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2017年11月21日 (火)

波郷忌

綿虫やそこは屍の出でゆく門

   昭和24年、石田波郷の句。冬の日のどんよりとした風のないしずかな日など、1つ2つ3つと、いやときにはもっと数多く、白い何か灰のように浮かびとんでいるものを見かける。「屍の出でゆく門」とは病院の裏手の人目につかぬところにあり、棺桶に納められた遺体が葬儀屋によって運ばれていく出口のことであろう。波郷は応召後、病を患い入退院を繰り返した。死にまつわる句が多く、人間探究派とよばれる。1969年のこの日、石田波郷は56歳で世を去った。

2017年11月20日 (月)

レフ・トルストイ忌日

Photo_2   レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ(1828-1910)の晩年は、世界中の多くの人から沸き起こる喝采の嵐に包まれていたが、また一方では自分自身の信念と:現実生活の矛盾に苦しんでいた。領地や財産を他人に与えたために家庭内の不和が起った。トルストイはさまざまな反目に耐えられず、1910年10月28日、ヤースナヤ・パリャーナを出て、三等列車に乗り込みあてもない旅に出た。31日、突如、肺炎をひきおこし、寒村アスターポヴォ駅で途中下車。トルストイの容態を心配して、枕元に集まってきた人々に対してトルストイは言う。「世界には数百万人の困苦者がいるのに、なぜ君たちは私ひとりのためにここにいるのか」と。トルストイは11月20日午前6時5分、駅長の官舎で息を引き取った。享年82歳。

    トルストイの宗教論、非戦論、芸術論はチェーホフ、ゴーリキー、ショーロホフなどのロシア作家に、さらに西欧や日本の白樺派などに大きな影響を与えた。京都・一燈園の西田天香(1872-1968)もその一人である。トルストイの著作に接したことがきっかけで社会奉仕に目ざめた。(Lev Nikolaevich Tolstoi)

何でも知って、何でも考えよう

Abogadoscostadelsol4 「ケペル先生のブログ(日々の話題あれこれ)」 ごめんなさい。最近、頭痛・めまい・手足のしびれ・不眠など体調不良によりコメントの返礼ができませんので悪しからず。

  閑静安適の日々を過ごしながら、学ぶことそのものを喜びとしたい。このブログにおいて「何でも知って、何でも考えよう」の精神で、歴史・時事問題、最近話題のトレンドだけではなく、古今東西の雑学ネタを集める。わからないこと知らないことは、放っておいても実のところ当面、何かに不自由するということはない。でも人間不思議なもので知らないでいることは気にかかる。ネットでも本でもなんでも使って、とことん調べてみたい。17世紀イギリスの詩人ベン・ジョンソンのことばに「多くの事をするのはやさしいが、一事を永続するのはむずかしい」とある。いわばこの10年間に調べた雑学事典である。現在の記事数は、11395件。

   記事の叙述は、「いつ」「どこで」「だれが」「なにを」「なぜ」「どのように」を軸に、わかりやすい文章を心がける。:現代的な事柄も取り上げながらも学問的にも、高い品位を保ち、一般教養人が読むに堪え得る内容につとめ、実証主義に立脚した研究をめざす。一日一日の着実な積み重ねで、あらゆる分野でもかなりの地点まで到達することができると信ずる。日頃から、見聞を広げ、多くの文献を渉猟し、知識を蓄えるように心がけたい。

   主なカテゴリーと人気記事一覧
雑学室

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2017年11月19日 (日)

日本人物伝・高松凌雲

   「医の時代、高松凌雲の生涯」木本至著 マルジュ社 1980年。高松凌雲(1837-1916)は幕末・明治期の医師。箱館戦争においては箱館病院を開院。その後、民間救護団体の前身と言われる同愛社を創設。日本における赤十字運動の先駆者とされる。

ゲティスバーグ演説

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    1863年7月3日、ゲティスバーグの戦いは終結した。11月19日、ペンシルヴェニア州南部のゲティスバーグで行われた国立戦没者墓地奉献の式典でリンカン大統領は「人民の、人民による、人民のための政治を地上から消滅させてはならない」と演説した。しかしこのとき、ほとんどの聴衆は疲れて演説を聴いていなかった。そして実はこの句はリンカンのオリジナルではなく、イギリスの宗教改革者ジョン・ウィクリフ(1320-1384)が1384年に出版した旧約聖書の序文に書いたものである。それもウィクリフの言葉を直接引用したものではなく、ユニテリアン派の牧師セオドア・パーカー(1810-1860)の著書からの孫引きだった。(Abraham Lincoln,Gettysburg,Theodore Paker)

水洗トイレの話

Kani_img_01     本日は「世界トイレの日」。2010年のヒット曲「トイレの神様」。近代流行歌100年の歴史を振り返っても、トイレ、便所、うんこ・糞尿を歌った楽曲は少ない。「汚穢屋の恋歌」「いぼ痔のバラード」なんて無いよね。な~んでか?それは「トイレの神様」の歌を聴いても多くの人が水洗トイレをイメージするようになったからだ。一部のお年寄りはまだ溜め置き式、汲み取り式を想像する。溜め置き式が一般的で長く続いたのは農業の肥料としてリサイクルしていたことと関係する。水洗化が普及したのは昭和40年代だが遅いところは昭和50年代半ばになっても水洗化していない地域が都市部でもあった。屎尿を肥料としていたころは、回虫の寄生率は高かった。昭和30年代、毎年、小学校では肛門にシールを貼ってぎょう虫検査を行う。半数以上の子どもが回虫をもっていた。立小便はするし、野原で脱糞する女子もいた。昭和でもそんなだから幕末江戸期や明治期はどうだろう。これが意外にも清潔だったらしい。外国人の記録では当時のパリやロンドンでは悪臭が漂うほど路上に汚物があったが、日本は「一滴のこらず」都市の外に出されて、肥料となるというリサイクルシステムが確立されていた。都市に汲み取り人が屎尿を買い取りに来る。だが都市衛生が優れていたということではない。江戸の長屋は共同便所だが、尿は下水に放たれ、川にそのまま流れていた。立小便は当たり前だった。「トイレの神様」では亡くなったお祖母ちゃんを思い出して感動するだろうが、実は影で苦労した汚穢屋さんや下水道整備事業と屎尿処理技術の発達、すなわち地方自治体の半世紀にわたる努力の賜物と考えている。(11月10日,11月19日)

2017年11月18日 (土)

モナリザの本当のモデルは誰か!?

Leonardoepareu  パリのルーヴル美術館には30万点以上の名品が所蔵されているが、なかでもレオナルド・ダ・ヴィンチの名画「モナ・リザ」ほど有名な絵画は他にない。謎の微笑をたたえる美女のモデルは誰なのか、永遠の謎の一つであった。ルネサンスの美術史家ジョルジョ・ヴァザーリは著作で、「レオナルドは、フランチェスコ・デル・ジョコンドのため、彼の妻モンナ・リザの肖像画を引き受けた」と記している。1503年頃のことと思われる。近年、そのモナリザのモデルと考えられる女性の遺体を発掘して顔面を復元しようというプロジェクトがイタリアで進められている。「モナ」は婦人、「リザ」はエリザベッタの愛称であることから、フィレンツェの豪商フランチェスコ・ジョコンドの2人目の妻エリザベッタ・デル・ジョコンド(本名は長い。リザ・ディ・アントニオ・マリア・ディ・ノルド・ジョルディーノ、あるいはリザ・ゲラルディーニ、1479-1542)とする説が有力である。彼女の遺体はフィレンチェの聖ウルスラ女子修道院にある古い建物に保存されている。調査チームがジョコンド夫人の頭蓋骨の断片を発見し、別の場所に埋葬されていたジョコンド夫人の親族とDNAの照合を行うことになった。しかし親族の遺体が多湿で保存状態が悪く現在の技術ではDNA抽出は不可能であるとわかった 。

   モナリザの謎はほかにも幾つかある。レオナルドの注文主がフランチェスコ・デル・ジョコンドだったとしたら、いったいなぜ画家は注文主に肖像画を引き渡さなかったのか。また何年も手元に置き、晩年のフランス行にまで持参したのか?フランス国立公文書館にはモナリザが売却された領収書が残っている。フランソワ1世が2604ルーブルという莫大な金額で買い上げた。売主はサライという名のレオナルドの弟子である。つまり生前贈与として弟子のためにモナリザを売り渡したのである。モデルをめぐる謎はいまだ未解決である。

   NHKドキュメンタリー「4人のモナ・リザ」。最新研究によると、1503年にフィレンツェでモナ・リザを書き上げたのち、ジュリアーノ ・デ・メディチから3歳の息子のために母親像の依頼をうけたとある。ジュリアーノはウルビーノの宮廷で恋をして庶子イッポ一リト(後の枢機卿)生まれたが母パチフィカ・ブランジーニは死んだ。母を恋しがる幼子のために、レオナルドは理想の母親像をとして、正面向きに修正しなおして、リザの肖像画の上に新しく描いたと推測している。これが今日われわれが見るモナ・リザである。レオナルドの母カテリーナを想いうかべたのかもしれない。

なぜ日本人はドーナツが好きなのか?

  「楽観主義者はドーナツの輪を見る。悲観主義者は、穴を見る」19世紀イギリスの劇作家オスカー・ワイルドの言葉だが、すでにリングドーナツは19世紀中頃あたりから見られるようになった。日本人もドーナツがたいへん好きなスイーツである。都市の市街地の人口が減少し、郊外の人口が増加する人口移動現象を「ドーナツ化現象」という。この言葉は一般には日本国内に用いられる言葉であり、海外でこれに対応する言葉はなく、近い言葉にスプロール化現象がある。地理学上、よく用いられるものの地理学者の学説ではなく、戦後、都市中心部の地価が高騰し、環境も悪化して、まるでドーナツの真ん中に穴が空くように、人口が都心を離れて郊外へと移っていったところから自然に生まれたマスコミの造語らしい。いつ、だれが作った語か明らかではない。この「ドーナツ」を日本人に親しいお菓子としたのはペギー葉山が歌う「ドレミの歌」である。「♪ドはドーナツのド、レはレモンのレ」である。原詩は、「Doe、a dear(小鹿) Ray 、a drop of golden sun(黄金の太陽の落とし物)」である。日本訳詞ではほかに「ドはどこまでも、レはレンゲ草」(九重佑三子)もあった。やはりドーナツが正解であった。urban sprawl

ゴッホが愛した女たち

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 シーンの娘 坐像(左向きのプロフィール) 鉛筆 黒の石版用チョーク 水彩用紙

   フィンセント・ファン・ゴッホの37年の短い生涯で、彼が愛した女性は数人いる。カロリーナ・ハーネべーク(初恋の人)、アゴスティーン・セガトーリ(カフェ・タンブランの女)、マルグリット・ガッシェ(医師の娘)。しかしシーンという名前の女性がいちばんよく知られているかもしれない。ゴッホのハーグ時代(1882年から1883年9月までのおよそ20ヵ月)に「悲しみ」(1882年、ロンドン・ウォルソン美術館蔵)という黒チョークで描かれた作品がある。ゴッホは自ら「最上の作品」と呼び、石版画にもしている。上掲の図版「シーンの娘」のモデルはシーンの長女で、暗い表情、やせこけた頬に不幸と貧しさが哀しくも表現されている。

Photo_2    1882年1月、ゴッホは街頭で酔っ払いの妊娠した娼婦に出会った。クラシーナ・マリア・ホールニク。クスクリスティーヌなのでゴッホはシーンとよんだ。二人の20ヵ月間の同棲生活が始まる。やがて赤ちゃんも生まれた。テオへの手紙には次のように書いている。「ちょうど今ここに、女が子供たちといっしょにいる。去年のことを思い出すと大きなちがいだ。女は元気になり、気むずかしさがなくなってきた。赤ん坊は、およそ想像がつく限りで最も可愛らしく、最も健康で、陽気なちびになっている。そしてあの可愛そうな女の子はデッサンを見れば分かるけれど、彼女が受けた恐ろしい不幸が未だ拭い去られてはいない。このことがしばしばぼくの気がかりになるのだ。しかし去年とはすっかり変わった。当時は全くひどかったが、今では彼女の顔はあどけない子供のような表情になっている」

   この手紙を読む限りでは、貧しいながらも4人で暮らすありふれた幸せな家庭が築けそうな期待がする。しかしゴッホとシーンに破局がやってくる。1883年12月、ゴッホは両親のいるヌエネンに戻る。シーンの2人の子供たちがその後どうなったのか、それは誰も知らない。

油小路の決闘

Img015   慶応3年3月10日、尊攘思想を抱く伊東甲子太郎は、新選組を脱退し、御陵衛士として五条橋東詰めの長円寺に移り、そのあと東山高台寺の塔頭・月真院に移った。月真院の門前に「禁裏御陵衛士屯所」の標札をかかげた。一派は高台寺党、あるいは伊東派と呼んで、近藤らの本隊と区別している。14名の名を挙げておこう。

   鈴木三樹三郎、篠原泰之進、新井忠雄、毛内有之助、服部武雄、斉藤一、藤堂平助、加納道之助、富山弥兵衛、阿部十郎、内海二郎、中西登、橋本皆助、清原清である。

   この中で斉藤一は、近藤側の間者として送り込まれていて、内部の様子を逐一、報告していたようだ。

   11月18日、伊東は近藤、土方の饗応の帰途、油公路木津屋橋通りで、大石鍬次郎ら新選組の闇討ちによって斬殺された。土方の指図で、伊東の屍は七条油公路の四ツ辻へ放置した。必ず高台寺の一派が死体を取りにやって来ると読み、新選組の40余人の者が遠巻きにして取り囲んだ。そこに伊東の横死を聞いて駆けつけたのが、篠原、鈴木、加納、藤堂、服部、毛内、富山の7人である。40余人との斬り合いは激しく、「油公路の惨劇」として知られるところだ。藤堂、服部、毛内は斬り死にした。幸運にもこの惨劇を免れた3名の者たち、篠原泰之進(1829-1911)81歳、鈴木三樹三郎(1837-1919)83歳、加納道之助(1839-1902)62歳は、いずれも天寿を全うしている。

2017年11月17日 (金)

日本人物伝・正覚坊覚鑁

Taidan4    津本陽は1966年以来、旺盛な創作活動を展開している。真言宗にも造詣が深く、「大悲の海に」という覚鑁上人の伝記小説がある。覚鑁(1095-1143)は、真言洲中興祖にして新義真言宗始祖である。空海の思想を継承し、法然・親鸞への道を開いたと評される。わずか40歳で大伝法院の座主となったが、やがて高野山の旧勢力との対立から下山する。

「千字文」伝来考

0f3bb3e9cbe9fdfaab7192fd4c9e75f7     わが国の古い伝承で漢籍について述べられているものは「古事記」の応神天皇の条に16年(紀元285年)に百済の国の和邇吉師(王仁)が「論語」10巻、「千字文」1巻をもたらしたという記述がある。また「日本書紀」の応神紀には、莵道稚郎子(うじのわきいらつこ)皇太子が王仁について漢文を習ったと記されている。今日これらを史実と考える研究者はあるまい。中国ではまだ「千字文」は成立しておらず、南朝の梁の武帝(464-549)が周興嗣(470-521)につくらせたものである。だが王仁は帰化人として日本に滞在していたと考えられ実在の人物とみなされている。「千字文」を伝えたとするならば6世紀初めの人と考えられる。千字文の一節「散慮逍遥」を書いた木簡が出土している。日本に伝わった「論語」10巻が梁の武帝のとき編纂された「論語義疏」と思われる。つまり王仁は4世紀の人物ではなく6世紀の人と考えられる。王仁に関しては謎に包まれているが、記紀に見える王仁が、朝鮮側の古記録には見えない。「海東繹史」(18世紀末)になって初めて王仁の記述が見える。韓国全羅南道の霊岩に王仁の生誕伝説と遺跡が伝えられる。

千字文十種 全14巻 平凡社 1936-1937
評釈千字文 岩波文庫 山田準・安本健吉註解 岩波書店 1937
千字文詳解 増訂 伏見沖敬 角川書店 1983

良い名前、悪い名前

Img_1026365_19484702_0_2   赤ちゃんの命名には親の願いが込められている。家内の伯父に「英樹」という名前の人がいる。昭和18年生まれで東條英機にあやかったのだが、役場の届出をするとき漢字を誤って「英樹」とつけたそうだ。明治安田生命による2012年に生れた赤ちゃんの命名ランキングが発表された。男児は蓮(れん)、颯太(そうた)、大翔(ひろと)。女児は結衣(ゆい)、陽菜(ひな)、結菜(ゆいな、ゆな)。なぜ「蓮」が多いのか。石橋蓮司や大杉漣ではない。蓮は、池などに咲くハスの花の力強いイメージから「逆境に負けない人間に育ってほしい」、結衣には「幸せの糸を紡いでほしい」という願いが込められている。

     ブラジルのサッカー選手ソクラテスは父親がギリシャ哲学の崇拝者であったためソクラテスと名付けられた。阪神の藤川球児の名にも親が子どもを野球選手にしたいという願いが込められている。化学者、登山家で、南極越冬隊長だった西堀栄三郎(1903-1989)は、4人の子どもたちには、岳夫、富士夫、暁子、峯夫と名前を付けた。いまはみな成長し、医師、工業美術、物理学者となったが、探検家としての業績は寡聞にして知らない。

ところで名前にはいろいろ、使わないほうがいい漢字がある。はっきりしているのは、過去に重大事件を起こした人物とか、殺人犯の名前。隆浩、智大、勤、昭美などは避けた方がいい。また貞子や伽椰子などのホラーをイメージする名前もよくない。意外なところでは花や植物に使われる漢字もよくないといわれる。花や植物は枯れてしまうことから、人生に転落する時期があることを暗示する。「桃」「梢」「樹」「葉」「菜」「桂」「花」「草」「藤」「桐」「桜」「梅」「松」など。ひところ流行した「明菜」という名前にもはかない雰囲気がある。動物・十二支に使われる漢字もよくない。動物は人生が短いことから、人生の変化が激しすぎるという意味を持つ名前になってしまう。漢字例「馬」「虎」「龍」「鶴」。吉田松陰の名前は「寅次郎」、坂本竜馬など短くて激動波乱の人生だった。横綱鶴竜も四股名であるが、漢字「鶴」と「竜」の動物二文字は縁起が良いようで悪い。

モナ・リザの瞳

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    レオナルド・ダ・ヴィンチは1503年3月、ローマから故郷に近いフィレンチェに戻り、フィレンツェ政庁の会議室のための壁画(戦闘図)に着手した。(「アンギアーリの戦い」)現在、この壁画で残っているのは彼の素描とルーベンスによる模写だけである。ダ・ヴィンチの向かい側には、ライバルであるミケランジェロが「カッシーナの戦い」を描いていた。

    この時期はダ・ヴィンチの創作意欲の盛んな時期であった。彼の作品のうちで最も有名なあの「モナ・リザ」の制作にとりかかったのは、1503年10月ころからである。「モナ・リザ」という題は、ジョルジョ・ヴァザーリが「美術家列伝」で記している。モナは婦人、リザとはエリザベッタの愛称で、ヴァザーリはこの女性がフィレンツェの豪商フランチェスコ・デル・ジョコンドの妻としている。この説をもとに、後世の美術史家は、モナ・リザのモデルは、フランチェスコ・ディ・ザノビ・デル・ジョコンドの3番目の妻であるエリザベッタ・デル・ジョコンドであると考えられていた。本名リザ・ゲラルディーニ(正式名はリザ・ディ・アントニオ・マリア・ディ・ノルド・ジョルディーノという長い名前である)は1479年10月16日に生まれ、ナポリの上流階級の出身であった。1495年にジョコンダと結婚した。モナ・リザがリザ・ゲラルディーニだとすれば、当時24歳ということになる。ダ・ヴィンチの肖像画の女性はもっと年齢が高く見える。そこで古来からモデルの女性は別人ではないかという説もあった。ナポリ公妃コンスタンツァ・ダヴァロス、イザベラ・タラゴーナ、イザベラ・デステ、はてはダ・ヴィンチの自画像説まで登場した。

    2008年1月14日、ドイツのハイデルベルク大学図書館はモナ・リザのモデルがフィレンツェの絹商人フランチェスコ・デル・ジョコンドの妻リザであることを裏付ける証拠を見つけたと発表した。証拠は、1477年に印刷された所蔵図書の欄外にフィレンツェの役人による書き込みがあり「ダ・ヴィンチは今、リザ・デル・ジョコンドの肖像を描いている」と記述されていた。今回の発見はモナ・リザのモデルを特定する有力な証拠になったことは間違いない。

   ところが最近、モナ・リザの瞳に書き込まれた文字が、モデルの正体を示しているという新説がでてきた。文字は小さくて肉眼で確認することはできないが、超高解像度の写真を分析することでわかった。モナ・リザの右目には「LV」と書き込まれていて、ダ・ヴィンチのイニシャルが、左目には「B」または「S」、あるいは「CE」とイニシャルらしい文字が見られる。これがモデルの正体を示すものと考えられるが、リザ・デ・ジョコンドであるとする説には否定的であるという。

 近年の新発見によると、現在われわれが見るモナ・リザは若いジョコンダ夫人の像の上にに新たに描きたされたものたどする説が浮上している。ジュリアーノ・デ・メディチが庶子イッポリートのために母親の肖像をレオナルドに依頼した。パチフィカ・ブラダーニはイッポリートを生むとすぐに死んだためモデルではない。つまり現在の喪服を着て正面向きになった夫人像はレオナルドの理想の母親像といえる。モナ・リザの瞳に見える「C」というイニシャルは、母の名前カテリーナを意味しているのかもしれない。

美人すぎる尼僧

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    1956年7月25日、北大西洋ナンタケット島沖でイタリア客船アンドレア・ドリア号とスウェーデンの客船ストックホルム号が衝突し、双方で55人の死者を出す海難事故があった。両船ともレーダーを過信し、濃霧の中を20ノットの高速で航行していたのが原因であった。写真家ユージン・スミス(1918-1978)が偶然にニューヨークの桟橋で撮影した美しい尼僧の写真がよく知られている。まるで映画のワン・シーンを思わせるが、むかしの恋人を探しているのか、単なる野次馬なのか、誰にもわからない。(Andrea Doria,Eugene Smith)

関係文献
アンドレア・ドリア号沈没事件 林田金二 損害保険研究18(4) 1956年10月
アンドレア・ドリア号事件の其の後 林田金二 損害保険研究19(4) 1957年10月
客船史つれづれ草 9 竹野弘之 世界の艦船679 海人社 2007年9月号

2017年11月16日 (木)

意外な物の名前

  現代はモノにあふれていて、モノの数だけ名前がある。身近なものでふだんよく見るけど正式な名前は意外と知らないというモノは多い。名前を知りたい。

先ずはじめに、「ピジョンホール」 直訳すると、「鳩の穴」。でも鳩小屋ではない。イギリスで1940年代頃、細かい冊子などを分類整理するため、仕切りの多い棚をこう呼んだのが始まり。

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  口座番号など桁数を揃えるために数字の先頭に書いておく、ゼロのことを何という。

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 先行ゼロ。英語では、leading zeros。

ここからが、問題。

袋綴の和本や原稿用紙の中央、各丁の折り目の部分にある魚の尾の形をした飾りを何というか

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   製図用具の一種で、一様な太さの直線や円などを黒インキで描くときに使うもの

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耳かきの棒の先にある白いふわふわとした綿。

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土蔵などの外壁にみられるカマボコ形に盛り上げて塗った壁

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街路樹や生垣によく見られる。落ち葉が少なくて、刈り込みなどにも強い。

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金魚すくいに使う紙のアミ

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岩の割れ目に金属製のクサビを打ち込み、穴にザイルを通して、登攀の手がかりにする登山用具。

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理髪店にある赤白青、三色の看板。

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食パンの袋の留め具

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お葬式のとき張られる白黒の幕

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寺社建築などに見られる花形に造った特殊な窓で、禅宗寺院の窓によく見られる。桃山時代以後変形し、神社・城郭にもさかんに用いられた。

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肺の容積や、空気を出し入れする換気機能を調べる検査器

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版画の道具。

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無人で飛行することが可能な航空機

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駐車場などで見かける三角形の円錐。

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答え 魚尾(ぎょび)、烏口(からすぐち) 梵天(ぼんてん)  海鼠壁(なまこかべ) ウバメガシ ポイ ハーケン サインポール クロージャー 鯨幕 花頭窓(火燈窓) スパイロメーター 馬簾(ばれん) ドローン カラーコーン

参考:みうらじゅん「アレの名前大百科」宝島社 2010年

校正ミス

日本学術協力財団の「地球温暖化にどのように対処すべきか」1997年11月に日本学術会議(東京都港区)で開催された講演記録集。第6の講演が小川直宏の「人工面から見た地球温暖化対策」。「人工」は「人口」の誤りである。学術誌にしてはあまりにも初歩的な校正ミスである。

桐生鹵簿誤導事件

Img29130f38zikezj   鹵簿(ろぼ)とは行幸の行列のこと。1934年11月16日、群馬県桐生市で昭和天皇の警備の先導車が道順を間違え、責任を感じた本多重平警部(当時42歳)が翌日自殺を図った。幸い、素手で刃物を持っていたため、突く力が弱く、一命を取り止めた。本多にはその後も後遺症が残った。1969年、68歳で没した。この事件は、天皇がどれほど現人神であったかをまざまざと示している。戦前、すべての小学校には御真影と教育勅語が奉納してある奉安殿が設けられ、火事で御真影を焼失したため責任を取って自殺した校長がいたという。しかし天皇を神のように崇めてみても、日本国民は現世の救いを与えられることはないが、いま再び戦前のような天皇の神格化が進んでいる。松本清張の短編「尊厳」はこの事件を題材にしている。

2017年11月15日 (水)

ヘッドライト

   本日のBSプレミアム「ヘッドライト」(1955年)。中年トラック運転手ジャン・ギャバンとウェイトレスとの悲恋。病死するクロチルドはフランソワーズ・アルヌールが演じる。当時日本でも大人気女優だった。ギャバンの娘ダニー・カレルも可愛い。ルネ・クレールの「リラの門」に出演していた。フランソワーズ・アルヌールもダニー・カレルもご健在のことでうれしい。

山本文緒の小説「プラナリア」

   プラナリアは扁形動物門ウズムシ綱ウズムシ目ウズムシ亜目に属する動物の総称。体長20から25ミリメートルくらいで、日本中の渓流に生息する。神秘的なまでの再生能力があり、再生の実験によく使われる。小説の主人公春香は25歳で乳がんの手術以来、退職して現在無職。何もかも面倒くさくて、不眠症で、社会復帰ができない。「次に生まれてくるときはプラナリアにしてください」と星に願っている。こんな春香に突破口はあるのか。直木賞作家山本文緒の代表作。以前「パイナップルの彼方へ」は円形脱毛症や過呼吸症候群になったOLの恋愛青春記だったが、山本の作風は現代女性特有のストレスや心の病を題材にした作品が多い。

インカ帝国滅亡

Pizarromap   1533年のこの日、フランシスコ・ピサロ(1478-1541)がインカ帝国の首都クスコに無血入城した。

  スペインの軍人ピサロはインカの黄金に関する噂を聞いて南米大陸の西海岸を探検し、スペイン宮廷の援助を受けて180人の兵士とともにパナマを出発(1531年)、アンデス山脈を越えてペルーのインカ帝国にいたり、1531年11月、インカ皇帝の率いる2万の敵軍を破ってクスコに入り、皇帝アタワルバを処刑して(1533年7月26日)、11月15日クスコに入城し、インカ帝国を滅ぼした。

2017年11月14日 (火)

印象派の巨匠モネ

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アルジャントュイユのセーヌ川  1872年

  クロード・オスカール・モネ(1840-1926)は、印象派画家のうちで最もひたむきで、純粋な実践者であった。モネは1840年11月14日、食料品商で元船乗りのアドルフ・モネの長男としてパリに生まれた。1845年、一家はノルマンディーの港町、ル・アーブルに移り、父親は食料品店と船具商の経営を継ぎ、家計は潤っていた。セーヌ河口のこの港町で、クロードは、幸せな子ども時代、そして青年期を過ごした。

   アマチュア画家であった叔母のソフィー・ルカードルがクロード少年の絵画の才能を喚起したようだ。ル・アーブル市の学校へ通うようになったモネは、よく教科書やノートに戯画を落書きしていた。15歳になるころには、彼の絵は町の評判になり、売れるまでになった。

   モネの絵は地元の額縁屋に展示され、これが彼の人生を決定するきっかけとなった。同じように、オンフール出身の風景画家、ウジェーヌ・ブータンもこの店に絵を展示しており、ここで二人は知り合った。ブータンは年若いモネに風景画を描くことを勧め、ともに制作に励んだ。当時、風景画は室内で制作されるのが一般的だったが、海や浜辺の風景画を得意としていたブータンは、「じかにその場で描かれたものこそ、アトリエで描かれたものにはない力強さと躍動感がある」と主張して、外光のもとで描くのを好んだ。

   最初、モネはブータンの作品を「気に染まない」と感じていたが、やがて彼の考え方を理解し、共鳴するようになった。そして1858年の夏、17歳にしてモネは、「突然、目の前のベールが引きはがされ、絵画がどうあるべきかを悟った。独自の姿勢を貫いて自分自身の芸術に専念しているこの画家のただ1枚の絵によって、画家としての私の運命が開かれた」と述懐している。

   1859年、モネはブータンや叔母の推薦状を手にパリに出た。アトリエ・シュイスでは、のちに印象派の中心人物となるカミーユ・ピサロと知り合いになり、また、ギュスターヴ・クールベ、エドゥワール・マネら前衛芸術家のたまり場だった。モンマルトルのブラッスリー・デ・マルティルでしばしば芸術談義にふけったりした。(参考:『モネ 週刊グレート・アーティスト3』同朋舎,Claude Monet)

2017年11月13日 (月)

シン・ゴジラを観る

   「シン・ゴジラ」2016年7月公開のこの映画が早くも地上波で放送された。ツイトーは「シン・ゴジラ」関連のワードで埋め尽くされ100万件を突破している。エヴァンゲリオン世代にはとても面白いらしいが、むかしのゴジラ映画を観たものはつまらなく感じる。もう年だからといえばそれまでのこと。宝田明、小泉博、佐原健二、高島忠夫、久保明、平田明彦、土屋嘉男ら東宝スターが真面目に演技していた。「シン・ゴジラ」は監督はじめ製作者、出演者たちがどこか腹の底で笑っているような感じがする。大災害のあと政府に対する絶望や無力感が根底にあるのだろう。脇役に至るまで有名俳優ばかりだが、外国人がみたら退屈なシーンが多いだろう。単なる怪獣もの、パニック映画ではない。北米では不評だったと聞くが、「シン・ゴジラ」は若者たちの社会への不満の捌け口として人気があるのかもしれない。

徳川綱吉と生類憐みの令

E5beb3e5b79de7b6b1e59089851d6     三代将軍家光には、家綱、綱重、綱吉という3人の子がいた。家光が死んだので、家綱は11歳で将軍になり、40歳で死んだ。次男の綱重は兄より先に35歳で死んだ。そこで三男の館林城主・綱吉が次期将軍になるはずであったが、大老酒井忠清は綱吉はふさわしくないと考えた。理由は綱吉が低身長症を患っていたからだ。しかし綱吉は勇猛果断で学問好きの英明な君主だった。堀田正俊らの意見で綱吉は35歳で五代将軍職についた。歴史上、綱吉が暗君といわれるのはあの「生類憐みの令」のためだろう。「伊勢屋稲荷に犬の糞」という言葉があった。江戸に多いものをいう。江戸に犬が多かったことは、綱吉の「生類憐れみの令」とも関係する。俗説では綱吉が戌年生まれであるから、犬を愛護したといわれる。実際は野犬が増えて疫病が発生したからである。「生類憐れみの令」は貞享4年(1687年)1月28日に初めて発布された。1695年11月13日、中野、大久保に犬小屋が設けられ、江戸中の野犬を収容し、お犬奉行以下の役人をおいて丁重に世話をさせた。この令を犯したものは、死罪、遠島などの極刑に処せられたが、誤って刑にふれるものが多く数万人にものぼったという。しかしこの数字はのちの新井白石らの記録によるもので誇大な数字と考えられる。「生類憐みの令」は何回となく発令された。とくに1707年8月11日の法令には、どじょう、うなぎ、鳥を扱う商売が禁止された。

   綱吉の悪評は大地震、勅願大火、宝永富士山噴火など自然災害に悩まされた庶民がその原因を為政者に押しつけたからであろう。綱吉は戦国遺風を儒学を重んじる文治政治に変革した名君であった。新田開発などの成功により、減税で庶民の暮らしに余裕がでて元禄文化が生れたのも綱吉の治世の成果である。生類憐れみの令は1709年には廃止された。(11月13日)

2017年11月12日 (日)

認知症予防には「運動+しりとり」を!

   日本の認知症患者の割合がOECD加盟35か国の中で最も高いことがわかった。認知症予防としてデュアルタスク(二重課題)をキャンペーンとして展開している。デュアルタスクとは2つの作業を同時に行うこと。つまり運動+脳を使う、この2つを同時に行うと認知症防止に効果的である。おススメは、まず低いステップ台を用意し、左右の足を交互に台にあげる。そのとき背筋を伸ばすのがポイント。そして「さくら→らくだ→だるま→マントヒヒ→日の出→ディオゲネス→須恵器→キサントプロテイン反応→ウィクリフ→ファルセット→トスカネリ→リサジュー図形→イサク→クレオパトラ→ラトヴィア→アレッサンドロ・バリニャーノ→乃木坂46→SMAP→プランクトン→ンゴロンゴロ自然保護区→クサンチッペ→ペーター・カーメンチント→トルデシリャス条約→クリフクライム→ムンプス難聴→うかれ猫」と言葉を続けていく。これを1日30分、週に3回以上する。

東京ソングはいつまでも

Img_943571_34041895_0    東京を題材にした歌謡曲は佐藤千夜子の「東京行進曲」や小唄勝太郎・三島一声の「東京音頭」をはじめとして無数にある。戦後は笠置シズ子「東京ブギウギ」、灰田勝彦「東京の屋根の下」、フランク永井「有楽町で逢いましょう」「西銀座駅前」。しかし東京ご当地ソングが急激に増加するのは1960年代になってからである。東京オリンピック前後の東京は好景気に沸き、繁華街は大盛況となり、東京は不夜城となっていった。石原裕次郎・牧村旬子「銀座の恋の物語」、新川二郎「東京の灯よいつまでも」、ザ・ピーナッツ「ウナ・セラ・ディ東京」、松尾和子「グッド・ナイト東京」、坂本九「サヨナラ東京」、井沢八郎「ああ上野駅」、西田佐知子「赤坂の夜は更けて」、日野てる子・高城丈二「青山の灯も消えて」、三田明「アイビー東京」、黒沢明とロス・プリモス「ラブユー東京」、和泉雅子・山内賢「二人の銀座」、大木英夫・津山洋子「新宿そだち」、藤圭子「新宿の女」、青江三奈「池袋の夜」 etc.このように東京を題材としたヒット曲は無数にあるものの「東京」というシンプルなタイトルはマイペースの作品くらい。2017年に手嶌葵の新曲「東京」がある。

海外をみてもロンドンとかパリとか単に都市名のみの曲はあまり見当たらない。「モスクワの夜は更けて」「とんでイスタンブール」とか「想い出のサンフランシスコ」とか形容詞がつくものである。稀少例としてファウスト・チリアーノの「ローマ」(1972)がある。ローマの橋をテーマにした佳曲。彼は特捜最前線のエンディング「私だけの十字架」で日本でもお馴染みの歌手である。

山のあなた

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   ドイツの詩人カール・ブッセの1872年の誕生日。

山のあなたの空遠く

「幸(さいわい)」住むと人のいう。

ああ、われひとと尋めゆきて、

涙さしぐみ、かえりきぬ。

山のあなたになお遠く、

「幸」住むと人のいう。

  むかし図書館のレファレンスで、「山のあなた」以外のカール・ブッセ(1872-1918)の詩が読みたい、という依頼があった。わたしは書庫にもぐって、詩集を片ッぱしから探した。「山のアナ、アナ・・・」と。しかし、「山のあなた」はなお遠く、ついに見つからなかった。「三人兄弟」(ドイツ詩評釈1、1960年)があるだけだった。だれかドイツ語のできるかた、翻訳してくれないものだろうか。(11月12日)

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Over the  mountains,

far to travel, people say,

Happiness dwells.

Alas, and I went,

in the crowd of the others,

and retuned with a tear‐stained face.

Over the moutains,

far to fravel,people say,

Happiness dwells.

2017年11月11日 (土)

ほどよい本がなんでも揃っている私設図書館

富士の山ほど願って蟻塚ほど叶う

 大きい願いをもっても、実際にかなうのはきわめて僅かなものである。この諺は江戸中期あたりからあったらしい。若い頃は理想の図書館とは広大で世界一の蔵書を誇る図書館だと信じて疑わなかった。しかしインターネットの時代を迎えて、必要な資料の多くがデジタル化されると、必ずしも大部な本を集積することは意味が無くなった。本でなくては味わえない資料をコレクションすること、いつでも手近かにあって読みたいときに読める、というほど良い冊数の本が理想の図書館の一要件となっている。いまアメリカでは郵便ポストのような小さな本棚を庭先につくり、地域の人たちに無料貸出するリトル・フリー・ライブラリーが流行している。つまり図書館は規模の大小ではなく、収集家が長い年月をかけて愛情をもって精選されたコレクションであればどんな図書館も選ばれる資格があるといっていい。

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  NHKで放送されたドキュメント72時間「静かすぎる図書館」は京都吉田山にある私設図書館。12時から深夜0時まで開館している。ここにさまざまな人が集う。東洋医学を学ぶカナダ人。麻雀で遊び過ぎて留年した大学生。オラウータンを研究している院生。インパールに応召した父を偲んでビルマ語を学ぶ中年男性。新聞配達しながら数学教師をめざす人。不登校の体験をもつ女性。孤独のようにみえて孤独じゃない、どこか連帯感があって、居心地のよい空間なのだ。来館者はもっぱら図書館の本を使わずに閲覧席と閲覧机を利用することを目的として「持ち込み勉強=図書館」であるが、たくさんの本がかもしだす知的空間に惹かれてやってくる。

 私設図書館には、京都のような自習型の図書館もあるが、正統派は東京の大宅壮一文庫のような一級資料を揃えた調査型図書館だろう。このような専門的な図書館を形成するためには長い年月と経費がかかる。比較的日常生活に本当必要な本がコンパクトに揃っていて、新しい発見もあるような、コンビニ型のオールラウンド私設図書館がないだろうか。

   「図書館は成長する有機体である」という有名な言葉があり、たえず更新していなければ、それは死んだ書庫、あるいは本の保管庫にすぎない。段ボール箱に何万個本を詰め込んで持っていようと、それは所蔵しているとはいえない。書斎と図書館との違いは、蔵書数の違いではなく、地域に公開されているか否かではないだろうか。図書館と文庫の違いはあまり問題ではない。子ども文庫であろうが、大人向けの本があろうが、みな図書館である。理想の図書館とは、ひとそれぞれに考えは異なるであろうが、私は「たえず変化し、成長している図書館」と考える。資料的に新しくとも、すぐに色褪せ新鮮度は失われる。ジャンルが決まっていれば、その分野に興味のない人にとっては単なる紙の束にすぎない。万人が興味をいだき、手にとってみたくなる蔵書構成。そして自宅のリビングのようにくつろげる空間、無機質な近代的図書館ではなく、書斎のようでありながら、読みたい本がたくさんある。そんな理想の図書館を一生追求していきたい。

   街角の本屋、オフィスの書棚、自宅の本棚、古本屋、地域文庫、さまざまな本のある空間を画像で見ていると、ちょっとした工夫でよくなるヒントが見つかる。

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ジグソーパズルの発明者は?

   ジグソーパズルとは厚紙や板に印刷した絵や写真を、入り組んだ形の小片に切りはなし、それを嵌め合わせて元通りにする玩具のこと。英語 jigsawとは、「糸鋸(いとのこ)」のことであり、元々このパズルが木の板を糸鋸で切って作られたことからこの名がついた。1760年ロンドンの地図職人のジョン・スピルズベリ(1739-1769)が子供の教育のためにピースが国の形のジグソーパズルを作ったのが最初といわれる。日本では昭和30年代後半には書店などでディズニーキャラクターのジグソーパズルが販売されていたが詳しくは不明である。1974年、名画「モナ・リザ」の日本公開でジグソーパズルブームがおきた。 John Spilsbury、雑学

サッカーの起源

Ancientsoccer   2014サッカー・ワールドカップ・ブラジル大会が開幕。野球、サッカー、テニス、バスケットボール、ラグビー、相撲など世界中にはたくさんのスポーツ・競技があるけれど、その起源を調べることは楽しい。バスケットボールのように(1891年にジェームズ・ネイスミスが考案)起源が明確なスポーツもあるが、サッカーのように、人類としての歴史が始まった頃からある種のフットボールを行っていたと思われる遊戯もある。

    サッカーが11人対11人で行うスポーツであることから、11月11日を「サッカーの日」と制定されている。

    ところで今日アメリカではサッカー、イギリスではフットボールという。soccerという名は association の soc に -er を加えて簡単にしたものであるが、イギリスでは11世紀のはじめごろからフットボールが行われていたが、規則がまちまちで、2種類のフットボール、つまり Rugby footbal  と associastion football に区別された。

Greeksoccerhistory    足でボールを蹴る遊戯は、古代エジプト、古代ギリシア(ペニタ、エピスキロスと呼ばれる)、古代ローマ(パルパツウムと呼ばれる)などのレリーフが残されている。

   1個のボールを相手陣営のゴールに入れることで勝敗を決するというルールはヨーロッパが起源であろう。現在のゴールは城門を意味していた。14世紀のイギリスでは街中で乱暴なサッカーが氾濫し、王によって禁止令が出されたこともある。15世紀のイタリアではイギリスのフットボールによく似た「カルチョ」が生まれ、宮廷の門の前で数十人がボールを蹴り合い賞金をかけたゲームが流行した。

814ancientchinesesoccer1   このようにサッカー発祥の地は自国であると主張する国が多いが、FIFAでは最も古い形態のサッカーとして中国の「蹴鞠」を認めている。「蹴鞠」という遊戯は前漢の書物「戦国策」に記されている。

世界史の文献目録

20thcentury    人類の発生から今日にいたる人間の生活のいとなみと政治や社会の発展の過程を知ることによって、歴史的思考力を養うことは重要である。すべての人は自国だけでなく世界全体についての知識が求められている。およそ100年間にわたる世界史の基本図書を整理してみよう。高校世界史の名著といえば吉岡力の「世界史の研究」(旺文社)である。

世界歴史譚 博文館 1909
通俗世界全史 全19巻 早稲田大学出版部 1915
世界興亡史論 レオナルド・フォン・ランケ著 川村堅固訳 平凡社 1930
世界古代文化史 全6巻 東京堂 1931
世界歴史大系 全26巻 鈴木俊ほか 平凡社 1933-1936
世界文明史物語 ヘンドリック・ヴァン・ルーン著 前田晁訳 早稲田大学出版部 1933
世界文化史概観 上下 岩波新書 ウェルズ著 長谷部文雄訳 岩波書店 1939
 3冊 山川敏夫ほか著 河出書房 1942
世界史講座 全7巻 弘文堂書房 1944
世界の歴史 全6巻 毎日新聞社 1947-1954
世界史のおける東洋社会 飯塚浩二 毎日新聞社 1948
世界文化史 1・2 北川三郎著 大鐙閣 1949
世界史の研究 吉岡力 旺文社 1950
詳解世界史 木村正雄 昇龍堂 1951
世界史 村川堅太郎・江波波夫共著 山川出版社 1951
世界歴史地図 亀井高孝ほか編 吉川弘文館 1952
世界歴史講座 全6巻 民主主義科学者協会歴史部会編 三一書房 1953-1954
世界文化交流史 伊瀬仙太郎 金星堂 1953
世界史の研究 中崎米次 堀書店 1954
世界文化史物語 図説文庫 富永次郎 偕成社 1954
世界文化地理大系 平凡社 1954-58
世界史講座 東洋経済新報社 1955
世界史におけるアジア 歴史学研究会 1955
世界歴史事典 全25巻 平凡社 1955
少年少女世界史物語 全6巻 朝日新聞社 1955
世界文化史年表 加茂儀一編 三省堂 1956
世界史における現代のアジア 上原専禄 未来社 1956
世界史の傾向と対策 吉岡力 旺文社 1956
世界史大系 全17巻 誠文堂新光社 1958-1960
世界文学大系 全96巻+別巻2 筑摩書房 1958-1968
図説世界文化史大系 全27巻 角川書店 1958-1961
世界文明史物語 上下 ヴァン・ルーン著 角川文庫
世界史の基礎研究 岸辺成雄・藤田重行著 山田書院 1959
要約世界史 根本誠、五十嵐久仁平著 旺文社 1959
歴史 全17巻 中央公論社 1960
世界考古学大系 全16巻 大修館書店 1960
世界史 大学教養演習講座 吉岡力編 青林書院 1960
世界の歴史 全17巻 筑摩書房 1960
世界の歴史 目で見る学習百科9 尾鍋輝彦 偕成社 1960
世界の歴史 全8巻 ホームスクール版 中央公論社 1962
世界文化交流史 伊瀬仙太郎 金星堂 1963
世界文化史物語 少年少女・世界の名著11 ウェルズ著 金沢誠訳 偕成社 1964
世界史の基礎 バイタルズシリーズ 鈴木健一 研数書院 1965
世界歴史 全7巻 人文書院 1965
ライフ人間世界史 全21巻 タイムライフブックス 1966
世界史の研究 吉岡力 旺文社 1967
大世界史 全26巻 文芸春秋 1967-1968
世界の文化史蹟 全16巻 講談社 1967
世界歴史シリーズ 全23巻 世界文化社 1968
目で見る大世界史 全18巻 国際情報社 1968
世界の歴史 カラー版 全26巻 河出書房 1968
世界の歴史 全12巻 集英社 1968
世界の歴史 全17巻 中公バックス 1968
世界の歴史 年表要説 現代教養文庫 三浦一郎・金沢誠編 社会思想社 1968
アシェット版・世界の生活史 全23巻 河出書房 1976
日本と世界の歴史 全22巻 学習研究社 1969
デュラント世界の歴史 全32巻 日本メールオーダー 1969
岩波講座世界歴史 全31巻 岩波書店編 岩波書店 1969-1974
世界歴史シリーズ 世界文化社 1969
沈黙の世界史 全13巻 新潮社 1970
世界古代史双書 全10巻 創元社 1971
新しい世界史の見方 謝世輝 講談社 1972
岩波講座世界歴史 31 総目次・総索引 岩波書店 1974
世界の歴史 現代教養文庫 全12巻 社会思想社 1974
ランドマーク世界史 全15巻 講談社 1975
世界の歴史 全25巻 講談社 1976
世界歴史 図詳ガッケン・エリア教科事典3 学習研究社編 学習研究社 1976
世界の民族 大林太良監修 平凡社 1979
世界歴史地図 朝日タイムズ G・バラクラフ総監修 朝日新聞社 1979
ビジュアル版・世界の歴史 全20巻 講談社 1984
世界の戦争 全10巻 講談社 1985
世界歴史大事典 全22巻 江上波夫・梅棹忠夫監修 教育出版センター 1986
世界文化小史 角川文庫 ウェルズ著 下田直春訳 角川書店 1991
戦争の世界史 技術と軍隊と社会 ウィリアム・ハーディー・マクニール著 刀水書房 2002
人類と家畜の世界史 ブライアン・フェイガン著 河出書房新社 2016
図説世界史を変えた50の指導者(リーダー) チャールズ・フィリップス著 原書房 2016
性病の世界史 ビルギット・アタム著 瀬野文教訳 草思社 2016
マクニール世界史講義 ウィリアム・ハーディー・マクニール著 筑摩書房 2016

ポッキー&プリッツの日

    身近な物の値段。お茶碗1杯分のごはん。(1合150gの半分)10㎏4000円の普通のコシヒカリで、約30円。(光熱水費含まず)

   ではラーメン1杯はいくらか?約40円。(スーパーで買う即席麺198円5パックは1食あたり39.5円)。マッチ棒1本は50銭。爪楊枝1本は23銭。

Img_1032018_8661516_2   ではグリコのポッキー1本いくらか?。いろいろな種類があるがポッキーチョコレート35g2パック入りでスーパー販売価格118円。本数の表示はないが、数えると1パックは17本なので、118÷34=3円47銭。(11月11日)

孔子及び論語関係文献目録

Photo_2  1690年2月7日、孔子を祭る湯島聖堂が完成した。孔子の学問を儒学として薦めたのは江戸時代になってからだが、すでに江戸初期にもその気運はあった。加藤清正は戦国の武将の例にもれず、本などあまり読まなかったが、教養派の前田利家の影響から読書するようになった。清正が、江戸と熊本を往来する船の中で、「論語」を読みながら朱点ほほどこしているのを見ていた飼い猿が、清正が厠へ行った間に主人の真似をして「論語」の上に縦横に朱の線を走らせてしまった。戻ってきた清正はこれを見てニッコリ笑い、「おぉ、そちも聖人の教えを知りたいか」と言って、猿の頭を撫でたという。この逸話によって、清正が平生「論語」に親しんでいたことがよくわかる。清正ならずとも心ある部将はみな論語を愛読した。大内義隆、徳川家康など。明治以後は渋沢栄一、下村湖人、武者小路実篤など。第一生命の創始者・矢野恒太にも『ポケット論語』の著書がある。講談社をつくった野間清治にも、事業運営の柱に「論語」を据えたことは、あまねく知られている。最近では野球の野村克也が『野村の実践論語』の著書を刊行している。明治以降、「孔子及び論語」に関する文献は何点くらい出版されたのであろう。国立国会図書館で検索すると14063件がヒットする。

  論語関係文献
図書の部
論語微 10巻 荻生徂徠
論語古義 10巻 伊藤仁斎撰 1712
論語 全4巻 朱熹 学習館 1870
論語集説 全6巻 安井息軒 1872
論語類編心解 4冊和本 渋谷鉄臣(如意)編 京都・文石堂 1891
孔子 世界歴史譚第2篇 吉国藤吉 博文館 1899
論語新証 于省吾 1900
和論語 本社出版部 仏教図書出版 1900
孔門之徳育 亘理章三郎 開発社 1901
論語纂註 米良東嶠(倉子痩) 村上書店 1901
論語訓釈 斎藤清之丞 金華堂 1903
論語補註 山本章夫 山本読書室 1903
論語講義 上下 花輪時之輔講述 深井鑑一郎編 誠之堂 1903
孔門之徳育  1巻 亘理章三郎 開発社 1901
論語補註 2冊 和本 山本章夫註 京都・山本読書室 1903
孔夫子伝 蜷川龍夫 文明堂 1904
孔子研究 蟹江義丸 金港堂 1905
論語講義 根本通明 早稲田大学出版部 1906
孔子 西脇玉峰 内外出版協会 1909
論語経典余師 渓世尊講 宮崎璋蔵校訂 日吉丸書房 1909
論語講義 近藤元粋 篠田栗夫共著 大日本商業学会 1909
論語古義 佐藤正範 六盟館 1909
論語集説 漢文大系1 安井息軒 服部宇之吉校 冨山房 1909
論語講話 大江文城 東洋大学出版部 1909
孔子伝 遠藤隆吉 丙午出版社 1910
孔子 白川次郎 東亜堂 1910
孔子之聖訓 二條基弘 東久世通禧 名著学会出版部 1910
荻生徂徠論語辨 祥雲碓悟校 1910
論語弁 荻生徂徠 祥雲碓悟校 天書閣 1910
論語講義 一戸隆太郎 大成社 1910
論語国字解 一名経伝余師 渓世尊講 深井鑑一郎校 宝文館 1910
論語詳解 川岸華岳 郁文舎 1910
論語示蒙句解 漢籍国字解全書1 中村惕斎 早稲田大学出版部 1912
論語書目 中村久四郎編 孔子祭典会 1913
論語源流 林泰輔 自筆稿本 1915
論語年譜 林泰輔 龍門社 1916
孔子及び孔子教 服部宇之吉 明治出版社 1917
論語講義 漢文註釈全書1 三島毅(中洲) 明治出版社 1917
論語鈔 成簣堂叢書10  上村観光解題 1917
論語講義 細川潤次郎 南摩鋼紀共著 吉川弘文館 1919
孔子と其思想及教義 鈴木周作 弘道館 1922
渋沢子爵活論語 安達大寿計編 宣伝社 1922
現代に活かした論語講座 西川光二郎 丙午出版社 1924
孔子聖教之攻究 景仰子、柿本寸鉄 人文社 1924
孔子聖蹟志 馬場春吉 大東文化協会 1924
孔子研究 改版 蟹江義丸 京文社 1927
国訳論語 斯文会編 龍門社 1928
孔子鑑賞 大月隆仗 敬文館 1929
論語明解 江口天峰 至玄社 1929
孔子 小学児童学習の友 高橋喜藤治 郁文書院 1930
論語講本(集註) 島田欽一校訂 有精堂 1930
論語鈔 村上龍英 広文堂 1930
論語詳解 沢田総清 健文社 1930
孔子全集 全2冊 藤原正纂訳 岩波書店 1931
論語善本書影 大阪府立図書館編 京都・貴重書影本刊行会 1931
論語詳解 簡野道明 健文社 1931
論語證解 上中下 漢籍国字解全書28,29,30 早稲田大学出版部 1933
論語私感 武者小路実篤 岩波書店 1933
論語・孟子 東方古典叢刊7 五十沢二郎 竹村書房 1933
論語・孟子の話 国民修養講和3 西川光二郎 春陽堂 1933
孔子 室伏高信 日本評論社 1934
孔子解説 学庸篇 北村佳逸 立命館出版部 1934
論語講義 岡田正三 第一書房 1934
論語心解 西川光二郎 自動道話社 1934
論語の解釈 村田慎三 白帝社 1934
論語詳解 前島成 大修館 1934
論語全解 島田鈞一 有精堂 1934
孔子及孔子教 住谷天来 新生堂 1935
孔子教の戦争理論 北村佳逸 南郊社 1935
論語評釈 大江文城 関書院 1935
論語講義 安井小太郎 大東文化協会 1935
論語古伝 10巻 仁井田好古撰 南紀徳川史刊行会 1935
論語大学中庸 漢籍を語る叢書2 田中貢太郎 大東出版会 1935
論語新解 国語漢文研究会編 明治書院 1935
孔子 社会科学の建設者・人と学説叢書 田崎仁義 三省堂 1936
孔子の生涯 諸橋轍次 章華社 1936
仁の研究 山口察常 岩波書店 1936
精講 論語百講 松田金重編 三省堂 1936
論語講座 全6巻 高田真治・諸橋轍次・山口察常編 春陽堂 1936-37
孔子伝 岡村利平 春陽堂 1937
孔子伝 (附)弟子列伝・集語 岩波文庫 藤原正訳注 岩波書店 1937
孔子とをしえ 加藤虎之亮 国民精神文化研究所 1937
孔子の思想・伝記及年譜 論語講座研究篇 春陽堂 1937
孔子の人格と教訓 塩谷温 開隆堂書房 1937
儒教の史的概観 高田真治 春陽堂 1937
論語・孔子 室伏高信全集8 青年書房 1937
孔子 大教育家文庫1 和辻哲郎 岩波書店 1938
全釈論語 幸田露伴 双葉書房 1938
大学論語解義 四書研究 岩部撓・深谷賢太郎 啓文社 1938
論語精解 重野篤二郎 白帝社 1938
四書新釋論語 上下 内野台嶺 賢文館 1939
論語講義 渋沢栄一 二松学舎大学出版部 1939
論語私見 上下 山本憲永弼 松村末吉家 1939
新講論語読本 西川光二郎 春陽堂書店 1939
論語読本(興亜国民) 上下 論語 東洋思想文庫 東洋思想文庫刊行会 第一出版協会 1939
論語之研究 武内義雄 岩波書店 1939
論語と教養 谷口廻瀾 谷口廻瀾先生還暦記念刊行会 1940
孔子 武者小路実篤 講談社 1941
孔子と其の生涯 田中貢太郎 東海出版社 1941
孔子廟参拝記 菟田茂丸 平凡社 1941
算標論語集註 瀧川亀太郎 金港堂書籍 1941(1913)
論語と支那の実生活 後藤朝太郎 高陽書院 1941
論語詳解 最新研究 徳本正俊 芳文堂 1941
論語の組織的研究 中島徳蔵 大日本出版株式会社 1941
孔子・人とその哲学 室伏高信 潮文閣 1942
孔子の新研究 大月隆仗 新民書房 1942
孔子 和辻哲郎 植村書店 1948
論語総説 藤塚鄰 弘文堂 1949
論語十二回講話 西川光二郎 1942
論語と孔子の思想 津田左右吉 岩波書店 1946
論語抄 幸田露伴 中央公論社 1947
孔子とその弟子 下村湖人 西荻書店 1950
論語集註 簡野道明 明治書院 1950
孔子 岩波新書 貝塚茂樹 岩波書店 1951
孔子 室伏高信 潮文閣 1951
孔子廟堂碑 展大法帳1 虞世南 春潮社 1951
論語物語 角川文庫 下村湖人 角川書店 1951
論語私感 三笠文庫 武者小路実篤 1951
論語私感 新潮文庫 武者小路実篤 1951
孔子 偉人物語文庫 小田嶽夫 偕成社 1952
孔子と老子 諸橋轍次 不昧堂書店 1952
論語に学ぶ 赤木三良 池田書店 1952
論語新解 簡野道明 明治書院 1952
全訳論語精解 重野篤二郎 桜井書店 1953
論語新釈 宇野哲人 弘道館 1953
論語全解 島田鈞一 有精堂 1953
孔子 角川文庫 和辻哲郎 角川書店 1955
孔子 武者小路実篤全集11  新潮社 1955
孔子 三一新書 尾崎辰之助 三一書店 1957
論語百選 現代人のために 三省堂百科シリーズ 新垣淑明 三省堂 1957
論語の言葉 現代に生きる言葉? 堀秀彦 実業之日本社 1957
論語と現状 岩越元一郎 明徳出版社 1957
論語新釈 学生社新書 魚返善雄訳 学生社 1957
論語集注 上下 影璜川呉氏仿宋刊本 書物文物流通会 1959
孔子 その人とその伝説 H・G・クリール著 田島道治訳 岩波書店 1961
顔淵・孔子 中勘助全集10 角川書店 1962
孔子 和辻哲郎全集6 和辻哲郎 岩波書店 1962
輯佚論語鄭氏注 月洞譲 編者油印 1963
仁の古義の研究 竹内照夫 明治書院 1964
論語集註(標註) 渡辺末吉 武蔵野書院 1964
孝の孔子の新解釈 加藤常賢 斯文43   1965
孟荀における孔子 浅間敏太 中国哲学3  1965
論語のことば 中国の知恵1 吉田賢抗 黎明書房 1965
論語知言 東条一堂 原田種成校訂 書籍文物流通会 1965
論語と人間孔子 山田統 明治書院 1965
孔子 その礼説を中心とする考察 松代尚江 懐徳37   1966
孔子・孟子 世界の名著3 貝塚茂樹編 中央公論社 1966
仁の研究 下斗米晟 大東文化大学東洋文化研究所 1966
孔子と老子 ヤスパース選集22  田中元訳 理想社 1967
孔子名言集 世界名言集6 伊藤貴麿 ポプラ社 1967
孔子孟子老子荘子 世界の大思想Ⅱ‐1  本田済、松代尚江、木村英一ほか訳 河出書房 1968
論語私感想 現代教養文庫 武者小路実篤 1968
論語孟子大学中庸 世界文学大系69  倉石武四郎・湯浅幸孫・金谷治編 筑摩書房 1968
孔子 センチュリーブックス人と思想2 内野熊一郎、西村文夫、鈴木壮一 清水書院 1969
孔子伝 如是我聞 諸橋轍次 大法輪閣 1969
論語孟子荀子礼記(抄) 中国古典文学大系3 木村英一・鈴木喜一ほか訳 平凡社 1970
孔子家語 中国古典新書 清田清 明徳出版社 1971
孔子と論語 東洋学叢書 木村英一 創文社 1971
論語源流 林泰輔 汲古書院 1971
論語古義 日本の名著13  伊藤仁斎著 貝塚茂樹訳 中央公論社 1972
論語抄 足利本 中田祝夫編 勉誠社 1972
論語之研究 武内義雄 岩波書店 1972
論語を活かせ 武藤紀郎編 文進堂 1972
聖人の虚像と実像 論語 現代人のための中国思想叢書1 駒田信二 新人物往来社 1973
論語講義と長寿法 村田直彌 明治書院 1973
論語の講義 諸橋轍次 大修館書店 1973
孔子批判 中国通信社東方書店編 東方書店 1974
論語三十講 斯文会編 大修館書店 1974
論語入門 ダルマ・ブックス 阿部幸夫 日本文芸社 1974
論語の新研究 宮崎市定 岩波書店 1974
孔子伝 銭穆 池田篤紀訳 アジア問題研究会 1975
論語発掘 通釈への疑問と解明 合山究 明治書院 1975
論語講義 渋沢栄一 二松学舎大学出版部 1975
論語私見 民主主義時代の論語 小沢俊雄 岡谷 中央印刷 1975
論語大東急記念文庫講座講演録 石井千秋等講述 大東急記念文庫 1975
論語について 講談社学術文庫 吉川幸次郎 講談社 1976
修訂・論語年譜 林泰輔編 麓保孝修訂 国書刊行会 1976
論語・孟子 西谷元夫 有朋堂 1976
論語講義 全7巻 講談社学術文庫 渋沢栄一 講談社 1977
論語精義 上・下 和刻本近世漢籍叢刊思想三編 1・2 朱熹撰 佐藤仁著 中文出版社 1977
論語孟子研究 狩野直喜 みすず書房 1977
論語新釈 新装版 魚返善雄訳 学生社 1978
孔子 人類の知的遺産4 金谷治 講談社 1980
論語新釈 講談社学術文庫451 宇野哲人訳 講談社 1980
朝の論語 安岡正篤述 明徳出版社 1981
論語墨書 名筆による名言鑑賞 広論社出版局編 広論社 1981
論語私感 内田智雄 創文社 1981
論語新探 論語とその時代 趙紀彬著 高橋均訳 大修館書店 1981
よみがえる論語 色部義明 徳間書店 1981
論語八方破れ TOKUMA BOOKS 竹村健一 徳間書店 1982
論語を読む 常石茂 勁草書房 1982
孔子新伝 「論語」の新しい読み方 林復生 新潮社 1983
孔子のことば 現代語訳の「論語」 林復生 グラフ社 1983
論語に学ぶ部課長学 仁田敏男 日本経営団体連盟弘報部 1983
孔子 時を越えて新しく 中国の人と思想1 加地伸行 集英社 1984
論語のこころ 加藤富一 近代文芸社 1984
論語と孔子 人間関係論のエッセンス「論語」の新しい読み方 鈴木修次 PHP研究所 1984
孔子 伝記世界の偉人2 中央コミックス 永井道雄・手塚治虫監修 中央公論社 1985
孔子廟堂碑・他 書道基本名品集2 虞世南 雄山閣出版 1985
孔子廟堂碑   原色法帖選12  虞世南 二玄社 1985
「論語」その裏おもて 旺文社文庫 駒田信二 旺文社 1985
論語と算盤 渋沢栄一述 梶山彬編 国書刊行会 1985
「論語」&老子入門 徳間文庫 野末陳平 徳間書店 1985
論語の世界 加地伸行編 新人物往来社 1985
孔子と失われた十支族 鹿島辨 新国民社 1986
孔子の復活 孔子をめぐる虚構と真実 李家正文 冨山房 1986
孔子の末裔 孔徳懋口述、柯蘭筆記 和田武司訳 筑摩書房 1986
論語との対話 金子知太郎 竹井出版 1987
論語の活学 安岡正篤 プレジデント社 1987
論語抄の国語学的研究・索引篇 坂詰力治編 武蔵野書院 1987
孔子の経営学 孔健 PHP研究所 1988
孔子家語 岩波文庫 藤原正訳 岩波書店 1988
論語総説 藤塚鄰  国書刊行会 1988
論語と禅 半頭大雅 山田邦男 春秋社 1988
孔子 井上靖 新潮社 1989
孔子 日本人にとって「論語」とは何か 歴史と人間学シリーズ 山本七平、渡辺昇一、谷沢永一、小室直樹 プレジデント社 1989
論語は問いかける 孔子との対話 ハーバート・.フィンガレット著 山本和人訳 平凡社 1989
「論語」その裏おもて 徳間文庫 駒田信二 徳間書店 1989
論語の講義 新装版 諸橋轍次 大修館書店 1989
孔子 講談社学術文庫 金谷治 講談社 1990
孔子家の極意 ワニの本 孔健 ベストセラーズ 1990
孔子と教育 俵木浩太郎 みすず書房 1990
わが祖・孔子と「論語」のこころ 孔健 日本文芸社 1990
孔子 集英社文庫 加地伸行 集英社 1991
孔子画伝 加地伸行 集英社 1991
孔子伝 中公文庫 白川静 中央公論社 1991
孔子・孟子に関する文献目録 瀬尾邦男編 白帝社 1992
真説人間孔子 孔祥林 河出書房新社 1994
男の論語 童門冬二 PHP研究所 1999
論語名言集 村山吉廣 中央公論新社 1999
論語 石川忠久監修 サン・エデュケーショナル 2000
論語 吉田公平 たちばな出版  2000
論語紀行 坂田新 日本放送出版協会 2000
宋明の論語 松川健二 汲古書院 2000
男の論語2 童門冬二 PHP研究所 2000
論語234 吹野安、石本道明 明徳出版社  2000
人生は論語に窮まる 谷沢永一、渡辺昇一 PHP研究所 2000
孔子「論語」に関する文献目録 単行本篇 瀬尾邦雄 明治書院 2000
江戸古学派における「論語」注釈史の研究 金培懿 博士論文 2000
論語 現代五訳 宮崎市定 岩波書店 2000
論語の新しい読み方 宮崎市定 岩波書店 2000
孔子百科辞典 上海辞書出版社 2010
さまよえる孔子、よみがえる論語 朝日選書 竹内実 朝日新聞出版 2011
孔子学院伝播研究 劉程、安然 中国社会科学出版社 2012
孔子の倫理哲学論 道徳論を中心として 浅井茂紀 International Philosoply Institute
孔子論語 佐久協 NHK出版 2012
論語正 石永楙 中華書局 2012
論語の読み方 中野孝次 海竜社 2012
孔子 世界史リブレット人 高木智見 山川出版社 2013
論語集注 1~4 東洋文庫 朱熹 土田健次郎訳注 平凡社 2013
孔子聖蹟図 和版集成 竹村則行 花書院 2014
図説孔子:生涯と思想 孔祥林 科学出版社 2014
全訳論語 山田史生 東京堂出版 2014
徳川日本の論語解釈 黄俊傑著 工藤卓司訳 ぺりかん社 2014
近代における「論語」の訓読に関する研究 石川洋子 新典社 2015
孔子と魯迅 片山智行 筑摩書房 2015
日本古代「論語義疏」受容史の研究 髙田宗平 塙書房 2015
論語与近代日本 劉萍 中国青年出版社 2015
儒教 怨念と復讐の宗教 浅野裕一 講談社 2017

論文の部
泰西人の孔子を評するを評す 井上哲次郎 東学芸4  1882
孔子ノ教ハ支那国ニ如何ナル影響ヲ与ヘンヤ 赤座好義 東学芸3-46  1885
孔子の学術を汎論す 柳沢保恵 輔仁会雑23,24,28  1893~94
孔子之道と徂徠学 加藤弘之 東哲1-6  1894
孔子以後の学派 藤田豊八 東哲1-8,11,12   1894,95
孔孟の道 内藤耻叟  東哲1-3  1894
孔夫子追遠記念祭典の意義 塩谷温 斯文4-6  1922
孔夫子伝 服部宇之吉 斯文7-2  1922
孔夫子の偉大なる点に就いて 手塚良道 斯文4-5  1922
孔夫子略伝 服部宇之吉 斯文4-5  1922
周公孔子之道 今井彦三郎 朝鮮教育6-12  朝鮮教育会 1922
文廟の従祀及び清代尊孔御書匾額について 中山久四郎 斯文4-5  1922
予の孔子観 桑原隲蔵 斯文4-5   1922
余の観たる孔夫子 渋沢栄一 斯文4-5  1922
孔夫子の政治観 島田三郎 斯文5-4  1923
孔子とソクラテス 吉田熊次 斯文5-5  1923
大聖孔子 牧野謙次郎 斯文5-5  1923
孔夫子及び其の家系に就きての二三の考察 那波利貞 歴史と地理18-1  1926
孔夫子と我が国体 塩谷温 斯文8-5  1926
孔子の知天命 服部宇之吉 斯文9-9  1927
孔夫子と集大成 児島献吉郎 斯文9-5  1927
孔夫子の道 小野錬太郎 斯文9-12  1927
支那史上の偉人 孔子と孔明 桑原隲蔵 東洋史説苑 1927
孔子の敬天思想 青木晦蔵 東洋文化54  1928
孔子祭典に就て 阪谷芳男 斯文10-1  1928
孔子の徳業 小柳司気太 斯文10-2  1928
孔夫子と現代支那 塩谷温 斯文10-6  1928
孔夫子の政教 赤池濃  斯文10-11  1928
孔孟紀年 新城新蔵 高瀬還暦記念支那学論叢 1928
孔子の仁 蟹江義丸 斯文11-4  1929
孔子の聖徳に就いて 今村完道 斯文11-11  1929
孔子の大義名分説に就いて 宇野哲人 斯文10-6  1929
孔老の思想 常盤大定 丁酉倫理会倫理講演集326  1929
正しく観たる孔夫子の聖徳 中山久四郎 斯文11-8  1929
孔子の道 飯島忠夫 斯文12-9  1930
孔子の仁と儒者の学 遠藤隆吉 哲学雑誌46-535  1931
史記の孔子伝大要 岡崎文夫 歴史と地理27-1   1931
孔子教について 荻原拡 斯文14-7  1932
支那思想史上に於ける孔子の地位 高田真治 哲学雑誌47-539  1932
満州の孔子廟建築 村田治郎 満州学報1 1932
孔子教のフランス進出 後藤末雄 丁酉倫理会講演集373  1933
孔子と老子 加藤一夫 東洋哲学38-1   1931
孔子の軍事観 岡村利平 大東文化9 1935
論語より観たる孔夫子の教導法 合田万吉 斯文17-7  1935
孔子教に於ける実行の価値 飯島忠夫 斯文4-5  1936
孔子以前の仁字とその意義 山口察常 斯文18-8  1936
孔門伝授の心法 成田衡夫 服部古稀記念論文集 1936
孔子とイエス 大塚繁樹 媛大紀要1-4  1953
詩書と孔子の天及び天命の思想 米田登 文と思6  1953
孔子および孟子の兵戦思想 内田智雄 同志社法学26  1954
孔子学団 宇都宮清吉 東洋学報(京都)25  1954
天下周遊の構造 孔子説話の思想史的研究 渡辺卓 梨大学研報5  1954
孔子の管仲譚 華夷論の一端として 高田真治 東洋研究6  1963
孔子の仁の思想について 馮友蘭著 高橋均訳 漢文教室64  1963
貝塚茂樹著「孔子」についての往復書簡 西谷啓治、貝塚茂樹 図書24  1951
孔子に於ける仁思想成立の過程 石黒俊逸 支那学研究8  1951
尚書孔子伝の態度 加賀栄治 学芸3-1  1951
人間孔子 谷川徹三 斯文4  1951
孔子死生の説 那智佐典 東洋学研究7  1938
孔孟以後の儒教 秋月胤継 斯文20-6  1938
東洋史上に於ける孔子の位置 宮崎市定 東洋史研究4-2  1938
論語に現われたる孔子の人間観 西村侃三 斯文21-11,12  1939
孔子的自我の展開 牧尾良海 哲学雑誌55-639,642  1940
孔子の仁 平田栄(講演)  斯文22-1  1940
孔子の学的精神とその展開 田所義行 漢学雑9-3,10-1  1941-42
孔子より孟子に至る自己観の展開に就いて 赤塚忠(講演) 斯文24-12  1942
孔子の思索生活  1,2 田所義行 漢学雑11-2,3;12-1,2   1943~44
孔子の教学 佐藤匡玄  建大研月報38  1944
孔学総論 谷本富 東学芸4-73  1945
孔子について 貝塚茂樹 世界10  1946
人間孔子 林語堂 実藤恵秀訳 新中国1-3  1946
マルクス孔子に会う 郭沫若 実藤恵秀訳 中国文学95  1946
孔子と子産 貝塚茂樹 東光1   1947
孔子の学問精神 原佑 叙説4  1950
孔子の人間観 板野長八 学士院紀要8-1  1950
春秋著者説話の原形 孔子説話の思想史的研究 渡辺卓 叙説5  1950
孔子の精神に関して所感を陳ぶ 元良勇次郎 東洋哲学2-10  1895
孔子の誕生会に就て 日下寛 東洋哲学2-9  1895
孔夫子誕生祭に就き 関根正直 東洋哲学4-2  1896
孔子誕生に就きて 重野安繹 東洋哲学3-1  1896
孔子の精神 日下寛 東洋哲学4-2  1897
孔子の降誕に就きて  島田重礼 東洋哲学4-1  1897
孔子の学説 松村正一 東洋哲学8-9~12 1901
孔子の教育及宗教 穂積秀範 龍谷史壇10  1902
孔夫子と儒教 島田三郎 東洋哲学 9-1,2  1902
孔子の所謂君子に就きて 蟹江義丸 東洋哲学10-1  1903
孔子教の趣旨 星野恒 東洋哲学11-1   1904
孔夫子研究を評す 中島徳蔵 丁酉倫理会講演集33,34  1905
孔子ノ人格ニ就テ 井上哲次郎 太陽13-10  1907
孔聖の修養 山田準 東洋哲学15-6  1908
孔夫子の運命観 大島順三郎 東洋哲学17-6,8・18-3 1910~11
孔子に対する社会的信仰の矛盾 村上専精 丁酉倫理会講演集101  1911
孔子の倫理説に就て 松村正一 東洋哲学18-5   1911
支那に於ける孔夫子の尊崇 服部宇之吉 東亜研究1-1  1911
孔夫子の政治上に於ける教訓 深作安文 東亜研究3-6  1913
孔子教 及川生 慶義学208,209  1914
孔子 井上哲次郎 斯文20-6  1938
孔子伝より見たる論語の解釈 岡村利平 大東文化16  1937
孔子と老子 諸橋轍次 斯文33-4  1937
遭難 孔子説話の思想史的研究 渡辺卓 梨大学研報6  1955
文学としての孔子世家 バートン・ワトソン 中文教2  1955
孔子の思想について 吉川秀一 阪学大紀4  1956
孔孟の命について 金谷治 日中会報8  1956
陳蔡の間 孔子説話の思想史的研究 渡辺卓 梨大学研報7  1956
孔子の陳蔡厄考 田中佩刀 静岡女子大紀要4  1957
「孔子の道」の解釈をめぐる二三の疑義 近藤康信 東支学報3 1957
孔教私観 長谷川如是閑 斯文22  1958
孔子と易 高田真治(講演)  大東漢学1  1958
孔子と墨子 山室三良 九中会報5  1959
陳蔡の間 孔子説話の思想史的研究 渡辺卓 梨大学研報9  1959
孔門の十哲に就いて 山本徳一 漢学研究1  1936
孔子教学の宗教性 金戸守 四天女子紀要7  1965
孔子の虚構性 山田統 国学雑誌66-10   1965
孔子の天下遊説について 木村英一 日中会報18  1966
孔子の職歴について 木村英一 立命館文学264-5  1967
弟子7、8 孔子説話の思想史的研究 渡辺卓 梨大教育報17-1  1967
孔子と易 鈴木由次郎 東方宗教31   1968
論語と人間 孔子における人間性と宗教性 西藤雅夫 彦根論叢132、133   1968
聖人の虚像と実像(孔丘) 丸山松幸 人物中国志2 1974
官吏養成を目的とした孔子学園の教育 高峰文義 福岡大学人文論叢10-3  1978-1979
論語にみる孔子の人間評価基準 その識別に関する一考察 仙田美智子 近畿大学女子短期大学研究紀要16  1986
孔子と「論語」 森野繁夫 漢文教育 1999
「論語徴」における「礼」 暢素梅 人間文化研究年報23  1999
孔子の身長について 春秋時代の尺度と評価 若江賢三 人文学論叢16  2014年
孔子の仁説について 青木晦蔵 大谷大学仏教研究会  2017,4,4
孔子の仁と何か 上・下 吉永慎二郎 秋田大学教育学部 2017.2.16
孔子の天に対する思想:その宗教的性格について 三浦吉明 集刊東洋学36  2017.4.12
  このように孔子及び論語に関する文献は古来から今日に至るまで実に膨大な量にのぼる。若い読書子に一冊を奨めるとすれば、高木智見「孔子」(世界史リブレット)である。100頁たらずの冊子であるが、比較的本を求めやすい。また最新の出土資料をもとに論語のテキストを検討している。孔子の中心思想である「仁」についてしぼって論述している。論語と孔子の関係書は多いがほとんどが現代的な解釈を各自が自由に論じているが、本書は春秋という時代状況を可能な限り考察し、孔子の思想について論述している点を評価したい。

2017年11月10日 (金)

琉球・台湾関係文献目録

Yoichi   「琉球」と聞けば、多くの人は首里城守礼門の沖縄を思い浮かべる。ところが、「琉球は台湾だった」といえば話がややこしくなる。日本の九州から南、台湾島に至る間につらなる列島を、北から正確にいえるだろうか。

  種子島、屋久島、トカラ列島、奄美大島、徳之島、沖之良部島、与論島、沖縄島、久米島、宮古島、石垣島、西表島、与那国島、台湾島である。

  台湾には先住民はいたが、清朝支配下となるまで、対外的な統一名は無かった。したがって、中国の古文献によって古代の地名を比定することになる。まず「漢書」地理志に次のように記されている。

「会稽の海外に東鯤人あり、分かれて二十余国となす。歳時をもって献見す」

    この「東鯤」(とうこん)が台湾であると唱えたのは日本の東洋史家・市村讃次郎であるが、確証は未だない。

   7世紀はじめ、「隋書」煬帝紀に

「流求国は海島の中に居り、建安郡の東、水行五日にして至る」

  この「流求」は、現在の台湾であることは間違いない。大業3年(603年)、煬帝は朱寛、何蛮らに台湾遠征を命じた。

  以後、「流鬼」(新唐書)、「琉求」(宋史)、「瑠求」(元史)のなどの地名が見える。

  つまり、古代において中国では、台湾のことを「琉球」とよんでいたたのであるが、現在の沖縄についても区別することなく、全体を「琉球」と称していたとおもわれる。そのため戦前の学界では、混乱が生じ、琉球沖縄説と琉球台湾説に分かれた。今日では、西洋の地図なども検討し、隋、唐、宋、元代に見える「琉球」の地名は台湾を指していると見るのが定説である。

    では、なぜ沖縄を指して「琉球」と称するようになったのか。それは、、明の洪武年間(1368-1398)、沖縄の中山王が明の冊封を受けたため、朝貢国である沖縄を「大琉球」とし、一方朝貢していない台湾を野蛮な島として「小琉球」と区別するようになったためである。もともと「大琉球」「小琉球」の区別は16世紀のヨーロッパ人によるものが最初であるらしい。オリテリオスの「太平洋図」(1589年)において沖縄と台湾を「Lequuuei grande」「Lequeio pequenno 」と区別している。「pequeno」とはポルトガル語で「小さい」の意である。レケオ・ペケニョらの地図でも台湾が「小琉球」と呼ばれていたことがわかる。日本では台湾をもともと「たかさご」と呼んでいた。豊臣秀吉の国書には「高山国」(1593年)とある。のちに「たかさくん国」などの表記が見られるが、17世紀初めの船乗りたちは台湾のことを「たかさご」と呼んでいた。 しかし、中国では沖縄が「琉球」と定まったのに対して、台湾の呼称は「東蕃」「北港」「雞籠」「台員」「大冤」などの名があてられたが、いずれも台湾全体をさした呼称ではなかった。鄭氏が清国に屈服し、台湾が清国領となって以後、「台湾」の名で呼ばれるようになった。

  台湾関係文献
台湾諸島誌 小川琢治 1896
台湾と南方支那 田中善立 新修養社 1913
台湾殖民発達史 佐藤四郎 台北晃文館 1916
台湾の風景 田村剛 雄山閣 1929
台湾の1年 川村竹治 時事研究会 1930
台湾農業年報 昭和6年  台湾総督府殖産局 1932
台湾農業年報 昭和7年 台湾総督府殖産局 1933
台湾人四百年史 史明 音羽書房 1962
琉球史料双書 伊波普献等編 井上書房 1962
台湾 苦悶するその歴史 王育徳 光文堂 1964
台湾の現実と日中関係 台湾ナショナリズムの動向を中心に 現代アジア社会思想研究会 同研究会 1965
台湾の経済と金融 アジア諸国経済・金融シリーズ1 久保田太郎 国際図書 1967
台湾資料 秘書類纂18 明治百年史叢書 伊藤博文編 原書房 1970
台湾の経済成長 その数量経済的研究 篠原三代平、石川滋共編 アジア経済研究所 1972
台湾の農業 斎藤一夫編 アジア経済研究所 1972
台湾処分と日本人 林景明 旺史社 1973
台湾年鑑 1973年版 台湾問題研究所編 PNS通信社 1973
台湾年鑑 1975年版 PNS通信社編 新国民出版社 1975
台湾年鑑 1977年版 台湾研究所編 台湾研究所 1977
中国と琉球 野口鉄郎 開明書院 1977
壺を祀る村 台湾民俗誌 国分直一 法政大学出版局 1981
台湾風俗誌(復刻) 片岡厳 青史社 1983
海峡 台湾政治への視座 研文選書 若林正丈 研文出版 1985 
台湾人士鑑 昭和9・12・18年版 復刻 興南新聞社編 湘南堂書店 1986
台湾民主国の研究(重版) 黄昭堂 東京大学出版会 1983
台湾アミ族の社会組織と変化 末成道男 東京大学出版会 1984
台湾の旅 エリアガイド66 小林克己 昭文堂 1984
琉球・清国交易史(二集『歴代宝案』の研究) 宮田俊彦 第一書房 1984
台湾の原住民族 宮本延人 六興出版 1985
台湾の旅 ワールド・トラベル・ブック6 ワールドフォトプレス 1986
高砂族調査書 台湾総督府警務局理藩課 湘南堂書店 1986
朝鮮・琉球航海記 1816年アマースト使節団とともに ホール著 春名徹訳 岩波書店 1986
台湾難友に祈る 鐘謙順、黄昭堂編訳 日中出版 1987
台湾の民族と文化 宮本延人、瀬川孝吉、馬渕東一 六興出版 1987
台湾・爆発力の秘密 ノン・ブック 黄昭堂 祥伝社 1988
台湾の改革派 戸張東夫 亜紀書房 1989
台湾の本 旅のガイドムック 近畿日本ツーリスト 1989
台湾の前途 中国統一か、独立か 小林進編著 サイマル出版会 1989
台湾ニューシネマの旗手候孝賢(ホー・シャオシェン) 田村志津枝 岩波書店 1990
台湾の危機と転機 張俊宏著 吉田勝次・李家騰訳 社会評論社 1990
台湾百科 若林正丈編著 大修館書店 1990
台湾に革命が起こる日 鈴木明 リクルート出版 1990
台湾を愛した日本人 土木技師・八田與一の生涯 古川勝三 創風社 2009

不思議な偶然の一致

    すでに知る人ぞ知る天皇家の不思議。偶然とはいえ、あまりに偶然すぎることである。2人は揃って皇室に入ることは生まれたときからの運命だったに違いない。

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    名前を並べて、互いに読んでみると、このようになる。やはり不思議な偶然の一致である。

2014年、高倉健が亡くなった11月10日は、奇しくも森繁久彌(2009年死去)と森光子(2012年死去)の命日。歌舞伎をのぞく演劇・映画・放送分野の俳優で、過去4人しか受賞していない文化勲章の受賞者が同じ命日というのはあまりに偶然すぎる。

    惨劇の日が重なることがある。池田小学校事件(2001年)と秋葉原通り魔事件(2008年)は6月8日の同日。2013年の米サンタモニカの大学で起きた銃乱射事件は現地では6月7日だが日本時間では8日である。

中国漢籍図書目録

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 天一閣。門には「南国書城」の額がある

   天一閣は明の寧波の豪商、范欽(1506-1586)が1561年から1566年にかけて創建した蔵書楼。現存するアジアでも最古の図書館の一つといえる。蔵書家の多いことで知られる浙江省鄞県でも天一閣が珍しい書物が集められていることから、当時から天下第一といわれ、それが命名の由来である。天一閣の前庭に池があるのは防火対策である。蔵書内容は嘉靖・万暦年間(1522-1619)に刊本されたものが多く、旧鈔本、金石拓本、明代の地方志、科挙関係資料などが多数ある。清の四庫全書の編纂には天一閣の図書を参考にし、文淵閣はこの楼閣にならって作ったといわれる。

    中国漢籍目録

晏子春秋 戦国
安南史略 19巻 安南黎崱撰 元
安陽集 50巻 韓琦 北宋
郁離子 10巻18篇 劉基
委巷叢談 1巻 田汝成撰 明
夷門広牘 106巻 周履靖編 明(1597年)
韻語陽秋 20巻 葛立方撰 宋
隠秀軒詩 10巻 鐘惺撰 明
蟫史 11巻 穆希文撰 明
陰騭録 袁了凡  明
韻府群玉 20巻 陰時夫撰 元
雨窓欹枕集 洪楩 明
尉繚子(うつりょうし)
雲烟過眼録 4巻 周密 宋
雲笈七籤 120巻 張君房 宋
瀛涯勝覧 1巻 馬歓撰 明
嬴奎律髄 49巻 方国撰 元
剡源集 30巻 戴表元 元
円機活法 24巻 王世貞 明
弇山堂別集 100巻 王世貞  明
弇州山人四部稿 174巻 王世貞  明
塩邑志林 樊維城編  明
王忠文公集 20巻 王褘(金華叢書集部所収)  明
女論語 曹大家撰 説郛所収 後漢
戒庵漫筆 8巻 李翅撰 説郛・常州先哲遺書所収  明
解学士全集 11巻 解縉  明
開漢一笑 上下とも14巻 李贄  明
開元天宝遺事 4巻 王仁裕撰 五代
懐香記 2巻 陸采撰 明
艾子後語 陸灼撰  明
艾子外語  屠本畯撰  明
開闢演義 周遊  明
霞客遊記 12巻 除宏祖撰  明
花間集 10巻 趙崇祚編 (四部叢刊所収) 後蜀
格致叢書 胡文煥  明
学蔀通辨 12巻 陳建撰  明
何氏語林 30巻 何良俊撰 明
画禅室随筆 4巻 董其昌撰  明
漢魏叢書 何鏜  明
漢魏六朝七十二家集 347巻 張燮撰 明
漢魏六朝百三名家集 80巻 張溥編 明
漢詔疏 陳衍 明
邯鄲記 2巻 湯顕祖 明
漢唐事箋 朱禮 元
季漢書 60巻 謝陛撰 明
居業録 余祐編  明
今古奇観 40巻 抱甕老人撰 明
金史 135巻 托克托(トクト)等奉勅撰 元
金瓶梅 蘭陵笑笑生 明
郡齋読書志 4巻 後志2巻 考異1巻 付志1巻 晁公武撰 宋
訓纂篇 揚雄撰 漢
藝苑巵言 王世貞  明
闕里誌 24巻 陳鎬撰  明
元史 210巻 宋濂王褘等捧勅撰
兼明書 5巻 邱光庭撰 唐
孔叢子3巻 孔鮒撰 後漢
呉越春秋 趙皣  前漢
元朝秘史 15巻 元
広漢魏叢書 何允中  明
孝経 1巻 漢
孔子家語 10巻 前漢
皇朝文衡 100巻 程敏政編  明
後漢紀 30巻 袁宏撰 晋
後漢書・志 司馬彪 晋
五経大全 117巻 胡広  明
古今韻会挙要 30巻 元
古今事文類聚  祝穆
古今小説  40巻  明
古今書刻 上篇1巻、下篇1巻 周弘祖撰 明
古今説海 142巻 陸楫撰  明
古今談概 馮夢龍撰 明
古今治平略 33巻 朱健撰 明
古今注 3巻 崔豹撰 晋
古今列女伝 解縉等奉勅撰  明
五雑俎 16巻 謝肇淛撰 明
古詩源 14巻 沈徳潜撰 清
古微書 36巻 孫殻編 明
古文苑 21巻 唐
古文関鍵 2巻 呂祖謙
古文孝経 1巻  漢
古文真宝 20巻 黄堅
古列女伝 7巻 劉向  前漢
困学紀聞 20巻 王応麟
顧氏文房小説 顧元慶編 明
五車韻瑞 160巻 凌稚隆撰 明
五代会要 30巻 王薄
五代史 薛居正
菜根譚 洪自誠  明
西遊記 呉承恩  明
冊府元亀 1000巻 王欽若等奉勅撰 中華書局 1960
山谷集 70巻 黄庭堅
左氏伝解詁 30篇 賈逵  後漢
三体詩 6巻 周弼
三輔決録 2巻 趙岐  後漢
三略 3巻 黄石公
雑学辨 1巻 朱熹
雑事秘辛  楊慎  明
三国志 65巻 陳寿撰 晋
三国志演義 羅漢中 明
三才図絵 106巻 王圻  明
山堂肆考 228巻、補遺12巻 彭大翼撰  明
爾雅翼 32巻 羅願撰 宋
左氏蒙求 2巻 呉化龍 明
史記 130巻 司馬遷
史記考要 柯維騏  明
資治通鑑 294巻 目録30巻 考異30巻 司馬光
資治通鑑綱目 59巻 朱熹
詩集伝 8巻 朱熹
四書集注 19巻 朱熹
詩人玉屑 20巻 魏慶之
字説 20巻 王安石 宋
事物紀原 宋・高承撰、明・李果訂
事物原会 清・王汲編 清嘉慶2年休寧汪氏古愚山房刊本
朱子感興詩註 1巻 蔡謨
朱子行状 黄榦
朱子語類 140巻 黎靖徳
笑苑千金 張致和
七略 劉歆
諡法 劉熙
諡法劉熙注補遺 劉熙
四民月令 1巻 崔寔
釈名 8巻 劉熙
十八史略 7巻 曾先之撰 元
春秋会要 姚彦渠 中華書局  1955
春秋経伝集解 30巻 杜預 晋
春秋公羊伝 11巻
春秋穀梁伝
春秋左氏伝 30巻
春秋左氏伝解誼 服虔
春秋左伝解詁 賈逵
春秋釋例 15巻 杜預  晋
春秋繁露 17巻 董仲舒
笑海叢珠 陸亀蒙撰 元
傷寒論 16巻 張仲景
尚書大伝 4巻 鄭玄注
女誡 班昭  漢
書目三編 別録・七略輯本・漢書藝文志補注・四史儒林文苑伝注 上・下 広文書局 1969
事林広記 陳元靚撰 宋
新五代史 75巻 欧陽脩撰 宋
真山民集 1巻 真山民撰 宋
鐔津文集(しんしんぶんしゅう) 20巻 契高 宋
神仙伝 10巻 葛洪 晋
新唐書 225巻 欧陽脩、宋祁奉勅撰 宋
水経注図 水経注疏要刪 楊守敬撰 清
随函録 20巻 可洪編 後晋
酔翁談録 10集、毎集2巻、計20巻 羅燁撰 元
崇文総目 5巻 補遺1巻  宋
図画見聞誌 6巻 郭若虚撰 宋
図絵宝鑑 5巻 夏文彦撰 元
説苑 20巻 劉向
西漢会要 上下 徐天麟撰 宋
西漢詔令 林虔  宋
西漢年紀 30巻 王益之撰  宋
西廂記 王実甫 元
正蒙書 10巻 張戴撰  宋
潜虚 1巻 司馬光撰  宋
潜夫論 10巻36篇 王符 後漢
宣和遺事 2巻  南宋
蒼頡篇 李斯 秦
宋史 496巻 脱脱(トクト)撰 元
捜神後記 10巻 隋
宋名臣言行録 朱熹撰 李幼武補編  宋
滄浪詩話 厳羽  宋
楚漢春秋 1巻 陸賈
楚辞章句 17巻 王逸
楚辞補注  17巻 洪與祖撰  宋
素書 黄石公
大学衍義 43巻 真徳秀撰 宋
太極図説 1巻 周敦頤  宋
太玄経 10巻 揚雄
太平寰宇記 200巻 楽史撰  宋
太平御覧 1,000巻  李昉等奉勅撰  宋
太平広記 500巻 李昉  宋
大載礼 85篇 載徳
中論 2巻 徐乾
長安志 20巻 宋敏求撰 北宋
朝会儀記 蔡質
地理風俗記 応劭
輟畊録(てっこうろく) 陶宗儀
點考工記 鄭玄
東漢会要 40巻 徐天麟撰 宋
東観漢記 24巻 武英殿聚珍本 姚之駰 後漢
東漢詔令 楼肪 宋
東京夢華録 10巻 孟元老撰 宋
唐才子伝 10巻 辛文房撰 元
東萊左氏博議 25巻 呂祖謙 宋
唐史論断 3巻 孫甫撰 宋
独談 2巻 蔡邕 後漢
南州異物志 楊孚 後漢
南北郊冕服議 劉蒼 漢
風俗通義 10巻、付録1巻 応劭 後漢
武経総要 宋
文献通考 348巻 馬端臨撰 元
法言 揚雄 前漢
封禅儀記 馬第伯 漢
北夢瑣言(ほくぼうさげん)  孫光憲 宋
補史記 1巻 司馬貞  唐
孟子集注 7巻 朱熹撰 宋
問礼俗 董勛 魏
野客叢書 12巻 王楙撰 宋
容斎随筆 16巻 洪邁撰 宋
酉陽雑俎 20巻、続集10巻 段成式撰 唐
與地紀勝 200巻 王象之 宋
礼記集説 160巻 衛湜撰 宋
礼記要義 33巻 魏予翁撰 宋
楽善録 10巻 李昌齢編 宋
六臣注文選 60巻  宋
律呂新書 2巻 蔡元定撰 宋
龍龕手鑑 4巻 行均編 遼
両漢詔令 洪咨夔 宋
両京新記 韋述 唐
緑窓新話 上下2巻  南宋
臨川集 100巻 王安石  宋
麟台故事 5巻  宋
類説 60巻 曽慥編  宋
類篇 15巻 司馬光撰  宋
蠣釈 27巻 洪适撰  宋
歴代故事 10巻 楊次山撰  宋
濂洛風雅 6巻 金履祥撰 元
録異記 8巻 杜光庭 前蜀
論語集注 10巻 朱熹撰  宋

2017年11月 9日 (木)

クリスマスを待ち望む

Frankbing003_zpsa7e5b6c6  少し気が早いけれど、クリスマス・ソングを聴いている。オーストラリアのラジオ局が1984年のワム!のヒット曲「ラスト・クリスマス」を24回にわたって立て続けに放送し、リスナーたちから抗議が殺到したという。クリスマスの頃になると世界中で人々はクリスマス・ソングを聴くことを楽しみにしている。最近の人気曲は松任谷由美「恋人がサンタクロース」、山下達郎「クリスマス・イブ」、B'zの「いつかのメリー・クリスマス」、稲垣潤一「クリスマスキャロルの頃には」、辛島美登里「サイレント・イヴ」などいろいろある。私にとってのクリスマスソングは「ホワイト・クリスマス」である。極め付きはやはりビング・クロスビーの歌唱。YouTubeで探すと「フランク・シナトラ・ショー」(1957年)で男2人の歌唱が聞ける。ゲストのビングが自分のレコードとピザを持ってシナトラの部屋を訪問する。「赤鼻のトナカイ」(ビング)、「サンタが町にやってくる」(シナトラ)、「クリスマス・ソング」(2人で)を歌ったあと、ビング・クロスビーが窓の外の雪景色を眺めながら、「ホワイト・クリスマス」を静かに歌いあげる。

   一般に「三大クリスマス・ソング」といえば、「ジングル・ベル」「サンタが街にやってくる」「赤鼻のトナカイ」である。このほかに「ザ・クリスマスソング」「ウィンター・ワンダーランド」「ブルー・クリスマス」などがポピュラーである。1970年代以降の新しいクリスマスソングではジョン・レノンの「ハッピー・クリスマス」、マライア・キャリーの「恋人たちのクリスマス」などがある。あなたにとっての思い出のクリスマスソングは何でしょうか。

ハリウッド物語 西部劇

William_s_hart   今週のBSプレミアムは西部劇特集。西部劇はサイレントの時代から、アクションを売り物に盛んに製作されたが近年はほとんど製作されなくなった。アメリカではテレビのオン・エアもないらしい。

   本格的な西部劇は「大列車強盗」(1903)である。その後、ウェスタンは人気ジャンルになった。1910年以前の映画は俳優の名前が発表されなかったが、オクラホマの小さな町の保安官だったトム・ミックスは「大南西部の牧場生活」で西部劇スターになった。1914年にデビューしたウィリアム・S・ハート(画像)は見事な二挺拳銃のさばきでスターになった。その後、トーキーが普及するとジョン・フォード監督の「駅馬車」などのように、名作西部劇も生まれ、1940年代から50年代にかけてはプログラム・ピクチャーの王者となった。ジョン・ウェイン、ゲーリー・クーパーといった西部劇スターを生み出した。しかし1960年代に入ると、人権意識の高揚とともにネイティブアメリカンや黒人の描き方が批判の対象となり、西部劇そのものが成立しにくくなってきた。ウィリアム・ボイド主演のシリーズ「ホパロング・キヤシディ」は1938年から1944年まで66本が作られた。

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近年レオナルド・ディカプリオ「ジャンゴ 繋がれざる者」(2012)、ジョニー・デップ「ローン・レンジャー」(2013)など西部劇復権の兆しがみえる。 (10月20日)

  西部劇映画略年表

1903 大列車強盗
1910 大南西部の牧場生活
1915 二挺拳銃
1915 男の男
1917 ガンファイター
1923 幌馬車
1924 アイアンホース
1926 曠原の志士
1931 征服群
1934 ユタから来た男
1934 戦う幌馬車
1936 平原児
1939 駅馬車
1939 モホークの太鼓
1940 西部の男
1942 スポイラース
1944 西部の王者
1944 拳銃の町
1945 ダコタ荒原
1946 荒野の決闘
1947 復讐の二連銃
1947 拳銃無宿
1947 追跡
1948 赤い河
1948 アパッチ砦
1948 決闘の断崖
1948 荒原の征服者
1949 群盗の宿
1949 虐殺の河
1949 三人の名付親
1949 カナダ平原
1949 秘境
1949 黄色いリボン
1949 ケンタッキー魂
1949 死の谷
1950 幌馬車隊
1950 折れた矢
1950 ウィンチェスター銃'73
1950 拳銃王
1952 真昼の決闘
1953 シェーン
1953 カラミティ・ジェーン
1954 折れた槍
1954 ヴェラクルス
1954 大砂塵
1955 シャロン砦
1955 星のない男
1956 襲われた幌馬車
1956 誇り高き男
1956 捜索者
1957 OK牧場の決闘
1958 大いなる西部
1958 ガンヒルの決闘
1959 リオ・ブラボー
1960 荒野の七人
1960 アラモ
1962 昼下りの決闘
1962 西部開拓史
1967 墓石と決闘
1967 大西部への道
1968 レッドムーン
1969 マッケンナの黄金
1969 ワイルド・バンチ
1969 勇気ある追跡
1970 砂漠の流れ者
1976 軍用列車
1990 ダンス・ウイズ・ウルブス
1992 許されざる者
1993 黒豹のバラード

PhotoPictureofjohnwayneineldoradolargepiRandolphscottc1940114121Joel_mccrea_mike_dunbar_wichita_towRobert_ryan 
トム・ミック、ジョン・ウェイン、ランドルフ・スコット、グレン・フォード、ジョエル・マックリー、ロバート・ライアン

 

119番の日

911103    11月9日は、消防・救急のダイヤル119にちなみ「119番の日」。日本では警察への急報は110番、消防・救急は119番と区別しているが、海外では一本化している国が多い。アメリカの緊急電話番号 emergency numberは「911」。

2017年11月 8日 (水)

石川さゆり、百年の孤独!?

   生番組で司会者がとんでもない言い間違えをすることがある。年末恒例の紅白歌合戦。二大失言は1984年の生方恵一アナの「ミソラ発言」と1986年の加山雄三「仮面ライダー事件」。少年隊の「仮面舞踏会」を誤って曲目紹介。昨夜の「うたコン」では谷原章介がトリの石川さゆりの新曲「百年の抱擁」を「百年の孤独」と誤って紹介した。イケメン谷原、ガルシア・マルケスの小説を知っているなんて読書家~、と思ったら、焼酎のブランド銘だそうだ。とても笑える失敗談。実は先週も谷原くん、荻野目洋子を「ひろこ」と誤って紹介している。うたコンの先輩小田切千アナは言い間違えではなく、度忘れタイプ。曲名や歌手名がでてこない。音羽しのぶさんの名前が出るの鈍いずいぶん時間がかかったことがある。

鳴くよウグイス平安京

Student4image1   光仁天皇のあとを継いだ桓武天皇は784年、山城の長岡京に遷都した。しかし2度にわたる洪水があったため、794年10月22日、平安京に遷都し、11月8日、新京を「平安京」とする詔を発布した。桓武・嵯峨から延喜の治といわれる10世紀初めごろまでは、律令政治の再建がある程度の効果をあげ、律令国家は動揺しながらもその形態をたもっていた。律令官制の規定にない官職を令外の官という。按察使、勘解由使、蔵人頭、検非違使、押領使など。石山寺に伝わる908年の周防国玖珂郡玖珂郷の戸籍を見るとほとんどが女性ばかりである。女性は律令制では税が軽くなっている。そのためにこのような実際にはあり得ないような女性ばかりの戸籍が作られている。このような嘘の戸籍を偽籍という。このように平安時代中期には律令制が行き詰まってきた。

2017年11月 7日 (火)

ロシア革命100周年

Soviet_union_lenin_55   1917年11月7日、首都ペテログラード(現在のサンクトペテルブルク)で武装蜂起し、労働者らで結成された赤衛軍が政府のある冬宮に突撃した。同じ日に開かれた全ロシア・ソヴィエト大会で人民委員会が設立され、レーニンが議長(元首)に就任した。ロシア革命のはじまりである。今年はちょうど100周年にあたる。

    強大な社会主義国家誕生のニュースは世界中を震憾させた。しかし大事件の舞台となったサンクトペテルブルクだが、翌18年には再びモスクワに遷都された。あまりにも国境に近いため国防上の理由から首都としてふさわしくないと判断されたのだ。

    なお、この街は名前が何度も変更したことでも知られている。ピョートル大帝が建設した時、1703年は「サンクト・ピーテルブルック」という名称だった。これはロシア語の「サンクト」(聖なる)とオランダ語の「ペテロ(ピョートル)の市」を組み合わせた名称である。その後1825年に、これをドイツ語風に読んだ「サンクトペテルブルク」に改称されている。しかし1914年になると、「ブルグ」という言葉は、第一次世界大戦の敵国であるドイツの言葉だという理由から、スラブ語の読み方「グラード」を組み合わせた「ペテログラード」になった。さらに1924年には、ロシア革命の中心人物のひとりレーニンにちなんだ名称として「レニングラード」に変更されたのである。その後、ソヴィエト連邦崩壊の1991年に住民投票が行われ、かつての名称であった「サンクトペテルブルク」に戻されたのである。この街の名称の変遷には、この街の激動の歴史が反映されていると言えるだろう。(Lenin,Sankt Peterburg)

2017年11月 6日 (月)

「淋しい草原に埋めないで」は海の男の歌だった!?

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   本日のBSプレミアムは、ジョン・フォード監督の名作「駅馬車」(1939年)。この映画の主題曲「Oh,Bury me not on the lone prairie」。音楽を担当したリチャード・ヘージマン(アカデミー音楽賞)は、西部に伝わる古い民謡をいろいろ劇の内容にあわせて編曲したが、「淋しい草原に埋めないで」はもともとイギリスの民謡「The Ocean Burial」。危険の多い海に乗り出す船乗りの歌で、「淋しい草原」は「深い海」だった。なお乗客のひとりアル中の医師を演じたトーマス・ミッツェルは「風と共に去りぬ」ではスカーレット・オハラの父親を演じている。

お見合い

Pn2009110601000069___ci0003   本日は「お見合いの日」。1947年のこの日、東京の多摩川河畔で集団お見合いが開催された。結婚紹介雑誌「希望」が主催したもので、戦争のため根気を逃した20-50歳の男女386人が参加した。参加者は2対1の割合で男性が多かった。

  映画の中でのお見合いシーンといえば映画「遠雷」(1981年)はちょっといい加減なところもあるが農村の青年のバイタリティを感じさせる作品だった。見合いのあとすぐにモーテルに行ったり、結婚式で振りつきで桜田淳子の「わたしの青い鳥」を2人で歌うシーンなど印象深い。最近では「箱入り息子の恋」(2013)恋愛経験のない35歳独身男が目が不自由な夏帆とお見合いし、本当の愛をつかむために奔走するラブ・コメ。公開時さほど話題にならなかったが、2016年ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」のブームで原点として再評価される。(11月6日)

2017年11月 5日 (日)

conで始まる英単語

英語に、conで始まる単語がやたらと多い。意味が共通しているわけでもない。覚えるしかない。

conceal   隠す

conceive  想像する

confirm   確認する

conflict   闘争

conform   一致させる

confront  直面する

confuse   当惑させる

confusion   混乱

congratulate  祝う

congress      会議

connect       つなぐ

conquer      征服する

conscience   良心

conscious    意識している

consent      承諾する

consequence  結果

conservative  保守的な

consider       熟考する

considerable かなりの

consist        …から成る

console        慰める

conspious    目だつ

constant     不変の

constitute   構成する

construct    組み立てる

consult       意見を聞く

consume     使い尽くす

contact      接触

contain      含む

contemplate  凝視する

contemporary 現代の

contempt       軽蔑

contend         主張する

content          内容

contest          競争

continent       大陸

continue        続く

contract         契約

contradict      反駁する

contrary         反対の

contribute      寄付する

contrive         考案する

control          支配する

controversy   論争

convenience  便利

convention    しきたり

conversation 会話

convert         転換させる

convey          運ぶ

convince       確信させる

 

ジュディとミッキー

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   レニー・ゼルウィガーが晩年のジュディー・ガーランドの伝記映画に主演する。ジュディといえば「オズの魔法使い」をはじめ少女スターのイメージがあるが、ミッキー・ルーニーとの名コンビも人気が高い。残念ながら日米戦争時でほんとん日本公開はなかった。一方のミッキーは長生し2014年に93歳で死去した。身長160cmという短躯ながら1930年代から現在に至るまで長い俳優生活を続けるミッキー・ルーニーの人生はハリウッドの歴史そのものである。「逃亡者」第78話「過去の女」キンブルの雇主洗濯屋のチャーリー(ミッキー・ルーニー)はむかしノミ屋などをしたため、ギャングに命を狙われていた。彼は以前に別れたポーラを呼び寄せるが、彼女が殺し屋と組んでいることをギャングは知る。デビッド・ジャンセンとミッキー・ルーニー、2人の息があっている。それは境遇がにているからか。ドラマで追われる立場というだけでなく、実生活も両親が離婚し、小さいときにハリウッドの子役となった点だ。おそらく2人は昔からの顔馴染みだろう。デビッド・ジャンセンの少年時代の映画デビューは「燃える密林」(1946年)ジョニー・ワイズミュラーの映画だ。まだ16歳の少年だった。(よく調査するとソニア・ヘニー主演の映画1945年がデビュー)そのころミッキーはジュディー・ガーランドとの「アンディ・ハーディ」シリーズで人気青春スターだった。おそらくジャンセンとはMGMスタジオで会っているはず。まだなれない撮影所で10歳年長のミッキーはアレコレとジャンセンに陽気にはなしかけていただろう。ジャンセンの孤独な陰は実生活からにじみ出るものだろう。あまり気の進まぬ俳優稼業よりも、スポーツ選手になりたかったのだろう。「逃亡者」で少年野球を指導するシーンは実にうれしそうだった。だが、不運にも高校時代に棒高跳びの事故で足の怪我をした。その後遺症が残る。ドラマのシーンでもやや足をひきずり加減に走るのはそのためである。2人は映画「でっかい札束」(1961年)でも共演している。ジャンセンもルーニーも大金持ちになったが、なぜか家庭的な幸せには恵まれなかったように見えた。ジャンセンはエリ・グラハム、ダニー・クレインと結婚、晩年にローズマリー・フォーサイスと交際していた。ルーニーは何度も結婚と離婚をくりかえした。明るくやんちゃな「みんなの弟」ミッキー・ルーニーは永遠のアメリカ青年の象徴であった。

火薬陰謀事件とガイ・フォークスデイ

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   1605年のこの日、イングランド王ジェームズ1世のカトリック教徒弾圧に憤慨した一団が、国会開院式に出席する国王と議員たちを殺そうとして国会議事堂に爆薬を仕掛けた。しかし、この陰謀は事前に発覚し、実行寸前の11月5日未明、議事堂地下で爆薬と火付け役のガイ・フォークスが発見され、一味は全員逮捕された。議会は11月5日を「救助を神に感謝する日」とし、翌年から休日にした。 Guy Fawkes'Day

いないいないばあ

Regeneration_3    擬声語を集める。突然、暴漢に襲われたときの恐怖の声。「キャーッ!」が英語ではeek(イーク)。

  くしゃみの「ハクション」はahchoo(アーチュー)。子供の泣き声「ワーン」はbaw(ボー)。赤ちゃんのしゃべるときの声「バブバブ」はbabble(バァフル)。

  赤ちゃんをあやすときに「いないいないばあ」としますよね。その「いないいないばあ」は英語で何というかご存じですか。peek-a-boo(ピーカブー)といいます。peekとは「ちらっと見る」という意味。booは日本語では人を驚かすときに「わっ!」といいますが英語では「Boo!」と驚かします。このpeekとbooが合わさってPeek‐a‐booになります。

200pxkoukou_by_georgios_iakovidisbla bla       ぺラぺラ

boohoo   ワーン

chatter     ぺチャクチャ

ha-ha       はは、あはは

hee-hee   ひっひっひっ

ho-ho       ほほー

mutter      ブツブツ

ouch         あうっ、痛いっ

tehee        ひっひ

ungh          ウ、ウーン

wah           ウワーン

wow          うわー、ああ

おせち料理の由来について

新しき年の始の初春の今日降る雪のいや頻(し)け寿詞(よごと)

   大伴家持

Photo_2  今年も早いもので、デパートなどで来年のおせち料理の予約が開始している。三段重3万円くらい。元日の朝、正月のお祝い膳にかかせないのが「おせち料理」である。「おせち」とは御節供(おせちく)のつまったもので、昔は五節供の節目に用いられる料理のことをいったが、次第に正月の料理だけをいうようになった。正月の祭事の食物に里いものような穀類を特別重要視する習慣は縄文時代からの穀類起源神話からもうかがえる。インドネシアの神話に、ハイヌウェレという少女の死体から芋などの作物が生まれ、人びとの主食となったという神話がある。ドイツの学者アドルフ・イエンゼン(1899-1965)はこれを「ハイヌウェレ型神話」と呼び世界に同類の神話が存在するとした。日本の記紀にみられるオオゲツヒメも縄文時代の中期に南方から渡来した可能性が高いと学者は説く。お節料理の「数の子」「田作り」「黒豆」などには、多産、豊年、長寿、家内安全の祈願が込められている。

   「数の子」は、にしんの卵だが、「二親・にしん」から、たくさんの子がうまれてめでたいと、子孫繁栄の縁起をかついでいる。

 「田作り」は、ごまめともいい、かたくちいわしのの幼魚を炒って飴煮したもの。昔たんぼの肥料に使ったところ、たいへん米がとれたため、豊年万作を祝う農民が正月に田作りを食べるようになった。

   「黒豆」は、一年中の邪気を払い無病息災を願って屠蘇で祝うが、そのときに用いられる祝い肴のひとつ。黒豆(くろまめ)・まめ(丈夫)に暮らせるようにという縁起に因んだもの。 

 「昆布巻き」は、昆布と「よろコブ」をかけて幸福を願う。

 「鯛」は、鯛と「めでタイ」をかけて幸福を願う。

   「屠蘇」とは魏の名医華佗の処方という、年始に飲む薬・屠蘇散に由来する。屠蘇散を入れて、酒・みりんに浸して飲む。一年の邪気を払い、齢を延ばすという。平安時代から行われている。(1月1日)

参考:『江馬務著作集5』 中央口論社 P191~196

2017年11月 4日 (土)

ミハイル・ロマノフ

   1609年から1612年までロシア・ポーランド戦争おこる。ロシアでは皇帝不在の空位期間に陥ったが、1612年のこの日、ロシア国民軍はクレムリンに拠るポーランド軍を一掃し、モスクワを取り戻して、その後、1613年2月、人民、コサックも参加した全国議会にてミハイル・フョードロヴッチはツァーリに選出された。ロマノフ朝のはじまりである。(11月4日)

2017年11月 3日 (金)

ゴッホは日本の夢をみた

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グラスに差した花咲く巴旦杏の枝 1888

    アーモンドは地中海から黒海にかけて自生している。日本では巴旦杏(はたんきょう)という名前で知られている。春に白い花が咲く。ゴッホの作品には、白いアーモンドの花を描いたものが数点残っている。下の「花咲く巴旦杏の枝」の絵は、弟テオの赤ん坊へのお祝いとして描かれたといわれている。ちなみに、かつてハーグで絵の手ほどきを受けたアントン・マウヴェの知らせもこの時に受けた。「誕生」と「死」の知らせ。その両方に対して、ゴッホの優しさが表現されている。

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 花咲く巴旦杏の枝  1890

 

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花咲く巴旦杏の木  1888

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ハタンキョウ

 NHKの特別番組「ゴッホは日本の夢を見た」癒し系の女優・吉岡里帆がパリのオルセー美術館やロダン美術館、南仏アルルなどを10日間旅して、ゴッホの作品や人生にふれる。また帰国後、上野の東京都美術館「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」の内覧展にも足をはこぶ。「花咲くアーモンドの枝」を見る里帆ちゃん、アートが好きなんだ。日本美術がゴッホに与えた影響や、ゴッホのやさしい人柄を自分の言葉で語っていたのが印象的だった。水着の里帆ちゃんもいいけど、秋服の里帆も最高だね‼

支那学文献目録

09271610_542662d9b20a1  19世紀後半から中国や日本で「支那」という言葉が使われていたが、現在では使われない。一般的には「支那」を差別語と考える人が多いが、歴史的に語源を調べるとかなり古い言葉で、玄奘の「慈恩伝」の中にも使われており、成立時は差別的な意味は含まれない。英語の「チャイナ」や「ラ・シーヌ」(仏語)、「ヒーナ」(独語)、「ラ・チーナ」(伊語)、「チナ」(西語)、「シーナ」(オランダ語、ポルトガル語)もみな秦の音の訛りで、古代インド、ギリシア・ローマと伝わったものである。日本語の「支那」も本来は一般的な呼称であったが、戦時中に蔑称として用いられた歴史があり、現在は使われていない。近年、石原慎太郎が「中国をシナと呼ぼう」と会見でシナを連発したが、中国ネットで非難が集中したことは記憶に新しい。ここでは書誌学的研究の立場から、タイトルに「支那」を含む図書を集める。ちなみに「中国」という語はすでに戦前からすでに使用されていた。ことがある。実例として、「近世中国史」風間阜1937年、「中国文化界人物総鑑」橋川時雄1940年など

支那総説 1~6 金子弥兵衛、中島精一 中近堂 1883
支那地誌 総体部 下村修介編 参謀本部編纂課編輯出版 1887
支那教学史略 2冊 狩野良知 吉川半七 1891
支那全図 参謀本部編 1892
支那地誌 巻15上 満州部 参謀本部編纂課編輯出版 1893
支那地誌 巻15下 蒙古部 参謀本部編纂課編輯出版 1893
支那地理書 高島天淵編 1900 
支那探検録 新正 宮内猪三郎 1900
支那大文学史 古代篇1 児島献吉郎 冨山房 1909 
近世支那十講 稲葉君山 金尾文淵堂 1916
支那古田制の研究 法律学経済学研究叢書17 加藤繁 京都法学会 1916
支那 消夏漫筆 中山成太郎編訳 有斐閣 1916
支那制度及社会概要 支那研究叢書9 東亜実進社 1917
支那の交通 支那研究叢書7 東亜実進社編 同社 1917
支那古代史 ヒルト 三省堂 1918
支那教育状況一斑 朝鮮総督府編 京城朝鮮総督府 1919
近代支那史 稲葉岩吉 大阪屋 1920
支那唐代の服飾 原田淑人 丸善 1921
支那現代史 松井等 明善堂 1924
支那法制史研究 東川徳治 有斐閣 1924
支那古代史論 東洋文庫論叢5 飯島忠夫 東洋文庫 1925
支那西教史考 グスターフ・コル 鈴木哲 伊山堂 1925
近代支那史 矢野仁一 弘文堂 1926
支那学文叢薮 狩野直喜 京都・弘文堂 1927
支那道徳文化史 荻原擴 中文館 1927
支那語中の西洋語 近世支那伝来西洋語漢字音訳語彙 東亜研究講座20  中山久四郎 東亜研究会 1928
支那歴史研究 小川琢治 弘文堂書房 1928
支那古韻史 大島正健 冨山房 1929
支那古代史 フリードリッヒ・ヒルト 西山栄久訳補 丙午出版社 1929
支那歴史研究 続 小川琢治 弘文堂書房 1929
支那歴代年表 中村久四郎 山根倬三 中文館 1929
朝鮮支那文化の研究 京城帝国大学法文学会編 刀江書院 1929
支那(小説) 前田河広一郎 改造社 1930
支那後宮秘史 浜本鶴賓 春陽堂 1930
支那暦法起源考 飯島忠夫 岡書院 1930
支那学文献の解題と其研究法 武田熙 大同館 1931
支那古代社会史論 郭沫若 藤枝丈夫訳 内外社 1931
支那古代史と天文学 飯島忠夫 恒星社 1931
支那の排日侮日に就て 陸軍省調査課 1931
一九三〇年支那年史 長野朗 支那問題研究所 1931
支那 少年少女世界地理文庫1 西亀正夫 厚生閣 1932
支那の国民性 大谷光瑞 大乗社支部 1932
支那の排日運動 波多野乾一 東亜研究会 1932
狂乱の支那 馬郡健次郎 南光社 1933
支那の建築と芸術 関野貞 岩波書店 1933
支那歴史地理研究 正集 小川琢治 弘文堂書房 1933
古代支那人の民間信仰 岩波講座東洋思潮10  白鳥清 岩波書店 1935
支那農業経済の諸問題 田中忠夫 学芸社 1935
支那の農業と工業 R・H・トーネイ著 浦松佐美太郎・牛場友彦訳 岩波書店 1935
支那の抗日記録 日支の不幸 姫野徳一 日支問題研究会 1936
支那女人譚 村田孜郎 古今荘書房 1937
現代支那批判 尾崎秀実 中央公論社 1938
支那古代の祭礼と歌謡 マーセル・グラネー著 内田智雄訳 弘文堂 1938
支那古代社会研究 郭沫若 藤枝丈夫訳 東学社 1935
支那新聞の読み方 入江啓四郎 タイムス出版社 1935
支那游記 室伏高信 日本評論社 1935
支那古韻学階梯 松村利行 松雲堂 1936
古代支那及印度 東洋文化史大系1 新光社 1937
支那語手引と会話早わかり 甲斐靖 駸々堂 1937
現代支那人物論 吉岡文六 時潮社 1938
最新支那常識読本 山口梧郎 テンセン社 1938
支那の歴史 少年史伝叢書 塚田忠泰 大同館 1938
支那歴史研究法 梁啓超 小長谷達吉訳 改造社 1938
現代支那人名辞典 大陸文化研究所編 泰山房 1939
支那社会構成 秋沢修二 白揚社 1939
支那地方自治発達史 和田清編 中華民国法制研究会 1939
支那社会の科学的研究 岩波新書 ウィットフォーゲル 岩波書店 1939
支那の農民生活 費孝通 生活社 1939
支那游記 改造社文庫 芥川龍之介 改造社 1939
現代支那史 全6巻 グスタフ・アマン著 高山洋吉訳 育生社 1939-1940
現代支那思想史 梁漱冥著 神谷正男訳 生活社 1940
現代支那史 教養文庫 小竹文夫 弘文堂 1940 
支那教育史 支那文化叢書 上下 任時先著 山崎達夫訳 人文閣 1940
支那基督教史 東亜叢書 比屋根安定 生活社 1940
支那社会政治思想史 上 呂振羽 原勝・角田次郎訳 日本青年外交協会 1940
支那宗教思想史 王治心著 冨田鎮彦訳 大東出版社 1940
支那精神 世界精神史講座2 諸橋轍次ほか 理想社 1940
支那政治思想史 支那文化史大系2 楊幼烱著 村田攷郎訳 大東出版社 1940
支那政党史 楊幼烱著 森山喬訳 日光書院 1940
支那タングステン鉱誌 支那経済資料  江西地質鉱業調査所編 生活社 1940
支那地理大系 自然環境編 渡辺光編著 日本評論社 1940
支那の鉱床及鉱業 ウィリアム・コリンス著 西村雄三訳 白揚社 1940
支那農業経済論 上 天野元之助 改造社 1940
支那法制史研究 瀧川政次郎 有斐閣 1940
支那歴史地理研究 続集 小川琢治 弘文堂書房 1940烔
概説支那仏教史 道端良秀 法蔵館 1941
支那工業合作社運動 刈屋久太郎編著 畝傍書房 1941
支那古代生活史 内野熊一郎 清水書店 1941
支那探訪 緒方昇 東京日日新聞社 1941
西洋文化の支那への影響 張星烺著 実藤恵秀訳 日本青年外交協会 1941
近世支那経済史 小竹丈夫 弘文堂書房 1942
支那官制発達史 上 和田清編 中央大学出版部 1942
支那古代哲学史 慿友蘭 柿村峻訳 冨山房 1942
支那社会経済史研究 玉井是博 岩波書店 1942
支那中世の軍閥 日野開三郎 三省堂 1942
支那の農業経済 田辺勝正 日本評論社 1942
近代支那に於ける宗教結社の研究 酒井忠夫 東亜研究所 1943
古代支那研究 小島祐馬 弘文堂書房 1943
支那学論攷 石浜純太郎 全国書房 1943
支那漢代紀年銘漆器図説 京都帝国大学文学部考古学資料双刊2 梅原末治編 京都桑名文星堂 1943
支那基督教の研究 1・2 佐伯好郎 春秋社松柏館 1943
支那鉱業史 芳賀雄 電通出版部 1943
支那古代暦法史研究 東洋文庫論叢29  橋本増吉 東洋文庫 1943
支那上代思想研究 出石誠彦 藤井書店 1943
支那歴代風俗事物考 秋田成明訳 大雅堂 1943
古代支那志史要 岡崎文夫 弘文堂 1944
支那学の問題 吉川幸次郎 筑摩書房 1944
支那貨幣考 穂積文雄 京都印書館 1944
支那基督教の研究 3 佐伯好郎 春秋社松柏館 1944
支那数学史概説 藪内清 山口書店 1944
西洋文化の支那侵略史 E.R.ヒューズ著 魚返善雄訳 大阪屋號 1944
近代支那と英吉利 百瀬弘・沼田鞆雄 蛍雪書院 1945
支那古代暦法史研究 橋本増吉 東洋書林 1982
支那古代史と天文学 飯島忠夫 第一書房 1982
支那古代史論 飯島忠夫 第一書房 1980
支那古代の祭礼と歌謡 マーセル・グラネー 内田智雄訳 清水弘文堂書房 1967
支那古代の社会思想 岩波講座東洋思想3 小島祐馬 岩波書店 1936
支那語通解 馬場春吉 岡崎屋 1939
支那史概説 上 岡崎文夫 弘文堂書房 1935
支那思想研究 橘樸 日本評論社 1936
支那思想の展開 1 高田眞治 弘道館 1946
支那思想のフランス西漸 後藤末雄 第一書房 1933
支那思想発達史 遠藤隆吉 冨山房 1904
支那思想仏教思想 上・下 岩波講座東洋思潮10 宇井伯寿 岩波書店 1935
支那社会の測量 円谷弘 有斐閣 1937
支那社会の組織と展望 湯良礼著 中山蒐美三訳 育生社 1940
支那社会の裏表 一色忠慈郎 大阪屋号書店 1931
支那庶民金融論 井関孝雄 学芸社 1941
支那地方自治発達史 和田清編 中央大学出版部 1939
支那地方自治問題 董修甲著 岡本武彦訳 生活社 1939
支那地方政制史 支那文化叢書 鄭自明著 富樫長榮訳 人文閣 1941
支那地名集成 外務省情報部 日本外事協会 1936
支那帝国史 万国歴史全書 デュ・アルド著 北村三郎 博文館 1890
支那哲学概説 春秋文庫 高田真治 春秋社 1938
支那哲学概論 宇野哲人 支那哲学叢書刊行会 1926
支那哲学概論 現代語訳支那哲学叢書 宇野哲人 酒井雄文堂 1927
支那哲学概論 支那哲学体系5 宇野哲人 金の星社 1929
支那哲学講話 高木八太郎 荻原星文館 1935
支那哲学史 遠藤隆吉 金港堂 1900
支那哲学史 帝国百科全書 中内義一 博文館 1903
支那哲学史 高瀬武次郎 文盛堂 1910
支那哲学史 斉伯守 同文社 1942
支那哲学史 師範大学講座1 平原北堂 勅語御下賜記念事業部 1946
支那哲学史 近世儒学 宇野哲人 宝文館 1954
支那哲学史概説 渡辺秀方 早稲田大学出版部 1924
支那長生秘術 後藤朝太郎 富士書房 1927
支那哲学史概説 斉伯守 同文社 1930
支那哲学史講話 宇野哲人 大同館 1914
支那哲学思想叢書 三省堂 1931
支那哲学叢書 支那哲学叢書刊行会 新光社 1922
支那哲学総論 徳富猪一郎・宇野哲人 大東出版社 1937
支那哲学の研究 宇野哲人 大同館 1920
支那の淡水魚 東亜研究講座38 雨宮育作、木村重 東亜研究会 1931
支那の対日血戦 秋山豊三郎 大連・秋山家 1932
支那の土豪 後藤朝太郎 高山書院 1940
支那の体臭 後藤朝太郎 汎文社 1933
支那の土地と人 クレッシイ著 三好武二訳 偕成社 1939
支那土地利用地図集成 ロッシング・バッグ著 岩田孝三訳 東学社 1938
支那と仏蘭西美術工芸 小林太市郎 弘文堂 1937
支那の民族性と社会 支那問題叢書 川合貞吉 第二国民会 1937
支那と蒙古 米内山庸夫 北光書房 1943
支那中世仏教の展開 山崎宏 清水書院 1942
支那屯田兵制史 支那文化叢書 張君約著 藤田実訳 人文閣 1942
支那内閣関税制度3 台湾総督府 1932
支那の経済恐慌に関する調査 1~3 天野健雄 東京商工会議所 1935
支那の経済建設 事前と事後 目崎憲司 有斐閣 1941
支那の経済心理 東亜叢書 ウィルヘルム著 佐藤周一郎訳 生活社 1942
支那の経済地理 岩波新書 グルーシャコフ著 西尾忠四郎・高木八尺訳 岩波書店 1941
支那の経済と資源 小林幾次郎 時潮社 1939
支那の対外的国民運動 末広重雄 弘文堂 1939
支那の知識 時局知識シリーズ2 清沢冽・室伏高信編 青年書房 1937
支那地理歴史大系 全12巻 白揚社 1940-1941
支那の知性 林語堂著 喜入虎太郎訳 創文社 1940
支那の通貨と貿易 日本学術振興会 土方成美編 有斐閣 1942
支那の農業 ロッシング・バック著 塩谷安夫・仙波泰雄。安藤次郎訳 改造社 1938
支那の農業 東亜新書12 石川正義 中央公論社  1941
支那の農業経済 マヂャル著 早川二郎訳 白揚社 1936
支那の秘密 井東憲 秋豊閣 1939
支那帝国史 デュ・アルド
支那貧窮問題研究 柯象峰著 陸麻呂利輔訳 人文閣 1942
支那風俗 3冊 井上紅梅 1920-1922
支那風俗画譜 石田楳  洪洋社 1932
支那風俗綺談 井東憲訳著 大東出版社 1940
支那風俗綺談集 米田華紅 博文館 1930
支那風俗春秋 佐久間貞次郎 立命館出版部 1932
支那風俗の話 後藤朝太郎 大阪屋号 1927
支那風物記 村松梢風 河原書店 1941
支那風物志1 風景篇 東亜文化叢書6 後藤朝太郎 大東出版社 1942
支那風土記 後藤朝太郎 八洲書房 1935
支那風土記 米内山庸夫 改造社 1939
支那風土記 クレッシイ著 高垣勘次郎訳 東方文化学会 1939 
支那文化雑攷 法本義弘 国民社 1943
支那歴史地理 北京の歴史地理 小野勝年 支那地理歴史大系刊行会編 白揚社 1942
支那歴史地理叢書 冨山房 1939
支那歴代沿革図説 河村与一郎編 前川文栄堂 1881
支那歴代沿革地図  新撰 山本頼輔 赤沢政吉 1895
支那歴代親耕親蠶考 農林省米穀局 日本米穀協会 1936
支那歴代地名要覧 青山定男 東方文化学院研究所 1933
支那労働視察記 支那に於ける人間性と労働 アンダーソン著 高山洋吉訳 生活社 1939
支那労働者研究 続支那研究叢書2 小山清次 東亜実進社 1919

まんがの日

P4234018ko 本日は「まんがの日」。この日は手塚治虫の誕生日(1928年11月3日)でもある。手塚姓を天下に広めたのは漫画家の手塚治虫。曽祖父の良庵(1826-1877)は適塾に学んだ蘭方医。その父は蘭学医・手塚光照(1801-1877)。さらに遠祖をさかりぼると平安時代末期にいたる。木曽義仲が挙兵するとき斉藤実盛(?-1183)を討ち取った手塚光盛(?-1184)がご先祖さま。戦後、日本の手塚治虫はじめとする日本のコマワリと吹き出しの漫画は独自の発達を遂げて、世界の若者たちをも魅了し、グローバル化していく。ヨーロッパで日本漫画が幅広く出版されるようになったのは、1970年代の終わりに起きたアニメブームをきっかけとしている。最もよく売れた漫画ランキング。ONE PIECE、ゴルゴ13、DRAGON BALL、こちら葛飾区亀有公園前派出所、名探偵コナン、NARUTO、美味しんぼ、SLUM DUNK、ドラえもん、鉄腕アトム、タッチ、北斗の拳、金田一少年の事件簿。

2017年11月 2日 (木)

ソクラテスの妻

   ソクラテスの妻クサンチッペは、悪妻として知られている。ある青年に結婚について聞かれたソクラテスは、「そりゃあ、したほうがいいね。うまくいきゃ幸せになるし、失敗すれば、私のように哲学者になれる」と答えたという。またこんなエピソードもある。朝から晩まで、亭主の稼ぎのなさをこぼしているクサンティッペを見て、「よくまあ、あの小言に耐えられるね」と友人が言うと、ソクラテスが答えていわく、「水車の回る音も、聞きなれれば、苦にならないものだよ」と。

東西交流とガラス

Photo     ガラスの起源はエジプトやメソポタミアの古代文明が最も古いが、中国にも西周時代ものが出土している。表面の釉薬は融けてガラス化しているが、内部の胎は完全にガラス化していない、液玉、ファイアンスfaienceと呼ばれる珠である。春秋時代の珠も出土している(画像)。ファイアンスは不完全なガラスといえる。3世紀の邪馬台国時代、北九州の三雲、井原遺跡からファイアンス珠が1個だけ出土している。井原遺跡は伊都国があった地と考えられる。中国で作られたものであるか、遠く西アジアで作られたものであるのか。東西交流と日本との関係を示す数少ない貴重な文物といえる。

Yjimage08770754   5世紀になると東西交流はシルクロードを通じてさらに盛んになった。先ごろ、奈良県橿原市の新沢千塚古墳群で出土したガラス皿の化学組成が、ローマ帝国領内で見つかったローマ・ガラスとほぼ一致したという。遠方の起源の異なるガラス器が5世紀の日本に伝来を示すもので、幅広い東西交流がおこなわれ、文化の発展も、もたらされた。(世界史)

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白秋忌「からたちの花」

Img24aa7f18zikczj   からたちも秋はみのるよ

  まろいまろい金のたまだよ

   今日は白秋忌。「からたちの花」の詩が「赤い鳥」に発表されたのは、大正13年。白秋はやがて40歳になろうとする頃だった。

   北原白秋(1885-1942)。本名は隆吉。生地は福岡県山門郡沖靖村。海産物問屋、柳河藩の御用達を勤めた家の生まれ。白秋の小学生のころ、柳川の家の路地に咲くからたちの花をながめながら通学したという。当時、次々と新作童謡を発表していた。その後、白秋は2番目の妻、江口章子と離婚した後、菊子夫人と再婚している。ところが昭和12年、眼疾のため失明する。昭和17年、腎臓病で没した。(11月2日)

2017年11月 1日 (水)

ズーニーブーとはどんな意味?

C0135543_1833613  初めて覚えた英単語は「クレイジー」。丁度シャボン玉ホリデーが放送された頃、兄から「crazy」とは「気の狂った」「気違いじみた」という意味だと、教えられた。それからグループ名から英単語を覚えたことが多々ある。タイガース(虎)、スパイダース(蜘蛛)、サベージ(野蛮)、ワイルドワンズ(野生児)。オクッスは「雄牛」の意味だが、下着メーカー・シルバー・オックスよりヒントを得て命名。カーナビーツはクルマの地図ではなく、ロンドンの地名「カーナビー・ストリート」と音のビートを合わせた造語。ズーニーブーの意味は今もって分からない。ビートルズ(カブトムシ)、ローリング・ストーンズ(転石)、ディープ・パープル(深紫)、クイーン(女王)、ガンズ・アンド・ローゼス(銃とバラ)、カーペンターズ(大工)。アメリカのロックバンド「TOTO(トト)」の命名由来には複数説がある。①ロバート・トトースの捩り②便器のロゴ③映画「オズの魔法使い」に登場する犬の名前。Dragon Ash。元々はdrog on ash「だらだらしていると灰になっちまうぜ」の意味。

   バンド名を日本語に訳すと、なかなか珍妙な感じになる。

本と読書に関する名言・ことわざ・文献集

346385602_b82b599e99「本に恋する季節です」

   印刷術が広くゆきわたるまで、写本図書の利用は一握りの学者に限られていた。刊本の図書がその数を増すにつれて、書物は万人のためにあり、民主主義の精神にとって重要であることがわかってきた。ここでは、古今東西の本と読書に関する格言・箴言・名言・文献を集める。

有益な書物とは、読者に補足を要求せずにはおかれぬような書物のことである。(ボルテール)

三日、書を読まざれば、語言味わいなし。(世説新語)

単に知るのみならず、その知識に従って行動せよ。(フィヒテ)

どの時代にもそれぞれの課題があり、それを解くことによって人類は進歩する。(ハイネ)

人生の至楽は読書にあり。(永井荷風)

書物はひもとかなければ、一片の木片にすぎない。(イギリスのことわざ)

A closed mind is like a closed book,just a block of wood.

閉じられた本は塊でしかない

A book that is shut is but a block.

すべて良き書物を読むことは、過去の最もすぐれた人々と会話をかわすようなものである。(デカルト)

書を読みて栄える者を見たり、書を読みて落ちぶれる者を見ず。(金言童子教)

機知に富みうちとけた言葉は永久に生命を持つ。(ゲーテ)

身体には鍛錬、心には読書。(アディソン)

この世のあらゆる書物もお前に幸福をもたらしはしない。だが書物はひそかにお前自身の中にお前を立ち帰らせる。(ヘッセ)

書物なき部屋は魂なき肉体のごとし。(キケロ)

私の実際的な読書の法則は三つある。
1.一年を経過していない本はどれも読まないこと
2.有名な本のほかは読まないこと
3.好きな本のほかは読まないこと(エマーソン)

私は人生を知ったのは人と接したからではなく、本と接したからである。(アナトール・フランス)

人生は短い。この書物を読めばあの書物は読めないのである。(ラスキン)

人の品格はその読む書物によって判断できる。それはあたかも、人の品格がその交わる友によって判断できるがごときものである。(スマイルズ)

読書百遍、義自(ぎおのずから)見(あら)わる。(魏志)

万巻の書を読み万里の路を行けば自ずと胸中に自然が映し出されるようになる。(董其昌)

読書とは、著者の魂との邂逅である。(亀井勝一郎)

読書は人間としての純粋な時間である。(亀井勝一郎)

インドの全財宝をあげても、読書の楽しみには換え難い。(エドワード・ギボン)

書物は友人と同様、数多くあるべきであり、そしてよく選択すべきである。(フラア)

読書のほんとうの喜びは、なんどもそれを読み返すことにある。(ロレンス)

読書に費やしただけの時間を、考えることに費やせ。(アーノルド・ベネット)

書物は一冊一冊が一つの世界である。(ワーズワース)

用例なき辞書は骸骨である(ヴォルテール)

書物を読むということは、他人が辛苦してなしとげたことを、容易に自分に取り入れて自己改善する最良の方法である。(ソクラテス)

本は知性のさまざまな機能に働きかける(フランシス・ベーコン)

おろかな学者は、おろかな馬鹿者よりも、ずっとおろかである(モリエール)

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   書物に関する文献目録

図書の部
倭板書籍考 幸島宗意撰 1702
官板書籍解題略 杉山精一訳 1847
日本書籍考 林羅山撰 1850
文芸類纂 榊原芳郎 1878
古梓一覧 西村兼文 1882
本朝書籍刊考 黒川真頼 1895
日本訪書誌 楊守敬 1897
国書解題 佐村八郎 1897
日本印書考 中根粛治 1899
明治出版史話 三木佐助 1901
古文旧書考 島田翰 民友社 1905
漢籍解題 桂五十郎 明治書院 1905
近藤正斎全集 近藤守重 1907
日本古刻書史 朝倉亀三 1907
徳川幕府時代書籍考 牧野善兵衛 1912
朝鮮図書解題 朝鮮総督府 1914
江戸物語 和田維四郎 1915
慶長以来書賈集覧 井上和雄編 1916
嵯峨本考 和田維四郎 1916
訪書余禄 和田維四郎 1918
製本術 島屋政一 1918
図書学概論 田中敬 冨山房 1924
典籍叢談 新村出 岡書院 1925
敦煌石室の遺書 石浜純太郎 懐徳堂 1925
書庫之起原 植松安 間宮書店 1927
京阪書籍商史 蒔田稲城 1928
書物装釘の歴史と実際 庄司浅水 1929
思想名著解題 春秋社 1929
本邦書誌学概要 植松安 図書館研究会 1929
書物の敵 庄司浅水  1930
書誌学とは何か 寿岳文章 ぐろりあそさえて 1930
装釘の常識 三村清三郎 岡書院 1930
日本訪書志補 王重民 1930
修訂建武年中行事註解 和田英松 明治書院 1930
中国図書館事業的史的研究 馬宗榮 中華学藝社編 商務印書館 1930
製本術 ブレガー著 赤坂・庄司訳 ブックドム 1931
日本蔵書印考 小野則秋 文友堂 1931
書誌学 小見山寿海 芸艸会 1931
宋元版の話 内藤虎次郎 名古屋市立図書館 1931
正徹本徒然草 川瀬一馬 文学社 1931
善本影譜 長沢・川瀬編 日本書誌学会 1931~35
好書雑載 高木文 井上書店 1932
西洋書誌学要略 橘井清五郎 図書館事業研究会 1932
粘葉考 田中敬 巌松堂 1932
成簣堂善本書目 川瀬・長沢 民友社 1932
成簣堂善本書影七十種 川瀬・長沢 民友社 1932
舊刊影譜 川瀬・長沢 日本書誌学会 1932
嵯峨本図考 川瀬・長沢 一誠堂  1932
漢籍解題1 漢文学講座2 長沢規矩也 共立社 1933
書誌学論考 長沢規矩也 松雲堂書店 1937
書誌学序説 長沢規矩也 吉川弘文館 1960
漢籍分類目録 集部東洋文庫之部 東洋学文献センター連絡協議会 東洋文庫 1967
書林清話 葉徳輝 世界書局 1968
書林掌故 葉徳輝等撰 中山図書公司 1972
書林清話・書林雑話 楊家駱主編 台湾・世界書局 1974
書誌学序説 長沢規矩也 吉川弘文館 1979
図書の歴史と中国 劉国鈞著 松見弘道訳 理想社 1980
江浙蔵書家史略 呉辰伯 中華書局 1982
中国古代蔵書与近代図書館史料 春秋至五四前後 李希泌、張椒華編 中華書局 1982
書籍装幀芸術簡史 邱陵編著 黒龍江人民出版社 1984
目で見る本の歴史 庄司浅水、吉村善太郎 出版ニュース社 1984
造紙の源流 久米康生 雄松堂 1985
中国省市図書館概況 1919-1949 楊宝華・韓徳昌編 書目文献出版社 1985
書物に関する名句・名言・名文 エンカイリーディオン アリグザーンダー・アイアランド編 タングラム 1986
簡明中国古籍辞典 呉楓編 吉林文史出版社 1987
中国古代図書館事業史概要 来新夏 天津古籍出版社 1987
中国図書和図書館史 謝灼華編 武漢大学出版社 1987
中国図書の歴史 庄威著 吉村善太郎訳 臨川書店 1989
西洋図書の歴史 吉村善太郎 臨川書店 1990
中国蔵書史話 焦樹安著 商務印書館 1997
図書及び図書館史 寺田光孝ほか著 樹村房 1999
図説図書館の歴史 スチュアート・A・P・マレー 原書房 2011
写真でみる本の歴史 庄司浅水、吉村善太郎 日本図書センター 2011

論文の部
写本時代と板本時代とに於ける支那書籍の存亡聚散 市村瓚次郎 史学雑誌第13編1・3号 1902
唐以前の図書 那波利貞 歴史と地理2-2  1918
支那における図書館事業 岡野一郎 支那研究5 1923
書帙の歴史 那波利貞 歴史と地理19-3・4・5 1927
支那書籍小史 1・2・3 長沢規矩也 書誌学1-4・5・6 1933
清代図書館発展史 譚卓垣著 西村捨也訳 図書館研究14(2)~(4) 1941
中国図書館の沿革及び現況 兪爽迷 書香128  1941
国立北京図書館の概況に就いて 法本義弘 支那文化雑攷 1943
毛沢東戸図書館 平和彦 読書春秋4-11 1953
中国図書館の揺籃時代 松見弘道 図書館界6-5  1954
中国の文教政策 内田幸一 日本及び日本人 1954
転期に立つ中国の図書館活動 図書館雑誌51-3  1957
記録の文化史 小倉親雄 図説世界文化史体系別巻 1961
年表図書館物語 矢島玄亮 東北地区大学図書館協議会誌13,14,15  1962-63
図書・図書館の歴史(断章) 中村初雄 早稲田大学図書館紀要4  1963
唐本の値段 餘自録 大庭脩 東洋史研究24-4  1966
洛図洛書の一考察 原田正己 早大・東洋文学研究6  1967
支那における図書館の誕生 長沢規矩也 書誌学11  1968
中国図書館学史序説 加納正巳 静岡女子大研究紀要3  1970
中国における著作意識の発達 石田公道 図書館界21-5~23・4 1970~71
香港の図書館 木村宗吉 日本歴史270  1970
古代中国図書史 木村靖 文化史学26  1971
図書館に就いて 内藤湖南 大阪朝日新聞明治33年11月29・30日 (内藤湖南全集3所収)  1971
北周の麒麟殿と北斉の文林館 山崎宏 鈴木由次郎博士古稀記念東洋学論叢所収 1972
清代の官書局の設置について 大西寛 長沢先生古稀記念図書学論集 1973
書禁と禁書 宮崎市定 アジア史研究2所収 1974
中国に於ける図書館事業史(1) 漢代の図書館事業 宮内美智子 青葉女子短期大学紀要1  1976
中国本ものがたり1~8  劉国鈞著 松見弘道訳 東海地区大学図書館協議会誌22  1977~78
中国の図書館事情 各地の図書館を参観して1 中原ますえ びぶろす29-11  1978
中国における図書分類法 井坂清信 参考書誌研究17  1979
図書館起源小記 黎紅 広西大学学報1979年第3期 1979
秘閣図書の源流について 神田喜一郎 「芸林談叢」所収 1981
洛陽の紙価 小池秋羊 東西交渉1 1982
中国に於ける刻書事業 宮内美智子 青葉女子短期大学紀要7 1982
禁書に関する二三の資料 長崎聖堂文書研究1 大庭脩 史泉40 1970
篠崎小竹旧蔵の「欽定四庫全書拾遺目録」について 大庭脩 近世大阪芸文叢談 1973

中国の地理と人口

Chaina

地理的概観(UNIT1)

中国の位置 アジアの東部、太平洋の西岸に位置する。中国には「北に行くほどトランクが軽くなり、南に行くほどトランクが重くなる」という言葉がある。これは旅行者が北に行くにつれて、トランクから1枚ずつ着るものを取り出して重ね着して行くこと、反対に南に行くにつれて、1枚ずつトランクにしまいこんで行かねばならないことをいったものだ。南北は、緯度およそ北緯4度から54度、東西は経度およそ東経78度から東経135度のあいだにある。

中国の境域 陸上では北朝鮮、ベトナム、ラオス、ミャンマ、インド、ブータン、ネパール、パキスタン、アフガニスタン、ロシア、モンゴル人民共和国と国境を接している。海上では日本、フィリピン、マレーシア、インドネシアおよびブルネイと相対している。

面積と人口 中国は面積959万7000k㎡、人口13億8271万人(台湾、香港、マカオを除く)。2016年末の統計。面積はアジア大陸の25%をしめ、ロシア、カナダについで世界第3位。人口は世界第1位である。

民族 漢人が91.5%で、少数民族が、蒙古・回・チベット・ウイグル・ミャオ・イ・チワン・プイ・朝鮮・満・高山族など55の民族がある。そのうち、北方の森林で狩猟をいとなむツングース系諸民族、ステップで遊牧をいとなむモンゴル系諸民族、オアシス世界に生きるテュルク系諸民族、高原で牧畜・農耕をいとなむチベット諸民族、南西山地で農耕をいとなむミャオ・ヤオ系およびモン・クメール系諸民族、南部で水稲耕作をいとなむタイ系諸民族のグループにわかれる。

行政区 全国には、合わせて23の省、5つの自治区(広西チワン族・内モンゴル・新疆ウィグル・寧夏回族・西蔵)、3つの直轄市(中央政府の直轄する市、北京・上海・天津市)があり、首都は北京。

自然環境 中国の地形は西に高く、東に低いが、複雑であり、気候風土も変化に富んでいる。国土総面積に占める各種地形の比率は、山地が約33%、高原が約26%、盆地が約19%、平原が約12%、丘陵が約10%となっている。慣習的に山区といわれるものには山地、丘陵、そして比較的起伏のある高原が含まれ、それらが全国土の3分の2を占めている。

中国の地域区分

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   広大な中国の地域を、地形・気候その他の自然的条件により、また人文地理的要素を考えて、華北・華中・華南の3地域に区分することができる。華北と華中の境界は、淮河と秦嶺を結ぶ線にある。華北が黄土地帯を中心とする乾燥農耕地帯であるのに対して、華中は水田耕作に適している。「南船北馬」という言葉は、華北では馬が主要な交通機関であったのに対して、江南では交通や灌漑のための水路が縦横に発達していたことを語っている。

option  中国文明は世界最古の文明であるとともに、独自の文化を今日まで持続したという点では世界でも類例がない。このことを地理的観点から考えてみよう。

   アジア大陸の東端に位置している中国は、エジプト、メソポタミアなどの古代文明諸国からもっとも遠くはなれたところで文明を形成した。地理的位置に起因する文化的孤立性は中国の民族文化の形成に深い影響をあたえずにおかなかった。中国をふくめた四つの古代文明は、いわゆるアフロ・ユーラジアン複合体をつくっているが、世界の屋根である高峻なヒマラヤ山脈とタクラマカン砂漠などの天然の障壁とにさえぎられた遠東の中国は、他の三文明からもっともかけはなれた存在であって、相互の交渉はわずかに駱駝の背にのって砂漠をわたる隊商によってもたらされた。西アジアやヨーロッパの政治的支配が中国の領土や勢力圏に直接及んできたことは、17世紀にいたるまではなかった。したがって、中国は巨大な領域をしめながら、地理的にも、政治的にも、孤立した地域を形成し、そのなかで独自の文化を発展させてきたのである。すなわち、古い文化を発生させたエジプトのナイル川やチグリス・ユーフラテス河流域、あるいはギリシアやインダスにおいて、その文化が停滞し、衰亡したのに比べ、中国はむしろその孤立性を生かし、インドや西方の文化的な刺激を生かして、独特の文化を形成したのである。(参考:貝塚茂樹「中国の歴史」岩波新書)

中国地理関係文献

清国地理小誌 高田義甫著 島林専二郎刊行 1880
清国道中里程図誌 川端恒太郎 京都・杉本甚助 1885 地図
禹域通纂 楢原陳政 大蔵省 1888
清国本部與地図  中田貞矩編 中村芳松(大阪) 1894
中国彊域沿革図 附説略 重野安易繹 河田黒合 冨山房 1896
朝鮮支那地名辞彙 根来可敏編纂 共同出版社 1910
支那省別全誌 全18巻 東亜同文会 1917-1920
中国地名大辞典 劉鈞仁著 国立北平研究院 1930
満州地名辞典 岡野一朗 日本外事教会 1933
満州地名索引 加藤新吉 満州鉄道総局 1936
古地理学 陳兼善 長沙商務印書館 1940
支那地名辞典 星斌夫著 富山房 1941
中国地方誌連合目録 1964 東洋学文献センター連絡協議会編 東洋文庫 1965
中国総覧 中国総覧編集委員会編 アジア調査会(霞山会) 1971-1986
中国大陸省別地図 越村衛一・矢野光二編 外交時報社 1971
中国地図帳 平凡社編 平凡社 1973
中国地名大辞典 旧・国立北平研究所版 東京美術 1974
中国の地理 浅川謙次監修 人民中国編集部編 築地書書館 1975
中国大陸五万分の一地図集成 8冊 総合索引 科学書院 1986-2002
中国大陸二万五千分の一地図集成 4冊 索引図 科学書院 1989-1993

中国関係図書文献目録

Photo_2 中国四千年の歴史は、漢字をはじめ、暦法、漢方薬、官僚制度など、実にさまざまな社会制度、文物、風習を生み出した。そのいくつかは、わが国と密接な関係となり、われわれ日本人の生活のなかにとけ込んでいる。それは単なる一般習俗のような形而下の風習だけではなく、思想や芸術などの形而上においても同じことがいえる。中国思想の根本である儒教や老荘思想など古代中国思想が、日本人の道徳観や人生観にどれほど重大な影響を与えてきたかは、はかり知れないし、わが国の文化が中国から影響を受けていることがひじょうに大きいのである。

参考
中国書籍総目録 全国総目録1949~1965年 全19巻・補巻1 竹中憲一編 龍渓書舎 1981
中国書籍総目録 全国総目録1981~1983年 不二出版 復刻版 全33巻補巻1  1983
国立国会図書館漢籍目録 国立国会図書館 1987
廣博物志 50巻 董期張編
全唐詩逸 3巻 市川世寧撰 京都 文化元年(1804)
唐土名勝図絵 6巻 岡田尚友 文化3年(1806)
袖珍清国及近傍諸州図 外務省 1870
支那地誌略 1 沖正修 敬業堂 1874
禹域通纂 楢原陳政 大蔵省 1888
支那地誌 蒙古部 参謀本部 1889
支那地誌 満州部 参謀本部 1889
支那文学全書 博文館 1892
東洋西洋教育史 中野礼四郎 博文館 1900
支那書史学 中根粛治 1903(推定)
漢文学講義(少年叢書) 26冊 興文社 1903~1915
宋学概論 小柳司気太 哲学書院 1903
最新中国二十一省地図 嵯峨野彦太郎 1904
古文玖舊書考 4卷 島田翰 民友社 1905
清国行政法 6 臨時台湾旧慣調査会 1905-1914
虚無恬淡主義 遠藤隆吉 弘道館 1906
漢律類纂 張鵬一 奉天・格致学堂 1907
儒教聖典 大江文城編 開発社 1907
春秋倫理思想史 綱島榮一郎 博文館 1907
極東近世史 高桑駒吉 早稲田大学出版部 1909
儒教新議 内田正 浜松・内田正 1909
東洋教育史 中島半次郎 早稲田大学出版部 1910
支那食料植物 ブラスダーレ 川上滝弥訳 台湾総督府殖産局 1911
支那ニ於ケル法典編纂ノ沿革 法律学経済学研究叢書7 浅井虎夫 1911
李詩講義 森槐南 文会堂 1913
支那論 内藤虎次郎 文会堂 1914
会稽郡古書雑集 魯迅 1915
辞源 陸爾奎・方毅等編 商務印書館 1915
京師図書館善本簡明書目 賈曾佑 1916
支那古田制の研究 法律学経済学研究叢書17  加藤繁 京都法学会 1916
支那論集 市村瓚次郎 冨山房 1916
東洋画論集成 今関天彭 読画書院 1916
儒家哲学本義 内田正 岩波書店 1917
四王呉惲 富岡謙蔵 博文堂 1918
虎風龍雲 東亜同文書院大旅行誌12  久保田正三編 上海・東亜同文書院 1919
四書索引 森本角蔵編 経書索引刊行所 1921
支那伝説集 木下杢太郎 精華書院 1921
阿Q正伝 魯迅 『吶喊』に所収 北新書局 1923
支那の鉄道 鉄道省大臣官房外国鉄道調査課 1923
道教聖典 小柳司気太・飯島忠夫 世界聖典全集刊行会 1923
儒学史 宇野哲人 宝文館 1924
剪燈新話・剪燈余話・宣和遺事 国訳漢文大成13   塩谷温 国民文庫刊行会 1924
十批判書 郭沫若 1924
倭寇 長谷川正気 東京堂 1924
中華民国政党史 原田政治 実業之日本社 1925
満蒙における契丹の遺跡について 鳥居龍蔵 東京日日新聞社 1925
東洋芸術史 国史講習会1926 中央史壇新年特別号 第12巻第1号
内藤博士還暦祝賀支那学論叢 弘文堂 1926
近世東洋外史序説 斎藤良衛 巌松堂 1927
東方言語史叢考 新村出 岩波書店 1927
和漢書道会 藤原鶴来 好鳶会 1927
支那古陶金石展観図録 昭和3年11月開催 於大阪美術倶楽部 大阪・山中商会 1928
儒教批判 河野市次郎 大阪・凡人社 1929
東洋音楽論 春秋文庫 田辺尚雄 春秋社 1929
東洋画 金原省吾 春秋社 1929
晏子春秋校注 張純一 1930
支那書道史概説 有ヶ谷静堂 大同館 1930
儒学概論 北村沢吉 関書院 1930
鮮支遊記 藤山雷太 千倉書房 1930
宋元以来俗字譜 中華民国中央研究院歴史語言研究所 1930
東洋音楽史 田辺尚雄 雄山閣 1930
東洋哲学史概説 貝尾勝馬 文原堂 1930
殷周銅器銘文研究 上下 郭沫若 大東書局 1931
最新亜細亜大観 黒龍会編 黒龍会 1931
史学名著解題 現代史学大系15  千代田謙ほか 共立社 1931
支那諸子百家考 児島献吉郎 目黒書店 1931
蒋介石 古荘国雄 上方屋 1931
世界現状大観12  中華民国篇 大西斉外22氏 新潮社 1931
東洋芸術史講座 全12巻 雄山閣 1931
語法復文複式漢文研究 石原亨 東興社 1932
最新漢文提要 田中健三編 日本文学社 1932
初学者の為の東洋哲学 山根鎮夫 文化書房 1932
宋元名画集 田中一松・秋山光夫・相見香爾編 聚楽社 1932
中国商業史 民国、鄭行撰編著 上海・世界書局 1932
東洋所学者洋政治哲学(王道の研究) 安岡正篤 玄黄社 1932
日支紛争に関する国際聯盟調査委員会の報告 国際連盟協会 1932
アジア的生産様式」に就いて ソヴェート・マルクス主義東洋学者協会編 早川二郎訳 白揚社 1933
漢代婚喪礼俗考 楊樹達 商務印書館 1933
漢文学講座 全7巻 長澤規矩也編 共立社 1933~1934
古代銘刻彙考 郭沫若 文求堂 1933
古代銘刻彙考 続篇 郭沫若 文求堂 1934
支那古典叢函 支那古典叢函刊行会 1933
儒教道徳の特質と其の学説の変遷 北村沢吉 関書院 1933
日支紛争に関する国際聯盟総会報告書全文 新聞聯合会 1933
東洋近世史1 世界歴史大系8 浦康一 平凡社 1933
東洋近世史2 世界歴史大系9 松井等 平凡社 1933
満州年鑑 昭和8年版 中溝新一編 大連・満州文化協会 1933
容斎随筆五集総合引得 1894年晥南洪氏重刊本 聶崇岐 1933
リットン報告附属書 国際聯盟協会編 国際聯盟協会 1933
還魂記・漢宮秋 国訳漢文大成・文学部10 国民文庫刊行会 1934
寒山詩 岩波文庫 太田悌蔵訳注 岩波書店 1934
史通評 呂史勉 商務印書館 1934
諸子学総論 先秦思想文化史研究序説 原富男 共立社 1934
儒林源流 西島醇 関儀一郎 1934
宋学の由来及び其特殊性 岩波講座東洋思潮1 武内義雄 岩波書店 1934
長恨歌研究 遠藤実夫 建設社 1934
東洋学叢編2 静安学社編 刀江書院 1934
東洋精神の復活 伊福吉部隆 第一出版協会 1934
漢晋学術編年 上下 劉汝霖編著 商務印書館 1935
五経索引 本文・第1巻 森本角蔵編 目黒書店 1935
広西遊記 森岳陽 秋山印刷所 1935
周易引得 上海錦章書局影印十三経注疏本 1935
儒教道徳に於ける君臣思想 手塚良道 藤井書店 1935
儒教の起源 岩波講座東洋思潮11  津田左右吉 岩波書店 1935
東洋音楽史 東洋史講座13  田辺尚雄 雄山閣 1935
明の興亡と西力の東漸 世界文化史大系18  鈴木艮編 新光社 1935
和漢故事成語辞海 松村武雄 有宏社 1935
講孟余話 岩波文庫 吉田松陰著 広瀬豊校訂 岩波書店 1936
支那思想美術思想 緒論 岩波講座東洋思想17  田中豊蔵 岩波書店 1936
支那社会研究 橘樸 日本評論社 1936
儒学概論 斎藤要 南光堂 1936
儒学研究 斎藤要 教育図書普及会 1936
儒教倫理学 斎藤要 第一書房 1936
中華思想 岩波講座東洋思想17  那波利貞 岩波書店 1936
湯島聖堂復興記念儒道大会誌 福島甲子三 斯文会 1936
鴨緑江 満州弘報協会編 新京・満州国通信社 1937
崔東壁遺書引得 亜東書局 1937
辞海 2冊 舒新城等編 上海中華書局 1937
蒋介石 石丸藤太 春秋社 1937
中華新聞発達史 井東憲 日支問題研究会 1937
中国古代哲学史 陳元徳 上海・中華書局 1937
中国算学史 中国文化史叢書 李人言 台湾商務印書館 1937
中国調査資料 第1輯 支那秘密結社の新情勢 平野書房 1937
東洋精神概観 日文満文 久保田肇 東宛書房 1937
アジア的生産様式論 森谷克己 育生社 1938
シナ思想と日本 岩波新書 津田左右吉 岩波書店 1938
通溝 上・下 満洲国通化省輯安県高句麗遺蹟 池内宏・梅原末治 日満文化協会 1938
唐詩選評釈 冨山房百科文庫26  森槐南 冨山房 1938
満洲地名考 谷光世 新京満洲事情案内所 1938
明の君臣の亡命と其の庇護 小畑利三郎 神乃日本社 1938
漢書疏證 吉川幸次郎 自家本 1939
現代華僑問題 丘漢平著 山崎清三訳 生活社 1939
江浙風物誌 沢村幸夫 東亜研究会 1939
左伝真偽考  支那学翻訳叢書6 カールグレン著 小野忍訳 文求堂書店 1939
辞源正統編合訂本 陸爾杢等編、方毅等編 長沙商務印書館 1939
禅宗史研究 印度哲学研究9 宇井伯寿 岩波書店 1939
宋金元明詩選 潘徳衡 柳原書店 1939
近世日本に於ける支那語文学史 石崎又造 弘文堂 1940
古銅器形態の考古学的研究 梅原末治 東方文化研究所 1940
現代支那女流作家集 現代支那文学全集 冰心他 東成社 1940
中国文化界人物総鑑 橋川時雄 中華法令編印館 1940
中国土地問題に関する文献解説 神戸商業大学商業研究東亜経済調査部 1940
東邦研究 嘉治隆一 オリオン社 1940
東洋学の成立とその発展 歴史学叢書 青木富太郎編 蛍雪書院 1940
農業志支那と遊牧民族 オウエン・ラティーモア著 後藤富男訳 生活社 1940
華僑史 成田節男 蛍雪書院 1941
康熙帝伝 ブーヴェ著 後藤末雄訳 生活社 1941
古代支那政治哲学研究 呂振羽著 明石春海訳 人文閣 1941
中国人の生活風景 柯政和 皇国青年教育協会 1941
先秦政治思想史 梁啓超著 重沢俊郎訳 創元社 1941
漢晋木簡精粋 広瀬保吉 清雅堂 1941
儒教講話 諸橋轍次 目黒書店 1941
印度支那の民族と文化 松本信広 岩波書店 1942
黄土地帯 アンダーソン著 松崎寿和訳 座右宝刊行会 1942
先覚者 岡倉天心 清見陸郎 アトリエ社 1942
支那宗教史 支那地理歴史大系11 白揚社 1942
先秦経済思想史論 穂積文雄 1942
漠北と南海 アジア史における沙漠と海洋 松田寿男 四海書房 1942
両漢租税の研究 吉田虎雄 大阪屋号書店 1942
漢三国六朝紀年鏡図譜 京都帝国大学文学部考古学資料叢刊1 梅原末治 1943
禅思想史研究 1 鈴木大拙 岩波書店 1943
中国教育十年 趙如珩 大紘書院 1943
中国の社会風景 柯政和 大阪屋号書店 1943
中国歴史理念の根源 根本誠 生活社 1943
東洋学の話 石浜純太郎 創元社 1943
東洋学研究1 出石誠彦編 藤井書店 1943
雲岡石仏群 東方文化研究所雲岡石窟調査概報 水野清一 朝日新聞社 1944
支那家族研究 牧野巽 生活社 1944
支那地史の研究 上 東亜研究叢書 ベイレー・ウイリス著 坂本峻雄訳編 岩波書店 1944
制度通 上下 岩波文庫 伊藤東涯 岩波書店 1944
法家思想の研究 木村英一 弘文堂 1944
禹域戦乱詩解 鈴木虎雄 弘文堂書房 1945
明末清初日本乞師の研究 石原道博 冨山房 1945
科挙 宮崎市定 秋田屋 1946
先哲の学問 内藤虎次郎 弘文堂書房 1946
中国宗教制度 デ・ホロート著 清水金二郎、荻野目博道共訳 京都・大雅堂 1946 
中国国哲学史 宇野哲人 日月社 1946
中国と西洋文化 矢沢利彦 中村書店 1946
牧谿と梁楷 武者小路実篤 東京座右宝刊行会 1946
漢書律暦志の研究 東方文化研究所研究報告 能田忠亮・薮内清 全国書房 1947
中華思想の根帯と儒学の優位1 原富男 講談社 1947
中国戦後の動態 草野文男 京都・教育出版株式会社 1947
中国哲学概説 高田真治 日月社 1947
中国文化革命 鹿地亘 九州評論社 1947
中国文芸復興 胡適 矢島仁一監訳 始原社 1947
古代の精神 貝塚茂樹 秋田屋 1948
山海経通検 巴黎大学北平漢学研究所 1948
征服王朝 藤枝晃 秋田屋 1948
中国先史文化 殷朝成立の前史 古文化叢刊36 澄田正一 京都・大八洲出版社 1948
中国の十年 鹿地亘 時事通信社 1948
中国の小説 松枝茂夫 白日書院 1948
中国族産制度攷 清水盛光 岩波書店 1947
中国的実在観の研究 その学問的立場の反省 木村英一 弘文堂 1948
買辨制度の研究 根岸佶 日本図書株式会社 1948
虚無の探求 老荘思想を中心として 田所義行 福村書店 1949
近世中国宗族研究 牧野巽 日光書院 1949
古代中国哲学史 鈴木大拙著 志村武訳 新潮社 1949
聖哲老子 井沢弘 丁子屋書店 1949
中共概論 外務省調査局 外務省 1949
近世中国思想史 清水信良 明治図書 1950
詩文精粋 吉田賢蔵、星川清孝 明治書院 1950
そんへえおおへえ 内山完造 岩波書店 1950
中国 上・下 マックネア 沖野亦男訳 大阪・三明社 1950
中国 民族と土地と歴史 オーエン・ラティモア 小川修訳 岩波書店 1950
中国古代政治思想 中江丑吉 岩波書店 1950
中国思想史 吉田賢抗 明治書院 1950
中国思想史 岩波全書 武内義雄 岩波書店 1950
滑稽談 市民文庫 幸田露伴 河出書房 1951
儒教の研究 第1 津田左右吉 岩波書店 1951
禅思想史研究 2 鈴木大拙 岩波書店 1951
中共総覧 時事通信社 1951
中国古代のこころ 市民文庫 貝塚茂樹 河出書房 1951
雲崗石窟 全16巻32冊 水野清一・長廣敏雄 1951-1956
中国浄土教家の研究 小笠原宣秀 平楽寺書店 1951
中国常平倉沿革考 松本洪 食糧庁 1951
照心詩話 漢詩と人間学 安岡正篤 福村書店 1952
儒教の研究 第2 津田左右吉 岩波書店 1952
増補現代中国辞典 中国研究所 1952
中国的考え方 魚返善雄 宝文館 1952
中国法制史 岩波全書 仁井田陞 岩波書店 1952
唐詩選通解 小林信明ほか 宝文集 1952
東洋鬼軍敗亡記 呂梁英雄伝続篇 西戎・馬烽 三好一訳 三一書房 1952
古代漢民族思想史 鈴木憲久 泉文堂 1952
殷代青銅器文化の研究 京都大学人文科学研究所 1953
学制から見た東洋教育史 佐藤清太 柳原書店 1953
中国古代の思想家たち 上 郭沫若著 野原四郎他訳 岩波書店 1953
中国哲学史 狩野直喜 岩波書店 1953
中国の社会とギルド 上・下 仁井田陞 岩波書店 1953
詩人李白 林庚 上海文芸聯合出版 1954
中国古代思想史 楊栄国 三聯書店 1954
中国古代の心 河出文庫 貝塚茂樹 河出書房 1954
中国の社会と宗教 東洋史学論集2 山崎宏編 不昧堂書店 1954
明代満蒙史料明実録抄 蒙古篇10 西蔵史料 京都大学文学部編 京都内外印刷株式会社 1954
近世日本儒教運動の系譜 相楽亨 弘文堂 1955
顧炎武伝略 趙儷生 上海新華書店 1955
西周年代考 六国紀年 陳夢家 学習生活 1955
中国古代的水利 紀庸編 上海四連 1955
北アジア史 世界各国史 江上波夫 山川出版社 1956
現代漢語語法縮編 江南書院訳註双書 兪敏著 牛島徳次訳註 江南書院 1956
五年計劃・童工 大芝孝訳註 江南書院 1956
柴栄 韓国磐 上海人民出版社 1956
儒教の研究 第3 津田左右吉 岩波書店 1956
中国の思想問題 胡風事件をめぐって 小竹文夫 大学出版協会 1956
錦の中の仙女 岩波少年文庫 伊藤貴麿訳編 岩波書店 1956
居庸関 1 村田治郎編 京都大学工学部 1957
秦漢的方士与儒生 顧頡剛 上海人民出版社 1957
世界史大系8 東アジアⅡ 鈴木俊編 誠文堂新光社 1958
斉民要術 上下 西山武一・熊代幸雄訳 東京大学出版会 1957
三略解義 中道義作 中国研究所 1957
泉州宗教石刻 呉文良著 北京・科学出版社 1957
中国語商業会話の基礎文例 奈良一雄・水野鈴彦 国元書房 1957
中国古代の思想家たち 下 郭沫若 岩波書店 1957
中国思想史1巻 古代思想 候外盧 人民出版社 1957
中国思想史2巻 両漢思想 候外盧 人民出版社 1957
中国思想史3巻 魏晋南北朝思想 候外盧 人民出版社 1957
中国新文学運動史 政治と文学の交点 胡適から魯迅 尾坂徳司 法政大学出版局 1957
中国の農業 吉岡金市 東洋経済新報社 1957
麦積山石窟 名取洋之助 岩波書店 1957
羽田博士史学論文集 上・下 羽田亨 京都大学東洋史研究会 1957
李贄年譜 容肇祖編 三聯書店 1957
李白研究 張立徳 香港学林書店 1957
李杜詩選 蘇仲翔選注 上海古典文学出版社 1957
華夷変態 全3冊 東洋文庫 1958
寒山 中国詩人選集5 入矢義高注 岩波書店 1958
古代寓話文学集 中国古典文学全集2 平凡社 1958
世界史大系 東アジアⅠ 三上次男編 誠文堂新光社 1958
殷周青銅器と玉 水野清一 日本経済新聞社 1959
現代中国事典  岩崎書店 1959
漢文学概論 長澤規矩也編 法政大学出版局 1959
観堂集林 王国維 中華書局 1959
中華人民共和国組織別人名表 内閣官房 1959
中国学芸大辞典 近藤杢 東京元々社 1959
中国郡邑雅名索引 梅原郁 京都大学東洋史研究会 1959
中国古代地理名著選読 第1輯 候仁之主編 科学出版社 1959
中国古代の論理 大浜晧 東京大学出版会 1959
中国思想史4巻 隋唐北宋 候外盧 人民出版社 1959
中国書法の二大潮流 神田喜一郎 東方文化講座第13輯 1959
中国法制史研究 刑法 仁井田陞 東京大学出版会 1959
テーブル式漢文便覧 小林信明・市木武雄・長谷川節三 評論社 1959
明代満蒙史料 索引 東京大学文学部 1959
アジア地域総合研究文献目録 1~5 文部省大学学術局編 日本学術振興会 1960-63
永楽大典 明・解縉等輯 中華書局 1960
慧遠研究 研究篇 木村英一編 創文社 1960-63
漢代服飾参考資料 張末元編 人民美術出版社 1960
京都大学人文科学研究所所蔵甲骨文字 貝塚茂樹編 京都大学人文科学研究所 1960
近世日中貿易史的研究 山脇悌二郎 吉川弘文館 1960
詩集伝事類索引 後藤俊瑞編 武庫川女子大文学部 1960
中国商品事典 日中貿易実務研究会編 極東書店 1960
中国書道史 藤原楚水 三省堂 1960
中国の印刷術 その歴史的発展と影響 張秀民著 広山秀則訳 京都・関書院 1960
中国体育史 新体育学講座5 逍遥書院 1960
中国の彫刻 石仏・金銅仏 水野清一 日本経済新聞社 1960
李定国紀年 郭影秋編著 中華書局 1960
瀛涯勝覧 鄭和西征見聞録 馬歓 小川博訳注 吉川弘文館 1961
北アジア・中央アジア 図説世界文化史大系9 江上波夫・松田寿男編 角川書店 1961
古代史学序説 古代史講座1 学生社 1961
辞海 中華書局辞海編集所 中華書局 1961
資治通鑑索引 佐伯富編 京都大学文学部東洋史研究会 1961
世界教養全集18 黄河の水、史記の世界、敦煌物語、長安の春 平凡社 1961
中国近代化の社会構造 辛亥革命の史的位置 東洋史学論叢6 東京教育大学文学部東洋史学研究室 教育書籍 1961
中国近代工業史の研究 東洋史研究資料叢刊9 波多野善大 東洋史研究会 1961
梁・痙鶴銘 書跡名品叢刊 二玄社 1961
殷周時代的中国社会 呂振羽 三聯 1962
塩鉄論 中国古典新書 桓寛著 山田勝美訳 明徳出版社 1962
古代国家の構造 上下 古代史講座4・5 学生社 1962
周代政治思想史研究 黄延富 井上書店 1962
先秦両漢経済史稿 李剣農 北京・中華書局 1962
中国現代文学選集7 柔石、丁玲、艾蕪、蕭紅 平凡社 1962
中国語小辞典 中日ー日中 鐘ヶ江信光編 大学書林 1962
中国古代地理簡史 候仁之主編 科学出版社 1962
中国古代地理考証論文集 童書業 中華書局 1962
中国古代の田制と税法 秦漢経済史研究 平中苓次 京都彙文堂 1962
中国とその影 チボール・メンデ 高橋正訳 弘文堂 1962
中国農業史研究 天野元之助 御茶の水書房 1962
鑑真 安藤更生 美術出版社 1963
元明詩概説 中国詩人選集二集2 吉川幸次郎 岩波書店 1963
孝子説話集の研究 中世篇 二十四孝を中心に 徳田進 井上書房 1963
史林雑標識 顧頡剛 中華書局 1963
中国の思想家 上下 宇野哲人博士米寿記念論集 東京大学中国哲学研究室編 勁草書房 1963
中国の仙人 村山嘉実 平楽寺書店 1963
明代満蒙史研究 田村実造 京都大学文学部 1963
槐安居楽事 宋元明清の絵画法書法帖碑拓 高島菊次郎 求龍堂 1964
鬼龍子(中国の鬼瓦) エードワルト・フックス著 刀江書院 1964
秦漢瓦当 文物 1964
中国関係日本文雑誌論説記事目録1 外事警察報・北京週報・燕塵 近代中国研究センター 1964
中国古小説集 世界文学大系71 吉川幸次郎編 筑摩書房 1964
中国古代の科学 角川新書 藪内清 角川書店 1964
中国浄土教教理史 望月信亨 法蔵館 1964
中国哲学史研究 唯心主義と唯物主義の抗争史 学術選書 重沢俊郎 法律文化社 1964
中国における回教の伝来とその弘通 田坂興道 東洋文庫論叢43  1964
中国の思想 全12巻別巻 松枝茂夫・竹内好監修 経営思潮研究会 1964~1966
中国の哲学 阿部吉雄編 明徳出版社 1964
道教史の研究 大淵忍爾 岡山大学共済会書籍部 1964
東洋への視角と西洋への視角 飯塚浩二 岩波書店 1964
世界帝国の諸問題 古代史講座10  学生社 1964
両漢学術考 狩野直喜 筑摩書房 1964
倭寇  石原道博 吉川弘文館 1964
経典 その心と歴史 潮文社新書 野村耀昌 潮文社 1965
京都大学人文科学研究所漢籍目録 京大人文科学研究所 1965
芸文類聚 欧陽詢等撰 中華書局 1965
光明日報史学専刊索引 光明日報出版社 1965
菜根譚 洪自誠著 吉田豊・神子侃訳 徳間書店 1965
四民月令校注 石声漢 北京・中華書局 1965
太平天国 1~4 東洋文庫 A・F・リンドレー著 増井経夫、今村与志雄訳 平凡社 1964-65
中国からの手紙1 みすず叢書 アンナ・ルイズ・ストロング著 藤村俊郎訳 みすず書房 1965
中国画論の展開 晋唐宋元編 中村茂夫 中山文華堂 1965
中国人物叢書 1~24  人物往来社 1965~67
中国の思想と民俗 滝沢俊亮 校倉書房 1965
中国の印章 羅福頤、王人聡著 安藤更生訳 二玄社 1965
中国農業技術体系の展開 山本秀夫 アジア経済研究所 1965
東洋封建社会のモラル 思想の歴史6 石田一良編 平凡社 1965
オルドロス碑集 モンゴルの民間伝承 東洋文庫59 A・モスタールト著 磯野富士子訳 平凡社 1966
古典漢文の新研究 鈴木修次 三省堂 1966
中国からの手紙2 アンナ・ルイズ・ストロング著 藤村俊郎訳 みすず書房 1966
中国近代産業発展史 中国綿紡織史稿 厳中平著 依田憙家訳 校倉書房 1966
中国経済史研究 西嶋定生 東京大学出版会 1966
中国哲学史 新編1 馮友蘭著 森下修一訳 林書店 1966
中国の青年運動 続・中国の集団主義 胡耀邦著 小林文男編訳 明治図書 1966
中国の笑話 笑話叢珠笑苑千金 荘司格一・清水永吉・志村良治共訳 筑摩書房 1966
中国の俗信と法思想 増田福太郎 三和書房 1966
中国文明の伝統 香川宏・田川純三・清水幸浩 日本放送出版協会 1966
両漢租税の研究 中国学術研究双書2 吉田虎雄 大安 1966
満鉄2 現代史資料32 伊藤武雄・萩原極・藤井満洲男編 みすず書房 1966
漢魏詩の研究 鈴木修次 大修館書店 1967
古代中国の精神 筑摩叢書91  貝塚茂樹 筑摩書房 1967
古典漢文の基礎 山本哲夫 洛陽社 1967
崑崙の玉 井上靖 オール読物1967年7月号
満州族の社会組織 S.M,シロコゴロフ 大間知篤三・戸田茂喜訳 刀江書院 1967
満鉄 現代史資料33 伊藤武雄・萩原極・藤井満州男編 みすず書房 1967
宋元以来俗字譜 近世文学史研究の会 文化書房博文社 1968
中国経済史研究 均田制度論 西村元佑 京大東洋史研究会 1966
中国思想史 小島祐馬 創文社 1968
律令を中心とした日中関係史の研究 曽我部静雄 吉川弘文館 1968
説苑 中国古典新書 劉向 高木友之助訳 明徳出版社 1969
古代の復活 名著シリーズ 貝塚茂樹 講談社 1971
中国千夜一夜 女読むべからず 上下 林房雄 河出書房 1967
中国哲学史2 新編 馮友蘭著 森下修一訳 林書店 1967
中国の思想 伝統と現代 NHKブックス 竹内実 日本放送協会 1967
中国文芸論戦 李何林編 大安 1967
中国文芸概説 境武男 秋田大学中央研究室 1967
中国昔話考 村山孚 鷺の森書房 1967
中国古典文学大系 60巻 平凡社 1968
中国経済の基礎構造 大塚恒雄 白桃書房 1967
中国文学史研究 増田渉 岩波書店 1967
中国名言物語 奥野信太郎編 河出書房 1967
京都大学人文科学研究所所蔵甲骨文字索引 貝塚茂樹編 京都大学人文科学研究所 1968
中国古代寓話集 東洋文庫 後藤基巳編訳 平凡社 1968
中国思想論集 西順蔵 筑摩書房 1969
中国の思想家たち 桃源ブックス 野末陳平 桃源社 1968
講座現代中国 全3巻 菅沼正久等編 大修館書店 1969
陝西通志抄 三原一雄校注 陝甘文化研究所 1969
中国古尺集説 薮田嘉一郎 京都・綜倪藝舎 1969
中国処世訓 戸崎平爾 日本文芸社 1969
中国的思惟の伝統 対立と統一の論理 大浜皓 勁草書房 1969
中国文化の成熟 世界歴史シリーズ15 世界文化社 1969
中国での文学運動の展開資料 1950年代後半から60年代初めの河北省での詩歌運動を中心に 秋吉久紀夫著 中国文学評論社 1969
東洋学文献叢説 神田喜一郎 二玄社 1969
東洋学報総目録 第1巻~50巻 明治42年~昭和43年 東洋文庫 1969
芭蕉と杜甫 太田青丘 法政大学出版局 1969
黄土地帯 アンダーソン著 松崎寿和訳 学生社 1970
康熙帝伝 東洋文庫 ブーヴェ著 後藤末雄訳 平凡社 1970
小島祐馬政論雑筆 内田智雄編 みすず書房 1970
資治通鑑選 中国古典文学大系14  頼惟勤・石川忠入編 平凡社 1970
宋元明通俗小説選 中国古典文学大系25  枝松茂夫他訳 平凡社 1970
中国古代政治思想研究 「左伝」研究ノート 歴史学研究叢書 小倉芳彦 青木書店 1970
中国古代喪服の基礎的研究 谷田孝之 風間書房 1970
中国春夢譚 上田学而 日本文芸社 1970
中国の国家と法 東大社会科学研究叢書 針生誠吉 東京大学出版会 1970
中国の建築 竹島卓一 中央公論美術出版 1970
中国の笑話と小咄 武藤禎夫 東京堂出版 1970
民報索引 上・下 小野川秀美編 京都大学人文科学研究所 1970-1972
政治論集 中国文明選11  宮崎市定 朝日新聞社 1971
呉子 中国古典新書 呉起編 松井武男訳 明徳出版社 1971
儒教と道教 M・ウェーバー 木全徳雄訳 創文社 1971
続海濤集・帰去来 東洋文庫 郭沫若 平凡社 1971
大学・中庸・孟子 世界古典文学全集18  金谷治編 筑摩書房 1971 
中国関係図書目録 和文 1957-1970 近代中国研究会編 東洋文庫 1971
中国教育宝典 上・下 世界教育宝典 加藤常賢編 玉川大学出版部 1971
中国近代国民経済史 上・下 中国近代経済史研究会編訳 雄渾社 1971
中国承認への道 A・ドーク・バーネット 伊藤忠雄・佐藤紀久夫訳 時事通信社 1971
中国・東南アジア 世界の旅 新編1 座右宝刊行会・三友社編 小学館 1971
中国の工業企業管理 菅沼正久 アジア経済研究所 1971
中国の神話 筑摩教養選 貝塚茂樹 筑摩書房 1971
中国人の思想 野末陳平 陳文館 1971
中国文明選 朝日新聞社 1971
中国文明と官僚制 エチアヌ・バラーシュ 村松祐次訳 みすず書房 1971
范滂伝 書跡名品叢刊162  宋・黄山谷 二玄社 1971
明末清初政治評論集 中国古典文学大系57  後藤基巳、山井湧編訳 平凡社 1971
アジア新時代の国ぐに 揺れる経済・燃える社会 根岸富二郎編 毎日新聞社 1972
芥子園画伝国訳釋解 山本元 藝艸堂 1972
居延木簡 小山天舟編 日本教育書道連盟 1972
中国科学技術史論集 吉田光邦 日本放送出版協会 1972
中国古代における人間観の展開 板野長八 岩波書店 1972
戦火叢書55 昭和17・18年の支那派遣軍 朝雲新聞社 1972
中国の怪談 潮文社リヴ 中岡俊哉 潮文社 1972
中国の思想 現代教養文庫 村山吉広 社会思想社 1972
中国の故事名言 ツインブックス 駒田信二 ベストセラーズ 1972
中国の鉱物資源 海外資料34  金属鉱物探鉱促進事業団 1972
中国人の戦略 阿部幸夫 芸術生活社 1972
中国人の思考様式 小説の世界から 講談社現代新書 中野美代子 講談社 1972
唐詩選の旅 上・下 高木健夫 講談社 1972
東洋学文献類目 1970年度 京都大学人文科学研究所 1972
文心雕竜 中国古典新書 劉勰著 戸田浩暁訳注 明徳出版社 1972
明末清初の絵画 川原正二 時の美術社 1972
目で見る世界の旅19 中国 国際情報社 1972
王漁洋 漢詩大系23  青木正児他編 集英社 1973
画論 中国古典新書 古原宏伸 明徳出版社 1973
甲骨関係文献序跋輯成 第2輯 玉田継雄編著 立命館大学文学部 1973
弘明集研究 上・中・下 牧田諦亮編 京都大学人文科学研究所 1973-75
古代中国思想の研究 東洋学叢書 渡辺卓 創文社 1973
国共合作 中公新書 波多野善夫 中央公論社 1973
支那学文薮 狩野直喜 みすず書房 1973
全釈漢文大系 全33巻 集英社 1973-1980
中華人民共和国出土文物展覧展品選集 北京・文物出版社 1973
中国象棋 入門と戦術 張秀爾 天元書房 1973
中国人の知恵 乱世に生きる 講談社現代新書 諸橋轍次 講談社 1973
中国に生きる 日中友好に半生を賭ける女の戦い 北崎可代 講談社 1973
中国の隠者 乱世と知識人 岩波新書 富士正晴 岩波書店 1973
中国のことわざ 福島寿英雄 東亜同学会 1973
中国の世界 オーエン・ラチモア 青木繁・江頭数馬編訳 毎日新聞社 1973
中国のふしぎな話 小学生の中国文学全集10  秋山洋子 学燈社 1973
東都事畧 和刻本正史別巻1 長沢規矩也解題 汲古書院 1973
明の赤絵 陶磁大系43 藤岡了一 平凡社 1973
草原の革命家たち モンゴル独立への道 中公新書 田中克彦 中央公論社 1973
漢唐壁画 外文出版社 1974
樹下美人図考 シルクロード史考察3 森豊 六興出版 1974
中国の科学と文明 全11巻 ジョゼフ・ニーダム著 藪内清ほか訳 思索社 1974~
中国仏道年譜 増補・修訂 矢嶋玄亮 国書刊行会 1974
中国文学史 吉川幸次郎述、黒川洋一編 岩波書店 1974
哲人列伝 日本・東洋篇 勝部真長 第一法規出版 1974
蔵蒙旅日記 寺本婉雅 芙蓉書房 1974
顔氏家訓彙注 周法高選注 京都・中文出版社 1975
北アジア史研究 匈奴篇 内田吟風 同朋舎 1975
三国志入門 立間祥介 日本文芸社 1975
私説聊斎志異 安岡章太郎 朝日新聞社 1975
人物中国志6 辺境編 漠北と南溟 藤本幸三著 毎日新聞社 1975 
中国農学書録 付 中国古農書考 王敏明著 天野元之助校訂 龍渓書舎 1975
中国名言集 正・続 藤堂明保 朝日新聞社 1975
正名と狂言 古代中国知識人の言語世界 大室幹雄 せりか書房 1975
中国美術紀行 宮川寅雄 講談社 1975
東洋学研究 居延漢簡篇 森鹿三 同朋舎 1975
明末中国仏教の研究 特に智旭を中心に 張聖厳 山喜房仏書林 1975
有鄰館蔵璽印精華 官印篇 加藤慈雨楼編 京都藤井齊成会 1975
アジア仏教史 中国篇2 中村元ほか編 佼成出版社 1976
印人伝集成 伏見冲敬編 汲古書院 1976
滑稽 古代中国の異人たち 大室幹男 評論社 1976
史苑逍遥 森克己著作選集5 国書刊行会 1976
中国古代文様史 上下 渡辺素舟 雄山閣 1976
中国主要産業を規定する諸条件 日中経済協会 1976
中国の古代文学 1 神話から楚辞へ 白川静 中央公論社 1976
中国の古代文学 2 史記から陶淵明へ 白川静 中央公論社 1976
漠南書庫中国印譜解題 横田実 二玄社 1976
李白と杜甫 上下 講談社文庫 郭沫若 講談社 1976
殷周古代史の再構成 貝塚茂樹著作集3 中央公論社 1977
殷周青銅器分類図録 2冊 陳夢家編 松丸道雄編 汲古書院 1977
考亭淵源録 上下 宋端饒撰 中文出版社 1977
甲骨関係文献序跋輯成 第4輯 玉田継雄編著 立命館大学文学部 1977
古代漢字彙編 小林博編 木耳社 1977
儒教社会の女性たち(世界の女性史16) 岸辺成雄編 評論社 1977
征服王朝の時代 新書東洋史3 笠沙雅章 講談社 1977
中国朝鮮地名別称索引 東京国書刊行会 1977
中国の印刷術 東洋文庫315,316 カーター著 薮内清、石橋正子訳注 平凡社 1977
東洋哲学史 橋本芳契 明玄書房 1977
中国の祝事 都丸十九一、坂田友宏 明玄書房 1978
中国の俗諺 田中清一郎 白水社 1979
元代吏制研究 許凡 労働人事出版社 1984
中国人の日本人観100年史 小島晋治、伊東昭雄、光岡玄 自由国民社 1974
中国式のおかず 波多野須美編 主婦の友社 1975
中国哲学研究 楠本正継 国士舘大学附属図書館 1975
中国と第三世界 新井宝雄 大和出版販売 1975
中国の神話 白川静 中央公論社 1975
中国古代の伝承 貝塚茂樹著作集5 中央公論社 1976
中国詩文選 24冊 筑摩書房 1976
中国浄土教史研究 塚本善隆著作集4 大東出版社 1976
中国の建築と都市 アンドリュー・ボイド 田中淡訳 鹿島出版会 1976
中国の自然と社会 江口旻・玉井健三共著 文化書房博文社 1976
中国の鉱物資源 日本貿易振興会 1976
東洋学の創始者たち 吉川幸次郎編 講談社 1976
論集近代中国と日本 山根幸夫 山川出版社 1976
武内義雄全集 全10巻 角川書店 1977-79
中国古代の社会制度 貝塚茂樹著作集2 中央公論社 1977
中国古代の宗教と文化 殷王朝の祭礼 赤塚忠 角川書店 1977
中国古代の精神 貝塚茂樹著作集6 中央公論社 1977
中国古代の植物学の研究 水上静夫 角川書店 1977
中国古代文学論 詩経の文学性 鈴木修次 角川書店 1977
中国女性史 笠間選書 山川麗 笠間書院 1977
中国土地改革体験記 中公新書 秋山良照 中央公論社 1977
中国農業と大寨 渡辺信夫・川村嘉夫・森久男共編訳 龍渓書舎 1977
中国人の論理学 諸子百家から毛沢東まで 中公新書 加地伸行 中央公論社 1977
中国都城・渤海研究 駒井和愛 雄山閣出版 1977
中国の鉄鋼業 日中経済協会編 日中経済協会 1977
中国の孝道 講談社学術文庫 桑原隲蔵  講談社 1977
民本思想の物語 秋山叢書 田所義行 秋山書店 1977
五代会要 王溥纂 上海古籍 1978
資治通鑑長編人名索引 続 東洋史研究資料叢刊 梅原郁編 同朋舎 1978
詩的把握 陳正祥 香港商務印書館 1978
秦漢的方士与儒生 顧頡剛 上海古籍出版社 1978
清末上海租界社会 呉圳義 文史哲出版社 1978
中国古代絹織物史研究 下 佐藤武敏 風間書房 1978
中国古代の学術と政治 中国叢書 顧頡剛著 小倉芳彦ほか訳 大修館書店 1978
中国女性史 太平天国から現代まで 平凡社選書 小野和子 平凡社 1978
中国人の生活 文庫クセジュ ミシェル・ジャン 小川特明 白水社 1978
中国水墨画の精髄 芸術叢書 吉村貞二 美術公論社  1978
中国文学と日本文学 鈴木修次 東京書籍 1978
漢書律暦志の研究 能田忠亮・薮内清 臨川書店 1979
現代化中国の旅 社会学者訪中報告 福島直編 東京大学出版会 1979
康熙帝の手紙 中公新書 岡田英弘 中央公論社 1979
甲骨関係文献序跋輯成 第5輯 玉田継雄編著 立命館大学文学部 1979
中国 世界の国ぐに20   佐藤弘一監修 ポプラ社 1979
中国近代化の幻視 日中関係の新たな視覚 長谷川慶太郎著 ダイヤモンド社 1979
中国古代籍帳研究 概観・録文 池田温 東京大学出版会 1979
中国古代農民反乱の研究 木村正雄 東京大学出版会 1979
中国式・目の体操 本多伝 立風書房 1979
中国宗教における受容・変容・行容 道教を軸として 窪徳忠 山川出版社 1979
中国上代説話の研究 若水俊 JCA出版 1979
中国トロッキスト回想録 中国革命と再発掘 アジア叢書 王凡西著 矢吹晋訳 柘植書房 1979
中国人の生活風景 東方選書 内山完造 東方書店 1979
中国人の発想 岡本隆三 徳間書店 1979
中国人の発想80の知恵 守屋洋 日本文芸社 1979
東洋学論集内容総覧 国書刊行会 1979
明末宗教思想の研究 管東溟の生涯とその思想 荒木見悟 創文社 1979
孟子研究 猪口篤志 笠間書院 1979
王漁洋詩論之研究 黄景進著 台北 古史哲出版社 1980
音容日に遠し 吉川幸次郎 筑摩書房 1980
科挙の話 試験制度と文人官僚 講談社現代新書 村上哲見 講談社 1980
現代化への意欲 西南中国を訪ねて 第四次訪中団 全国農協職員連盟 1980 
元刊雑劇三十種新校 2冊 徐沁君校 中華書局 1980
古代中国に生きる 人間の世界歴史2 小倉芳彦 三省堂 1980
中国学入門 田所義行 秋山書店 1980
中国古代書籍史 竹帛に書す 銭存訓著 沢谷昭次、宇津木章ほか訳 法政大学出版局 1980
呉子・尉繚子の兵法 守屋洋 産業能率大学出版部 1980
中国古代の民俗 講談社学術文庫 白川静 講談社 1980
中国「人民公社」実態調査ノート 佐藤慎一郎 大湊 1980
中国とソ連 中西治 日本工業社 1980
中国の構図 現代と歴史 吉田光邦 駸々堂 1980
中国の自然と民俗 田中克己 研文出版 1980
現代中国 政治大系の比較分析 ジェームズ・R・タウンゼント 小島朋之訳 慶応通信 1980
中国浄土教史の研究 道端詩良秀 法蔵館 1980
中国人の街づくり 相模選書 郭中端・堀込憲二著 相模書房 1980
中国人物史100話 林 亮 立風書房 1980
中国の布教と迫害 イエズス会士書簡集 東洋文庫 矢沢利彦編訳 平凡社 1980
中国石窟シリーズ 全17巻 平凡社 1980~1990
中国歴史地名大辞典 劉鈞仁著 凌雲書房 1980
東洋学関係目録集第1 川越泰博 国書刊行会 1979
東洋学著作目録類総覧 川越泰博 沖積舎 1980
霧社事件 台湾高砂族の蜂起 中川浩一・和歌森民男編著 三省堂 1980
アジアを知るために 鶴見良行 筑摩書房 1981
永楽宮壁画 中国外文出版社編 美乃美 1981
王船山詩文集 修羅の夢 東洋文庫393 王船山 高田淳編訳 平凡社 1981
簡論李白与杜甫 燕白 四川人民出版社 1981
鬼神と人間の中国 新潮古代美術館10 樋口隆康、陳舜臣、繭山康彦 新潮社 1981
京都大学人文科学研究所漢籍目録 同朋舎 1981
古典の叡知 学術文庫 諸橋轍次 講談社 1981
三国志の英雄群像 松本一男 徳間書店 1981
宰相型人間の研究 守屋洋 PHP研究所 1981
周漢遺宝 帝室博物館編 国書刊行会 1981
中国古代宗教史研究 制度と思想 池田未利 東海大学出版会 1981
中華人民共和国主要法令集1 中国研究所 1981
中国古代文化の研究 加藤常賢 明徳出版社 1981
中国式性教育 厳仁英編 劉達坤訳 日中出版 1981
中国人の知恵ツボの本 張明澄 久保書店 1981
中国哲学史研究論集 荒木教授退休記念 葦書房 1981
中国哲学の探求 東洋学叢書 木村英一 創文社 1981
中国鉄道の旅 1 北京ー烏魯木斉線 中国鉄道出版社編 美之美 1981
中国鉄道の旅 2 北京ー東南地区 中国鉄道出版社編 美之美 1981
中国鉄道の旅 3 北京ー東北地区 中国鉄道出版社編 美之美 1981
中国鉄道の旅 4 北京ー中南地区 中国鉄道出版社編 美之美 1981
中国鉄道の旅 5 北京ー西南地区 中国鉄道出版社編 美之美 1981
中国の刻石 中西慶爾 木耳社 1981
先秦漢初の財政経済の経緯 原富男 春秋社 1981
先秦諸子百家争鳴時代考 原富男 三信図書 1981
台湾考古民族誌 考古民俗叢書18  国分直一 慶友社 1981
東洋学論叢 飯田利行博士古稀記念 国書刊行会 1981
焚書夜話 大類雅敏 栄光出版社 1981
夢渓筆談 東洋文庫 沈括 平凡社 1981
科学史からみた中国文明 NHKブックス 藪内清 日本放送協会 1982
顔氏家訓 中国古典新書 顔之推著 宇野精一 明徳出版社 1982
雁門集 薩都拉(さつとら)  中国古典文学叢書 上海古籍出版社 1982
胡蝶と荘周 続人生行路の賦 原富男 三信図書 1982
古代中国婚姻制の禮理念と形態 栗原圭介 東方書店 1982
三国志の英雄たち 守屋洋ほか 新人物往来社 1982
大学・中庸・孟子 世界古典文学全集 金谷治編 筑摩書房 1982
中国近代化の史的展望 東亜文化叢書6 東亜文化研究所 霞山会 1982
中国古代説話の思想史的考察 小野沢精一 汲古書院 1982
中国古代的類書 胡道静 中華書局 1982
中国四季の花 中国カラー文庫8 美乃美 1982
中国の寺・日本の寺 東方選書10 鎌田茂雄 東方書店 1982
中国の建築 中国建築科学研究院 末房由美子訳 小学館 1982
中国歴史・文化地理図冊 陳正祥編著 梅村坦訳 原書房 1982
明の陶磁 デイジー・リオン・ゴールドシュミット著 駸々堂出版 1982
キジル石窟 中国石窟 全3巻 平凡社・中国文物出版社編 平凡社 1983-1985
諸葛孔明の世界 加地伸行編 新人物往来社 1983
中国人の機智 井波律子 中央公論社 1983
中国人の生活哲学 東方選書11 丁秀山 東方書店 1983
中国土壌 改良利用・性質・肥沃度・生成分類 中国科学院南京土壌研究所主編 川瀬金次郎・菅野一郎訳 博友社 1983
シンガポール華文小説選 上 東南アジアブックス 陳徳俊編 井村文化事業社 1983
中国古代の城 中国に古代城址を訪ねて 研文選書17  五井直弘 研文出版 1983
中国古代倫理学の発達 加藤常賢 二松学舎大学出版部 1983
中国傷寒論解説 劉渡舟、勝田正泰ほか訳 東洋学術出版社 1983
中国名言集 上中下 藤堂明保 朝日新聞社 1983
鉄砂拳(中国拳法・秘伝必殺) 竜清剛 日東書院 1983
殷周時代青銅器の研究 殷周青銅器綜覧1 林巳奈夫 吉川弘文館 1984
科挙 中国の試験地獄 文庫 宮崎市定 中央公論社 1984
好太王碑の研究 王健群 雄渾社 1984
黄土地帯紀行 人類の起源を求めて 賀川光夫 六興出版 1984
古銅器形態の考古学的研究 梅原末治考古図録集13  同朋舎出版 1984
書概 書論集 劉熙戴 高畑常信訳 木耳社 1984
中国古代の商工業と専売制 影山剛 東京大学出版会 1984
中国社会への散歩 十億の隣人はいま 有斐閣選書 中野謙二 有斐閣 1984
中国の近代化と教育 世界新教育運動選書6 石川啓二他 明治図書出版 1984
中国人の宗教儀礼 仏教・道教・民間信仰 大淵忍爾 福武書店 1984
中国生活誌 黄土高原の衣食住 竹内実・羅漾明対談 大修館書店 1984
中国の国際環境と対外政策 中国問題研究所 1984
中国の宗教・思想と科学 牧尾良海博士頌寿記念論集 同刊行会編 国書刊行会 1984
中国古典詩聚花 3 詠史と詠物 市川桃子 尚学図書 1984
中国鉨印源流 補・近代人の篆刻 銭君匋・葉潞淵著 梅舒適訳編 木耳社 1984
中国女性解放の先駆者たち 中国女性史研究会編 日中出版 1984
讖緯思想の総合研究 安居香山編 国書刊行会 1984
中国農業地理 劉世錡著 農山漁村文化協会 1984
鄭義下碑 上・下 書道名蹟基本叢書 藤原楚水監修 三省堂 1984
芭蕉扇 中国歳時記風物記 澤田瑞穂 平河出版社 1984
明末清初 福本雅一 同朋舎 1984
遣唐使 唐代中日文化交流史略 姚嶂剣 陝西人民出版社 1984
李詩咀華 安旗・薛天緯・閻琦  北京十月文芸出版社 1984
古代中国の思想 放送大学教材 戸川芳郎 日本放送出版協会 1985
中国古代度量衡図集 邱隆ほか編 山田慶児、浅原達郎訳 みすず書房 1985
中国古代のスポーツ 邵文良編著 ベースボール・マガジン社 1985
中国珍奇怪異物語 旺文社文庫 寺尾善雄 旺文社 1985
中国の石油産業 神原達ほか 幸書房 1985
中国の宗族と演劇 華南宗族社会における祭祀組織・儀礼および演劇の相関構造 田仲一成 東京大学出版会 1985
中国神話物語 袁珂著 大学書林 1985
唐伝奇入門 呉志達 赤井益久訳 日中出版 1985
明末農民反乱の研究 佐藤文俊 研文出版 1985
論集東アジアの食事文化 石毛直道編 平凡社 1985
古代中国の画像石 土居淑子 同朋舎 1986
崑崙の秘境探検記 中公新書821  周 正  中央公論社 1986
諸葛孔明の生涯 寺尾善雄 旺文社 1986
銭起詩索引 田部井文雄編 汲古書院 1986
中国五大石窟の旅 紀野一義 佼成出版社 1986
中国詩歌原論 比較詩学の主題に即して 松浦友久 大修館書店 1986
中国人の歴史意識 平凡社選書11 川勝義雄 平凡社 1986
中国聖賢のことば 講談社学術文庫 五十沢二郎 講談社 1986
中国説客列伝 徳間文庫 守屋洋 徳間書店 1986
中国の風水思想 J・J・M・デ・ホロート 第一書房 1986
中国名言集 駒田信二 有楽出版社 1986
中国美術史 小杉一雄 南雲堂 1986
纏足物語 岡本隆三 東方書店 1986
道教叢林太清宮志 五十嵐賢隆 国書刊行会 1986
道教研究のすすめ その現状と問題点を考える 秋月観暎編 平河出版社 1986
東洋学発掘 安岡正篤 明徳出版社 1986
内藤湖南とその時代 千葉三郎 国書刊行会 1986
満洲1945年 木島三千男編 地久館 1986
明末清初モンゴル法の研究 島田正郎 創文社 1986
羅振玉年譜 羅継祖輯述 羅昌霖校補 文史哲出版社 1986
両漢思想の研究 田中麻紗巳 研文出版 1986
歴代兵制浅説 王暁衛・劉昭祥 北京・解放軍出版社 1986
女たちのアジア 新書 松井やより 岩波書店 1987
近世日本漢文学史論考 水田紀久 汲古書院 1987
呉子 中国古典兵法書 呉起著 尾崎秀樹訳・解説 教育社 1987
黒旗軍 19世紀中国の農民反乱 陳白塵撰述 佐藤公彦訳 研文出版 1987
古代東アジアの装飾墓 町田章 同朋舎 1987
儒教史 世界宗教史叢書10 戸川芳郎・蜂屋邦夫・溝口雄三 山川出版社 1987
成都重慶物語 中国の都城6 筧文生 集英社 1987
戦間期日本繊維産業海外進出史の研究 藤井光男 ミネルヴァ書房 1987
禅思想史研究 3 鈴木大拙 岩波書店 1987
中国通俗小説書目 大塚秀高編著 汲古書院 1987
中国の宗教と社会 M・フリードマン著 田村克己ほか訳 弘文堂 1987
道教思想史研究 福永光司 岩波書店 1987
道教と宗教文化 秋月観暎編 平河出版社 1987
道教聖典 小柳司気太訳  心交社 1987
道教と古代日本 福永光司 人文書院 1987
藤堂明保中国語学論集 汲古書院 187
中国式人相学入門 松本一男 PHP:研究所 1987
中国書蹟大観 全7巻 文物出版社 講談社 1987
中国人の酒落と諺 吉田隆 広報社 1987
中国・朝鮮地名異称辞典 国書刊行会 1987
中国鉄道の旅 エリアガイドブック114  南正時 昭文社 1987
中国都城の起源と発展 楊寛 学生社 1987
中国とたたかったチベット人 チベット叢書 ジャムヤン・ノルブ編著 日中出版 1987
中国の朝鮮族  延辺朝鮮族自治州概況 大村益夫訳 むくげの会 1987
麦積山石窟 中国石窟シリーズ 平凡社 1987
木簡手帖 呉恵霖 木耳社 1987
論集中国社会・制度・文化史の諸問題 中国書店 1987
アジアその多様なる世界 第2回「大学と科学」公開シンポジウム組織委員会 朝日出版社 1988
ガラスの道 中公文庫 由水常雄 中央公論社  1988
漢書食貨・地理・溝洫志 東洋文庫488  班固著 永田英正・梅原郁訳注 平凡社 1988
北アジア遊牧民族史研究 山田信夫 東京大学出版会 1988
近世日本と東アジア 荒野泰典 東京大学出版会 1988
古代中国 驚異の知恵と技術 佐藤鉄章 徳間書店 1988
「三国志」に学ぶ興亡の原理 守屋洋 パンリサーチインスティテュート 1988
周易 古代中国的世界図式 鳥恩溥著 吉林文史出版社 1988
周原与周文化 陳全方 上海人民出版社 1985
中国漢詩心の旅 全5巻 田川純三著 世界文化社 1988-1990
中国近代思想史 張錫勤編 黒龍江人民出版社 1988
中国古代養生思想の総合的研究 坂出祥伸編 平河出版社 1988
中国人のトポス 洞窟・風水・壺中天 平凡社選書 三浦国雄 平凡社 1988
中国生活事典 白馬出版 1988
中国朝鮮族の教育文化史 李埰畛 鎌田光澄訳 コリア評論社 1988
中国の隠遁思想 中公新書 陶淵明の心の軌跡 小尾郊一著 中央公論社 1988
中国の哲学・宗教・芸術 福永光司 人文書院 1988
中国の工業化と産業技術進歩 研究双書373 丸山伸郎 アジア経済研究所 1988
中国の年中行事 平凡社選書 中村喬 平凡社 1988
道教典籍目録・索引 大淵忍爾・石井昌子編 国書刊行会 1988
霧社緋桜の狂い咲き 虐殺事件生き残りの証言 ピホワリス著 加藤実編訳 教文館 1988
木簡小字典 佐野光一編 雄山閣 1988
巌窟蔵鏡 梁上椿著 田中琢・岡村秀典訳 同朋舎  1989
居延漢簡の研究 永田英正 同朋舎 1989
黄晢暎 武器の影 上・下 高崎宗司ほか訳 岩波書店 1989
故土 蘇叔陽 馬場与志子訳 中国書店 1989
古陶文彙編 高明編 東方書店 1989
商君書索引 鈴木一郎編 風間書房 1989
仙界とポルノグラフィー 中野美代子 青土社 1989
中国近代女子教育史 1865~1945  盧燕貞 文史哲出版社 1989
中国近代化の政治経済学 岡部達味 PHP研究所 1989
中国古代の祭礼と歌謡 東洋文庫500  マーセル・グラネ著 内田智雄訳 平凡社 1989
中国古代の諸民族 李家正文 木耳社 1989
中国人の本音 孔健 大陸書房 1989
中国人のはらわた 蓮根藤 はまの出版 1989
中国石窟雲崗石窟1 雲崗石窟文物保管所 平凡社 1989
中国図書の歴史 庄威著 吉村善太郎訳 京都・臨川書店 1989
中国とソ連 岩波新書 毛里和子 岩波書店 1989
中国の工芸 出光美術館蔵品図録 出光美術館編 平凡社 1989
中国の思想的危機 研文選書44  林毓生著 丸山松幸・陳正醍訳 研文出版 1989
中国の食文化 周達生 創元社 1989
中国犯科帳 波野徹編訳 平河出版社 1989
中国文化のルーツ 上下 郭伯南ほか著 東京美術 1989
中国歴代詩歌選集 福田稔編注 丘書房 1989
木簡の書 宇野雪村著 大庭脩解説 同朋舎 1989
やきもののシルクロード 加藤卓男 中日新聞本社 1989
やきもの文化史 景徳鎮から海のシルクロード 岩波新書 三杉隆敏 岩波書店 1989
読み切り三国志 井波律子 筑摩書房 1989
論集東北アジアの考古学 東北アジア考古学研究会 六興出版 1989
顔氏家訓2 東洋文庫 顔之推著 宇都宮清吉訳注 平凡社 1990
元典章 海王邨古籍叢刊 中国書店 1990
古典文字字典 師村妙石編 東方書店 1990
三国志の英傑 講談社現代新書1030  竹田晃 講談社 1990
中国 民主化運動の歴史 姫田光義著 青木書店 1990
中国古代農業博物誌考 胡道静著 渡部武訳 農山漁村文化協会 1990
中国次の10年 宮崎正弘 天山出版 1990
中国人の知恵 ワニ文庫 松本一男 ベストセラーズ 1990
中国政経用語辞典 愛知大学国際問題研究所編 大修館書店 1990
中国知識人の精神史 上下 フマニタス選書 李羨林 北樹出版 1990
中国と世界経済 上野秀夫 中央経済社 1990
続 中国の年中行事 平凡社選書 中村喬 平凡社 1990
新楽府・秦中吟の研究 近藤春雄 明治書院 1990
馬占山将軍 東洋のナポレオン 立花丈平 徳間書店 1990
夜鳴く鳥 古代中国の医学・呪術・伝説 山田慶児 岩波書店 1990
漢書列伝 中国古典新書続編15  高木友之助・片山兵衛訳注 明徳出版社 1991
映画で語る中国・台湾・香港 戸張東夫著 丸善ライブラリー 1991
元曲釈詞 全4冊 顧学頡・王学奇編著 中国社会科学出版社 1991
香妃考證研究 姜龍昭 1991
儒教思想と教育 鍾清漢 成文堂 1991
中国化学史話 上・下 ポピュラー・サイエンス 曹元宇 裳華房 1991
中国古代の占法 技術と呪術の周辺 坂出祥伸 研文出版 1991
中国女性 家・仕事・性 秋山洋子編訳 東方書店 1991
中国書道の基礎的研究 塚田康信著 東方書店 1991
中国新蚕農書考 「蚕務条陳」と「農学報」 池田憲司 自家本 1991
中国神話の文化人類学的研究 池田末利編 鉄井廣紀著 平河出版社 1991
中国の千年王国 三石善吉 東京大学出版会 1991
中国古代の生活史 林己奈夫 吉川弘文館 1992
中国哲学 講談社学術文庫 宇野哲人 講談社 1992
中国婚姻史 新・中国文化史叢書15  蘇冰 文津出版社 1994
中国古代文化精要 劉洪仁 巴蜀書社 2003
秦漢儒教の研究 齋木哲郎 汲古書院 2004
建安七子集 中国古典文学基本叢書 兪紹初輯校 中華書局 2005
皇朝編年綱目備要 陳均編 中華書局 2006
中国はなぜ軍拡を続けるのか 阿南友亮 新潮社 2017

コーヒー、紅茶と日本人

   11月1日は「紅茶の日」。ある調査によると、コーヒーや紅茶、嗜好品を好む人は高所得者ほど飲む量が多いという話だ。コーヒーと紅茶、日本に伝来したのは、どちらが先だろうか?答えは、ほぼ同じころだそうだ。

    コーヒーは世界で最も多くの国で飲用されている嗜好飲料である。喫茶店(コーヒー・ハウス、カフェ)は近代社会において人々が情報を得る場所として文化的にも大きな役割を果たしてきた。日本には天明年間(1781年~1788年)頃に、長崎の出島にオランダ人が持ち込んだといわれる。

   NHK「ひるブラ」(2012年2月1日放送)で、はしのえみが幕末の弘前藩士が飲んでいた珈琲を味わっていた。酸味と苦味がある。寒さなどで殉難が多かったので薬用として珈琲を飲んでいたという。大田南畝は1804年に珈琲を飲んだときのことを次のように記している。「紅毛船にてカウヒイというものをすすむ。豆を黒く炒りて粉にし白糖を和したるものなり。焦げくさくして味ふるに堪えず」とある。1855年ころ青森県弘前で珈琲が飲用されていたとは驚きである。

    紅茶は1791年11月1日、大黒屋光太夫がロシアのエカテリーナ2世から茶会に招かれ、日本人として初めて紅茶を飲んだとされる。日本紅茶協会は、昭和58年、この史実をもとに、11月1日を「紅茶の日」に制定している。

史記・司馬遷関係文献目録

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  前漢武帝の治世の元朔3年(前126)、司馬遷20歳のとき、天下漫遊の旅に出た。河南、安徽、江蘇、浙江、江西、湖南、湖北、山東の各省にわたる大旅行で、前後二、三年はついやしたようである。司馬遷は淮陰に立ち寄った。この地は、漢王朝の成立後、劉邦にあっけなく滅ぼされたが、劉邦、項羽の漢楚興亡のただ中にあっては斉王となり、漢室の一敵国となした名将・韓信の故郷である。司馬遷はこの地の父老たちから韓信の人柄を示す故事を聞くことができた。韓信は若い頃、屠殺屋仲間の若者にばかにされて、その股をくぐらされた「韓信の股くぐり」の話は有名であるが、のちに韓信は、その若者を召し出し、「わしの今日があるのはおまえのおかげだ」といって厚く報いたという。司馬遷は、どのように、こうしたエピソードを集めたのであろうか。じつは「史記淮陰候列伝」の論賛に、司馬遷が収集の経緯の一端を語っている。

    わたしが淮陰に行ったとき、淮陰の人々はわたしにこういった。「韓信は平民であったときでも、その気がまえは普通のものとはちがっていました。彼の母が死にましたとき、貧乏で葬式もできなかったのです。ところが、彼は高爽な、ひらけた場所に墓をつくり、将来その周囲に何万軒もの墓守りをおけるようにしたのです。」と。わたしは彼の母の墓を見にいったが、まことにその通りであった。もし韓信が道理を学び、謙虚な態度をとって自分の功績を自慢せず、その才能を鼻にかけなかったならば、漢室に対して、その勲功はかの周公、召公や太公望などにも比せられて、後世ながく国家の元勲として廟に祭られることにもなったろうものを。ところが彼はそうなろうとつとめずに、天下が統合されたあとで、なお反逆をたくらんだ。一族全滅にみまわれたのも当然ではなかろうか。

    ここには司馬遷の韓信の人柄に対する愛情と、それ故にこそあえて加える批判の筆とがよくあらわれている。(参考:大島利一「司馬遷」清水書院)

史記 影印本「二十五史」所収 2冊 台北・芸文印書館
史記考要 柯維騏 明
史記会注考証 瀧川亀太郎 東方文化学院研究所 1932-34
司馬遷の見たる古代支那の人文地理に就いて 藤田元春 地球16-2、3  1931
史記の孔子伝大要 岡崎文夫 史林17-3  1932
司馬遷と班固 岡崎文夫 史林17-3  1932
史記及注釈綜合引得 北平・哈仏燕京学社 1947
史記会注考証校補 6冊 水沢利忠著 中文出版社
史記研究資料索引和論文専著提要 楊燕起・兪樟華編 蘭州大学出版社 1989
史記研究的資料和論文索引 中国科学院歴史研究所 科学出版社 1957
史記故事精選連環画 全4冊 冀汝枢等編絵 二世一世 1990
史記三家注引書索引 段書安 中華書局 1982
史記参考書目 二十五史史記後附録 開明書店 1935
史記書録 賀次君 商務印書館 1958
史記 世界文学大系 小竹文夫・小竹武夫 筑摩書房 1962
史記 中公新書 貝塚茂樹 中央公論社 1963
史記人名索引 呉樹平 中華書局 1982
史記人名索引 鐘華 中華書局 1977
史記新論 白寿彜 北京・新華書店 1981
史記菁華録 楊姚荢田輯 王興康等標点 上海古籍出版社 1988
史記地名考 銭穆 
史記百三十篇篇目的研究 劉偉民 香港聯合書院学報第10期 1972
史記研究之資料与論文索引 王民信編 台湾学海出版会 1976
史記選注賄匯評 韓兆琦編注 中州古籍 1990
史記探源 二十四史研究資料叢刊 崔適 北京・中華書局 1986

「史才と文章上より見たる司馬遷」 日下寛 東亜研究2-5  1912
「司馬遷の性行と史記の文章」 児島献吉郎 東亜研究2-5  1912
「史記と外交」 武藤長年 東亜研究2-5  1912
「司馬遷年表並に其孝道」 中山久四郎 東亜研究2-5  1912
「司馬遷の自由放任説」 小島祐馬 政治経済学論叢1-1   1919
「司馬遷の生年に関する一新説」 桑原隲蔵 史学研究(東京)1-1  1929
「司馬遷の人文地理学」 藤田元春 立命館大学1-12  1934
司馬遷 東洋思想叢書 武田泰淳 日本評論社 1943
司馬遷 教養文庫 岡崎文夫 弘文堂書店 1947
司馬遷之人格与風格 李長之 上海開明書店 1948
司馬遷 史記の世界 創元文庫 武田泰淳 創元社 1952
司馬遷著作及其研究資料書目 上海市歴史文献図書館 1955
司馬遷 李鎮淮  上海人民出版社 1955
司馬遷年譜 鄭鶴声編 商務印書館 1956
司馬遷 岡崎文夫 弘文堂 1958
司馬遷 史記の世界 武田泰淳 文芸春秋社 1959
司馬遷 記録者の意義と生涯 小倉芳彦(世界の歴史3) 筑摩書房 1960
司馬遷所見考 金徳建 上海人民出版社 1963
司馬遷 筑摩叢書 バートン・ワトソン著 今鷹真訳 筑摩書房 1965
司馬遷 史記の世界 武田泰淳 講談社 1965
司馬遷 史記列伝 世界の名著11  貝塚茂樹編 中央公論社 1968
司馬遷 史記の成立 人と歴史シリーズ 大島利一 清水書院 1972
司馬遷 史記の世界 講談社文庫 武田泰淳 講談社 1972
史記3 支配の力学 丸山松幸・和田武司訳 徳間書店 1972
世界をとらえた生涯 司馬遷 市川宏 人物中国志3 1975
司馬遷 中公バックス世界の名著11  貝塚茂樹編 中央公論社 1978
司馬遷 諷刺と称揚の精神 李長之著 和田武司訳 徳間書店 1980
司馬遷 起死回生を期す 中国の人と思想6 林田慎之助 集英社 1984
司馬遷評伝 肖黎著 吉林文史出版社 1986
司馬遷的創作意識與写作技巧 范文芳 文史哲出版社 1987
司馬遷和史記 劉乃和主編 北京出版社 1987
司馬遷與其史学 周虎林 文史哲出版社 1987
司馬遷 徳間文庫 李長之著 和田武司訳 徳間書店 1988

古典に親しむ季節です

Photo     「紫式部日記」の1008年11月1日の記述に源氏物語に関する記事があることから、この日が「古典の日」と定められている。司馬遷は「史記」のなかで孔子が多くの人の知らぬことを明快に説き明かしている逸話を記している。歴史に詳しく、細かな故実を知り、古典の整理をなしとげ、楽器の演奏にも通じていた。孔子はやがて弟子をとって人の師となる。

故きを温(たず)ねて新しきを知る、以て師為(た)る可(べ)し (為政篇)

先生が言われた。「古いことを学んで新しいことにも通じている、そうであれば人の師となれるだろう」と。

   今でもよく使われる四字熟語に「温故知新」がある。これは、人を教え導く教師になるためには、昔のことがらをよく研究してそれに精通し、また最新の知見をも得なければならない、というのがその意味である。つまり「温故」のみで、「知新」、新しい知識を持っていないと人の師にはなれない、というのが最近の解釈である。(諏訪原研「四字熟語で読む論語」)

   これまでの多くの解釈では、古典を大切にして、古いものの中から時勢に合うものを汲み取っていくことが「温故知新」の意味とされることが多い。広辞苑にも「昔の物事を研究し吟味して、そこから新しい知識や見解を得ること」とある。

   「知新」を「新しい知識」とするか、「時代に合うものを見つける」という意味に解するかでずいぶん違ってくる。たしかに古典に精通した漢文の教師にも、最新のコンピューターや国際情勢の知識が必要であろう。岩波文庫の金谷治の訳にも「古いことに習熟して新しいことにもわきまえれば、教師となれるだろう」とある。古事記、万葉集、源氏物語、枕草子、百人一首など古典の研究も図書館が整備されたことで、新研究が盛んである。

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