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2018年3月 5日 (月)

黄巾の乱おこる

Photo_13 およそ1700年前、中国では大土地所有と商業によって富をきずいた豪族が、お互いの領土を奪い合っていた。漢の王室は幼帝が続き、宦官・外戚の政治介入で混乱し、宦官が官僚を弾圧し、国がばらばらになっていた。ちょうどそのころのことである。鉅鹿郡の張角が、184年3月5日、農民反乱をおこす。張角のよびかけにこたえて、集まる者の数は、またたくまに増えて50万人を超えた。黄色の旗をててた軍隊を見て、官軍は「黄巾賊」と呼んだ。太平道は五斗米道とともに道教の源流となった。だが張角は184年に病死し、張宝・張梁も戦死し、すぐに盧植、皇甫嵩らによって黄巾党は鎮圧される。スローガン「蒼天すでに死す。黄天まさに立つべし」に見られる漢朝統治の天下が死んで黄色の天になるという意味は、火徳の王朝の次には黄色の土の徳を有する王朝が成立する、という五行思想の王朝交代説である。

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