アベイの牢獄事件と九月虐殺
1792年8月以降、パリでは反革命派狩りが起こった。当時、アベイ、カルムその他の牢獄には約500人が収容されていた。そのほとんどは聖職者であったが150人ほどが殺害された。虐殺は数日間つづいた。ある牢獄では優美をうたわれたランバール公爵夫人が無残に殺された。群集は彼女の遺骸から衣裳をはぎとり、彼女の首を槍先にさしてマリー・アントワネットにみせつけたといわれる。
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