語研究所 1934
古今図書集成 陳夢雷著 蒋廷錫等編 中華書局 1934
自顧愷之至荊浩支那山水画史 伊勢専一郎 東方文化研究所 1934
辞通 2冊 朱毅鳳編 上海開明書店 1934
史通評 呂史勉 商務印書館 1934
支那童話読本 矢野藤助編 尚文堂 1934
諸子学総論 先秦思想文化史研究序説 原富男 共立社 1934
儒林源流 西島醇 関儀一郎 1934
隋唐の盛世 世界文化史大系4 仲摩照久編 新光社 1934
宋学の由来及び其特殊性 岩波講座東洋思潮1 武内義雄 岩波書店 1934
西廂記 深沢暹訳 秋豊閣 1934
聖典講義 孝経講話 飯島忠夫 日本放送出版協会 1934
中国娼妓史 王書奴 生活書店 1934
長恨歌研究 遠藤実夫 建設社 1934
東洋学叢編2 静安学社編 刀江書院 1934
東洋精神の復活 伊福吉部隆 第一出版協会 1934
満洲国之将来 大谷光瑞 大乗社東京支部 1933
尉繚子 兵法全書3 公田連太郎訳 中央公論社 1935
漢晋学術編年 上下 劉汝霖編著 商務印書館 1935
匈奴史 白鳥庫吉著 向達訳 商務印書館 1935
近世露満蒙関係史 ウェ・ペー・サヴィン著 川田秀雄訳 福田書房 1935
現代支那の文学 池田孝 東亜研究会 1935
考証法顕伝 足立喜六 三省堂 1935
五経索引 本文・第1巻 森本角蔵編 目黒書店 1935
広西遊記 森岳陽 秋山印刷所 1935
古今典籍聚散考 陳登原 商務印書館 1935
子思子 岩波文庫 藤原正訳注 岩波書店 1935
周易引得 上海錦章書局影印十三経注疏本 1935
儒教道徳に於ける君臣思想 手塚良道 藤井書店 1935
儒教の起源 岩波講座東洋思潮11  津田左右吉 岩波書店 1935
儒教の泰西思想に及ぼせる影響 笠森伝繁 啓明会事務所 1935
儒教文化展覧会記念 東京日日新聞社 東亜調査会主催 白木屋 1935
神僊説 岩波講座東洋思潮11 武内義雄 岩波書店 1935
盛京吉林黒龍江等処標法戦跡興図 和田清解説 満州文化協会 1935
青銅器研究要纂 郭沫若著 田中震二訳 文求堂 1935
全釈菜根譚 加藤咄堂 大東出版社 1935
東洋音楽史 東洋史講座13  田辺尚雄 雄山閣 1935
中国小説発達史 譚正璧 上海光明書局 1935
明の興亡と西力の東漸 世界文化史大系18  鈴木艮編 新光社 1935
楽浪王光墓 小場恒吉、柩框本亀次郎 朝鮮古蹟研究会 1935
和漢故事成語辞海 松村武雄 有宏社 1935
漢詩大講座 12巻 国文青厓監修 アトリエ社 1936
恐慌の発展過程に於ける支那幣制改革の研究 安盛松之助編 南満州鉄道上海事務所 1936
巨人荒尾精 井上雅二 東亜同文会 1936
講孟余話 岩波文庫 吉田松陰著 広瀬豊校訂 岩波書店 1936
国学論文索引 四編 北平図書館索引組劉修業編 北平中華図書館協会 1936
支那思想美術思想 緒論 岩波講座東洋思想17  田中豊蔵 岩波書店 1936
史籍解題  世界歴史大系25 遠藤元男 平凡社 1936
支那社会研究 橘樸 日本評論社 1936
儒学概論 斎藤要 南光堂 1936
儒学研究 斎藤要 教育図書普及会 1936
儒教倫理学 斎藤要 第一書房 1936
上申書・大川周明博士の思想的立場と政治的実践 狩野敏編 日本国体研究所 1936
助辞用法新説 河合絹吉 育英書店 1936
新修書道全集2 漢字部 漢晋・江戸時代・朝鮮・清 平凡社 1936
中華思想 岩波講座東洋思想17  那波利貞 岩波書店 1936
中華民国及満州国貿易統計表 木村増太郎 東京商工会議所 1936
満州史研究 歴史学研究叢書1 歴史学研究会編 四海書房 1936
弥栄村要覧 山崎芳雄編 満州移住協会 1936
湯島聖堂復興記念儒道大会誌 福島甲子三 斯文会 1936
鴨緑江 満州弘報協会編 新京・満州国通信社 1937
最新満州帝国大観 佐藤定勝編 誠文堂新光社 1937
崔東壁遺書引得 亜東書局 1937
辞海 2冊 舒新城等編 上海中華書局 1937
自修支那現代文 和田正勝 大阪屋号 1937
四書 漢文大系1 服部宇之吉校訂 冨山房 1937
支那事変と日清戦争 小泉信三 慶応出版社 1937
儒教の精神 高田真治 大日本図書株式会社 1937
儒教要典 服部宇之吉編 博文館 1937
儒教より観たる老子及び荘子 早川祐吉 古川出版部 1937
春秋経伝引得 上海錦章書局影印十三経注疏本 引得編纂処 1937
蒋介石 石丸藤太 春秋社 1937
世界地理風俗大系 支那篇 誠文堂新光社 1937
中華新聞発達史 井東憲 日支問題研究会 1937
中国古代哲学史 陳元徳 上海・中華書局 1937
中国算学史 中国文化史叢書 李人言 台湾商務印書館 1937
中国調査資料 第1輯 支那秘密結社の新情勢 平野書房 1937
中国殖民史 中国文化史叢書 李長伝 商務印書館 1937
中国文字学史 上下 中国文化史叢書 胡朴安 商務印書館 1937
唐宋法律文書の研究 仁井田陞 東方文化学院研究所 1937
東洋精神概観 日文満文 久保田肇 東宛書房 1937
日支戦争より日ソ戦争へ 茂森唯士編 高山書院 1937
室伏高信全集 全15巻 青年書房 1937
満鮮史研究 中世第2冊 池内宏 座右宝刊行会 1937 
アジア的生産様式論 森谷克己 育生社 1938
シナ思想と日本 岩波新書 津田左右吉 岩波書店 1938
徐州大会戦 支那事変少年軍談 田村英二 講談社 1938
成吉思汗 ラルフ・フォックス著 加藤朝鳥訳 竹村書房 1938
清代学術概論 梁啓超 文求堂 1938
菜根譚 友田宜剛 創造社 1938
済南の史蹟と名勝 馬場春吉 山東土俗民芸協会 1938
儒教の実践道徳 岩波全書 津田左右吉 岩波書店 1938
新釈西遊記 冨山房百科文庫 中島孤島訳 冨山房 1938
荀子哲学概説 堀内茂 弘道館 1938
成吉思汗伝 エレンジン・ハラ・ダワン著 本間七郎訳 朝日新聞社 1938
通溝 上・下 満洲国通化省輯安県高句麗遺蹟 池内宏・梅原末治 日満文化協会 1938
唐詩選評釈 冨山房百科文庫26  森槐南 冨山房 1938
東方の新理想 朱雲成 東洋青年連盟社 1938
東洋史4 東洋中世史(世界歴史大系6) 日野開三郎編 平凡社 1938
東洋史8 中央アジア史・印度史(世界歴史大系10) 松田寿男ほか 平凡社 1938
東洋史9 朝鮮・満州史(世界歴史大系11) 稲葉岩吉、矢野仁一 平凡社 1938
南海の宝庫海南島 菅勇 清水温古堂 1938
南京城総攻撃 支那事変少年軍談 講談社 1938
日支交通の研究 中近世篇 藤田元春 冨山房 1938
満洲地名考 谷光世 新京満洲事情案内所 1938
満州地名の研究 岩瀬弘一郎 古今書院 1938
明の君臣の亡命と其の庇護 小畑利三郎 神乃日本社 1938
我国土・我国民 林語堂著 新居格訳 警文書院 1938 
海南島 南支那の宝庫 結城源心 宮越太陽堂 1939
漢書疏證 吉川幸次郎 自家本 1939
現代華僑問題 丘漢平著 山崎清三訳 生活社 1939
江浙風物誌 沢村幸夫 東亜研究会 1939
左伝真偽考  支那学翻訳叢書6 カールグレン著 小野忍訳 文求堂書店 1939
辞源正統編合訂本 陸爾杢等編、方毅等編 長沙商務印書館 1939
儒教の精神 岩波新書 武内義雄 岩波書店 1939
新修東洋倫理綱要 服部宇之吉 同文書院 1939
禅宗史研究 印度哲学研究9 宇井伯寿 岩波書店 1939
宋金元明詩選 潘徳衡 柳原書店 1939
日支の将来 米内山庸夫 中央公論社 1939
馬賊を語る 久留島秀三郎、金生荘路、竹歳茂雄、古田伝一 相模書房 1939
満州国前夜 大江賢次 東亜公論社 1939
満州国・外蒙古併合論 其の歴史地理的研究 浅野利三郎 宝文館 1939
満州国民法総則 西村義太郎 郁文社 1939
池内博士還暦記念東洋史論叢 加藤繁編 座右宝刊行会 1940
開封と杭州 支那歴史地理叢書 曽我部静雄 冨山房 1940
近世日本に於ける支那語文学史 石崎又造 弘文堂 1940
黄土土質試験報告1940年8月 東亜研究所編 東亜研究所 1940
古銅器形態の考古学的研究 梅原末治 東方文化研究所 1940
現代支那女流作家集 現代支那文学全集 冰心他 東成社 1940
尚書正義 第1冊 虞の書 吉川幸次郎訳 岩波書店 1940
西漢経済史 陶希聖著 天野元之助訳 生活社 1940
中国文化界人物総鑑 橋川時雄 中華法令編印館 1940
中国土地問題に関する文献解説 神戸商業大学商業研究東亜経済調査部 1940
東邦研究 嘉治隆一 オリオン社 1940
東洋学の成立とその発展 歴史学叢書 青木富太郎編 蛍雪書院 1940
日支交渉両千年譜 秀文閣書房編集部編 編者自印 1940
農業志支那と遊牧民族 オウエン・ラティーモア著 後藤富男訳 生活社 1940
満州国地図(コンサイス) 東京地形社 1940
華僑史 成田節男 蛍雪書院 1941
康熙帝伝 ブーヴェ著 後藤末雄訳 生活社 1941
孝道 沢柳政太郎 冨山房 1941
洪秀全の幻想 ハムバーグ著 青木富太郎訳 生活社 1941
古代支那政治哲学研究 呂振羽著 明石春海訳 人文閣 1941
重慶の死相 三島助治 国民政治経済研究所 1941
中国人の生活風景 柯政和 皇国青年教育協会 1941
先秦政治思想史 梁啓超著 重沢俊郎訳 創元社 1941
漢晋木簡精粋 広瀬保吉 清雅堂 1941
十八史略 島田俊雄 島田俊雄法律事務所 1941
儒教講話 諸橋轍次 目黒書店 1941
成吉思汗全伝 大場彌平 高山書院 1941
東北アジアの諸民族 山本幡男 中央公論社 1941
忽必烈汗 支那歴史地理叢書 愛宕松男 冨山房 1941
印度支那の民族と文化 松本信広 岩波書店 1942
考史遊記 桑原隲蔵 弘文堂 1942
洪秀全の幻想 中国文学叢書  ハンバーグ著 青木富太郎訳 生活社 1942
黄土地帯 アンダーソン著 松崎寿和訳 座右宝刊行会 1942
五台山 小野勝年、日比野丈夫 座右宝刊行会 1942
上海生活 若江得行 講談社 1942
17・18世紀に於ける欧州美術と東亞の影響 山田智三郎 アトリエ社 1942
成吉思汗平話 壮年のテムジン 柳田泉 大観堂 1942
新疆紀行 エリノア・ラチモア著 神近市子訳 生活社 1942
先覚者 岡倉天心 清見陸郎 アトリエ社 1942
支那宗教史 支那地理歴史大系11 白揚社 1942
先秦経済思想史論 穂積文雄 1942
蘇州夜話 松井天籟 畝傍書房 1942
中国保安中隊 特殊戦記 三浦新一郎 三光社 1942
中国封建社会 上下 東亜叢書 瞿同祖著 田島泰平、小竹武夫訳 生活社 1942
中国文字学 孫海波 文求堂 1942
唐代経済史 支那経済史3 鞠清遠著 六花謙哉・岡本午一訳 生活社 1942
漠北と南海 アジア史における沙漠と海洋 松田寿男 四海書房 1942
米英東亜侵略史 大川周明 第一書房 1942
満州国生活必需品の配給統制 石黒直男 満州図書株式会社 1942
龍江省 日野岩太郎 大和書房 1942
両漢租税の研究 吉田虎雄 大阪屋号書店 1942
漢三国六朝紀年鏡図譜 京都帝国大学文学部考古学資料叢刊1 梅原末治 1943
儒教の話 大江文城 大阪・全国書房 1943
荀子 東洋思想叢書 石黒俊逸 日本評論社 1943
上代日支交通史の研究 藤田元春 刀江書院 1943
成吉思汗実録 那珂通世訳 筑摩書房 1943
禅思想史研究 1 鈴木大拙 岩波書店 1943
中国教育十年 趙如珩 大紘書院 1943
中国田賦史 陳登原著 東亜研究所 実業之日本社 1943
中国の社会風景 柯政和 大阪屋号書店 1943
中国の天文学 薮内清 恒星社 1943
中国北部移民の研究 高岡熊雄、上原轍三郎 有斐閣 1943
中国北部の河流 秋草勛 常磐書房 1943
中国歴史理念の根源 根本誠 生活社 1943
東洋学の話 石浜純太郎 創元社 1943
東洋学研究1 出石誠彦編 藤井書店 1943
民族大東亜史 佐伯泰雄 七文書院 1943
「明末の科学者徐光啓」 松崎鶴雄「柔父随筆」 座右宝刊行会 1943
異民族の支那統治史 東亜研究所編 大日本雄弁会講談社 1944
雲岡石仏群 東方文化研究所雲岡石窟調査概報 水野清一 朝日新聞社 1944
山東の史跡と史談 馬場春吉 山東文化研究 1944
支那家族研究 牧野巽 生活社 1944
支那地史の研究 上 東亜研究叢書 ベイレー・ウイリス著 坂本峻雄訳編 岩波書店 1944
清代満州土地政策の研究 周藤吉之 河出書房 1944
制度通 上下 岩波文庫 伊藤東涯 岩波書店 1944
法家思想の研究 木村英一 弘文堂 1944
禹域戦乱詩解 鈴木虎雄 弘文堂書房 1945
華僑 その地位と保護に関する研究 H.E.マックネヤ著 近藤修吾訳 大雅堂 1945
明末清初日本乞師の研究 石原道博 冨山房 1945
科挙 宮崎市定 秋田屋 1946
先哲の学問 内藤虎次郎 弘文堂書房 1946
孫中堂三民主義及自伝 孫文著 魚返善雄訳 増進堂 1946
中国宗教制度 デ・ホロート著 清水金二郎、荻野目博道共訳 京都・大雅堂 1946 
中国国哲学史 宇野哲人 日月社 1946
中国と西洋文化 矢沢利彦 中村書店 1946
中国物理雑識 今井溙 東方学術協会 1946
牧谿と梁楷 武者小路実篤 東京座右宝刊行会 1946
漢書律暦志の研究 東方文化研究所研究報告 能田忠亮・薮内清 全国書房 1947
新中国の片貌 草野文男 明倫閣 1947
中華思想の根帯と儒学の優位1 原富男 講談社 1947
申鑑通検 四部叢刊本 中法漢学研究所 1947
中国戦後の動態 草野文男 京都・教育出版株式会社 1947
中国哲学概説 高田真治 日月社 1947
中国文化革命 鹿地亘 九州評論社 1947
中国文芸復興 胡適 矢島仁一監訳 始原社 1947
中国民衆の思想と文化 教養文庫 木村英一 弘文堂書房 1947
新段階に立つ中国 政治中国叢書3 朝日新聞東亜部編 月曜書房 1947
元雑劇研究 吉川幸次郎 岩波書店 1948
古代の精神 貝塚茂樹 秋田屋 1948
山海経通検 巴黎大学北平漢学研究所 1948
征服王朝 藤枝晃 秋田屋 1948
中国先史文化 殷朝成立の前史 古文化叢刊36 澄田正一 京都・大八洲出版社 1948
中国の十年 鹿地亘 時事通信社 1948
中国の小説 松枝茂夫 白日書院 1948
西遊記 楠山正雄 一星社 1947
中国族産制度攷 清水盛光 岩波書店 1947
中国文化革命 鹿地亘 九州評論社 1947
中国経済史の開拓 加藤繁著 榎一雄編 桜菊書院 1948
中国的実在観の研究 その学問的立場の反省 木村英一 弘文堂 1948
買辨制度の研究 根岸佶 日本図書株式会社 1948
明代建州女直史研究 東洋文庫論叢31  園田一亀 国立書院 1948
虚無の探求 老荘思想を中心として 田所義行 福村書店 1949
近世中国宗族研究 牧野巽 日光書院 1949
後漢書及注釈総合引得 燕京大学貝公楼引得編纂処編 北平・哈仏燕京学社 1949
古代中国哲学史 鈴木大拙著 志村武訳 新潮社 1949
城壁 岩波新書 小宮義孝 岩波書店 1949
聖哲老子 井沢弘 丁子屋書店 1949
中共概論 外務省調査局 外務省 1949
唐代の府、州、郡、県(索引の1) 新井洋子等編 京都大学人文科学研究所 1949
二つの中国 水野政直 国土社 1949
アジアの情勢 オーエン・ラティモア著 小川修訳 日本評論社 1950
イギリス資本と東洋 松田智雄 日本評論社 1950
漢代の社会 アテネ文庫 鎌田重雄 弘文堂 1950
近世中国思想史 清水信良 明治図書 1950
詩文精粋 吉田賢蔵、星川清孝 明治書院 1950
荀子引得 王先謙「荀子集解」唐 哈佛燕学社 1950
孫文と毛沢東 井買軍二 教育出版社 1950
十批判書 郭沫若 群益出版社 1956
そんへえおおへえ 内山完造 岩波書店 1950
中国 上・下 マックネア 沖野亦男訳 大阪・三明社 1950
中国 民族と土地と歴史 オーエン・ラティモア 小川修訳 岩波書店 1950
中国古代政治思想 中江丑吉 岩波書店 1950
中国思想史 吉田賢抗 明治書院 1950
中国思想史 岩波全書 武内義雄 岩波書店 1950
中国文学 新垣淑明 市ヶ谷出版社 1950
アジアの怪奇中共 長野朗 国民教育社 1951
医師バツーン 周而復著 島田政雄訳 青銅社 1951
殷周革命 佐野学 青山書院 1951
曲阜魯城の遺跡 考古学研究第2冊 駒井和愛 東京大学文学部考古学研究室 1951
杭州綺譚 学生文庫 村松暎 酎燈社 1951
滑稽談 市民文庫 幸田露伴 河出書房 1951
字源 簡野道明 千代田書院 1951
儒教の研究 第1 津田左右吉  岩波書店 1951
儒教の研究 第2 津田左右吉 岩波書店 1951
禅思想史研究 2 鈴木大拙 岩波書店 1951
中共総覧 時事通信社 1951
中国1 世界美術全集14 平凡社 1951
中国古代のこころ 市民文庫 貝塚茂樹 河出書房 1951
中国性史・素女経 中山素輔訳 紫書房 1951
雲崗石窟 全16巻32冊 水野清一・長廣敏雄 1951-1956
中国浄土教家の研究 小笠原宣秀 平楽寺書店 1951
中国常平倉沿革考 松本洪 食糧庁 1951
董西廂語匯引得 飯田吉郎編 作者自印 1951
満鮮史研究 上世編第1 祖国社 1951
経子精粋 吉田賢抗 明治書院 1952
五・四運動史 華崗著 天野元之助ほか訳 創元社 1952
照心詩話 漢詩と人間学 安岡正篤 福村書店 1952
儒教の研究 第2 津田左右吉 岩波書店 1952
清朝中期史研究 鈴木中正 愛知大学国際問題研究所 1952
荘子新釈 上 坂井喚三 弘道館 1952
増補現代中国辞典 中国研究所 1952
中国的考え方 魚返善雄 宝文館 1952
中国文学 新垣淑朗 市ヶ谷出版社 1952
中国法制史 岩波全書 仁井田陞 岩波書店 1952
中国新文学入門 島田政男 ハト書房 1952
唐詩選通解 小林信明ほか 宝文集 1952
東洋鬼軍敗亡記 呂梁英雄伝続篇 西戎・馬烽 三好一訳 三一書房 1952
半瓦当の研究 関野雄 岩波書店 1952
古代漢民族思想史 鈴木憲久 泉文堂 1952
李有才板語 趙樹理著 鹿地亘訳 日本出版協同KK 1952
アジア美術のあらまし アジアの歴史文庫 小杉一雄 福村書店 1953
殷代青銅器文化の研究 京都大学人文科学研究所 1953
学制から見た東洋教育史 佐藤清太 柳原書店 1953
中国 ヨーロッパを追い越すもの 南博 光文社 1953
中国古代の思想家たち 上 郭沫若著 野原四郎他訳 岩波書店 1953
中国哲学史 狩野直喜 岩波書店 1953
中国の社会とギルド 上・下 仁井田陞 岩波書店 1953
唐代教育史の研究 多賀秋五郎 不昧堂書店 1953
ろん・しゆい・ごう戯曲 現代国民選書 老舎著 黎波訳 創元社 1953
ワルシャワの平和祭 創元新書 巴金著 創元社 1953
アジアの民族主義と共産主義 ウィリアム・マクマホン・ボール著 大窪愿三訳 岩波書店 1954
異域の人 井上靖 講談社 1954
詩人李白 林庚 上海文芸聯合出版 1954
中国 仁井田陞編 毎日新聞社 1954
中国古代思想史 楊栄国 三聯書店 1954
中国古代の心 河出文庫 貝塚茂樹 河出書房 1954
中国社会史諸問題 呂振羽 上海・華東人民出版社 1954
中国政治経済綜覧 アジア政経学会編 一橋書店 1954
中国の社会と宗教 東洋史学論集2 山崎宏編 不昧堂書店 1954
中国歴史地理 3冊 石璋如等 台湾中華文化出版事業委員会 1954
唐代研究のしおり 平岡武夫編 京都大学人文科学研究所 1954
明代満蒙史料明実録抄 蒙古篇10 西蔵史料 京都大学文学部編 京都内外印刷株式会社 1954
李白 王瑤 上海人民出版社 1954
李白詩選 舒蕪 北京人民文学出版社 1954
岳飛伝 鄧広銘 生活読書新知識三聯書店 1955
漢書窺管 楊樹達 科学出版社 1955
近世日本儒教運動の系譜 相楽亨 弘文堂 1955
洪秀全 束世澂 新知識社 1955
校注中国歴代名家文選 猪口篤志・戸田浩暁編 武蔵野書院 1955
顧炎武伝略 趙儷生 上海新華書店 1955
新中国読本 サンケイ新書 内山完造編 産業経済新聞社 1955
隋唐五代史綱要 楊志玖編著 新知識出版社 1955
西周年代考 六国紀年 陳夢家 学習生活 1955
ソ連・中国の旅 桑原武夫 岩波書店 1955
中国古代的水利 紀庸編 上海四連 1955
中国思想史 東大中国哲学研究会編 東京大学出版会 1955
中国社会経済制度 千家駒、馮和法共著 北京・中国青年出版社 1955
中国主要植物図説(豆科) 中国科学院植物研究所編 北京・科学出版社 1955
中国生産工具発達簡史 荊三林 山東人民出版社 1955
中国封建社会の研究 今堀誠二 日本学術振興会 1955
中国民主革命運動史 現代選書 B・ニキフオロス等著 斎藤安弘訳 和光社 1955
中国歴史地図集 古代史部分 顧頡剛、章巽編著 地図出版社 1955
家 上下 岩波文庫 巴金著 飯塚朗訳 岩波書店 1956
北アジア史 世界各国史 江上波夫 山川出版社 1956
現代漢語語法縮編 江南書院訳註双書 兪敏著 牛島徳次訳註 江南書院 1956
五年計劃・童工 大芝孝訳註 江南書院 1956
古本竹書紀年輯校訂補 范祥雍編 新知識出版社 1956
柴栄 韓国磐 上海人民出版社 1956
儒教の研究 第3 津田左右吉 岩波書店 1956
新選唐詩鑑賞 内田泉之助 明治書院 1956
祖州城 東蒙古モンチョックアゴラに存する遼代古城址の考古学的歴史発掘調査報告 島田正郎 中沢印刷 1956
中国 らいぶらりい・しりいず 岩村三千夫・幼方直吉編 有斐閣 1956
中国の思想問題 胡風事件をめぐって 小竹文夫 大学出版協会 1956
中国の中世 アジアの歴史文庫 根本誠 福村書店 1956
中国歴史概要 翦伯贊、邵循正、胡華編著 波多野太郎訳 一橋書房 1956
東方の世界 絵で見る世界史6 小倉芳彦 国民国書刊行会 1956
錦の中の仙女 岩波少年文庫 伊藤貴麿訳編 岩波書店 1956
墳 魯迅選集5 松枝茂夫訳 岩波書店 1956
劉石庵法書 西東書房 1956
アジアの人びと 飯塚浩二編 牧書店 1957
惲南田 中国の名画 鈴木敬 平凡社 1957
管子の研究 中国古代思想史の一面 金谷治 岩波書店 1957
漢代の絵画 中国の名画 水野清一 平凡社 1957
居庸関 1 村田治郎編 京都大学工学部 1957
元人雑劇 青木正児訳 春秋社 1957
書道全集5 南北朝 平凡社 1957
従秦漢史料中屯田制度 陳直 三聯 1957
秦漢的方士与儒生 顧頡剛 上海人民出版社 1957
世界史大系8 東アジアⅡ 鈴木俊編 誠文堂新光社 1958
斉民要術 上下 西山武一・熊代幸雄訳 東京大学出版会 1957
三略解義 中道義作 中国研究所 1957
泉州宗教石刻 呉文良著 北京・科学出版社 1957
中国語商業会話の基礎文例 奈良一雄・水野鈴彦 国元書房 1957
中国古代の思想家たち 下 郭沫若 岩波書店 1957
中国思想史1巻 古代思想 候外盧 人民出版社 1957
中国思想史2巻 両漢思想 候外盧 人民出版社 1957
中国思想史3巻 魏晋南北朝思想 候外盧 人民出版社 1957
中国新文学運動史 政治と文学の交点 胡適から魯迅 尾坂徳司 法政大学出版局 1957
中国の農業 吉岡金市 東洋経済新報社 1957
唐代研究のしおり 特集1(文選索引1) 京都大学人文科学研究所 1957
唐代研究のしおり 特集8(李白歌詩索引) 京都大学人文科学研究所 1957
唐代仏教史の研究 道端良秀 法蔵館 1957
唐代文学抄 吉川幸次郎 弘文堂 1957
麦積山石窟 名取洋之助 岩波書店 1957
羽田博士史学論文集 上 歴史篇 羽田亨 京都大学東洋史研究会 1957
満鮮史研究 上世編第2冊 池内宏 吉川弘文館 1957
李贄年譜 容肇祖編 三聯書店 1957
李白研究 張立徳 香港学林書店 1957
李杜詩選 蘇仲翔選注 上海古典文学出版社 1957
殷墟卜辞研究 島邦男 中国学研究会 1958
華夷変態 全3冊 東洋文庫 1958
寒山 中国詩人選集5 入矢義高注 岩波書店 1958
京本通俗小説・雨窓歌枕集・清平山堂話本・大宋宣和遺事 吉川幸次郎、入矢義高、神谷衝平訳 平凡社 1958
古代寓話文学集 中国古典文学全集2 平凡社 1958
校正三輔黄図 張宗祥 古典文学出版社 1958
書道全集2 中国2・漢 平凡社編 平凡社 1958
新・十八史略物語 全13巻・別巻 奥野信太郎・佐藤春夫・増田渉共編 河出書房 1958
新・荘子物語(中国古典物語5) 後藤基巳 河出書房新社 1958
世界史大系 東アジアⅠ 三上次男編 誠文堂新光社 1958
曹植 中国詩人選集3 伊藤正文注 岩波書店 1958
中国の美術 杉村勇造 創元社 1958
中国仏教の研究 横超慧日 法蔵館 1958
羽田博士史学論文集 下 羽田亨 言語宗教篇 東洋史研究会 1958
殷周青銅器と玉 水野清一 日本経済新聞社 1959
岳飛抗金史略 何竹淇 三聯書店 1959
現代中国事典  岩崎書店 1959
漢文学概論 長澤規矩也編 法政大学出版局 1959
観堂集林 王国維 中華書局 1959
悟浄歎異 中島敦全集4 文治堂書店 1959
呉譲之篆隷帖 西東書房 1959
呉譲之臨礼記碑 西東書房 1959
蔡文姫 郭沫若著 須田禎一訳 新読書社 1959
書道全集3  三国・西晋・十六国 平凡社 1959
秦・泰山・瑯邪台刻石 書跡名品叢刊第1輯 二玄社 1959
隋唐の美術 秋の特別展覧会 京都国立博物館編 便利堂 1959
中華人民共和国組織別人名表 内閣官房 1959
中国 原色版美術ライブラリー 川上涇、吉川幸次郎 みすず書房 1959
中国学芸大辞典 近藤杢 東京元々社 1959
中国郡邑雅名索引 梅原郁 京都大学東洋史研究会 1959
中国上古史綱 王玉哲 上海人民出版社 1959
中国語言学論文索引 中国科学院語言研究所編 科学出版社 1959
中国古代地理名著選読 第1輯 候仁之主編 科学出版社 1959
中国古代の論理 大浜晧 東京大学出版会 1959
中国思想史4巻 隋唐北宋 候外盧 人民出版社 1959
中国書法の二大潮流 神田喜一郎 東方文化講座第13輯 1959
中国法制史研究 刑法 仁井田陞 東京大学出版会 1959
中国文様史の研究 殷周時代爬虫文様展開の系譜 小杉一雄 新樹社 1959
テーブル式漢文便覧 小林信明・市木武雄・長谷川節三 評論社 1959
明代満蒙史料 索引 東京大学文学部 1959
明代劇作家研究 八木沢元 講談社 1959
アジア地域総合研究文献目録 1~5 文部省大学学術局編 日本学術振興会 1960-63
アジアのなかの日本 飯塚浩二 中央公論社 1960
永楽大典 明・解縉等輯 中華書局 1960
慧遠研究 研究篇 木村英一編 創文社 1960-63
漢書窺管 楊樹達 台北・世界書局 1960
顔真卿・大字麻姑仙壇記 書跡名品叢刊 二玄社 1960
漢代服飾参考資料 張末元編 人民美術出版社 1960
京都大学人文科学研究所所蔵甲骨文字 貝塚茂樹編 京都大学人文科学研究所 1960
金史語彙集成 上 小野川秀美編 京都大学人文科学研究所 1960
近世日中貿易史的研究 山脇悌二郎 吉川弘文館 1960
元人文集史料索引 安部健夫編 京都大学人文科学研究所 1960
講座近代アジア思想史1 中国篇 弘文堂 1960
児女英雄伝 上 中国古典文学全集29 文廉著 平凡社 1960
詩集伝事類索引 後藤俊瑞編 武庫川女子大文学部 1960
書道全集4 東晋 平凡社 1960
ジンギス・カン 岩波新書 小林高四郎 岩波書店 1960
禅語解説辞典索引 篠原寿雄編 駒沢大学禅宗辞典編纂所 1960
中国商品事典 日中貿易実務研究会編 極東書店 1960
中国書道史 藤原楚水 三省堂 1960
中国思想・宗教・文化関係論文目録 中国思想宗教史研究会編 中国思想宗教史研究会 1960
中国の印刷術 その歴史的発展と影響 張秀民著 広山秀則訳 京都・関書院 1960
中国体育史 新体育学講座5 逍遥書院 1960
中国の彫刻 石仏・金銅仏 水野清一 日本経済新聞社 1960
中国法制史研究 1 土地法・取引法 仁井田陞 東京大学出版会 1960
中国法制史研究 2 土地法・取引法 仁井田陞 東京大学出版会 1960
唐代音楽の歴史的研究 楽制編 上 岸辺成雄 東京大学出版会 1960
名言・中国史1 夏王朝から春秋時代へ 高木健夫 東峰書店 1960
李定国紀年 郭影秋編著 中華書局 1960
新黄土地帯 中国の先史時代 松崎寿和 雄山閣 1960
新西蔵語学 楠基道 永田文昌堂 1960
印章概述 羅福頤、王人聡 新華書店 1961
瀛涯勝覧 鄭和西征見聞録 馬歓 小川博訳注 吉川弘文館 1961
夏后の研究 上代夏王朝 三原一雄 陝甘文化研究所 1961
顔真卿・多宝塔碑 書跡名品叢刊 二玄社 1961
顔真卿・忠義堂帖 上・下 書跡名品叢刊 二玄社 1961
北アジア・中央アジア 図説世界文化史大系9 江上波夫・松田寿男編 角川書店 1961
金史語彙集成 中 小野川秀美編 京都大学人文科学研究所 1961
古代史学序説 古代史講座1 学生社 1961
西遊記 全8巻 邱永漢 中央公論社 1961
児女英雄伝 下 中国古典文学全集30 文廉著 平凡社 1961
辞海 中華書局辞海編集所 中華書局 1961
資治通鑑索引 佐伯富編 京都大学文学部東洋史研究会 1961
世界教養全集18 黄河の水、史記の世界、敦煌物語、長安の春 平凡社 1961
楚辞の研究 星川清孝 養徳社 1961
祖先の祭祀儀礼 儀礼特性礼・少牢礼・有司徹の国訳 池田末利等訳注 広島大学文学部中国哲学研究室油印 1961
中国近代化の社会構造 辛亥革命の史的位置 東洋史学論叢6 東京教育大学文学部東洋史学研究室 教育書籍 1961
中国近代工業史の研究 東洋史研究資料叢刊9 波多野善大 東洋史研究会 1961
中国諺語資料 中国民間文学研究会資料室主編 上海文芸出版社 1961
中国歴史地理 沙学浚 台北出版 1961
唐代音楽の歴史的研究 下 楽制編 岸辺成雄 東京大学出版会 1961
ゆらぐ中華帝国 世界の歴史11 筑摩書房編集部 筑摩書房 1961
梁・痙鶴銘 書跡名品叢刊 二玄社 1961
殷周時代的中国社会 呂振羽 三聯 1962
塩鉄論 中国古典新書 桓寛著 山田勝美訳 明徳出版社 1962
金史語彙集成 下 小野川秀美編 京都大学人文科学研究所 1962
洪水 井上靖 新潮社 1962
故宮史話 中国歴史小双書 単士元 北京・中華書局 1962
古代国家の構造 上下 古代史講座4・5 学生社 1962
貞観政要定本 原田種成 無窮会東洋文化研究所 1962
上代日本文学と中国文学 上中下 小島憲之 塙書房 1962~64
新中国的考古収穫 中国科学院考古研究所編 文物出版社 1962
新中国年鑑 1962年版 極東書店 1962
周代政治思想史研究 黄延富 井上書店 1962
先秦両漢経済史稿 李剣農 北京・中華書局 1962
蘇東坡・李白仙詩巻他四種 書跡名品叢刊 二玄社 1962
中国現代文学選集7 柔石、丁玲、艾蕪、蕭紅 平凡社 1962
中国語小辞典 中日ー日中 鐘ヶ江信光編 大学書林 1962
中国古代地理簡史 候仁之主編 科学出版社 1962
中国古代地理考証論文集 童書業 中華書局 1962
中国古代の田制と税法 秦漢経済史研究 平中苓次 京都彙文堂 1962
中国とその影 チボール・メンデ 高橋正訳 弘文堂 1962
中国農業史研究 天野元之助 御茶の水書房 1962
中国法制史研究3 奴隷農奴法・家族村落法 仁井田陞 東京大学出版会 1962
我が満蒙日記 王覇の斗争 原田政盛 錦正社 1962
岩波中国語辞典 倉石武四郎 岩波書店 1963
殷代社会史料徴存 2巻 陳邦懐 大安 1963
漢詩百選 内田泉之助 明治書院 1963
鑑真 安藤更生 美術出版社 1963
今日の中国 エドガー・スノー著 松岡洋子訳 筑摩書房 1963
元好問 中国詩人選集二集9 小栗英一注 岩波書店 1963
元明詩概説 中国詩人選集二集2 吉川幸次郎 岩波書店 1963
孝子説話集の研究 中世篇 二十四孝を中心に 徳田進 井上書房 1963
黄庭堅 中国詩人選集 荒井健注 岩波書店 1963
古代社会の構造 下  古代史講座7 学生社 1963
古本三輔黄図 孫星衍 世界書局 1963
史林雑標識 顧頡剛 中華書局 1963
秦漢地方行政制度 上下 厳耕堂 中央研究院歴史語言研 1963
新中国年鑑 1963年版 極東書店 1963
中国の思想家 上下 宇野哲人博士米寿記念論集 東京大学中国哲学研究室編 勁草書房 1963
中国の仙人 村山嘉実 平楽寺書店 1963
中国法制史考證 大阪市立大学法学叢書 内藤乾吉 有斐閣 1963
満鮮史研究 中世第3冊 池内宏 吉川弘文館 1963
明代満蒙史研究 田村実造 京都大学文学部 1963
湯本求真先生著皇漢醫学索引 清水藤太郎編 大安書店 1963
わが中国抄 中国新書 武田泰淳 普通社 1963
殷虚書契後編釋文稿 池田末利 創元社 1964
殷虚卜辞綜述 陳夢家 中国科学院考古研究所編 大安 1964
槐安居楽事 宋元明清の絵画法書法帖碑拓 高島菊次郎 求龍堂 1964
鬼龍子(中国の鬼瓦) エードワルト・フックス著 刀江書院 1964
校注劉知遠諸宮調 東北大学中国文学研究室編 1964
校定本元典章刑部 第1冊 岩村忍・田中謙二 京都大学人文科学研究所 1964
西遊記 世界の名作8 呉承恩原作 那須田稔訳 講談社 1964
徐文長石濤趙之謙 杉村勇造解説 求龍堂 1964
秦漢瓦当 文物 1964
新中国年鑑 1964年版 極東書店 1964
楚辞索引 竹治貞夫編 徳島大学学芸部漢文学研究室 1964
蘇東坡 漢詩大系17  近藤光男 集英社 1964
中国 日本語版 ライフワールドライブラリー ライフ編集部編 李嘉訳 時事通信社 1964
中国関係日本文雑誌論説記事目録1 外事警察報・北京週報・燕塵 近代中国研究センター 1964
中国古小説集 世界文学大系71 吉川幸次郎編 筑摩書房 1964
中国古代の科学 角川新書 藪内清 角川書店 1964
中国浄土教教理史 望月信亨 法蔵館 1964
中国哲学史研究 唯心主義と唯物主義の抗争史 学術選書 重沢俊郎 法律文化社 1964
中国における回教の伝来とその弘通 田坂興道 東洋文庫論叢43  1964
中国の思想 全12巻別巻 松枝茂夫・竹内好監修 経営思潮研究会 1964~1966
中国の哲学 阿部吉雄編 明徳出版社 1964
道教史の研究 大淵忍爾 岡山大学共済会書籍部 1964
中国法制史研究4 法と慣習、法と道徳 仁井田陞 東京大学東洋文化研究所 1964
東洋への視角と西洋への視角 飯塚浩二 岩波書店 1964
世界帝国の諸問題 古代史講座10  学生社 1964
明清の絵画 東京都国立博物館 便利堂 1964
両漢学術考 狩野直喜 筑摩書房 1964
倭寇  石原道博 吉川弘文館 1964
経典 その心と歴史 潮文社新書 野村耀昌 潮文社 1965
京都大学人文科学研究所漢籍目録 京大人文科学研究所 1965
芸文類聚 欧陽詢等撰 中華書局 1965
光明日報史学専刊索引 光明日報出版社 1965
光明日報文学遺産専刊索引 光明日報社資料研究室編 光明日報出版社 1965
後漢書 校点本 全12冊 范曄撰、李賢等注 中華書局 1965
古中国と新中国 カルピス文化叢書 矢野仁一 三島海雲 1965
菜根譚 洪自誠著 吉田豊・神子侃訳 徳間書店 1965
四書五経 東洋文庫 竹内照夫 平凡社 1965
四民月令校注 石声漢 北京・中華書局 1965
貞観政要の研究 原田種成 吉川弘文館 1965
新・中国新文学運動史 抗日闘争下の中国文学 尾坂徳司 法政大学出版局 1965
新中国年鑑 1965年版 極東書店 1965
隋の煬帝 中国人物叢4 宮崎市定 人物往来社 1965
蘇詩佚注 小川環樹 同朋舎 1965
太平天国 1~4 東洋文庫 A・F・リンドレー著 増井経夫、今村与志雄訳 平凡社 1964-65
中国 世界文化シリーズ 世界文化社 1965
中国 世界の文化 座右宝刊行会編 河出書房 1965
中国からの手紙1 みすず叢書 アンナ・ルイズ・ストロング著 藤村俊郎訳 みすず書房 1965
中国画論の展開 晋唐宋元編 中村茂夫 中山文華堂 1965
中国人物叢書 1~24  人物往来社 1965~67
中国の思想と民俗 滝沢俊亮 校倉書房 1965
中国の印章 羅福頤、王人聡著 安藤更生訳 二玄社 1965
中国の集団主義 宋慶齢著 斎藤秋男、小林文男編 明治図書 1965
中国の八大小説 大阪市立大学中国文学研究室編 平凡社 1965
中国農業技術体系の展開 山本秀夫 アジア経済研究所 1965
中国武将伝 史記・三国志の英雄 小田嶽夫 人物往来社 1965
中国仏教文学研究 加地哲定 高野山大学文学部中国哲学研究室 1965
東洋封建社会のモラル 思想の歴史6 石田一良編 平凡社 1965
明正統本道蔵書名字画索引 京都女子大学図書館編 京都女子大学図書館 1965
楽浪郡治址 考古学研究第3冊 駒井和愛編 東京大学文学部考古学研究室 1965
アジアの歴史と思想 野原四郎 弘文堂 1966
アジアの歴史と歴史家 ユーラシア文化史選書5 増井経夫 吉川弘文館 1966
安禄山 中国人物叢書5 藤善真澄 人物往来社 1966
オルドロス碑集 モンゴルの民間伝承 東洋文庫59 A・モスタールト著 磯野富士子訳 平凡社 1966
今日のチベット 高野好久 新日本出版社 1966
古典漢文の新研究 鈴木修次 三省堂 1966
西遊記 少年少女世界の名作 呉承恩原作 高木彬光訳 偕成社 1966
新中国年鑑 1966年版 極東書店 1966
世界史のナゾ 三浦一郎、山口修 毎日新聞社 1966
宋詩選 漢詩大系16  今関天彭、辛島譲 集英社 1966
孫逸仙 エス・チフビンスキー 刀江書院 1966
中国 ライフ人間世界史19  エドワード・H・シェーファー タイムライフブックス 1966
中国からの手紙2 アンナ・ルイズ・ストロング著 藤村俊郎訳 みすず書房 1966
中国近代産業発展史 中国綿紡織史稿 厳中平著 依田憙家訳 校倉書房 1966
中国経済史研究 西嶋定生 東京大学出版会 1966
中国で経験したこと ジュール・ロワ著 至誠堂 1966
中国哲学史 新編1 馮友蘭著 森下修一訳 林書店 1966
中国の青年運動 続・中国の集団主義 胡耀邦著 小林文男編訳 明治図書 1966
中国の笑話 笑話叢珠笑苑千金 荘司格一・清水永吉・志村良治共訳 筑摩書房 1966
中国の俗信と法思想 増田福太郎 三和書房 1966
中国文明の伝統 香川宏・田川純三・清水幸浩 日本放送出版協会 1966
両漢租税の研究 中国学術研究双書2 吉田虎雄 大安 1966
洛神の賦 中国文学論と随筆 目加田誠 武蔵野書院 1966
満鉄2 現代史資料32 伊藤武雄・萩原極・藤井満洲男編 みすず書房 1966
ユーラシア横断紀行 西域探検紀行全集1 トーマス・W・アトキンソン著 水口志計夫訳 白水社 1966
ライフ人間世界史21  中国 タイムライフブックス 1966
漢魏詩の研究 鈴木修次 大修館書店 1967
漢書 北宋・景祐本(百衲本二十四史所収影印本 上・下) 台湾商務印書館 1967
後漢書 南宋紹興本(百衲本二十四史) 台湾商務印書館 1967
古代中国の精神 筑摩叢書91  貝塚茂樹 筑摩書房 1967
古典漢文の基礎 山本哲夫 洛陽社 1967
崑崙の玉 井上靖 オール読物1967年7月号
資治通鑑胡注地名索引 荒木敏一・米田賢次郎編 京都大学人文科学研究所内、人文学会 1967
儒教と道教 マクス・ウェーバー著 細谷徳三郎訳 清水弘文堂 1967
新中国年鑑 1967年版 東方書店 1967
隋唐世界帝国 東洋の歴史5 外山軍治、礪波護 人物往来社 1967
宋詩選 新訂中国古典選18  入谷仙介 朝日新聞社 1967
孫文と日本 講談社現代新書 貝塚茂樹 講談社 1967
大唐の春 大世界史4 石田幹之助 田中克己 文芸春秋 1967
満州族の社会組織 S.M,シロコゴロフ 大間知篤三・戸田茂喜訳 刀江書院 1967
満鉄 現代史資料33 伊藤武雄・萩原極・藤井満州男編 みすず書房 1967
宋元以来俗字譜 近世文学史研究の会 文化書房博文社 1968
中国経済史研究 均田制度論 西村元佑 京大東洋史研究会 1966
The Taiping Ideology (太平天国) Vincent Y.C.Shinh 東京大学出版会 1967
中国思想史 小島祐馬 創文社 1968
律令を中心とした日中関係史の研究 曽我部静雄 吉川弘文館 1968
説苑 中国古典新書 劉向 高木友之助訳 明徳出版社 1969
古代の復活 名著シリーズ 貝塚茂樹 講談社 1971
中国千夜一夜 女読むべからず 上下 林房雄 河出書房 1967
中国哲学史2 新編 馮友蘭著 森下修一訳 林書店 1967
中国の思想 伝統と現代 NHKブックス 竹内実 日本放送協会 1967
中国の宗教改革 アジアの宗教文化2 窪徳忠 法蔵館 1967
中国文芸論戦 李何林編 大安 1967
中国文芸概説 境武男 秋田大学中央研究室 1967
中国昔話考 村山孚 鷺の森書房 1967
中国古典文学大系 60巻 平凡社 1968
中国経済の基礎構造 大塚恒雄 白桃書房 1967
中国仏教と社会福祉事業 アジアの宗教文化1 道端良秀 法蔵館 1967
中国文学史研究 増田渉 岩波書店 1967
中国名言物語 奥野信太郎編 河出書房 1967
毛沢東の国 現代中国の基礎知識 アジア経済研究所 1967
世渡り孫子の兵法 nb books  安藤亨二 日本文芸社 1967
わかる中国語 長谷川寛 三省堂 1967
漢書・後漢書・三国志列伝選 中国古典文学大系13 本田済編訳 平凡社 1968
漢代における礼学の研究 藤川正数 風間書房 1968
京都大学人文科学研究所所蔵甲骨文字索引 貝塚茂樹編 京都大学人文科学研究所 1968
講座中国 Ⅴ 日本と中国 貝塚茂樹・桑原武夫編 筑摩書房 1968
講座中国 別巻(中国案内) 白石凡編 筑摩書房 1968
三体千字文 文海堂書道双書22  日下部鳴鶴 文海堂 1968
儒林外史 中国古典文学大系43  呉敬梓著 稲田孝訳 平凡社 1968
中国古代寓話集 東洋文庫 後藤基巳編訳 平凡社 1968
中国政治思想史研究 岩間一雄 未来社 1968
中国政治制度の研究 内閣制度の起源と発展 山本隆義 京都東洋史研究会 1968
中国思想論集 西順蔵 筑摩書房 1969
中国の思想家たち 桃源ブックス 野末陳平 桃源社 1968
中国仏教思想史研究 鎌田茂雄 春秋社 1968
中国仏教通史1 塚本善隆 鈴木学術財団 1968
明初陶磁図鑑 久志卓真 雄山閣 1968
明代絵画史研究・浙派 鈴木敬、五島美術館 木耳社 1968
吉川幸次郎全集11 唐篇Ⅳ 筑摩書房 1968
海上花列伝 中国古典文学大系49 韓邦慶 太田辰夫訳 平凡社 1969
講座現代中国 全3巻 菅沼正久等編 大修館書店 1969
庚申信仰の研究 窪徳忠 勁草書房 1969
西南中国民族史の研究 南詔国の史的研究 藤沢義美 大安書店 1969
斉民要術 西山武一、熊代幸雄訳 アジア経済出版会 1969
新中国年鑑 1969年版 新中国年鑑刊行会 1969
陝西通志抄 三原一雄校注 陝甘文化研究所 1969
蘇詩佚注 上下 倉田淳之助・小川環樹編 京大人文科学研究所 1969
中国古尺集説 薮田嘉一郎 京都・綜倪藝舎 1969
中国処世訓 戸崎平爾 日本文芸社 1969
中国秦漢政治制度 曾金聲 啓業書局 1969
中国的思惟の伝統 対立と統一の論理 大浜皓 勁草書房 1969
中国文化の成熟 世界歴史シリーズ15 世界文化社 1969
中国での文学運動の展開資料 1950年代後半から60年代初めの河北省での詩歌運動を中心に 秋吉久紀夫著 中国文学評論社 1969
中国法制史考証 内藤乾吉 有斐閣 1969
東洋学文献叢説 神田喜一郎 二玄社 1969
東洋学報総目録 第1巻~50巻 明治42年~昭和43年 東洋文庫 1969
芭蕉と杜甫 太田青丘 法政大学出版局 1969
毛沢東の言葉 近代思想研究会編 芳賀書店 1969
アジアの経済成長 アジア経済講座1 矢野誠也編 東洋経済新報社 1970
イエズス会士中国書簡集 全6巻 平凡社 1970~1974
陰騭録 中国古典新書 石川梅次郎 明徳出版社 1970
近代江南の祖棧 中国地主制度の研究 村松祐次 近代中国研究委員会 1970
黄土地帯 アンダーソン著 松崎寿和訳 学生社 1970
康熙帝伝 東洋文庫 ブーヴェ著 後藤末雄訳 平凡社 1970
小島祐馬政論雑筆 内田智雄編 みすず書房 1970
資治通鑑選 中国古典文学大系14  頼惟勤・石川忠入編 平凡社 1970
宋元明通俗小説選 中国古典文学大系25  枝松茂夫他訳 平凡社 1970
中国古代政治思想研究 「左伝」研究ノート 歴史学研究叢書 小倉芳彦 青木書店 1970
中国古代喪服の基礎的研究 谷田孝之 風間書房 1970
中国春夢譚 上田学而 日本文芸社 1970
中国・朝鮮論 東洋文庫 吉野作造 平凡社 1970
中国の国家と法 東大社会科学研究叢書 針生誠吉 東京大学出版会 1970
中国の建築 竹島卓一 中央公論美術出版 1970
中国の笑話と小咄 武藤禎夫 東京堂出版 1970
中国仏教史の研究 道端良秀 法蔵館 1970
中国プロレタリア文化大革命資料集成1 東方書店 1970
民報索引 上・下 小野川秀美編 京都大学人文科学研究所 1970-1972
漢字の発掘 角川選書 加藤常賢 角川書店 1971
儒林外史語彙索引 香坂順一編 大阪・明清文学言語研究所 1971
新中国資料集成5 1955年8月~58年2月 日本国際問題研究所 1971
新中国入門 浅海一男 中央図書KK 1971
隋唐帝国形成史論 谷川道雄編 筑摩書房 1971
政治論集 中国文明選11  宮崎市定 朝日新聞社 1971
呉子 中国古典新書 呉起編 松井武男訳 明徳出版社 1971
史事帖・千字文二種 書跡名品叢刊170 欧陽詢 二玄社 1971
資治通鑑 中国古典新書 司馬光著 竹内照夫訳 明徳出版社 1971
儒教と道教 M・ウェーバー 木全徳雄訳 創文社 1971
上代より漢代に至る性命観の展開 森三樹三郎 創文社 1971
城南詩巻 書跡名品叢刊 楊維楨  二玄社 1971
親魏倭王 大庭脩 学生社 1971
清代史の研究 東洋学叢書 安部健夫 創文社 1971
地獄からの脱出 これが中共の実態だ ジョージ・ワット 文京書房 1971
人民中国の夜明け ニム・ウェールズ著 浅野雄三訳 新興出版社 1971
続海濤集・帰去来 東洋文庫 郭沫若 平凡社 1971
大学・中庸・孟子 世界古典文学全集18  金谷治編 筑摩書房 1971 
中国関係図書目録 和文 1957-1970 近代中国研究会編 東洋文庫 1971
中国教育宝典 上・下 世界教育宝典 加藤常賢編 玉川大学出版部 1971
中国近代国民経済史 上・下 中国近代経済史研究会編訳 雄渾社 1971
中国承認への道 A・ドーク・バーネット 伊藤忠雄・佐藤紀久夫訳 時事通信社 1971
中国・東南アジア 世界の旅 新編1 座右宝刊行会・三友社編 小学館 1971
中国の工業企業管理 菅沼正久 アジア経済研究所 1971
中国の神話 筑摩教養選 貝塚茂樹 筑摩書房 1971
中国人の思想 野末陳平 陳文館 1971
中国文明選 朝日新聞社 1971
中国文明と官僚制 エチアヌ・バラーシュ 村松祐次訳 みすず書房 1971
中国問題への道 角川文庫 岡崎嘉平太 春秋社 1971
中国律令史の研究 曾我部静雄 吉川弘文館 1971
東方の紅 ありのままの中国 山口和子 第三文明社 1971
范滂伝 書跡名品叢刊162  宋・黄山谷 二玄社 1971
明末清初政治評論集 中国古典文学大系57  後藤基巳、山井湧編訳 平凡社 1971
礼記 上 新釈漢文大系27  竹内照夫 明治書院 1971
ヨーロッパの中国文明観 レイモンド・ドーソン著 田中正美他訳 大修館書店 1971
わたしの中国観 アルベルト・モラビア著 河島英昭訳 サイマル出版会 1971
アジア新時代の国ぐに 揺れる経済・燃える社会 根岸富二郎編 毎日新聞社 1972
安禄山と楊貴妃 人と歴史シリーズ 藤善真澄 清水書院 1972
芥子園画伝国訳釋解 山本元 藝艸堂 1972
居延木簡 小山天舟編 日本教育書道連盟 1972
近思録 上 中国文明選4 湯浅幸孫編 朝日新聞社 1972
近代イギリス東洋貿易史の研究 西村孝夫 風間書房 1972
五代史 和刻本正史 長沢規矩也解題 古典研究会 1972
語法詳解漢詩 遠藤哲夫 旺文社 1972
女流名詩集 カラー版中国の詩集11  鈴木亨訳 角川書店 1972
清代社会経済史研究 北村敬直 大阪市立大学経済学会 1972
楚辞索引・楚辞補注 竹治貞夫編著 中文出版社 1972
中華民国外交部長の国連脱退声明・中華人民共和国代表団団長の発言(国際問題資料82) 外務省 1972
中国科学技術史論集 吉田光邦 日本放送出版協会 1972
中国経済図説 山内一男等著 日本経営出版会 1972
中国古代における人間観の展開 板野長八 岩波書店 1972
戦火叢書55 昭和17・18年の支那派遣軍 朝雲新聞社 1972
中国とキリスト教 典礼問題 矢沢利彦 近藤出版社 1972
中国の怪談 潮文社リヴ 中岡俊哉 潮文社 1972
中国の思想 現代教養文庫 村山吉広 社会思想社 1972
中国の故事名言 ツインブックス 駒田信二 ベストセラーズ 1972
中国の鉱物資源 海外資料34  金属鉱物探鉱促進事業団 1972
中国人の戦略 阿部幸夫 芸術生活社 1972
中国人の思考様式 小説の世界から 講談社現代新書 中野美代子 講談社 1972
中国貿易要覧 国際技術協力協会 972
中国要人録 党・政・軍・貿易・対日 思想運動研究所編 全貌社 1972
唐詩選の旅 上・下 高木健夫 講談社 1972
東洋学文献類目 1970年度 京都大学人文科学研究所 1972
ドキュメント日中復交 時事通信社政治部編 時事通信社 1972
文心雕竜 中国古典新書 劉勰著 戸田浩暁訳注 明徳出版社 1972
満州事変への道 幣原外交と田中外交 中公新書 馬場伸也 中央公論社 1972
満鮮史研究 近世編 池内宏 中央公論美術出版 1972
明末清初の絵画 川原正二 時の美術社 1972
迷宮としての人間 中野美代子 潮出版社 1972
目で見る世界の旅19 中国 国際情報社 1972
庾信詩 書跡名品叢刊180  呉謙之 田中有解説 二玄社 1972
夢と爆弾 中国革命史談 高木健夫 番町書房 1972
李白 中国詩人選2 前野直彬 集英社 1972
李白 世界古典文学全集27  武部利男訳 筑摩書房 1972
李白と杜甫 郭沫若著 須田禎一訳 講談社 1972
李白と杜甫 その行動と文学(東洋人の行動と思想9) 高島俊男 評論社 1972
私の中国人ノート 和久田幸助 新潮社 1972
晏子春秋證注 伊藤馨 国書刊行会 1973
イエズス会士中国書簡集 社会編4 東洋文庫 矢沢利彦訳編 平凡社 1973
王漁洋 漢詩大系23  青木正児他編 集英社 1973
海獣葡萄鏡 シルクロードと高松塚 中公新書 森豊 中央公論社 1973
賈誼研究 蔡延吉 文史哲出版社 1973
画論 中国古典新書 古原宏伸 明徳出版社 1973
黄土の碑 林青梧 光風社書店 1973
甲骨関係文献序跋輯成 第1輯 玉田継雄編著 立命館大学中国文学研究室 1973
甲骨関係文献序跋輯成 第2輯 玉田継雄編著 立命館大学文学部 1973
抗日の中国 A・カリャギン著 中山一郎・柴田忠蔵訳 新時代社 1973
弘明集研究 上・中・下 牧田諦亮編 京都大学人文科学研究所 1973-75
五代群雄伝 村松暎 中央公論社 1973
古代中国思想の研究 東洋学叢書 渡辺卓 創文社 1973
国共合作 中公新書 波多野善夫 中央公論社 1973
爾雅 古典研究会叢書別刊1 長沢規矩也解題 汲古書院 1973
四書五経入門 ダルマ・ブックス 竹内照夫 日本文芸社 1973
自伝的中国現代史3 無鳥の夏 ハン・スーイン著 長尾喜又訳 春秋社 1973
支那学文薮 狩野直喜 みすず書房 1973
十二支物語 諸橋轍次 大修館書店 1973
神宮文庫漢籍善本解題 長沢規矩也 汲古書院 1973
新中国二十年史 潮新書 岩村三千夫 潮出版社 1973
全釈漢文大系 全33巻 集英社 1973-1980
楚辞集注 7冊 朱熹 読売新聞社 1973
楚辞入門 ダルマ・ブックス 星川清孝 日本文芸社 1973
中華人民共和国出土文物展覧展品選集 北京・文物出版社 1973
中国近代経済史研究序説 田中正俊 東京大学出版会 1973
中国象棋 入門と戦術 張秀爾 天元書房 1973
中国人の知恵 乱世に生きる 講談社現代新書 諸橋轍次 講談社 1973
中国に生きる 日中友好に半生を賭ける女の戦い 北崎可代 講談社 1973
中国の隠者 乱世と知識人 岩波新書 富士正晴 岩波書店 1973
中国のことわざ 福島寿英雄 東亜同学会 1973
中国の世界 オーエン・ラチモア 青木繁・江頭数馬編訳 毎日新聞社 1973
中国のふしぎな話 小学生の中国文学全集10  秋山洋子 学燈社 1973
中国文化大革命期の出土文物 外文出版社編 東方書店 1973
中国四千年の智恵 野口定男 新人物往来社 1973
東都事畧 和刻本正史別巻1 長沢規矩也解題 汲古書院 1973
明代馬政の研究 東洋史研究叢刊26  谷光隆 東洋史研究会 1973
明の赤絵 陶磁大系43 藤岡了一 平凡社 1973
草原の革命家たち モンゴル独立への道 中公新書 田中克彦 中央公論社 1973
馬賊一代 大陸流転記 中島辰次郎 番町書房 1973
よみがえる北一輝 その思想と生涯 上下 長谷川義記 月刊ペン社 1973
礼記 中国古典新書 下見隆雄 明徳出版社 1973
和漢古今宝銭図鑑 雁金屋庄兵衛 マツノ書店 1973
入矢教授・小川教授退休記念中国文学・語学論集 筑摩書房 1974
宇野哲人先生白寿祝賀記念東洋学論叢 宇野哲人白寿祝賀記念会 1974
漢唐壁画 外文出版社 1974
近思録 下 中国文明選5 湯浅幸孫 朝日新聞社 1974
原始から春秋戦国 中国の歴史1 貝塚茂樹、伊藤道治 講談社 1974
五代・宋 中国の歴史5 周藤吉之・中嶋敏 講談社 1974
資治通鑑 中国文明選1 田中謙二 朝日新聞社 1974
樹下美人図考 シルクロード史考察3 森豊 六興出版 1974
清代学術概論 東洋文庫 梁啓超著 小野和子訳 平凡社 1974
清代水利史研究 森田明 亜紀書房 1974
隋唐帝国 中国の歴史4 布目潮渢、栗原益男 講談社 1974
中国の科学と文明 全11巻 ジョゼフ・ニーダム著 藪内清ほか訳 思索社 1974~
中国仏道年譜 増補・修訂 矢嶋玄亮 国書刊行会 1974
中国文学史 吉川幸次郎述、黒川洋一編 岩波書店 1974
中国方面海軍作戦1 戦史叢書 防衛庁防衛研修所戦史室 朝雲新聞社 1974
哲人列伝 日本・東洋篇 勝部真長 第一法規出版 1974
唐代仏教史論 滋野井恬 平楽寺書店 1974
蔵蒙旅日記 寺本婉雅 芙蓉書房 1974
文明の滴定 科学技術と中国の社会 叢書・ウニベルシタス ジョセフ・ニーダム著 橋本敬造訳 法政大学出版局 1974
楽浪漢墓1 小場恒吉、小泉顕夫 楽浪漢墓研究会 1974
李唐・馬遠・夏珪 水墨美術大系2 鈴木敬 講談社 1974
わが陶淵明 中谷孝雄 筑摩書房 1974
沸きたつ群山 第2部 現代中国革命文学集4 李雲徳著 島田政男・さねとうけいしゅう訳 東方書店 1974
アジア仏教史 中国編1 中村元・笠原一男・金岡秀友編 佼成出版社 1975
顔氏家訓彙注 周法高選注 京都・中文出版社 1975
北アジア史研究 匈奴篇 内田吟風 同朋舎 1975
原色中国切手図鑑 1976年版 日本郵趣出版 1975
黄帝伝説乃歴史地理 三原一雄 陝甘文化研究所 大遐書房 1975
抗日民族論 白基晥著 小杉尅次訳 柘植書房 1975
三国志入門 立間祥介 日本文芸社 1975
山東民話集 中国の口承文芸3 東洋文庫 飯倉照平・鈴木健之編訳 平凡社 1975
シアチウ物語 上下 黄谷柳著 さねとうけいしゅう訳 太平出版社 1975
私説聊斎志異 安岡章太郎 朝日新聞社 1975
貞観政要語彙索引 原田種成編 汲古書院 1975
傷寒論考述 剣持久 東明社 1975
人物中国志6 辺境編 漠北と南溟 藤本幸三著 毎日新聞社 1975 
清代社会経済史研究 重田徳 岩波書店 1975
清代重要職官の研究 楢木野宣 風間書房 1975
中国哲学を学ぶ人のために 本田済編 世界思想社 1975
中国農学書録 付 中国古農書考 王敏明著 天野元之助校訂 龍渓書舎 1975
中国の経済と技術 小島麗逸 勁草書房 1975
中国貿易辞典 磯部俊雄等編 日本文化出版発売 1975
中国方面海軍作戦 戦史叢書 防衛庁防衛研修所戦史室 朝雲新聞社 1975
中国名言集 正・続 藤堂明保 朝日新聞社 1975
正名と狂言 古代中国知識人の言語世界 大室幹雄 せりか書房 1975
中国美術紀行 宮川寅雄 講談社 1975
中国歴史地理 王恢 台北世界書局 1975
東洋学研究 居延漢簡篇 森鹿三 同朋舎 1975
明末中国仏教の研究 特に智旭を中心に 張聖厳 山喜房仏書林 1975
有鄰館蔵璽印精華 官印篇 加藤慈雨楼編 京都藤井齊成会 1975
楽浪漢墓2 框本杜人、中村春寿 楽浪漢墓研究会 1975
アジア仏教史 中国篇2 中村元ほか編 佼成出版社 1976
殷契粋編 郭沫若編 三一書房 1976
印人伝集成 伏見冲敬編 汲古書院 1976
懐徳堂文庫目録 大阪大学文学部 1976
漢字の世界 中国文化の原点1 東洋文庫 白川静 平凡社 1976
錦州省の古蹟 満州国古蹟古物調査報告1 満州国国務院文教部編 国書刊行会 1976
校点本二十二史考異 京都・中文出版社 1976
黄土を拓いた人びと 生活の世界歴史2 三田村泰助 河出書房新社 1976
滑稽 古代中国の異人たち 大室幹男 評論社 1976
斎藤実蔵書目録 2冊 水沢市立図書館編 水沢・斎藤実記念館 1976
史苑逍遥 森克己著作選集5 国書刊行会 1976
資治通鑑 和刻本 山名本 長沢規矩也解題 汲古書院 1973
荀子 古代思想家の肖像 内山俊彦 評論社 1976
真相・西安事件 蒋介石秘録Ⅱ サンケイ新聞社出版局 1976
孫臏兵法 中国・銀雀山漢墓竹簡整理小組編 村山孚訳 徳間書店 1976
孫臏兵法 銀雀山漢墓竹簡整理小組編 金谷治訳注 東方書店 1976
人民中国の誕生 講談社学術文庫 野村浩一 講談社 1976
中国古代文様史 上下 渡辺素舟 雄山閣 1976
中国主要産業を規定する諸条件 日中経済協会 1976
中国新聞雑誌記事索引 1977年4月・5月 熊本商科大学海外事情研究所 1977
中国・朝鮮の史籍における日本史料集成 正史之部2 清史 日本史料集成編纂会編 国書刊行会 1976
中国の古代文学 1 神話から楚辞へ 白川静 中央公論社 1976
中国の古代文学 2 史記から陶淵明へ 白川静 中央公論社 1976
中国訪書志 阿部隆一 汲古書院 1976
中国の文学と礼俗 藤野岩友 角川書店 1976
漠南書庫中国印譜解題 横田実 二玄社 1976
李白と杜甫 上下 講談社文庫 郭沫若 講談社 1976
アジアの灌漑農業 その歴史と理論 アジア経済研究調査叢書233  福田仁志編 アジア経済研究所 1977
殷周古代史の再構成 貝塚茂樹著作集3 中央公論社 1977
殷周青銅器分類図録 2冊 陳夢家編 松丸道雄編 汲古書院 1977
温庭欽筠歌詩索引 青山宏校閲、岩間啓二編 朋友書店 1977
元稹研究 花房英樹、前川幸雄編著 彙文堂書店 1977
考亭淵源録 上下 宋端饒撰 中文出版社 1977
甲骨関係文献序跋輯成 第4輯 玉田継雄編著 立命館大学文学部 1977
古代漢字彙編 小林博編 木耳社 1977
四角號碼検字表 東洋学文献センター 1977
辞海 龍渓書舎 1977
朱子学大系 第12巻 朝鮮の朱子学・日本の朱子学(上) 阿部吉雄他編 明徳出版社 1977
儒教社会の女性たち(世界の女性史16) 岸辺成雄編 評論社 1977
人天宝鑑 中国古典新書 篠原寿雄 明徳出版社 1977
征服王朝の時代 新書東洋史3 笠沙雅章 講談社 1977
中国朝鮮地名別称索引 東京国書刊行会 1977
中国・朝鮮の史籍における日本史料集成 李朝実録之部1・2 日本史料集成編纂会編 国書刊行会 1977
中国の印刷術 東洋文庫315,316 カーター著 薮内清、石橋正子訳注 平凡社 1977
中国貿易用語辞典 住田照夫編 燎原書店 1977
東洋哲学史 橋本芳契 明玄書房 1977
呻吟語 中国古典新書 呂坤著 疋田啓佑訳 明徳出版社 1977
満州地名大辞典 山崎惣與 国書刊行会 1977
礼記 中 新釈漢文大成28 竹内照夫 明治書院 1977
再訪大連 寺村謙一 一の丸出版 1978
中国の祝事 都丸十九一、坂田友宏 明玄書房 1978
中国の俗諺 田中清一郎 白水社 1979
元代吏制研究 許凡 労働人事出版社 1984
中国人の日本人観100年史 小島晋治、伊東昭雄、光岡玄 自由国民社 1974
中国式のおかず 波多野須美編 主婦の友社 1975
中国哲学研究 楠本正継 国士舘大学附属図書館 1975
中国と第三世界 新井宝雄 大和出版販売 1975
中国の社会と文化 北京大学代表団来学記念 勝村茂編 早稲田大学社会科学研究所 1975
中国の神話 白川静 中央公論社 1975
漢代の美術 大阪市立美術館編 平凡社 1976
漢代の文物 林巳奈夫編 京都大学人文科学研究所 1976
中国古代の伝承 貝塚茂樹著作集5 中央公論社 1976
貞観政要 呉兢著 守屋洋編 徳間書店 1976
中国詩文選 24冊 筑摩書房 1976
中国浄土教史研究 塚本善隆著作集4 大東出版社 1976
中国食物誌 周達生 創元社 1976
中国・朝鮮の史籍における日本史料集成 清実録之部1 国書刊行会 1976
中国・朝鮮の史籍における日本史料集成 清実録之部2 国書刊行会 1976
中国の建築と都市 アンドリュー・ボイド 田中淡訳 鹿島出版会 1976
中国の自然と社会 江口旻・玉井健三共著 文化書房博文社 1976
中国の鉱物資源 日本貿易振興会 1976
中国歴史地理 上下 王恢 台湾学生書局 1976
東洋学の創始者たち 吉川幸次郎編 講談社 1976
論集近代中国と日本 山根幸夫 山川出版社 1976
韻鏡 寛永五年版 勉誠社文庫 鈴木真喜男解説 勉誠社 1977
邇言等七種 附索引 京都・中文出版社 1977
傷寒論 明趙開美刊本 張仲景著 燎原書店 1977
武内義雄全集 全10巻 角川書店 1977-79
中国古代の社会制度 貝塚茂樹著作集2 中央公論社 1977
中国古代の宗教と文化 殷王朝の祭礼 赤塚忠 角川書店 1977
中国古代の精神 貝塚茂樹著作集6 中央公論社 1977
中国古代の植物学の研究 水上静夫 角川書店 1977
中国古代文学論 詩経の文学性 鈴木修次 角川書店 1977
中国正史研究文献目録 国書刊行会 1977
中国女性史 笠間選書 山川麗 笠間書院 1977
中国土地改革体験記 中公新書 秋山良照 中央公論社 1977
中国農業と大寨 渡辺信夫・川村嘉夫・森久男共編訳 龍渓書舎 1977
中国人の論理学 諸子百家から毛沢東まで 中公新書 加地伸行 中央公論社 1977
中国都城・渤海研究 駒井和愛 雄山閣出版 1977
中国の鉄鋼業 日中経済協会編 日中経済協会 1977
中国の孝道 講談社学術文庫 桑原隲蔵  講談社 1977
遥かなるモンゴル 内蒙古紀行 小池秋羊 シルクロード社 1977
広島大学在職中における研究業績目録 今堀誠二博士業績刊行会 1977
民本思想の物語 秋山叢書 田所義行 秋山書店 1977
私の中国人ノート2 和久田幸助 自由現代社 1977
五代会要 王溥纂 上海古籍 1978
字鏡集 寛元本影印篇 古辞書大系 中田祝夫、林義雄 勉誠社 1978
字原を探る 村上久吉 叢文社 1978
資治通鑑長編人名索引 続 東洋史研究資料叢刊 梅原郁編 同朋舎 1978
詩的把握 陳正祥 香港商務印書館 1978
貞観政要 呉兢編 上海古籍 1978
傷寒論 北京図書館「傷寒研究書目」収録 中国衛生部中医研究院他編著 中沢信三、鈴木達也訳 中国漢方 1978
貞観政要 上 新釈漢文大系95 原田種成 明治書院 1978
女性と漢詩 和漢女流詩史  猪口篤志 笠間書院 1978
秦漢的方士与儒生 顧頡剛 上海古籍出版社 1978
新段階を迎えた中国経済展望 日中経報106  日中経済協会 1978
清末上海租界社会 呉圳義 文史哲出版社 1978
中国経済図説 富山栄吉・須藤正親編著 東西貿易研究所 1978
中国経済と毛沢東戦略 岩波現代選書 J・ガーリー著 中兼和津次、矢吹晋訳 岩波書店 1978
中国考古学文献目録 1949-1966 中国社会科学院考古研究所図書資料室編 文物出版社 1978
中国古代絹織物史研究 下 佐藤武敏 風間書房 1978
中国古代の学術と政治 中国叢書 顧頡剛著 小倉芳彦ほか訳 大修館書店 1978
中国女性史 太平天国から現代まで 平凡社選書 小野和子 平凡社 1978
中国人の生活 文庫クセジュ ミシェル・ジャン 小川特明 白水社 1978
中国水墨画の精髄 芸術叢書 吉村貞二 美術公論社  1978
中国典籍研究 川越泰博 国書刊行会 1978
中国文学と日本文学 鈴木修次 東京書籍 1978
中国冶金簡史 北京鋼鉄学院中国冶金簡史編写小組編 科学出版社 1978
中国民衆叛乱史1 秦~唐 東洋文庫 谷川道雄、森正夫編 平凡社 1978
毛沢東の軍隊 中国人民解放軍の50年 古川万太郎 講談社 1978
漢書律暦志の研究 能田忠亮・薮内清 臨川書店 1979
現代化中国の旅 社会学者訪中報告 福島直編 東京大学出版会 1979
康熙帝の手紙 中公新書 岡田英弘 中央公論社 1979
甲骨関係文献序跋輯成 第5輯 玉田継雄編著 立命館大学文学部 1979
後赤壁賦 浅見錦吾 日本習字普及協会 1979
儒教と「言語」観 今浜通隆 笠間書院 1979
儒教倫理の遡源的研究 佐藤嘉祐 明徳出版社 1979
貞観政要 下 新釈漢文大系96  原田種成 明治書院 1979
助辞訳通 勉誠社文庫 岡白駒、国金海二解説 勉誠社 1979
西安案内 平凡社カラー新書 田辺昭三 平凡社 1979
戦国策 下 全釈漢文大系25  近藤光男 集英社 1979
宋慶齢選集 宋慶齢 二木ふみ子訳 ドメス出版 1979
中国 世界の国ぐに20   佐藤弘一監修 ポプラ社 1979
中国近代化の幻視 日中関係の新たな視覚 長谷川慶太郎著 ダイヤモンド社 1979
中国古代籍帳研究 概観・録文 池田温 東京大学出版会 1979
中国古代農民反乱の研究 木村正雄 東京大学出版会 1979
中国式・目の体操 本多伝 立風書房 1979
中国宗教における受容・変容・行容 道教を軸として 窪徳忠 山川出版社 1979
中国上代説話の研究 若水俊 JCA出版 1979
中国トロッキスト回想録 中国革命と再発掘 アジア叢書 王凡西著 矢吹晋訳 柘植書房 1979
中国人の生活風景 東方選書 内山完造 東方書店 1979
中国人の発想 岡本隆三 徳間書店 1979
中国人の発想80の知恵 守屋洋 日本文芸社 1979
中国仏教思想史の研究 中国民衆の仏教受容 道端良秀 平楽寺書店 1979
中国文化大革命の再検討 下 東亜文化研究所紀要編集委員会編 霞山会 1979
中国法制史研究 瀧川政次郎 厳南堂 1979
中国法制大辞典 東川徳治 燎原 1979
中国やきもの案内 平凡社カラー新書 佐藤雅彦 平凡社 1979
中国やきもの紀行景徳鎮 陳舜臣 平凡社 1979
東晋南北朝学術編年 劉汝霖編著 京都・中文出版社 1979
唐代古詩の句式について 村瀬一郎 ふたば文庫 1979
東洋医学研究集成1 経絡経穴の研究 芹沢勝助編 医歯薬出版 1979
東洋学論集内容総覧 国書刊行会 1979
明代文化史研究 間野潜龍 同朋舎 1979
明末宗教思想の研究 管東溟の生涯とその思想 荒木見悟 創文社 1979
孟子研究 猪口篤志 笠間書院 1979
礼記 下 新釈漢文大系29  竹内照夫 明治書院 1979
イギリスとアジア 近代史の原画(岩波新書) 加藤祐三 岩波書店 1980
王漁洋詩論之研究 黄景進著 台北 古史哲出版社 1980
音容日に遠し 吉川幸次郎 筑摩書房 1980
科挙の話 試験制度と文人官僚 講談社現代新書 村上哲見 講談社 1980
漢字の話 1 藤堂明保 朝日新聞社 1980
現代化への意欲 西南中国を訪ねて 第四次訪中団 全国農協職員連盟 1980 
元刊雑劇三十種新校 2冊 徐沁君校 中華書局 1980
呉昌碩西冷印社記 拡大法書選書32  二玄社 1980
古代中国に生きる 人間の世界歴史2 小倉芳彦 三省堂 1980
徐州攻防戦 別冊コミックトム三国志7 横山光輝 潮出版社 1980
人生行路の賦 原富男 春秋社 1980
全記録ハルビン特務機関 西原往夫 毎日新聞社 1980
中国学入門 田所義行 秋山書店 1980
中国古代書籍史 竹帛に書す 銭存訓著 沢谷昭次、宇津木章ほか訳 法政大学出版局 1980
呉子・尉繚子の兵法 守屋洋 産業能率大学出版部 1980
中国古代の民俗 講談社学術文庫 白川静 講談社 1980
中国「人民公社」実態調査ノート 佐藤慎一郎 大湊 1980
中国的自由人の系譜 増井経夫 朝日新聞社 1980
中国天文学・数学集 科学の名著2 薮内清編 朝日出版社 1980
中国とソ連 中西治 日本工業社 1980
中国の構図 現代と歴史 吉田光邦 駸々堂 1980
中国の自然と民俗 田中克己 研文出版 1980
現代中国 政治大系の比較分析 ジェームズ・R・タウンゼント 小島朋之訳 慶応通信 1980
中国浄土教史の研究 道端詩良秀 法蔵館 1980
中国人の街づくり 相模選書 郭中端・堀込憲二著 相模書房 1980
中国人物史100話 林 亮 立風書房 1980
中国の布教と迫害 イエズス会士書簡集 東洋文庫 矢沢利彦編訳 平凡社 1980
中国石窟シリーズ 全17巻 平凡社 1980~1990
中国仏教と社会との交渉 道端良秀 平楽寺書店 1980
中国仏教の研究3 横超慧日 法蔵館 1980
中国封建国家の支配構造 明清賦役制度史の研究 川勝守 東京大学出版会 1980
中国法制史研究4 法と慣習・法と道徳 仁井田陞 東京大学出版会 1980
中国歴史地名大辞典 劉鈞仁著 凌雲書房 1980
東洋学関係目録集第1 川越泰博 国書刊行会 1979
東洋学著作目録類総覧 川越泰博 沖積舎 1980
法家思想の源流 大塚伴鹿 三信図書 1980
明清社会経済史研究 百瀬弘 研文出版 1980
霧社事件 台湾高砂族の蜂起 中川浩一・和歌森民男編著 三省堂 1980
陰騭録 中国古典新書 袁了凡著 石川梅次郎訳 明徳出版社 1970
アジアの人間と遺跡 江上波夫編 光村推古院 1981
アジアを知るために 鶴見良行 筑摩書房 1981
永楽宮壁画 中国外文出版社編 美乃美 1981
王船山詩文集 修羅の夢 東洋文庫393 王船山 高田淳編訳 平凡社 1981
オロン・スムⅠ 元代オングート部族の都城址と瓦竱 江上波夫・三宅俊成 開明書院 1981
簡論李白与杜甫 燕白 四川人民出版社 1981
鬼神と人間の中国 新潮古代美術館10 樋口隆康、陳舜臣、繭山康彦 新潮社 1981
京都大学人文科学研究所漢籍目録 同朋舎 1981
阮籍の「詠懐詩」について 岩波文庫 吉川幸次郎 岩波書店 1981
項羽 中国歴史小双書 安平秋 中華書局 1981
古典の叡知 学術文庫 諸橋轍次 講談社 1981
三国志の英雄群像 松本一男 徳間書店 1981
宰相型人間の研究 守屋洋 PHP研究所 1981
最新中国語基礎力完成 張世国 文人社 1981
自画像わが著作 魯迅友の会・中国の会 竹内好全集13  筑摩書房 1981
謝霊運詩索引 小西昇編 中国書店 1981
周漢遺宝 帝室博物館編 国書刊行会 1981
情熱の詩人杜甫 愛川一美 栄光出版社 1981
人口論と中国人口問題 市原亮平 晃洋書房 1981
西湖物語 植田渥雄編訳注 大学書林 1981
戦国策 中 新釈漢文大系48  林秀一 明治書院 1981
中国経済的調整和改革 金融財政事情研究会 1981
中国古代宗教史研究 制度と思想 池田未利 東海大学出版会 1981
中華人民共和国主要法令集1 中国研究所 1981
中国古代文化の研究 加藤常賢 明徳出版社 1981
中国式性教育 厳仁英編 劉達坤訳 日中出版 1981
中国史の散策 北京から敦煌への道 野村耀昌 日貿出版社 1981
中国人の知恵ツボの本 張明澄 久保書店 1981
中国書院史話 教育科学双書 章柳泉 北京・教育科学出版社 1981
中国的天空 沈黙の航空戦史 中山雅洋 サンケイ出版 1981
中国哲学史研究論集 荒木教授退休記念 葦書房 1981
中国哲学の探求 東洋学叢書 木村英一 創文社 1981
中国篆刻叢刊1(明1・文彭・何震) 小林斗盦編 二玄社 1981
中国鉄道の旅 1 北京ー烏魯木斉線 中国鉄道出版社編 美之美 1981
中国鉄道の旅 2 北京ー東南地区 中国鉄道出版社編 美之美 1981
中国鉄道の旅 3 北京ー東北地区 中国鉄道出版社編 美之美 1981
中国鉄道の旅 4 北京ー中南地区 中国鉄道出版社編 美之美 1981
中国鉄道の旅 5 北京ー西南地区 中国鉄道出版社編 美之美 1981
中国の刻石 中西慶爾 木耳社 1981
中国仏教史研究1 牧田諦亮 大東出版社 1981
中国文化と南島 南島文化叢書 窪徳忠 第一書房 1981
中国は近代化できるか 社会主義的発展途上国の苦悩 岡部達味 日本経済新聞社 1981
中国歴史学年鑑1979 中国歴史学年鑑編集部編 生活・読書・新知三聯書店 1981
先秦漢初の財政経済の経緯 原富男 春秋社 1981
先秦諸子百家争鳴時代考 原富男 三信図書 1981
台湾考古民族誌 考古民俗叢書18  国分直一 慶友社 1981
唐代字音の研究 大島正二 汲古書院 1981
唐代藩鎮の支配体制 東洋史学論集1 日野開三郎 三一書房 1980
東洋学論叢 飯田利行博士古稀記念 国書刊行会 1981
馬賊社会誌 渡辺龍策 秀英書房 1981
遥かなる周恩来 松野谷夫 朝日新聞社 1981
焚書夜話 大類雅敏 栄光出版社 1981
北京性史 青木信光編著 美学館 1981
夢渓筆談 東洋文庫 沈括 平凡社 1981
アジアの未解読文字(その解読のはなし) 西田龍雄 大修館書店 1982
アジアの歴史と歴史家 ユーラシア文化史選書 増井経夫 吉川弘文館 1982
石川県満蒙開拓史 藤田繁編 石川県満蒙開拓者慰霊奉賛会 1982
街道をゆく19 中国・江南のみち 司馬遼太郎 朝日新聞社 1982
科学史からみた中国文明 NHKブックス 藪内清 日本放送協会 1982
顔氏家訓 中国古典新書 顔之推著 宇野精一 明徳出版社 1982
漢字文化の世界 角川選書135  藤堂明保 角川書店 1982
雁門集 薩都拉(さつとら)  中国古典文学叢書 上海古籍出版社 1982
五四運動の研究 3冊 狭間直樹・片岡一忠・藤本博生 京都大学人文科学研究所 同朋舎出版 1982
胡蝶と荘周 続人生行路の賦 原富男 三信図書 1982
古代中国婚姻制の禮理念と形態 栗原圭介 東方書店 1982
三国志の英雄たち 守屋洋ほか 新人物往来社 1982
人物中国の歴史8 落日の大帝国 陳舜臣 集英社 1982
人物中国の歴史9 激動の近代中国 尾崎秀樹 集英社 1982
人物中国の歴史10  人民中国の誕生 尾崎秀樹編 集英社 1982
青銅時代 郭沫若選集13  中村俊也訳 雄渾社 1982
蘇州園林 陳従周著 路乗傑・横山正訳 リブロポート 1982
大学・中庸・孟子 世界古典文学全集 金谷治編 筑摩書房 1982
対論・騎馬民族説 江上波夫・森浩一 徳間書店 1982
中国近代化の史的展望 東亜文化叢書6 東亜文化研究所 霞山会 1982
中国経済地誌 陳正祥著 青木千枝子訳 古今書院 1982
中国古代説話の思想史的考察 小野沢精一 汲古書院 1982
中国古代的類書 胡道静 中華書局 1982
中国四季の花 中国カラー文庫8 美乃美 1982
中国の寺・日本の寺 東方選書10 鎌田茂雄 東方書店 1982
中国の建築 中国建築科学研究院 末房由美子訳 小学館 1982
中国武将の智略 守屋洋 PHP研究所 1982
中国仏教社会史研究 東洋史研究叢刊34  竺沙雅章 同朋舎 1982
中国仏教の寺と歴史 鎌田茂雄 大法輪閣 1982
中国歴史・文化地理図冊 陳正祥編著 梅村坦訳 原書房 1982
唐宋密教史論考 神戸女子大学東亜文化研究叢書1 長部和雄 神戸女子大学東西文化研究所 1982
満州国崩壊の日 上下 榛葉英治 評伝社 1982
明清の美術 大阪市立美術館編 平凡社 1982
明代江南農村社会の研究 浜島敦俊 東京大学出版会 1982
明の陶磁 デイジー・リオン・ゴールドシュミット著 駸々堂出版 1982
陰陽五行と日本の民俗 吉野裕子 人文書院 1983
キジル石窟 中国石窟 全3巻 平凡社・中国文物出版社編 平凡社 1983-1985
黄土の残照 ある宣撫官の記録 村上正則 鉱脈社 1983
抗日民族解放戦争序説 藤井高美 嵯峨野書院 1983
五体篆書字典 小林石寿編 木耳社 1983
南京事件 「虐殺」の構図 中公新書 秦郁彦 中央公論社 1986
慈禧光緒医方選議 西太后と光緒帝の処方集 陳可冀編著 宮川マリ訳 東京美術 1983
静かなノモンハン 伊藤桂一 講談社 1983
常徳作戦 幻の重慶攻略 森金千秋 図書出版社 1983
諸葛孔明の世界 加地伸行編 新人物往来社 1983
神仙伝 中国古典新書 葛洪著 福井康順訳 明徳出版社 1983
中国人の機智 井波律子 中央公論社 1983
中国人の生活哲学 東方選書11 丁秀山 東方書店 1983
中国土壌 改良利用・性質・肥沃度・生成分類 中国科学院南京土壌研究所主編 川瀬金次郎・菅野一郎訳 博友社 1983
謝霊運 中国の詩人3 船津富彦 集英社 1983
シンガポール華文小説選 上 東南アジアブックス 陳徳俊編 井村文化事業社 1983
清代法制研究 3冊 張偉仁著 台北・中央研究院歴史語言研究所 1983
中国古代の城 中国に古代城址を訪ねて 研文選書17  五井直弘 研文出版 1983
中国古代倫理学の発達 加藤常賢 二松学舎大学出版部 1983
中国山水画の描法 馬驍著 鶴田武良訳 日貿出版社 1983
中国傷寒論解説 劉渡舟、勝田正泰ほか訳 東洋学術出版社 1983
中国史論 斎藤実郎 高文堂出版社 1983
中国仏教集 塚本善隆 玉川大学出版部 1983
中国仏教社会経済史の研究 道端良秀 平楽寺書店 1983
中国文学概論 学術文庫 塩谷温 講談社 1983
中国身分法史 仁井田陞 東京大学出版会 1983
中国名言集 上中下 藤堂明保 朝日新聞社 1983
鉄砂拳(中国拳法・秘伝必殺) 竜清剛 日東書院 1983
唐代碑帖解義・書人伝 深谷周道訳 二玄社 1983
半迦像の道 田村圓澄 学生社 1983
物語・中国の歴史3 栄華の時代 唐~宋 福元・史石 講談社 1983
庾信 中国の詩人4 興膳宏 集英社 1983
隠逸と田園 中国古典詩聚花2 石川忠久 小学館 1984
殷虚出土白色土器の研究 梅原末治考古図録集9 梅原末治 同朋舎 1984
殷周時代青銅器の研究 殷周青銅器綜覧1 林巳奈夫 吉川弘文館 1984
科挙 中国の試験地獄 文庫 宮崎市定 中央公論社 1984
漢字文明圏の思考地図 西田龍雄 PHP研究所 1984
漢書窺管 上下 楊樹達文集10  上海古籍 1984
好太王碑の研究 王健群 雄渾社 1984
黄土地帯紀行 人類の起源を求めて 賀川光夫 六興出版 1984
御進講録 狩野直喜 みすず書房 1984
古銅器形態の考古学的研究 梅原末治考古図録集13  同朋舎出版 1984
湖北歴史人物辞典 皮明麻、何浩 湖北人民出版社 1984
最新中国語問題集 85年度版 上野恵司監修 現代出版 1984
支那漢代紀年銘漆器図説 梅原末治考古図説集2 梅原末治 同朋舎出版 1984
書概 書論集 劉熙戴 高畑常信訳 木耳社 1984
詩人李白 下 中国カラー文庫 中国人民美術出版社編 美乃美 1984
新中国の憲法 向山實夫 中央経済研究所 1984
中国古代の商工業と専売制 影山剛 東京大学出版会 1984
中国社会への散歩 十億の隣人はいま 有斐閣選書 中野謙二 有斐閣 1984
中国の近代化と教育 世界新教育運動選書6 石川啓二他 明治図書出版 1984
中国人の宗教儀礼 仏教・道教・民間信仰 大淵忍爾 福武書店 1984
中国生活誌 黄土高原の衣食住 竹内実・羅漾明対談 大修館書店 1984
中国の国際環境と対外政策 中国問題研究所 1984
中国の宗教・思想と科学 牧尾良海博士頌寿記念論集 同刊行会編 国書刊行会 1984
中国古典詩聚花 3 詠史と詠物 市川桃子 尚学図書 1984
中国鉨印源流 補・近代人の篆刻 銭君匋・葉潞淵著 梅舒適訳編 木耳社 1984
中国女性解放の先駆者たち 中国女性史研究会編 日中出版 1984
讖緯思想の総合研究 安居香山編 国書刊行会 1984
中国農業地理 劉世錡著 農山漁村文化協会 1984
鄭義下碑 上・下 書道名蹟基本叢書 藤原楚水監修 三省堂 1984
東北大学東洋学論集1 編集会 東北大学東洋史論集編輯会 1984
芭蕉扇 中国歳時記風物記 澤田瑞穂 平河出版社 1984
満州地図帖 地久館編 地久館 1984
明末清初 福本雅一 同朋舎 1984
遣唐使 唐代中日文化交流史略 姚嶂剣 陝西人民出版社 1984
陸游・高啓 新修中国詩人選集7 一海知義ほか注 岩波書店 1984
夢語り六章 瓊瑶作品集1 瓊瑶著 田宮順訳 現代出版 1984
李詩咀華 安旗・薛天緯・閻琦  北京十月文芸出版社 1984
論語・孟子・礼記・韓非子・老子・荘子・淮南子 神谷道倫 加藤中道館 1984
遺老が語る故宮博物院 荘厳著 筒井・松村訳 二玄社 1985
古代中国の思想 放送大学教材 戸川芳郎 日本放送出版協会 1985
人民中国の夜明け ニム・ウェールズ著 浅野雄三約 新興出版社 1985
西南中国の少数民族 貴州省苗族民族誌 鈴木正美、金丸良子 古今書院 1985
中国古代度量衡図集 邱隆ほか編 山田慶児、浅原達郎訳 みすず書房 1985
中国古代のスポーツ 邵文良編著 ベースボール・マガジン社 1985
中国茶健康法 松石雨香 筑波書林 1985
中国珍奇怪異物語 旺文社文庫 寺尾善雄 旺文社 1985
中国の石油産業 神原達ほか 幸書房 1985
中国の宗族と演劇 華南宗族社会における祭祀組織・儀礼および演劇の相関構造 田仲一成 東京大学出版会 1985
中国神話物語 袁珂著 大学書林 1985
中国書道史 神田喜一郎 岩波書店 1985
中国仏教史全集 全11巻 道端良秀 書苑 1985
中国仏教思想史の研究 佐藤成順 山喜房仏書林 1985
中国民話の旅から 雲貴高原の稲作伝承 伊藤清司 日本放送出版協会 1985
唐伝奇入門 呉志達 赤井益久訳 日中出版 1985
明末農民反乱の研究 佐藤文俊 研文出版 1985
竜樹の書簡 北畠利親 永田文昌堂 1985
論集東アジアの食事文化 石毛直道編 平凡社 1985
漢書五行志 東洋文庫460 班固著 冨谷・吉川訳注 平凡社 1986
享保時代の日中関係資料1 大庭脩編著 関西大学出版部 1986
古代中国の画像石 土居淑子 同朋舎 1986
五代宋初藩鎮年表 栗原益男編 東京堂出版 1988
崑崙の秘境探検記 中公新書821  周 正  中央公論社 1986
山東省文物展 大黄河文明の流れ 図録 山東省文物事業管理局 西武美術館 1986
辞書なしで学べる中国語の最初歩 野島進、王宣 三修社 1986
「貞観政要」に学ぶ 寺尾善雄 三笠書房 1986
諸葛孔明の生涯 寺尾善雄 旺文社 1986
銭起詩索引 田部井文雄編 汲古書院 1986
則天武后 中国の英傑7 沢田瑞穂 集英社 1986
中国五大石窟の旅 紀野一義 佼成出版社 1986
中国詩歌原論 比較詩学の主題に即して 松浦友久 大修館書店 1986
中国人の歴史意識 平凡社選書11 川勝義雄 平凡社 1986
中国聖賢のことば 講談社学術文庫 五十沢二郎 講談社 1986
中国説客列伝 徳間文庫 守屋洋 徳間書店 1986
中国の風水思想 J・J・M・デ・ホロート 第一書房 1986
中国武将伝 徳間文庫 守屋洋 徳間書店 1986
中国名言集 駒田信二 有楽出版社 1986
中国美術史 小杉一雄 南雲堂 1986
中国歴史地理学論著索引 1900~1980 杜瑜、朱玲玲編 書目文献出版社 1986
纏足物語 岡本隆三 東方書店 1986
道教叢林太清宮志 五十嵐賢隆 国書刊行会 1986
道教研究のすすめ その現状と問題点を考える 秋月観暎編 平河出版社 1986
東洋学発掘 安岡正篤 明徳出版社 1986
内藤湖南とその時代 千葉三郎 国書刊行会 1986
野末陳平の香港得買い物情報 野末陳平 扶桑社 1986
満洲1945年 木島三千男編 地久館 1986
明代白蓮教史の研究 野口鐵郎 雄山閣 1986
明代文人論 内山知也 木耳社 1986
明末清初モンゴル法の研究 島田正郎 創文社 1986
羅振玉年譜 羅継祖輯述 羅昌霖校補 文史哲出版社 1986
両漢思想の研究 田中麻紗巳 研文出版 1986
歴代兵制浅説 王暁衛・劉昭祥 北京・解放軍出版社 1986
淡い灰色の瞳 現代中国文学選集1 王蒙著 市川宏、牧田英二訳 徳間書店 1987
女たちのアジア 新書 松井やより 岩波書店 1987
漢詩への招待 石川忠久 新樹社 1987
漢字のこころ 深田薫 五月書房 1987
近世漢文学史 山岸徳平 汲古書院 1987
近世日本漢文学史論考 水田紀久 汲古書院 1987
呉子 中国古典兵法書 呉起著 尾崎秀樹訳・解説 教育社 1987
黒旗軍 19世紀中国の農民反乱 陳白塵撰述 佐藤公彦訳 研文出版 1987
後漢紀校注 袁宏 天津古籍出版社 1987
古代東アジアに遡る 李家正文 泰流社 1987
古代東アジアの装飾墓 町田章 同朋舎 1987
最新中国語問題集 現代出版 1987
儒教史 世界宗教史叢書10 戸川芳郎・蜂屋邦夫・溝口雄三 山川出版社 1987
成都重慶物語 中国の都城6 筧文生 集英社 1987
戦間期日本繊維産業海外進出史の研究 藤井光男 ミネルヴァ書房 1987
禅思想史研究 3 鈴木大拙 岩波書店 1987
蘇州・杭州物語 中国の都城4 村上哲見 集英社 1987
素書 中国古典新書続編 渡辺精一 明徳出版社 1987
大連 一九八七年・夏 神長文夫写真 PHP研究所 1987
中国通俗小説書目 大塚秀高編著 汲古書院 1987
中国辺境歴史の旅7 アジアを跨ぐ 福島次郎 白水社 1987
中国辺境歴史の旅8 大谷探検隊西域旅行日記 堀賢雄 白水社 1987
中国の宗教と社会 M・フリードマン著 田村克己ほか訳 弘文堂 1987
道教思想史研究 福永光司 岩波書店 1987
道教と宗教文化 秋月観暎編 平河出版社 1987
道教聖典 小柳司気太訳  心交社 1987
道教と古代日本 福永光司 人文書院 1987
藤堂明保中国語学論集 汲古書院 1987
中国式人相学入門 松本一男 PHP:研究所 1987
中国書蹟大観 全7巻 文物出版社 講談社 1987
中国人の酒落と諺 吉田隆 広報社 1987
中国・朝鮮地名異称辞典 国書刊行会 1987
中国的レトリックの伝統 井波律子 影書房 1987
中国鉄道の旅 エリアガイドブック114  南正時 昭文社 1987
中国都城の起源と発展 楊寛 学生社 1987
中国とたたかったチベット人 チベット叢書 ジャムヤン・ノルブ編著 日中出版 1987
中国の朝鮮族  延辺朝鮮族自治州概況 大村益夫訳 むくげの会 1987
中国歴史地理概論 上下 王育民 人民教育出版社 1987
麦積山石窟 中国石窟シリーズ 平凡社 1987
木簡手帖 呉恵霖 木耳社 1987
論集中国社会・制度・文化史の諸問題 中国書店 1987
アジアその多様なる世界 第2回「大学と科学」公開シンポジウム組織委員会 朝日出版社 1988
アジアの農業組織と市場 研究双書369  山本裕美編 アジア経済研究所 1988
ガラスの道 中公文庫 由水常雄 中央公論社  1988
漢詩名句集 中国古典百言百話9 奥平卓 PHP研究所 1988
漢書食貨・地理・溝洫志 東洋文庫488  班固著 永田英正・梅原郁訳注 平凡社 1988
北アジア遊牧民族史研究 山田信夫 東京大学出版会 1988
近世散文選 鑑賞中国の古典24  本田済 角川書店 1988
近世日本と東アジア 荒野泰典 東京大学出版会 1988
古代中国 驚異の知恵と技術 佐藤鉄章 徳間書店 1988
胡曽詩抄 伝承文学資料集成3 黒田彰編著 三弥井書店 1988
「三国志」に学ぶ興亡の原理 守屋洋 パンリサーチインスティテュート 1988
JPS中国切手図鑑2 日本郵趣協会 1988
周易 古代中国的世界図式 鳥恩溥著 吉林文史出版社 1988
周原与周文化 陳全方 上海人民出版社 1985
ジョセフ・ニーダムの世界 名誉道士の生と思想 中山茂ほか 日本地域社会研究所 1988
ジンギスカン ラーフ・フォックス著 由良君美訳 筑摩書房 1988
人民中国ひとりある記 ヒューマン双書8 前和之 ヒューマン刊行会 1988
図説世界文化地理大百科 中国 載國輝ほか編訳 朝倉書店 1988
中国漢詩心の旅 全5巻 田川純三著 世界文化社 1988-1990
中国近代思想史 張錫勤編 黒龍江人民出版社 1988
中国古代養生思想の総合的研究 坂出祥伸編 平河出版社 1988
中国神話史 袁珂 上海文芸聯合出版社 1988
中国人のトポス 洞窟・風水・壺中天 平凡社選書 三浦国雄 平凡社 1988
中国生活事典 白馬出版 1988
中国朝鮮族の教育文化史 李埰畛 鎌田光澄訳 コリア評論社 1988
中国の隠遁思想 中公新書 陶淵明の心の軌跡 小尾郊一著 中央公論社 1988
中国の哲学・宗教・芸術 福永光司 人文書院 1988
中国の工業化と産業技術進歩 研究双書373 丸山伸郎 アジア経済研究所 1988
中国の年中行事 平凡社選書 中村喬 平凡社 1988
中国風土記 東方選書16  中野謙二 東方書店 1988
中国文化と日本文化 森三樹三郎 人文書院 1988
長恨歌雑記 高木博 双文社出版 1988
長征 語られざる真実 ハリソン・E・ソールズベリー著 岡本隆三監訳 時事通信社 1988
道教典籍目録・索引 大淵忍爾・石井昌子編 国書刊行会 1988
霧社緋桜の狂い咲き 虐殺事件生き残りの証言 ピホワリス著 加藤実編訳 教文館 1988
木簡小字典 佐野光一編 雄山閣 1988
若者たちの中国 山本茂 エフエー出版 1988
石の羊と黄河の神 石川鶴矢子訳 筑摩書店 1989
王献之 原色法帖選33  二玄社 1989
王恂 原色法帖選34  二玄社 1989
巌窟蔵鏡 梁上椿著 田中琢・岡村秀典訳 同朋舎  1989
漢字小百科辞典 原田種成編 三省堂 1989
漢字の年輪 尾崎雄二郎 角川書店 1989
漢代の神神 林巳奈夫著 臨川書店 1989
居延漢簡の研究 永田英正 同朋舎 1989
近代化への道程 中国・激動の40年 共同通信社ほか編 講談社 1989
黄帝占術 中国5000年の秘伝 手相篇 鮑漆明 徳間書店 1989
黄晢暎 武器の影 上・下 高崎宗司ほか訳 岩波書店 1989
故土 蘇叔陽 馬場与志子訳 中国書店 1989
古代遊牧騎馬民の国 草原から中原へ 船木勝馬著 誠文堂新光社 1989
古陶文彙編 高明編 東方書店 1989
四書五経入門 鈴村進 オーエス出版 1989
静かな社会変動 岩波講座現代中国3 宇野重昭編著 岩波書店 1989
儒教ルネサッンス アジア経済発展の源泉 レジー・リトル、ウォーレン・リード サイマル出版会 1989
商君書索引 鈴木一郎編 風間書房 1989
仁学 清末の社会変革論 岩波文庫 譚嗣同著 西順庫、阪本ひろ子訳注 岩波書店 1989
仙界とポルノグラフィー 中野美代子 青土社 1989
祖先祭祀 環中国海の民俗と文化3 渡辺欣雄 凱風社 1989
中国近代女子教育史 1865~1945  盧燕貞 文史哲出版社 1989
中国経済統計・経済法解説 小島麗逸編 アジア経済研究所 1989
中国経済の構造 凌星光 サイマル出版会 1989
中国近代化の政治経済学 岡部達味 PHP研究所 1989
中国古代の祭礼と歌謡 東洋文庫500  マーセル・グラネ著 内田智雄訳 平凡社 1989
中国古代の諸民族 李家正文 木耳社 1989
中国上古史研究講義 顧頡剛 1989
中国人の本音 孔健 大陸書房 1989
中国人のはらわた 蓮根藤 はまの出版 1989
中国石窟雲崗石窟1 雲崗石窟文物保管所 平凡社 1989
中国図書の歴史 庄威著 吉村善太郎訳 京都・臨川書店 1989
中国伝統・秘密拳 常松勝 ベースボール・マガジン社 1989
中国とソ連 岩波新書 毛里和子 岩波書店 1989
中国にもう花は咲かない 黄文雄 はまの出版 1989
中国の工芸 出光美術館蔵品図録 出光美術館編 平凡社 1989
中国の思想的危機 研文選書44  林毓生著 丸山松幸・陳正醍訳 研文出版 1989
中国の食文化 周達生 創元社 1989
中国の朝鮮族 写真ルポ 山本将文 大阪・東方出版 1989
中国犯科帳 波野徹編訳 平河出版社 1989
中国文化のルーツ 上下 郭伯南ほか著 東京美術 1989
中国崩壊 司瞭 イースト・プレス 1989
中国歴代詩歌選集 福田稔編注 丘書房 1989
ドキュメント天安門 全記録・民主化運動血の結末 エス・エル・エス訳 香港明報出版社編 新泉社 1989
蒙求 鑑賞中国の古典15  今鷹真 角川書店 1989
木簡の書 宇野雪村著 大庭脩解説 同朋舎 1989
南京事件京都師団関係資料集 井口和起ほか編 青木書店 1989
哈爾濱の都市計画 越沢明 総和社 1989
やきもののシルクロード 加藤卓男 中日新聞本社 1989
やきもの文化史 景徳鎮から海のシルクロード 岩波新書 三杉隆敏 岩波書店 1989
読み切り三国志 井波律子 筑摩書房 1989
論集東北アジアの考古学 東北アジア考古学研究会 六興出版 1989
安西楡林窟 中国石窟シリーズ 平凡社 1990
岩波講座東洋思想13  長尾雅人他編 岩波書店 1990
岩波中国語辞典 倉石武四郎 岩波書店 1990
顔氏家訓2 東洋文庫 顔之推著 宇都宮清吉訳注 平凡社 1990
元曲鑑賞辞典 蒋星煜主編 上海辞書 1990
元典章 海王邨古籍叢刊 中国書店 1990
古典文字字典 師村妙石編 東方書店 1990
三国志の英傑 講談社現代新書1030  竹田晃 講談社 1990
儒教とは何か 中公新書 加地伸行 中央公論社 1990
中国 民主化運動の歴史 姫田光義著 青木書店 1990
中国近代化の調査記録 天児慧 研文出版 1990
中国・経済特区「深圳」の挑戦 橋本嘉文 にっかん書房 1990
中国古代農業博物誌考 胡道静著 渡部武訳 農山漁村文化協会 1990
中国次の10年 宮崎正弘 天山出版 1990
中国人の知恵 ワニ文庫 松本一男 ベストセラーズ 1990
中国政経用語辞典 愛知大学国際問題研究所編 大修館書店 1990
中国知識人の精神史 上下 フマニタス選書 李羨林 北樹出版 1990
中国と世界経済 上野秀夫 中央経済社 1990
続 中国の年中行事 平凡社選書 中村喬 平凡社 1990
中国見たもの聞いたこと 西野広祥 新潮社 1990
中国名言・故事 人生篇 田川純三 日本放送出版会 1990
新楽府・秦中吟の研究 近藤春雄 明治書院 1990
ジンギス汗の兵法 陳再明 TBSブリタニカ 1990
呪われた中国人 カッパ・ブックス 黄文雄 光文社 1990
馬占山将軍 東洋のナポレオン 立花丈平 徳間書店 1990
明清俗語辞書集成総索引 佐藤晴彦他編 汲古書院 1990
ビートルズを知らなかった紅衛兵 同時代ライブラリー 唐亜明著 岩波書店 1990
民族の世界史4 中央ユーラシアの世界 護雅夫・岡田英弘 山川出版社 1990
夜鳴く鳥 古代中国の医学・呪術・伝説 山田慶児 岩波書店 1990
40歳の中国 読売新聞社中国取材団 読売新聞社 1990
漢書列伝 中国古典新書続編15  高木友之助・片山兵衛訳注 明徳出版社 1991
黄土の夢 笠原淳 福武書店 1991
映画で語る中国・台湾・香港 戸張東夫著 丸善ライブラリー 1991
教養のための中国語 金文京 大修館書店 1991
元曲釈詞 全4冊 顧学頡・王学奇編著 中国社会科学出版社 1991
香妃考證研究 姜龍昭 1991
三千年の知恵・中国医学のひみつ 小高修司 講談社 1991
儒教思想と教育 鍾清漢 成文堂 1991
人生の師父・安岡正篤 神渡良平 同文館 1991
中国化学史話 上・下 ポピュラー・サイエンス 曹元宇 裳華房 1991
中国古玉の研究 林巳奈夫 吉川弘文館 1991
中国古代の占法 技術と呪術の周辺 坂出祥伸 研文出版 1991
中国女性 家・仕事・性 秋山洋子編訳 東方書店 1991
中国書道の基礎的研究 塚田康信著 東方書店 1991
中国新蚕農書考 「蚕務条陳」と「農学報」 池田憲司 自家本 1991
中国神話の文化人類学的研究 池田末利編 鉄井廣紀著 平河出版社 1991
中国の千年王国 三石善吉 東京大学出版会 1991
中国封建社会の構成 今堀誠二 勁草書房 1991
中国法入門 小口・木間・田中・国谷著 三省堂 1991
唐代制勅研究 中村裕一 汲古書院 1991
ジンギス・カンの国へ 丸善ライブラリー 高瀬秀一 丸善 1992
中国古代の生活史 林己奈夫 吉川弘文館 1992
中国哲学 講談社学術文庫 宇野哲人 講談社 1992
唐代官文書研究 官文書による官人制研究 中村裕一 中文出版社 1992
明清社会経済史研究 小山正明 東京大学出版会 1992
中国書法史 中国文化史叢書5 蒋文光 文津出版社 1993
中国礼俗史 王貴民 文津出版 1993
中国婚姻史 新・中国文化史叢書15  蘇冰 文津出版社 1994
専制国家史論 中国史から世界史へ 足立啓二 柏書房 1998
中国古代文化精要 劉洪仁 巴蜀書社 2003
秦漢儒教の研究 齋木哲郎 汲古書院 2004
建安七子集 中国古典文学基本叢書 兪紹初輯校 中華書局 2005
皇朝編年綱目備要 陳均編 中華書局 2006
古代の中国文化を探る 道教と煉丹術 今井弘 関西大学出版部 2011
中国はなぜ軍拡を続けるのか 阿南友亮 新潮社 2017

2018年5月16日 (水)

膳所藩将軍暗殺事件の謎

Sc15137a川瀬太宰宅跡碑

   膳所藩は近江国大津周辺に位置した6万石を領する譜代藩であった。禁裏御所方火消しを任務とすることから、朝廷を守護する意識が強く、藩内には川瀬太宰(1819-1868)を中心とする尊攘派の勢力が強かった。

   慶応元年5月、第14代将軍徳川家茂が上洛することになった。老中水野忠精から、将軍の膳所泊城が藩主本多康穣に言い渡された。5月16日、予定どおり江戸を進発した家茂は、東海道を西行し、近江愛知川宿に到着したが、そのとき突然、以後の将軍の宿泊予定が変更され、膳所泊城の中止、大津宿への宿泊が発表された。ちなみにこの日程変更の5日前、膳所藩では尊攘派の一斉検挙が行われており、それらが重なって、将軍暗殺の噂が流布していた。このとき検挙された尊攘派は数十名にのぼったが、当時の記録は少なく真相はいまもって不明である。逮捕より5ヵ月後の慶応元年10月、逮捕者の内11名が死罪に処せられた。首謀者とみられる川瀬太宰(膳所藩家老戸田資能の子)は雲母越えで捕らわれ、慶応2年6月、京都六角獄舎において斬首された。妻の幸は、大津の尾花川の居宅で新撰組に襲われ、匕首で喉を刺して自害を図った。一命はとりとめたが、後に自ら食を断ち、夫の跡を追った。膳所藩の将軍暗殺計画は家老たち藩内保守派たちによる捏造事件であるのか真相は闇のままである。

2018年5月15日 (火)

宝塚の家庭文庫「女性の書斎・ひとり好き」

  インドの財宝を挙ぐるも、

  読書の楽しみにはかえがたし

          エドワード・ギボン

   家庭文庫とは、民間の個人が、自宅の一部を開放して、本を収集・提供して、読書活動を行なう私設の図書館のことです。自治会・婦人会・PTAなどのグループが公民館や集会所など地域の施設を利用して行うものを「地域文庫」と称しています。一個人がどんなに財力を投資して珍しい本を収集してもおのずと限界があります。スペースの問題と収集範囲の問題です。あらゆるジャンルにわたり収集し、かつ一定の新鮮度を保つことは至難の業です。非公開の文庫は鮮度が落ちてきます。スペースの問題も一万冊を超えることは難しいですが、一人の人が書棚に立つと視界に入るのは数千冊が限度です。つまり百万冊の大図書館だと膨大な書庫に迷い本と出合うことはかえって難しくなります。新刊書店も新しい本との出会いには刺激がありますが、出版洪水に溺れて適書との出会いはできません。古くもなく、新しくもなく、意図的な選書ではなく、教養人にとっての理想的な書棚づくりをめざしていきます。

上野戦争起こる

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福沢先生ウェーランド講術の図 安田靫彦 慶応義塾福沢センター蔵

   年が明けて慶応4年(1868)になるとそうそうに、鳥羽・伏見の戦いで戊辰戦争の端緒が開かれ、官軍による慶喜追討令が出て、徳川慶喜は大坂を逃れて江戸に帰った。江戸市中では官軍が攻めて来て戦になるのは間違いないと江戸庶民は戦々恐々となり、逃げ出す者たちで街中は大騒ぎだった。

   その年の4月、福沢諭吉(1835-1901)は築地鉄砲洲中津藩中屋敷にあった洋学塾を芝新銭座(現・港区浜松町1丁目)へ移し、年号をとって「慶應義塾」と命名した。慶応4年5月15日、福沢諭吉はいつものように塾の教場に立ち、講義していた。突然、はるか北の方角から、江戸中に響き渡る砲声がとどろいた。諭吉はのんびりした調子で「とうとう、戦争が始まったか…」と呟いた。爆音をとどろかせているのは、上野の山であった。将軍慶喜を守るために結成された彰義隊に、官軍が戦闘をしかけたのである。塾生たちは、ざわついた。塾生たちの中には、若い血を燃えたぎらす者たちもすくなからずいて、落ち着きなく講義になかなか身がはいらない様子であった。諭吉は言った。「どうした、大砲の弾も鉄砲の弾も、ここまでは飛んでこないぞ!。上野の山までは、二里も離れているぞ」諭吉の声で、塾生たちも話に集中しだした。

「いいか、みんな、われわれがこうしていま、戦争のなかにもかかわらず学問をしているのは、日本の将来のためなんだぞ。いま、たしかに日本は変わろうとしている。しかし、これまでのような狭いものにとらわれた者たち同士の戦争では、なんにも変わらないんだ。これからの時代を切りひらいていくのは、力でも、鉄砲でもない。それは、学問だ。学問こそが、われわれを導く希望の光なんだ。さあ、大砲の音など、気にするな、講義を続けるぞ!」

   そして諭吉はいつもと変わらず土曜日の日課のフランシス・ウェーランド(1796-1865)の「経済学」の講義を続けた。

   画像「福沢先生ウェーランド講術の図」の中央の人物が福沢諭吉、そして手前の人物は高弟の小幡篤次郎(1842-1905)であろうか。

2018年5月14日 (月)

種痘記念日

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Edward Jenner was a doctor who invented the vaccination for Smallpox.

エドワード・ジェンナーは天然痘の予防接種を発見した医者だ。

    5月14日はイギリスの外科医エドワード・ジェンナー(1749-1823)が種痘の接種に成功した日である。彼は乳絞りの女性から牛痘にかかると天然痘には罹らないことを聞いた。そこで、牛痘にかかった乳絞りの女性サラ・ネルムズの手の水疱からとった膿を、近所に住んでいた8歳の男児フィッブス(1788-1823)の腕に接種した。10日後に発症したがすぐに治癒し、その後天然痘を接種しても感染しなかった。ジェンナーは貧しい人たちに無料で種痘の接種を行なった。(Edward Jenner,James Phipps,Sarah Nelmes)

2018年5月13日 (日)

竹酔日(ちくすいじつ)

  竹を移植するのは旧暦5月13日に行うと良いと言われる。これは、この日竹が酔っていて、移植されてもわからないからだということである。松尾芭蕉に「降らずとも竹植うる日は蓑と笠」(笈日記)とある。

東西文明の交流・シルクロード文献目録

101011160122625 世界の諸地域にはそれぞれの独特の文明が発展してきたが、それらは孤立したものでなく、現代から見れば緩慢ではあるが、政治・経済・文化にわたって伝播・交流をくりかえし、互いに他地域の文明と直接・間接に関連しながら現代にいたっている。古くは石器時代末期から青銅器初期にわたる彩陶文化があげられるが、ここでは甘粛省敦煌市にある仏教遺跡「敦煌莫高窟」の事例をふりかえってみよう。莫高窟・西千仏洞・安西楡林窟・水峡口窟など600あまりの洞窟があり、その中に2400余りの仏塑像が安置されている。開掘され始めたのは五胡十六国時代の355年あるいは366年とされ、その後、元代に至るまで1000年に渡って掘り続けられた。しかし永い歳月がたって、敦煌は忘れ去られたが、1900年5月26日に王円籙が発見し、このニュースは世界中に知れ渡った。オブルーチュフ(ロシア、1905)を初めとして、スタイン(イギリス、1907、1914)、ペリオ(ランス、1908)、ウォーナー(アメリカ、1922)等が敦煌写本の大部分を莫高窟から持ち去ったのである。

 敦煌を経て新疆に入ると、道は3つに分かれる。天山山脈を挟んで天山北路、天山南路、そして西域南道である。タクラマカン砂漠の北をトルファン、ウルムチ、コルラ、クチャ、アクスを経てカシュガルに到る天山南路を行きユーラシア大陸を横断する。

新疆探検記 橘瑞超 民友社 1912
西域発見の絵画に見えたる服飾研究 原田淑人 東洋文庫 1925
鳴沙余韻 敦煌出土未伝古逸仏典開宝 矢吹慶輝編著 岩波書店 1930
西域文明史概論 羽田亨 弘文堂 1931
塞外民族 岩波講座東洋思潮12  白鳥庫吉 岩波書店 1935
新西域記 大谷探検隊報告 全2巻 上原芳太郎編 有光社 1937
敦煌秘籍留真 神田喜一郎 小林写真製版所 1938
十三世紀東西交渉史序説 岩村忍 三省堂 1939
西康西蔵踏査記 劉曼卿著 松枝茂夫、岡崎俊夫訳 改造社 1939
西域画聚成 結城素明 審美書院 1941
ゴビ沙漠探検記 澤壽次 東雲堂 1943
古代絹街道 アルベルト・ヘルマン著 安武納訳 霞ヶ関書房 1944
支那西域経綸史 上 曾問吾著 野見山温訳補 京都・東光書林 1945
ゴビ砂漠探検記 世界探検紀行全集11 スウェン・ヘディン著 梅棹忠夫訳 河出書房 1955
西域経営史の研究 伊瀬仙太郎 日本学術振興会 1955
中国西域経営史研究 伊瀬仙太郎 :巌南堂書店 1955
東西文化の交流 アテネ文庫 伊瀬仙太郎 弘文堂 1955
古代天山の歴史地理学的研究 松田寿男 早稲田大学出版部 1956
西域 中国の名画 熊谷宣夫 平凡社 1957
敦煌 中国の名画 長広敏雄 平凡社 1957
敦煌仏教資料 西域文化研究 西域文化研究会編 法蔵館 1958
敦煌 井上靖 講談社 1959
東方見聞録 青木一夫訳 校倉書房 1960
ゴビ沙漠綺譚 危険を買う8000キロの旅 アーサー・ブリーン著 山崎ミドリ訳 内田老鶴圃 1961
シルクロード 東西文化のかけ橋 長澤和俊 校倉書房 1962
ゴビ砂漠探検記 秘境探検双書 ロジェトベンスキー著 南信四郎訳 ベースボール・マガジン社 1963
ゴビ砂漠横断 ヘディン中央アジア探検紀行全集6 スウェン・ヘディン著 羽島重雄訳 白水社 1964
西域佛典の研究 敦煌逸書簡譯 宇井伯寿 岩波書店 1969
西域 グリーンベルト・シリーズ 現代教養文庫 井上靖・岩村忍 筑摩書房 1963
敦煌美術の旅 北川桃雄 雪華社 1963
敦煌資料 1 中国科学院歴史研究所資料室 大安 1963
シルクロードと正倉院 林良一 平凡社 1966
西域 世界の文化15 水野清一編 河出書房新社 1966
シルクロード踏査記 角川新書 長沢和俊 角川書店 1967
スタイン敦煌文献及び研究文献に引用紹介せられたる西域出土漢文文献分類目録初稿 非仏教文献之部 文書類Ⅱ 東洋文庫敦煌文献研究委員会 1967
西域 大世界史10 羽田明 文芸春秋 1968
西域 カラー版世界の歴史10 羽田明 河出書房新社 1969
西域仏典の研究 敦煌逸書簡訳 宇井伯寿 岩波書店 1969
埋もれたシルクロード 岩波新書 V・マッソン著 加藤九祚訳 岩波書店 1970
敦煌学五十年 神田喜一郎 筑摩書房 1970
シルクロードの詩(うた) 森豊 第三文明社 1971
西域 筑摩教養選 井上靖・岩村忍 筑摩書房 1971
敦煌の文学 金岡照光 大蔵出版 1971
絲綢之路 漢唐織物 新彊維吾尓自治区博物館出土文物展覧工作組編 文物出版社 1972
敦煌の民衆 その生活と知恵 東洋人の行動と思想8 金岡照光 評論社 1972
明代西域史料 明実録鈔 明代西域史研究会 京都大学文学部内陸アジア研究会 1974
おばあさんシルクロードを走る 森村浅香 日本交通公社 1975
アレキサンダーの道 アジア古代遺跡の旅 井上靖 文藝春秋 1976
古代遊牧帝国 中公新書 護雅夫 中央公論社 1976
敦煌出土于闐語秘密教典集の研究 論説篇・賢劫佛名経と毘盧舎那仏の研究 田久保周誉著 春秋社 1976
敦煌の旅 陳舜臣 平凡社 1976
シルクロード地帯の自然の変遷 保柳睦美 古今書院 1976
シルクロードのドラマとロマン 青江舜二郎 芙蓉書房 1976
遺跡の旅・シルクロード 井上靖 新潮社 1977
西域物語 新潮文庫 井上靖 新潮社 1977
西域紀行 シルクロードの歴史と旅 藤堂明保 日本経済新聞社 1978
シルクロード探検 大谷短剣隊  長沢和俊編 白水社 1978
敦煌の美百選 円城寺次郎編 日本経済新聞社 1978
シルクロード史研究 長澤和俊 国書刊行会 1979
シルクロードと仏教文化 岡崎敬編 東洋哲学研究所 1979
チムール帝国紀行 クラヴィホ著 山田信夫訳 桃源社  1979
熱砂とまぼろし シルクロード列伝 陳舜臣 角川書店 1979
シルクロード 全6巻 日本放送出版協会  1980
シルクロードと仏教文化 続 岡崎敬編 東洋哲学研究所 1980
シルクロードと仏教 金岡秀友・井本英一・杉山二郎著 大法輪閣 1980
シルクロードのアクセサリー 砂漠の華 並河萬里 文化出版局 1980
敦煌の歴史 講座敦煌2 榎一雄編 大東出版社 1980
敦煌の石窟芸術 潘絜茲編著 土居淑子訳 中央公論社 1980
敦煌の美術 莫高窟の壁画・塑像 常書鴻ほか 大日本絵画 1980
敦煌莫高窟 全5巻 岡崎敬・鄧健吾編 平凡社 1980-1982
シルクロード・絲網之路6 民族の十字路(イリ・カシュガル) 司馬遼太郎・NHK取材班 日本放送出版会 1981
シルクロードと日本 雄山閣 1981
シルクロードの文化交流 その虚像と実像 大庭脩編 同朋舎 1981
西域 人物と歴史 教養文庫 井上靖・岩村忍 社会思想社 1981
西安から敦煌へ シルクロード今と昔・上 車慕奇 小学館 1981
熱砂の中央アジア ユーラシア・シルクロード1 加藤九祚・加藤久晴 日本テレビ放送網 1981
わたしのシルクロード NHK編 平山郁夫ほか 日本放送協会 1981
海のシルクロード 絹・香料・陶磁器 藤本勝次ほか 大阪書籍 1982
シルクロードと日本文化 森豊 白水社 1982
シルクロードに生きる  踏査記録 森田勇造 学習研究社 1982
西域美術1~2 敦煌絵画 大英博物館スタイン・コレクション ロデリック・ウィットフィード 上野アキ訳 講談社 1981
シルクロードの化粧史 シルクロード史考察18  森豊 六興出版 1982
敦煌莫高窟壁画 中国の文様3 上海人民美術出版社 美乃美 1982
敦煌石窟 美とこころ 田川純三 日本放送出版協会 1982
敦煌の風鐸 常書鴻著 秋岡家栄訳 学習研究社 1982
果物のシルクロード 城山桃夫 八坂書店 1983
シルクロード踏査行 長沢和俊 くもん出版 1983
シルクロードの文化と日本 長沢和俊 雄山閣 1983
敦煌書法叢刊 全29冊 拓本 饒宗頤編 二玄社 1983-84
シルクロードの風 カメラ紀行 平山美知子写真、平山郁夫挿画 読売新聞社 1984
西域紀行 旺文社文庫 藤堂明保 旺文社 1984
シルクロードの謎 前嶋信次 大和書房 1985
塞外民族史研究 上下 白鳥庫吉 岩波書店 1986
三蔵法師の旅を旅する 杉本茂春 編集工房ノア 1986
.シルクロード考古学  全4巻 樋口隆康 法蔵館 1986
西安からカシュガルへ 旺文社文庫 長沢和俊 旺文社 1986
敦煌資料による中国語史の研究 東洋学叢書 高田時雄 創文社 1988
ならシルクロード博覧会公式ガイドブック 財団法人なら・シルクロード博協会 1988
私のシルクロード 細呂木千鶴子著 大阪書籍 1988
流砂の楼蘭 玉木重輝 白水社 1988
敦煌の伝説 上下 陳鈺編 東京美術 1989
シルクロードの謎 光文社文庫 町田隆吉 光文社 1989
敦煌の文学文献 講座敦煌9 金岡照光編 大東出版社 1990
シルクロードの開拓者 張騫 田川純三著 筑摩書房 1991
西域 後藤正治写真集 日本カメラ社 1992
西域仏跡紀行 井上靖 法蔵館 1992
図説シルクロード文化史 ヴァレリー・ハンセン著 田口未和訳 原書房 2016
ユーラシア文明とシルクロード ペルシア帝国とアレクサンドロス大王の謎 山田勝久、児島建次郎、森谷公俊 雄山閣 2016
シルクロードに仏跡を訪ねて 大谷探検隊紀行 本多隆成 吉川弘文館 2016

2018年5月12日 (土)

梅雨はどうしてあるのか

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 気象庁は平成30年5月8日ころ沖縄の梅雨入りを宣言しました。

  小学生の頃、絵が上手だと先生に認められて職員室の前の掲示板にイラストを描かせてもらったことがある。ハリキッてかいた。6月だったので、カエルをたくさんかいて「カエルの合唱」だった。もちろんほめられた。だが人は半世紀たつと能力は衰える。朝近くの市役所に行くと水道週間のポスターが飾っている。どれも稚拙だが元気いっぱいの絵だ。いろいろアイデアを工夫して、楽しそうだ。下手でいいから根気と集中力、そして描く楽しさを取り戻したい。戯れにむかしを思い出し描く。出来上がりはへタッピーだった。

   それでも画材はスワン・スタビロというドイツ製の高級水彩色鉛筆を使っている。そうは見えないだろうが、池のところを筆に水を含ませて広げて、水の透明感を表現している。紙は古いレポート用紙。今度はクレヨンで描いてみよう。実は使わないがパステルもある。高級な画材があってもその特長を十分に生かしきれない。

「梅雨前線」は、オホーツク海高気圧がもたらす令湿な空気と、太平洋高気圧がもたらす暖湿度な空気の境目にできます。質の異なる2種類の空気の勢力が拮抗しているために停滞します。

大根役者と藪医者

    芸の下手な役者のことを「大根役者」という。また医術の下手な医者のことを「藪医者」という。その理由は諸説あるが、大根はどんな調理わしても腹にあたることが少ないことから、シャレで当たらない役者のことをいった。「藪医者」は俳人・森川許六が次のようなことを書いている。「薮医者とはもともと但馬国養父にいた名医(江戸幕府奥医師となった長嶋的庵のことらしい)に由来する。」(「風俗文選」(1706年)死者を甦らせるほどの腕を持ったその名医の噂は京の都にも届いた。ところがやがて、大した腕もないのに、自分は養父医者の弟子だ、と口先だけの医者が続出して、養父医者の名声も地に落ち、いつしか「藪」(やぶ)の字が宛てられ、医術のつたない医者のことをいうようになった。

夢見る頃を過ぎても

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  歌をまくらに 空を仰ぎて

  声高らかに 君とうたいし

  今はただひとりして

  さすらい歩めば

  若き日の夢

  昭和13年にコロンビアレコードから発売された中野忠晴、二葉あき子の「若き日の夢」の一番の歌詞である。ワルツ風の旋律だが原曲は「When I grow too old to dream?」(夢見る頃を過ぎても)でシグマンド・ロングバードの曲にオスカー・ハマースタイン二世が詩をつけた。「夢見る頃を過ぎても」はジャズの名曲としてポール・ホワイトマン楽団の演奏や、ナット・キング・コール、ドリス・デイ、ルビー・マラー、リンダ・ロンシュタットなとがカバーしている。初出はタドリ―・マーフィ監督の映画「The Night is Young」(1935年、邦題「春の宵」)。ラモン・ナヴァロ、イヴリン・レイ主演。劇中曲であるが誰が創唱したのかは不明。同年にはグレース・フィールド(1898-1979)がレコーディングしている。

てるてる坊主の起源

   「てるてる坊主」を軒先に吊るして晴天を祈る風習はいつ頃から始まったのか。中国では白い首、紅と緑の着物、ほうきを持った掃晴娘(サオチンニャン)というお人形を軒につるしてお天気を祈ったが、これが日本へ伝わる。奈良時代とも平安時代ともいわれるが、文献として明らかになるのは江戸時代中期から。この頃は現在と異なり折り紙のように折って作られるもので、より人間に近い形をしており、その形代を半分に切ったり、逆さに吊るして祈願した。「嬉遊笑覧」(1830年)には、晴天になった後は、瞳を書き入れて神酒を供え、川に流すと記している。現在のような、白い紙や布にくるんだ人形になったのは明治になってからのことかもしれない。

看護の日

Photo_3     本日を「看護の日」とするのは、1820年フローレンス・ナイチンゲールの誕生日に由来する。1853年、トルコとロシアの間にクリミア戦争が始まった。イギリス、フランスらがトルコを支援した。この戦争には19世紀を代表する2人の人物が関わっている。ナイチンゲールとトルストイである。1853年、ナイチンゲールはロンドンのハーレー街の小さな婦人施療院で看護婦として働いていた。これが陸軍大臣シドニー・ハーバートの目にとまった。翌年10月、ナイチンゲールは38人の看護婦とともにクリミアに向かった。同年7月、ロシアの青年将校トルストイは激戦地セバストーポリに従軍している。信仰心の篤い2人が戦場でみた光景が何であっのかそれは知らない。ただ戦争が青年たちの人生観を大きくかえる出来事だったことは間違いない。ナイチンゲールとトルストイは同じ年の1910年に亡くなっている。ナイチンゲールが亡くなるとき、国葬にしてウェストミンスター寺院に葬ることが話されたが、ナイチンゲールは遺書で拒否し、ハンプシャーのイーストウェロウの小さな教会墓地に埋葬された。世間が偉人と認めながら、偉人であることを拒みつつけた2人はよく似ている。(5月12日)

2018年5月11日 (金)

シンガポール

5971233_134151915319  6月12日のトランプ・金正恩の米朝会談の舞台にシンガポールが選ばれた。シンガポールはアジアと欧米諸国との接点である。18世紀末ころ、マレー半島南部を支配するジョホール王国はリアウ王国とパハン王国に分かれていた。イギリスのインド副総督トーマス・スタンフォード・ラッフルズ(1781-1826)はリアウにあったマレー派の王族フサインをジョホール王として即位させた。1819年2月6日、ラッフルズは条約を締結し、シンガポールを買収した。以後イギリスは、この島に関税のかからない、自由貿易港を建設し、東南アジア貿易の拠点として、イギリス東洋進出が始まった。(Thomas Stanford Raffles,Singapore,Johor Riau)

ダリの窓

Img_0013 窓辺の人物 1925年

   本日はサルバドール・ダリ、1904年の誕生日。この絵はダリがマドリードの美術学校を退学処分された青年時代の作品。キリコのような不可解で不安をかきたてるような雰囲気。少女がうしろ向きで外の景色をながめているが、何を思っているのだろう。モデルはおそらく妹のアナ・マリアであろう。動物的本能で窓辺よりも女性のお尻に目がいってしまう。(5月11日)

2018年5月10日 (木)

支那学文献目録

09271610_542662d9b20a1  19世紀後半から中国や日本で「支那」という言葉が使われていたが、現在では使われない。一般的には「支那」を差別語と考える人が多いが、歴史的に語源を調べるとかなり古い言葉で、玄奘の「慈恩伝」の中にも使われており、成立時は差別的な意味は含まれない。英語の「チャイナ」や「ラ・シーヌ」(仏語)、「ヒーナ」(独語)、「ラ・チーナ」(伊語)、「チナ」(西語)、「シーナ」(オランダ語、ポルトガル語)もみな秦の音の訛りで、古代インド、ギリシア・ローマと伝わったものである。日本語の「支那」も本来は一般的な呼称であったが、戦時中に蔑称として用いられた歴史があり、現在は使われていない。近年、石原慎太郎が「中国をシナと呼ぼう」と会見でシナを連発したが、中国ネットで非難が集中したことは記憶に新しい。ここでは書誌学的研究の立場から、タイトルに「支那」を含む図書を集める。ちなみに「中国」という語はすでに戦前からすでに使用されていた。ことがある。実例として、「近世中国史」風間阜1937年、「中国文化界人物総鑑」橋川時雄1940年など

支那総説 1~6 金子弥兵衛、中島精一 中近堂 1883
支那地誌 総体部 下村修介編 参謀本部編纂課編輯出版 1887
支那貨幣考 ダブルユ・ヴィッセリング著 駒井重格訳 専修学校 1891
支那教学史略 2冊 狩野良知 吉川半七 1891
支那全図 参謀本部編 1892
支那地誌 巻15上 満州部 参謀本部編纂課編輯出版 1893
支那地誌 巻15下 蒙古部 参謀本部編纂課編輯出版 1893
支那学術史綱 国府種徳、白河次郎編 博文館 1900
支那地理書 高島天淵編 1900 
支那探検録 新正 宮内猪三郎 1900
支那商業地理 曽我太郎 児玉芸香堂 1902
支那語会話読本(新編) 青柳篤恒 早稲田大学出版部 1903
支那大文学史 古代篇1 児島献吉郎 冨山房 1909 
支那政治地理誌 上下 大村欣一 丸善 1915
支那美術史彫塑篇 大村西崖 仏書刊行会図像部 1915
蒙古及満州 鳥居龍蔵 東京出版 1915
近世支那十講 稲葉君山 金尾文淵堂 1916
支那古田制の研究 法律学経済学研究叢書17 加藤繁 京都法学会 1916
支那 消夏漫筆 中山成太郎編訳 有斐閣 1916
支那論 山路愛山 民友社 1916
支那関係特種条約彙纂 東亜同文会調査編纂部 同部 1917
支那語会話教科書 佐藤智雄 大阪・同文社 1917
支那制度及社会概要 支那研究叢書9 東亜実進社 1917
支那の交通 支那研究叢書7 東亜実進社編 同社 1917
支那鉱産地 小山一郎編 丸善 1918
支那古代史 ヒルト 三省堂 1918
世界之支那史 青柳篤恒等 早稲田大学出版部 1918
支那教育状況一斑 朝鮮総督府編 京城朝鮮総督府 1919
支那経済研究 田中忠夫 大阪屋号書店 1919
近代支那史 稲葉岩吉 大阪屋 1920
支那関税制度論 高柳松一郎 京都・内外出版 1920
支那革命外史 北一輝 大鐙閣 1921
支那唐代の服飾 原田淑人 丸善 1921
支那工芸資料 京都市商品陳列所編 京都・芸艸堂 1922
支那為替の建方及取引方法 近世商業経済叢書 古矢吉雄 文雅堂 1923
支那為替論 内田勝司 巌松堂 1923
支那から南洋へ 東幸治 誠志堂 1923
支那経済事情 椿本義一 大阪屋号書店 1924
支那現代史 松井等 明善堂 1924
支那現代思潮 東洋講座第1輯 松井等 小西書店 1924
支那趣味の話 後藤朝太郎 大阪屋号書店 1924
支那法制史研究 東川徳治 有斐閣 1924
支那画人伝 横川毅一郎 中央美術社 1925
支那古代史論 東洋文庫論叢5 飯島忠夫 東洋文庫 1925
支那西教史考 グスターフ・コル 鈴木哲 伊山堂 1925
近代支那史 矢野仁一 弘文堂 1926
支那及支那問題辞典 河瀬竜雄 厚生閣 1926
支那建築史 東洋史講座 伊東忠太 国史講習会 1926
支那学文叢薮 狩野直喜 京都・弘文堂 1927
支那関税特別会議の経過 台湾総督官房調査課 1927
支那経学史論 本田成之 弘文堂書房 1927
支那戯曲研究 久保得二 弘道館 1928
支那道徳文化史 荻原擴 中文館 1927
支那建築 世界建築集成 全2冊 塚本靖、伊東忠太、関野貞編 建築学会 1928
支那語中の西洋語 近世支那伝来西洋語漢字音訳語彙 東亜研究講座20  中山久四郎 東亜研究会 1928
支那歴史研究 小川琢治 弘文堂書房 1928
支那革命に於ける農業革命の躍進 広東から上海へ第2部 アジアチクス著 別府重夫訳 上野書店 1929
支那革命に於けるプロレタリアートのへゲモニ 広東から上海へ第3・4部 アジアチクス著 別府重夫訳 上野書店 1929
支那古韻史 大島正健 冨山房 1929
支那古代史 フリードリッヒ・ヒルト 西山栄久訳補 丙午出版社 1929
支那歴史研究 続 小川琢治 弘文堂書房 1929
支那歴代年表 中村久四郎 山根倬三 中文館 1929
朝鮮支那文化の研究 京城帝国大学法文学会編 刀江書院 1929
近世支那外交史 支那学叢書5 矢野仁一 弘文堂書房 1930
支那(小説) 前田河広一郎 改造社 1930
支那関係条約集 半沢玉城 外交時報社 1930
支那内国公債事情 中浜義久 南満州鉄道株式会社 1930
支那近世戯曲史 青木正児 弘文堂 1930
支那研究 慶応義塾望月基金支那研究会 岩波書店 1930
支那後宮秘史 浜本鶴賓 春陽堂 1930
支那土地制度研究 長野朗 刀江書院 1930
支那暦法起源考 飯島忠夫 岡書院 1930
支那学文献の解題と其研究法 武田熙 大同館 1931
支那革命外史 世界興亡史論17  北一輝 平凡社 1931
支那革命と孫文主義 武田凞 大同館 1931  
支那共産党 第2輯 大衆叢書3 大衆新聞社 1931
支那近世産業発達史 青柳篤恒 東亜研究会 1931
支那古代社会史論 郭沫若 藤枝丈夫訳 内外社 1931
支那古代史と天文学 飯島忠夫 恒星社 1931
支那の排日侮日に就て 陸軍省調査課 1931
一九三〇年支那年史 長野朗 支那問題研究所 1931
支那 少年少女世界地理文庫1 西亀正夫 厚生閣 1932
支那現代婦人生活 沢村幸夫 東亜研究会 1932
支那語会話独習 藤本敦美 春陽堂 1932
支那住宅志 南満州鉄道株式会社経済調査会編 大連・同社 1932
支那の国民性 大谷光瑞 大乗社支部 1932
支那の排日運動 波多野乾一 東亜研究会 1932
支那百笑 伊能嘉矩選評 北田清二郎画 内外社 1932
今日の支那語選書 春陽堂 1933
狂乱の支那 馬郡健次郎 南光社 1933
支那貨幣研究 吉田虎雄 山口・東亜経済経済会 1933
支那貨幣史銭荘考 広畑茂 建設社 1933
支那ギルドの研究 根岸佶 斯文書院 1933
支那の建築と芸術 関野貞 岩波書店 1933
支那歴史地理研究 正集 小川琢治 弘文堂書房 1933
支那現代思潮 岩波講座東洋思潮5 松井等 岩波書店 1934
支那現代文集要 小林幾次郎編著 尚文堂 1934
支那製紙業 関彪編 誠文堂 1934
上代支那に於ける神話及び説話 岩波講座東洋思潮1 出石誠彦 岩波書店 1934
古代支那人の民間信仰 岩波講座東洋思潮10  白鳥清 岩波書店 1935
最新支那年鑑 昭和10年版 東亜同文会 東亜同文会 1935
支那貨幣論 有本邦造 森山書店 1935
支那経済現勢講話 孫懐仁ほか著 支那経済研究会訳 学芸社 1935
支那経済史研究 ウィット・フォーゲル著 横川次郎訳編 叢文閣 1935
支那ニ於ケル棉花奨励誌 外務省調査部 日本国際協会 1935
支那農業経済の諸問題 田中忠夫 学芸社 1935
支那の農業と工業 R・H・トーネイ著 浦松佐美太郎・牛場友彦訳 岩波書店 1935
時文研究支那新聞の読み方 清水元助・有馬健之助 外語学院出版部 1935
支那貨幣論 支那貨幣制度は何處へ行く 章乃器著 浅川謙次訳 叢文閣 1936
支那経済事情講話 東京商工会議所編 森山書店 1936
支那工業論 有沢広巳編 改造社 1936
支那語会話辞典 岡本正文編 文求堂 1936
支那絨毯考 高木英彦 泰山房 1936
支那制覇戦とアメリカ 上 カントロウイチ著 広島定吉・堀江邑一訳 ナウカ社 1936
支那の抗日記録 日支の不幸 姫野徳一 日支問題研究会 1936
支那のランプ 奇語幽談 佐藤惣之助 版画社 1936
英人の観たる支那の建設運動 東洋協会調査部 東洋協会 1937
今日の支那 日本評論社編輯部編 日本評論社 1937
支那女人譚 村田孜郎 古今荘書房 1937
支那ギルド論 H.B.モース著 増井経夫訳 生活社 1939
支那経済概観 日本産業経済全集15  浜田峰太郎 白揚社 1937
支那経済恐慌論 木村増太郎 改造社 1937
支那経済建設の全貌 方顕延 日本国際協会 1937
支那言語学概論 カールグレン著 岩村忍、魚返義雄訳 文求堂 1937
現代支那批判 尾崎秀実 中央公論社 1938
支那貨幣制度論 宮下忠典 宝文館 1938
支那古代の祭礼と歌謡 マーセル・グラネー著 内田智雄訳 弘文堂 1938
支那古代社会研究 郭沫若 藤枝丈夫訳 東学社 1935
支那新聞の読み方 入江啓四郎 タイムス出版社 1935
支那游記 室伏高信 日本評論社 1935
支那碑碣形式の変遷 関野貞 座右宝刊行会 1935
支那工業論 有沢広巳編 改造社 1936
支那古韻学階梯 松村利行 松雲堂 1936
近代支那社会史 サファロフ著 早川二郎訳 白揚社 1937
古代支那及印度 東洋文化史大系1 新光社 1937
支那語手引と会話早わかり 甲斐靖 駸々堂 1937
支那事変 美談 講談社の絵本 1937
支那事変 武勇談 講談社の絵本 1937
支那と仏蘭西美術工芸 小林太市郎 東方文化学院京都研究所 1937
支那秘密結社の新情勢 三宅儀明 中国通信社東京支局 1937
現代支那人物論 吉岡文六 時潮社 1938
最新支那常識読本 山口梧郎 テンセン社 1938
支那近世史講話 稲葉岩吉 日本評論社 1938
支那制覇戦と太平洋 下 カントロウイチ著 広島定吉訳 生活社 1938
支那西北辺彊紀行解題 後藤富男 東亜研究所 1938
支那と支那人と日本 杉山平助 改造社 1938
支那の歴史 少年史伝叢書 塚田忠泰 大同館 1938
支那の人々 清水安三 隣友社 1938
支那歴史研究法 梁啓超 小長谷達吉訳 改造社 1938
新支那論 池崎忠孝 モダン日本社 1938
現代支那人名辞典 大陸文化研究所編 泰山房 1939
支那学翻訳叢書 文求堂書店 1939
支那協同組合論 陳殷公著 高山洋吉訳 生活社 1939
支那経済概論 2冊 L・マーシャル著 安藤英夫訳 泰山房 1939
支那経済研究 方顕法編 梨本祐平訳 改造社 1939
支那工業論 上海工業の発展 劉大欽著 倉持博訳 生活社 1938
支那交通史論 白寿彜著 牛島俊作訳 生活社 1939
支那社会構成 秋沢修二 白揚社 1939
支那戦国時代 世界興廃大戦史・東洋戦史3 仲小路彰 戦争文化研究所 1939
支那地方自治発達史 和田清編 中華民国法制研究会 1939
支那社会の科学的研究 岩波新書 ウィットフォーゲル 岩波書店 1939
支那春秋時代戦史 世界興廃大戦史・東洋戦史2 仲小路彰 戦争文化研究所 1939
支那商業史 王孝通著 平田泰吉訳 生活社 1939
支那の農民生活 費孝通 生活社 1939
支那の歴史と文化 上 ラトレット著 岡崎三郎訳 生活社 1939
支那游記 改造社文庫 芥川龍之介 改造社 1939
上代支那法制の研究 刑事編 根本誠 有斐閣 1939
現代支那史 全6巻 グスタフ・アマン著 高山洋吉訳 育生社 1939-1940
現代支那思想史 梁漱冥著 神谷正男訳 生活社 1940
現代支那史 教養文庫 小竹文夫 弘文堂 1940 
支那関係欧米名著略解 岩村忍編 タイムス社 1940
支那教育史 支那文化叢書 上下 任時先著 山崎達夫訳 人文閣 1940
支那基督教史 東亜叢書 比屋根安定 生活社 1940
支那語自修読本 陳文彬 大阪屋号 1940
支那社会政治思想史 上 呂振羽 原勝・角田次郎訳 日本青年外交協会 1940
支那宗教思想史 王治心著 冨田鎮彦訳 大東出版社 1940
支那商業史 支那文化史大系5 王孝通著 大東出版社 1940
支那生活案内 後藤朝太郎 黄河書院 1940
支那政治思想史 支那文化叢書 楊幼烱著 古賀鶴松訳 人文閣 1940
支那精神 世界精神史講座2 諸橋轍次ほか 理想社 1940
支那戦時経済論 石浜知行 慶応書房 1940
支那政治思想史 支那文化史大系2 楊幼烱著 村田攷郎訳 大東出版社 1940
支那政党史 楊幼烱著 森山喬訳 日光書院 1940
支那タングステン鉱誌 支那経済資料  江西地質鉱業調査所編 生活社 1940
支那地理大系 自然環境編 渡辺光編著 日本評論社 1940
支那統制経済論 羅敦偉著 河上純一訳 生活社 1940
支那の鉱床及鉱業 ウィリアム・コリンス著 西村雄三訳 白揚社 1940
支那農業経済論 上 天野元之助 改造社 1940
支那の歴史 スットヒル著 福原麟太郎・近藤正平解注 研究社 1940
支那法制史研究 瀧川政次郎 有斐閣 1940
支那美術史 東洋史講座17  金原省吾 雄山閣 1940
支那歴史地理研究 続集 小川琢治 弘文堂書房 1940
概説支那仏教史 道端良秀 法蔵館 1941
近代支那と英吉利 百瀬弘ほか 蛍雪書院 1941
支那行商人とその楽器 中島幸三郎 冨山房 1941
支那銀行制度論 宮下忠雄 巖松堂 1941
支那工業合作社運動 刈屋久太郎編著 畝傍書房 1941
支那経済史 支那文化史大系3 馬乗風著 田中斉訳 大東出版社 1941
支那古代生活史 内野熊一郎 清水書店 1941
支那事変秘史 津田元徳 大阪屋号書店 1941
支那社会政治思想史 下 呂振羽 日本青年外交協会 1941
支那西康事情 楊仲華著 村田孜郎訳 誠文堂新光社 1941
支那探訪 緒方昇 東京日日新聞社 1941
支那のこども 山本和夫 小学館 1941
支那の子供 尾関岩二 興亜書局 1941
支那の村落生活 A・H・スミス著 塩谷安夫・仙波泰雄訳 生活社 1941
支那の人たち 中地清 至文社 1941
支那の歴史と文化 下 ケネス・スコット・ラトゥレット著 岡崎三郎訳 生活社 1941
上代支那法制の研究 行政編 有斐閣 1941
西洋文化の支那への影響 張星烺著 実藤恵秀訳 日本青年外交協会 1941
日支交通史 王輯五著 今井啓一訳 立命館出版部 1941
近世支那経済史 小竹丈夫 弘文堂書房 1942
近代支那思想 実藤恵秀 光風館 1942
支那画人研究 八幡関太郎 明治書房 1942
支那家族の構造 清水盛光 岩波書店 1942
支那官制発達史 和田清・村上正二 中央大学出版部 1942
支那教育学史 田内高次 冨山房 1942
支那近世史要 ラジオ新書 出石誠彦 日本放送出版協会 1942
支那古代哲学史 慿友蘭 柿村峻訳 冨山房 1942
支那社会経済史研究 玉井是博 岩波書店 1942
支那製紙業に関する一資料 東亜研究所 1942
支那戦場と経済と心理 阿部源一郎 巌松堂 1942
支那中世の軍閥 日野開三郎 三省堂 1942
支那土地制度論 オットー・フランケ著 清水金次郎訳 教育図書 1942
支那の反英興亜運動 能勢岩吉編 聯合出版社 1942
支那の農業経済 田辺勝正 日本評論社 1942
支那を行く 中村孝也 講談社 1942
近代支那に於ける宗教結社の研究 酒井忠夫 東亜研究所 1943
古代支那研究 小島祐馬 弘文堂書房 1943
支那学論攷 石浜純太郎 全国書房 1943
支那漢代紀年銘漆器図説 京都帝国大学文学部考古学資料双刊2 梅原末治編 京都桑名文星堂 1943
支那彊域史 支那文化叢書 顧頡剛著 中尾雄一訳 人文閣 1943
支那基督教の研究 1・2 佐伯好郎 春秋社松柏館 1943
支那鉱業労働論 B.P.トルガシェフ著 手塚正夫・前田隆良共訳 中央公論社 1943
支那鉱業史 芳賀雄 電通出版部 1943
支那古代暦法史研究 東洋文庫論叢29  橋本増吉 東洋文庫 1943
支那周辺史 上下 支那歴史地理大系6 安藤徳器編 白揚社 1943
支那儒道仏交渉史 大東名著撰 久保田量遠 大東出版社
支那上代思想研究 出石誠彦 藤井書店 1943
支那青磁史稿 小山冨士夫 文中堂 1943
支那習俗 太田陸郎 三国書房 1943
支那商業史概説 丸三正三郎 文進堂 1943
支那歴代風俗事物考 秋田成明訳 大雅堂 1943
古代支那志史要 岡崎文夫 弘文堂 1944
支那学雑草 加藤繁 生活社 1944
支那学の問題 吉川幸次郎 筑摩書房 1944
支那貨幣考 穂積文雄 京都印書館 1944
支那基督教の研究 3 佐伯好郎 春秋社松柏館 1944
支那近世史概説 出石誠彦 大観堂 1944
支那経済史概説 加藤繁 弘文堂 1944
支那数学史概説 藪内清 山口書店 1944
支那版画叢考 小野忠重 双林社 1944
支那港湾統制と開発問題 田北隆美 二里木書店 1944
西洋文化の支那侵略史 E.R.ヒューズ著 魚返善雄訳 大阪屋號 1944
近代支那と英吉利 百瀬弘・沼田鞆雄 蛍雪書院 1945
支那官話字典 善鄰書院編 龍文書局 1945
支那経済史考証 上 加藤繁 東洋文庫 1947
支那古代暦法史研究 橋本増吉 東洋書林 1982
支那古代史と天文学 飯島忠夫 第一書房 1982
支那古代史論 飯島忠夫 第一書房 1980
支那古代の祭礼と歌謡 マーセル・グラネー 内田智雄訳 清水弘文堂書房 1967
支那古代の社会思想 岩波講座東洋思想3 小島祐馬 岩波書店 1936
支那語通解 馬場春吉 岡崎屋 1939
支那史概説 上 岡崎文夫 弘文堂書房 1935
支那思想研究 橘樸 日本評論社 1936
支那思想の展開 1 高田眞治 弘道館 1946
支那思想のフランス西漸 後藤末雄 第一書房 1933
支那思想発達史 遠藤隆吉 冨山房 1904
支那思想仏教思想 上・下 岩波講座東洋思潮10 宇井伯寿 岩波書店 1935
支那社会の測量 円谷弘 有斐閣 1937
支那社会の組織と展望 湯良礼著 中山蒐美三訳 育生社 1940
支那社会の裏表 一色忠慈郎 大阪屋号書店 1931
支那庶民金融論 井関孝雄 学芸社 1941
支那地方自治発達史 和田清編 中央大学出版部 1939
支那地方自治問題 董修甲著 岡本武彦訳 生活社 1939
支那地方政制史 支那文化叢書 鄭自明著 富樫長榮訳 人文閣 1941
支那地名集成 外務省情報部 日本外事協会 1936
支那帝国史 万国歴史全書 デュ・アルド著 北村三郎 博文館 1890
支那哲学概説 春秋文庫 高田真治 春秋社 1938
支那哲学概論 宇野哲人 支那哲学叢書刊行会 1926
支那哲学概論 現代語訳支那哲学叢書 宇野哲人 酒井雄文堂 1927
支那哲学概論 支那哲学体系5 宇野哲人 金の星社 1929
支那哲学講話 高木八太郎 荻原星文館 1935
支那哲学史 遠藤隆吉 金港堂 1900
支那哲学史 帝国百科全書 中内義一 博文館 1903
支那哲学史 高瀬武次郎 文盛堂 1910
支那哲学史 斉伯守 同文社 1942
支那哲学史 師範大学講座1 平原北堂 勅語御下賜記念事業部 1946
支那哲学史 近世儒学 宇野哲人 宝文館 1954
支那哲学史概説 渡辺秀方 早稲田大学出版部 1924
支那長生秘術 後藤朝太郎 富士書房 1927
支那哲学史概説 斉伯守 同文社 1930
支那哲学史講話 宇野哲人 大同館 1914
支那哲学思想叢書 三省堂 1931
支那哲学叢書 支那哲学叢書刊行会 新光社 1922
支那哲学総論 徳富猪一郎・宇野哲人 大東出版社 1937
支那哲学の研究 宇野哲人 大同館 1920
支那の淡水魚 東亜研究講座38 雨宮育作、木村重 東亜研究会 1931
支那の対日血戦 秋山豊三郎 大連・秋山家 1932
支那の土豪 後藤朝太郎 高山書院 1940
支那の体臭 後藤朝太郎 汎文社 1933
支那の土地と人 クレッシイ著 三好武二訳 偕成社 1939
支那土地利用地図集成 ロッシング・バッグ著 岩田孝三訳 東学社 1938
支那と仏蘭西美術工芸 小林太市郎 弘文堂 1937
支那の民族性と社会 支那問題叢書 川合貞吉 第二国民会 1937
支那と蒙古 米内山庸夫 北光書房 1943
支那中世仏教の展開 山崎宏 清水書院 1942
支那屯田兵制史 支那文化叢書 張君約著 藤田実訳 人文閣 1942
支那内閣関税制度3 台湾総督府 1932
支那の経済恐慌に関する調査 1~3 天野健雄 東京商工会議所 1935
支那の経済建設 事前と事後 目崎憲司 有斐閣 1941
支那の経済心理 東亜叢書 ウィルヘルム著 佐藤周一郎訳 生活社 1942
支那の経済地理 岩波新書 グルーシャコフ著 西尾忠四郎・高木八尺訳 岩波書店 1941
支那の経済と資源 小林幾次郎 時潮社 1939
支那の対外的国民運動 末広重雄 弘文堂 1939
支那の知識 時局知識シリーズ2 清沢冽・室伏高信編 青年書房 1937
支那地理歴史大系 全12巻 白揚社 1940-1941
支那の知性 林語堂著 喜入虎太郎訳 創文社 1940
支那の通貨と貿易 日本学術振興会 土方成美編 有斐閣 1942
支那の農業 ロッシング・バック著 塩谷安夫・仙波泰雄。安藤次郎訳 改造社 1938
支那の農業 東亜新書12 石川正義 中央公論社  1941
支那の農業経済 マヂャル著 早川二郎訳 白揚社 1936
支那の秘密 井東憲 秋豊閣 1939
支那帝国史 デュ・アルド
支那貧窮問題研究 柯象峰著 陸麻呂利輔訳 人文閣 1942
支那風俗 3冊 井上紅梅 1920-1922
支那風俗画譜 石田楳  洪洋社 1932
支那風俗綺談 井東憲訳著 大東出版社 1940
支那風俗綺談集 米田華紅 博文館 1930
支那風俗春秋 佐久間貞次郎 立命館出版部 1932
支那風俗の話 後藤朝太郎 大阪屋号 1927
支那風物記 村松梢風 河原書店 1941
支那風物志1 風景篇 東亜文化叢書6 後藤朝太郎 大東出版社 1942
支那風土記 後藤朝太郎 八洲書房 1935
支那風土記 米内山庸夫 改造社 1939
支那風土記 クレッシイ著 高垣勘次郎訳 東方文化学会 1939 
支那文化雑攷 法本義弘 国民社 1943
支那歴史地理 北京の歴史地理 小野勝年 支那地理歴史大系刊行会編 白揚社 1942
支那歴史地理叢書 冨山房 1939
支那歴代沿革図説 河村与一郎編 前川文栄堂 1881
支那歴代沿革地図  新撰 山本頼輔 赤沢政吉 1895
支那歴代親耕親蠶考 農林省米穀局 日本米穀協会 1936
支那歴代地名要覧 青山定男 東方文化学院研究所 1933
支那労働視察記 支那に於ける人間性と労働 アンダーソン著 高山洋吉訳 生活社 1939
支那労働者研究 続支那研究叢書2 小山清次 東亜実進社 1919
シナの五にんきょうだい クレール・H・ビショップ著 クルト・ビンゼ絵 いしいももこ訳 福音館書店 1961
支那抗戦力調査報告 満鉄調査部編 三一書房 1970
シナ戯曲小説の研究 長沢規矩也著作集5 汲古書院 1985

シパーヒー決起、インド大反乱

210pxbattle_of_vienna_sipahis    1859年5月10日夕刻、北インドのメーラト駐屯地で、イギリス東インド会社傭兵であるシパーヒー(セポイ)が反乱を起こした。反乱は、この年より配付された新式のエシフィールド銃の使用を拒否し禁固刑となったメーラトの第3軽騎兵連隊の85名のシパーヒー釈放を要求して始まった。新式銃の弾薬筒には、ヒンドゥー教徒の神聖視する牛の脂とムスリムの不浄視する豚の脂とが塗られていた。これを装填時に噛み切るために口にすることは、回教徒とも宗教的禁忌だった。シパーヒーは、1757年6月23日のプラッシーの戦い以来用いられ、反乱直前には23万人にも膨れ上がっていた。そのうち13万人を擁したベンガルのシパーヒーには、アウド王国出身で南カーストの者が多くいたが、賃金や階級は低く、国外出兵を強制されるため不満を抱いていた。反乱軍はその日のうちにデリーに進撃し、翌日には、すでに年金受領者となり名目的存在でしかなかったムガール皇帝ハバードゥル・シャー2世を擁立し、皇帝復権宣言をさせる。この時点から反乱は、ムガル帝国対大英帝国の戦いの様相を呈する。北インドの各地でこれに呼応する反乱が続く。失権の原則により実子のないことで所領を没収されたマラーター王国のペーシュワー(宰相)の子孫ナーナー・サーヒブが6月4日にカーンプルで、また同じくイギリスに併合されていた藩王国ジャーンシーの王妃ラクシュミーバーイーが6日に立ち上がる。30日にはラクナウでも反乱が起こる。イギリスのインド支配そのものに対して不満を抱く、市民や農民にも反乱に参加する者が現れ、反乱は都市から、やがて農村へと広がる。地域的にも北インド全体へと拡大し、あらゆる階層の人々を含む民族的な大反乱となる。(sipahi)

2018年5月 9日 (水)

「みかんの白い筋」何と言うの?(物の名前)

   日常何気なく使っていたり、目にしたりする物でも正式な名前は意外と知らないものである。たとえば「みかんの白い筋」を何と呼ぶかご存じだろうか?アルベド(albedo)という。ラテン語で「白い」を意味し、柑橘類の果皮の内側にある白い組織状の組織、いわゆる白い筋にもこの言葉が使われている。

  お寿司やお弁当に入っている緑のプラスチックシート。これの正しい名称は?

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 バラン。漢字で「葉蘭」と書き、その名の通り昔は蘭の葉を使っていた

野菜や果物などの皮をむく器具

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 ピーラー

和服をしまうための厚紙

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  たとう紙

大雨のときに、外から水が入らないように、入口をふさぐ。

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  止水板

カレーのルーが入っている銀製の食器

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 グレイビーボート(Gravy boat)。ただし一般にソースポットともいう。

荷物を括りつけて背負って運搬するための運搬具

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背負子(シヨイコ)

野菜や果物の皮むき用ナイフ

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ぺティナイフ。petit(フランス語)+knifeの和製英語

鉛筆などを安全に削るナイフ

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 ボンナイフ

イベントやアンケートなどで用いられる簡易鉛筆

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  ペグシル

果物を包んでいる白い網状の包装材

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  フルーツキャップ

視力検査のとき片目を隠すために用いる柄杓

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 遮眼子 オクルダー(occluder)

カトリックのミサで信者が食べる円形の薄いせんべいのようなお菓子

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  ホスチア(hostia)

瓶やガラスなどで太陽の光線が一点に集中して火災が発生すること

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  収斂火災

靴のひもの穴

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  ハトメ

歯と歯の間などの歯垢を取り除く歯間ブラシ

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 糸ようじ(デンタルフロス)

金網を張って食物を保管できるようにした家具。蠅などの虫がたかるのを防ぐ役目も果たした。冷蔵庫が普及するまでは食品を保管するため必要なものであった。

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蠅帳(はえちょう)

座禅を組んでいる際、修行僧を策励する掛係が手に持って巡回する棒を何というか。

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警策(きょうさく)

ビックリマーク

エクスクラメーションマーク

 

「齋藤」日本の苗字

  ネプリーグで外国人回答者が「互角」という字を書いたが、「角」の字が真ん中の縦棒が下まで突き抜けていた。林修先生は元は突き抜けていた異体字があったとして正解とした。たしかに漢字の歴史は古いのでさまざまな異体字がある。「斉藤」姓がその代表格だろう。斉藤、斎藤、齋藤、齊藤などさまざまな字体があり、戸籍コンピーター会社によると85種類あるらしい。ルーツは伊勢神宮の神様を迎えるため身を清めた役職、斎宮頭(さいぐうのかみ)に由来する。10世紀の中頃、斎宮頭に任ぜられた藤原利仁の子、藤原叙用(のぶもち)は、官職名と姓に因んで(斎宮の斎、藤原の藤)「齋藤」を号し、子孫は齋藤氏となり自身は齋藤氏の祖となる。明治初期の戸籍作成のとき、手書きのため誤字かそのまま登録され、多くの字体がーに別れる一因になった。斉藤姓で一番知られるのは、戦国の武将、斎藤道三。近年の研究によれば美濃の国盗りは道三一代のものではなく、その父松波基宗(または松波庄五郎)との父子2代にわたるものではないかと考えられている。コンサイス日本人名事典によれば斎藤姓は歌人の斎藤茂吉以下50人ほど掲載されているが、それほかの人名を調べる。斎藤達雄(1902-1968)は独特の存在感を持つ飄々とした演技で戦前戦後の喜劇映画に多数出演した。番組中では壇蜜の本名および旧芸名が齋藤支静加であることが等身大パネルを使って紹介されたが、わたし世代としては天地真理の本名が齋藤真理であることのほうがインパクトが大きい。ゲストも齋藤司、斉藤慶子ならば、乃木坂の斎藤飛鳥がベストかな。

思い違い、勘違い大全集

Photo_3 誰にでも人の名前や地名・言葉を、間違って覚えてしまうことがある。思い違いで、何十年もずっと思い込んでいることがあるから可笑しい。長嶋茂雄引退の名スピーチ「巨人軍は永久に不滅です」。多くの人は「永遠に」とすり替えて記憶している。寺山修司が勘違いして書いたため、「永遠に」のほうが広まってしまった。▽息子の一茂はずっとHAWAIIを「ハウツー」、北海道を「きたかいどう」と読んでいた。▽「ランゲルハンス島」とは島の名ではなく、膵臓に散在する細胞の1つ。村上春樹のエッセーに「ランゲルハンス島の午後」という一編がある。生物の教科書に出てくるこの名に魅かれ、空想上の理想郷のような感じがしてくる。▽「蚤の市」ノミのことを英語でfleaという。発音は「フリー」だが、freeと勘違いしている人がいる。▽大島紬の産地は奄美大島(鹿児島県)。あんこ椿の伊豆大島と間違える。▽京都の東寺に伝えられた古文書、東寺百合文書(とうじひゃくごうもんじょ)。「ゆりぶんしょ」と読み間違い。▽「康範詩集」川内康範の詩集ではない。宋の汪晫の詩集。▽「さよなら」などのヒット曲で知られるオフコース。バンド名は草野球チームに由来するらしい。ところが「off course」と「f」が2つあるので、「もちろん」の意味ではなく「道を外れる」ということ。小田和正が建築から音楽の道に進んだことを含んでいるらしい。▽「マスクメロン」マスクとは「仮面」の意味ではなく、麝香のようないい香りがするという意味。▽×武蔵の森総合スポーツプラザ○武蔵野の森総合スポーツプラザ

   漢字の誤読もよくある。御用達を「ゴヨウタツ」、順風満帆を「ジュンプウマンポ」、キキイッパツを「危機一発」と、大人になっても思い込んでいる人がいる。正しくは「ゴヨウタシ」、「ジュンプウマンパン」、「危機一髪」。▽乳幼児の病気「川崎病」をずっと神奈川県川崎市の公害病の一種と思い込んでいたが、実は発見者の川崎富作にちなんだ病名である。▽「おばけのQ太郎」における名脇役ラーメン大好き「小池さん」のモデルはアップダウンクイズの司会者小池清だと思い込んでいた。正しくはアニメイターの鈴木伸一である。

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    小池清            鈴木伸一

Photo_3  中居正広は元AKBの河西智美を「かわにし」と呼んでいた。正しくは「かさいともみ」。▽和歌山県の有田みかん。「ありだ」と濁って発音するのが正しい。▽「焼け木杭に火がつく」を「焼けぼっ栗に火がつく」と思っている人がいる。▽青森県五所川原の十三湖(じゅうさんこ)。民謡「十三の砂山」は「とさのすなやま」。中世都市遺跡「十三湊遺跡」は「とさみなといせき」。▽インディラ・ガンディーはマハトマ・ガンディーの娘ではなく、ネルーの娘。▽俳優の筒井道隆を小説家、筒井康隆の息子だと思っている人がいるが、名前が似ているだけで親戚でも何でもない。▽「板垣死すとも自由は死なず」岐阜の板垣遭難事件は有名であるが、このとき板垣は死なず、本当に亡くなったのは事件から37年のちのことである。▽京都市左京区一乗寺にある金福寺。「きんぷくじ」ではなく、「こんぷくじ」が正しい。▽アメリカ合衆国の国歌を「星条旗よ永遠なれ」だと思っている人がいる。スーザの曲は国の公式行進曲。アメリカの国歌はジョン・スタッフォード・スミス作曲の「星条旗」。▽シェリーの詩「西風に寄せる歌」。有名な一節「冬来たりなば春遠からじ」と訳した人を上田敏と思っている人がいる。本当は木村毅(きむらたけし)である。▽向田邦子のエッセイ「眠る盃」。タイトルは「荒城の月」の「めぐる盃かげさして」の一節を「眠る盃」と誤って覚えた少女時代の回想。▽木村拓哉はクイズ番組で「シザーサラダ」と回答。正しくは「シーザー・サラダ」Caesar salad。シザーサラダだと「ハサミ入りサラダ」という意味になる。ロメイン・レタス、クルトン、パルメザンチーズをオリーヴオイル、ニンニク、レモン、アンチョビーのドレッシングで和えたサラダ。古代ローマのシーザーとは無関係。メキシコのティワナにあるシーザーズという名前のレストランで考案されたから。▽ブランデ―のナポレオン。特定銘柄の酒ではなく、熟成年を指す記号。▽「少年老い易く学成り難し」朱熹の作ではなく、日本の室町時代の禅僧・観中中諦の作である。▽小倉智昭アナは「ブリ、カンパチは白身の魚」と発言。身の色から勘違いしやすいが、ブリ、カンパチはともに回遊魚であるアジ科に属し、赤身の魚である。

愛の讃歌

   マリア・コティヤール主演の「エディット・ピアフ」は素晴らしい伝記映画である。劇中、「私とビリー・ホリデーとは同じ年なの」というシーンがある。ジャズとシャンソン、音楽は異質ながらも、その波乱に満ちた女の生涯は共通している。ピアフ(1915-1963)、ビリー・ホリデー(1915-1959)、それにジュディ・ガーランド(1922-1969)など20世紀の歌姫といえるだろう。いまはレコードや映像などで何度も彼女たちの歌唱をきくことができる喜びを感謝している。 シャンソンを代表する名曲「愛の讃歌」。およそ愛をテーマにした曲の中で、このシャンソンほど力強く、感動的な歌がほかにあるだろうか。「あなたが愛してくださるならあなたが死んでもかまわない。わたしもあとを追って、空のかなたでふたりは永遠を手に入れるのですから・・・・あなたがおのぞみなら、なんでもやってのけましょう。祖国や友を裏切りましょう・・・・」という高らかな愛への讃歌です。日本語歌詞岩谷時子ではだいぶんやわらかくなっています。原詩はエディット・ピアフ本人の作詞ですが、作曲者を知っているかたはあまりおられない。マルグリット・モノ(1903-1961)で「バラ色の人生」や「ミロール」など多くの名曲を作っています。

映画でみる歴史偉人伝

Img_1189021_32131373_0     オリビア・ハッセーの「マザー・テレサ」(2003年)を見る。あのジュリエットの面影はないが、聖女を美化せず真実の姿が感じられる人間ドラマに出来ている。意外な大物スターが歴史上の偉人を演じる例はいくつかみられる。なかには失敗作もあるが、ご愛嬌的な面がある。無声映画のころから、クレオパトラなどの映画(ゼダ・バラ)は見世物的で人気があった。ハリウッドは大物スターもトンデモ映画に出ている。

  ゲーリー・クーパーがマルコ・ポーロ(「マルコ・ポーロの冒険」1938)、ジョン・ウェインがジンギスカン(「征服者」1956)、モンゴメリー・クリフトがフロイト(「フロイド」1962)、ヘンリー・フォンダがリンカーン(「若き日のリンカーン」1939)、マーロン・ブランドがアントニウス(「ジュリアス・シーザー」1953)、リチャード・バートンがアレキサンダー大王(1956)、カーク・ダグラスがゴッホ(「炎の人ゴッホ」1956)、グレゴリー・ペックがダビデ王(「愛欲の十字架」1951)やマッカーサー(1977)、ジェフリー・ハンターがイエス・キリスト(「キング・オブ・キングス」1961)、ロッド・スタイガーがナポレオン(「ワーテルロー」1970)、クリフ・ロバートソンのケネディ(「魚雷艇109」1963)、ジェラール・ドパルデュー(コロンブス、1492」1991)、オマー・シャリフがゲバラ(1969)、イングリッド・バーグマンがジャンヌ・ダルク(「ジャンヌ・ダーク」1948)など。アジアではチョウ・ユンファが孔子、金城武が諸葛孔明、本郷功次郎が釈迦、勝新太郎が秦始皇帝、山本富士子が楊貴妃、田中裕子が西太后(ドラマ)などを演じている。聖徳太子を本木雅弘、空海を北大路欣也、最澄を加藤剛、親鸞を中村錦之助が演じている。NHKドラマで八百屋お七を前田敦子が演じたが、過去、坂東秋子、柳さく子、美空ひばり、中島そのみ、らが演じている。栗塚旭演じる土方歳三が最高のハマリ役である。 片岡千恵蔵は宮本武蔵、大石内蔵助、近藤勇、国定忠治など主要なヒーローを演じてきたが、「日本暗殺秘録」(1969年)の井上日召は異色である。

    成功例をみると、ジェームズ・スチュワートのリンドバーグ(「翼よ!あれが巴里の灯だ1957)、ポール・スコフィールドのトマス・モア(「わが命つきるとも」1966)、グリア・ガースンのキュリー夫人(1943)、グレタ・ガルボのクリスチナ女王(1935)、マドンナのエビータ(1996)、マリオン・コティヤールのエディット・ピアフ(2007)。なぜか女性物が多い。

アイスクリームはもともと兵士の健康食だった?

0231   5月9日は「アイスクリームの日」。今日は寒いが、寒くてもアイスクリームを食べる人が多くなった。アイスクリームが嫌いという人はあまり聞いたことがない。アイスクリームのそもそものルーツは諸説あるが、古代ギリシア・ローマ時代にまでさかのぼる。冬の間に降った雪や、自然にできた氷を保存し、蜜などを加えたものを戦場で戦っている兵士に疲労回復の健康食として供したのが始まりといわれる。ほかに中国が起源とする説もある。13世紀の終わりころ、中国でアイスクリームを食べたマルコ・ポーロが帰国後、そのつくり方をイタリアに伝えたといわれる。楽聖ベートーヴェンもアイスクリームが好きだった。「今年の冬は暖かいので氷が少なく、アイスクリームが食べられるかどうか心配だ」と日記に書いている。日本で初めてアイスクリームが広まるのは明治になってから。米国で製法を学んだ出島松蔵が明治6年、明治天皇にレイシの果物と共に「あいすくりん」を献上したのが始まりである。

   歴史上の人物もそれぞれ好物がある。マリー・アントワネットがこよなく愛したのがアルザス地方に伝わる焼き菓子クグロフ。徳川家康は鯛のてんぷら。家定はスイーツ(芋、カステラ)。慶喜は豚肉。西郷隆盛は鰻。夏目漱石は甘党で羊羹と最中。高浜虚子はおでん。斎藤茂吉や淀川長治はウナギ。手塚治虫はチョコレート。マザー・テレサはチョコレートが好物だった。向田邦子は水羊羹。(Beethoven,kouglof) 

坂田山心中

128920121702616210692     昭和32年12月4日、伊豆の天城山で、大久保武道と愛新覚羅慧生がピストル自殺を図った。天城山心中として世間の耳目を集め、三ツ矢歌子で映画化された。題名は「天城心中 天国に結ぶ恋」。もともと「天国に結ぶ恋」は昭和7年の坂田山心中を映画化したときの題名だったが、観客動員には効果的だった。

    昭和7年5月9日、神奈川県大磯の海に近い坂田山というところで、若い男女の心中死体が発見された。遺書その他から2人はキリスト教の教会で知り合ったことから、この心中事件を「東京日日新聞」は「天国に結ぶ恋」と称して報道した。坂田山心中というよりは、そのほうがロマンチックだった。「今宵名残の三日月も 消えて淋しき相模灘」という歌も流行し、続いてそれを主題歌とした映画「天国に結ぶ恋」は竹内良一、川崎弘子の美男美女のコンビで大ヒットとなった。そして、この映画にあやかろうとする自殺志願者が、しきりに大磯の坂田山へきた。昭和7年5月中旬以降、約3年間に、坂田山で心中しようとした男女は合計600人にものぼったという。

    日本の支配層は不況と社会不安の打開を中国侵略に求めた。中国との戦争による軍需景気が昭和8年の初夏ごろから起こる。そして軍需景気が失業者をなくしていったが、その次には、戦争による死の恐怖が日本人に襲いかかっていく。

    ところで地図には坂田山という名の山はみえない。大磯駅周辺は坂になった場所の田、坂田と呼んでいたが、記者が坂田山がゴロがいいので使って有名になったらしい。

2018年5月 8日 (火)

「ム」事項索引インデックス

Mapofmusandampeninsula   アラビア湾の入り口でホルムズ海峡に面したムサンダム半島はアラビア半島の一部で、大部分がオマーンの飛び地で、アラブ首長国連邦(アブダビ、ドバイ、シャルジャ、ラスアルハイマ、フジャイラ、アジャマン、ウムアルカイワイン)がある。▽ムスティエ文化は中期旧石器時代にヨーロッパを中心に広くひろがっていた文化。▽ムワッヒド朝は北アフリカとイベリア半島南部を支配したイスラム王朝(1130-1269)。▽ムズターグアタはパミール高原の東縁をかざるカシュガル山脈の高峰。標高7546m。1956年べレツキーが登頂に成功した。▽ムーア人はイスラム軍が711年からイベリア半島を征服したとき、スペイン人はこれをモロスMorosとよび、これが英語ではムーアMoorsといわれた。もとはモロッコのマウリタニア地方のベルベル人をさすことばで、ローマ人もこれをマウリMauriとよんだ。▽「陸奥話記」前九年の役を扱った戦記物。▽ムリダンガムは南インドの太鼓。▽映画監督フリードリッヒ・ヴィルヘルム・ムルナウ(1888-1931)は表現派的な怪奇ものを手がけたが、小市民の心理をついた「最後の人」(1924年)は無声映画史上の傑作。▽「ムリームリー」オーストラリア、アボリジニ神話の夢の精霊。(むむむ)

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ムーア人
ムイスカ文化
ムウェル(湖)
ムエタイ
無学祖元
ムガル帝国
無窮動
無垢島(大分)
椋梨俊平
ムクノキ(樸樹)
むくみ(浮腫)
ムクンドラーム・チャクラバルティ
無限大
ムコ(墨湖) 韓国
向島百花園
武庫川
無作為抽出
ムササビ
武蔵野
ムサンダム半島
枲の垂衣(むしのたれぎぬ)
霧社事件
武者小路実篤
無重力
無条件降伏
無神論
ムズターグアタ(山)
ムスティエ文化
ムスリム商人
無声映画
ムーセイオン
ムソルグスキー
ムータンチャン(牡丹江)
むち打ち症候群
ムツゴロウ(鯥五郎)
ムッソリーニ
睦仁
陸奥宗光
陸奥話記
無敵艦隊
棟方志功
ムラビンスキー
村山槐多
ムーラン・ルージュ
無理数
ムリリョ
Mridangam ムリダンガム(楽器)
ムリームリー
ムルシア(スペイン)
ムルナウ
室生寺
室戸岬
室町時代
ムワッヒド朝
ムンク
ムンテニア公国(ルーマニア)
ムンプス難聴

二字熟語研究

    知っているようでしらない漢字。二字熟語で覚えるのがコツ。意外とめでたい語より、悲しい、恨み、恐れ、などの強い感情の入り混じる熟語が精神の鍛錬には良い効果がある。旧約聖書、中国の古典などをみればわかる。

矍鑠(かくしゃく) 年老いても、丈夫で元気なさま。

詭弁(きべん)   筋道の通らないことをたくみなことばで言いくるめごまかす議論。

志尚(ししょう)  気高い志

憔悴(しょうすい) 病気・悲しみ・心配ごとなどのためにやつれること。

盈虚(えいきょ) 月が満ちたり欠けたりすること。栄枯

忖度(そんたく) 他人の心の中をおしはかる

忍性(にんしょう)生まれつき持っている飲食・色欲の性質をこらえ押さえる

忘優(ぼうゆう) 憂いを忘れる

忸怩(じくじ)   心に恥じるさま

忠鯁(ちゅうこう)真心があって剛直なこと

念祖(ねんそ) 祖先のりっぱな名をけがさないと思う

忿怒(ふんど)  怒り

怨骨(おんこつ) 恨みながら死んだ人

怯懾(きょうしょう)おじけ恐れる

怙終(こしゅう)  自分の行動に自信をもって、ふたたび罪を犯す者。一説に、悪事を頼みにして生涯改心しない者。

思殺(しさつ)   深く思う。殺は強意の助字。

思服(しふく)   常に深く思って忘れない。服は心にいだく。

怵惕(じゅってき)心が恐れてびくびくする

忽卒(そうそつ) 忙しいさま

怊乎(しょうこ)  いたみ悲しむさま

怫恚(ふつい)  むっとして怒る

悁恚(けんい)  怒る

悔吝(かいりん) あやまちを悔やむ

恢誕(かいたん) 言説が大きいだけで実がない。大げさででたらめ

恪勤(らくきん)  職務によく励む

改竄(かいざん) 書類などを自分の都合のよいように書きかえること

恭虔(きょうけん) うやうやしくつつしみ深い

恵雨(けいう)   草木をうるおす恵みの雨

恒心(こうしん)  常に変わらない心

更迭(こうてつ) ある地位や役目についている人が入れかわること

恣欲(しよく)   欲望をほしいままにする

恤刑(じゅつけい)刑罰をみだりに加えないようにつつしむ

擾乱(じょうらん)世の中がさわぎ乱れること

恕思(じょし)   思いやる

追従(ついしょう) 人の機嫌をとっておせじを言うなどすること

恬淡(てんたん) 心が静かでさっぱりしているさま

恫喝(どうかつ)  おどしつける

篤敬(とくけい)  誠実でつつしみ深いこと

悪果(あっか)   悪い報い

患害(かんがい) わざわい

悉曇(しったん)  成就。完成。

悌友(ていゆう)  兄弟や長幼の仲がむつまじいこと

韜晦(とうかい)  自分の本心や才能・地位などをつつみかくすこと

悖行(はいこう)  道にはずれた行い

莫逆(ばくぎゃく) 親しい間柄

篳路(ひつろ)   飾りのないこと

悠忽(ゆうこつ)  とりとめもなく月日を送る

悒鬱(ゆううつ)  心がふさぐ

遥昔(ようせき)  遠い昔

怜悧(れいり)   さとい。りこう

悢悢(りょうりょう)悲嘆するさま

悋嗇(りんしょく) 極端に物惜しみをする

惟神(いしん)   神のみ心のまま

惋恨(れんこん)  嘆き恨む

齟齬(そご)     意見や物事がくいちがうこと。

ジャンヌ・ダルク祭

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  イザボー・ド・バヴィエール

  1429年5月8日、ジャンヌ・ダルク(1412-1431)はオルレアンの包囲を破ってイギリス軍を大敗させた。ジャンヌの父はジャック・ダルク、母はイザベル・ロメールといわれる。しかしフランスには「フランスはイザボーによって破滅し、ジャンヌによって救われた」という言葉がある。この意味はジャンヌ・ダルクはフランス王室(シャルル)の血を受け継ぐものであったという伝説にもとづくものである。イザボーとはシャルル5世の王妃イザボー・ド・バヴィエール(1370-1433)のこと。イザボーは夫のシャルル5世が発狂したあと、シャルル5世の弟ルイ・ド・ヴァロア(オルレアン公)と親密な関係となり、生まれた子がジャンヌ・ダルクと一説にいわれている。ところがヴァロワは1407年謀殺されているので、ジャンヌ・ダルクの生年は定説よりも5年もさかのぼることになるので、24歳で処刑されたことになる。もちろん生年とされる1412年説も明確な根拠があるわけではないのだが、これらの伝説が生まれる背景には、聖女の母親がたとえ裏切者、売国奴、淫乱とされるイザボーであっても、オルレアン党を正当な王統とする史観があるからであろうか。ジャンヌの王女伝説を信奉する人々を「バタルディザン」(バタールとは私生児の意)と呼ぶ。

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2018年5月 7日 (月)

プラトンは「広い」という意味の渾名

Platon     紀元前427年のこの日、ギリシアの哲学者プラトンはアテネの名家に生まれた(ただし生年については紀元前428年など諸説ある)。ディオゲネス・ラエルティオス(3世紀前半の哲学史家)によると、プラトンの本名はアリストクレスである。体格が立派で肩幅が広かったため、レスリングの師匠であるアリストンに「プラトン」(広いという意)という渾名で呼ばれ、それが定着したのである。

    プラトンの言葉に「人間の最も基本的な分類として、知(wisdom)を愛する人、勝利(honor)を愛する人、利得(gain)を愛する人、の三つがある」。昨夜観た映画「夜空はいつでも最高密度の青色だ」でのワン・シーン。池松壮亮が住むアパートの隣人。心やさしそうな老人(大西力)だが貧しくてエアコンが使えない。ある日、熱中症で死体が発見された。室内の書棚には難しそうな哲学書が並んでいた。作家の意図するところは不明だが何故か心打たれた。(5月7日)

「る」 ファースト・ネームから引く人名一覧

4loui1  ルイ・リュミエール(1864-1948)。トーマス・エジソンと並ぶ世界で最初に映画を作ったリュミエール兄弟の弟。1896年1月25日に公開された「ラ・シオタ駅への列車の到着」(50秒)を見た観客は自分たちに向かってくる列車に驚いて、叫び声をあげて逃げ出したという話が伝わる。

ルー・ゲーリッグ
ル・コルビュジェ
ルー・テーズ
ルイ・アルチュセール
ルイ・ウジェーヌ・ブーダン
ルイ・エクトル・ベルリオーズ
ルイ・ゴンサレス・デ・クラヴィホ
ルイ・ジューベ
ルイ・ジュールダン
ルイ・ド・フュネス
ルイ・ブライユ
ルイ・ブレリオ
ルイ・マル
ルイジ・プルタ
ルイジ・ボッケリーニ
ルイス・ガズマン
ルイス・ゴセット・ジュニア
ルイス・バート・メイヤー
ルイーズ・プラット
ルイーズ・ブルックス
ルイーズ・ライナー
ルイス・リーキー
ルーカス・ヴァン・ヴァルケンボルク
ルーカス・クラナッハ
ルーカス・ハース
ルカーチ・ジェルジ
ルキノ・ヴィスコンティ
ルーク・ウィルスン
ルーク・エヴァンズ
ルーシー・アイアムス
ルーシー・リュー
ルシアン・バイディ
ルシール・ボール
ルース・チャタートン
ルチアーノ・パヴァロッティ
ルッツァンテ
ルート・ロイベリック
ルトガー・ハウアー
ルドヴィコ・アリオスト
ルドヴィコ・イル・モーロ
ルドヴィコ・カラッチ
ルドヴィコ・ザメンホフ
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン
ルートヴィヒ・レヴィン・ヤコブソン
ルドルフ・カール・ブルトマン
ルドルフ・クリストフ・オイケン
ルドルフ・シュタイナー
ルドルフ・ディーゼル
ルドルフ・バレンチノ
ルドルフ・フェルディナント・ヘス
ルドルフ・フランツ・フェルディナント・ヘス
ルドルフ・ルートヴィヒ・カール・ウィルヒョー
ルーニー・マーラ
ルネ・カール
ルネ・クレマン
ルネ・クレール
ルネ・サン・シール
ルネ・デカルト
ルネ・フォール
ルネ・フランソワ・ギスラン・マグリット
ルネ・プレヴァン
ルバート・エヴァレット
ルバート・グリント
ルパート・グレーブス
ルバート・フレンド
ルーファス・シーウェル
ルフィーノ・タマヨ
ルーラント・サーフェリー

05140000503dd57a979273542e0468ed    ルネ・カール(1875-1954)はテアトル・デ・ザールなどの芝居で舞台女優として活躍していたが、ある日、その美貌がルイ・フイヤード監督の目にとまった。フランス女優らしいコケティッシュな魅力で人気をえる。とくに「ファントマ」シリーズではベルタム夫人を好演した。晩年ジュリアン・デュビビエの「望郷」にもタルテの役で出演している。(Renee Carl,Lady Belthan,Fantomas)

薩摩に亡命した豊臣国松?!

    1615年のこの日、大坂夏の陣で大坂城が落城した。「谷山村郷土誌」(明治45年刊)によると、大坂夏の陣で戦死したはずの真田幸村が豊臣秀頼を護衛して堺の町に逃げ来たり、舟に乗って薩摩に亡命したとある。鹿児島の上福元町には秀頼の墓と伝えられる宝塔が福元一雄氏の自宅敷地内にある。鹿児島文化財審議会の木原三郎氏が調査・鑑定したところ、「秀頼の存命年代よりも古い時代の作であり、おそらく平姓谷山氏初代兵衛尉忠光の墓」だろうということである。秀頼・幸村生存説は怪しげな話であるが、秀頼には伊茶(渡辺五兵衛の娘)という側室との間にできた8歳になる国松がいた。この豊臣国松にも生存説がある。

    大坂落城の際、国松は真田大助らとともに、四国路を薩摩に逃れ、伊集院兼貞の庇護のもとにあったが、徳川の時代になって、豊後国日出藩の木下延俊(木下延次、木下延由)の所へあずけられた。国松が薩摩から渡ってきたとき、八蔵という百姓の子のような名前だったのを、縫殿助と改めさせて木下の籍に加えた。その後の国松の消息については詳しいことは伝えられていない。5月7日 (参考:白藤有三「豊臣国松生死の謎」歴史研究285)

2018年5月 6日 (日)

英語ことわざ「覆水盆に返らず」

    周の太公望の妻が貧乏に耐えられずに去ったが、太公望が斉に封ぜられると前妻が復縁を求めてきた。太公望は盆を傾けて水をこぼし、その水をもとに戻せば願いを受けるといった故事による。「覆水盆に返らず」離別した夫婦の仲は元どおりにならないこと。日本や中国の「故事」や「ことわざ」は、英語では「proverb」と言う。国や文化は違っていても似たような内容を伝えているものは少なくない。

A drowing man will clutch at straws.

溺れる者は藁をも掴む

Experience without learning is better than learning without experience.

学問なき経験は、経験なき学問にまさる

 

It is no use crying over spilt milk.

こぼれたミルクを見て泣いても無駄だ。由来は17世紀のウェールズの歴史家ジェームズ・ハウェルの言葉で、当時はspitの代わりに「液体をこぼす」という意味のspedを使っていたようです

「亀の甲より年の功」は「Live and learn.」「The older,the wiser.」「Years bring wisdom.」と、さまざまに訳される。ギリシアでは「老いたサルは罠にかからない」、フランスでは「狩りは老犬にかぎる」、ポーランドでは「年功は書物より多くのことを知っている」などある。聖書箴言16-31には「白髪は、神の従う道に見出されるとき、栄光の冠である」

Long life is the reward of the righteous,gray hair is a glorious crown.

 

貧乏人の子沢山

Poor peaple have large families.

 

豚に真珠を投げ与えるな

Don't cast pearls before swine.

 

転石苔むさず

A rolling stone gathers no moss.

 

ペンは剣よりも強し 

The pen is mightier than the sword.

 

悪事千里を走る

You cannot cover up a crime.(罪悪を覆い隠すことはできない)⇒Ill news runs apace.(悪い知らせはたちまち伝わる)

 

頭隠して尻隠さず

It's like bnrying your head in the sand like an ostrich.(だちょうは追われると砂の中に頭を突っ込み、隠れたつもりでいるといわれる)

 

悪貨は良貨を駆逐する

Bad money drives out good money.

 

暑さ寒さも彼岸まで(彼岸と一緒に穏やかな気候がやってくる)

A mild climate comes with the equinox.

 

あとのまつり

It's too late now.(もう遅すぎる)

 

後は野となれ山となれ

After us the delude.(我々が死んだ後に大洪水よ起これ)

 

虻蜂取らずになる

fall between two stools.(2つの椅子の間に落ちる)

 

過ちを改むるに憚ること勿れ

It's never too late to mend.(行ないを改めるのに遅すぎることはない)

 

嵐の前の静けさ

It was like the calm before a stom.(それはあらしの前の静けさに似ていた)

 

案ずるより生むがやすし

An attempt is sometimes easier than expected.(やってみることのほうが思っているよりも易しいことがある)

 

言うは易く行うは難し

Easier said than done.

 

石橋をたたいて渡る

consider carefully before one acts (よく考えてから行動する)

look before one leaps (跳ぶ前に見る)

医者の不養生

Doctors often neglect their own health.(医者よ、自分自身も治せ)

 

衣食足りて礼節を知る

Well fed,well bred. (食べ物が十分に与えられれば立派に育つ)

 

急がば回れ

More haste,less speed. (急げば急ぐほど時間が遅くなる)

Make haste slowly. (ゆっくり急げ)

 

痛くもない腹を探られる

I was suspected without cause. (理由なく疑われた)

 

All things are proved,until they are proved impossible.

 

どんなことも可能である

不可能と証明されるまでは

Hear twice before you speak once.(一度語る前に二度聞け)

隣の芝生は青く見える

The grass is always greener on the other side of the fence.

嵐の後に凪がくる(雨降って地固まる)

After a storm comes a calm.

馬子にも衣装

Fine feathers make fine birds.

心を寄せる場所がふるさと(住めば都)

Home is where the heart is.

勉強勉強で遊ばない子は馬鹿になる(よく学びよく遊べ)

All work and no play makes Jack a dull boy.

ローマは1日にして成らず

Rome was not built in a day.

生れるまでひよこの数を数えるな(取らぬ狸の皮算用)

Don't count your chickens before they are hatched.

頼れるのは自分だけ
have only oneself to rely on

自由は無償ではなく、尊い犠牲のうえになる。ワシントンの朝鮮戦争戦没慰霊碑に刻まれている。
Freedom is not free.

論より証拠。直訳は「プリンの味は食べてみなければわからない」実際に試してみなければ物の真価はわからないということ。
The proof of the pudding is in the eating.

 

「ア」から始まる国は?

    クイズで「ア」からは始まる国は何カ国あるか?アイスランド、アイルランド、アゼルバイジャン、アフガニスタン、アメリカ合衆国、アラブ首長国連邦、アルジェリア、アルゼンチン、アルバ、アルバニア、アルメニア、アンゴラ、アンティグア・バーブーダ、アンドラ。かつて存在した国はアンギラとアッシリアの2ヶ国。アンギラは1969年から80年まで一時イギリスから独立していたことがある。アッシリア帝国は紀元前20世紀から紀元前7世紀、メソポタミア北部で繁栄した。合計16ヶ国。非独立地域にはアルーバ(オランダの自治領)、アングィラ(イギリス領)がある。

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ローマ劫掠によってルネサンスは滅んだ

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   1527年5月6日、ドイツのカール5世がローマに侵入。殺戮、破壊、強奪などを行う「ローマ劫掠」といわれるものである。1万5000人のドイツ傭兵を中心とする神聖ローマ皇帝軍が、暴徒と化して城壁を乗り越えてローマに侵入した。教皇クレメンス7世はサンタンジェロ城に避難したものの、バチカンの礼拝堂は馬屋に使われ、ラファエロの作品の上に落書をした。10日間にわたるローマの略奪により、文化財は破壊し尽くされ、ルネサンスの一大中心地として栄えたローマの時代は終わりをつげた。

2018年5月 5日 (土)

元弘の乱起こる

   元弘元年(1331)5月5日、後醍醐天皇の討幕計画が鎌倉幕府に洩れ、日野俊基や僧文観・円観らが捕らえられる。密告者は吉田定房(1274-1338)といわれる。定房は計画を中止するように度々諫奏したが聞き入れられなくて、そのために密告した、というものだった。そして笠置山で旗揚げした倒幕勢力は鎮圧され、後醍醐天皇は隠岐に流される。持明院統の光厳天皇が即位し、元弘の乱は一応終息したかにみえた。しかし、翌年には楠木正成が再度挙兵し、元弘3年には後醍醐も島を脱した。5月8日、新田義貞が鎌倉に攻め入って、鎌倉幕府は滅亡する。

字形類似の漢字の話

   クイズ番組。「回答」か「解答」か。漢字の使い分けは難しい。テレビなどのテロップ文字で誤字をよくみかけることがある。ことに漢字には多くの種類があり、字形がよく似ている字がある。「焉馬(えんば)の誤り」という言葉がある。「焉」と「馬」とは字形が似ていて間違いやすいことから文字の誤りのことを意味する。

 今年の箱根駅伝のテレビ中継のテロップ」。「たすき」を「欅」と誤って表示。「襷(たすき)」と「欅(けやき)」の漢字はつくりが同じで間違いやすい。

林修先生がNHKで「雹(ひょう)」という漢字を間違える。「雨」かんむりの下の字が「包」となっていた。「包」と「苞」は似ている。「同胞」と「雹」も要注意!「包」「泡」「飽」「港」は「己」、「雹」「鮑」「鞄」は「巳」。

巳 シ み

已 イ すでに・やむ

己 キ・コ おのれ

 これらの文字は、とくに蛇と糸すじの象形で字形が似ているので紛れやすい。「土」と「士」、「未」と「末」、一画の長さでまったく異なった意味の文字になる。むかし新聞などで「天皇陛下」を「天皇陸下」を誤字したことがあった。

    とかく漢字には紛らわしいものが多い。「微」と「徴」。「門」と「問」。「紛失」の「紛」と「粉」。「牛」と「午」。「宣」と「宜」。「壁」と「璧」。「樋」と「桶」。「冒」と「昌」。「欧」と「殴」。「萩」と「荻」。「刺(し、名刺)」と「剌(らつ、溌剌)」。「貪」と「貧」も似ているが、「貧」は、分+貝、貧しいという意味。「貪」は、今+貝、むさぼるという意味で、まったくの別字である。「弊」と「幣」。「弊」は、破れてボロボロになる、つかれる。「弊害」。一方、「幣」は神に供える絹、客への贈り物、宝物、おかねといった尊いものを表す字。「貨幣」。「冷」と「泠」 にすいとさんずい。

    杮落しの「杮」と「柿」。崇徳天皇の「崇」と「祟(たたり)」。[鳥(とり)」と烏(からす)」。「己(き)」と「已(やむ)」「巳(み)」、「戊(ぼ)」「戌(いぬ)」「伐(ばつ)」「戍(じゅ)」「戎(えびす)」「戉(まさかり)」が紛らわしい。紛らわしい漢字の覚え方として、「瓜にツメあり、爪にツメなし。牛にツノあり、午にツノなし」という歌がある。

     「僕」「撲」「樸」も紛らわしい漢字の1つ。これらはみな「ボク」と読む同音異字。僕は「しもべ」という意味で熟語には「家僕」がある。撲は「うつ」という意味で熟語は「撲滅」がある。樸は「切り出したままの材木」という意味で「朴」と同じで「樸訥」(飾り気がなく、口べた)という熟語がある。

 「嬴」「贏」「蠃」「羸」「臝」という漢字もある。「嬴(エイ)」は秦の姓。「贏(エイ)」は儲ける、勝つの意味。「蠃」は螺(ラ)の本字。「羸(ルイ)」は痩せるの意味。「臝(ラ)」は虎、豹のたぐい。このほかに、「驘」は騾の異体字もある。

 儒家の「荀子」と「筍(たけのこ)」。「壁ドン」と「完璧」。

エッフェル塔とモーパッサン

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  1889年5月5日、パリのエッフェル塔が公開された。フランス政府はフランス革命100周年にあたるこの年に開催するパリ万博の目玉にエッフェル塔の建設を決定した。ところが作家、詩人など約50人が、「パリに鉄塔を建てるとはパリの名誉を汚すものだ」と大変な剣幕で連名の陳情書が出された。陳情書には作家のアレクサンドル・デュマ・フィス、ギ・ド・モーパッサン、ジョリス・カルル・ユイスマンス、作曲家のシャルル・グノー、画家のエルネスト・メイソニエ、詩人のフランソワ・コペー、シュリー・プリュードムらが名を連ねていた。とくにモーパッサンのエッフェル塔嫌いは有名で、「工場の煙突のように滑稽でうすっぺらな生まれぞこないの横顔をみせる、巨大で不格好な骸骨」と罵った。1889年3月31日、エッフェル塔は完成した。

   ところが1889年5月6日、エッフェル塔が公開されると大評判となり、とくにレストランは美味しい料理と上等のワインで大賑わいであった。あるとき新聞記者がエッフェル塔に取材に行くと、なんと反対運動をしたモーパッサンがレストランにいた。それを見た記者は「あんなに反対したのに、やっぱり出来てみればあなたもこの塔が気に入ったのですね」と話しかけた。ところが流石はモーパッサン。落ち着きはらって「ここがパリでエッフェル塔が見えない唯一の場所だからね」と平然と答えたという。

Maupassant  

( keywod;Alexander Gustave Eiffel,Maupasant,Alexandre Dumas,Jons Karl Huismans,Charles Fracois Gounod,Jean Louis Ernest Meissonier,Francois Coppee,Sully Prudhomme )

2018年5月 4日 (金)

名刺のルーツ

Garamontdebernyetpeignotdsc4444    本日は「名刺の日」。May(メイ)と四(し)で「めいし」の語呂合わせ。日本のサラリーマンが必ず持っているもので、欧米ではあまり見られないものに名刺がある。だが世界で最初に名刺が使われたのはヨーロッパで、16世紀のドイツが起源といわれている。当時、人を訪ねていって不在だった場合、自分の名前を書いたカードを残していったのが名刺の始まり。その後18世紀、名刺はヨーロッパ社交界で盛んになる。この頃の名刺は銅版画を入れた美しいものが流行った。

Img_news    官僚制度が古くから発達した中国では名刺の起源は、少なくとも秦の末期に遡ることができる。漢代には「刺」「謁」と言い、謁見を求める者の姓名と身分を札に記して、取り次ぎを要請するのに使われた。三国、唐と「名謁」「名刺」と呼ばれ、宋代以降「名帖」「名紙」「拝帖」などの呼称がある。近年、古い名刺が墓から出土している。1984年に呉の武将、朱然(182-248)の名刺が発見された。「丹陽朱然再拝 問起居 字義封」と墨書してあり、木簡の長さは24.8㎝、幅3.4㎝。(参考:「漢晋時期における名謁・名刺」呂静香、程博麗、東洋文化研究所紀要160、「人間関係のはじまり」貝塚茂樹 1971、5月4日)

2018年5月 3日 (木)

カラスが飛んで梨が落ちる

   「カラスが飛んで梨が落ちる」韓国のことわざ。カマグイ ナルジャ べ トロジンダ。まったく関係のないことが同時に起きたために思わぬ疑いをかけられる、という意味でよく使われる。本来は仏教説話がもとにあり、四字熟語「烏飛梨落(オビイラク)にもなっている。ある日、梨の木の枝で休んでいた烏が飛び上がったとき、その揺れで梨が落ち、下にいた蛇が死んだ。そのあと蛇がイノシシに生まれ変わり、烏はキジに生まれ変わる。今度はイノシシが間違って石を落とし、卵を抱いていたキジがその石で死ぬ。そのキジが人間に生まれ変わり、今度はイノシシを狩ろうとしている。それを見た一人の法師が、その2人の因縁を見極め、イノシシを殺さないように説得し、繰り返される因縁を切ったという話がある。

中国地理学と文献書目

Chaina

地理的概観(UNIT1)

中国の位置 アジアの東部、太平洋の西岸に位置する。中国には「北に行くほどトランクが軽くなり、南に行くほどトランクが重くなる」という言葉がある。これは旅行者が北に行くにつれて、トランクから1枚ずつ着るものを取り出して重ね着して行くこと、反対に南に行くにつれて、1枚ずつトランクにしまいこんで行かねばならないことをいったものだ。南北は、緯度およそ北緯4度から54度、東西は経度およそ東経78度から東経135度のあいだにある。

中国の境域 陸上では北朝鮮、ベトナム、ラオス、ミャンマ、インド、ブータン、ネパール、パキスタン、アフガニスタン、ロシア、モンゴル人民共和国と国境を接している。海上では日本、フィリピン、マレーシア、インドネシアおよびブルネイと相対している。

面積と人口 中国は面積959万7000k㎡、人口13億8271万人(台湾、香港、マカオを除く)。2016年末の統計。面積はアジア大陸の25%をしめ、ロシア、カナダについで世界第3位。人口は世界第1位である。

民族 漢人が91.5%で、少数民族が、蒙古・回・チベット・ウイグル・ミャオ・イ・チワン・プイ・朝鮮・満・高山族など55の民族がある。そのうち、北方の森林で狩猟をいとなむツングース系諸民族、ステップで遊牧をいとなむモンゴル系諸民族、オアシス世界に生きるテュルク系諸民族、高原で牧畜・農耕をいとなむチベット諸民族、南西山地で農耕をいとなむミャオ・ヤオ系およびモン・クメール系諸民族、南部で水稲耕作をいとなむタイ系諸民族のグループにわかれる。

行政区 全国には、合わせて23の省、5つの自治区(広西チワン族・内モンゴル・新疆ウィグル・寧夏回族・西蔵)、3つの直轄市(中央政府の直轄する市、北京・上海・天津市)があり、首都は北京。

自然環境 中国の地形は西に高く、東に低いが、複雑であり、気候風土も変化に富んでいる。国土総面積に占める各種地形の比率は、山地が約33%、高原が約26%、盆地が約19%、平原が約12%、丘陵が約10%となっている。慣習的に山区といわれるものには山地、丘陵、そして比較的起伏のある高原が含まれ、それらが全国土の3分の2を占めている。

中国の地域区分

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   広大な中国の地域を、地形・気候その他の自然的条件により、また人文地理的要素を考えて、華北・華中・華南の3地域に区分することができる。華北と華中の境界は、淮河と秦嶺を結ぶ線にある。華北が黄土地帯を中心とする乾燥農耕地帯であるのに対して、華中は水田耕作に適している。「南船北馬」という言葉は、華北では馬が主要な交通機関であったのに対して、江南では交通や灌漑のための水路が縦横に発達していたことを語っている。

option  中国文明は世界最古の文明であるとともに、独自の文化を今日まで持続したという点では世界でも類例がない。このことを地理的観点から考えてみよう。

   アジア大陸の東端に位置している中国は、エジプト、メソポタミアなどの古代文明諸国からもっとも遠くはなれたところで文明を形成した。地理的位置に起因する文化的孤立性は中国の民族文化の形成に深い影響をあたえずにおかなかった。中国をふくめた四つの古代文明は、いわゆるアフロ・ユーラジアン複合体をつくっているが、世界の屋根である高峻なヒマラヤ山脈とタクラマカン砂漠などの天然の障壁とにさえぎられた遠東の中国は、他の三文明からもっともかけはなれた存在であって、相互の交渉はわずかに駱駝の背にのって砂漠をわたる隊商によってもたらされた。西アジアやヨーロッパの政治的支配が中国の領土や勢力圏に直接及んできたことは、17世紀にいたるまではなかった。したがって、中国は巨大な領域をしめながら、地理的にも、政治的にも、孤立した地域を形成し、そのなかで独自の文化を発展させてきたのである。すなわち、古い文化を発生させたエジプトのナイル川やチグリス・ユーフラテス河流域、あるいはギリシアやインダスにおいて、その文化が停滞し、衰亡したのに比べ、中国はむしろその孤立性を生かし、インドや西方の文化的な刺激を生かして、独特の文化を形成したのである。(参考:貝塚茂樹「中国の歴史」岩波新書)

中国地理関係文献

清国地理小誌 高田義甫著 島林専二郎刊行 1880
清国道中里程図誌 川端恒太郎 京都・杉本甚助 1885 地図
禹域通纂 楢原陳政 大蔵省 1888
清国本部與地図  中田貞矩編 中村芳松(大阪) 1894
中国彊域沿革図 附説略 重野安易繹 河田黒合 冨山房 1896
朝鮮支那地名辞彙 根来可敏編纂 共同出版社 1910
支那省別全誌 全18巻 東亜同文会 1917-1920
中国地名大辞典 劉鈞仁著 国立北平研究院 1930
中国古今地名大辞典 商務印書館 1931
満州地名辞典 岡野一朗 日本外事教会 1933
満州地名索引 加藤新吉 満州鉄道総局 1936
現勢上海・南京詳図 六芸社 1937
最新支那及極東地図 アトラス社編 アトラス社 1937
最新支那大地図 大林堂 1937
満州国地名大辞典 山崎惣与 満州国地名大辞典刊行会 1937
古地理学 陳兼善 長沙商務印書館 1940
支那地名辞典 星斌夫著 富山房 1941
新中国地理 森下修一訳編 古今書院 1956
中国地方誌連合目録 1964 東洋学文献センター連絡協議会編 東洋文庫 1965
アジアの農業 アジア経済講座3 石川滋編 東洋経済新報社 1971 
中国総覧 中国総覧編集委員会編 アジア調査会(霞山会) 1971-1986
中国大陸省別地図 越村衛一・矢野光二編 外交時報社 1971
中国地図帳 平凡社編 平凡社 1973
中国地名大辞典 旧・国立北平研究所版 東京美術 1974
中国の地理 浅川謙次監修 人民中国編集部編 築地書館 1975
中国地理の散歩 阿部治平 日中出版 1979
現代中国地理 その自然と人間 黄就順著 山下龍三訳 帝国書院 1981
中国大陸五万分の一地図集成 8冊 総合索引 科学書院 1986-2002
中国大陸二万五千分の一地図集成 4冊 索引図 科学書院 1989-1993

珊瑚海海戦

    開戦以来、緒戦に赫々たる戦果を収めた日本軍であったが、ニューギニアのポートモレスビーを攻略することが作戦上絶対に必要であった。MO作戦といい、日本海軍の指揮官は井上成美中将であった。昭和17年5月3日、海軍のツラギ攻略隊は占領に成功した。ところが、いち早く敵の察知するところとなり、5月7日、祥鳳が米艦載機の攻撃を受け撃沈される。祥鳳の沈没は日本空母としては初の損失である。5月8日、日本側の瑞鶴、翔鶴、米側のレキシントン、ヨークタウン、世界初の空母対空母の海戦となった。海戦の損害は、日本側は祥鳳・沈没、祥鶴・中破、艦載機81機喪失、米側は空母レキシントン、給油船ネオショー、駆逐艦シムス・沈没、空母ヨークタウン・中破、艦載機66機喪失。この戦いは戦術的に見れば日本側の勝利だが、戦略的に見ると翔鶴・瑞鶴がしばらく戦線に復帰できず、ポートモレスビー攻略も中止になったため、必ずしも日本が勝利したとはいえない。アメリカもこの海戦でレキシントンを失ったため、次のミッドウェー海戦で戦力を充分に発揮できるのは、エンタープライズとホーネットだけという苦境に立たされた。しかし損傷したヨークタウンは真珠湾に帰港し、日本側が3ヶ月かかるであろうと予測したが、不休の突貫工事で、ミッドウェー沖に出撃し活躍した。これがミッドウェーにおける日本の敗因の一つとなったとも言える。

2018年5月 2日 (水)

知性と教養の話

Vitruvian20man    とにかく現代ほど知性と教養が求められる時代はない。大学教授が毎日のようにテレビに出演していると、勉強している時間はあるのか、と心配したくなる。漱石・鷗外の時代に比べると、現代人は知性と教養が劣化したと感じるのは私だけだろうか。

   ルネサンスが生んだ偉大な天才レオナルド・ダ・ヴィンチの興味や関心は当時知られていた学問のほとんどすべての分野に及んでいる。レオナルドが残した手稿の大半が科学や技術に関するものである。そしてそこにはレオナルドの深い洞察力と自然に対する鋭い観察がある。

Marnold  イギリスのマシュー・アーノルドは19世紀繁栄をもたらした自由主義が本来の姿を失って、社会の各階級は物質万能の思想にとりつかれ、政治・経済・文化・宗教の各領域に混乱と無秩序が現出していることを憂い、この無秩序を教養によって救うことを説いた。主著「教養と無秩序」(1869年)では個人の教養の充実によって社会の文化もまた進歩するものと説いている。

    では常識や知識・教養とは何か。現代人はこのことにつねに悩む。若い人は学校などで教わる科目や授業内容で将来役に立つのだろうかと。また大学の進路で、人文科学・自然科学・社会科学のいずれを選択するのか。画家や音楽家になりたかったが、親のすすめで法学部や経済学部へ行ったという人も多いだろう。またクイズ問題が得意で、実社会では物知りと言われても、教養人とは言われないだろう。口語的に「あの人は教養がある」と言う場合は、人付き合いや社交の場において、洗練された会話や身のこなし、マナーのある人ができる能力をさすことが多い。だが人ウケがする話術だけが教養人の要素ではない。ある人は教養人とは「慎みと品格」である、と言っていた。その人が学習して得た知識をひけらかして得意満面の人間は教養を感じさせない。だからといって、過去の人類の知識をまったく貯蔵しなければおバカといわれる。つまり人格プラス知識の貯蔵庫、の両輪が求められる。

   日本国際ギデオン協会という団体がある。日本人にはこの「ギデオン」がわからない。ギデオンとは旧約聖書・士師記に登場する12人の士師の1人。神からの召命を受け、当時のイスラエル人を近隣の部族の襲撃から守るリーダーとなった。わずか300人の兵で12万人のミデヤン人の軍勢を破った戦いは有名で、信仰の勇者として知られる。女士師デボラや怪力のサムソンの物語など教養として知っておくべきだろう。

異常なまでに高められた常識のことを、世間は知恵と呼んでいる(コールリッジ)

Matthew Arnold、5月2日

2018年5月 1日 (火)

人類進化と文明への歩み

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左から直立猿人、
ネアンデルタール人、クロマニョン人

  遠い昔の話、ケペルがまだ高校生の頃だった。突然、家に訪問された若い女性が「あなたは人類の祖先がサルだと思いますか」と質問された。「ヒトが猿と分かれたのは、およそ700万年前、アフリカであろう。類人猿は少しづつ進化して現代の人類となった」と進化論で答えた。その人はエホバの証人で、人間がサルから進化したことを否定され、人類は神の創造物だという。ケペルもまだ若かったので、かなり向きになって進化論を主張した。それからもエホバの証人とは何年間も対話を続けるが、やはり進化の話しになると対立する。今でも人類化石の発掘報道がある度に新聞の切り抜きを集めたりする。ラミダス猿人(440万年前)、アウストラロ・アファレンシス(320万年前)、ジンジャン・トロプス・ボイセイ猿人、イダルトゥなど次々と発掘が続いた。ところが諸説あるが、トゥーマイ猿人(サヘラントロブス属)のように実はゴリラだったということもある。人類はいつどこで誕生し、どのように世界へ広がったのだろうか。

 世界史という学問は基本的には人類と文明への歩みを「進化」で解き明かしている。人類は約700万年前から600万年前にかけてアフリカで誕生したことは間違いあるまい。現在の段階で最古の人類と認められるのは猿人であり、アウストラロピテクス属の化石人骨は20世紀に入って多数発見されている。1924年、レイモンド・ダートが南アフリカでアウストラロピテクスの化石を発見した。しかし当時のイギリスの学界は「キースのルビコン」(脳の容積が750cc以上がヒトで、それより以下がサルとする説、Cerebral Rubicon)といわれる学説が支配的でダートが発見した化石は類人猿とみなされた。しかし1950年にアメリカの学界でアウストラロピテクスは猿人として認められ、ダートの名誉は回復している。猿人は原人へと進化し、100万年以上前にアフリカを出て世界各地に広がったが、アジアに渡ったジャワ原人、北京原人やヨーロッパに渡ったネアンデルタール人は、少なくとも3万年前には絶滅したとされる。つまり旧人から新人へと進化した(多地域進化説)のではなく、約20万年前にアフリカで登場した新人(初期ホモ・サピエンス)が約10万年前にアジアにも広がり、それが現代人へとつながったという説(アフリカ単一説)が有力である。ミトコンドリアDNAの研究では、世界中に分布する人間の集団におけるマイクロサテライト(人類の遺伝的差違の大部分を占める遺伝子領域)解析の結果、中東に住む集団と北東シベリアに住むヤクート族の集団の先祖において、ボトルネックが生じた可能性が高いという。つまりわずか4~6万年前に「出アフリカ」を果たした一団が現生人類(ホモ・サピエンス・サピエンス)となって世界各地に広がったとされる。これまでに人類はおよそ1000億人が生まれたと推計される。

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  やがてそれぞれの地方の気候や風土に適応してモンゴル(黄色)人種、ネグロ(黒色)人種、コーカサス(白色)人種などの人種にわかれた。(世界史、アーサー・キース)

脳容積の比較
 猿人(490万年前) 435~600cc
  原人(70~40万年前) 800~1300cc
  旧人(15万年前)  1300~1600cc
  新人(数万年前)  平均1600cc

稲作はどこから来たのか?

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    かつて中学校の歴史教科書で稲作の起源は弥生時代の初め頃と教わった。しかし近年、菜畑遺跡、板付遺跡、砂沢遺跡などの発掘調査から稲作は、紀元前4世紀、縄文時代末期から始まっていたと考えられるようになっている。日本に稲作が伝来したルートは主に3つある。長江流域から黄河を越えて、朝鮮半島経由で北九州へ到達したという北方ルート説(A)。長江中・下流域から東シナ海を越えて北九州に伝わったとする東シナ海ルート説(B)。東南アジア、中国雲南から経由する南方ルート説(C)。長江流域の良渚遺跡より直接日本に伝わったとする説も有力であるが、稲のDNA分析の結果からはAルートの伝来が有力と考えられている。Cルートはタイのバン・チアン遺跡が注目されるが、現段階では推測の域を出ず、今後の研究を待たねばならない。( keyword;Ban Chieng )

「ハ」事項索引インデックス

20090701_hailuoto    「貝多羅葉」貝多羅ともいう。かつて南アジアや東南アジアで広く使われたシュロやヤシの樹木の葉を利用した文書の材料。▽「パサロヴィッツ条約」1718年オスマントルコがオーストリア、ベネチアとの間に締結した条約。▽「バシーの虐殺」1562年に起こったユグノー教徒を多数殺傷した事件。▽「バシリク古墳群」ロシア南シベリア。スキタイ人の遺物が発見される。▽「ハガイ」イスラエルの預言者。前6世紀バビロニア捕囚から帰還後、荒廃したエルサレム神殿を再建すべきことをすすめた。▽「パイロットファーム」1956年北海道の根釧台地で機械を導入し近代経営の形態をとる先駆的な実験農場。▽「ハイアット」1870年セルロイドを発明。 ▽「パストラル」ベートーヴェン・ピアノソナタ「田園」。▽「半仙戯(はんせんぎ)」ブランコのことで、半分、仙人になった気分になるからとか。▽「牌符」元の駅伝制(ジャムチ)で使用された通行証。▽「ハイメ1世」イベリア半島東部のアンゴラ連合王国の王ハイメ1世は13世紀イスラム支配下の地域を征服してレコンキスタの大躍進を果たして征服王と呼ばれた。▽「バージェス頁岩」約5億500万年前の海棲動物群を化石として閉じ込めた、そのころ海底崖であったところの堆積層。発見者チャールズ・ウォルコットにちなんで命名された。▽「パシュート」平昌五輪で高木美帆ら三選手スピードスケート団体競技で金メダル。pursuitとは「追跡」という意味。▽「ハナミズキ」アメリカ原産で、大正初年に渡来し、庭などに植栽された。アメリカヤマボウシという。4月から5月、白・淡桃色の四枚の大きな花びらがあざやかである。▽「ハジチ」かつて琉球列島で女性の指から手の甲、ひじにかけて施された入れ墨。「針突」と表記する。成女儀礼、本土にさらわれないための魔除けの願いが込められている。▽「バンジュール」ガンビア共和国の首都。▽「バイオーム」生物群系。ある気候条件の地域で、それぞれの条件下での安定した極相の状態になっている動植物の集り(群集)をいう。気温と降水量が主な環境要因。バイオ(bio=生物)とオーム(ome=全体)という2つの言葉をつないだもの。▽「バージェス動物化石群」1910年にアメリカの古生物学者チャールズ・ウォルコットがカナダ南部のロッキー山脈でバージェス頁岩を発見。化石の中にはピカイアやアノマロカリスも含まれる。▽「パラリンピック」パラプレジア(脊髄損傷等による下半身麻痺者)+オリンピックの造語。第一回大会は1960年のローマだが、用語が広まったのは1964年の東京大会からである。▽「バルバロッサ作戦」第二次世界大戦中のドイツ軍によるソビエト連邦奇襲攻撃作戦の名称。(ははは)

ハアバイ(群島) トンガ王国
バアルべク(レバノン)
バイアグラ
ハイアット
バイアブランカ(アルゼンチン)
梅雨
バイオーム
バイカル湖
バイキング
バイクスピーチ(山)アメリカ・コロラド州
牌符(パイザ)
背水の陣
貝多羅葉(ばいたらよう)
ハイチ
ハイヌウェレ
灰の水曜日
バイブル
ハイメ1世
バイヨンヌ(フランス南西部)
ハイルオト(島) フィンランド北西部(画像)
ハイレ・セラシエ1世
パイロットファーム
バウハウス
パウロ
ハオルシア・オブツーサ
馬鹿
ハガイ書
葉隠
博多どんたく
ハギア・ソフィア(イスタンブール)
ハギオス・デメトリオス聖堂
パキスタン
萩原朔太郎
パーキンソン病
パグウォッシュ会議
パクス・ブリタニカ(イギリスの平和)
パクス・ロマーナ(ローマの平和)
白村江の戦い
バグダッド
バクテリア
ハクビシン(白鼻心)
箱根
パサルガダエ
パサロヴィッツ条約

バージェス頁岩
ハジチ
バージェス動物化石群
バージニア(州)
バシーの虐殺
ハシバミ
パシフィック・メイル汽船会社
パシュート
バジリカータ(イタリア南部)
バジリク古墳群
パストラル
バセドウ病
バーゼル(スイス)
パタヴィア
パチャカマック神
パチンコ
バッキンガム宮殿
パッサロヴィッツ条約
ハトシェプスト
ハード・ボイルド
ハトロン紙
ハナミズキ
バーナム効果
花より団子
バビロン捕囚
ハピントン陰謀事件
バベルの塔
パホイホイ溶岩
歯舞諸島
バーミヤン
ハメーンリンナ(フィンランド)
バラ
ハラッパ
バラモン教
パラリンピック
パリ
バリウム
バリスカン造山運動
バリ島(インドネシア)
バルタザール
ハリファックス(カナダ)
ハルシュタット文化
バルバロッサ作戦
ハレー彗星
パレンバン
ハロウィーン
バロック
漢江(はんこう)
パン
パンアメリカン航空
バン・アレン帯
版画
樊噲(はんかい)
ハンガリー
パンジャブ
バンジュール
バンギ
半規管
ハングル
ハンゲショウ
万古焼
犯罪
ハンザ同盟
半紙
パンジー
阪神タイガース
パンセ
パンダ
半田鏝
番茶
パンチャタントラ
蕃鎮
パンツァーリート(ドイツ戦車行進曲)
半仙戯
パンテオン
半島
パントテン酸
半導体
バンドン(インドネシア)
ハンニバル
パンノキ
万里の長城
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 パンノキ 

怪談河内介

F0122653_11183914     1862年のこの日、維新の志士、田中河内介は捕らえられて、薩摩への護送の船中で殺された。

    大正の初め、京橋の画博堂で何人かが怪談話をしていると、一人の見慣れない男がやってきて、自分にもひとつ話をさせてくれという。田中河内介の最期である。河内介は幕末の勤王家で祐宮(明治天皇)の教育係でもあり、立派な人物であった。伏見寺田屋で薩摩藩士有馬新七らと関白九条尚忠暗殺を画策する。だが島津久光は奈良原繁、大山綱良らを派遣して鎮撫させた。河内介は捕らえられ、鹿児島へ護送される途中、子の瑳磨介とともに殺害された。ところが座の一同はこの結末を聞くことはなかった。男の話は、いつまでも本題に入らない。語り始めるとまた最初に戻ってしまう。やがて皆あきあきして、一人、二人と席を立つものが現れた。いつか部屋には、男一人だけとなった。そして皆が一斉に席を外していたその僅かな時間の間に、何と男は死んでしまった。結局、河内介の最期は語られることはなかった。このような田中河内介禁忌はいまでも続いている。NHK大河ドラマ「篤姫」「龍馬伝」「八重の桜」でも田中河内介は登場しない。「天皇の世紀第9話」で丹波哲郎が演じたのが最初で最後であろう。田中殺害事件がタブーとなったのは、明治天皇が河内介を大変に憐れみ明治元勲たちが禁忌としたと一般には理由づけられている。むしろ祐宮時代をよく知る田中河内介が、明治天皇すりかえの首謀者にとって邪魔な存在であり、禁忌としたのが真相ではないだろうか。(5月1日)

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