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2017年8月 2日 (水)

デカンショ節

  FNSうたの夏まつり。生誕80周年で我らが若大将、加山雄三のコーナー。人生を漢字一文字で表すと「命」と色紙に書いた。そして「命あってのものだね」「我思う、ゆえに我あり・・・ショーペンハウエル」と蘊蓄を披露。でも「我思う、ゆえに我あり」の名言はデカルトである。なぜ加山が勘違いしたのか。おそらく、デカルト、カント、ショーペンハウエルの3人、デカンショ節ではないだろうか。むかし加山の仮面ライダー発言があったが、また加山伝説が一つ加わった。

   兵庫県篠山市を中心とする民謡「デカンショ節」はもともとは江戸時代の盆踊り歌「みつ節」が起源とされる。明治以降、旧制高校などで愛唱されたが、そのきっかけは次のような話が伝わる。亘理章三郎(1873-1946)は儒者で、東京の旧篠山藩主・青山家邸内に設けられた学問所で青山忠允の教育係をしていた。1898年夏、忠允らと千葉県館山市へ海水浴に行った際、同宿の一高水泳部員と歌合戦を演じた。そこで篠山側が歌った「デカンショ節」が好評を博し、全国に広まっていったという。デカンショの意味については諸説あるが、巷間にいわれるデカルト・カント・ショーペンハウエルの略というのは附会とされ、単なる掛け声にすぎないという説が有力とされる。

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