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2018年3月18日 (日)

エディンバラ城の幽霊

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    7世紀初め、7王国の一つであるノーサンブリアの王エドウィン(在位617-633)が創建し、「エドウィンの城市」と呼ばれたが、これが通称となってエディンバラなる地名が生じた。中世のエディンバラは、国都としてよりもむしろイングランドに対する軍事的都市としての色彩が強かったので、国王にしても、常時ここに在住することきなかった。1296年、城はイングランド王エドワード1世に3日間包囲された末に攻め落とされた。伝説によると、この鼓手は、3日目にイングランド軍が総攻撃を開始したことをスコットランドの人々に知らせるも、頭を耳から耳まですぱりと斬り落とされてしまったのだという。17世紀、城から市の中心部を結ぶ秘密のトンネルが発見された。言い伝えでは、若いバグパイプ吹きがこのトンネルの調査を命じられたという。バグパイプを吹きながらトンネルの中を進み、その音をたどって地上の人々がトンネルの進路を探ろうというのだ。だがバグパイプ吹きは跡形もなく姿を消してしまう。その幽霊が今でも地下通路をさまよい歩いており、城ではそのバグパイプの音が聞こえると言う人もいる。

   エディンバラが名実ともにスコットランド王国の首都となるのは15世紀になってからで、現存するほとんどの建物はこの時以降のものである。スコットランド女王メアリ・ステュアート(在位1561-1568)は仏王フランソア2世と結婚したが死別し、のちにダーリン卿と再婚してジェームズ1世を生む。夫を暗殺させたためイングランドにのがれ、エリザベス1世に頼ったが、旧教徒の女王暗殺事件に連坐し斬首された。

    エディンバラは18世紀になってから整備された碁盤目状の新市街でつくられている。(Edinburgh)

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