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2018年4月30日 (月)

B級映画のスター、ブラッドフォード・ディルマン逝く

   昨夜は映画「燃える昆虫軍団」を観る。途中で爆睡。製作・脚本がウィリアム・キャッスル、監督が「ジョーズ2」のヤノット・シュワルツ。昆虫学の教授を演じるのがブラッドフォード・ディルマン。彼の名前を聞くとB級映画の雰囲気がある。B級映画とは低予算の特定の観客層の受けを狙った際物作品のこと。日本では新東宝が怪奇もの、ゲテモノ作品を製作していた。しかしB級映画をばかにしてはいけない。かの大スター、ジョン・ウェインは「駅馬車」までの10年間、56本ものB級西部劇に出演していたし、後にアメリカ合衆国大統領となったロナルド・レーガンもB級映画の俳優であった。ブラッドフォード・ディルマンは1930年カリフォルニア州の生まれで、1958年「ある微笑」で映画デビュー。フィルモグラフィーを見ると、「レマゲン鉄橋」「史上最大の作戦」などの戦争超大作もあるが、多くはパニックホラーなどのB級作品が多い。「ピラニア」「スウォーム」「超豪華客船乗っ取り大爆破」「大襲来!吸血こうもり」「UFO大接近」「謎のジェット戦闘機」「新・猿の惑星」など多くの娯楽作品で我々を楽しませてくれた。ブラッドフォード・ディルマンは2018年1月16日、肺炎による合併症らより亡くなっていた。享年87歳。

女優は歌う

   女優が映画の中で歌うのは、ドロレス・デル・リオの「ラモナ」(1928)やマレーネ・デートリッヒの「嘆きの天使」(1930)以来めずらしいことではない。1931年「会議は踊る」でリリアン・ハーヴェイが歌った「唯一度だけ」は世界中で大流行した。ジャネット・マクドナルドの「恋人よ我に帰れ」(ニュー・ムーン)もジャズのスタンダードになった。30年代活躍したアイリーン・ダンも歌手としてスタートしている。1946年にはリタ・ヘイワ―スが「ギルダ」で歌い、50年代になるとマリリン・モンローは「帰らざる河」ほか何本も劇中で歌うシーンがある。モーリン・オハラ(ジョン・フォード監督作品やジョン・ウエインの西部劇に出演)はウエールズやアイルランド民謡などをさらりと歌い、歌手としても活躍した。ブリジッド・バルドーやクラウディア・カルディナ―レも映画のシーンで歌った。60年代から70年代にかけてはアン・マーグレットやバーバラ・ストライザンドなどミュージカル・スターも現れた。80年代には1982年フィービー・ケイツが「パラダイス」で歌う。近年「レ・ミゼラブル」のアン・ハサウェーや「美女と野獣」のエマ・ワトソンの歌唱力が話題となった。近年女優のもう一つの才能として歌唱力が問われることが多い。韓国でも人気女優キム・ソヒョン(17歳)新ドラマ「戦おう、幽霊」(2016)の中で「Dream」を歌う。

  わが国では大正6年(1917)芸術座「生ける屍」で松井須磨子が劇中歌「今度生まれたら」(北原白秋作詞、中山晋平作曲)が歌う女優第1号である。映画界では1930年代トーキーの時代になると歌う女優が注目された。ポーラ・ネグリ「夜のタンゴ」(1937)などなど大女優は歌っている。歌う女優№1はジュディ・ガーランド。近頃の日本の女優さんはあまり歌わない傾向にある。堀北真希主演の映画「麦子さんと」は死別した母の故郷でその青春の足跡を追う、親子愛を描いた作品で佳作であったが、残念なことに堀北が歌唱力不足のため自身で「赤いスイートピー」を歌う場面がなかった。

191312    日本映画界で歌う女優としては高峰三枝子、高峰秀子、田中絹代、美空ひばり、奈良光枝、朝丘雪路、浅丘ルリ子、吉永小百合、倍賞千恵子、由美かおる、山口百恵、桜田淳子、薬師丸ひろ子、原田知世などがいる。最近の女優さんはおおむね歌いたがらない傾向にある。だが2016年橋本環奈が映画「セーラー服と機関銃 卒業」でソロデビューする。橋本は福岡のローカル女性アイドルグループの一員。2013年5月「博多のタケ」さんというアイドルを追っかけているブロガーが彼女の歌って踊る写真をネットに投稿したところ「天使すぎる」と話題になり、「千年に1人の逸材」として注目を集めた。「動きのあるステージ中は、こちらに顔を向いてもどうしても目を瞑ったり失敗写真が多くなるのですが、彼女の場合はそれがほとんどありません。ダンス中の表情は常に変化し、見られる、撮られる事を意識しているのでベストショットがすごく撮りやすい」とタケさんは語る。土屋太鳳もアニメ「フェリシーと夢のトウシューズ」の主題歌を初挑戦。

「あの女優も歌っていた年表」

42mikan   「歌は三分間のドラマ」というが、女優が歌うと説得力がありヒットする確率は数パーセントは高くなる。1960年代の青春歌謡ブームのなかで吉永小百合と本間千代子らが競うように歌っていた。最近では、大竹しのぶが舞台で「愛の讃歌」などを歌っているが、全体としては歌唱力のある女優は少なくなった。歌手から女優へというパターンもある。永作博美は成功例。ドラマ「校閲ガール」にファッション誌の編集長役で80年代「みっちょん」の愛称で人気あった芳本美代子が出演している。

轟夕起子「お使ひは自転車に乗って」 1943
十朱幸代「いたずら恋の風」 1961
吉永小百合「寒い朝」 1962
倍賞千恵子「下町の太陽」 1962
本間千代子「愛しあうには早すぎて」 1964
西尾三枝子「スカーレットの花」 1965
高田美和「アキとマキ」 1966
和泉雅子「二人の銀座」 1966
内藤洋子「白馬のルンナ」 1967
由美かおる「みんなあげましょう」 1967
扇ひろこ「新宿ブルース」 1967
藤純子「緋牡丹博徒」 1968
朝丘雪路「雨がやんだら」 1970
岡崎友紀「私は忘れない」 1970
渥美マリ「可愛い悪魔」 1970
関根恵子「愛の出発」 1970
梶芽衣子「怨み節」 1972
坂口良子「あこがれ」 1972
Img_789504_39219346_0 野際陽子「非情のライセンス」 1973
桃井かおり「六本木心中」 1973
大竹しのぶ「みかん」 1976
十朱幸代「セイタカアワダチ草」 1977
伊藤かずえ「ひとりぽっちの村祭り」 1978
竹下景子「結婚してもいいですか」 1978
松坂慶子「愛の水中花」 1979
大空真弓・若原一郎「愛しているかい」 1979
薬師丸ひろ子「セーラー服と機関銃」 1981
杉田かおる「鳥の詩」 1981
川上麻衣子「白夜の世代」 1981
桃井かおり「ねじれたハート」 1982
安田成美「風の谷のナウシカ」 1983
伊藤麻衣子「微熱かナ」 1983
荻野目慶子「愛のオーロラ」 1983
富田靖子「オレンジ色の絵葉書」 1983
沢口靖子「潮騒の詩」(刑事物語3) 1984
安田成美「風の谷のナウシカ」 1984
斉藤由貴「卒業」 1985
高岡早紀「真夜中のサブリナ」 1988
深津絵里「マリオネット・ブルー」 1988
裕木奈江「硝子のピノキオ」 1990
観月ありさ「伝説の少女」 1991
篠原涼子「恋しさとせつなさと心強さと」 1994
坂井真紀「太陽が教えてくれる」 1993
永作博美「My Home Town」 1993
奥菜恵「この悲しみを乗り越えて」 1995
中谷美紀「砂の果実」 1997
松たか子「明日、春が来たら」 1997
広末涼子「MajiでKoiする5秒前」 1997
満島ひかり「パラシューター」 1997
木村佳乃「イルカの夏」 1998
深田恭子「最後の果実」 1999
柴咲コウ「月のしずく」 2003
上戸彩「愛のために」 2004
国仲涼子「琉球ムーン」 2004
福田沙紀「アタック№1」 2005
沢尻エリカ「タイヨウのうた」 2006
長澤まさみ「セーラー服と機関銃」 2006
綾瀬はるか「ピリオド」 2006
松下奈緒「Moonshine 月明かり」 2007
新垣結衣「赤い糸」 2008
宮崎あおい「ソラニン」 2010
上野樹里「えがおのはな」 2010
北乃きい「サクラサク」 2010
川島海荷「MajiでKoiする5秒前」 2010
真木よう子「星影の小径」 2011
武井咲「恋スルキモチ」 2011
剛力彩芽「友達より大事な人」 2013
瀧本美織(LAGOON)「君の待つ世界」 2015
橋本環奈「セーラー服と機関銃」 2016
上白石萌音「なんでもないや」 2016
門脇麦「REBORN」 2017

聖徳太子怨霊伝説

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    670年のこの日、法隆寺は落雷により全焼した。かつて607年に聖徳太子が創建した法隆寺が、再建されたものか学界で論議されたが1939年に西院伽藍の南東部から火災に遭ったとみられる伽藍跡が発見され、これにより現在では法隆寺は711年頃に藤原氏によって再建されたと考えられている。藤原氏が再建に尽くしたのは、かつて鎌足が聖徳太子の息子である山背大兄王の命を蘇我入鹿に殺させ、中大兄皇子を利用して、乙巳の変を成功させたという謀略があったからである。しかし737年、四兄弟が相次いで病死すると、太子怨霊の崇りであると恐れ、太子一族を鎮魂するため、夢殿のある東院を再建した。つまり法隆寺は怨霊封じ込めのための寺だった。(4月30日)

2018年4月29日 (日)

「ら」 ファースト・ネームから引く人名一覧

Lanaturnermgmportraitca1940everett     ラナ・ターナー(1920-1995)は、MGMに入り、タイトなスウェーターが似合う抜群のプロポーションが注目され「スウェーター・ガール」と呼ばれ評判となった。そして第二次大戦中の兵隊たちのピンナップ・ガールとしてもトップ・クラスの人気を誇った。「郵便配達は二度ベルを鳴らす」(1946)でトップスターとなる。

ライアン・オニール
ライアン・ゴスリング
ライアン・フィリップ
ライアン・レーノルズ
ライオネル・リッチー
ライオネル・ロイ・マッコルビン
ライザ・ミネリ
ライナー・マリア・リルケ
ラウル・ジュリア
ラウル・デュフィ
ラクウェル・ウェルチ
ラクシュミー・バーイー
ラーザリ・カガノーヴィチ
ラジニカーント
ラース・ファン・トリアー
ラッセ・ハルストレム
ラッセル・クロー
ラナ・ターナー
ラビントラナート・タゴール
ラフ・バローネ
ラファエル・コラン
ラファエル・トルヒーヨ
ラファエル・ナダル
ララ・アンデルセン
ララ・フリン・ボイル
ラルフ・マッチオ
ラルフ・リチャードソン
ラルフ・ワルド・エマーソン
ラングドン・ウォーナー
ランディ・クエイド
ランドルフ・コルデコット
ランドルフ・スコット
ランブイエ侯爵夫人カトリーヌ・ド・ヴィヴォンヌ

「若気る」 この漢字読めますか?

 クイズ番組「ネプリーグ」原田泰造が林修先生に漢字を出題した。ところが残念なことに先生でも「にやける」という漢字が書けなかった。漢字が読めなかったり、書けないと笑われたり恥をかくことがある。漢字学習は毎日ひたすらトレーニングするほかない。

    石原裕次郎の映画主題歌。「♪あの娘が窃っと瞼を拭いた赤いハンカチよ~」「窃(そ)っと」と読む。「窃盗」などの熟語があるように「ぬすむ」の意があるが、ここでは「ひそかに」という意味。だが「そっと」という訓読みはほとんどの漢和辞典には見えない。作詞家・萩原四朗の当て字であろうか。

   次の漢字、全部読めますか?

1 夢寐にも忘れない

2 眼路を限る

3 を決する

4 

5 盥回

6 車前草

7 墓を発く

 明礬石

9 象潟

10 鹵簿

11 縹緻良し

12

13 死者への手向け

14 お相伴に与る

15 が緩む

16 屁理屈をねる

17 口を

18 跡をます

19 鼬ごっこ

20 一籌を輸する

21 掉尾を飾る

22 を叩く

23 素見

24 良心の呵責に苛まれる

25 手紙をめる

26 遏雲の曲

27まる

28 微酔い

29 畷り泣く

1むび 2めじ 3まなじり 4かたじけない 5たらいまわし 6おおばこ 7あばく 8みょうばんせき 9きさかた 10ろぼ 11きりょうよし  12 ふ 13たむけ 14おしょうばんにあずかる 15たががゆるむ 16へりくつをこねる 17くちをつぐむ 18あとをくらます 19いたちごっこ 20いっちゅうをゆする 21ちょうびをかざる 22おとがいをたたく 23ひやかし 24さいなまれる 25したためる 26あつうん 27とりしまる 28ほろよい 29すすりなく

「手紙を認める(したためる)」どうして「認」という字を使うのか?むかしは殿さまとかえらい人は自分で手紙を書くことはめったになかった。たいてい、祐筆等の書記が書いていた。殿さまたちは、口述筆記された手紙をサイン(花押)するだけだった。そこから、手紙の内容を確認する、という「認(みと)める=認(した)ためる」という意味で「認」という字が用いられられるようになったと考えられている。遏雲の曲とは、流れていく雲を遏(とど)めるほどの美しい音楽のこと。

昭和風俗と死語

Sarasaragami0281    4月29日は「昭和の日」。仏文学者桑原武夫の蔵書一万冊を京都市が無断で廃棄という哀しいニュース。昭和もしだいに遠い思い出になった。死語には「完全なる死語」と、「中途半端な死語」の二種類がある。「ニコヨン」「アルサロ」は完全なる死語で、「交換日記」も完全なる死語であるが、「朝シャン」は中途半端な死語、といえよう。1987年ころ、朝食を抜いてもシャンプー(洗髪)するというのが女子高生たちの間で流行となった。こうした状況から「朝シャン」という言葉が生まれた。資生堂のCMの「朝のシャンプー」というフレーズが起源。しかし近年は朝シャンより夜シャンのほうが髪にとってよいということがわかった。髪が育つのは夜中なので、しっかりと1日の汚れを落として毛穴を清潔にしておかないといけないので、寝る前に洗髪するのがよい。朝シャンはもう死語といってもよい言葉である。学校の健康診断「座高測定」と「ぎょう虫検査」が、平成27年限りで廃止されることになった。「座高測定は昭和12年から、ぎょう虫検査は昭和33年から行われていた。「座高」「ぎょう虫検査」もあと数年すれば間違いなく死語となるだろう。戦後の学校給食「脱脂粉乳」。その不味さは経験したものでないとわからない。1982年に登場したテレフォンカードは、1995年をピークに年々減少し、携帯電話の普及で、いまではすっかり意味のないモノになりつつある。駅の「伝言板」とか「電信柱」「赤電話」「受話器」という言葉も最近あまり聞かれなくなっているが、まだまだある。

Fbx_3   最近あまり使われなくなった言葉、死語を集める。「鈴ヶ森」とは江戸時代に東京・鈴ヶ森に処刑場が置かれたことから、大正11年頃、リストラ(首切り)のことをこのように言った。この意味は広辞苑にもなく、現在ではほとんど通じない言葉である。「犬釘」鉄道のレールを枕木にかたくとめるために打つ釘。形が犬の前足に似ていることから。近年はコンクリート枕木になってボルトナットに変わった。「権妻(ごんさい)」めかけのこと。「社会の窓」男子のズボンのチャック。 「鋳掛屋」銅鉄の鍋釜の破損を補修する。情報化時代の郵政省・電電公社共同開発の「キャプテン・システム」。日本のビデオテックスの呼称。郵政省とNTTが共同で開発。1975年12月以来4年半にわたるサービス実験を経て1984年11月から首都圏と京阪神地区で商用サービスを開始した。結局、普及せず、インターネットの普及により失敗に終わった。

IT化
逢びき
アッシーくん
アベック
鋳掛屋
犬釘
歌ごえ喫茶
内ゲバ
乳母車
MMK
えもんかけ
お風呂を焚く
OL
温泉マーク
環境ホルモン
汽車
キャプテン・システム
銀ブラ
金融ビッグバン
グラマー
月給取り
月賦
現況届(年金受給権者)
国鉄
交換日記
権妻
鈴が森
ズボン
ダイヤルQ2
ダビング
チャイルド
チャック、社会の窓
チャンネルを回す
チョッキ
テレフォンカード
トックリ
トルコ風呂
トレンディドラマ
ナウい
ニューメディア社会
ハイカラ
バイビー
ハウスマヌカン
バタ屋
ハッスル
はなきん
パーマ屋
半どん
BG
090626yfp2婦人週間
ぶりっ子
ポケベル
ボデコン
ポンコツ
マイコン
マドロス
マルティメディア
ミーハー
ミツグくん
胸キュン
メリケン粉
ももひき
4649(よろしく)
養老院
よろめく
輪タク
ルーズソックス
レコード店
老人力

2018年4月28日 (土)

外来語=英語とは限らない

 普段、私たちが何気なく使っているカタカナ言葉の中には、語源が英語というケースは圧倒的に多い。パイナップルは世界の多くの国が「アナナス」という。日本では英語パイナップルが定着している。しかし外来語=英語とは必ずしも限らない。しかし例外もたくさんある。ハローキティなどのグッズ用品で知られる「サンリオ」。その社名はスペイン語で「聖なる河」の意味。スイスの時計メーカー「オメガ」はギリシャ語。生理用ナプキン「ロリエ」。フランス語で「月桂樹」。変わったところではスポーツ用品メーカー「アシックス」。「健全な精神は健全な身体にこそ宿るべし」というラテン語からきている。「コロッケ」「グラタン」「マヨネーズ」「クレヨン」「ルージュ」 「ピーマン」などはみなフランス語が起源である。「イクラ」や「ノルマ」はロシア語。「ノルマ」は第二次世界大戦後にソ連の捕虜となり、強制労働をさせられていた日本人が帰国後に広めた言葉。「カスタネット」はスペイン語で「栗」の意味。「ランドセル」はオランダ語「ランセル」が転訛したことば。水道などの蛇口を意味する「カラン」もオランダ語に由来する。「パン」「てんぷら」「タバコ」はポルトガル語。「ベランダ」はヒンディー語。独身の男性を意味する「チョンガー」は朝鮮語。「キセル」「カボチャ」はカンボジア語。あ~ぁ、ややこし、ややこし。

ラッキーセブンは本当にラッキーか?

Main8g20120408ddd1900552g30   今日からゴールデンウィークがはじまる。ところでGW、ゴールデンウィーク(黄金週間)の語源が映画業界用語であることから、近年NHKなどでは「大型連休」と表現している。この時期は全国の行楽地や動物園、水族館、遊園地などがとくに賑わう。野球場も満員で、野球観戦たけなわのシーズン。中日ドラゴンズではホームの試合のとき7回裏の攻撃前にドアラが宙返りをすることが恒例となっている。7は幸運の数字であるとする英語圏の思想がある。とくに9イニング制の野球において7回は先発投手の疲れが出始めるころで、試合が動くイニングと見なされている。俗にラッキーセブンといわれる。1885年9月30日、ホワイトストッキングスの7回の攻撃で、平凡なフライを打ち上げたが、強風に吹かれてホームランになった。これでホワイトストッキングスはリーグ優勝を決めたことから「ラッキーセブン」という言葉が生まれた。大リーグでは7回の少し休憩タイムがあり「わたしを野球に連れてって」を歌うのが恒例となっている。

   こうした7回の攻撃で試合が動くという通説は本当であろうか、名古屋大学で統計調査をしたところ、7回の攻撃の得点率は、むしろ全イニングの平均を下回るという結果がでた。7回よりも6回のほうが得点が入りやすいという。

日本人物伝・左甚五郎

   1651年のこの日、江戸寛永の名工として知られた左甚五郎が56歳で逝去した。その作品があまりにも精巧をきわめたために、それらが抜け出て行動するという伝説がある。甚五郎は、きわめてさっぱりとした性格で、すこしもモノに対する執着というものが無かった。だから貯えているものがなくれば、その業につとめるという有様だった。ある人がこれを諌めると、甚五郎はニッコリとして、

 たのしみは貧しさにあり梅の花

と詠じたという。ただし類似の歌は「講談・紀伊国屋文左衛門」にもある。(4月28日)

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 左甚五郎作「大黒天」 

   左甚五郎のまとまった伝記資料は講談などでお馴染みの人物のわりに少ない。出身地も播磨明石、紀伊根来、讃岐高松など諸説ある。

匠左甚五郎伝 柳沢武運三 福老館 1888

左甚五郎 名人奇談 中村兵衛 大学館 1908

左甚五郎 山本瑞雲 書画骨董雑誌100  1916

左甚五郎利勝の略史 香川県先哲宣揚会編刊 1934

名匠左小刀実記左甚五郎伝  左光挙 世界社 1953

讃岐と左甚五郎:考証左甚考  左光挙 先哲宣揚会 1958

左甚五郎考 森本一雄 飛騨春秋35  1959

 

2018年4月27日 (金)

哲学の日

  本日は「哲学の日」。紀元前399年のこの日、ギリシアの哲学者・ソクラテスは、死刑宣告を受けて、「悪法もまた法なり」と言って、自ら毒杯を飲んで亡くなったとされる。だがソクラテスの有名な言葉「悪法もまた法なり」の出典は、いくらさがしてもない。弟子のプラトンが書き残したという事実もない。この言葉は本当にソクラテスの言葉なのであろうか。プラトン(前427-前347)がソクラテス(前470頃-前399)に出会ったのは、ディオゲネス・ラエルティオスの「哲学者列伝」によればプラトン20歳、ソクラテス56歳、前407年と推定している。一説によると、プラトンの兄のアディマントスかグラウコンがソクラテスと親しかったからといわれる。ともかく、プラトンは以後8年間ソクラテスの弟子となる。その後ソクラテスは前399年、死刑となるが、その時、プラトンは28歳だった。ソクラテスの死は、プラトンにとって哲学の原点となった。

    ソクラテスの死後、プラトンは他の人々とともに、メガラのエウクレイデスのところに一時身を寄せたほか、キュレネやエジプトに旅をしたと伝えられている。この頃、亡きソクラテスを主人公とする対話篇を書きはじめた。「政治家が哲学するか、哲学者が政治をするようにならないかぎり、人類は不幸から救われないであろう」(『国家』)というプラトンの政治哲学が生まれた。

   ソクラテスが投獄されたとき、毒逃亡の機会があったにもかかわらず、国法に従って毒杯をあおいで死んだ、という話が日本では明治以来伝わるが、実はこれは作りはなしである。ソクラテス自身の著作はなく、弟子の伝聞にもない。英語でそれらしき部分には、「obey and do not do otherwise」つまり「自分の哲学に殉じて死を選ぼう」という意味。悪法でも刑に服する、の意味とは正反対。むしろ「法だからといって従う義務はない。自分自身の信念にのみ従う」ということである。明治の法曹はソクラテスの故事を遵法精神として鼓吹した。まことに国家にとって都合のよい名言である。(4月27日)

モールス信号

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 サミュエル・モールスは電信機とモールス符号の発明者。1791年4月27日、マサチューセッツ州チャールズタウン(現ボストン)に生まれる。初め画家になることをめざしていたが、欧州旅行の帰国の船内でたまたまC.T.ジャクソン博士と一緒になり、博士の暇つぶしに電気や電信の実験談を聞かされる。電気は当時最大の謎の一つだった。その魅力はメアリー・シェリーの「フランケンシュタイン」に描かれている。怪物に生命を吹き込むのに用いられたのは、電気である。モールスは若いころから電気への興味を持っていた。そのときモールスは、電気信号が瞬間的に回路を巡ることに気がついた。1835年にモールスは最初の電信機を発明する。彼の電信機は、幕末に来航したペリーによって幕府に献上されている。(keyword;Samuel Finley Breese Morse,Charlestown,Boston,eponym )

2018年4月26日 (木)

リメンバー・チェルノブイリ・デー

20090409103034     今世紀になって地球的規模で地震、津波、台風、干ばつなど自然災害が起こっている。また原発事故、飛行機、鉄道、船舶など人間と機械がもたらした文明による惨事もたびたび起こっている。それは人間の技術に対する過信であり、奢りでもある。1986年のこの日、ウクライナ共和国のチェルノブイリ原子力発電所で大爆発事故が発生した。32年目のこの日、チェルノブイリ近郊の町スラブチチでは追悼式が行われる。いま「石棺」を覆う新シェルターが計画されている。

2013040900000315rocket0000view    パンナム・KLLジャンボ機の衝突(1977)、日本航空ジャンボ機墜落事故(1985)、韓国「大然閣」ホテル火災(1971)、奥尻島地震(1993)、阪神淡路大震災(1995)、トルコ大地震(1999)、アメリカ同時多発テロ事件(2001)、スマトラ島沖地震(2004)、ハリケーン・カトリーナ(2005)、JR福知山脱線事故(2005)、四川大地震(2008)、ハイチ地震(2010)、ニュージーランド・クライストチャーチ地震(2011)、東日本大震災(2011)、東アフリカソマリア飢餓(2011)、ボストンマラソン爆破事件(2013)、中国四川大地震(2013)、熊本地震(2016)。4月26日

2018年4月25日 (水)

柏原芳恵は女、和田芳恵は男である

G_wada_yoshie   室井滋という人はとても有名人なので、男性風の名前だけど間違える人はない。けれども尼子騒兵衛、松本ひで吉は最近までずっと男性だと思っていたけど女性だったことを知った。銀色夏生、さとうふみや、久保ミツロウ、荒川弘、大島司、田辺イエロウ、山本航輝、樋口大輔、星野桂はみんな女性である。小野妹子や山口誓子のように逆パターンもある。樋口一葉の研究家で直木賞受賞作家「和田芳恵(わだよしえ)」は男性である。(画像の人)美水かがみ、加古里子もみな男性。ジャズ歌手ジョー・スタッフォードは女性。フランス革命の軍人ラファイエットの名は「マリー」。ナイアガラ滝の探検家テイラーの名は「アニー」。

薫、忍、千秋、千春、泉、静香、恵、翼、恋、瑞穂などは男女とも使える。

  太田薫(男)、小山内薫(男)、八千草薫(女)

 押坂忍(男)、坂上忍(男)、若の里忍(男)、中山忍(女)

千秋 山川千秋(男)、鎌倉千秋(女)

千春 松山千春(男)、猪谷千春(男)、久里千春(女)

千里 大江千里(男)、海原千里(女)

 柳田泉(男)、原泉(女)、森泉(女)

静香 亀井静香(男)、荒川静香(女)

春江 古賀春江(男)、北村春江(女)

 若草恵(男)、横須賀恵(女)

 今井翼(男)、本田翼(女)

 和田恋(男)、石川恋(女)

瑞穂 鈴木瑞穂(男)、吉井瑞穂(女)

シドニー シドニー・ポアチエ(男)、シドニー・ローム(女)

   ああ、ややこしや、ややこしや。(Jo Staffoord)

ギロチンの日

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  1792年のこの日、フランス国民会議で、断頭装置ギロチンを正式処刑道具として採用することを採択した。その呼び名は医師ギロチンに由来するといわれる。しかし、これは事実ではない。断頭装置は少なくとも13世紀からすでに存在していた。ギロチンは機械的な装置を使用することによって受刑者に無駄な苦痛を与えず、人道的な処刑を行うように、議会に提案した人である。処刑具の開発には関わっていない。ギヨタンから名前をとったギヨチーヌGuillotine(ドイツ語読みでギロチン)が広まった。一般にはギヨチンがギロチンを発明したかのような印象がある。正確はジョゼフ・ギヨタン(1738-1814)という医師とギロチンとは別で、ギロチンとは「ギヨタンの息子」を意味する。彼の親類は、この機械に名前を使用することをやめてくれるように政府に依頼したが、この言葉が広く認知されてしまったので、やむなく姓を変更したという。1967年9月10日、フランスで最後のギロチンによる死刑執行が行われた。(4月25日)

2018年4月24日 (火)

アメリカ議会図書館

 1800年4月24日、アメリカ議会図書館設立。略称はLC。蔵書数3200万冊、世界最大規模の図書館。1814年ワシントンを攻略したイギリス軍が議事堂に火を放った際に、蔵書はほとんど失ったが、1815年ジェファーソンの蔵書約6000冊を購入し、これを核にして再建された。その後1825年と1851年にも火災に遭い、1897年に現在地に移転した。蔵書の増加に伴って、1939年に別館が開設され、1980年に新館マディソン・ビルが完成した。1899年3月から40年間在任した第8代館長ハーバート・パトナムの時代に、資料・整理・サービスのあらゆる面において整備拡充された。日本の国立国会図書館は、1948年にこのLCをモデルとして造られた。( keyword;Library of Congress,Herbert Putnam )

2018年4月23日 (月)

何冊読んでる?

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  最近の女優・タレントさんには読書家が多い。銀幕の女優といわれた昭和の時代にはなかった傾向である。柴咲コウ、中川翔子、ミムラ、杏、蒼井優、中江有里、高山一実(乃木坂)、上白石萌音、芦田愛菜などなど。ミムラさんはひと月に200冊は読むそうだ。小橋めぐみさんは「恋読 本に恋した2年9カ月」というエッセイを出版している。

   郵便局でタダでもらえる「モヨリノ」を読む。多部未華子とブックディレクター・幅允孝(はばよしたか)の対談。電子書籍元年などといわれるが多部ちゃんは本の伝道師のように「一冊の本が人生を豊かにしてくれる」と説いている。どうかその信念で芸能界の荒波を乗り切ってほしいと願う。多部ちゃんのオススメは「アンネの日記」(これってむかしから女優志願の美少女の定番ですね)、佐藤多佳子の「黄色い目の魚」、幅さんのオススメは「斎藤政雄の「調理場という戦場」、向田邦子「父の詫び状」、手塚治虫「火の鳥」、ガルシア・マルケス「百年の孤独」。それにしても、「ブックディレクター」とか「選書家」という職業があることを初めて知った。

沙羅ちゃん、池乃めだかじゃダメなの?

M_e5b2a1e794b0e58786e4b88012  スキージャンプのメダリスト高梨沙羅が「好きな男性のタイプは?」と聞かれて、ポツリ「背が高めの人」と答えた。さらに、「じゃ、180センチ以上とか?」と聞かれると、「いいえ、そんなになくて、173センチくらいでいい」このコメントに対して社会の反応は厳しい。「背丈のピンポイントは言わないほうがいいよ」とか「身長差別」とか男性にとって背の高さはデリケートな問題だ。日本人男性の平均身長は現在、170.7cmくらいで、基準値173センチはハードルが高め。終戦直後は160cmくらいで、この70年間で10cmも伸びたことになる。俳優の岡田准一の身長は169cmくらいで、高くもなく、低くもないのだが、周囲の共演者と比べると、とても低く見える。トム・クルーズも170cmあるのだが、アメリカ人男性の平均身長は175.7cmとなっているので、小柄な印象がある。高身長=かっこいい、というのは素直な印象だが、低身長でも魅力的に見えるのは、さらにカッコいい。

2018年4月21日 (土)

パーニーパットの戦い(1526年)

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  16世紀前半、ムガル帝国は、軍事財政制度を柱に統治と支配を広めていった。ムガル帝国は、中央アジアから進出したイスラーム国家であり、少数派として多数派のヒンドゥー勢力を支配しなければならなかった。その際に採用しているのは、官位に応じた軍馬を維持することを定めたマンサブダール制と、担当する統治地域からの税収入を給与として与える給与地制とも呼ばれるジャーギール制という2つの制度を組み合わせた軍事財政制度であった。パーニーパットはデリーの北方約90㎞にある。1526年4月21日、バーブル(ティムールの5代の子孫)がロディー朝のイブラヒムを討って、デリーとアグラを占領し、ムガール帝国の基礎を築いた。約100頭の象軍を主力とするローディー朝の10万の大軍を、1万2000の兵で打ち破ることができたのは、鉄砲という火砲を用いたことと騎兵を利用したためといわれている。( keyword;Battle of Panipat,Babur,Ibrahim )

2018年4月20日 (金)

斎藤道三、長良川の戦いで敗死(1556年)

200px4   1556年4月20日、マムシと呼ばれて怖れられた戦国時代の武将、斎藤道三が、子の義龍(左画像)と居館に近い長良川河畔で戦い、敗死した。63歳だった。一説によると、道三の先妻深芳野が、土岐頼芸の胤を宿したまま道三に嫁して生まれたのが義龍という。これは父殺しの汚名を避けるための風聞とも考えられる。

2018年4月19日 (木)

日本のことわざ

人を呪わば穴二つ。他人を呪って殺そうとすれば、自分もその報いで殺されることになるので、墓穴が二つ必要になる。

地図の日

Orai07b 1800年旧暦閏4月19日、伊能忠敬(1745-1818)が蝦夷測量に出発した日。1816年の測量完了までに4万km、つまり地球を一周歩いた距離に等しい。地図の編纂は死後3年目の1821年に高橋景保によって完成し幕府に上呈した。これが日本沿海與地全図(伊能図)である。大図214枚、中図8枚、小図3枚。

   それまでは日本の正確な実測図はなかった。オルテリウス地図帳のテイセラ日本図(1595年)には蝦夷地の未記入で、本州も不正確である。伊能忠敬の実測図をシーボルトが持ち帰ってから日本の地図が世界図に正確に記るされる。

 

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オルテリウス地図帳(1595)

2018年4月18日 (水)

山本五十六が撃墜されたときの同乗者の名前は?

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    昭和18年4月18日午前6時、山本五十六ら11人が乗った一番機と、宇垣纏ら12人が乗った二番機の一式陸攻がラバウルを発進した。護衛につくのはわずか6機の零式艦上戦闘機だった。一番機には、山本五十六、福崎昇、高田六郎、樋端久利雄、小谷立、大崎明春、田中実、畑信雄、上野光雄、小林春政、山田春雄(全員死亡)。 二番機には、宇垣纏、北村元治、林浩、友野林治、今中薫、室井捨治、藤本文勝、谷本博明、伊藤助一、八記勇、野見山金義、栗山信之が搭乗していた。(宇垣、北村、林は生存)。 護衛機6機は、森崎武、辻野上豊光、杉田庄、日高義巳、岡崎靖二、柳谷謙治。

    ブーゲンビル上空でアメリカ軍により撃墜された。(海軍甲事件と呼ぶ) 山本らの戦死は1ヶ月間、極秘にされた。5月21日、大本営発表で公表され、6月5日に国葬が行われた。明治27年から昭和20年までに帝国海軍は24人の連合艦隊司令長官が就任したが、在職中に戦死したのは山本五十六、唯一人である。

(参考:蜷川親正「山本五十六検死ノート」 光文社

高城肇「六機の護衛戦闘機」 光人社)

2018年4月17日 (火)

平凡な日々のある日の混ぜご飯

   火曜日と水曜日は午後からヘルパーさんが来る。店では書道教室が開かれている。いつか店で朗読会のようなサークルが開けるといいのに。昨夜は東映の「一万三千人の容疑者」を観る。吉展ちゃん事件をもとに制作されたドキュメントタッチの刑事もの。東映のスターは少なく、劇団の地味な俳優で固めている。芦田伸介はトレードマークのハンチングは被っていないがやはり七人の刑事の風格がただよう。白黒で東映なので警視庁シリーズの香りもする。スターらしき俳優は小山明子くらいで、市原悦子、井川比佐志、織本順吉も当時はそれほど有名ではない。「キカイダー01」の池田駿介は東映か。新人の刑事田畑孝も懐かしい。古いところでは稲葉義雄、浜田寅彦、神山寛、村瀬幸子など。吉展ちゃん事件に近い時代の風俗的な臨場感は何物にも代えがたいよさがある。映画担当はゴジラを生んだ作曲家、伊福部昭。すごい重厚感。

恐竜の日

Owen   1923年のこの日、ローイ・チャップマン・アンドルーズ(1884-1960)がゴビ砂漠へ向けて北京を出発した。その後、5年間で、恐竜の卵の化石を初めて発見した。

   恐竜という生き物が、かつてこの地球に存在したことが明らかになったのは、19世紀初めのことである。イギリスにおいて、まずメガロザウルスが1824年に、イグアナドンが1825年に正式に報告された。1842年、リチャード・オーウェン(画像)は、恐竜とは「かつて陸上に栄えていた大きな爬虫類であり、体の下にまっすぐ足をのばして歩き、仙椎を5個持つ生き物である」という定義を発表した。そしてオーウェンは、このような特徴を持つ動物を「ダイノサウルス」(ギリシア語で「恐ろしいトカゲ」)と命名した。2億3000万年前、恐竜たちは地球に現れて、1億5000  万年以上にわたって進化、繁栄した。その恐竜たちが滅んだのは約6550万年前。絶滅の原因には諸説あったが、最近の研究で巨大隕石の衝突によって、地球の気候が大きく変わったためという説がほぼ確実となっている。

   恐竜は進化の道筋にそって次の6つのグループに分類される。

獣脚類・・・・カルノタウルス、デイノニクス

竜脚形類・・・・・プラテオサウルス、マメンチサウルス

原始的な鳥盤類・・・・レソトサウルス

装盾類・・・・・ステゴサウルス、アンキロサウルス

鳥脚類・・・・・パラサウロロフス、ヘテロドンサウルス

周飾頭類・・・・・パキケファロサウルス、トリケラトプスむ

(Roy Chapman Andrews,Richard Owen,dinosaur) 4月17日

2018年4月16日 (月)

ありふれた日常

平凡な日々のある日の親子丼

 朝7時起床。顔を洗って、歯を磨き、トイレをすます。朝食は、トーストと目玉焼き、サラダとヨーグルト、コーヒー(砂糖なし)。「半分、青い」を見て、洗濯物を干す。快晴。フローリングを掃除、スーパーに買い物。コロッケ、冷凍餃子、玉子、ハム、牛乳。10時に営業開始。銀行からセミナー案内の電話。妻は美容院へ。昼食はコロッケとおにぎり。午後から店番。7時閉店。夕食は親子丼。夜は「鶴瓶の家族に乾杯」。入浴。ビデオで「L.A.コンフィデンシャル」(1997年)を観る。ラッセル・クロウ、ケヴィン・スペイシー、ロイ・ピアース、キム・ベイシンガー。12時就寝。米英仏シリア攻撃、安倍政権の終末近し。巨人早くも今季絶望。

ドーバーの白い崖

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 1909年7月25日、フランスのルイ・ブレリオは飛行機で初のドーバー海峡横断に成功した。当時、航空機によるイギリス入国は想定外のことで、飛行機を「ヨット」で見なして入国手続きを行った。それから僅か3年後、1912年4月16日、ハリエット・クインビー(1875-1912)が女性で初めてドーバー海峡60キロメートルを飛行機で横断した。その前日に起こったタイタニック号の沈没のためにメディアの注目を集めることは殆どなかった。ハリエットは7月に飛行機事故で37歳で亡くなっている。
   むかしアイリーン・ダン主演で「ドーバーの白い崖」という映画があった。戦時下のイギリスのドラマでヴェラ・リンが歌ってヒットした「ザ・ホワイト・クリフズ・オブ・ドーバー」という主題歌もよく知られている。YouTubeでみるとメッサーシュミットの航空ショーの映像がみえる。やはり「ドーバー」は飛行機と結びついて記憶に残っている。(Harriet Quimby,ハリエット・キンビー、4月16日)

2018年4月15日 (日)

「み」 ファースト・ネームから引く人名一覧

20321   ミヒャエル・エンデ(1929-1995)ドイツの児童文学者。時間泥棒から人々を救う少女を描いた「モモ」が、世界的ベストセラーとなる。文明批評を織り込みながら空想の世界をたくみに描き、広く人気を得た。他に「はてしない物語」「鏡の中の鏡」。

ミア・ファーロー
ミア・ワシコースカ
ミケランジェロ・アントニオーニ
ミケランジェロ・ブオナローティ
ミゲル・デ・ウナムーノ
ミゲル・デ・セルバンテス・サアベドラ
ミシェール・ファイファー
ミシェル・オバマ
ミシェル・ピコリ
ミシェル・アイケル・モンテーニュ
ミシェリーヌ・プレール
ミース・ファン・デル・ローエ
ミッキー・ルーニー
ミシェル・フーコー
ミッシェル・モルガン
ミッキー・ローク
ミドハト・パシャ
ミハイル・アルツィバーシェフ
ミハイル・カトコフ
ミハイル・クトゥーゾフ
ミハイル・グリンカ
ミハイル・シューマッハ
ミハイル・ショーロホフ
ミハイル・セルゲーエヴィチ・ゴルバチョフ
ミハイル・トゥガン・パラノフスキー
ミハイル・フョードロヴィチ・ロマノフ
ミハイル・ユーリエヴィチ・レールモントフ
ミハイル・ラリオーノフ
ミハイル・ロマノフ
ミハイル・ワシリェヴィチ・ロモノーソフ
ミラ・クニス
ミラ・ジョヴォヴィッチ
ミラード・フィルモア
ミラン・クンデラ
ミリアム・ホプキンズ
ミリイ・バラキレフ
ミルチャ・エリアーデ
ミレーヌ・ドモンジョ
ミレーユ・ダルク
ミロス・フォアマン

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ミリアム・ホプキンズ(1902-1972)

2018年4月14日 (土)

中国史関係文献目録

20120716_660715   高度な文明を始まりとして、東アジア世界の中心に君臨した中華帝国。6000年という悠久の歴史の中で中国は、数多くの王朝が興亡を繰り返した。現在に至るまでの歴史はどのような展開をしたのであろうか。中国史の時代区分の問題については、わが国では現在二つの見方が行われている。

    一つは内藤湖南(1866-1934)による説で、彼は唐宋の間に中国の社会・文化は一大転換をとげたとみ、それまでを古代、以後を近世とした。貴族階級の消滅、したがって貴族政治の終焉、君主独裁制の確立、庶民文化の向上・発展などがこの時に行われたとみたのである。この内藤説は、主として彼の教えを受けた京都の東洋史学者の間に継承されてきている。もっとも後漢末より唐末までを、内藤は中古という呼び方をしているから、後の学者にはこれを中世とみなしている。しかし彼らも近世の設定については、ほぼ内藤説をそのまま承認しているのである。

    一方、第二次世界大戦後、前田直典(1915-49)が、唐宋間に大きな変化があったことは認めるとしても、唐末までを古代、宋以後を中世とすべきであるという説をたてた。 前田の主張は生産関係に注目し、唐末までは大土地所有者の土地が奴隷によって耕作され、一般農民が徭役など半奴隷的収奪を受けており、宋からはそれが農奴使用による耕作へと変化したとみたのである。

   ところで中国では、1930年代に唯物史観の影響を受け社会史論戦なるものが起こり、多くの学者が色々な発展段階説によって時代区分をたてた。一般に奴隷制を古代、封建制を中世、資本制を近代と一応規定したが、それらを現実に中国史に当てはめる点では種々の主張が現れた。代表的な郭沫若(1892-1979)の説を例にとると、殷以前を原始共産制、西周期を奴隷制、春秋以後アヘン戦争までを封建制、以後を近代としている。現在の中国の大学テキストを調べてみても復旦大学「中国通論」(1986年刊行)などは原始社会、夏朝・商朝・西周・春秋を奴隷社会、戦国・秦漢から清末までを封建社会、以後を近代社会としていることから、おおむね郭沫若の説が定説となっていることがわかる。

    現在では時代区分論争は、日本における二つの主張、中国人の種々の考え方とともに結論を得ることなく実りある成果なく消滅したと言わざるを得ない。(参考:「東洋史概説」佛教大学)

  中国史関係文献目録

支那開化小史 田口卯吉 嵩山房 1888
支那通史 5冊 那珂通世 大日本図書株式会社 1888
支那史 6巻 市村讃次郎、滝川亀太郎 1888~1892
支那帝国史 上下(万国歴史全書) 北村三郎 東京博文館 1889
支那史要 上下 市村讚次郎 吉川半七 1893~1895
東洋史 中等教育 棚橋一郎編 三省堂書店 1899
東洋史要 小川銀次郎 金港堂 1899
東洋史略 小川銀次郎 金港堂 1901
東洋史 秋月胤継 内田老鶴圃 1901
中学中国歴史教科書 夏曾佑 1902(のちに改題「中国古代史」)
東洋近世史 上下 田中革一郎 丸善 1902
東洋史 斎藤坦蔵、成田衡夫編 高等成師学会 1902
東洋史 箭内直、小川銀次郎、藤岡継手 杉本書翰秀館 1903
清国通考 第1~2篇 服部宇之吉 三省堂 1905
中国歴史教科書第1冊 夏曾佑 金港堂 1905
東洋史 地理歴史研究叢書 歴史研究会編 1905
実業学校東洋歴史 宝文館編輯所編 宝文館 1907
通俗西漢紀事 通俗東漢紀事 通俗21史3 称好軒徽庵著 早稲田大学出版部 1911
清史稿 趙爾巽・柯劭忞等編 1914~1928
東洋史学要書目録 那珂通世 大日本図書株式会社 1915
支那古代史 フリードリッヒ・ヒルト著 西山栄久訳 三省堂 1918
史記・漢籍国字解全書本 8冊 桂五十郎、菊池三九郎、松平康国、牧野謙次郎 早稲田大学出版部 1919-1920
支那共和史 平川清風 上海・春申社 1920
支那古代社会史論 郭沫若 藤枝丈夫訳 内外社 1921
史記・国訳漢文大成13・14・15・16  公田連太郎・箭内亘共著 国民文庫刊行会 1922
支那古代史論 東洋文庫論叢5 飯島忠夫 東洋文庫 1925
東洋文化の研究 松本文三郎 岩波書店 1926
古代中国 H.マスペロ  1927
制度史 瞿兌之 広業書社 1928
支那古代史 フリードリッヒ・ヒルト 西山栄久訳補 丙午出版社 1929
綜合東洋史 文検参考文化詳説 桜井時太郎 三友社 1929
史漢研究 鄭鶴声 商務印書館 1930
中国古代社会研究 郭沫若 上海連合書房 1930
東洋史概説 松井等 共立社 1930
東洋史概説 白鳥清 大観堂 1930
漢晋西陲木簡彙編 張鳳 有正書局 1931
世界古代文化史1 緒論・先史時代概観・アジア文化 西村真次 東京堂 1931
古代文化論 松本信広 共立社 1932
東洋史 研究社小参考書 研究社編集部編 研究社 1932
古代文化史 J・H・ブレステッド著 間埼万里訳 刀江書院 1933
中国古代史 賈曾佑 1933
史学及東洋史の研究 中山久四郎 賢文館 1934
城子崖 中国考古報告集1 李済・梁思永著 国立中央研究院歴史語言研究所 1934
秦漢経済史稿 中国史学叢書 馬元材 商務印書館 1934 
東洋文明発生時代 第1期前編 東洋史講座2 橋本増吉 雄山閣 1934
新撰総合東洋史 同文書院編修局編 同文書院 1935
朝鮮・満州史 世界歴史大系11 稲葉岩吉・矢野仁一 平凡社 1935
支那史概説 上 岡崎文夫 弘文堂書房 1935
世界歴史大系3 東洋古代史 橋本増吉 平凡社 1935
世界歴史大系11 朝鮮・満州史 稲葉岩吉・矢野仁一 平凡社 1935
中国古代史  大学叢書 夏曾佑 商務印書館 1935
中国文化史 柳詒徴 鍾山書局 1935
東洋史講座7 漢人復興時代 高桑駒吉、有高巌 雄山閣 1935 
西漢社会経済研究  陳嘯江 新生命書局 1936
戦国式銅器の研究 東方文化学院京都研究所研究報告7 梅原末治 1936
周秦漢三代の古紐研究 上・下 高畑彦次郎 京都・東方文化学院京都研究所 1937
近世中国史 風間阜  叢文閣 1937
古代の支那 支那正史1 オットー・フランケ著 高山洋吉訳 東学社 1938
古代北方系文物の研究 梅原末治 京都・星野書店 1938
支那正史 全5巻 オットー・フランケ著 高山洋吉訳 東学社 1938~39
支那通史 上中下 岩波文庫 那珂通世著 和田清訳 岩波書店 1938
支那の歴史 星一 星同窓会 1938
世界歴史大年表 改訂普及版 鈴木俊・井上幸治・宮城良造編 平凡社 1938
アロー戦争と円明園(支那外交史とイギリス2) 矢野仁一 弘文堂 1939
支那地方自治発達史 和田清編 中華民国法制研究会(中央大学出版部) 1939
東洋史概観 上野菊爾 清教社 1939
漢書及補注綜合引得 燕京大学引得編纂処編 1940
古代の蒙古 支那歴史地理叢書5 内田吟風 冨山房 1940
隋唐制度淵源略論稿 陳寅恪 商務印書館 1940
漢書紙背文書 古典保存会 1941
漢土の王道思想 亘理章三郎 金港堂 1941
近世満州開拓史 満州事情案内所 新京 1941
近世欧羅巴植民史 1 大川周明 慶応書房 1941
支那古代史論 補訂版 飯島忠夫 恒星社 1941
東洋史観 鳥山喜一 宝文館 1941
秦漢時代政治史 支那地理歴史体系4 宇都宮清吉 白揚社 1943
西南亜細亜の歴史と文化 満鉄調査局新亜細亜編輯部 大和書房 1943
アジア全史 ハーバーツ・H・ガウェン 白揚社 1944
亜細亜遊牧民族史 ルネ・グルセ 後藤十三雄訳 山一書房 1944
古代支那史要 岡崎文夫 弘文堂書房 1944
支那上古史 内藤虎次郎 弘文堂 1944
春秋繁露通検(盧文弨抱経堂校定本)  中法漢学研究所 1944
中国古代史学の発展 貝塚茂樹 弘文堂書房 1946
東亜の古代文化 梅原末治 養徳社 1946
秦漢史 上下 呂思勉 開明書店 1947
新観東洋史潮 有高巌 開成館 1947
漢代土地制度 王恒 正中書局 1947
中国古代文化史研究1 史学選書1 橋本増吉 鎌倉書房 1947
中国史鋼 翦伯賛 生活書店 1947
中国中古の文化 教養文庫 内藤虎次郎 弘文堂書房 1947
唐史叢鈔 石田幹之助 要書房 1947
世界史における東洋社会 飯塚浩二 福村書店 1948
中国史学入門 下 東方文化協会 高桐書院 1948
明代建州女直史研究 園田一亀 東洋文庫 1948
漢の武帝 岩波新書 吉川幸次郎 岩波書店 1949
居延漢簡考釈 釈文之部1・2 労榦 国立中央研究院歴史語言研究所専刊21 1949
古代の世界 木村正雄 金星堂 1950
中国史概説 岩波全書 上下 和田清 岩波書店 1950
中国史綱 翦伯賛 三聯書店 1950
中国史綱 2 秦漢史 翦伯賛 三聯書店 1950
東洋史 岸辺成雄 世界書院 1950
東洋史 木村茂夫 日本通信教育会 1950
貴族社会 京大東洋史2 外山軍治 内田吟風ほか著 創元社 1951
古代帝国の成立 京大東洋史1 宮崎市定、宇都宮清吉ほか著 創元社 1951
西廂記 塩谷温 昌平堂 1951
中国史学入門 東方学術協会 平安文庫 1951
ユーラシア古代北方文化 江上波夫 山川出版社 1951
支那史概説 上 岡崎文夫 弘文堂 1952
秦漢史 労榦 中華文化出版事業社 1952
中国の古代国家 アテネ文庫 貝塚茂樹 弘文堂 1952
匈奴史研究 内田吟風 創元社 1953
中国史 京大東洋史 上下 外山軍治ほか 創元社 1953
新中国 岩村三千夫 要書房 1953
新中国 目ざめた五億の人人 村上知行 櫻井書店 1953
新中国 木村荘十二 東峰書房 1953
東洋史学論集 東京教育大学東洋史学研究室編 清水書院 1953
古代北方文化の研究 角田文衛 祖国社 1954
中国史 世界各国史9 鈴木俊編 山川出版社 1954
中国土地制度史研究 周藤吉之 東京大学出版会 1954
目で見る歴史 日本・東洋・西洋 毎日新聞社 1954
アジア史講座 6巻 田村実造・羽田明監修 岩崎書店 1955-1957
殷墟発掘 胡厚宣 学習生活出版社 1955
漢史初探 安作璋 学習生活出版社 1955
簡明中国通史 呂振羽 人民出版社 1955
教養東洋史 杉本直治郎、浦康一編 柳原書店 1955
史可法 魏宏運 新知識 1955
秦会要訂補 孫楷、除復訂補 上海・群聯出版社 1955
中国古代史概観 ハーバート・燕京・同志社東方文化講座8 宮崎市定 京都・東方文化講座委員会 1955
中国古代漆器図案選 北京歴史博物館編 北京・栄宝斎新記 1955
中国史 国民文庫 ソヴエト大百科事典 山田茂勝訳 国民文庫社 1955
中国史 1・2・3 アジア史講座 田村実造・羽田明監修 岩崎書店 1955
西ウイグル国史の研究 安部健夫 京大人文科学研究所 1955
近世のアジア 絵で見る世界史7 小島真治、小山正明 国民図書刊行会 1956
世界史におけるアジア 現代アジア史4 大月書店 1956
東洋史 NHK教養大学 和田清 宝文館 1956
アジア史研究 第1 宮崎市定 京都・東洋史研究会 1957
居延漢簡 図版之部 台北・国立中央研究院歴史語言研究所専刊40 労榦 1957
後漢書集解 5冊 王先謙 商務院書館 1959
古代殷帝国 貝塚茂樹編 みすず書房 1957
司馬遷与史記 文史哲雑誌編輯委員会編 北京・中華書局 1957
秦漢史 瞿益錯 華北編訳館 1957
中国古代の社会と文化 中国古代史研究会編 東京大学出版会 1957
中国史学史 金毓黻  商務印書館 1957
中国史学論文索引 中国科学院歴史研究所第一、二所 北京大学歴史系合編 科学出版社 1957
中国史の時代区分 鈴木俊・西島定生編 東京大学出版会 1957
中国歴代口語文 太田辰夫 江南書院 1957
東洋史 榎一雄・鎌田重雄 小川書店 1957
東洋史 小竹文夫・鈴木俊編 有信堂 1957
教養の歴史(東洋史) 鈴木俊・千々和実・太田常蔵・小林幸輔編 小峰書店 1958
居延漢簡 釈文之部   労榦 台北・国立中央研究所歴史語言研究所専刊21  1958
商鞅変法 楊寛 上海人民出版社 1958
新・韓非子物語 中国古典物語6  千田久一 河出書房新社 1958
新唐書吐蕃伝箋証 王忠 科学出版社 1958
隋唐五代史 呉楓 人民出版社 1958
西漢経済史料論叢 陳直 陝西人民出版社 1958
中国史談 全6冊 奥野信太郎・佐藤春夫・増田渉 河出書房新社 1958-59
中国通史 第1編上 范文蘭瀾著 貝塚茂樹・陳顕明訳 岩波書店 1958
秦会要訂補 孫楷 中華書局 1957
十六国彊域志 洪亮吉撰 商務印書館 1958
十六国春秋輯補 湯球撰 商務印書館 1958
アジア史研究 第2 宮崎市定 京都・東洋史研究会 1959
アジア歴史事典 平凡社編 平凡社 1959-62
居延漢簡甲編 中国科学院考古研究所編 科学出版社 1959
史記 中華書局標点本 10冊 中華書局 1959
秦末農民戦争史略 劉開揚 商務印書館 1959
隋唐五代史 呂思勉 中華書局 1959
中国史十話 世界の歴史1 植村清二 中村書店 1959
古代文明の発見 世界の歴史1 貝塚茂樹編 中央公論社 1960
秦漢思想史研究 金谷治 日本学術振興会 1960
秦漢史の研究 栗原朋信 吉川弘文館 1960
中国古代の社会と国家 秦漢帝国成立過程の社会史的研究 増淵竜夫 弘文堂 1960
後漢書語彙集成 上中下 藤田至善編 京都大学人文科学研究所 1960-62
漢書補注弁証 施之弁 香港・新亜研究所 1961
古代史講座 13巻 学生社 1961-66
史前期中国社会研究 呂振羽 三聯書店 1961
新中国的考古収穫 中国科学院考古研究所 北京・科学出版社 1961
隋唐五代史 呂史勉 中華書局 1961
中国古代帝国の形成と構造 二十等爵制の研究 西嶋定生 東京大学出版会 1961
唐とインド 世界の歴史4  塚本義隆編 中央公論社 1961
ゆらぐ中華帝国 世界の歴史11 筑摩書房 1961
漢書 全12冊 校点本 中華書局 1962
中国古代工業史の研究 佐藤武敏 吉川弘文館 1962
古代文明の形成 古代史講座3 学生社 1962
古中国と新中国 カルピス文化叢書4 矢野仁一 カルピス食品工業株式会社 1962
アジア史研究 第3 宮崎市定 京都・東洋史研究会 1963
古代の商業と工業 古代史講座9 学生社 1963
古代の土地制度 古代史講座8 学生社 1963
史記 春秋戦国篇 中国古典選6 田中謙二・一海知義 朝日新聞社 1963
史論史話 1 鎌田重雄 南雲堂エルガ社 1963
The Ancient east(古代の東洋) D・G・Hogarth 丸善 1963
中国史学論文引得 1902年ー1962年 余秉権編 香港・亜東学社 1963
アジア史研究 第4 宮崎市定 京都・東洋史研究会 1964
朱元璋伝 呉晗 三聯書店 1964
中国征服王朝の研究 上中下 田村実造 京都大学東洋史研究会 1964
中国の歴史 上中下 岩波新書 貝塚茂樹 岩波書店 1964
東洋史通論 外山軍治、三田村泰助、大島利一、日比野丈夫 創元社 1964
教養としての中国史 講談社現代新書 植村清二 講談社 1965
古代中国 文庫クセジュ ジャック・ジェルネ 福井文雅訳 白水社 1965
古代における政治と民衆 古代史講座11 学生社 1965
楊貴妃伝 井上靖 中央公論社 1965
中国古代帝国の形成 特にその成立の基礎条件 木村正雄 不昧堂書店 1965
永楽帝 中国人物叢書10  寺田隆信 人物往来社 1966
漢書索引 黄福鑾 香港・中文大学崇基書院遠東学術研究所 1966
漢の高祖 中国人物叢書第二期1 河地重造 人物往来社 1966
教養人の東洋史 上 小倉芳彦、柳田節子、堀敏一、三木亘 社会思想社 1966
教養人の東洋史 下 田中正俊、小島晋治、新島淳良 社会思想社 1966
中国文化の成立 東洋の歴史1 水野清一、樋口隆康、伊藤道治、岡田芳三郎 人物往来社 1966
秦漢帝国 東洋の歴史3 日比野丈夫、米田賢次郎、大庭脩 人物往来社 1966
秦漢隋唐史の研究 上下 浜口重国 東京大学出版会 1966
新中国あんない 日中友好代表団編 法蔵館 1966
殷墟卜辞綜類 島邦男 大安 1967
古代殷王朝のなぞ 角川新書 伊藤道治 角川書店 1967
古代トルコ民族史研究1 護雅夫 山川出版社 1967
古代の復活 貝塚茂樹 講談社 1967
史記1 項羽本紀、伯夷列伝、魏公子列伝 大安 1967
史論史話 2 鎌田重雄 新生社 1967
中国古代の田制と税法 秦漢経済史研究 平中苓次 東洋史研究会 1967
武王伐紂王平話・七国春秋平話語彙索引 古屋二夫編著 采華書林 1967 
奴児哈赤 中国人物叢書 若松寛 人物往来社 1967
アジアのあらし(世界の歴史6) 栗原益男、山口修 集英社 1968
古代文明の発見 世界の歴史1 中公バックス 貝塚茂樹編 中央公論社 1968
史記 上 中国古典文学大系10 野口定男・近藤光男他訳 平凡社 1968
秦漢史 李源澄 台北・商務印書館 1968
瞽説史記 村松暎 中央公論社 1968
中国古代の家族と国家 守屋美都雄 東洋史研究会 1968
中国史文鈔 大野実之助編 早稲田大学出版部 1968
モンゴル帝国史 1・2(東洋文庫) C・ドーソン 平凡社 1968-1975
乱世の英雄 桃源選書 栗原益男 桃源社 1968
五四運動 紀伊国屋新書 丸山松幸 紀伊国屋書店 1969
大唐の繁栄 世界歴史シリーズ7 世界文化社 1969
中華帝国の崩壊 世界歴史シリーズ20   世界文化社 1969
中国史研究 第1 佐伯富編 東洋史研究会 1969
中国の近代 世界の歴史20 市古宙三 河出書房新社 1969
中国文化の成熟 世界歴史シリーズ15 世界文化社 1969
中国チベット蒙古古代史考 三木偵、渋沢均 鷺の宮書房 1969
モンゴル帝国 世界歴史シリーズ12 世界文化社 1969
アジア史論 上 白鳥庫吉全集8 岩波書店 1970
漢代代田賦与土地問題 呉慶顕 油印本 1970
漢とローマ 東西文明の交流1 護雅夫編 平凡社 1970
陳書 和刻本正史 長沢規矩也解題 汲古書院 1970
後漢書 中国古典新書 藤田至善 明徳出版社 1970
東洋史研究 歴史地理篇 森鹿三 東洋史研究会 1970
鑑真 東洋美術選書 杉山二郎 三彩社 1971
アジアの歴史 松田壽男 日本放送出版協会 1971
後漢書 1~3 和刻本正史 長沢規矩也解題 古典研究会 1971-72
古代北方系文物の研究(復刻) 梅原末治 新時代社 1971
中国古代文明 世界古代史双書10  ウィリアム・ワトソン著 永田英正訳 創元社 1971
漢書 和刻本正史 評林本 古典保存会 汲古書院 1972
周秦漢政治社会結構之研究 徐復観 香港・新亜研究所 1972
乱世の英雄 史記2 司馬遷 奥平卓・守屋範太共訳 徳間書店 1972
漢代之長安与洛陽 馬先醒 油印本 1972
中国の先史時代 考古学選書6 松崎寿和 雄山閣出版 1972
中国の歴史と民衆 増井経夫 吉川弘文館 1972
史学論集 中国文明選12  川勝義雄 朝日新聞社 1972
隋書 全3冊 魏征、令狐徳棻撰 中華書局 1973
中国近代史論文資料索引 1960~1973.6  復旦大学歴史系資料室 1973
中国古代史教学参考地図 北京大学歴史系編 1973
中国神話の起源 角川文庫 貝塚茂樹 角川書店 1973
中国と中国人 岡田武彦 啓学出版 1973
中国歴史に生きる思想 重沢俊郎 日中出版 1973
漢代的以夷制夷政策 刑義田 油印本 1973
A History of Chinese Literature  Herbert G.Giles C.E.Tuttle Co.
アジア専制帝国 世界の歴史8 現代教養文庫 山本達郎、山口修 社会思想社 1974
元・明 中国の歴史6 愛宕松男・寺田隆信 講談社 1974
古代文明の発見 世界の歴史1 中公文庫 貝塚茂樹編 中央公論社 1974
西蔵仏教研究 長尾雅人 岩波書店 1974
中国文明の形成 薮内清 岩波書店 1974
中国文明と内陸アジア 人類文化史4 三上次男・護雅夫・佐久間重男 講談社 1974 
中国の歴史 全13巻 講談社 1974~1975
乱世の詩人たち 「詩経」から毛沢東まで 松本一男 徳間書店 1974
ユーラシア東西交渉史論攷 鈴木治 国書刊行会 1974
古代の東アジア世界 江上波夫・松本清張編 読売新聞社 1975
司馬遷史記入門 勝者と敗者の人間百科 ダルマブックス 竹内照夫 日本文芸社 1975
新唐書 全10冊 欧陽脩・宋祁撰 中華書局 1975
人物中国志 全6巻 毎日新聞社 1974
中国地方自治発達史 和田清編 汲古書院 1975
中国土地契約文書集 金~清 東洋文庫 明代史研究室編 平凡社 1975
アジア史論考 上中下 宮崎市定 朝日新聞社 1976
漢書 中国詩文選8 福島吉彦 筑摩書房 1976
古代東アジアの国際交流 市民講座・日本古代文化入門5 江波波夫・松本清張編 読売新聞社 1976
史記 南宋・黄善夫本(百衲本二十四史所収影印本上・下) 台湾商務印書館 1976
中国近代史論文資料篇目索引 杭州大学歴史系中国古代史近代史組 1976
中国古代文化 今枝二郎 高文堂出版社 1976
中国古代史論集 楠山修作 海南・著者刊 1976
中国史稿 第1冊 郭沫若 人民出版社 1976
中国の歴史 全15巻 陳舜臣 平凡社 1976
中国の歴史 貝塚茂樹著作集8 中央公論社 1976
中国歴史大事紀年 近古~1949年 徐州師範学院歴史系中国歴史大事紀年編写組 1979
漢史文献類目 増訂版 馬先醒編 簡牘社 1976
中国の古代国家 貝塚茂樹著作集 中央公論社 1976
よみがえる古代 図説中国の歴史1 伊藤道治 講談社 1976
漢書 上中下 小竹武夫訳 筑摩書房 1977-79
漢書 3冊 国宝宋慶元本 平中博士追悼出版委員会編 朋友書店 1977
門閥社会成立史 矢野主税 国書刊行会 1976
古代の中国 世界の歴史4 堀敏一 講談社 1977
古代の東アジアと日本 教育社歴史新書 佐伯有清 教育社 1977
中国近代史歴表 宋孟源編 中華書局 1977
中国古代中世史研究 東洋学叢書 宇都宮清吉 創文社 1977
中国の後宮 大空不二男 竜渓書舎 1977
中国歴史地理研究 日比野丈夫 同朋舎 1977
秦漢帝国の威容 図説中国の歴史2  大庭脩 講談社 1977
中国史と日本 三島一 新評論 1977
中国史 上 岩波全書 宮崎市定 岩波書店 1977
アジア史研究 第5 宮崎市定 同朋舎 1978
古代東アジア史論集 上下 末松保和博士古稀記念会編 吉川弘文館 1978
中国文明の原像 上下 放送ライブラリー 宮川寅雄・関野雄・長広敏雄編 日本放送出版協会 1978
秦漢帝国史研究 好並隆司 未来社 1978
秦漢思想研究文献目録 坂出祥伸編 関西大学出版広報部 1978
中国史 下 岩波全書 宮崎市定 岩波書店 1978
中国南北朝史研究 増補復刻 福島繁次郎 名著出版 1978
アジア史論 斎藤実郎 高文堂出版会 1979
アジア遊牧民族史 上・下 ユーラシア叢書 ルネ・グルセ 後藤富男訳 1979
漢書藝文志・隋書経籍志 楊家駱主編 台北・世界書局 1979
漢の武帝 教育社歴史新書・東洋史 影山剛 教育社 1979
史論史話 鎌田重雄 大学教育社 1979
中国歴代皇帝文献目録 国書刊行会編 国書刊行会 1979
乱世の皇帝 後周の世宗とその時代 栗原益男 桃源社 1979
中国古代再発見 岩波新書 貝塚茂樹 岩波書店 1979
中国古代の再発見 1978-1979年 NHK大学講座 貝塚茂樹 日本放送出版協会 1979
中国史学論文索引 第二編 中国科学院歴史研究所資料室編 中華書局 1979
漢書食貨志訳注 黒羽英男 明治書院 1980
中国古代史籍挙要 張舜徽 湖北人民出版社 1980
中国古代の「家」と国家 皇帝支配下の秩序構造 尾形勇 岩波書店 1979
中国古代の文化 講談社学術文庫 白川静 講談社 1979
中国史稿地図集 上冊 郭沫若 地図出版社 1979
中国史における革命と宗教 鈴木中正 東京大学出版会 1980
中国史における宗教受難史 ホロート著 牧尾良海訳 国書刊行会  1980
中国史における仏教 アーサー・F・ライト著 木村隆一・小林俊孝訳 第三文社 1980
中国歴代年表 斉召南著 山根伸三訳補 国書刊行会 1980
楊貴妃後伝 渡辺龍策 秀英書房 1980
北アジア史 世界各国史12・新版 護雅夫・神田信夫編 山川出版社 1981
五四運動 丸山松幸 紀伊国屋書店 1981
人物中国の歴史 陳舜臣編 集英社 1981
秦漢音楽史料 吉聯抗輯訳 上海文芸出版社 1981
秦漢思想史研究 増補復刊 金谷治 平楽寺書店 1981
西安史話 武伯綸・武復興 陝西人民出版社 1981
戦国時代の群像 人物中国の歴史3 司馬遼太郎 集英社 1981
大統一時代 秦・前漢(中国の歴史3) 陳舜臣 平凡社 1981
中国古代の社会と経済 歴史学選書 西嶋定生 東京大学出版会 1981
中国史 そのしたたかな軌跡 人間の世界歴史10 増井経夫 三省堂 1981
中国歴史の旅 陳舜臣 東方書店 1981
三国志 完訳 全8巻 羅貫中 岩波書店 1982-83
史学論文索引 1979~1981 上 北京師範大学歴史系資料室 中華書局 1982
秦漢法制史の研究 大庭脩 創文社 1982
中国人の自然観と美意識  東洋学叢書 笠原仲二 創文社 1982
アジア歴史研究入門 1~5 別巻 宮崎市定ほか編 同朋舎  1983-1987
秦始皇陵兵馬俑 田辺昭三監修 平凡社 1983
中国古代国家と東アジア世界 西嶋定生 東京大学出版会 1983
中国古代の東西交流 考古学選書21  横田禎昭 雄山閣 1983
中国史における社会と民衆 増淵龍夫先生退官記念論集 汲古書院 1983
アジア史論叢 市古宙三教授古稀記念会 中央大学白東史学会編 刀水書房 1984
古代殷帝国 貝塚茂樹編 みすず書房 1984
三国志 4 秋風五丈原 谷崎旭寿 新人物往来社 1984
支那通史 全3冊 岩波文庫 那珂通世著 和田清訳 岩波書店 1984
秦漢官制史稿 上下 安作璋・熊鉄基 山東・斉魯書社 1984
中国史大事紀年 蔵雲浦・王雲度・朱崇業・何振東・叶青 山東教育出版社 1984
中国の古代国家 中公文庫 貝塚茂樹 中央公論社 1984
中国の歴史書 中国史学史 刀水歴史全書20 増井経夫 刀水書房 1984
中国文明の起源 NHKブックス453 夏鼐著 小南一郎訳 日本放送出版協会 1984
司馬遷と「史記」の成立 大島利一 清水書院 1985
秦漢思想史の研究 町田三郎 創文社 1985
秦漢土地制度与階級関係 朱紹侯 中州古籍出版社 1985
秦始皇帝 A・コットレル 田島淳 河出書房新社 1985
秦都咸陽 秦漢史研究双書 王学理 陝西人民出版社 1985
西漢人物故事 倉陽卿、張企栄 浙江教育出版 1985
中国の歴史と故事 旺文社文庫 藤堂明保 旺文社 1985
中国文明の成立 ビジュアル版世界の歴史5 松丸道雄・永田英正 講談社 1985
東アジアの変貌 ビジュアル版世界の歴史11  小山正明 講談社 1985
楊貴妃・安禄山 現代視点・中国の群像7 旺文社編 旺文社 1985
五・四運動史像の再検討 中央大学出版部  1986
昭和の戦争9 アジアの反乱 丸山静雄 講談社 1986
秦兵馬俑 張文立編写 西安・西北大学出版社 1986
秦陵同車馬 劉雲輝編写 西安・西北大学出版社 1986
西漢人口地理 葛剣雄 北京・人民出版社 1986
中国古代を掘る 城郭都市の発展 中公新書 杉本憲司 中央公論社 1986
中国史における乱の構図 野口鉄郎編 雄山閣 1986
中国の英傑 10 洪秀全 ユートピアをめざして 小島晋治 集英社 1986
アジア史概論 中公文庫 宮崎市定 中央公論社  1987
女たちの中国 古代を彩る史話 李家正文 東方書店 1987
漢書藝文志 顧實講疏 上海古籍 1987
漢書郊祁志 東洋文庫 班固 平凡社 1987
漢の武帝 中国の英傑3 福島吉彦 集英社 1987
中国からみた日本近大史  劉恵吾主編 早稲田大学出版部 1987
中国古代国家の支配構造 西周封建制度と金文 伊藤道治 中央公論社  1987
中国古代の身分制 明治大学人文科学研究所叢書 堀敏一 汲古書院 1987
中国の考古学 隋唐篇 岡崎敬 同朋舎 1987
新アジア学 板垣雄三、荒木重雄編 亜紀書房 1987
秦始皇帝とユダヤ人 鹿島曻 新国民社 1987
漢書古今人表疏證 王利器 斉魯 1988
漢武帝評伝 羅義俊 上海人民出版社 1988
古代中国の性生活 先史から明代まで R・H・ファン・フーリック 松平いを子訳 せりか書房 1988
中国古代史論 平凡社選書 宮崎市定 平凡社 1988
中国古代の法と社会 栗原益男先生古稀記念論集 汲古書院 1988
中国古代文明の謎 光文社文庫 工藤元男 光文社 1988
中国の歴史人物事典 中国の歴史別巻 集英社 1988
漢三国両晋南北朝の田制と税制 藤家禮之助 東海大学出版会 1989
秦漢帝国と稲作を始める倭人 マンガ日本の歴史1 石ノ森章太郎 中央公論社 1989
秦漢法制史論 堀毅 名著普及会 1989
真史ジンギス汗 谷崎旭寿 新人物往来社 1989
中国古代史を散歩する 李家正文 泰流社 1989
中国古代農業技術史研究 東洋史研究叢刊43 米田賢次郎 同朋舎  1989
中国の歴史と故事 徳間文庫 藤堂明保 徳間書店 1989
中国の歴史近・現代 全4巻 陳舜臣著 平凡社 1986-1991
アジア史を考える 田村実造 中央公論社 1990
アジア諸民族の歴史と文化 白鳥芳郎教授古稀記念論叢刊行会 六興出版 1990
漢書地名索引 陳家麟編 中華書局 1990
東洋史概説 岩見宏・清水稔編 佛教大学 1990
マンガ中国の歴史 陳舜臣・手塚治虫監修 中央公論社 1990
司馬遷 集英社文庫 林田慎之助 集英社 1991
中国古代国家論集 楠山修作 朋友書店 1991
中国の歴史と民俗 伊藤清司・大林太良ほか 第一書房 1991
中国文明史 ヴォルフラム・エーバーハルト著 大室幹緒・松平いを子訳 筑摩書房 1991
十八史略の人物列伝 守屋洋 プレジデント社 1992
図説中国近現代史 池田誠・安井三吉・副島昭一・西村成雄 法律文化社 1993
秦漢財政収入の研究 山田勝芳 汲古書院 1993
秦始皇陵研究 王学理 上海人民出版社 1994
中国古代漢族節日風情 中国文化史知識叢書44 朱啓新・朱篠新著 台湾商務印書館 1994
中國史1~5 松丸道雄ほか 山川出版社 1996
天空の玉座 中国古代帝国の朝政と儀礼 渡辺信一郎 柏書房 1996
三国志 英雄たちの100年戦争 瀬戸龍哉編 成美堂 1997
アジアと欧米世界 世界の歴史25 加藤祐三、川北稔 中央公論社  1998
中国史 新版世界各国史3 尾形勇・岸本美緒 山川出版社 1998
漢帝国の成立と劉邦集団 軍功受益階層の研究 李開元 汲古書院 2000
中国史論集 楠山修作 朋友書店 2001
中国史なるほど謎学事典 島崎晋 学習研究社 2001
すぐわかる中国の歴史 宇都木章監修 小田切英著 東京美術 2003
長城の中國史阪倉篤秀 講談社 2004
中国史のなかの諸民族 世界史リブレット 川本芳昭 山川出版社 2004
中国の歴史 全12巻 講談社 2004-2005
中国の歴史 上・下 愛宕元・冨谷至編 昭和堂 2005
清朝とは何か 別冊環16  岡田英弘編 藤原書店 2009
中国古代の財政と国家 渡辺信一郎 汲古書院 2010
中国の歴史 山本英史 河出書房新社 2010
中国王朝4000年史 渡邉義浩 新人物往来社 2012
秦帝国の形成と地域 鶴間和幸 汲古書院 2013
史記秦漢史の研究 藤田勝久 汲古書院 2015
中国の歴史 濱下武志・・平勢隆郎編 有斐閣 2015
中国の歴史 ちくま学芸文庫 岸本美緒 筑摩書房 2015
性からよむ中国史 男女隔離・纏足・同性愛 スーザン・マン著 小浜正子訳 平凡社 2015
中国の文明3 北京大学版 潮出版社 2015
武帝 始皇帝をこえた皇帝 世界史リブレット 冨田健之 吉川弘文館 2016
鏡鑑としての中国の歴史 礪波護 法蔵館 2017
簡牘が描く中国古代の政治と社会 藤田勝久 汲古書院 2017
96人の人物でわかる中国の歴史 ヴィクター・H・メア、サンピン・チェン、フランシス・ウッド著 大間知知子訳 原書房 2017
漢唐文化史 熊鉄基 湖南出版社
漢唐文化史論稿 汪籤 北京大学

 

利き手の研究

12419f0c  大阪樟蔭女子大学の卒業論文の題目を見ていると「利き手の選択」という題に興味を覚えた。むかしは子供の利き手の矯正をしていたが、無理をすると大人になってコンプレックスが残る場合がある。しかし左利きの人は世界で10%くらいの割合で、不便なこともある。早く矯正するべきか、そのままでよいのか、悩ましい問題である。オバマ大統領が左利きなのは有名なことである。直近フォードから7人の大統領のうち5人が左利きというのも珍しい。左利きの人は右脳が発達しており、天才型が多い。ダヴィンチ、ミケランジェロ、ピカソ、バッハ、モーツァルト、ベートーベン、アインシュタイン、チャップリンなど。

なぜ人類は右利きが多いのか?人類学から考えててみよう。最近、タンザニアで発見された180万年前の化石人類ホモ・ハビルスの顎から、当時から右利きであることが分かった。なぜ人類は右利きが多くなったのか。それは脳の進化と関係している。集団で狩猟をするには、言葉によるコミュニケーションが必要不可欠だ。急速に言語脳を発達させた人類は、結果的に左脳とつながっている右半身が優位、つまり右利きが増えていつたと考えられている。

まるっきり違う意味がある英単語集

  森友・加計問題で話題になった「本省マター」。中央官庁が預かる案件のこと。matterは中学英語で覚える単語だが、「問題」「事情」「困ったこと」「およその量」「物質」「重要性」などなどいろいろな意味がある。

   まるっきり違う意味がある英単語で、有名なのはブルー blue。「青い」という意味と「憂うつな」「悲しい」という意味がある。▽ネイルnailも「爪」の意味だが、「釘」もある。▽レイプrapeは「強姦」という意味のほか、「菜の花」もある。▽「陣痛」のことをレイバーlaberというが、「労働」を意味するレイバーとまったく同じ単語。もともとラテン語のtoil(苦役、苦痛)から来ている。▽アンカーanchorは、もともと「錨」のことで、「どっしりと安定した頼りの綱」という意味で、リレーの最後に走る人を表わすようになった。

age    年齢 時代

bank   銀行 堤

bat     野球のバット こうもり

baw    お辞儀する 舳先 弓

case   箱 場合

chick  ひよこ、若い女

chicken  鶏 臆病者

corn   トウモロコシ、足指の魚の目

die     死ぬ サイコロ

fame   名声、売春宿

figure  数字、フィギュア

field    野原 分野

gay     同性愛者、陽気な

gift     贈り物、才能

vessel   容器 船

pink     桃色、ナデシコ(の花)

plane    飛行機 平面

saw      のこぎり ことわざ

school   学校 魚などの群れ

short     短い  さくさくした

sound    音  海峡

spring    春  泉

star     星  人気者

staff    職員 つえ

staple  主要産物 ホッチキスの針 繊維

story   物語 建物の階

sty     豚小屋、ものもらい

suite   アパート、組曲

swallow   飲み込む つばめ

tear     涙 引き裂く

tight    堅い、格好のいい、勇敢な

toast   トースト 乾杯

trunk   大かばん (鉄道の)本線

ray     光線、(魚の)エイ

well     上手に 井戸

wire     針金 電報

中国漢籍図書目録

Photo
 天一閣。門には「南国書城」の額がある

   天一閣は明の寧波の豪商、范欽(1506-1586)が1561年から1566年にかけて創建した蔵書楼。現存するアジアでも最古の図書館の一つといえる。蔵書家の多いことで知られる浙江省鄞県でも天一閣が珍しい書物が集められていることから、当時から天下第一といわれ、それが命名の由来である。天一閣の前庭に池があるのは防火対策である。蔵書内容は嘉靖・万暦年間(1522-1619)に刊本されたものが多く、旧鈔本、金石拓本、明代の地方志、科挙関係資料などが多数ある。清の四庫全書の編纂には天一閣の図書を参考にし、文淵閣はこの楼閣にならって作ったといわれる。

    中国漢籍目録

晏子春秋 作者未詳 戦国
安南史略 19巻 安南黎崱撰 元
安陽集 50巻 韓琦 北宋
安陸集 1巻 付録1巻 張先 宋
伊尹書 玉凾山房輯入佚書87所収 殷 
郁離子 10巻18篇 劉基
夷堅志 420巻 洪邁撰 宋
委巷叢談 1巻 田汝成撰 明
夷門広牘 106巻 周履靖編 明(1597年)
韻語陽秋 20巻 葛立方撰 宋
陰騭録 袁了凡 明
隠秀軒詩 10巻 鐘惺撰 明
蟫史 11巻 穆希文撰 明
陰騭録 袁了凡  明
韻府群玉 20巻 陰時夫撰 元
雨窓欹枕集 洪楩 明
尉繚子(うつりょうし)
雲烟過眼録 4巻 周密 宋
雲笈七籤 120巻 張君房 宋
瀛涯勝覧 1巻 馬歓撰 明
嬴奎律髄 49巻 方国撰 元
剡源集 30巻 戴表元 元
円機活法 24巻 王世貞 明
弇山堂別集 100巻 王世貞  明
弇州山人四部稿 174巻 王世貞  明
塩邑志林 樊維城編  明
王忠文公集 20巻 王褘(金華叢書集部所収)  明
女論語 曹大家撰 説郛所収 後漢
戒庵漫筆 8巻 李翅撰 説郛・常州先哲遺書所収  明
解学士全集 11巻 解縉  明
開漢一笑 上下とも14巻 李贄  明
開元天宝遺事 4巻 王仁裕撰 五代
懐香記 2巻 陸采撰 明
艾子後語 陸灼撰  明
艾子外語  屠本畯撰  明
開闢演義 周遊  明
霞客遊記 12巻 除宏祖撰  明
花間集 10巻 趙崇祚編 (四部叢刊所収) 後蜀
格致叢書 胡文煥  明
学蔀通辨 12巻 陳建撰  明
何氏語林 30巻 何良俊撰 明
画禅室随筆 4巻 董其昌撰  明
漢魏叢書 何鏜  明
漢魏六朝七十二家集 347巻 張燮撰 明
漢魏六朝百三名家集 80巻 張溥編 明
漢詔疏 陳衍 明
邯鄲記 2巻 湯顕祖 明
漢唐事箋 朱禮 元
季漢書 60巻 謝陛撰 明
居業録 余祐編  明
冀州風土記 盧植 漢
金匱要略 張機撰 漢
今古奇観 40巻 抱甕老人撰 明
金史 135巻 托克托(トクト)等奉勅撰 元
金瓶梅 蘭陵笑笑生 明
郡齋読書志 4巻 後志2巻 考異1巻 付志1巻 晁公武撰 宋
訓纂篇 揚雄撰 漢
藝苑巵言 王世貞  明
闕里誌 24巻 陳鎬撰  明
元史 210巻 宋濂王褘等捧勅撰
兼明書 5巻 邱光庭撰 唐
孔叢子3巻 孔鮒撰 後漢
呉越春秋 趙皣  前漢
元朝秘史 15巻 元
広漢魏叢書 何允中  明
孝経 1巻 漢
孔子家語 10巻 前漢
皇朝文衡 100巻 程敏政編  明
古楽府 10巻 左克明撰 元
後漢紀 30巻 袁宏撰 晋
後漢書・志 司馬彪 晋
五経大全 117巻 胡広  明
古今韻会挙要 30巻 元
古今雑劇三十種 元
古今事文類聚  祝穆
古今小説  40巻  明
古今書刻 上篇1巻、下篇1巻 周弘祖撰 明
古今説海 142巻 陸楫撰  明
古今談概 馮夢龍撰 明
古今治平略 33巻 朱健撰 明
古今注 3巻 崔豹撰 晋
古今列女伝 解縉等奉勅撰  明
五雑俎 16巻 謝肇淛撰 明
古詩源 14巻 沈徳潜撰 清
古微書 36巻 孫殻編 明
古文苑 21巻 唐
古文関鍵 2巻 呂祖謙
古文孝経 1巻  漢
古文真宝 20巻 黄堅
古列女伝 7巻 劉向  前漢
困学紀聞 20巻 王応麟
顧氏文房小説 顧元慶編 明
五車韻瑞 160巻 凌稚隆撰 明
五代会要 30巻 王薄
五代史 薛居正
菜根譚 洪自誠  明
斉民要術 10巻 賈思勰 後魏(北魏)
西遊記 呉承恩  明
冊府元亀 1000巻 王欽若等奉勅撰 中華書局 1960
山谷集 70巻 黄庭堅
左氏伝解詁 30篇 賈逵  後漢
三体詩 6巻 周弼
三輔黄図 6巻 唐
三輔決録 2巻 趙岐  後漢
三略 3巻 黄石公
雑学辨 1巻 朱熹
雑事秘辛  楊慎  明
三国志 65巻 陳寿撰 晋
三国志演義 羅漢中 明
三才図絵 106巻 王圻  明
山堂肆考 228巻、補遺12巻 彭大翼撰  明
爾雅翼 32巻 羅願撰 宋
左氏蒙求 2巻 呉化龍 明
詩格 10巻 王昌齢撰 唐
史記 130巻 司馬遷
史記考要 柯維騏  明
史記索隠 30巻 司馬貞 唐
史記正義 130巻 張守節 唐
資治通鑑 294巻 目録30巻 考異30巻 司馬光
資治通鑑綱目 59巻 朱熹
詩集伝 8巻 朱熹
四書集注 19巻 朱熹
詩人玉屑 20巻 魏慶之
字説 20巻 王安石 宋
事物紀原 宋・高承撰、明・李果訂
事物原会 清・王汲編 清嘉慶2年休寧汪氏古愚山房刊本
史通 20巻 劉知機 唐
集異記 薛用弱 唐
周書 50巻 唐
朱子感興詩註 1巻 蔡謨
朱子行状 黄榦
朱子語類 140巻 黎靖徳
笑苑千金 張致和
七略 劉歆
諡法 劉熙
諡法劉熙注補遺 劉熙
四民月令 1巻 崔寔
釈名 8巻 劉熙
十八史略 7巻 曾先之撰 元
周礼註疏 42巻 唐
春秋会要 姚彦渠 中華書局  1955
春秋経伝集解 30巻 杜預 晋
春秋公羊伝 11巻
春秋穀梁伝
春秋左氏伝 30巻
春秋左氏伝解誼 服虔
春秋左伝解詁 賈逵
春秋左伝正義 60巻 孔穎達 唐
春秋釋例 15巻 杜預  晋
春秋繁露 17巻 董仲舒
笑海叢珠 陸亀蒙撰 元
笑話集 侯白撰 隋
貞観政要 10巻 呉競 唐
傷寒論 16巻 張仲景
尚書大伝 4巻 鄭玄注
女誡 班昭  漢
初学記 30巻 徐堅等奉勅撰 唐
書断 3巻 張懐瓘撰 唐
書譜 1巻 孫過庭 唐
書目三編 別録・七略輯本・漢書藝文志補注・四史儒林文苑伝注 上・下 広文書局 1969
事林広記 陳元靚撰 宋
新五代史 75巻 欧陽脩撰 宋
真山民集 1巻 真山民撰 宋
慎子 1巻 慎到 周(?)
申子 申不害撰 戦国(?)
晋書 130巻 房玄齢撰 唐
鐔津文集(しんしんぶんしゅう) 20巻 契高 宋
神仙伝 10巻 葛洪 晋
新唐書 225巻 欧陽脩、宋祁奉勅撰 宋
水経注 40巻 酈道元 北魏
水経注図 水経注疏要刪 楊守敬撰 清
随函録 20巻 可洪編 後晋
酔翁談録 10集、毎集2巻、計20巻 羅燁撰 元
隋書 85巻 魏徴等奉勅撰 唐
崇文総目 5巻 補遺1巻  宋
図画見聞誌 6巻 郭若虚撰 宋
図絵宝鑑 5巻 夏文彦撰 元
説苑 20巻 劉向
西漢会要 上下 徐天麟撰 宋
西漢詔令 林虔  宋
西漢年紀 30巻 王益之撰  宋
旌異記 15巻 侯白撰 隋
西廂記 王実甫 元
正蒙書 10巻 張戴撰  宋
潜虚 1巻 司馬光撰  宋
潜夫論 10巻36篇 王符 後漢
宣和遺事 2巻  南宋
蒼頡篇 李斯 秦
宋史 496巻 脱脱(トクト)撰 元
捜神記 30巻 干宝撰 晋
捜神後記 10巻 隋
宋名臣言行録 朱熹撰 李幼武補編  宋
滄浪詩話 厳羽  宋
楚漢春秋 1巻 陸賈
楚辞章句 17巻 王逸
楚辞補注  17巻 洪與祖撰  宋
素書 黄石公
大学衍義 43巻 真徳秀撰 宋
太極図説 1巻 周敦頤  宋
太玄経 10巻 揚雄
大唐西域記 12巻 玄奘述、辨機撰 唐
太平寰宇記 200巻 楽史撰  宋
太平御覧 1,000巻  李昉等奉勅撰  宋
太平広記 500巻 李昉  宋
大載礼 85篇 載徳
竹林名士伝 袁宏  晋
茶経 陸羽 唐
中論 2巻 徐乾
長安志 20巻 宋敏求撰 北宋
朝会儀記 蔡質
長恨歌伝 陳鴻 唐
地理風俗記 応劭
陳書 36巻 姚思簾等奉勅撰 唐
通典 200巻 杜佑撰 唐
輟畊録(てっこうろく) 陶宗儀
點考工記 鄭玄
東漢会要 40巻 徐天麟撰 宋
東観漢記 24巻 武英殿聚珍本 姚之駰 後漢
東漢詔令 楼肪 宋
東京夢華録 10巻 孟元老撰 宋
唐才子伝 10巻 辛文房撰 元
東萊左氏博議 25巻 呂祖謙 宋
唐史論断 3巻 孫甫撰 宋
唐六典 30巻 唐
唐律疏議 30巻 長孫無忌等奉勅撰 唐
独談 2巻 蔡邕 後漢
杜工部集 20巻 杜甫 唐
南史 80巻 李延寿撰 唐
南州異物志 楊孚 後漢
南北郊冕服議 劉蒼 漢
白氏文集 白居易 唐
風俗通義 10巻、付録1巻 応劭 後漢
武経総要 宋
文献通考 348巻 馬端臨撰 元
文中子 10巻 薛収・姚義等編 唐
法言 揚雄 前漢
封禅儀記 馬第伯 漢
北夢瑣言(ほくぼうさげん)  孫光憲 宋
補史記 1巻 司馬貞  唐
孟子集注 7巻 朱熹撰 宋
問礼俗 董勛 魏
野客叢書 12巻 王楙撰 宋
容斎随筆 16巻 洪邁撰 宋
酉陽雑俎 20巻、続集10巻 段成式撰 唐
與地紀勝 200巻 王象之 宋
礼記集説 160巻 衛湜撰 宋
礼記要義 33巻 魏予翁撰 宋
来南録 1巻 李翺  唐
楽善録 10巻 李昌齢編 宋
洛陽伽藍記 5巻 楊衒之撰 北魏
六臣注文選 60巻  宋
陸宣公奏議 22巻 陸贄撰 唐
律呂新書 2巻 蔡元定撰 宋
龍龕手鑑 4巻 行均編 遼
劉賓客嘉語録 1巻 韋絢撰 唐
両漢詔令 洪咨夔 宋
両京新記 韋述 唐
緑窓新話 上下2巻  南宋
臨川集 100巻 王安石  宋
麟台故事 5巻  宋
類説 60巻 曽慥編  宋
類篇 15巻 司馬光撰  宋
蠣釈 27巻 洪适撰  宋
歴代故事 10巻 楊次山撰  宋
濂洛風雅 6巻 金履祥撰 元
録異記 8巻 杜光庭 前蜀
論語集注 10巻 朱熹撰  宋

タイタニック号の沈没

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   イギリスのホワイト・スター社の豪華客船タイタニック号が、1912年のこの日、ニューヨークまでの処女航海の途中、午後11時45分、ニューファンドランド島沖で氷山に衝突、翌日未明、沈没した。 タイタニック号の沈没は、世界大戦を除けば、20世紀の最大の悲劇の1つである。エドワード・ジョン・スミス船長(1850-1912)は非常信号CQDを、ついでSOSの発信を命ずる。救命ボートは、乗員乗客2208人に対して、半数分しかなかったので、婦人と子供だけにボートに乗ることが許された。やがてSOSを受信したカーパチア号が現場に到着したが、同船が救助したのは695人、結局1513人が死亡した。2012年、タイタニック号が建造された北アイルランドのベルファストでは「タイタニック・ベルファスト博物館」がオープンした。( keyword;Titanic,Belfast,Southampton,Edward Jhon Smith、4月14日 )

2018年4月13日 (金)

世界史の文献目録

20thcentury    人類誕生から現在にいたる人間の生活のいとなみや政治・社会の発展過程を知ることによって、歴史的思考力を養うことは重要である。すべての人は自国だけでなく世界全体についての知識が求められている。およそ100年間にわたる世界史の基本図書を整理してみよう。高校世界史の名著といえば吉岡力の「世界史の研究」(旺文社)である。

万国歴史全書 東京博文館 1889~
世界歴史譚 博文館 1909
通俗世界全史 全19巻 早稲田大学出版部 1915
世界興亡史論 レオナルド・フォン・ランケ著 川村堅固訳 平凡社 1930
世界古代文化史 全6巻 東京堂 1931
世界歴史大系 全26巻 鈴木俊ほか 平凡社 1933-1936
世界文明史物語 ヘンドリック・ヴァン・ルーン著 前田晁訳 早稲田大学出版部 1933
世界文化史概観 上下 岩波新書 ウェルズ著 長谷部文雄訳 岩波書店 1939
 3冊 山川敏夫ほか著 河出書房 1942
世界史講座 全7巻 弘文堂書房 1944
世界の歴史 全6巻 毎日新聞社 1947-1954
世界史のおける東洋社会 飯塚浩二 毎日新聞社 1948
世界文化史 1・2 北川三郎著 大鐙閣 1949
古代史物語 父から娘への手紙 ジャワハルラル・ネール著 戸叶里子訳 日本評論社 1950
世界史の研究 吉岡力 旺文社 1950
世界史めぐり 中村孝也 妙義出版社 1950
詳解世界史 木村正雄 昇龍堂 1951
世界史 村川堅太郎・江波波夫共著 山川出版社 1951
人物世界史 東洋(毎日ライブラリー) 仁井田陞編 毎日新聞社 1951
世界史 秀村欣二 学生社 1952
世界歴史地図 亀井高孝ほか編 吉川弘文館 1952
世界史研究 新学生研究叢書 酒井忠夫 績文社 1953
世界思想史 学燈文庫 仁井田大三郎 学燈社 1953
世界歴史講座 全6巻 民主主義科学者協会歴史部会編 三一書房 1953-1954
世界文化交流史 伊瀬仙太郎 金星堂 1953
最新世界史 太田広 法文社 1954
最新世界史研究 山崎宏 金子書房 1954
世界史の研究 中崎米次 堀書店 1954
世界史の総合研究 有高巌 池田書店 1954
世界史の総合研究 中屋健一 学燈社 1954
世界文化史物語 図説文庫 富永次郎 偕成社 1954
世界文化地理大系 平凡社 1954-58
世界史講座 東洋経済新報社 1955
世界史図説大系 松田寿男編 福村書店 1955
世界史におけるアジア 歴史学研究会 1955
世界歴史事典 全25巻 平凡社 1955
少年少女世界史物語 全6巻 朝日新聞社 1955
世界文化史年表 加茂儀一編 三省堂 1956
世界史概説 江口朴郎 秀英出版 1956
世界史における現代のアジア 上原専禄 未来社 1956
世界史の傾向と対策 吉岡力 旺文社 1956
精解世界史 木村正雄 昇龍堂 1957
岩波小辞典世界史(東洋) 山本達郎編 岩波書店 1958
世界史大系 全17巻 誠文堂新光社 1958-1960
世界文学大系 全96巻+別巻2 筑摩書房 1958-1968
図説世界文化史大系 全27巻 角川書店 1958-1961
世界文明史物語 上下 ヴァン・ルーン著 角川文庫 1958
世界史 ソビエト科学アカデミー版1・2 商工出版社 1959
世界史の基礎研究 岸辺成雄・藤田重行著 山田書院 1959
要約世界史 根本誠、五十嵐久仁平著 旺文社 1959
歴史 全17巻 中央公論社 1960
世界考古学大系 全16巻 大修館書店 1960
世界史 大学教養演習講座 吉岡力編 青林書院 1960
世界の歴史 全17巻 筑摩書房 1960
世界の歴史 目で見る学習百科9 尾鍋輝彦 偕成社 1960
(大学受験)世界史綜合整理 徳久鉄郎 東文社 1941
世界の歴史 全8巻 ホームスクール版 中央公論社 1962
世界文化交流史 伊瀬仙太郎 金星堂 1963
世界文化史物語 少年少女・世界の名著11 ウェルズ著 金沢誠訳 偕成社 1964
世界史の基礎 バイタルズシリーズ 鈴木健一 研数書院 1965
世界歴史 全7巻 人文書院 1965
教養としての世界史 講談社現代新書 西村貞一 講談社 1966
ライフ人間世界史 全21巻 タイムライフブックス 1966
人物世界史 Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ 旺文社新書 堀米庸三編 旺文社 1967
世界史の研究 吉岡力 旺文社 1967
大世界史 全26巻 文芸春秋 1967-1968
世界の文化史蹟 全16巻 講談社 1967
世界歴史シリーズ 全23巻 世界文化社 1968
目で見る大世界史 全18巻 国際情報社 1968
世界の歴史 カラー版 全26巻 河出書房 1968
世界の歴史 全12巻 集英社 1968
世界の歴史 全17巻 中公バックス 1968
世界の歴史 年表要説 現代教養文庫 三浦一郎・金沢誠編 社会思想社 1968
アシェット版・世界の生活史 全23巻 河出書房 1976
日本と世界の歴史 全22巻 学習研究社 1969
デュラント世界の歴史 全32巻 日本メールオーダー 1969
岩波講座世界歴史 全31巻 岩波書店編 岩波書店 1969-1974
世界歴史シリーズ 世界文化社 1969
世界史事典 山崎宏・兼岩正夫編 評論社 1970
沈黙の世界史 全13巻 新潮社 1970
世界古代史双書 全10巻 創元社 1971
新しい世界史の見方 謝世輝 講談社 1972
世界史年表 日比野丈夫編 河出書房新社 1973
岩波講座世界歴史 31 総目次・総索引 岩波書店 1974
世界の歴史 現代教養文庫 全12巻 社会思想社 1974
ランドマーク世界史 全15巻 講談社 1975
世界の歴史 全25巻 講談社 1976
世界歴史 図詳ガッケン・エリア教科事典3 学習研究社編 学習研究社 1976
世界の民族 大林太良監修 平凡社 1979
世界歴史地図 朝日タイムズ G・バラクラフ総監修 朝日新聞社 1979
人物世界の歴史 全4巻 学研の図鑑 木村尚三郎監修 学習研究社 1984
ビジュアル版・世界の歴史 全20巻 講談社 1984
民族の世界史 全15巻 山川出版社 1984~1987
世界の戦争 全10巻 講談社 1985
世界歴史大事典 全22巻 江上波夫・梅棹忠夫監修 教育出版センター 1986
世界文化小史 角川文庫 ウェルズ著 下田直春訳 角川書店 1991
世界史年表 歴史学研究会編 岩波書店 2001
戦争の世界史 技術と軍隊と社会 ウィリアム・ハーディー・マクニール著 刀水書房 2002
人類と家畜の世界史 ブライアン・フェイガン著 河出書房新社 2016
図説世界史を変えた50の指導者(リーダー) チャールズ・フィリップス著 原書房 2016
性病の世界史 ビルギット・アタム著 瀬野文教訳 草思社 2016
マクニール世界史講義 ウィリアム・ハーディー・マクニール著 筑摩書房 2016

巌流島の決闘、諸説あり

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 江戸時代の絵では武蔵のほうが若く描かれている

   宮本武蔵が佐々木小次郎と長門の船島で試合した巌流島の決闘は時代劇などで広く知られ、名高い武術の試合である。ところが手元の日本史年表などで調べると、巌流島の決闘は載っていないことが多い。(「日本史年表・地図」(吉川弘文館)「コンサイス世界年表」(三省堂) ) 信頼できる史料が乏しいことによるものである。決闘の期日も慶長17年説、慶長19年説など諸説ある。「二天記」には「慶長十七年四月」と記されているので、1612年4月13日とするのが一般的である。巌流を俗に佐々木小次郎と当てているが、これも後年の芝居で名づけられたもので根拠はない。中条流富田勢源の弟子であったことから武蔵よりだいぶんと高齢であったと考えられる。「沼田家記」によれば、武蔵の一撃で気を失った小次郎は、その後いったん目を覚ましたものの、巌流島に来ていた武蔵の弟子たちに寄ってたかって殺されたと記されている。このほかに、武蔵は決闘の時間に遅れず、小次郎の長い刀より長い刀を用いて勝利した説、弟子が倒した説、などなど諸説紛々たり。そもそも決闘が実際に行われていたかどうかすら疑わしい。漁業権をめぐる漁師たちの争いが武蔵・小次郎の決闘となったのではないかと専門家は語る。とかく伝説というものは、年代を経るにしたがって変貌していく。宮本武蔵は「五輪書」に人生に六十余度の勝負をして一度も負けなかったと記しているが、相手の中で大家といわれるものは吉岡一門だけで剣聖どころか田舎剣客にすぎない。講談や小説で武蔵はいちばんの剣豪にまつりあげられたといえる。

   このほか武蔵の伝記で関ヶ原合戦に初陣として参戦し負け組と伝わるが、福田正秀は武蔵西軍説を否定。東軍黒田如水軍に父無二と共に「九州の関ヶ原」豊後合戦に出陣したことを論証している。

春ドラマ!あなたはどれ観る?

   朝ドラ「半分、青い」昭和46年、岐阜県東美濃市梟町(架空の町)。主人公楡野鈴愛(すずめ)が七転び八起きで、一大発明を成し遂げる姿を描く。キャストは永野芽郁、佐藤健、古畑星夏、奈緒。脚本は「ラブストーリーの神様」といわれる北川悦吏子。主題歌は爽やかなオープニング星野源「アイデア」。

   ちょっと気になるドラマは翻案物「モンテクリスト伯」。原作はアレクサンドル・デュマの長編小説で、日本では黒岩涙香が「巌窟王」という題で明治34年に新聞連載した。ディーン・フジオカが復讐鬼と化した主人公を演じる。長澤まさみ主演の「コンフィデンスJP」、瀕死に喘ぐフジテレビ月9を救えるか。

月曜「コンフィデンスJP」8ch 21時 長澤まさみ。「ヘッドハンター」7ch 22時 江口洋介

火曜「シグナル長期未解決事件捜査班」8ch 21時 坂口健太郎。「花のち晴れ」4ch 22時 杉咲花

水曜「特捜9」 6ch 21時 井ノ原快彦。「正義のセ」10ch 22時 吉高由里子

木曜「未解決の女」 6ch 21時 波瑠。「モンテクリスト伯」8ch 22時 ディーン・フジオカ。

金曜「デイジー・ラック」 NHK22時 佐々木希。「あなたには帰る家がある」6ch 22時 中谷美紀、玉木宏、ユースケサンタマリア、「鳴門秘帖」 NHKBS20時 山本耕史、野々すみ花

土曜「やけに弁の経つ弁護士が学校でほえる」 NHK20時15分 神木隆之介。「いつまでも白い羽根」8ch 23時40分 新川優美。

日曜「ブラックペアン」 6ch 21時 二宮和也 葵わかな。「崖っぷちホテル」10ch 22時30分 岩田剛典、戸田恵梨香、浜辺美波。NHKのBS韓国ドラマ、ユ・スンホ主演「仮面の王イ・ソン」 世子を演じるユ・スンホは子役時代、悲しき恋歌や太王四神記に出演している。キム・ソヒョンは「太陽を抱く月」でキム・ユジョンのライバルだった女優。

   「いつまでも白い羽根」看護学校に通うヒロイン、ドラマ初主演の新川に期待。個人的な好みで言うと「ブラタモリ」からNHKの朝の顔「あさイチ」へ抜擢された近江友里恵アナにも注目される。可愛らしい見た目とは裏腹に度胸がいい。四駆を乗り回すし、日焼けした水着のあとがくっきりした肌をさらし、ブラウスを前後ろ逆に着て出演したり、天然なところがいい。

13日の金曜日

Friday13b   13日の金曜日が不吉で悪い出来事が起きる、というのは英語圏の多くとドイツ、フランスなどで広まっている迷信である。金曜日がなぜ不吉なのか。イエス・キリストが磔刑されたのが金曜日とされるが、聖書には13日の記述はみられない。Fridayという言葉は北欧神話の神フリッグから来ており、フリッグが「金曜日に悪魔を招いて悪事を企んでいる」と信じられるようになったから。金曜日に13を合わせて13日の金曜日を不吉とする風習は、古文献には見られず、19世紀になってから成立したとする意見がある。13を不吉な数とするのは、キリストの最後の晩餐に13人の人がいたことから生じたものであろう。1980年の映画「13日の金曜日」(1980)では殺人鬼ジェイソンがキャンプ場を舞台に若者たちを次々と惨殺するというホラー作品で、この影響によって、この日を不吉とする考えは世界的に広まった。しかし13日の金曜日=不吉で悪い出来事がおこる、という警戒感から、交通事故などを避けるため、事故件数は通常より少なく、安全な日という報告もなされている。2015年の11月13日の金曜日、パリで同時多発テロが発生し、120人以上が死亡した。

孔子及び論語関係文献目録

Photo_2  1690年2月7日、孔子を祭る湯島聖堂が完成した。孔子の学問を儒学として薦めたのは江戸時代になってからだが、すでに江戸初期にもその気運はあった。加藤清正は戦国の武将の例にもれず、本などあまり読まなかったが、教養派の前田利家の影響から読書するようになった。清正が、江戸と熊本を往来する船の中で、「論語」を読みながら朱点ほほどこしているのを見ていた飼い猿が、清正が厠へ行った間に主人の真似をして「論語」の上に縦横に朱の線を走らせてしまった。戻ってきた清正はこれを見てニッコリ笑い、「おぉ、そちも聖人の教えを知りたいか」と言って、猿の頭を撫でたという。この逸話によって、清正が平生「論語」に親しんでいたことがよくわかる。清正ならずとも心ある部将はみな論語を愛読した。大内義隆、徳川家康など。明治以後は渋沢栄一、下村湖人、武者小路実篤など。第一生命の創始者・矢野恒太にも『ポケット論語』の著書がある。講談社をつくった野間清治にも、事業運営の柱に「論語」を据えたことは、あまねく知られている。最近では野球の野村克也が『野村の実践論語』の著書を刊行している。明治以降、「孔子及び論語」に関する文献は何点くらい出版されたのであろう。国立国会図書館でサーチすると14158件ヒットする。

  論語関係文献
図書の部
論語微 10巻 荻生徂徠
論語古義 10巻 伊藤仁斎撰 1712
論語 全4巻 朱熹 学習館 1870
論語集説 全6巻 安井息軒 1872
論語類編心解 4冊和本 渋谷鉄臣(如意)編 京都・文石堂 1891
孔子 世界歴史譚第2篇 吉国藤吉 博文館 1899
論語新証 于省吾 1900
和論語 本社出版部 仏教図書出版 1900
孔門之徳育 亘理章三郎 開発社 1901
論語纂註 米良東嶠(倉子痩) 村上書店 1901
論語訓釈 斎藤清之丞 金華堂 1903
論語補註 山本章夫 山本読書室 1903
論語講義 上下 花輪時之輔講述 深井鑑一郎編 誠之堂 1903
孔門之徳育  1巻 亘理章三郎 開発社 1901
論語補註 2冊 和本 山本章夫註 京都・山本読書室 1903
孔夫子伝 蜷川龍夫 文明堂 1904
孔子研究 蟹江義丸 金港堂 1905
論語講義 根本通明 早稲田大学出版部 1906
孔子 西脇玉峰 内外出版協会 1909
論語経典余師 渓世尊講 宮崎璋蔵校訂 日吉丸書房 1909
論語講義 近藤元粋 篠田栗夫共著 大日本商業学会 1909
論語古義 佐藤正範 六盟館 1909
論語集説 漢文大系1 安井息軒 服部宇之吉校 冨山房 1909
論語講話 大江文城 東洋大学出版部 1909
孔子伝 遠藤隆吉 丙午出版社 1910
孔子 白川次郎 東亜堂 1910
孔子之聖訓 二條基弘 東久世通禧 名著学会出版部 1910
荻生徂徠論語辨 祥雲碓悟校 1910
論語弁 荻生徂徠 祥雲碓悟校 天書閣 1910
論語講義 一戸隆太郎 大成社 1910
論語国字解 一名経伝余師 渓世尊講 深井鑑一郎校 宝文館 1910
論語詳解 川岸華岳 郁文舎 1910
論語示蒙句解 漢籍国字解全書1 中村惕斎 早稲田大学出版部 1912
論語書目 中村久四郎編 孔子祭典会 1913
論語源流 林泰輔 自筆稿本 1915
論語年譜 林泰輔 龍門社 1916
孔子及び孔子教 服部宇之吉 明治出版社 1917
論語講義 漢文註釈全書1 三島毅(中洲) 明治出版社 1917
論語鈔 成簣堂叢書10  上村観光解題 1917
儒教と現代思潮 国民思想涵養叢書3 服部宇之吉 明治出版社 1918
論語講義 細川潤次郎 南摩鋼紀共著 吉川弘文館 1919
孔子と其思想及教義 鈴木周作 弘道館 1922
渋沢子爵活論語 安達大寿計編 宣伝社 1922
世界三聖伝 基督・釈迦・孔子 松本雲母・大屋徳城・西脇玉峯編著 1923
現代に活かした論語講座 西川光二郎 丙午出版社 1924
孔子聖教之攻究 景仰子、柿本寸鉄 人文社 1924
孔子聖蹟志 馬場春吉 大東文化協会 1924
孔子研究 改版 蟹江義丸 京文社 1927
国訳論語 斯文会編 龍門社 1928
孔子鑑賞 大月隆仗 敬文館 1929
論語明解 江口天峰 至玄社 1929
孔子 小学児童学習の友 高橋喜藤治 郁文書院 1930
政教より観たる論語新釈 赤池濃 早稲田大学出版部 1930
論語講本(集註) 島田欽一校訂 有精堂 1930
論語鈔 村上龍英 広文堂 1930
論語詳解 沢田総清 健文社 1930
孔子全集 全2冊 藤原正纂訳 岩波書店 1931
論語善本書影 大阪府立図書館編 京都・貴重書影本刊行会 1931
論語詳解 簡野道明 健文社 1931
孔子家語 岩波文庫 藤原正訳 岩波書店 1933
論語證解 上中下 漢籍国字解全書28,29,30 早稲田大学出版部 1933
論語私感 武者小路実篤 岩波書店 1933
論語・孟子 東方古典叢刊7 五十沢二郎 竹村書房 1933
論語・孟子の話 国民修養講和3 西川光二郎 春陽堂 1933
孔子 室伏高信 日本評論社 1934
孔子解説 学庸篇 北村佳逸 立命館出版部 1934
論語講義 岡田正三 第一書房 1934
論語心解 西川光二郎 自動道話社 1934
論語の解釈 村田慎三 白帝社 1934
論語詳解 前島成 大修館 1934
論語全解 島田鈞一 有精堂 1934
孔子及孔子教 住谷天来 新生堂 1935
孔子教の戦争理論 北村佳逸 南郊社 1935
論語評釈 大江文城 関書院 1935
論語講義 安井小太郎 大東文化協会 1935
論語古伝 10巻 仁井田好古撰 南紀徳川史刊行会 1935
論語大学中庸 漢籍を語る叢書2 田中貢太郎 大東出版会 1935
論語新解 国語漢文研究会編 明治書院 1935
孔子 社会科学の建設者・人と学説叢書 田崎仁義 三省堂 1936
孔子の生涯 諸橋轍次 章華社 1936
仁の研究 山口察常 岩波書店 1936
精講 論語百講 松田金重編 三省堂 1936
論語講座 全6巻 高田真治・諸橋轍次・山口察常編 春陽堂 1936-37
孔子伝 岡村利平 春陽堂 1937
孔子伝 (附)弟子列伝・集語 岩波文庫 藤原正訳注 岩波書店 1937
孔子とをしえ 加藤虎之亮 国民精神文化研究所 1937
孔子の思想・伝記及年譜 論語講座研究篇 春陽堂 1937
孔子の人格と教訓 塩谷温 開隆堂書房 1937
儒教の史的概観 高田真治 春陽堂 1937
論語・孔子 室伏高信全集8 青年書房 1937
孔子 大教育家文庫1 和辻哲郎 岩波書店 1938
全釈論語 幸田露伴 双葉書房 1938
大学論語解義 四書研究 岩部撓・深谷賢太郎 啓文社 1938
論語精解 重野篤二郎 白帝社 1938
論語物語 下村湖人 講談社
孔子論 林語堂著 川口浩訳 育成社 1939
四書新釋論語 上下 内野台嶺 賢文館 1939
論語講義 渋沢栄一 二松学舎大学出版部 1939
論語私見 上下 山本憲永弼 松村末吉家 1939
新講論語読本 西川光二郎 春陽堂書店 1939
論語読本(興亜国民) 上下 論語 東洋思想文庫 東洋思想文庫刊行会 第一出版協会 1939
論語之研究 武内義雄 岩波書店 1939
論語と教養 谷口廻瀾 谷口廻瀾先生還暦記念刊行会 1940
孔子 武者小路実篤 講談社 1941
孔子と其の生涯 田中貢太郎 東海出版社 1941
孔子廟参拝記 菟田茂丸 平凡社 1941
算標論語集註 瀧川亀太郎 金港堂書籍 1941(1913)
論語と支那の実生活 後藤朝太郎 高陽書院 1941
論語詳解 最新研究 徳本正俊 芳文堂 1941
論語の思想 渡部信治郎 畝傍書房 1941
論語の組織的研究 中島徳蔵 大日本出版株式会社 1941
孔子・人とその哲学 室伏高信 潮文閣 1942
孔子の新研究 大月隆仗 新民書房 1942
孔孟思想講話 新潮文庫 高須芳次郎 新潮社 1943
論語ものがたり 全釋 三宅昭編 博文社 1943
孔子 和辻哲郎 植村書店 1948
論語総説 藤塚鄰 弘文堂 1949
論語十二回講話 西川光二郎 1942
論語と孔子の思想 津田左右吉 岩波書店 1946
論語抄 幸田露伴 中央公論社 1947
孔子とその弟子 下村湖人 西荻書店 1950
論語集註 簡野道明 明治書院 1950
孔子 岩波新書 貝塚茂樹 岩波書店 1951
孔子 室伏高信 潮文閣 1951
孔子廟堂碑 展大法帳1 虞世南 春潮社 1951
論語物語 角川文庫 下村湖人 角川書店 1951
論語私感 三笠文庫 武者小路実篤 1951
論語私感 新潮文庫 武者小路実篤 1951
孔子 偉人物語文庫 小田嶽夫 偕成社 1952
孔子と老子 諸橋轍次 不昧堂書店 1952
論語に学ぶ 赤木三良 池田書店 1952
論語新解 簡野道明 明治書院 1952
論孟精選 簡野道明 明治書院 1952
全訳論語精解 重野篤二郎 桜井書店 1953
論語新釈 宇野哲人 弘道館 1953
論語全解 島田鈞一 有精堂 1953
孔子 角川文庫 和辻哲郎 角川書店 1955
孔子 武者小路実篤全集11  新潮社 1955
論語は生きている 堀秀彦 河出書房 1956
孔子 三一新書 尾崎辰之助 三一書店 1957
論語百選 現代人のために 三省堂百科シリーズ 新垣淑明 三省堂 1957
論語の言葉 現代に生きる言葉? 堀秀彦 実業之日本社 1957
論語と現状 岩越元一郎 明徳出版社 1957
論語新釈 学生社新書 魚返善雄訳 学生社 1957
論語集注 上下 影璜川呉氏仿宋刊本 書物文物流通会 1959
孔子 その人とその伝説 H・G・クリール著 田島道治訳 岩波書店 1961
顔淵・孔子 中勘助全集10 角川書店 1962
孔子 和辻哲郎全集6 和辻哲郎 岩波書店 1962
論語物語・聖書物語 世界教養全集8 下村湖人、ヴァン・ルーン 平凡社 1962
輯佚論語鄭氏注 月洞譲 編者油印 1963
論語は生きている 潮文社新書 堀秀彦 潮文社  1963
仁の古義の研究 竹内照夫 明治書院 1964
論語集註(標註) 渡辺末吉 武蔵野書院 1964
孝の孔子の新解釈 加藤常賢 斯文43   1965
孟荀における孔子 浅間敏太 中国哲学3  1965
論語のことば 中国の知恵1 吉田賢抗 黎明書房 1965
論語知言 東条一堂 原田種成校訂 書籍文物流通会 1965
論語と人間孔子 山田統 明治書院 1965
孔子 その礼説を中心とする考察 松代尚江 懐徳37   1966
孔子・孟子 世界の名著3 貝塚茂樹編 中央公論社 1966
仁の研究 下斗米晟 大東文化大学東洋文化研究所 1966
論語物語 アイドル・ブックス 下村湖人 ポプラ社 1966
論語物語 旺文社文庫 下村湖人 旺文社 1966
論語物語 改版 角川文庫 下村湖人 角川文庫 1966
孔子と老子 ヤスパース選集22  田中元訳 理想社 1967
孔子名言集 世界名言集6 伊藤貴麿 ポプラ社 1967
孔子孟子老子荘子 世界の大思想Ⅱ‐1  本田済、松代尚江、木村英一ほか訳 河出書房 1968
論語私感想 現代教養文庫 武者小路実篤 1968
論語孟子大学中庸 世界文学大系69  倉石武四郎・湯浅幸孫・金谷治編 筑摩書房 1968
孔子 センチュリーブックス人と思想2 内野熊一郎、西村文夫、鈴木壮一 清水書院 1969
孔子伝 如是我聞 諸橋轍次 大法輪閣 1969
吾が道 孔子の人生観大系 吉野浴風 大坂発色 1969
論語孟子荀子礼記(抄) 中国古典文学大系3 木村英一・鈴木喜一ほか訳 平凡社 1970
孔子家語 中国古典新書 清田清 明徳出版社 1971
孔子と論語 東洋学叢書 木村英一 創文社 1971
論語源流 林泰輔 汲古書院 1971
論語のために 私の古典 吉川幸次郎 筑摩書房 1971
論語古義 日本の名著13  伊藤仁斎著 貝塚茂樹訳 中央公論社 1972
論語抄 足利本 中田祝夫編 勉誠社 1972
論語之研究 武内義雄 岩波書店 1972
論語を活かせ 武藤紀郎編 文進堂 1972
聖人の虚像と実像 論語 現代人のための中国思想叢書1 駒田信二 新人物往来社 1973
論語講義と長寿法 村田直彌 明治書院 1973
論語の講義 諸橋轍次 大修館書店 1973
孔子批判 中国通信社東方書店編 東方書店 1974
論語三十講 斯文会編 大修館書店 1974
論語入門 ダルマ・ブックス 阿部幸夫 日本文芸社 1974
論語の新研究 宮崎市定 岩波書店 1974
孔子伝 銭穆 池田篤紀訳 アジア問題研究会 1975
聖人孔子の化けの皮をひっ剥がせ! 香坂順一編訳 青年出版社 1975
論語発掘 通釈への疑問と解明 合山究 明治書院 1975
論語講義 渋沢栄一 二松学舎大学出版部 1975
論語私見 民主主義時代の論語 小沢俊雄 岡谷 中央印刷 1975
論語大東急記念文庫講座講演録 石井千秋等講述 大東急記念文庫 1975
論語について 講談社学術文庫 吉川幸次郎 講談社 1976
修訂・論語年譜 林泰輔編 麓保孝修訂 国書刊行会 1976
論語・孟子 西谷元夫 有朋堂 1976
論語物語・現代訳論語 下村湖人全集8 国土社 1976
論語講義 全7巻 講談社学術文庫 渋沢栄一 講談社 1977
論語精義 上・下 和刻本近世漢籍叢刊思想三編 1・2 朱熹撰 佐藤仁著 中文出版社 1977
論語孟子研究 狩野直喜 みすず書房 1977
論語新釈 新装版 魚返善雄訳 学生社 1978
論語の散歩道 重沢俊郎 日中出版 1979
孔子 人類の知的遺産4 金谷治 講談社 1980
論語新釈 講談社学術文庫451 宇野哲人訳 講談社 1980
朝の論語 安岡正篤述 明徳出版社 1981
論語墨書 名筆による名言鑑賞 広論社出版局編 広論社 1981
論語私感 内田智雄 創文社 1981
論語新探 論語とその時代 趙紀彬著 高橋均訳 大修館書店 1981
論語の読み方 ノン・ブックス 山本七平 祥伝社 1981
よみがえる論語 色部義明 徳間書店 1981
論語のことば グリーン・ブックス 堀秀彦 大和出版 1982
論語の散歩道 重沢俊郎 日中出版 1982
論語八方破れ TOKUMA BOOKS 竹村健一 徳間書店 1982
論語を読む 常石茂 勁草書房 1982
孔子新伝 「論語」の新しい読み方 林復生 新潮社 1983
孔子のことば 現代語訳の「論語」 林復生 グラフ社 1983
論語に学ぶ部課長学 仁田敏男 日本経営団体連盟弘報部 1983
異質孔子記 矢作幸四郎 八重洲ブックセンター 1984
孔子 時を越えて新しく 中国の人と思想1 加地伸行 集英社 1984
論語のこころ 加藤富一 近代文芸社 1984
論語と孔子 人間関係論のエッセンス「論語」の新しい読み方 鈴木修次 PHP研究所 1984
論語を読む 講談社現代新書 加地伸行 講談社 1984
孔子 伝記世界の偉人2 中央コミックス 永井道雄・手塚治虫監修 中央公論社 1985
孔子廟堂碑・他 書道基本名品集2 虞世南 雄山閣出版 1985
孔子廟堂碑   原色法帖選12  虞世南 二玄社 1985
「論語」その裏おもて 旺文社文庫 駒田信二 旺文社 1985
論語と算盤 渋沢栄一述 梶山彬編 国書刊行会 1985
「論語」&老子入門 徳間文庫 野末陳平 徳間書店 1985
論語の世界 加地伸行編 新人物往来社 1985
孔子と失われた十支族 鹿島辨 新国民社 1986
孔子の復活 孔子をめぐる虚構と真実 李家正文 冨山房 1986
孔子の末裔 孔徳懋口述、柯蘭筆記 和田武司訳 筑摩書房 1986
論語の人間学 服部武 冨山房 1986
論語との対話 金子知太郎 竹井出版 1987
論語の活学 安岡正篤 プレジデント社 1987
論語抄の国語学的研究・索引篇 坂詰力治編 武蔵野書院 1987
孔子の経営学 孔健 PHP研究所 1988
孔子家語 岩波文庫 藤原正訳 岩波書店 1988
小説孔子 谷崎旭寿 新人物往来社 1988
論語総説 藤塚鄰  国書刊行会 1988
論語と禅 半頭大雅 山田邦男 春秋社 1988
孔子 井上靖 新潮社 1989
孔子 日本人にとって「論語」とは何か 歴史と人間学シリーズ 山本七平、渡辺昇一、谷沢永一、小室直樹 プレジデント社 1989
論語は問いかける 孔子との対話 ハーバート・.フィンガレット著 山本和人訳 平凡社 1989
「論語」その裏おもて 徳間文庫 駒田信二 徳間書店 1989
論語の講義 新装版 諸橋轍次 大修館書店 1989
論語の人間学 人間と知恵とを語り尽くす 守屋洋 プレジデント社 1989
論語名言集 ビジネス選書8 村山吉広 永岡書店 1989
孔子 講談社学術文庫 金谷治 講談社 1990
孔子家の極意 ワニの本 孔健 ベストセラーズ 1990
孔子と教育 俵木浩太郎 みすず書房 1990
わが祖・孔子と「論語」のこころ 孔健 日本文芸社 1990
孔子 集英社文庫 加地伸行 集英社 1991
孔子画伝 加地伸行 集英社 1991
孔子伝 中公文庫 白川静 中央公論社 1991
孔子・孟子に関する文献目録 瀬尾邦男編 白帝社 1992
真説人間孔子 孔祥林 河出書房新社 1994
男の論語 童門冬二 PHP研究所 1999
論語名言集 村山吉廣 中央公論新社 1999
論語 石川忠久監修 サン・エデュケーショナル 2000
論語 吉田公平 たちばな出版  2000
論語紀行 坂田新 日本放送出版協会 2000
宋明の論語 松川健二 汲古書院 2000
男の論語2 童門冬二 PHP研究所 2000
論語234 吹野安、石本道明 明徳出版社  2000
人生は論語に窮まる 谷沢永一、渡辺昇一 PHP研究所 2000
孔子「論語」に関する文献目録 単行本篇 瀬尾邦雄 明治書院 2000
江戸古学派における「論語」注釈史の研究 金培懿 博士論文 2000
論語 現代五訳 宮崎市定 岩波書店 2000
論語の新しい読み方 宮崎市定 岩波書店 2000
孔子百科辞典 上海辞書出版社 2010
さまよえる孔子、よみがえる論語 朝日選書 竹内実 朝日新聞出版 2011
孔子学院伝播研究 劉程、安然 中国社会科学出版社 2012
孔子の倫理哲学論 道徳論を中心として 浅井茂紀 International Philosoply Institute
孔子論語 佐久協 NHK出版 2012
論語正 石永楙 中華書局 2012
論語の読み方 中野孝次 海竜社 2012
孔子 世界史リブレット人 高木智見 山川出版社 2013
論語集注 1~4 東洋文庫 朱熹 土田健次郎訳注 平凡社 2013
孔子聖蹟図 和版集成 竹村則行 花書院 2014
図説孔子:生涯と思想 孔祥林 科学出版社 2014
全訳論語 山田史生 東京堂出版 2014
徳川日本の論語解釈 黄俊傑著 工藤卓司訳 ぺりかん社 2014
近代における「論語」の訓読に関する研究 石川洋子 新典社 2015
孔子と魯迅 片山智行 筑摩書房 2015
日本古代「論語義疏」受容史の研究 髙田宗平 塙書房 2015
論語与近代日本 劉萍 中国青年出版社 2015
儒教 怨念と復讐の宗教 浅野裕一 講談社 2017

論文の部
泰西人の孔子を評するを評す 井上哲次郎 東学芸4  1882
孔子ノ教ハ支那国ニ如何ナル影響ヲ与ヘンヤ 赤座好義 東学芸3-46  1885
孔子の学術を汎論す 柳沢保恵 輔仁会雑23,24,28  1893~94
孔子之道と徂徠学 加藤弘之 東哲1-6  1894
孔子以後の学派 藤田豊八 東哲1-8,11,12   1894,95
孔孟の道 内藤耻叟  東哲1-3  1894
孔子と儒教 神谷初之助 斯文4-5  1922
孔子と文 柿村重松 斯文4-5  1922
孔子に於ける妥当性の個性的実現の問題 斎藤要 斯文18-1  1922
孔門の「時中」に就いて 成田衡夫 斯文3-2  1921
孔夫子追遠記念祭典の意義 塩谷温 斯文4-6  1922
孔夫子伝 服部宇之吉 斯文7-2  1922
孔夫子の偉大なる点に就いて 手塚良道 斯文4-5  1922
孔夫子略伝 服部宇之吉 斯文4-5  1922
周公孔子之道 今井彦三郎 朝鮮教育6-12  朝鮮教育会 1922
文廟の従祀及び清代尊孔御書匾額について 中山久四郎 斯文4-5  1922
予の孔子観 桑原隲蔵 斯文4-5   1922
余の観たる孔夫子 渋沢栄一 斯文4-5  1922
孔夫子の政治観 島田三郎 斯文5-4  1923
孔子とソクラテス 吉田熊次 斯文5-5  1923
大聖孔子 牧野謙次郎 斯文5-5  1923
孔夫子の二大事業 小柳司気太 斯文7-4  1925
孔夫子及び其の家系に就きての二三の考察 那波利貞 歴史と地理18-1  1926
孔夫子と我が国体 塩谷温 斯文8-5  1926
孔子の聖徳 宇野哲人 斯文8-8,9  1926
孔子の知天命 服部宇之吉 斯文9-9  1927
孔夫子と集大成 児島献吉郎 斯文9-5  1927
孔夫子の道 小野錬太郎 斯文9-12  1927
孔孟の権道に就いて 内野台嶺 斯文9-7  1927
支那史上の偉人 孔子と孔明 桑原隲蔵 東洋史説苑 1927
孔子の敬天思想 青木晦蔵 東洋文化54  1928
孔子祭典に就て 阪谷芳男 斯文10-1  1928
孔子の謙虚の心 高田真治 斯文10-6  1928
孔子の実行主義 飯島忠夫 斯文10-3  1928
孔子の知天命に就いて 青木晦蔵 東洋文化46  1928
孔子の徳業 小柳司気太 斯文10-2  1928
孔夫子と現代支那 塩谷温 斯文10-6  1928
孔夫子の政教 赤池濃  斯文10-11  1928
孔孟紀年 新城新蔵 高瀬還暦記念支那学論叢 1928
孔子の仁 蟹江義丸 斯文11-4  1929
孔子の聖徳に就いて 今村完道 斯文11-11  1929
孔子の大義名分説に就いて 宇野哲人 斯文10-6  1929
孔老の思想 常盤大定 丁酉倫理会倫理講演集326  1929
正しく観たる孔夫子の聖徳 中山久四郎 斯文11-8  1929
孔子の道 飯島忠夫 斯文12-9  1930
孔子の仁と儒者の学 遠藤隆吉 哲学雑誌46-535  1931
孔子の榡像及画像 馬場春吉 東亜4-2,3  1931
史記の孔子伝大要 岡崎文夫 歴史と地理27-1   1931
孔子教について 荻原拡 斯文14-7  1932
支那思想史上に於ける孔子の地位 高田真治 哲学雑誌47-539  1932
満州の孔子廟建築 村田治郎 満州学報1 1932
孔子教のフランス進出 後藤末雄 丁酉倫理会講演集373  1933
孔子と老子 加藤一夫 東洋哲学38-1   1931
孔子の軍事観 岡村利平 大東文化9 1935
論語より観たる孔夫子の教導法 合田万吉 斯文17-7  1935
孔子教に於ける実行の価値 飯島忠夫 斯文4-5  1936
孔子以前の仁字とその意義 山口察常 斯文18-8  1936
孔門伝授の心法 成田衡夫 服部古稀記念論文集 1936
孔子とイエス 大塚繁樹 媛大紀要1-4  1953
詩書と孔子の天及び天命の思想 米田登 文と思6  1953
孔子および孟子の兵戦思想 内田智雄 同志社法学26  1954
孔子学団 宇都宮清吉 東洋学報(京都)25  1954
天下周遊の構造 孔子説話の思想史的研究 渡辺卓 梨大学研報5  1954
孔子の管仲譚 華夷論の一端として 高田真治 東洋研究6  1963
孔子の仁の思想について 馮友蘭著 高橋均訳 漢文教室64  1963
貝塚茂樹著「孔子」についての往復書簡 西谷啓治、貝塚茂樹 図書24  1951
孔子に於ける仁思想成立の過程 石黒俊逸 支那学研究8  1951
尚書孔子伝の態度 加賀栄治 学芸3-1  1951
人間孔子 谷川徹三 斯文4  1951
孔子死生の説 那智佐典 東洋学研究7  1938
孔孟以後の儒教 秋月胤継 斯文20-6  1938
東洋史上に於ける孔子の位置 宮崎市定 東洋史研究4-2  1938
論語に現われたる孔子の人間観 西村侃三 斯文21-11,12  1939
孔子的自我の展開 牧尾良海 哲学雑誌55-639,642  1940
孔子の仁 平田栄(講演)  斯文22-1  1940
孔子の学的精神とその展開 田所義行 漢学雑9-3,10-1  1941-42
孔子より孟子に至る自己観の展開に就いて 赤塚忠(講演) 斯文24-12  1942
孔子の思索生活  1,2 田所義行 漢学雑11-2,3;12-1,2   1943~44
孔子の教学 佐藤匡玄  建大研月報38  1944
孔学総論 谷本富 東学芸4-73  1945
孔子について 貝塚茂樹 世界10  1946
人間孔子 林語堂 実藤恵秀訳 新中国1-3  1946
マルクス孔子に会う 郭沫若 実藤恵秀訳 中国文学95  1946
孔子と子産 貝塚茂樹 東光1   1947
孔子の学問精神 原佑 叙説4  1950
孔子の人間観 板野長八 学士院紀要8-1  1950
春秋著者説話の原形 孔子説話の思想史的研究 渡辺卓 叙説5  1950
孔子の精神に関して所感を陳ぶ 元良勇次郎 東洋哲学2-10  1895
孔子の誕生会に就て 日下寛 東洋哲学2-9  1895
孔夫子誕生祭に就き 関根正直 東洋哲学4-2  1896
孔子誕生に就きて 重野安繹 東洋哲学3-1  1896
孔子の精神 日下寛 東洋哲学4-2  1897
孔子の降誕に就きて  島田重礼 東洋哲学4-1  1897
孔子の学説 松村正一 東洋哲学8-9~12 1901
孔子の教育及宗教 穂積秀範 龍谷史壇10  1902
孔夫子と儒教 島田三郎 東洋哲学 9-1,2  1902
孔子の所謂君子に就きて 蟹江義丸 東洋哲学10-1  1903
孔子教の趣旨 星野恒 東洋哲学11-1   1904
孔夫子研究を評す 中島徳蔵 丁酉倫理会講演集33,34  1905
孔子ノ人格ニ就テ 井上哲次郎 太陽13-10  1907
孔聖の修養 山田準 東洋哲学15-6  1908
孔夫子の運命観 大島順三郎 東洋哲学17-6,8・18-3 1910~11
孔子に対する社会的信仰の矛盾 村上専精 丁酉倫理会講演集101  1911
孔子の倫理説に就て 松村正一 東洋哲学18-5   1911
支那に於ける孔夫子の尊崇 服部宇之吉 東亜研究1-1  1911
孔夫子の政治上に於ける教訓 深作安文 東亜研究3-6  1913
孔子教 及川生 慶義学208,209  1914
孔子 井上哲次郎 斯文20-6  1938
孔子伝より見たる論語の解釈 岡村利平 大東文化16  1937
孔子と老子 諸橋轍次 斯文33-4  1937
遭難 孔子説話の思想史的研究 渡辺卓 梨大学研報6  1955
文学としての孔子世家 バートン・ワトソン 中文教2  1955
孔子の思想について 吉川秀一 阪学大紀4  1956
孔孟の命について 金谷治 日中会報8  1956
陳蔡の間 孔子説話の思想史的研究 渡辺卓 梨大学研報7  1956
孔子の陳蔡厄考 田中佩刀 静岡女子大紀要4  1957
「孔子の道」の解釈をめぐる二三の疑義 近藤康信 東支学報3 1957
孔教私観 長谷川如是閑 斯文22  1958
孔子と易 高田真治(講演)  大東漢学1  1958
孔子と墨子 山室三良 九中会報5  1959
陳蔡の間 孔子説話の思想史的研究 渡辺卓 梨大学研報9  1959
孔門の十哲に就いて 山本徳一 漢学研究1  1936
孔子の情操面の一考察 田所義行 東女大論14-2  1964
孔子における愛と死と考と 加地伸行 東方宗教24  1964
孔子教学の宗教性 金戸守 四天女子紀要7  1965
孔子の虚構性 山田統 国学雑誌66-10   1965
孔子の天下遊説について 木村英一 日中会報18  1966
孔子の職歴について 木村英一 立命館文学264-5  1967
弟子7、8 孔子説話の思想史的研究 渡辺卓 梨大教育報17-1  1967
孔子と易 鈴木由次郎 東方宗教31   1968
論語と人間 孔子における人間性と宗教性 西藤雅夫 彦根論叢132、133   1968
孔子の学校について 木村英一 東方学38   1969
孔子とその教育 喜多川忠一 群馬大学教育学部紀要人文社会科学18  1969
聖人の虚像と実像(孔丘) 丸山松幸 人物中国志2 1974
官吏養成を目的とした孔子学園の教育 高峰文義 福岡大学人文論叢10-3  1978-1979
論語にみる孔子の人間評価基準 その識別に関する一考察 仙田美智子 近畿大学女子短期大学研究紀要16  1986
孔子と「論語」 森野繁夫 漢文教育 1999
「論語徴」における「礼」 暢素梅 人間文化研究年報23  1999
孔子の身長について 春秋時代の尺度と評価 若江賢三 人文学論叢16  2014年
孔子の仁説について 青木晦蔵 大谷大学仏教研究会  2017,4,4
孔子の仁と何か 上・下 吉永慎二郎 秋田大学教育学部 2017.2.16
孔子の天に対する思想:その宗教的性格について 三浦吉明 集刊東洋学36  2017.4.12
  このように孔子及び論語に関する文献は古来から今日に至るまで実に膨大な量にのぼる。若い読書子に一冊を奨めるとすれば、高木智見「孔子」(世界史リブレット)である。100頁たらずの冊子であるが、比較的本を求めやすい。また最新の出土資料をもとに論語のテキストを検討している。孔子の中心思想である「仁」についてしぼって論述している。論語と孔子の関係書は多いがほとんどが現代的な解釈を各自が自由に論じているが、本書は春秋という時代状況を可能な限り考察し、孔子の思想について論述している点を評価したい。

2018年4月12日 (木)

インドの時代区分

   インド史を大きく古代、中世、近世にわけるとすると、だいたいインダス文明から5世紀フン族の侵入によりグプタ朝が滅亡するまでが古代である。カナウジの王ハルシャ・ヴァルダーナが606年ヴァルダーナ朝を建てて、647年に王の死とともに崩壊する。ハルシャの死後、デリーには多数の王国が興亡した。この時代をラージプート諸王朝と呼ぶ。10世紀になってアフガニスタンにトルコ系のガズナ朝(962-1186)とイスラム系のゴール朝(1148-1215)が相次いで興った。13世紀になると奴隷王朝、ハルジー朝、トゥグルク朝、サイイド朝、ロディー朝と5王朝が興り、デリー・スルタン朝と総称される。1526年、バーブルがパンジャブからベンガルの境までのインドを統一してムガール帝国(1526-1859)を創始した。ここから近世が始まる。(参考文献;M・ヘーダエートゥッラ「中世インドの神秘思想 ヒンドゥー・ムスリム交流史」 1967年、大島康正「時代区分の成立根拠」筑摩書房 1949年 ) 

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 ブバネーシュワルのリンガラージャ寺院 11世紀

 

それでも地球は回っている

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ヴァチカンの宗教裁判に引き出されたガリレオ ジョゼフ・フルーリ 1846年

    1633年のこの日、ガリレオ・ガリレイの異端審問が始まった。ローマ法王庁の機密文書館がことし開設400年を迎えたのを記念し、一般公開された。目玉の一つがガリレオが異端審問にかけられた際の裁判記録。ガリレオの署名がはっきりと確認できる。

  ガリレオ・ガリレイ(1564-1642)がはじめて望遠鏡を空に向けた時、宇宙の法則はコペルニクスが正しく、プトレマイオスはまちがっていることを確信した。しかし、ガリレオの提示した理論は、いずれも当時において反論の余地ある仮説の域を脱していなかった。1600年にはジョルダーノ・ブルーノが異端として火刑に処せられている。ガリレオもまた宗教裁判において終身の自宅軟禁を言い渡され、2度とふたたびこの問題を取り上げることは禁止された。この判決の際、「それでも地球は動いている」と呟いたと伝えられる。盲目となってからもガリレオの研究は最後まで衰えることはなかった。1642年、ガリレオは熱病にかかってフィレンチェ郊外のアルチェトリで死んだ。(Galileo Galilei、4月12日)

2018年4月11日 (水)

キム・ユジョン

Tue_jan_20_15_38_03_utc_0900_2015_t   韓国の音楽番組「人気歌謡」(SBS)を観ていると司会者が若い。キム・ユジョンという「トンイ」「太陽が抱く月」など有名作品のヒロインの子供時代を演じていた子役である。キム・ユジョン(金裕貞)、キム・ソヒョン(金所炫)、キム・セロン(金賽綸)の三人のことを「三金」と呼ぶ。成長は早いもので今では恋の噂もちらほらある芳紀19歳のとっても売れっ子の女優さん。橋本環奈と同じ年。若い男の子はきっとミュージシャンじゃなくてユジョンちゃん目当てに見ているのではと推測する。ユジョンちゃんも歌とダンスに挑戦中である。でもとても悲しいお知らせ。体調不良が続いたので病院で検査したら甲状腺機能低下症という診断がだされた。しばらは休養してまた可愛い笑顔を見せてね。Kim You Jung 金裕貞

地球一周は4万キロ

Eratosthenesmap   本日はメートル法公布記念日。フランス語「メートル」(metro)は古代ギリシア語「メトロール」(ものさし、測ることの意)からの造語である。もともと子午線上の北極から赤道までを1万キロと決めて、1000万分の1の長さが1メートルとなった。1791年にラヴォアジエなど学者らが検討し、1791年フランス科学アカデミーで決められたが、「メートル」はすぐには普及しなかった。1837年にメートル法以外の単位使用を禁じ、1875年メートル条約が締結された。

   むかし古代アレクサンドリアの学者エラトステネスは太陽の角度から地球の大きさを推定した。彼の計算では、

5000スタディオン×(360度÷7度12分)=2500000スタディオン。

   1スタディウスは178mと推定されているので、44500㎞になる。本当の地球の全周は4万キロなので1割程大きいだけである。エラトステネスは実測困難な対象も、幾何学の応用で、地球の近似値を測定したのである。

   ところで地球一周、つまり赤道の全周は約4万キロだが、もっと正確な数値はあるのだろうか。かつての地理の参考書には、赤道の全周40076、5938㎞という数字が載せられていた。これはヘイフォード楕円体で推計した地球恒数のひとつである。アメリカの測地学者ジョン・フィルモア・ヘイフォード(1868-1925)が1909年に提案した準拠楕円体で、1924年にスペイン・マドリードで開かれた国際測地学・地球物理学連合総会によって世界的に認められた。現在は赤道の周囲は40075.017㎞とされている。( keyword;Eratosthenes,Alexandria,Syena,metre,Lavoisier 、4月11日)

2018年4月10日 (火)

清末民国現代中国の学者たち

  「碩学大儒」という言葉がある。深い学識をもった大学者のことをいうが、清朝末では張之洞(1837-1909)のように政治家=学者という観があった。啓蒙的思想家、革命家、文学者など政治家と学者の境はない。高校世界史にもかなりの人名が採録されているが概略を把握することも難しい。とりあえず年代順に並べる。「碩学王国維」松崎鶴雄「柔父随筆」座右宝刊行会 1943年。

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     郭沫若                   陳寅格

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     顧頡剛                   梁漱冥

黄遵憲(1848-1905)詩人・外交官

陳三立(1852-1937)詩人・画家

厳復(1853-1921)啓蒙思想家

康有為(1858-1927)政治家 「孔子改制考」

陳漢章(1863-1938)

譚嗣同(1865-1898)「仁学」

羅振玉(1866-1940)考証学、金石学、考古学

蔡元培(1868-1940)哲学

章炳麟(1869-1936)音韻学、仏教、史学

梁啓超(1873-1929)学者、政治家

王国維(1877-1927)考証学、金石学

陳独秀(1879-1942)

陳垣(1880-1971)史学

魯迅(1881-1936)文学者

馬衡(1881-1955)甲骨刻辞

呂思勉(1884-1957)史学

李大釗(1889-1927)

胡適(1891-1962)哲学

陳寅恪(1890-1969)史学

郭沫若(1892-1978)史学 「中国古代社会研究」

張資平(1893-1959)小説 「梅嶺之春」

顧頡剛(1893-1981)史学

梁漱冥(1893-1989) 哲学

銭穆(1895-1990)史学 「中国近三百年学術史」

茅盾(1896-1981)小説

田漢(1898-1968)小説 

老舎(1898-1974)小説

翦伯賛(1898-1968)史学 「歴史哲学教程」

范文瀾(1900-1969)史学 「中国通史簡編」

白寿彜(1909-2000)史学 「民族宗教論集」「中国略史」

三国志及び諸葛孔明関係文献目録

1173299906  「三国志」の物語は中国、台湾、韓国、そして日本でもなじみが深い。芳根京子主演のドラマ「海月姫」に登場する天水館の住人まやや(内田理央)は三国志オタク。三国志にまつわる故事成語はたくさんある。三顧の礼、水魚の交わり、苦肉の策、白眉、脾肉の嘆、老いてますます盛ん、泣いて馬謖を斬る、破竹の勢い、死せる孔明生ける仲達を走らす、臥竜・鳳雛、などはよく知られている。だが「若きは水滸を読まず、老いは三国を読まず」ということわざは中国人ならだれでも知っているが、日本人にはほとんど知られていないだろう。これは、青年期は血の気が激しいから、水滸伝を読んだら、謀反に走り、年輩の者は世渡りの経験に富んでいるから、三国志を読んだら、非常に狡猾で奸智にたけた者になる、という意味だそうだ。しかし、今のアジア各地ではそのようなことを真に受ける者はいない。日本でも小説、劇画、ゲームと何度も三国志ブームが繰り替えされている。映画「レッドクリフ」で新しい三国志ファンが生れた。

明鏡は形を照す所以古事は今を知る所以   曇りのない鏡は形を照らすから姿を見るのによく、歴史上の事実は現在のことを判断するためのよい参考になるということ。

白眼視 司馬政権に批判的だった阮籍は、司馬氏が唱える孝を強調した礼法に反発して、むやみに礼を尊ぶ礼法主義者に会うと白目をむいて素っ気なく応対した。この阮籍の態度から人を冷たい目で見ること、冷淡に扱うことを白眼視するというようになった。

月旦評 許劭は月の初めに自宅に多くの人を集めて人物批評会を開いていた。曹操が許劭に「太平の世なら有能な官僚だが、乱世だったせ姦雄となる」と言われたのは有名な話。後世、人物批評、品定めを月旦評というようになった。

    なお、「三国志」から生まれた故事俚諺としては、この他にも「白波」、「髀肉の嘆」、「鶏肋」、「危急存亡の秋」、「読書百遍義自ら見わる」、「呉下の阿蒙」「士、別れて三日、刮目してあい待す」などがある。

三国志及び諸葛孔明関係文献
支那史研究 諸葛亮伝 市村瓚次郎 春秋社 1939
孔明の出盧についての異説 狩野直禎 学芸5-1  1948
三国志演義 上 中国古典文学全集8 立間祥介訳 平凡社 1958
三国志演義 下 中国古典文学全集9 立間祥介訳 平凡社 1959
三国志実録 吉川幸次郎 筑摩書房 1962
諸葛孔明 中国人物叢書 狩野直禎 人物往来社 1966
西晋時代の諸葛孔明観 狩野直禎 東林59-1 1966
三国志 英雄ここにあり 柴田錬三郎 講談社 1968
三国志 村上知行訳 河出書房 1968
三国志 中国古典新書 宮川尚志訳 明徳出版社 1970
三国志の世界 人と歴史シリーズ 狩野直禎 清水書院 1971
三国志 和刻本正史 長沢規矩也解題 古典研究会 1972
三国志ⅠⅡⅢ 今鷹真、小南一郎、井波律子共訳 筑摩書房 1977-1989
諸葛孔明 宮川尚志 桃源社 1978
三国志語彙集 藤井守編 広島大学中国中世大学研究会 1980
乱世の奸雄 別冊コミックトム三国志3 横山光輝 潮出版社 1980
後漢・三国時代 中国の歴史5 陳舜臣 平凡社 1981
三国志の人物学 守屋洋 PHP研究所 1981
三国志の世界(人物中国の歴史6) 駒田信二編 集英社 1981
三国志銘々伝 渡辺精一 光村図書出版 1984
城野宏の戦略三国志  城野宏著 西順一郎編 ソーテック社 1984
三国志・座右の銘 松本一男 三笠書房 1986
三国志曹操伝 中村愿   新人物往来社 1986
名言で読む三国志 村山孚 新人物往来社  1986
三国志の統率学 松本一男 三笠書房 1986
「三国志」史話 林亮 立風書房 1987
三国志世界を行く 雑喉潤 徳間書店 1987
三国志展 図録 中国画報特集号 日本三国志展実行委員会 1987
三国志と人間学 安岡正篤 福村出版 1987
三国志の世界 加地伸行編 新人物往来社 1987
現代に生かす諸葛孔明の知略と戦略 三神良三 大陸書房 1989
乱世の英雄たち 三国志1 竹崎有斐 あかね書房 1989
三国志人物事典 渡辺精一 講談社 1989
三国志 全5巻 羅漢中著 大櫛克之作 素人社 1990
三国志縦横談 丘振声著 村山孚編訳 新人物往来社 1990
諸葛孔明 立間祥介 岩波書店 1990
三国時代の戦乱 狩野直禎 新人物往来社 1991
三国志の英雄たち 別冊歴史読本中国史シリーズ1 新人物往来社 1991
三国志人物絵巻 劉生展・画 殷占堂編 MPC 1991
三国時代の戦乱 狩野直禎 新人物往来社 1991
反三国志 周大荒 講談社 1991
三国志英傑タイムス 歴史おもしろタイムス1 シブサワ・コウ編 光栄 1992
三国志孔明タイムス 歴史おもしろタイムス2 シブサワ・コウ編 光栄 1992
三国志演義 井波律子 岩波書店 1994
三国志新聞 日本文芸社 1996
三国志武将画伝 立間祥介監修 小学館 1996
真三国志1 歴史群像中国戦史シリーズ 学研 1998
大三国志 改訂新版 世界文化社 2005
三国志 カラー版徹底図解 榎本秋 新星出版社 2009

ちょっと気のきいた洋画タイトル

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  グレゴリー・ペック主演の「日曜日には鼠を殺せ」(1964年)という変わったタイトルの映画があった。17世紀頃の英詩に「日曜日に鼠を殺した猫が、月曜日には清教徒(人間)に殺されてしまう」とある。つまり、すべてのことは常がない「諸行無常、盛者必衰」の意味だそうだ。原題は「蒼ざめた馬を見よ」で黙示録に由来する。「酒とバラの日々」(1962)という洒落たタイトルも19世紀の英国の詩人ダウストの詩の一節が由来。ちなみにマーガレット・ミッチェルの小説「風と共に去りぬ」もダウストの詩である。

日曜はダメよ」(1961年)never on sundayは傑作タイトル。「歴史は女で作られる」(1956年)の原題はヒロインの名前をとって「ローラ・モンテス」だった。なんでこんなものものしい邦題になったのだろうか。

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    近年の作品ではレベッカ・デ・モーネーの「ゆりかごを揺らす手」(1992)とか二コール・キッドマンの「冷たい月を抱く女」(1993)などサスペンス系に興味をそそられるタイトルのものがある。クリント・イーストウッド「マンハッタン無宿」(1968)はCoogan's Bliuf(クーガンの開き直り)。凶悪犯を取り逃がして追跡する話だが邦題は良し。最近は原題をそのままで公開することが一般化している。ジョディー・フォスターの「ブレイブワン」(2007)は「たった1人で勇敢に立ち向かう」という意味であろうか。ホルスト・ブッフホルツの「追いつめられて」(1959)の原題は「Tiger Bay」で、虎が追いつめられた状態、絶対絶命の土壇場という意味であろうか。「氷の微笑」(1992)の原題は「ベーシック・インスティンクト」(基礎本能)。

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本に恋する季節です

    読書家には2つのタイプに分かれる。新刊派と古典派である。最近図書館で人気のある本を近くの図書館のHPで調べてみた。小川糸「キラキラ共和国」、カズオ・イシグロ「わたしを離さないで」、朝井まかて「雲上雲下」、東野圭吾「マスカレード・ナイト」、池井戸潤「アキラとあきら」、恩田陸「蜜蜂と遠雷」、池井戸潤「陸王」、辻村深月「かがみの孤城」、佐藤正午「月の満ち欠け」、柚木麻子「BUTTER」、岩竹千佐子「おらおらでひとりぐも」、門井慶喜「銀河鉄道の父」、ケント・ギルバート「儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇」、村田沙耶香「コンビニ人間」、宮部みゆき「希望荘」、有川浩「アーマーとぼくら」、宮下奈都「羊と鋼の森」、萩原浩「海の見える理髪店」、湊かなえ「ホイズンドター・ホーリー・マザー」、川口俊和「コーヒーが冷めないうちに」、楠木新「定年後 50歳からの生き方、終わり方」、吉野源三郎「漫画君たちはどう生きるか」などなど。

 かつて朝日新聞アスパラクラブ(2011.1.15付)で「いつか読みたい本」というテーマで調査したら古典・名作がズラリとあげられた。①源氏物語②坂の上の雲③戦争と平和④カラマーゾフの兄弟⑤失われた時を求めて⑥遠野物語⑦神曲⑧万葉集⑨徒然草⑨人間失格、なんとほとんどわが私設図書館「女性の書斎・ひとり好き」にある本ばかり。新しいベストセラーがないので気落ちしていたら、「いつか読みたい本」というのは実は古典だったのか。誰もがタイトルくらいは知っている名作だけれど、実は読んだことはない。難しそう・・・でも人生で一度は味わいたい。「100年に一人、出るか、出ないか、という天才が、10年ぐらいかけて書いた本。たとえ1年かけて読んでも全部分かるわけがない、それでいい」とある。ごもっとも。でも、読まずに積読自慢は感心しない。今年こそチャレンジしよう。

死語辞典「婦人」

Photo_8     今日、「婦人」という言葉は公的な場所でほとんど使われなくなっている。1949年以来、4月10日に始まる1週間を「婦人週間」と呼んで、女性の地位向上のための啓発活動を展開してきたが、1998年から「女性週間」に改められた。これより先、1996年度に労働省(現厚生労働省)は「婦人局」から「女性局」へと名称変更を行うなど、各地の自治体の部署名や女性団体の「婦人」という名称を「女性」に改められた。なぜ婦人から女性へと、呼称が変化したのだろうか。「婦人」は、年配の女性や既婚の女性という限定的な意味合いが強いというのが理由という。しかし「婦人」から「女性」へと行政が主導的に変更した理由は、「婦」の漢字の文字構造を分解したとき、封建的で差別的な要素が認められると判断したのではあるまいか。「婦」という字が旁の部分に竹カンムリをつけると「箒(ほうき)」という字になるから、「婦」という字は「ほうきを持った女性」のことで、これは女性を家事労働にしばりつける、きわめて差別的な文字である、と一部の人が主張したのである。このような文字の解釈は俗受けするものの、古代中国の生活や文化について正しく理解しているものではなく、漢字の成り立ちから考えるとおかしい話である。この場合の箒は、戸外や一般家庭の掃除に使われるものではなく、先祖の位牌を祀った祭壇を清めるために使われるものであって、それを管轄する「婦」は、一族の中でもっとも地位の高い女性にほかならない。実際の甲骨文字などでは「王妃」という意味で使われている。「婦」が一般の女性を意味するようになるのは、ずつと後の時代のことである。だが俗受けする説は広がって、「婦人警官」「看護婦」「助産婦」などという言葉も言い換えされている。言葉狩りをすれば際限がない。

2018年4月 9日 (月)

紛らわしい芸能人の名前

  二刀流の大谷祥平が大リーグで大活躍。俳優の大谷亮平の名前が紛らわしい。「どんと晴れ」のヒロイン比嘉愛未が福士誠治と熱愛騒動。しかし福士蒼汰と間違えられる。 ドラマ「掟上今日子の備忘録」で初の金髪を披露する新垣結衣。名前はもちろん「あらがきゆい」と読む。元モーニング娘の新垣里沙は「にいがきりさ」である。SPEEDの新垣仁絵は「あらがきひとえ」である。

   おニャン子クラブの渡辺美奈代と渡辺満里奈も同姓なので紛らわしかった。他に、黒川智花と黒川芽以、木村佳乃と木村文乃、田中麗奈と田中れいな、西内まりあと竹内まりあ、水野真紀と水野美紀、蒼井優と蒼井そら、酒井若菜と酒井美紀、椎名林檎と椎名法子、奥菜恵と奥貫薫、木内みどりと木之内みどり、森高千里と森下千里、鰐淵晴子と馬淵晴子、夏川純と夏川りみ、綾戸智恵と上戸彩、陣内智則と陣内孝則、沢村一樹と北村一樹、大石吾郎と大橋吾郎、川村龍一と河村隆一、高橋克也と高橋克実、玉木宏と玉山鉄二、三浦和義と三浦知良、大辻司郎と大辻伺郎、永井智雄と永井秀明、香川真司と香川照之、高橋長英と高野長英、有島一郎と有島武郎、人見明と人見きよし、タッド若松と若松孝二、藤原釜足と藤原鎌足も紛らわしい。ジェラード・バトラーとジェラール・ドパルデュー。ジョッシュ・デュアメル、ジョッシュ・ハートネット、ジョッシュ・ブローリング、ジョッシュ・ルーカスの区別つきますか。

南北戦争とリンカーン

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  フォード劇場の向かいの宿屋ピーターセン・ハウス

  100万人近い死傷者を出したアメリカの内戦、南北戦争。戦争が終わったのは1865年4月9日である。その5日後の4月14日、リンカーンはフォード劇場で観劇中にジョン・ウィルクス・ブース(27歳)によって撃たれた。ただちに劇場の通りを隔てた宿屋に運ばれて手当てを受けたが、翌朝4月15日7時22分、息をひきとった。犯人のブースは南部連合を支持する狂信的な俳優だったが、事件現場から馬で立ち去った。26日に、ヴァージニア州の田舎家の納屋に潜んでいるところを、連邦軍の放った火の中で射殺された。

2018年4月 8日 (日)

こんな漢字知っていますか?

   古い本で「支那陶磁源流図考」発行所は「匋雅会(とうがかい)」。「匋」という漢字はあまり見かけない。意味は「やき物をやく」の意味。

  コウ。鳥がはばたき飛ぶ。翺翺(こうこう)鳥が飛びまわるさま。

奈良の大仏さんの身長は?

Photo188077    聖武天皇は本日は「大仏の日」。747年9月29日、東大寺大仏造立を開始し、5年後の752年4月9日、完成し、大仏開眼供養会が行われた。その後、大仏は頭部が欠落するなどの事故をたびたび引き起こし、そのつど修理を加えて維持してきたが、1180年、平重衡の南都焼き討ちに災をこうむり、焼失した。第1回の復興は、源頼朝の援助を受けて俊乗房重源が着手し、1185年には大仏を供養しており、東大寺全体の総供養は1203年盛大に執行された。ところが、1567年三好・松永の兵火がふたたび大仏を焼くにいたった。今回は戦国の世で復興事業はおもうように進まず、江戸期になって公慶上人がよく幕府を動かし、1692年大仏はここに3度雄姿を現した。これが、今日われわれが東大寺に拝む盧舎那仏大像である。奈良の大仏さんを見学する子どもたちの質問で、よくあるのが「大仏の毛髪、これを螺髪(らほつ)という、その数は?」 古くから966個と伝えられてきたが、レーザー光を使った最新技術によって492個だったことがわかった。大仏の身長は、座っているので座高は15m。蓮の台を含めると(つまり下から見上げたときの高さ)は、18mになる。

ミロのヴィーナスの両腕

397305055810999  本日は「ヴィーナスの日」。1820年のこの日、エーゲ海のメロス島の農夫がヴィーナス像を発見した。ルーヴル美術館の至宝ミロのヴィーナスは理想のプロポーションといわれる。上半身と下半身の比率が1対1.618で、人間が最も美しいと感じる黄金比だそうである。両腕がないことも全身が露わになって魅力を増している。失われた両腕は本来どのようなしぐさをしていたのだろうか。右手は衣のすそを抑えるように下にたれて、左手は筋肉の隆起から見て、前にだし肩よりは少し上でリンゴを持っていたと考えられる。(keyword;Venus de Milo,Golden Ratio、4月8日 )

2018年4月 7日 (土)

冊封体制

   紀元前後、中国を中心とする東アジア世界は、中国文化が自然にその周辺に伝播することによって出現したものではない。その文化伝播の基礎として、中国とその周辺国家との間に政治的関係が設定されることが条件であると考えられる。その政治的関係とは、周辺諸国の君主が中国皇帝の冊封を受けて、中国皇帝と君臣関係を結び、その外藩となることであったと考えられる。日本が中国と直接的な政治関係をもつにいたるのは、後漢の光武帝の時代である。邪馬台国の卑弥呼が親魏倭王に封ぜられると、そのことから君臣関係が生ずることになる。首長の中国皇帝からみれば、倭国は外藩国である。このような外藩国の成立は、皇帝から与えられた冊命(任命権)によって封ぜられることによるものであるから、この任命行為を「冊封」と呼ぶ。卑弥呼は倭王に冊封され、倭は魏王朝の冊封国となったのである。このように中国と倭との関係が冊封という君臣関係の設定によって、東アジア世界の国際関係の中に位置するようになったと、東京大学の西嶋定生は説いている。

    東アジアの冊封体制は隋唐から明清まで続く。中国でその朝貢国の国王に封ずる詔勅を持参する使いを後世には「冊封使」と呼んだ。琉球へは応安5(1372)年の察度への詔論以来、最後の王尚秦まで22回行われた。一行は4~500名からなり、滞在は5~9ヵ月に及ぶ。薩摩藩の支配下ではこの間、大和風の年号・言葉・風俗が禁止された。

女性と土俵

   4日にあった大相撲春巡業で舞鶴市長が土俵上で突然倒れた。動転した行司は介抱している女性に対して「女性は土俵から降りて」とアナウンスした。救命活動を阻止したことに多くの批判が起こり、相撲協会は謝罪した。6日には兵庫県宝塚市で開かれた巡業で中川智子市長は挨拶で土俵に上がることを要望したが、協会に認められず。「女性という理由でできないのは悔しい」と語る。土俵の女人禁制をめぐっては過去にも何度かゴタゴタがあった。1990年の森山真弓官房長官、2000年の太田房江知事、いすれも賜杯の授与をめぐって土俵に上がれなかった。2007年には観客の女性が突如、土俵に上がりかけたが取り押さえられるという事件があった。今後も強行突破しようとする女性が現れるかもしれない。大相撲の土俵が男尊女卑を肯定する象徴なのか?意見は解禁派と伝統を守る派、二分するかもしれない。メディア主導の一時のムードで伝統を簡単に変えるのもいかがなものか。舞鶴市で起きた不味い対応に乗じてメディアも宝塚中川市長の政治パフォーマンスを大きく取り上げた。舞鶴のような緊急対応時と宝塚市長の挨拶とは次元が異なる議論ではないだろうか。もしも大相撲が土俵を女性に解禁して、プロ野球にみられるチアガールやビキニ姿の女性が始球式するショービジネス化は良くない。大相撲を単なるプロレスとみるか、伝統的な神事とみるかの違いではないだろうか。

「ろ」ファースト・ネームから引く人名一覧

Robertfranciskennedy    ロバート・ケネディ(1925-1968)ジョン・F・ケネディの実弟。1963年に兄が暗殺された後、ニューヨーク州の上院議員選に出馬して勝利したが、1968年ロサンゼルスでの選挙集会で暗殺される。

ロアルド・アムンセン
ロアルド・ダール
ロイ・シャイダー
ロイ・ロジャース
ロイド・ブリッジス
ローガン・ラーマン
ロザ・モタ
ロザナ・アークェット
ロザムンド・クァン
ロザリオ・ドースン
ロザリンド・ラッセル
ロザンナ・アークェッド
ロージー・オドネル
ロージー・ハンティントン・ホワイトリー
ロージー・ペレス
ロジェ・マルタン・デュ・ガール
ロジャー・コーマン
ロジャー・ムーア
ローズ・マッゴーワン
ローズマリー・クルーニー
ローズマリー・サトクリフ
ロック・ハドソン
ロッサナ・ポデスタ
ロッサノ・プラッツィ
ロッド・スタイガー
ロッド・テイラー
ロディ・マクドウォール
ロドリゴ・サントロ
ロドリゴ・ドゥテルテ
ロドリゴ・ロア・ドゥテルテ
ローナ・ミトラ
ロナルド・アーサー・ビッグズ
ロナルド・コールマン
ロバート・ウォーカー
ロバート・ウォルポール
ロバート・エズラ・パーク
ロバート・エドウィン・ピアリー
ロバート・エドワード・リー
ロバート・オーウェン
ロバート・オッペンハイマー
ロバート・オルトマン
ロバート・カーライル
ロバート・キャパ
ロバート・クライヴ
ロバート・サウジー
ロバート・ショー
ロバート・ショーン・レナード
ロバート・スコット
ロバート・スタック
ロバート・ゼメキス
ロバート・ダウニー・ジュニア
ロバート・テーラー
ロバート・デニーロ
ロバート・デュバル
ロバート・レコード
ロバート・パティスン
ロバート・ピアリー
ロバート・ピール
ロバート・フィルマー
ロバート・フランシス・ケネディ
ロバート・ベーデン・パウエル
ロバート・ボイル
ロバート・ボーン
ロバート・マクナマラ
ロバート・ミッチャム
ロバート・モンゴメリー
ロバート・ライアン
ロバート・ロドリゲス
ロバート・ワイズ
ロバート・ワーグナー
ロバート・ルイス・バルフォア・スティーヴンソン
ロバート・レッドフォード
ロビン・ウィリアムズ
ロビン・ライト
ロブ・ライナー
ロブ・ロウ
ロベール・オッセン
ロベール・カブリエ・ド・ラ・サール
ロベール・シューマン
ロベルト・シューマン
ロベルト・デ・ノビリ
ロベルト・ベニーニ
ロベルト・ムージル
ロマーヌ・ボーランジェ
ロマン・デュリス
ロマン・ポランスキー
ロマン・ロマノヴィッチ・ローゼン
ロミー・シュナイダー
ローラ・インガルス・ワイルダー
ローラ・サン・ジャコモ
ローラ・ダーン
ローラ・リニー
ローランド・エメリッヒ
ロリ・シンガー
ロリ・ペティ
ロリータ・ダビドビッチ
ロレイン・ブラッコ
ロレッタ・ヤング
ローレン・バコール
ローレン・ホリー
ローレンス・オリビエ
ローレンス・ハーベイ
ローレンス・フィッシュバーン
ローレンス・ロバート・クライン
ロレンツォ・ギベルティ
ロレンツォ・ダ・ポンテ
ロレンツォ・デ・メディチ
ローワン・アトキンソン
ロン・チャニー
ロン・パールマン
ロン・ハワード

ハリウッド・スターの墓地

   ロサンゼルス郊外にある「ハリウッド・フォーエヴァー墓地」には映画関係者の墓がたくさんある。ルドルフ・バレンチノ(シーク、熱砂の舞)、ダグラス・フェアバンクス(バグダッドの盗賊)、ノーマ・タルマッジ(噂の女)、ジェーン・マンスフィールド(女はそれを我慢できない)、タイロン・パワー(剃刀の刃)、フェイ・レイ(キングコング)といった往年の大スターが眠っている。俳優のクリフトン・ウェッブ(剃刀の刃、愉快な家族)の幽霊が出るという噂がある。「アビ―・オブ・サーム」と呼ばれる霊堂に、不思議な光の球が現れたり、すっと冷たい風が吹き抜けたり、オーデコロンの香りが漂っていたりするという。Hollywood Fover Cemetary

道鏡と宇佐八幡神託事件

    772年のこの日、道鏡が下野・薬師寺別当の配流先で没した。道鏡「続日本紀」では俗姓弓削氏。河内国志紀郡弓削に生まれる。生年は明らかでなく、義淵(?-728)の弟子で孝謙天皇(718-770)より年長らしいとの推定から8世紀初頭の生まれといわれる。出家後葛城山に籠り梵学と如意輪・宿曜(すくよう)の秘法を修得。下山、東大寺に入り、761年近江保良山宮に孝謙天皇を看病し、忽ちに寵愛を受け、763年少僧都に昇進。藤原仲麻呂失脚後、大臣禅師・太政大臣禅師を経て、766年、法王となる。この時、称徳(孝謙重祚)天皇には皇太子未定で、女帝は仏教政治の理想を持っていたので、太宰の長官中臣阿曽麻呂は道鏡に媚び、宇佐八幡の神託と称して、「道鏡を天位に即かしめば天下太平ならん」とした。これまで臣下が即位した例はなく、さすがの天皇も悩み、和気清麻呂(733-799)を宇佐八幡につかわした。和気清麻呂は「無道の人を除くべし」という神託を奏上し道鏡の怒りをかい、名を別部穢麻呂(わけべのきたなまろ)とかえられて大隅国(薩摩)へ配流された。これが宇佐八幡神託事件である。

   八幡の宣託を奏上した中臣習宜(すげ)朝臣阿曽麻呂とは、どんな人物であるか。天平神護2年6月に正6位上から従5位下にのぼり、神護景雲元年9月豊前介に任ぜられ、おそらく翌2年中から3年の初めにかけての間に、太宰主神(だざいのかんつかき)となって、道鏡の弟である太宰帥弓削浄人(きよひと)の配下に属することとなった。道鏡の勢力が九州にも及んでいたことがわかる。

   参議藤原百川(732-779)は清麻呂に同情し、兄の参議良継、従兄の左大臣永手らと相談して、天智天皇の孫である白壁王を迎えて位に即かせた。光仁天皇である。

   称徳天皇は770年、由義宮に滞在中に没した。8月21日、道鏡は失脚し、下野国薬師寺別当となり、772年4月7日、その地で死んだ。

戦艦大和撃沈さる

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   昭和20年のこの日、日本海軍が誇った巨大戦艦「大和」は沖縄突入ならず海底に消えた。 この「天一号作戦」とは一体何だったのか?昭和20年4月1日、連合国軍が沖縄本島に上陸して来た時、日本海軍の水上艦艇実戦部隊は、開戦以来3年余りの激戦であらかた消耗し、わずかに戦艦大和のほか軽巡矢矧と駆逐艦8隻の第2艦隊があるだけだった。連合艦隊司令長官はこの部隊に対して、航空部隊の特攻攻撃と呼応し海上特攻部隊として8日夜明に沖縄突入作戦を行うよう命令した。

    これに従い大和(艦長・有賀幸作)を旗艦とした海上特攻部隊は、6日午後3時20分瀬戸内徳山沖を出撃した。味方航空機の上空援護は期待薄で、沖縄突入成功の可能性は少なかったが、「光輝ある帝国海軍部隊の伝統発揚とその栄光を後世に伝える」ことと、「一億総特攻のさきがけになる」ことの大義のもとに、艦隊の将兵は敢然と死地に赴いたのである。

   海上特攻部隊は豊後水道を経て、夜間大隈海峡を通過し、7日午前10時過ぎには九州坊ノ岬西南90浬の地点に到着したが、その行動はすでに敵に探知されており、アメリカ空母機動部隊は攻撃隊の発進作業中だった。

    敵の第1波攻撃隊280機が正午過ぎに海上特攻部隊を発見、まず約200機が午前1時まで雷・爆撃を行った。この攻撃で駆逐艦朝霜と浜風が沈没、軽巡矢矧は航行不能となり、大和には爆弾二発と魚雷一本が命中したが、損害は軽微だった。

    午後1時18分からは残りの約100機が来襲し、約20分の攻撃により駆逐艦霞が航行不能になり(のち沈没)、大和は魚雷三本命中を受けた。

    午後1時30分頃に新手の第2波攻撃隊126機が姿を現し、2時25分頃まで猛攻を加えた。この攻撃で軽巡矢矧が沈没し、駆逐艦磯風は大破(のち沈没)、大和は魚雷六本と爆弾二発が命中した。大和が受けた魚雷10本中9本が左舷に集中したため左へ激しく傾斜し、午後2時35分遂に転覆、爆発を起こして沈没した。艦隊を指揮していた伊藤整一中将をはじめ372名が戦死した。

    大和沈没で作戦中止となり、残った駆逐艦・雪風、初霜、冬月、涼月の4隻は佐世保に帰投した。こうして、連合艦隊は事実上、消滅したのである。(4月7日)

2018年4月 6日 (金)

ナンセン北極海航路の発見

Np019982_2    本日は「北極の日」。1909年のこの日、アメリカの軍人ロバート・ピアリーが北極点に到達した。フリチョフ・ナンセン(1861-1930)ら13人の隊員を乗せたフラム号は、北極探検に1893年6月24日、オスロを出帆した。9月22日、フラム号は北緯78度50分、東経133度37分の地点で氷に閉じ込められた。ナンセンはヨハンセンを伴って下船し、犬ぞりとカヤックを使ってさらに北へ進み、前人未踏の北緯86度13分6秒という最高緯度に達した。途中でF・ジャクソン探検隊と出会い、1896年8月13日、ノルウェーに帰ってきた。

   ナンセンは北極点に到達することができなかったが、この冒険が北極の最も大事な流れ、地球の温度分布に多大な影響を与えるトランス・ボーラー・ドリフトのPeary1発見につながった。1909年4月6日、アメリカのロバート・ピアリー大佐(1856-1920)、マシュー・ヘンソンらによって北極点への到達は達成された。

ロバート・ピアリー

( keyword;North Pole,Fridtjof Nansen,Robert Edwin Peary )

2018年4月 5日 (木)

「ヤ」事項索引インデックス

240pxjan_mayen_in_norway_svg   「ヤンマイエン島」グリーンランドとノルウェーのほぼ中央に位置する火山島。定住者はいないが、気象観測施設がありノルウェー軍が駐在している。「ヨーロッパ最北の地」として知られるノールカップとほぼ同緯度にある。島の面積は373k㎡。1614年に発見したオランダの船長ヤン・ヤコブスゾーン・マイにちなんで名づけられた。▽横浜の貿易商・山城屋和助(1836-1872)は兵部省の御用商人となり、山県有朋との関係もあって、パリで豪奢な生活をしていたが、金銭問題が発覚し割腹自殺した。▽「ヤーダバ朝」12世紀から14世紀初頭にかけてデーバギリを都に南インドを支配した王朝。 ▽「ヤゲロー朝」リトアニア人は14世紀末ポーランドと合体して、リトアニア・ポーランド王国(ヤゲロー朝)をつくり、15世紀にかけて強勢を誇った。▽「八板金兵衛」戦国時代の鉄砲鍛冶。▽「ヤジュル・ヴェーダ」バラモン教の聖典の1つ。ヤジュス(祭詞)を集録したもの。▽「ヤロスラフスキー駅」モスクワにあるシベリア鉄道の起終点駅。(ややや)


ヤーウェ
ヤーリッシュ・ヘルクスハイマ―反応
矢石館遺跡
八板金兵衛
焼津(静岡)
ヤーウェ
ヤウンデ
八重垣姫
八重洲
野猿
八百屋お七
八海事件
ヤギェウォ(ヤゲロ)朝
ヤギェウォ大学図書館(ポーランド)
八木書店
八木節
焼畑農耕
野球
柳生碑文
薬師寺
屋久島
約数
ヤクーツク
ヤクブ・カドリ・カラオスマンオウル
ヤクブ・べク
夜警国家
ヤコブセン
ヤコブソン器官
八色の姓
屋島
ヤジュル・ヴェーダ
屋代弘賢
靖国神社
ヤズデギルド1世(ササン朝ペルシア)
ヤースナヤ・ポリャーナ
ヤスパース
休屋(やすみや)
耶蘇会
八咫烏
ヤーダバ朝
矢田部ギルフォード性格検査
八佾(やつら)の舞
谷中村
夜尿症
ヤハウェ
八幡製鉄所
流鏑馬
山県・ロハノフ協定
山口
山崎の合戦
山城屋事件
邪馬台国
山田長政
大和絵
大和政権
山梨軍縮
闇市
弥生文化
耶律阿保機
ヤルタ会談
ヤルゼルスキ
野郎歌舞伎
ヤロスラフスキー駅
ヤング案
ヤルタ会談
両班
ヤンマイエン島(ノルウェー)

先住民の名前が国名に残ったニカラグア

117603574464316224404 Nicarao

   アメリカはアメリゴ・ヴェスプッチという探検家の名前に由来するという説は古くから知られてきたが、最近はイギリスの富豪リチャード・アメリックからという説が有力である。いずれにしても国名は先住民ではなく、探検家や征服者にちなむことが多い。ところが中央アメリカに位置するニカラグアの国名は酋長のニカラオ(Nicarao)に由来する。

   1519年に始まったスペイン人の中米侵略はニカラグアの地にも及んだ。スペイン人ヒル・ゴンサレス・ダビラとニキラノ族の酋長ニカラオの会見は1523年4月5日に行われた。ダビラは「あなたは何処から来たのか?」と尋ねた。酋長は「ニカナウァックNicanahuac」と答えた。ダビラは「ニカラオの土地」ニカラグアと理解した。これが国名の由来である。だが正確には、酋長は「われわれはアナウァックからここまで来た」と言ったらしい。アナウァックとは「盆地」の意でメキシコを指す。何世代もかけてメキシコから移住したといったのだろう。ニック・アナウァックとは「アナウァックからここまで」、つまりアナウァックの最果て」という意味である。ニカラオ酋長は「人間や動物すべてを滅ぼした大洪水について聞いたことがあるか。人間は死んだあとどうなるのか。太陽や月や星はどういう仕組みで動くのか。1年を通して昼と夜の長さが変化するのはなぜか」など宗教のこと、自然界の疑問などを率直に述べたという。そして、スペイン人を歓迎し、たくさんの金を含め数々の贈物をした。それで酋長の名が地名につけられたのであろう。スペイン人もニカラオの探究心と良心の働きに驚いたという。

   国名のルーツが人名である国は、ニカラグアのほかに、コロンビア(コロンブス)、ボリビア(シモン・ボリバル)などわずかである。

2018年4月 4日 (水)

鉄血宰相(アイゼンカンツラー)が成したドイツ統一

Photo 歴史上の有名な人物で肉声の録音が残っている最も古いのはドイツを統一に導いたオットー・フォン・ビスマルク(1815-1898)である。ビスマルクの肉声は、エジソンの助手が1889年、蓄音器の宣伝のため万国博覧会開催中のパリを訪れた際、ドイツにも足を延ばし、同年10月にハンブルク近郊のビスマルクの自宅で録音したものである。録音は75秒で、74歳のビスマルクはドイツ語の歌に加え、フランス国歌なども歌っている。ビスマルクは1862年、宰相に就任した翌日、下院の予算委員会で「ドイツ統一は、演説や多数決によってではなく、鉄(軍備)と血(戦争)によって成し遂げられる」と軍備拡張の演説を行ったことから「鉄血宰相」と呼ばれるようになった。ドイツ語ではder Eiserne Kanzler(デァ アイゼンカンツラァー)。世界史

ケペル先生の何でも相談室2

  「地下鉄の電車はどこから入れたの?」 「色鉛筆が丸軸なのはなぜ?」それらを考えてると一晩中寝られない。世の中にはあらゆるギモンに満ち満ちている。日々の暮らしで生じたあらゆる疑問にケペル先生がお答えします。たとえば、「あんパンはいつ頃できたの?」といったこと。あんパンは日本人の発明で明治になってからです。1874年に銀座にパン屋を創業した木村安兵衛と英三郎がパンの中に餡を入れた「あんパン」を売り出したのがはじまりです。

Q 目の見えない人のため犬が歩行の補助をする盲導犬はいつ頃できたのか?

A 盲人の歩行の補助に犬が使われた例は古代ローマやポンペイの発掘品の中に見られるが、近代になって盲導犬として訓練されるようになったのは、1819年、ウィーンの神父ヨハン・ヴィルヘルム・クライン(1765-1848)が最初である。

Q 日本プロ野球で最初の退場者は誰か?

A 「日本プロ野球事件史」(ベースボール・マガジン社)巻末の退場者一覧によると、1936年12月20日、東京セネタースの苅田久徳(1911-2001)選手が二出川延明塁審を突き飛ばしたことにより退場とある。

Q 三一書房から昭和32年に刊行された「淀川」の著者である井上俊夫の没年が知りたい。

A 図書館での参考業務でよくたずねられる調べものの1つが「著者の没年」である。今日のようなコンピュータの発達していない時代、文化人名録(著作権台帳)がたよりの参考書であった。赤色をした大部な本で、1951年から刊行され第26版(2001年)まで刊行されたが、現在は終了している。もともと著作権の保護期間を調べる目的で作られた本であるが、図書館では没年だけでなく、著者の略歴や名前の読み方を調査するために用いられていた。ところで、著者の没年を調べるには、現在は国立国会図書館のOPやウィキペディアが便利である。井上俊夫は1928年大阪生まれの詩人で、2008年に死去している。

Q フィンランドの初代首相 Pehr Evind Svinfuvud の読み方は?

A ペール・スヴィンヒュー(1861-1944)あるいはスヴィンフッヴド。

Q 英語「mebos(ミーボス)」の意味は?

A オックスフォード英語辞典によると、日本語umeboshi(梅干し)が訛って18世紀ころ英語となったらしい。

Q 「眠りが窪の伝説」という翻訳作品の作者と原題は?

A アメリカの文学者ワシントン・アーヴィング著「スケッチ・ブック」(1819-1820)の中にある短編「Sleepy Hollow」。1923年刊行の森巻吉「全訳スケッチブック」の下巻に「眠りが窪の伝説」が収録されている。

Q.最初にウェディングドレスを着て結婚式を行なった日本人女性はだれ?

A.明治6年に長崎で中国人と結婚した磯部於平(いそべおつね)といわれる。その2年後に森有礼も広瀬常と西洋式の結婚式を挙げている。

Q.昭和18年南方の海軍基地を視察中、ソロモン諸島上空で戦死した山本五十六。その時の護衛機は零戦6機であるが、うち5名はまもなく戦死している。唯一の生存者である零戦パイロットの名前が知りたい。

A.柳谷謙治(1919‐2008)。1988年4月、アメリカで開かれたシンポジウムに出席し、P38パイロットのレックス・バーバー米空軍退役大佐と面会している。(参考:高城肇「六機の護衛戦闘機」)

Q.大正の後期から昭和の初期に活躍した出版人、梅原北明が発行した「近世社会大驚異史」(白鳳社)のページ数は?

A.1864ページ。国立国会図書館サーチで調べても1冊とあるだけで、ページ数は明らかにされない。ネットには1800ページ以上という記載もあるが、鹿野政直「日本の歴史27」によれば1864ページと明記されている。内容は慶応4年から大正元年までの新聞記事から抜粋の性風俗を中心とした資料集。

Q.内山完造著「そんへえおおへえ」という本がある。その書名の意味は?

A.内山完造は戦前に上海で書店を開業していた。もともと「上海」という地名と並び「下海」地区も存在していた。上海及び下海の名称は、上海市内を流れる呉淞江の支流であった上海浦及び下海浦に由来する。「そんへえ(上海)」「おおへえ(下海)」はそれぞれ現地語の発音を表記したものである。

Q.明代、嘉靖年間から万暦年間の人で『陰隲録』の著者として知られる袁凡了(えんぼんりょう)は一般に生没年不詳とされるが、あえて知りたい。

A.一説には生年は1533年、没年は1606年。

Q.江戸時代、特に大名屋敷をねらって荒らしまわった大盗賊、鼠小僧次郎吉のお墓は?

A.両国の回向院(墨田区両国2丁目)にある。

Q.香港の女優、任剣輝の生没年。

A.京劇の広東版にあたる奥劇の人気女優任剣輝(じんけんき、ヤム・キムファイ)。1913-1989。

Q.蠶養國神社の読み方。

A.福島県会津若松市蚕養町にある神社で、「こかいくにじんじゃ(蠶養國神社)」と読む。「蠶」は「かいこ」の意味。

Q.「泣きぼくろ」という題の歌が知りたい。

A.現在までに和田弘とマヒナスターズ、天童よしみ、若原りょう、松原のぶえの四歌手によって「泣きぼくろ」という同名異曲の歌が確認される。

Q.赤穂義挙の後、四十六士は、それぞれお預けの四大名で切腹して果てた。大石内蔵助たち17人は熊本藩細川家の下屋敷において切腹した。このとき大石内蔵助の介錯を勤めた武士の名前を知りたい。

A.馬場一平。

Q.1886年、イギリスの貨物船ノルマントン号が紀州沖で座礁沈没した事件の船長の名前とその後の消息は?

A.事件の審理は領事裁判権によって、イギリス領事が行い、イギリス人の全員無罪が決定、日本国民を憤慨させた。再審で船長ジョン・ウィリアム・ドレークだけ禁固3ヵ月の軽い刑が科せられた。船長のその後の消息は目下調査中。

Q.趙樹里の農村小説「李有才板語」のタイトルの読みは?

A.「リユウサイウタモノガタリ」李有才のお話という意味。

Q.アメリカ民謡「峠の我が家」の作詞家、作曲家は?

A.作詞はブリュスター・M・ヒグリー(1823-1911)。作曲はダニエル・E・ケリー(1843-1905)。

 

2018年4月 3日 (火)

中国における名と字と号の話

   「ちんぷんかん」 珍糞漢、陳紛漢などいろいろな字を充てるが、要するになにがなんだかわけがわからないことである。江戸時代、中国人の姓名に、陳文述とか陳文龍など、陳文というのが多いといことから、この言葉が生まれたといわれる。人物の名前・呼び名はじつに複雑でややこしい。古代中国では「避諱(ひき)」という習慣があり、帝王の名の漢字を使用することができなかった。歴代帝王の避諱字を挙げると、秦始皇帝の「政」→「端」、漢高祖の「邦」→「国」、武帝の「徹」→「通」が代字で使用されている。唐代では太宗の諱「世民」を避け、世を曳く、民を氏などに改めている。

    中国では、古来より男は成年(20歳)に達すると、本名のほかに通称の「字(あざな)」をつけ、女は15歳になると婚約者を定め、「字」をつけた。本名をよぶのは目上の者が目下の者をよぶときにかぎられ、一般に相手をよぶときは「字」を呼ぶことになった。本名は生前は「名(な)」といい、死後は「諱(いみな)」とよばれる。

    ちなみに孔子は、姓は孔、名は丘(きゅう)、字は仲尼(ちゅうじ)という。孟子は、姓は孟、名は軻(か)、字は子輿(しよ)、子居(しきょ)、子車(ししゃ)という。曹操は、姓は曹、諱は操、字は孟徳である。杜甫は、姓は杜、諱は甫、字は子美である。李白は、諱は白、字は太白、号は青蓮である。名を忌むという中国の習慣から考えると、後世の者が杜甫や李白の名をよぶのが失礼であろう。そこで杜甫の号である少陵というので『杜少陵集註』とか『李太白集』という詩集がつくられている。

東晋の自然詩人の陶淵明は名と字が諸説ある。「淵明」は本名とも、字ともいわれる。あるいは名は「潜」、字は「元亮」ともいう。

  近代の中国人名を名で呼ぶか、字で呼ぶかは悩ましい問題である。

       名    字    号
顔回    回    子淵(しえん) 
劉備    備    玄徳
諸葛孔明 亮    孔明
陶淵明   潜        元亮
朱子    熹    元晦   晦庵
周敦頤        茂叔   濂渓
孫文         載之   逸仙または中山
魯迅         豫才
蒋介石  中正   介石
毛沢東  沢東   潤之

  孫文は中国では孫中山の名称が一般的である。孫文には載之という字もある。魯迅は筆名で、本名は周樹人。蒋介石は介石は字で、台湾では蒋中正が一般的な呼び名である。毛沢東には「潤之」という字があるが、ほとんど使われない。新中国成立後、旧時代の風習を捨てる運動があり、現代中国では字を持っている人はほとんどいない。階級制度の否定により、「避諱」や「字」などの慣習も消滅している。

参考:史諱挙例 8巻 陳垣著 1933
「諡法の起源」 郭沫若 支那学6-1  1932

いろいろな「病気」 英語で言えますか?

 風邪気味です。

I have a slight cold.

  いろいろな病気を集める。

amnesia           記憶喪失

autism             自閉症

somnambulism  夢遊病

nyctophobia     暗闇恐怖症

Kinesophobia  運動恐怖症

bed wetting      夜尿症

forgetfulness    健忘症

alcoholics         アルコール中毒症

alcoholic dependency  アルコール依存症

starvation        餓死

heat disorder   熱中症

phobia             恐怖症

anthropophobia  対人恐怖症

exnophobia    外国人恐怖症

acrophobia    高所恐怖症

triskaidekaphobia 13恐怖症

claustrophobia  閉所恐怖症

aphasia        失語症

autism         自閉症

suicide        自殺

amnesia      記憶喪失症

obsession   強迫観念、妄想などが取り憑くこと

asphyxia     仮死状態

disease       病気

thoracic diaphragm  横隔膜

prohibition   禁酒

get a crick in my neck  寝違える

get carsick   乗り物酔いになる

poor  circulation  冷え症

monomania   モノマニア、偏執狂

hypnotism    催眠術

bladder        膀胱

atopy          アトピー。先天性過敏症。atopos(奇妙な)というギリシャ語に由来する。

nosebleed      鼻血

flasher         露出狂

locomotive syndrome 運動器症候群

cerebral infarction   脳梗塞   

disinfection    消毒

pregnacy      妊娠

abortion      妊娠中絶

infertility     不妊症

cramp        けいれん

gastrospasm  胃けいれん

clitoromegaly  陰核巨大症

phallitis         陰茎炎

hydrophobia   狂犬病

bruxism        歯軋り ブラキシズム

chilblain        しもやけ

Hubris Syndrome ヒュブリス・シンドローム(傲慢症候群)

tiredness  疲労

exhaustion  極度の疲労

cervical spine injury  頸椎損傷

easy delivery  安産

rabies    狂犬病

osteopath  整骨医

hymen    処女膜

hearing aid  補聴器

suppressant  食欲抑制剤

placebo   偽薬

glaucoma  緑内障

cataracts  白内障

arthritis    関節炎

hay fever   花粉症

leg cramp  脚がつる、こむら返り

stillbirth    死産

parasite    寄生虫

hyperemia  充血

examination 検診

lactation     授乳

esophgus   食道

disinfection 消毒

apnea        無呼吸

slipped disc 椎間板ヘルニア

stomach ulcer  胃潰瘍

thyroid gland    甲状腺

measles       はしか

(医学英語,medical sciences)

覚えておくべき英単語1000

  「jazznocrazy」という英単語がある。いろいろ大辞典を調べてみたが出てこない。jazz(ジャズ)+crazy(気違い)で、「ジャズの夢中になって」という意味の造語らしい。1935年のスイングジャズバンド・James Kokの楽曲の一つにある。▽「z」で始まる単語はとても少ない。ジュディー・ガーランドの歌に「zing!」がある。擬音語で胸のときめきを表現していのだろうか。

abortion   妊娠中絶

adrenaline  アドレナリン

apathy     無関心

apology    謝罪

approval   賛成

assassination   暗殺

ambulance   救急車

ambiguous   曖昧な

amniotic fluid   羊水

bad loan  不良債権

behavior   ふるまい

belief       信仰

budget  予算

bond    債権

booger  鼻くそ

bribe    賄賂

conflict   紛争

conservative   保守的な

conspiracy     共謀、陰謀

convex glasses  老眼鏡

counterfeit   贋作

courthouse   裁判所

customs  関税

cward     臆病者

deplorable   嘆かわしい

desconstruction   脱構築

diaper      おむつ

dick       (けなして)ばか

discarding   廃棄

diligent    勤勉な、絶えず努力する

dodecaphony  十二音技法

deportation  国外追放

derail          脱線させる

dissertation   論文

ear pick      耳かき

ecosytem    生態系

election    選挙

equity     株式

epistemology  認識学

employability  雇用されやすさ

exhausted   憔悴する

exhibition   模範演技

exercise    練習

extremist  過激派

find employment  就職

government bond 国債

gross     (けなして)でぶの

fiscal deficit  国債

fiscal policy  財務政策

fixed match   八百長

frostebite     霜焼け

gravity         重力

hasty           せっかちな

hazard         危険

impatience    せっかち

inaguration    就任

incest          近親相姦

judge            裁判官

justice          正義

layoff           一時帰休

lawsuit         訴訟

lawyer          弁護士

litigation       訴訟

recession     景気後退

saliva           つば

sassy          生意気な ずうずうしい

service dog   介助犬

sludge         ヘドロ

sneeze        くしゃみ

snot           鼻水

square       正方形の、生真面目な人・頭の固い人

subsidy       助成金・補助金

swarm          昆虫の群れ

syllabary       五十音図

tax cut          減税

tax reform     税制改革

tax rise         増税

thriller          スリラー小説

treaty           条約

kickback       リベート

maidenhead   処女膜

manipulation  改ざん

meditation     瞑想

memorization     暗記

mirage         蜃気楼

monetary policy  金融政策

money laundering  資金洗浄

polyacrylamide   ポリアクリルアミド

pregnancy         妊娠

press           マスコミ

prickly heat   あせも

prosecutor    検察官

registration   登記

regret    後悔

resent         逆恨みする

responsible   責任感

ridge            山の背、尾根

annual rings   年輪

ケペル先生の何でも相談室1

Detail_from_a_painting_of_napoleon  世の中、どんなことでもインターネットを使って情報を探すとわかるようになった。だが時には調べてもわからないこともある。レファレンスとは、一言でいうと利用者の要求に応じて情報提供するサービスである。村上春樹のデビュー作「風の歌を聴け」に登場する作家デレク・ハートフィールドは架空の人物であるが、読者から「デレク・ハートフィールドの著作を読みたい」というリクエストに応じて司書が著作を探しては首をかしげるという誤解が後を絶たない。ここでは基礎的なレファレンスの質問事例をあげる。

Q ナポレオンがかぶっているあの帽子の名前は?

A ビコルヌ(Bicorne)という。英語ではビコーン。その biは2つという意味、corneは角を意味する。18世紀には三方を折り上げた三角帽(トリコルヌ)から派生し、18世紀末になると二角帽(ビコルヌ)が流行する。ナポレオンがよく使用したので一般にナポレオン帽と呼ばれることが多いが、ビコルヌはナポレオン専用の帽子というわけではなく、19世紀前半まで世界で使用されている。ちなみに、闘牛士のかぶる帽子もビコーン。

Q 日本画家、小林古径の死因は?

A コンサイス日本人名事典、ウィキペディアなどを調べるが、死因については分からず。小林古径記念美術館ホームページの年譜にも「1959年、74歳、4月3日、死去」とあるだけ。現代日本美術全集5巻(集英社)には「パーキンソン病と脳軟化症のため4月3日午前9時15分永眠」とある。

Q 鎌倉時代、臨済宗をひらいた僧に栄西がいますが、この僧の名称はエイサイ、ヨウサイ、どのように読むべきか?

A 栄西を「ヨウサイ」と呼ぶ一説は、懸声に由来するといわれています。また高峰東峻が著した「興禅護国論和解」の写本(両足院蔵)には、「イヤウサイ」と仮名が付されていた。これによって建仁寺では「ヨウサイ」と呼んでいた。ただし、「エイサイ」の読みが間違っているというわけではなく、両方の読みがあるようである。2014年の「栄西と建仁寺」展では「ヨウサイ」と読んでいる。

Q 巣鴨にある「とげぬき地蔵」の縁起とその縁日を知りたい

A とげぬき地蔵の通称で知られる高岩寺は東京都豊島区巣鴨にある曹洞宗の寺院。江戸時代、毛利家の女中が針を誤飲した際、地蔵菩薩の御影を飲み込んだ所、針を吐き出すことができ、吐き出した御影に針が刺さっていたという伝承があり、これが「とげぬき地蔵」の由来となった。縁日は、毎年4の付く日、特に1月、5月、9月の24日は例大祭で、普段より多くの人が参詣する。

PhotoQ JISマークは誰が考案したか、氏名が知りたい

A 1949年、日本の工業製品に関する規格や測定法などが定められ、JISに適合している製品にはJISマークが表示されるようになった。この図案は当時通産省工業技術院の職員だった高橋重(たかはし しげ)のデザインが採用された。2005年から新しいJISマークが開始された。このときは公募で水野尚雄のデザインが選ばれた。

Q 酒呑みをトラというのはなぜか

A お酒が入ると暴れてしまうような酒癖の悪い人、酔っ払いのことをトラ、大トラなどと呼ぶことがある。動物に譬えるとしてもなぜトラなのでしょう。室町時代の古辞書「壒嚢鈔」によると中国で古来から酒のことを「竹葉(ちくよう)」という。「竹の葉の露が溜まりまして、それが酒となったのに因みまして、竹葉という」とある。これになぞらえて「ささ」、笹薮に潜むのが、猛々しいトラである。つまり笹からトラが出る様を洒落て作られた言葉なのです。

Q 国産初の輪ゴム、製造者とその目的は?

A 輪ゴムの歴史は、1820年、イギリスのトマス・ハンコックという人が、中南米の先住民族が使用していたのを見て考案した。その後、1845年、ゴム加工業者スティーブン・ペリーによって輪ゴムが製造された。日本には大正時代末期から輪ゴムが使用された。共和護謨合資会社の西島廣蔵(1889-1977)が1923年、自転車のチューブを薄く切り、輪ゴムとして生産したのが国産第一号である。きっかけは日本銀行からお札を束ねるのに何かいい方法はないものかという話があって、考えついたと自著にある。(参考:「私の歩み 西島廣蔵追想録」 1978年刊行)

Q かなてこの「バール」は、何語からきたことばかを知りたい

A L字型に曲がった釘抜き「バール」は商品名で、英語の crowbarが訛った形と考えられる。

Q 俳句の季語「早苗饗」のよみ方と意味を知りたい

A さなぶり。田植えを終って田の神を送る祭り、またその祝宴や休日。夏の季語。

Q 万葉植物のアサガオは現在の何か。異説も知りたい

A 桔梗。山上憶良の歌に「萩の花 尾花葛花 なでしこの花 をみなえし また藤袴 朝貌(あさがお)の花」と秋の七草を詠んでいるが、最後の「朝貌」は私たちが知っているヒルガオ科のアサガオではない。現在のアサガオは平安時代に中国から渡来したもので、万葉植物の朝貌は、桔梗(ききょう)と考えられる。最古の漢和辞典「新撰字鏡」(901年ころ)で桔梗の説明に「阿佐加保(アサカオ)」とあり、今では桔梗説がほぼ通説となっている。ほかにも、木槿(むくげ)、昼顔(ひるがお)とする説がある。

Q 「レポート作成法 インターネット時代の情報の探し方」(日外アソシエーツ、2003年)の著者「井出翕」の読み方が知りたい。

A いでさかり。

Q 漢字書きの西洋人名で「馬雪浮」の読み方と原綴名を知りたい。

A マッキ―バー Robert Morrison Maclver 1882-1970 アメリカの社会学者

Q 「ただの水は飲むな」はどこの国のことわざか?

A 世界各国にたくさんのことわざがあって、意外と探すのはむずかしい。北村孝一の「外国のことわざ」(アリス館)に「ただの水を飲むな」(88頁)はトルコのことわざとあります。インターネットで探すと「無料の泉の水は飲むな」とあります。

Q 「愛及屋烏」の意味と出典

A 「あいきゅうおくう」読み下すと「愛は屋烏(おくう)におよぶ」。人を愛すると、其の家の屋根のカラスまで好きになるということから、愛するとその相手に関するすべてに愛情が及ぶとするたとえ。痘痕もえくぼ。出典は『尚書大伝』牧誓篇、『説苑』貴徳から。

Q 歌詞に「僕は君のトロイ・ドナヒュー、あなたは僕のサンドラ・ディー」とある曲は?

A バッドリー・ドローン・ボーイの「One last dance」に「I'll be your Troy Donnahue
 If you'll be my Sandra Dee」とある。

Q.中国歌曲「阿里山的姑娘」(または高山青)はいつ頃作られた歌か?

A.従来、台湾の高山族の伝統的な民歌と紹介されてきたが、実は映画の主題歌である。映画「阿里山風雲」(1947年)で歌われている。香港からきた映画監督、張徹(1923-2002)が曲をつくり、鄧禹平が作詩した。1970年にはテレサ・テンが歌っている。

Q.2019年のNHK大河ドラマ「いだてん」の主人公は日本最初のオリンピック選手、金栗四三。父親の名前は?

A.金栗四三は明治24年8月20日、熊本県玉名郡春冨村(現三加和町)にて父信彦、母シエの四男、8人兄弟の7人目として生まれる。

Q.合コンのテクニック「女子のさしすせそ」とは?

A.男性をほめるとモテる。つまり、「さすがですね」「知らなかった」「すごいですね」「センスいいね」「そうなんですか」の5つのフレーズを使うと会話がスムーズにはこぶ。

Q.杉目太郎行信の墓はどこにあるか?

A.源義経は衣川の館で藤原泰衡に裏切られ、自刃して果てた。しかし義経が自殺しなかったという噂は、かなり早くから語られていた。鎌倉へ送られた義経の首は杉目太郎行信という義経の影武者のもので、年も同じく、容貌などもきわめて似ており、義経の傍に常時従っていた人物だったという。佐藤基治の子で、義経の母方のいとこ。宮城県金成町(現・栗原市)の江浦藻山信楽寺の跡に墓碑がある。墓碑には「源祖義経神霊身替」と刻まれている。

Q.麗子像などで知られる洋画家、岸田劉生の戒名は?

A.「現代日本美術全集8岸田劉生」(1973年)によると「清香院殿劉誉到岸居士」とあるが、正しくは「清秀院殿劉誉到岸居士」である。

 

 

平成之大馬鹿門騒動

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   平成8年3月、京都の仏教大学が新図書館などの建設にあわせて正門周辺の改修工事をした際、彫刻家・空充秋(そらみつあき)が制作した門柱が贈られた。大学側は当初、気づかなかったが、4月3日の入学式で、教員が門柱の側面に30cm四方の大きさで「平成之大馬鹿門」と彫り込まれていることを発見した。大学と空とで題名を削るかどうか話し合いが続けられたが、決裂した。大学は「馬鹿という言葉は大学には不適切。削ってほしい」と要求。空は「作品を削るというのは、自殺しろというのと同じ」と対立。大学側が引き取りを拒否したため、2ヶ月後の6月、門柱を香川県木田郡庵治町の自宅に持ち帰った。その後、各地から門柱の要望があり、平成8年8月、空は兵庫県宍粟市へ寄贈した。現在、千種高原へ向かう道路を挟んで相対し聳える、おごしき山(1095m)と空山(901m)の、それぞれの山頂に1基づつ設置されている。(参考文献:中井真孝「平成之大馬鹿門と新聞記事」 鷹陵150号 1996年)

2018年4月 2日 (月)

日本地理クイズ

   クイズ番組をみていると、よく出る地理問題がある。例えば、「海のない都道府県は全部でいくつある。すべて答えよ」 海に面してないのは栃木、群馬、埼玉、長野、山梨、岐阜、滋賀、奈良の8つの県。「福という字が含まれる都道府県をすべて答えよ」福島、福岡、福井の3県。

問1.「馬」という字が含まれる日本の県名をすべて答えよ(最後に以上をいえ)?

問2. 次の都市はAからHまでのどのブロックに位置するか答えよ。

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①茅野市

②有田市

③深川市

④佐伯市

⑤名取市

⑥北斗市

⑦倉吉市

⑧阿南市

⑨周南市

問3.領海の幅は国によって異なるが、日本では海岸線から何海里と定められているか?

問4.中生代白亜紀ごろに日本列島に起こった佐川造山運動。名称の由来は「佐川盆地」付近に化石が多数出土し、地質学研究の宝庫として知られる。何県にある。

問5.「阿波の国」といえば徳島県。では「安房」は今の何県?

問6.20ある政令指定都市で、いちばん人口が多いのは?

問7.離島を除いて日本の本土最東端にある岬は?

問8.九州でいちばん大きな湖は?

問9.関東地方は1都何県か?

答え:問1.群馬県、問2.①D、②E、③A、④H、⑤C、⑥B、⑦F、⑧G、⑨F、問3.12海里(約22.2㎞)。問4.高知県。問5.千葉県。問6.横浜市。問7.納沙布岬。問8.池田湖(鹿児島県)。問9.6県。

上野に初の図書館つくられる(明治事物起源)

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   福沢諭吉が明治2年に著した「西洋事情」の中で、欧米の図書館(ビブリオテーキ)事情を紹介したのが、わが国に図書館を認識せしめた始めとされる。しかし、すでに万延元年遣米使節の一行がニューヨークのアスター図書館を訪ねており、そのときの模様は、副使の村垣淡路守範正および御勘定組頭の森田岡太郎の日記に記されている。

  明治5年、文部省出仕、市川清流は「書籍館(しょじゃくかん)」設置の重要性を上申した。同年4月2日(正確な日付は不詳)、明治政府は接収していた徳川家の紅葉山文庫と昌平黌の文庫を文部省所管の「書籍館」として開設したのが、日本近代図書館の始まりである。しかし、これらの所管官庁や場所は幾たびと変わり、元の湯島にもどり、「東京書籍館」として改称した。しかし西南の役による財政難のため、これらの整備計画は中止され、東京府に移管して、「東京府書籍館」と改められた。明治13年、文部省に返り、「東京図書館」と改めた。これが「図書館」という名称の始まりであるが、当時は「としょかん」と呼ばず、「ずしょかん」と呼んでいた。江戸期の「図書寮」など「図書(ずしょ)」の名残りであろうか。明治5年には京都に「京都集書院」が開設、湯浅次郎が群馬に「便覧社」を創設、渡辺熊次郎が函館に新聞縦覧所を創設するなど各地にさまざまな活動がおきた。明治7年、八戸書籍縦覧所創設。明治9年には大阪、浦和で府県立の書籍館が開設されている。東京図書館はその後、明治18年に上野公園に移転し、「上野図書館」の名で親しまれる。

  子ども文庫のはじまりは、明治39年に東京で児童文学者の竹貫佳水(竹貫直人、1875-1922)によって開設された「竹貫少年図書館」である。

2018年4月 1日 (日)

あの娘はもういない「スーザン・オリバー」

Susanolivergallery   「逃亡者」(1963年版)にはいくつか2話連続の物語がある。「さよならはいや」もその一つ。ロサンゼルス近郊の港町。ヨット工房で働くキンブル。そこでカレン(スーザン・オリバー)と恋仲になる。ロバート・デュバルはキンブルを怪しげな男とにらんでいる。カレンはヨットレースに出て、そのまま二人でメキシコに逃走する計画を立てる。だがジェラード警部はマッチの捨てかすから工房の場所をつきとめる。

    一緒にヨットを操縦する元気な女優さん。スーザン・オリバー(1932-1990)は「インベーダー」「ルート66」「宇宙大作戦」など多くのTV出演し、アメリカでは誰でも知っている人気女優だった。実は若い頃、日本で育った。戦後、昭和23年から24年ごろ東京の学校に通っていた。日本語が上手で日本文化に興味を持った。16歳の少女スーザンの目には戦後日本がどのように映ったのだろうか。活動的でパイロットの資格もあり、ニューヨーク・モスクワ間を単独飛行しようとした話も伝わる。もっと日本で人気がでてもいい女優さんだった。ヨット工房の職人ロバート・デュヴァルは当時32歳だった既にハゲている。のちアカデミー賞常連の名優になるとは誰が予測しただろうか。(Suzan Oliver)

 

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   代表作は「バタフィールド8」「ハートでキッス」「マードックの拳銃」「底抜け00の男」「底抜け再就職も楽じゃない」など。

雑誌「白樺」創刊

Photo_9     明治43年のこの日、雑誌「白樺」が創刊される。

    明治40年、志賀直哉は24歳のとき、家の女中の一人と結婚する決意をしたが、父の志賀直温に反対される。結局、女中は家を追われて、事件はうやむやに終わったが、直哉と父との対立はどうしょうもないものになっていった。この出来事を書いたのが「大津順吉」である。直哉はそのために一層文学志望の決意を固くする。

 明治41年には、同級生の武者小路実篤・木下利玄・正親町公和(おおぎまちきんかず)らと四人で、回覧雑誌「望野」を作った。この年「或る朝」「網走まで」「速夫の妹」等を書いた。明治43年4月、直哉は、「望野」の仲間に有島武郎・有島生馬・里見弴・児島喜八郎・柳宗悦らを加えて、同人雑誌「白樺」を創刊した。「白樺」はそれから大正12年8月まで継続し、その中から多くの作家を生んだ。同誌はその人道主義・理想主義によって、大正期の文学・芸術・思想の運動の中心になった。同人には、ほかに田中雨村・園池公致(そのいけきんゆき)・三浦直介・小泉鉄(こいずみまがね)・高村光太郎・長与善郎・日下諗(くさかしん)等がいる。(4月1日)

三鬼忌

水枕ガバリと寒い海がある

(高熱に耐えるため水まくらをして安静にしていた。ふと頭を動かすと、ガバリと水まくらが鳴った。その陰鬱な音は、病人の記憶の底から、広く寒々とした海を思い起こさせ、同時に窓外に冬の大森の海が見えて、なんともいえない不安感が襲ってきたのであった。)

算術の少年しのび泣けり夏

(算数の問題に長い間取り組んでいた少年は、どうしてもそれを解くすべがわからず、ついにシクシクと泣き出してしまった。長い夏の日も傾き、はや夕闇が迫ってきた。)

暗く暑く大群集と花火待つ

(花火大会に集まった大群集。やみの中で花火を待っていると、人いきれとおりからの暑さでむんむんするほどである。自分も今その中のひとりとして、花火の上がるのをじっと待っているのである。)

O0233028310552713956    西東三鬼(さいとうさんき、1900-1962)の忌日。本名は斎藤敬直(けいちょく)。明治33年5月15日、岡山県津山市南新座に生まれる。父は斎藤敬止は郡視学、母登勢。6歳で父を失い、その後は長兄の扶養を受けた。大正8年9月、二人ぐらしをつづけた母の死に遭い、東京の長兄に引き取られ、大正14年、日本歯科専卒業、長兄在勤の関係で12月渡航、シンガポールで開業。しかし、昭和3年済南事変が起こり、日貨排斥による不況とチフスの大患のため休院をつづけ、失意のうちに帰国した。昭和8年、東京神田共立病院歯科部長に就任。昭和9年、32歳の時、患者に俳句会にすすめられて作句に志す。このころ新興俳句の勃興期であった。日野草城、吉岡禅寺洞、山口誓子に師事するが、平畑静塔に誘われて京大俳句に参加する。新興俳句陣の花形となり、「俳句の魔術師」といわれた。昭和15年8月末日、京大俳句事件に絡み治安維持法違反で検挙された。11月起訴猶予となったが、爾来たのしまず、俳句も放棄する。昭和17年、神戸に移る。戦後俳誌「天狼」創刊に加わったが、昭和27年から「断崖」を主宰。昭和37年1月、発病、胃がんで4月1日葉山の寓居で没した(西東忌、三鬼忌)。享年62歳。主な句集は「夜の桃」(昭和25年)「今日」(昭和26年)「変身」(昭和37年)など。

エイプリル・フール

Aprilfools 4月ばか、April Fool、万愚節。友人たちをかついで興じる日。この習慣がなにに由来するかについては定説はない。16世紀頃からフランスで始まった習慣とされる。フランス語でPoisson d'Avril(4月の魚)といい、この時期よく捕れるサバのことを指している。1564年にシャルル9世がいまの暦であるグレゴリオ暦にかえたが、なかなか浸透しない。そこである貴族が4月1日に公爵の屋敷でパーティーがあるという嘘の招待状を出したのがはじまりといわれている。民衆が王に反発して、4月1日を「嘘の新年」として位置づけ、バカ騒ぎをするようになつたという説もある。だが「4月ばか」の慣習は18世紀初めまではそれほど一般に広まらなかった。イングランドでは、もっとも好まれた遊びは「無駄なお使い」に出すことであり、Aが犠牲者をBのところに使いに出すと、Bはさらに彼をCに送る。こうして犠牲者は、気づくまであちこちにやられるのである。北欧のスウェーデンでもエイプリルフールは盛んである。April skamt  アプリール・ファムト(四月冗談)という。一説によるとエイプリルフールは、キリスト教の死んだ日と関係するといわれる。キリストが死んだ日は春分の日(ニサン)の新月の日から14日たった日といわれる。(4月1日)

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