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2017年7月27日 (木)

愛情故事突然發生(おもしろ中国語)

48bb8ed5bc78a 中国語漢字圏ではカタカナのような元の発音に近い音で表記する記号がないので、どんな外来語でも漢字を充てる。「スチューワーデス物語」(1983)堀ちえみ主演は、「空中小姐」堀千恵美、「東京エレベーターガール」(1992)宮沢りえ主演は、「東京電梯女郎」宮澤理恵というタイトルで台湾で放送されていた。台湾でドリームズ・カム・トゥルーは「美夢成真」。韓国ドラマ「秋の童話」は「藍色生死戀」。「逃げるは恥だが役に立つ」は、「逃避雖可恥但有用」。台湾では「月薪嬌妻」。月薪は月給、嬌妻は可愛い奥さんの意味。「孤単的心痛(愛はかげろうのように)」。「對不起我愛你(ごめん愛してる)」。「愛情故事突然發生(ラブストリーは突然に)」。

  トヨタ自動車は「丰田汽車」。車名ではクラウンは「皇冠」、レクサスは「雷克薩斯」。ミッキーマウスは「米奇老鼠」。アンパンマンは「安麺包人員」。ポパイは「大力水手」。水手とは水夫のこと。「セーラームーン」は「水手月亮」。「セーラー服」は「水手服」。

   しかしすべての言葉が中国で翻訳されるわけではない。「ストレス」に相当する言葉はこれまでなかった。ここ数年、ストレスを感じるビジネスマンも増加してきた。「圧力」が「プレッシャー」や「ストレス」を意味する。いま中国では「圧力山大」=「ストレスがアレキサンダーのように大きい」という言葉が流行語になっている。中国語で「亜歴山大(アレキサンダー)」と発音が同じで、だじゃれ言葉である。

信息素(フェロモン)

阿司匹林(アスピリン)

大熊猫(パンダ)

火箭(ロケット)

口香糖(チューインガム)

電脳(コンピューター)

聖誕(クリスマス)

巧克力(チョコレート)

康乃馨(カーネーション)

生魚片(さしみ)

巴洛克(バロック)

月歴(カレンダー)

直升機(ヘリコプター)

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消しゴムの歴史

Priestley20200   消しゴムが最初に登場するのはイギリスである。消しゴムが開発されるまではパンが使われていたが、1770年4月15日イギリスの科学者ジョゼフ・プリーストリー(1733-1804、画像)がブラジル産のゴムに紙に書いた鉛筆の字を消し去る性質があることを発見し、India Rubberと命名した。1830年グッドイヤーが硫黄を加えて加熱する加熱法を発見したたことにより、ゴムは高温でも低温でも特質を失わない製品となった。これらの製法で、ドイツ・フランス・アメリカで消しゴム企業は発達していった。

Mr6   1772年頃にはロンドンで市販されており、rub out(こするもの)と呼ばれた。これがラバー(rubber)の語源である。日本では明治初頭の1886年に東京の町工場で製造が始まった。しかし消去性能がいいとはいえず、輸入品にたよることが多かった。1915年の「三木康作ゴム製造所」や1919年の「白髪護謨工業所(現・ヒノデワシ)」が本格的国産消しゴムの製造を開始した。

   だが近年、フランスではあまり消しゴムは使われないそうだ。小学校では鉛筆と消しゴムは使わず、万年筆を使用する。幼いうちから美しい書体を身につけるためである。Joseph Priestley

スイカの日

P001   スイカがスーパーでよく見かけるようになってきた。スイカは夏の果物を代表する「横綱」であり、スイカの縞模様を綱に見立て、七(な)2(ツー)七(な)で「夏の綱」とよむ語呂合わせから。スイカが中国から渡来したのは南北朝時代である。このときは、中国人に倣って「西瓜」を「シャアカ」と発音していたが、時代を経るにしたがって、日本人の発音しやすい「スイカ」に変わってきた、しかし、スイカはなかなか日本人には広まらなかった。当時の人々は赤い果肉が生首を思い出すので食べられなかったという。江戸時代にも由比正雪の乱の翌年、1652年にスイカが出回ったが、正雪の首だといって食べられなかったという話が伝わる。江戸にスイカが広まったのは万治(1658-1661)のころで、京都に広まったのは、寛文から延宝(1661-1680)以後とある。1770年以降、スイカは夏の味覚として広く庶民にまで食べられるようになった。(7月27日)

地名の日

   本日は「地名の日」。アイヌ語地名の研究家・山田秀三の命日であり、地名研究家・谷川健一の誕生日であることから。多くの地名には語源に由来する。東京の六本木。江戸時代、この土地の大名屋敷に見事な6本の松があったことに因む。

沖縄の那覇市に「おもろまち」という新しい地名がある。この地区は1987年5月に米軍基地返還後、牧港住宅地区の跡地を造成したもので、新商業地区として那覇市の中心地となりつつある。

世の中、紛らわしい地名がある。埼玉県に、ふじみ野市と富士見市とが隣り合わせに存在し、紛らわしい。群馬県太田市と島根県大田市。このようによく似た地名が外国にも存在する。

  日本ではヨーロッパに位置するオーストリアと南半球のオーストラリアを混同することがしばしばある。また東ヨーロッパのモルドバ共和国とボルガのモルドヴィア共和国もよく混同される。北大西洋を隔てたアイスランドとアイルランドも紛らわしい。カナダのプリンス・エドワード島とインド洋上にあるプリンス・エドワード諸島(南アフリカ共和国)も一字違いで混同しやすい。アフリカのギアナと南米のギニア(現在はガイアナ)

   国土の広いアメリカには同一地名は多い。ワシントンも東部にあるコロンビア特別区をなすワシントンD.C.と西海岸にあるワシントン州。カジノで有名なラスベガスとニューメキシコ州の賭博禁止のラスベガスという小さな町。

Richmond    アメリカにはイギリスの地名をそのまま使用されることも多い。リッチモンドという地名はロンドンのリッチモンド・パークが源であるが、北米、オーストラリア、南アメリカなど世界に27もある。1620年ピューリタンが英国南西部のプリマス港を出航し、アメリカ東部マサチューセッツ州のプリマスに到着した。彼らが出発地と同じ名を名づけたとよくいわれるが、実際は同名の地に偶然に到着したのである。数年前にこの付近を探査したジョン・スミス(1580-1631)によって命名されていた。(Richmond,Plymouth)7月28日)

何でも知って、何でも考えよう

Abogadoscostadelsol4 「ケペル先生のブログ(日々の話題あれこれ)」 ごめんなさい。最近、体調不良によりコメントの返礼ができませんので悪しからず。

  閑静安適の日々を過ごしながら、学ぶことそのものを喜びとしたい。このブログにおいて「何でも知って、何でも考えよう」の精神で、古今東西の興味深い薀蓄・情報・トリビア・豆知識を集め、その成り立ちを明らかにして、由来を調べる。わからないこと知らないことは、放っておいても実のところ当面、何かに不自由するということはない。でも人間不思議なもので知らないでいることは気にかかる。ネットでも本でもなんでも使って、とことん調べてみたい。17世紀イギリスの詩人ベン・ジョンソンのことばに「多くの事をするのはやさしいが、一事を永続するのはむずかしい」とある。いわばこの10年間に調べた雑学事典である。現在の記事数は、11355件。

   記事の叙述は、「いつ」「どこで」「だれが」「なにを」「なぜ」「どのように」を軸に、わかりやすい文章を心がける。:現代的な事柄も取り上げながらも学問的にも、高い品位を保ち、一般教養人が読むに堪え得る内容につとめ、実証主義に立脚した研究をめざす。一日一日の着実な積み重ねで、あらゆる分野でもかなりの地点まで到達することができると信ずる。日頃から、見聞を広げ、多くの文献を渉猟し、知識を蓄えるように心がけたい。

   主なカテゴリーと人気記事一覧
雑学室

ケペル先生何でも相談室▽アナロギア・エンティス▽理髪店の回転看板の由来▽マクンバの呪い▽チャルメラのルーツ▽世界の郵便ポストは黄色が主流である▽「朝シャン」はもう死語なのか?▽ピースサインの起源▽読みにくい名前はなぜ増えたのか?▽じゃん拳の歴史▽必死のパッチ▽勝負は下駄を履くまでわからない▽右と左の話▽これを何と呼ぶのか?(物の名前)▽見ざる、言わざる、聞かざる▽次位者の嘆き▽ガッツポーズの研究▽これがグリコのモデル、カタロン選手のゴールの雄姿だ!?▽ラッキーセブンは本当にラッキーか?▽握手の起源▽洗濯板の研究▽正しい「シェー」とは?▽ツチブタの呪い(aaで始まる話)▽一本のマッチ棒の値段は?▽ミーハーの語源▽謎のナゾーニ▽名刺の由来▽八百長の語源は相撲にあり▽キスは奈良時代からあった▽なぜ仮名は山田太郎なのか?

地歴室
▽アジア人文地理▽日本の位置と領域▽国号「日本」ニホンか、ニッポンか▽ユーラシアの地名の由来は?▽なぜ地図の上は北なのか?▽赤と白が多く使われている国旗▽タンソネ東小島▽社会科挽歌~軍艦島、ハッカ、ニシン▽韓国の長生標▽西域とシルクロード▽ロンドン大火とテムズ川▽ハールレムを守った少年▽ヴェーバーの工業立地論▽世界発明・発見の歴史年表▽戦争の世界史▽古代エジプトの椅子▽古代エジプトの猫崇拝▽マラソン由来の伝令は誰れ?▽古代ローマのフライパン▽世界最初の王メバラゲシ▽ソクラテス「悪法もまた法なり」は作り話▽イエスは十字架刑か、杭刑か▽コロンブスの卵▽カント 時計よりも正確▽予の辞書に不可能という言葉はない▽中国文明の歴史(概説)▽古代中国の座位(座席の順序)▽フリードリヒ大王と粉屋アーノルト事件▽マーピラの反乱▽秦の始皇帝の母・朱姫▽三顧之礼▽蒙古斑と騎馬民族説▽朝鮮王朝の禁婚令について▽女人禁制▽江戸の拷問「ぶりぶり」▽毛利元就「三矢の訓え」は作り話か?▽利休キリシタン説▽明治のうさぎブーム▽ふるさとの偉人▽補陀洛▽死んでもラッパをはなしませんでした▽ラコニア号遭難事件▽貨狄尊者

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自然科学室
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2017年7月26日 (水)

夏クールのドラマ「過保護のカホコ」は予測不能の面白さ

  朝ドラ「ひよっこ」みね子と島谷の切ない別れ、現代版湯島の白梅。朝から涙・・・涙。島谷はみね子と別れて過保護のカホコのもとへ。月9「コード・ブルー」山下智久・新垣結衣。初回16.3%の好発進。続編の安定感とガッキー人気、「僕たちがやりました」火曜21時、窪田正孝・永野芽郁。「カンナさん」火曜22時、渡辺直美。「マジで航海してます」火曜深夜、飯豊まりえ・武田玲奈。「過保護のカホコ」水曜22時、高畑充希・竹内涼真、主題歌は星野源「Family Song」。「わにとかげぎす」水曜深夜、有田哲平・本田翼。「黒革の手帖」木曜21時、武井咲。「セシルのもくろみ」木曜22時、真木よう子・吉瀬美智子。「脳にスマホが埋められた」木曜深夜、伊藤淳史・新川優愛。「ハロー張りネズミ」金曜22時、瑛大・深田恭子。「下北沢ダイハード」金曜深夜。「悦ちゃん」土曜ユースケ・サンタマリア・門脇麦・石田ニコル・安藤玉恵・村川絵梨。「ウチの夫は仕事ができない」土曜、錦戸亮・松岡茉莉優、見た目よし・学歴よし・収入よしの理想の夫だったはずの夫が、実は職場では足を引っ張りまくる「お荷物社員」だったことを知ってしまった妻が夫と共に繰り広げるお仕事ホームドラマ。「ウツボカズラの夢」土曜、志田未来。「定年女子」日曜22時、南果歩。「愛したって、秘密はある」福士蒼汰。いちばんの注目は長瀬智也、吉岡里帆の「ごめん、愛してる」現代版「瞼の母」。原作はソ・ジソブ主演の韓国純愛ドラマ。主題歌は宇多田ヒカル「Forevermore」。演技派池脇千鶴も注目。韓国ドラマ「太陽の末裔」ソン・ジュンギ、ソン・ヘギョの軍事&医療ドラマ。ソン・ヘギョが4歳年上。クリスティナ・リッチー主演「リジー・ボーデン事件」。シエナ・コールマン主演「女王ヴィクトリア 愛に生きる」。「ごめん、愛してる」「黒革の手帖」も面白いが、「過保護のカホコ」は今後の展開が予測不能なドラマだ。8月からはトルコのドラマ日本初「オスマン帝国外伝」16世紀スレイマン皇帝の宮廷劇。中国テレビは「聶栄臻(じょうえいしん)」日中戦争時の軍人、科学者。韓国ドラマは「師任堂サイムダン」イ・ヨンエ、ソン・スンホン。

雑学研究室 第18集

Trivia    雑学、うんちく、あまり役立ちそうにない無駄知識を集めたサイト。

  キリンの舌は60cmくらいあり、舌で耳掃除をする。▽音楽家バッハは、2回結婚して20人の子供をつくった。▽乗法の記号「×」はイギリスの数学者ウィリアム・オートレッドが「数学の鍵」(1631年)の著作の中で初めて考案した。十字架を斜めにした記号だが、なぜそうしたかは不明である。

Pic02 ▽品川駅は港区にあり、品川区にはない。▽ナポレオンが編纂させた辞書には、「不可能」の項目がある。▽「肩こり」が夏目漱石の造語というのはウソで江戸時代から既にある言葉。▽アメリカ独立当時、13州のうちデラウエアは最初に批准したことから「ファースト・ステート」と呼ばれる。▽伊能忠敬の日本全図の北海道部分はすべて間宮林蔵の測量データで作られている。(雑学ブログ)

雑学研究室 第17集

Trivia    うんちく、あまり役立ちそうにない無駄知識を集めた雑学ブログ。

T02200349_0252040012007833286    女性誌アンアンはモスクワ動物園で飼育されていたパンダの名前だった。▽マスクメロン。マスク(mask 仮面)ではなく、マスク(musk)、つまり「麝香(じゃこう)のように香高い」という意味。▽ブラック・ジャックの本名は間黒男(はざまくろお)、ゴルゴ13はデューク東郷、8マンは東八郎。▽上野公園の西郷隆盛が連れている犬の名前は「ツン」という。▽男性のズボンのチャックを俗に「社会の窓」という。業界用語では「短冊門」と呼ばれるが、正式名は「前開き」という。英語では fly。 Your fly is open.(チャックがあいてるよ)。▽スバル、アルデバランは牡牛座。リゲル、ベテルギウスはオリオン座。シリウスはおおいぬ座。カペラは御者座。▽サランラップは、開発したアメリカ人ラドウィックとアイアンズが、それぞれの妻の名前、サラとアンに因んで名づけた。▽都会的でお洒落なコメディー「ティファニーで朝食を」はオードリー・ヘプバーンの代表作。主題歌「ムーン・リヴァー」も大ヒットしたが、この曲はもともと「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」という曲をイメージしている。(無用の雑学知識集、雑学ブログ)

雑学研究室 第16集

Trivia    知っていても何の役にも立たないムダな知識がある。だが無用の用を愉しむ心のゆとりを持ちたい。「しょうもない」ことこそ雑学の本道と思いたい。うんちく、知識の雑学ブログ。

E64ecac0c3d1253820a1bbf0e338a2f1_40    ハダカデバネズミから癌を抑える遺伝子があることが発見された▽ハンガリーの作曲家バルトークの息子が「父・バルトーク息子による大作曲家の思い出」を書いた▽すしのバッテラは「ボート」を意味するバッテイラからきたポルトガル語▽人類初の火星着陸はNASAの仕組んだ大芝居だったという話の映画「カプリコン1」(1977年)。死んだと思われた3人の宇宙飛行士のうち1人が追悼式に現れる・・・▽カイド・ホーヴェルソン引退。把瑠都凱斗の本名▽ダーウィンという都市がオーストラリアにある▽ダーウィンとリンカーンは1809年の同月同日に誕生している。岩崎弥太郎は福沢諭吉の1日前に生れた。

Oboro08  北海道に生育するガゴメ昆布▽橘道貞の妻、和泉式部は歌人として有名だが、生れた年も死んだ年もわからない▽ノーランズは「想い出の九十九里浜」「淋しい熱帯魚」「渚のバルコニー」など日本の歌をカバーしている▽ヴォルテールの「カンディード」はライプニッツの楽天主義を諷刺する意図で書かれた。▽小野篁は病気を理由に遣唐使乗船を拒否したため嵯峨上皇の怒りにふれ、隠岐に流されたが、1年で赦され、京に戻って参議まで出世した。

Stop   日本では「止まれ」を表わす道路標識は逆三角形だが、アメリカやカナダなど多くの国では八角形である▽カナダの初代首相はジョン・アレクサンダー・マクドナルド。▽「星の流れに」もともとは「こんな女に誰がした」だった。▽AKB48のメンバーは握手会の前に予防接種をしている。▽義民、佐倉惣五郎が一揆を起こしたり、直訴したという記録は残っていない。▽ムッソリーニの愛人で、彼とともに銃殺され、逆さ吊りにされた悲劇のヒロインの映画「クラレッタ・ぺタッチの伝説」。主演のクラウディア・カルディナーレはこの役を演じたことでイタリア映画界の顰蹙を買った。▽「あほうどり」という和名は、陸上で動作がのろく、容易に捕まえられもことに由来する。▽「モスラ」の原作は、堀田善衛、中村真一郎、福永武彦ら3人が執筆した「発光妖精とモスラ」である。▽日本で公開された邦・洋画の興行収入の第一位は「千と千尋の神隠し」(2001)である。

雑学研究室 第15集

Trivia   うんちく、知識の雑学ブログ。▽日の丸の旗竿にある金の玉。正式には「頂華(ちょうげ)」という。▽代数学に用いられる等号(=)の記号は、1557年イギリスのロバート・レコードが考案した。▽バレエ「白鳥の湖」は、現在では誰1人知らない者のいない名作中の名作となっているが、初演の時、まったくの不評でチャイコフスキーはバレエ曲を作るのが嫌になるほどだった。▽ハンカチは昔は卵形・長方形・三角形なども流通していた。正方形が一般的になったのはマリー・アントワネットが正方形を気に入り、ルイ16世に法制化させたから。▽打楽器タンバリンは、本当は「タンブリン」が正しい。▽エレクトーンはヤマハの電子オルガンの登録商標名で外来語ではない。▽「オリンピックは勝つことが目的ではなく、参加することに意義がある」と最初に言ったのはロンドンのタルボット神父である。▽女性用装身具カチューシャは外来語ではないので、外人にはわからない。大正時代、「復活」で松井須磨子が髪に着用したことから広まった。▽サザン・オールスターズの「TSUNAMI」は293万枚の大ヒットだったが、スマトラ沖や東日本大震災でほとんどテレビ、ラジオで放送されない。桑田佳祐は「いつか悲しみの記憶が薄れ、この曲が歌える日が来たらいいと思っている」とラジオ番組で語った。▽外国の固有名詞は現地呼称主義が原則となっている。世界一周で知られるマゼランは「マガリャエンシュ」と呼ぶ。▽赤十字を創唱えたナイチンゲールは、その功績によりイギリス政府からウェストミンスターの国葬を申し出されたが、遺言によりその申し出を断り、ハンプシャーの小さな教会の墓地に眠っている。▽16世紀の思想家モンテーニュの名にちなんで、フランス西南部ベリゴール地方にモンテーニュ村がある。▽ハリソン・フォードと共演した女優はなぜか大成しないが、リチャード・ギアと共演した女優はジュリア・ロバーツ、ダイアン・レーンと大物が多い。

The_gold_demon_v1_1000524000  尾崎紅葉「金色夜叉」の英語タイトルは、The Gold Demon。▽日本雑誌協会主催の「ゴールデン・アロー賞」は1963年から2007年まで続いた。記念すべき第1回の大賞受賞者は江利チエミ。▽マリー・アントワネットは50人の見守る中で公開出産で失神しながら子供を産んだ▽詩人の富田砕花は電話嫌いで生涯、手紙と葉書で連絡をとっていた。▽安住財務相の身長は公称165cmとなっているが、ラガルドIMF専務理事との身長差が首一つ分あることから、身長疑惑がもたれている。▽NTV紅白歌のベストテン第1回放送の目玉は「Oh!モーレツ」小川ローザだった。▽女性で始めてニューヨークのカーネギーホールの舞台に立ったのは朱里エイコ。▽銃を発明したのは神に仕える修道士だった。その忌まわしい人物の名はベルホルト・シュヴァルツ。▽フィジー共和国の国旗にはバナナが描かれている。▽王・長嶋を「ON砲」と初めて呼んだのは阪神御用達の新聞デイリースポーツである。▽俗説で紙を綴じる用具ホッチキスがアメリカの兵器発明家の名前に因むというのは誤りである。英語で「ステープラー」という。原型は16世紀にあり、19世紀の半ばに今のステープラーと同様のものが存在していた。▽米俳優トロイ・ドナヒューは酒とドラッグにおぼれ、セントラルパークでホームレスとなっていたことがある。▽ドラッグストアチエーン「マツモトキヨシ」の創業者、松本清は松戸市長のとき「すぐやる課」を設立している。▽「憧れのハワイ航路」の岡晴夫は生涯一度も紅白歌合戦に出場していない。▽タイタニック号が沈没したのとリンカーン米大統領が暗殺され死亡したのは同じ4月15日である。▽映画「郵便配達は二度べルを鳴らす」には郵便配達夫は登場しない。(雑学)

雑学研究室 第14集

Trivia   うんちく、知識の雑学ブログ集。国連の世界幸福度ランキング2013年の第1位はデンマーク。日本は43位。▽イギリスの遺伝学者が伝説の雪男の正体を解明した。ヒマラヤで採取された動物2頭の毛を調べた結果、古代のホッキョクグマとDNAが一致した。▽電気くらげ(カツオノエボシ)は電気ではなく、触手に毒性があり、さされると皮膚が火ぶくれのようになる。▽落語「寿限無」の元になる話を作ったのは上方落語の祖である初代の米沢彦八。

Img4446910ezik5zj ▽「現代のベートーベン」佐村河内守にはゴーストライターがいたという騒動。実はノーベル賞作家の川端康成にもゴーストライターが複数いた。遅筆の川端に出版社が複数のゴーストライターをつけて川端康成の名前でライトノベルを発行していた。▽第二次世界大戦でゼロ戦の好敵手だった米軍のグラマンには全て猫の愛称が付けられていた。ワイルドキャット、ヘルキャット、ベアキャットなど。

Article13505900ce80399000005dc946_6   ▽米マイアミのビスケイン・ベイの砂州の上に、グランド・ピアノがあり、沿岸警備隊は謎解きに頭を悩ませている。しかし、航海や環境にとって危険性が認められないため、ピアノを撤去する予定はないという。

T02200391_0720128012558526960  ▽青森県上北郡おいらせ町のシンボル「自由の女神像」は米国ニューヨークと同緯度で結ばれていることから、本家の4分の1の大きさで1990年に建立された。▽英語圏では陶器をチャイナといい、漆器をジャパンといった。漆は国際用語にまでなって、日本を代表する文化だった。▽クロスワード・パズルは1913年12月21日の「ニューヨーク・ワールド」紙に掲載されたアーサー・ウィンのものが最初といわれる。(雑学)

雑学研究室 第13集

Trivia    うんちく、知識の雑学ブログ。▽英国といえば紅茶を思いうかべるが、実は17~18世紀、むしろイギリス人はコーヒーのほうを好んで飲んでいた。▽イタリアのことわざ。「勇敢な男と旨いワインは早くなくなる」。▽石膏で固めた包帯のことを「ギプス」という。「ギブス」は訛り。▽ジーンズはイタリアの港町ジェノバに由来する。▽明治から大正にかけて北海道で作られたお米に「チンコ坊主」という種類がある。成熟した稲の高さが男性の股間の高さになるのでその名が付けられた。▽島崎藤村は貧乏だったため、妻を失明させ、子ども2人を餓死させている。▽雑誌「アンアン」の名付け親は黒柳徹子で、モスクワ動物園のパンダの名前に由来する。▽理容店の定休日が月曜日が多いのは、むかし「休電日」という電力の供給を停止させる日だったから。▽ボルトをつかむ工具をモンキー・レンチと呼ぶが、発明者のチャールズ・モンキーに由来する。▽サッカー川島永嗣は英語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語4ヵ国の日常会話がぺラぺラ。

Curry ▽日本で最初にカレーを紹介したのは福澤諭吉である。ただし福澤はカレーがどんな味かは知らなかった。▽もともとコカ・コーラは頭痛薬でペプシコーラは胃薬だった。▽フランス国王ルイ14世は、当時の健康法の一種、浣腸を頻繁に行い、その影響でひどい痔瘻になった。ソルボンヌ大学のへリックス教授の手術を受け、世界で最初に痔の手術をした人物である。▽島津亜矢と天童よしみ。2人にはそれぞれに「大器晩成」という同名異曲の持ち歌がある。▽コペルニクスが地動説を発表したのは死の前日である。▽張りつめた糸が切れた音から、正常でないさまを「プッツン」と表現したのは、片岡鶴太郎で1986年の造語である。(雑学)

人の記憶は薄れていく

Anne_baxter    チャーリー・ブラウンという漫画にこんな話があった。ある人が若い頃に見た映画「愛欲の十字架」にバテシバが出ていた。その女優はずっとアン・バクスターだと思っていた。だがあるときテレビの深夜映画でみたらスーザン・ヘイワードだった。これだけの話である。当時、漫画を読んだときアン・バクスターとスーザン・ヘイワードはまだ生きていたし、2人は全然似ていないので変な話だと感じていた。だが自分も年をとると記憶が薄れていき、そのような錯覚はすることがあるとわかった。アン・バクスターの「十戒」ネフレテリとスーザンのバテシバとが頭の中で混乱するようになる。映像の記憶はあいまいである。

実は何が言いたかというとCMの効果である。ビール会社がいつも宣伝しているが、いまだに「男は黙ってサッポロビール」は記憶にあるが、イチローや檀れい、竹内結子が何の銘柄か区別できますか。

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   最近クイズ番組で「コード・ブルー」に出演中の新垣結衣が「blue」という簡単な英単語が書けず大恥をかいた。やさしい漢字や英単語のスペルが書けない。パソコンやスマホを使うようになって字を書かなくなったからだろうが、さすがにヤバイ。文字は日常的に書かないと忘れていくので注意しよう。

雑学研究室 第12集

Trivia うんちく、知識の雑学ブログ。

 外部から音として鼓膜に伝わった振動を内部に伝える働きをする耳小骨は、あぶみ骨、きぬた骨、つち骨と呼ばれる3つの小さな骨からなる。この小さな耳の骨が脳の発達につながった。▽「パフォーマンス」という外来語が日本で広く使われるようになったのはエリマキトカゲのおかげである。▽銀行(バンク)の語源は中世イタリアの両替商が業務を行うときに用いた台の呼び名「バンコ」から。▽これまでのNHK大河ドラマの出演回数が一番多い俳優は江守徹である。▽「八月の鯨」はリリアン・ギッシュ(当時91歳)とベティ・デイビスが姉妹を演じた。だが妹役は12歳も年上のリリアン・ギッシュのほうだった。▽「オレたちひょうきん族」1985年頃、「へい、がってんだ」と威勢のいい2人組の女の子。がってん娘の正体は、城倉由美と前山親子(現在は紅ちかこ)で研ナオコの付き人だった。▽アララギ科の常緑高木イチイ(一位)は、笏の材料としたのでこの名がある。▽ハーモニカは1821年ドイツのクリスチャン・ブッシュマンという少年が発明したものとされる。▽コートジボワールのサッカー選手ディディエ・ドログバ(1978年3月11日)と80年代子役で活躍した間下このみ(1978年4月27日)は同じ年である。▽38歳の若さで白血病で亡くなった本田美奈子。本名は工藤美奈子。芸名は世界的に活躍してほしいという願いを込めてホンダに因んで付けた。▽貞操帯の普及は、ヨーロッパ中世、十字軍遠征の頃だとされる。博物館に展示されている貞操帯をみると着用したまま入浴や排泄が可能になっている。しかし肛門の周辺に部品がある場合は、衛生的に問題があり、実際に使用されていたかは不明な部分が多い。(無用の雑学知識集)

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Chastitybelt

雑学研究室 第11集

Trivia   桃の花言葉「あなたに夢中」「あなたのとりこです」▽イサドラ・ダンカンがバーナード・ショーに結婚を申し込み、こう言った。「あなたの頭脳と私の肉体を持った子供が生れたら、どんなにすばらしい事でしょう」。しかしショーはこう答えて拒絶した。「私の肉体とあなたの頭脳を持った子供が生まれたら大変ですよ」▽フリードリッヒ・ヤーンが提唱した体操は国粋主義的なものでフランスに対抗するためドイツ青年を鍛錬しようとした。▽服部半蔵正成は鬼半蔵と呼ばれた非情な男である。だが家康の嫡男信康の介錯の刀を振り下ろすことができず、床に泣き伏してしまった。家康は「鬼と呼ばれたそなたでも、打てなかったか」としみじみと語った。

Takeshima_map_s ▽日本人は日常会話で「本州」という地理用語をあまり使わない。むしろ、日本語を学ぶ外国人のほうが、よく「メイン・アイランド(本州)」を口にする。日本語の授業で、日本が4つの大きな島から成り、そのうちの「the main island of Japan」を「本州」と呼ぶと教えられるためである。▽薩摩の田中新兵衛は島田左近を暗殺し、四条河原に梟首して、罪状書に「天誅」と書いた。翌年に佐幕派の姉公路公路を暗殺したとき、新兵衛の刀が落ちていたため証拠となり捕縛され、自刃した。▽1956年、巨人・中日戦。0-3で迎えた9回裏、巨人は一死満塁のチャンス。代打の樋笠一夫(1920-2007)は杉下茂から本塁打を放った。これが日本プロ野球初となる代打逆転サヨナラ満塁本塁打であった。▽孝明天皇の第2皇子、祐宮は慶応4年8月に即位礼を行い、江戸城に入ったのは明治元年10月13日であった。一足早く着いていた三条実美に「江戸城は広いな」との第一印象を告げられた。明治天皇は16歳だった。▽高校野球とプロ野球(NPB)両方でノーヒットノーランを達成したのは杉内俊哉だけである。▽ベートーベンは生涯に79回も引越しをしたといわれる。▽プロ野球で一試合に3本ヒットを打つと「猛打賞」を発案したのは芥川賞作家の清岡卓行である。▽野村胡堂は投げ銭の平次のアイデアを思案しているとき、「設計、施工は銭形組」の看板が見えた。銭形平次の名はこうして生まれた。▽アガサ・クリスティーの小説に登場する名探偵エルキュール・ポワロは「灰色の脳細胞」を持つと自負している。▽バレエ「白鳥の湖」は初演の時、まったくの不評でチャイコフスキーはバレエ曲を作るのが嫌になるほどだった。▽田辺聖子の「姥ざかり花の旅笠」。小田宅子(おだいえこ)は筑前国上底井村(福岡県中間市)の富商小松屋の御寮さん。1841年、伊勢参宮から善光寺、日光、江戸、京都をめぐる日記を残した。高倉健はその5代目。▽パルミラのゼノビア王妃は捕らわれてローマで引き回されたが、ローマの元老院議員と再婚して、長生きした。▽花山天皇は寵愛した女御が急死したため失踪した。これを寛和の変という。▽シーラカンスを漢字で書くと「空棘魚」となる。▽韓国では生んでくれた母への感謝の気持ちを思い出すため、誕生日にワカメスープ「ミヨック」を食べる習慣がある。▽家入レオの本名は非公開。家入稚奈という情報があるが、読みは「ちな」「わかな」などマチマチ。ワカナなら女漫才師みたい。(Friedrich Ludwing Jahn,Beethoven,無用の雑学知識集、雑学ブログ)

最近よく読まれている本

Img_01   読書家には大きく2つのタイプに分けられる。新刊派と古典派である。新刊派は直木賞や芥川賞といった話題の小説を読んだり、マスコミで取り上げられる新刊書ばかりを漁る。一方の古典派は自己の研究分野の資料だけを求めて、世間の流行の本には無関心である人が多い。わたしは、古典派であるが、やはりトレンドは知っておくに損はない。数年経って出版回顧の時にリアルな記憶があるのとないのとでは違うからである。今よく読まれている本は、「儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇」「宝くじで1億円当たった人の末路」「どんなに体がかたい人でもベターツと開脚できるようになるすごい方法」「はじめての人のための3000円投資生活「応仁の乱」「モデルが秘密にしたがる体幹リセットダイエット」「肺炎がいやなら、のどを鍛えなさい」「サイコパス」「一汁一菜でよいという提案」「がんで余命ゼロと言われた私の死なない食事」「住友銀行秘史」「えんとつ町のプペル」「嫌われる勇気」「成功している人は、なぜ神社に行くのか?」「やめてみた。本当に必要なものが見えてくる暮らし方・考え方」「こころの匙加減」。

中国史関係文献目録

20120716_660715   高度な文明を始まりとして、東アジア世界の中心に君臨した中華帝国。6000年という悠久の歴史の中で中国は、数多くの王朝が興亡を繰り返した。現在に至るまでの歴史はどのような展開をしたのであろうか。中国史の時代区分の問題については、わが国では現在二つの見方が行われている。

    一つは内藤湖南(1866-1934)による説で、彼は唐宋の間に中国の社会・文化は一大転換をとげたとみ、それまでを古代、以後を近世とした。貴族階級の消滅、したがって貴族政治の終焉、君主独裁制の確立、庶民文化の向上・発展などがこの時に行われたとみたのである。この内藤説は、主として彼の教えを受けた京都の東洋史学者の間に継承されてきている。もっとも後漢末より唐末までを、内藤は中古という呼び方をしているから、後の学者にはこれを中世とみなしている。しかし彼らも近世の設定については、ほぼ内藤説をそのまま承認しているのである。

    一方、第二次世界大戦後、前田直典(1915-49)が、唐宋間に大きな変化があったことは認めるとしても、唐末までを古代、宋以後を中世とすべきであるという説をたてた。 前田の主張は生産関係に注目し、唐末までは大土地所有者の土地が奴隷によって耕作され、一般農民が徭役など半奴隷的収奪を受けており、宋からはそれが農奴使用による耕作へと変化したとみたのである。

   ところで中国では、1930年代に唯物史観の影響を受け社会史論戦なるものが起こり、多くの学者が色々な発展段階説によって時代区分をたてた。一般に奴隷制を古代、封建制を中世、資本制を近代と一応規定したが、それらを現実に中国史に当てはめる点では種々の主張が現れた。代表的な郭沫若(1892-1979)の説を例にとると、殷以前を原始共産制、西周期を奴隷制、春秋以後アヘン戦争までを封建制、以後を近代としている。現在の中国の大学テキストを調べてみても復旦大学「中国通論」(1986年刊行)などは原始社会、夏朝・商朝・西周・春秋を奴隷社会、戦国・秦漢から清末までを封建社会、以後を近代社会としていることから、おおむね郭沫若の説が定説となっていることがわかる。

    現在では時代区分論争は、日本における二つの主張、中国人の種々の考え方とともに結論を得ることなく実りある成果なく消滅したと言わざるを得ない。(参考:「東洋史概説」佛教大学)

  中国史関係文献目録

支那開化小史 田口卯吉 嵩山房 1888
支那通史 5冊 那珂通世 大日本図書株式会社 1888
支那史 6巻 市村讃次郎、滝川亀太郎 1888~1892
中学中国歴史教科書 夏曾佑 1902(のちに改題「中国古代史」)
東洋近世史 上下 田中革一郎 丸善 1902
中国歴史教科書第1冊 夏曾佑 金港堂 1905
通俗西漢紀事 通俗東漢紀事 通俗21史3 称好軒徽庵著 早稲田大学出版部 1911
清史稿 趙爾巽・柯劭忞等編 1914~1928
東洋史学要書目録 那珂通世 大日本図書株式会社 1915
支那古代史 フリードリッヒ・ヒルト著 西山栄久訳 三省堂 1918
史記・漢籍国字解全書本 8冊 桂五十郎、菊池三九郎、松平康国、牧野謙次郎 早稲田大学出版部 1919-1920
支那古代社会史論 郭沫若 藤枝丈夫訳 内外社 1921
史記・国訳漢文大成13・14・15・16  公田連太郎・箭内亘共著 国民文庫刊行会 1922
支那古代史論 東洋文庫論叢5 飯島忠夫 東洋文庫 1925
東洋文化の研究 松本文三郎 岩波書店 1926
制度史 瞿兌之 広業書社 1928
支那古代史 フリードリッヒ・ヒルト 西山栄久訳補 丙午出版社 1929
史漢研究 鄭鶴声 商務印書館 1930
中国古代社会研究 郭沫若 上海連合書房 1930
東洋史概説 松井等 共立社 1930
東洋史概説 白鳥清 大観堂 1930
漢晋西陲木簡彙編 張鳳 有正書局 1931
世界古代文化史1 緒論・先史時代概観・アジア文化 西村真次 東京堂 1931
古代文化論 松本信広 共立社 1932
古代文化史 J・H・ブレステッド著 間埼万里訳 刀江書院 1933
中国古代史 賈曾佑 1933
史学及東洋史の研究 中山久四郎 賢文館 1934
城子崖 中国考古報告集1 李済・梁思永著 国立中央研究院歴史語言研究所 1934
秦漢経済史稿 中国史学叢書 馬元材 商務印書館 1934 
東洋文明発生時代 第1期前編 東洋史講座2 橋本増吉 雄山閣 1934
支那史概説 上 岡崎文夫 弘文堂書房 1935
世界歴史大系3 東洋古代史 橋本増吉 平凡社 1935
世界歴史大系11 朝鮮・満州史 稲葉岩吉・矢野仁一 平凡社 1935
中国古代史  大学叢書 夏曾佑 商務印書館 1935
中国文化史 柳詒徴 鍾山書局 1935
東洋史講座7 漢人復興時代 高桑駒吉、有高巌 雄山閣 1935 
西漢社会経済研究  陳嘯江 新生命書局 1936
戦国式銅器の研究 東方文化学院京都研究所研究報告7 梅原末治 1936
周秦漢三代の古紐研究 上・下 高畑彦次郎 京都・東方文化学院京都研究所 1937
近世中国史 風間阜  叢文閣 1937
古代の支那 支那正史1 オットー・フランケ著 高山洋吉訳 東学社 1938
古代北方系文物の研究 梅原末治 京都・星野書店 1938
支那通史 上中下 岩波文庫 那珂通世著 和田清訳 岩波書店 1938
世界歴史大年表 改訂普及版 鈴木俊・井上幸治・宮城良造編 平凡社 1938
アロー戦争と円明園(支那外交史とイギリス2) 矢野仁一 弘文堂 1939
支那地方自治発達史 和田清編 中華民国法制研究会(中央大学出版部) 1939
東洋史概観 上野菊爾 清教社 1939
漢書及補注綜合引得 燕京大学引得編纂処編 1940
古代の蒙古 支那歴史地理叢書5 内田吟風 冨山房 1940
隋唐制度淵源略論稿 陳寅恪 商務印書館 1940
漢書紙背文書 古典保存会 1941
漢土の王道思想 亘理章三郎 金港堂 1941
近世満州開拓史 満州事情案内所 新京 1941
近世欧羅巴植民史 1 大川周明 慶応書房 1941
支那古代史論 補訂版 飯島忠夫 恒星社 1941
東洋史観 鳥山喜一 宝文館 1941
秦漢時代政治史 支那地理歴史体系4 宇都宮清吉 白揚社 1943
アジア全史 ハーバーツ・H・ガウェン 白揚社 1944
亜細亜遊牧民族史 ルネ・グルセ 後藤十三雄訳 山一書房 1944
春秋繁露通検(盧文弨抱経堂校定本)  中法漢学研究所 1944
中国古代史学の発展 貝塚茂樹 弘文堂書房 1946
東亜の古代文化 梅原末治 養徳社 1946
秦漢史 上下 呂思勉 開明書店 1947
新観東洋史潮 有高巌 開成館 1947
漢代土地制度 王恒 正中書局 1947
中国古代文化史研究1 史学選書1 橋本増吉 鎌倉書房 1947
中国史鋼 翦伯賛 生活書店 1947
中国中古の文化 教養文庫 内藤虎次郎 弘文堂書房 1947
唐史叢鈔 石田幹之助 要書房 1947
世界史における東洋社会 飯塚浩二 福村書店 1948
明代建州女直史研究 園田一亀 東洋文庫 1948
漢の武帝 岩波新書 吉川幸次郎 岩波書店 1949
居延漢簡考釈 釈文之部1・2 労榦 国立中央研究院歴史語言研究所専刊21 1949
古代の世界 木村正雄 金星堂 1950
中国史概説 岩波全書 上下 和田清 岩波書店 1950
中国史綱 翦伯賛 三聯書店 1950
中国史綱 2 秦漢史 翦伯賛 三聯書店 1950
貴族社会 京大東洋史2 外山軍治 内田吟風ほか著 創元社 1951
古代帝国の成立 京大東洋史1 宮崎市定、宇都宮清吉ほか著 創元社 1951
西廂記 塩谷温 昌平堂 1951
ユーラシア古代北方文化 江上波夫 山川出版社 1951
支那史概説 上 岡崎文夫 弘文堂 1952
秦漢史 労榦 中華文化出版事業社 1952
中国の古代国家 アテネ文庫 貝塚茂樹 弘文堂 1952
匈奴史研究 内田吟風 創元社 1953
中国史 京大東洋史 上下 外山軍治ほか 創元社 1953
新中国 岩村三千夫 要書房 1953
新中国 目ざめた五億の人人 村上知行 櫻井書店 1953
新中国 木村荘十二 東峰書房 1953
東洋史学論集 東京教育大学東洋史学研究室編 清水書院 1953
古代北方文化の研究 角田文衛 祖国社 1954
中国史 世界各国史9 鈴木俊編 山川出版社 1954
中国土地制度史研究 周藤吉之 東京大学出版会 1954
目で見る歴史 日本・東洋・西洋 毎日新聞社 1954
アジア史講座 6巻 田村実造・羽田明監修 岩崎書店 1955-1957
殷墟発掘 胡厚宣 学習生活出版社 1955
簡明中国通史 呂振羽 人民出版社 1955
史可法 魏宏運 新知識 1955
秦会要訂補 孫楷、除復訂補 上海・群聯出版社 1955
中国古代史概観 ハーバート・燕京・同志社東方文化講座8 宮崎市定 1955
中国古代漆器図案選 北京歴史博物館編 北京・栄宝斎新記 1955
中国史 国民文庫 ソヴエト大百科事典 山田茂勝訳 国民文庫社 1955
中国史 1・2・3 アジア史講座 田村実造・羽田明監修 岩崎書店 1955
西ウイグル国史の研究 安部健夫 京大人文科学研究所 1955
近世のアジア 絵で見る世界史7 小島真治、小山正明 国民図書刊行会 1956
世界史におけるアジア 現代アジア史4 大月書店 1956
東洋史 NHK教養大学 和田清 宝文館 1956
アジア史研究 第1 宮崎市定 京都・東洋史研究会 1957
居延漢簡 図版之部 台北・国立中央研究院歴史語言研究所専刊40 労榦 1957
古代殷帝国 貝塚茂樹編 みすず書房 1957
司馬遷与史記 文史哲雑誌編輯委員会編 北京・中華書局 1957
秦漢史 瞿益錯 華北編訳館 1957
中国古代の社会と文化 中国古代史研究会編 東京大学出版会 1957
中国史学史 金毓黻  商務印書館 1957
中国史学論文索引 中国科学院歴史研究所第一、二所 北京大学歴史系合編 科学出版社 1957
中国史の時代区分 鈴木俊・西島定生編 東京大学出版会 1957
中国歴代口語文 太田辰夫 江南書院 1957
東洋史 榎一雄・鎌田重雄 小川書店 1957
東洋史 小竹文夫・鈴木俊編 有信堂 1957
居延漢簡 釈文之部   労榦 台北・国立中央研究所歴史語言研究所専刊21  1958
商鞅変法 楊寛 上海人民出版社 1958
新・韓非子物語 中国古典物語6  千田久一 河出書房新社 1958
新唐書吐蕃伝箋証 王忠 科学出版社 1958
隋唐五代史 呉楓 人民出版社 1958
西漢経済史料論叢 陳直 陝西人民出版社 1958
中国史談 全6冊 奥野信太郎・佐藤春夫・増田渉 河出書房新社 1958-59
中国通史 第1編上 范文蘭瀾著 貝塚茂樹・陳顕明訳 岩波書店 1958
秦会要訂補 孫楷 中華書局 1957
十六国彊域志 洪亮吉撰 商務印書館 1958
十六国春秋輯補 湯球撰 商務印書館 1958
アジア史研究 第2 宮崎市定 京都・東洋史研究会 1959
アジア歴史事典 平凡社編 平凡社 1959-62
居延漢簡甲編 中国科学院考古研究所編 科学出版社 1959
史記 中華書局標点本 10冊 中華書局 1959
秦末農民戦争史略 劉開揚 商務印書館 1959
隋唐五代史 呂思勉 中華書局 1959
中国史十話 世界の歴史1 植村清二 中村書店 1959
古代文明の発見 世界の歴史1 貝塚茂樹編 中央公論社 1960
秦漢思想史研究 金谷治 日本学術振興会 1960
秦漢史の研究 栗原朋信 吉川弘文館 1960
中国古代の社会と国家 秦漢帝国成立過程の社会史的研究 増淵竜夫 弘文堂 1960
後漢書語彙集成 上中下 藤田至善編 京都大学人文科学研究所 1960-62
漢書補注弁証 施之弁 香港・新亜研究所 1961
古代史講座 13巻 学生社 1961-66
史前期中国社会研究 呂振羽 三聯書店 1961
新中国的考古収穫 中国科学院考古研究所 北京・科学出版社 1961
隋唐五代史 呂史勉 中華書局 1961
中国古代帝国の形成と構造 二十等爵制の研究 西嶋定生 東京大学出版会 1961
唐とインド 世界の歴史4  塚本義隆編 中央公論社 1961
ゆらぐ中華帝国 世界の歴史11 筑摩書房 1961
漢書 全12冊 校点本 中華書局 1962
中国古代工業史の研究 佐藤武敏 吉川弘文館 1962
古代文明の形成 古代史講座3 学生社 1962
古中国と新中国 カルピス文化叢書4 矢野仁一 カルピス食品工業株式会社 1962
アジア史研究 第3 宮崎市定 京都・東洋史研究会 1963
古代の商業と工業 古代史講座9 学生社 1963
古代の土地制度 古代史講座8 学生社 1963
史記 春秋戦国篇 中国古典選6 田中謙二・一海知義 朝日新聞社 1963
史論史話 1 鎌田重雄 南雲堂エルガ社 1963
The Ancient east(古代の東洋) D・G・Hogarth 丸善 1963
中国史学論文引得 1902年ー1962年 余秉権編 香港・亜東学社 1963
アジア史研究 第4 宮崎市定 京都・東洋史研究会 1964
朱元璋伝 呉晗 三聯書店 1964
中国征服王朝の研究 上中下 田村実造 京都大学東洋史研究会 1964
中国の歴史 上中下 岩波新書 貝塚茂樹 岩波書店 1964
古代中国 文庫クセジュ ジャック・ジェルネ 福井文雅訳 白水社 1965
古代における政治と民衆 古代史講座11 学生社 1965
楊貴妃伝 井上靖 中央公論社 1965
中国古代帝国の形成 特にその成立の基礎条件 木村正雄 不昧堂書店 1965
永楽帝 中国人物叢書10  寺田隆信 人物往来社 1966
漢書索引 黄福鑾 香港・中文大学崇基書院遠東学術研究所 1966
漢の高祖 中国人物叢書第二期1 河地重造 人物往来社 1966
中国文化の成立 東洋の歴史1 水野清一、樋口隆康、伊藤道治、岡田芳三郎 人物往来社 1966
秦漢帝国 東洋の歴史3 日比野丈夫、米田賢次郎、大庭脩 人物往来社 1966
秦漢隋唐史の研究 上下 浜口重国 東京大学出版会 1966
新中国あんない 日中友好代表団編 法蔵館 1966
殷墟卜辞綜類 島邦男 大安 1967
古代殷王朝のなぞ 角川新書 伊藤道治 角川書店 1967
古代トルコ民族史研究1 護雅夫 山川出版社 1967
古代の復活 貝塚茂樹 講談社 1967
史記1 項羽本紀、伯夷列伝、魏公子列伝 大安 1967
史論史話 2 鎌田重雄 新生社 1967
中国古代の田制と税法 秦漢経済史研究 平中苓次 東洋史研究会 1967
武王伐紂王平話・七国春秋平話語彙索引 古屋二夫編著 采華書林 1967 
奴児哈赤 中国人物叢書 若松寛 人物往来社 1967
古代文明の発見 世界の歴史1 中公バックス 貝塚茂樹編 中央公論社 1968
史記 上 中国古典文学大系10 野口定男・近藤光男他訳 平凡社 1968
秦漢史 李源澄 台北・商務印書館 1968
瞽説史記 村松暎 中央公論社 1968
中国古代の家族と国家 守屋美都雄 東洋史研究会 1968
中国史文鈔 大野実之助編 早稲田大学出版部 1968
モンゴル帝国史 1・2(東洋文庫) C・ドーソン 平凡社 1968-1975
乱世の英雄 桃源選書 栗原益男 桃源社 1968
五四運動 紀伊国屋新書 丸山松幸 紀伊国屋書店 1969
大唐の繁栄 世界歴史シリーズ7 世界文化社 1969
中華帝国の崩壊 世界歴史シリーズ20   世界文化社 1969
中国史研究 第1 佐伯富編 東洋史研究会 1969
中国の近代 世界の歴史20 市古宙三 河出書房新社 1969
中国文化の成熟 世界歴史シリーズ15 世界文化社 1969
中国チベット蒙古古代史考 三木偵、渋沢均 鷺の宮書房 1969
モンゴル帝国 世界歴史シリーズ12 世界文化社 1969
アジア史論 上 白鳥庫吉全集8 岩波書店 1970
漢代代田賦与土地問題 呉慶顕 油印本 1970
漢とローマ 東西文明の交流1 護雅夫編 平凡社 1970
陳書 和刻本正史 長沢規矩也解題 汲古書院 1970
後漢書 中国古典新書 藤田至善 明徳出版社 1970
東洋史研究 歴史地理篇 森鹿三 東洋史研究会 1970
鑑真 東洋美術選書 杉山二郎 三彩社 1971
アジアの歴史 松田壽男 日本放送出版協会 1971
後漢書 1~3 和刻本正史 長沢規矩也解題 古典研究会 1971-72
古代北方系文物の研究(復刻) 梅原末治 新時代社 1971
中国古代文明 世界古代史双書10  ウィリアム・ワトソン著 永田英正訳 創元社 1971
漢書 和刻本正史 評林本 古典保存会 汲古書院 1972
周秦漢政治社会結構之研究 徐復観 香港・新亜研究所 1972
乱世の英雄 史記2 司馬遷 奥平卓・守屋範太共訳 徳間書店 1972
漢代之長安与洛陽 馬先醒 油印本 1972
中国の先史時代 考古学選書6 松崎寿和 雄山閣出版 1972
中国の歴史と民衆 増井経夫 吉川弘文館 1972
史学論集 中国文明選12  川勝義雄 朝日新聞社 1972
隋書 全3冊 魏征、令狐徳棻撰 中華書局 1973
中国近代史論文資料索引 1960~1973.6  復旦大学歴史系資料室 1973
中国古代史教学参考地図 北京大学歴史系編 1973
中国神話の起源 角川文庫 貝塚茂樹 角川書店 1973
中国と中国人 岡田武彦 啓学出版 1973
中国歴史に生きる思想 重沢俊郎 日中出版 1973
漢代的以夷制夷政策 刑義田 油印本 1973
アジア専制帝国 世界の歴史8 現代教養文庫 山本達郎、山口修 社会思想社 1974
元・明 中国の歴史6 愛宕松男・寺田隆信 講談社 1974
古代文明の発見 世界の歴史1 中公文庫 貝塚茂樹編 中央公論社 1974
西蔵仏教研究 長尾雅人 岩波書店 1974
中国文明の形成 薮内清 岩波書店 1974
中国文明と内陸アジア 人類文化史4 三上次男・護雅夫・佐久間重男 講談社 1974 
中国の歴史 全13巻 講談社 1974~1975
乱世の詩人たち 「詩経」から毛沢東まで 松本一男 徳間書店 1974
ユーラシア東西交渉史論攷 鈴木治 国書刊行会 1974
古代の東アジア世界 江上波夫・松本清張編 読売新聞社 1975
司馬遷史記入門 勝者と敗者の人間百科 ダルマブックス 竹内照夫 日本文芸社 1975
新唐書 全10冊 欧陽脩・宋祁撰 中華書局 1975
中国地方自治発達史 和田清編 汲古書院 1975
中国土地契約文書集 金~清 東洋文庫 明代史研究室編 平凡社 1975
アジア史論考 上中下 宮崎市定 朝日新聞社 1976
漢書 中国詩文選8 福島吉彦 筑摩書房 1976
古代東アジアの国際交流 市民講座・日本古代文化入門5 江波波夫・松本清張編 読売新聞社 1976
史記 南宋・黄善夫本(百衲本二十四史所収影印本上・下) 台湾商務印書館 1976
中国近代史論文資料篇目索引 杭州大学歴史系中国古代史近代史組 1976
中国古代文化 今枝二郎 高文堂出版社 1976
中国古代史論集 楠山修作 海南・著者刊 1976
中国史稿 第1冊 郭沫若 人民出版社 1976
中国の歴史 全15巻 陳舜臣 平凡社 1976
中国の歴史 貝塚茂樹著作集8 中央公論社 1976
漢史文献類目 増訂版 馬先醒編 簡牘社 1976
中国の古代国家 貝塚茂樹著作集 中央公論社 1976
漢書 上中下 小竹武夫訳 筑摩書房 1977-79
漢書 3冊 国宝宋慶元本 平中博士追悼出版委員会編 朋友書店 1977
門閥社会成立史 矢野主税 国書刊行会 1976
古代の中国 世界の歴史4 堀敏一 講談社 1977
古代の東アジアと日本 教育社歴史新書 佐伯有清 教育社 1977
中国近代史歴表 宋孟源編 中華書局 1977
中国古代中世史研究 東洋学叢書 宇都宮清吉 創文社 1977
中国の後宮 大空不二男 竜渓書舎 1977
秦漢帝国の威容 図説中国の歴史2  大庭脩 講談社 1977
中国史と日本 三島一 新評論 1977
中国史 上 岩波全書 宮崎市定 岩波書店 1977
アジア史研究 第5 宮崎市定 同朋舎 1978
古代東アジア史論集 上下 末松保和博士古稀記念会編 吉川弘文館 1978
中国文明の原像 上下 放送ライブラリー 宮川寅雄・関野雄・長広敏雄編 日本放送出版協会 1978
秦漢帝国史研究 好並隆司 未来社 1978
秦漢思想研究文献目録 坂出祥伸編 関西大学出版広報部 1978
中国史 下 岩波全書 宮崎市定 岩波書店 1978
中国南北朝史研究 増補復刻 福島繁次郎 名著出版 1978
アジア史論 斎藤実郎 高文堂出版会 1979
アジア遊牧民族史 上・下 ユーラシア叢書 ルネ・グルセ 後藤富男訳 1979
漢書藝文志・隋書経籍志 楊家駱主編 台北・世界書局 1979
漢の武帝 教育社歴史新書・東洋史 影山剛 教育社 1979
史論史話 鎌田重雄 大学教育社 1979
中国歴代皇帝文献目録 国書刊行会編 国書刊行会 1979
乱世の皇帝 後周の世宗とその時代 栗原益男 桃源社 1979
中国古代再発見 岩波新書 貝塚茂樹 岩波書店 1979
中国古代の再発見 1978-1979年 NHK大学講座 貝塚茂樹 日本放送出版協会 1979
中国史学論文索引 第二編 中国科学院歴史研究所資料室編 中華書局 1979
漢書食貨志訳注 黒羽英男 明治書院 1980
中国古代史籍挙要 張舜徽 湖北人民出版社 1980
中国古代の「家」と国家 皇帝支配下の秩序構造 尾形勇 岩波書店 1979
中国古代の文化 講談社学術文庫 白川静 講談社 1979
中国史稿地図集 上冊 郭沫若 地図出版社 1979
中国史における革命と宗教 鈴木中正 東京大学出版会 1980
中国史における宗教受難史 ホロート著 牧尾良海訳 国書刊行会  1980
中国史における仏教 アーサー・F・ライト著 木村隆一・小林俊孝訳 第三文社 1980
中国歴代年表 斉召南著 山根伸三訳補 国書刊行会 1980
楊貴妃後伝 渡辺龍策 秀英書房 1980
北アジア史 世界各国史12・新版 護雅夫・神田信夫編 山川出版社 1981
五四運動 丸山松幸 紀伊国屋書店 1981
人物中国の歴史 陳舜臣編 集英社 1981
秦漢音楽史料 吉聯抗輯訳 上海文芸出版社 1981
秦漢思想史研究 増補復刊 金谷治 平楽寺書店 1981
西安史話 武伯綸・武復興 陝西人民出版社 1981
戦国時代の群像 人物中国の歴史3 司馬遼太郎 集英社 1981
大統一時代 秦・前漢(中国の歴史3) 陳舜臣 平凡社 1981
中国古代の社会と経済 歴史学選書 西嶋定生 東京大学出版会 1981
中国史 そのしたたかな軌跡 人間の世界歴史10 増井経夫 三省堂 1981
中国歴史の旅 陳舜臣 東方書店 1981
三国志 完訳 全8巻 羅貫中 岩波書店 1982-83
史学論文索引 1979~1981 上 北京師範大学歴史系資料室 中華書局 1982
秦漢法制史の研究 大庭脩 創文社 1982
中国人の自然観と美意識  東洋学叢書 笠原仲二 創文社 1982
アジア歴史研究入門 1~5 別巻 宮崎市定ほか編 同朋舎  1983-1987
秦始皇陵兵馬俑 田辺昭三監修 平凡社 1983
中国古代国家と東アジア世界 西嶋定生 東京大学出版会 1983
中国古代の東西交流 考古学選書21  横田禎昭 雄山閣 1983
中国史における社会と民衆 増淵龍夫先生退官記念論集 汲古書院 1983
アジア史論叢 市古宙三教授古稀記念会 中央大学白東史学会編 刀水書房 1984
古代殷帝国 貝塚茂樹編 みすず書房 1984
三国志 4 秋風五丈原 谷崎旭寿 新人物往来社 1984
支那通史 全3冊 岩波文庫 那珂通世著 和田清訳 岩波書店 1984
秦漢官制史稿 上下 安作璋・熊鉄基 山東・斉魯書社 1984
中国史大事紀年 蔵雲浦・王雲度・朱崇業・何振東・叶青 山東教育出版社 1984
中国の古代国家 中公文庫 貝塚茂樹 中央公論社 1984
中国の歴史書 中国史学史 刀水歴史全書20 増井経夫 刀水書房 1984
中国文明の起源 NHKブックス453 夏鼐著 小南一郎訳 日本放送出版協会 1984
司馬遷と「史記」の成立 大島利一 清水書院 1985
秦漢思想史の研究 町田三郎 創文社 1985
秦漢土地制度与階級関係 朱紹侯 中州古籍出版社 1985
秦始皇帝 A・コットレル 田島淳 河出書房新社 1985
秦都咸陽 秦漢史研究双書 王学理 陝西人民出版社 1985
西漢人物故事 倉陽卿、張企栄 浙江教育出版 1985
中国の歴史と故事 旺文社文庫 藤堂明保 旺文社 1985
中国文明の成立 ビジュアル版世界の歴史5 松丸道雄・永田英正 講談社 1985
東アジアの変貌 ビジュアル版世界の歴史11  小山正明 講談社 1985
楊貴妃・安禄山 現代視点・中国の群像7 旺文社編 旺文社 1985
五・四運動史像の再検討 中央大学出版部  1986
昭和の戦争9 アジアの反乱 丸山静雄 講談社 1986
秦兵馬俑 張文立編写 西安・西北大学出版社 1986
秦陵同車馬 劉雲輝編写 西安・西北大学出版社 1986
西漢人口地理 葛剣雄 北京・人民出版社 1986
中国古代を掘る 城郭都市の発展 中公新書 杉本憲司 中央公論社 1986
中国史における乱の構図 野口鉄郎編 雄山閣 1986
中国の英傑 10 洪秀全 ユートピアをめざして 小島晋治 集英社 1986
アジア史概論 中公文庫 宮崎市定 中央公論社  1987
女たちの中国 古代を彩る史話 李家正文 東方書店 1987
漢書藝文志 顧實講疏 上海古籍 1987
漢書郊祁志 東洋文庫 班固 平凡社 1987
漢の武帝 中国の英傑3 福島吉彦 集英社 1987
中国からみた日本近大史  劉恵吾主編 早稲田大学出版部 1987
中国古代国家の支配構造 西周封建制度と金文 伊藤道治 中央公論社  1987
中国古代の身分制 明治大学人文科学研究所叢書 堀敏一 汲古書院 1987
中国の考古学 隋唐篇 岡崎敬 同朋舎 1987
新アジア学 板垣雄三、荒木重雄編 亜紀書房 1987
秦始皇帝とユダヤ人 鹿島曻 新国民社 1987
漢書古今人表疏證 王利器 斉魯 1988
漢武帝評伝 羅義俊 上海人民出版社 1988
古代中国の性生活 先史から明代まで R・H・ファン・フーリック 松平いを子訳 せりか書房 1988
中国古代史論 平凡社選書 宮崎市定 平凡社 1988
中国古代の法と社会 栗原益男先生古稀記念論集 汲古書院 1988
中国古代文明の謎 光文社文庫 工藤元男 光文社 1988
中国の歴史人物事典 中国の歴史別巻 集英社 1988
漢三国両晋南北朝の田制と税制 藤家禮之助 東海大学出版会 1989
秦漢帝国と稲作を始める倭人 マンガ日本の歴史1 石ノ森章太郎 中央公論社 1989
秦漢法制史論 堀毅 名著普及会 1989
真史ジンギス汗 谷崎旭寿 新人物往来社 1989
中国古代史を散歩する 李家正文 泰流社 1989
中国古代農業技術史研究 東洋史研究叢刊43 米田賢次郎 同朋舎  1989
中国の歴史と故事 徳間文庫 藤堂明保 徳間書店 1989
中国の歴史近・現代 全4巻 陳舜臣著 平凡社 1986-1991
アジア史を考える 田村実造 中央公論社 1990
アジア諸民族の歴史と文化 白鳥芳郎教授古稀記念論叢刊行会 六興出版 1990
漢書地名索引 陳家麟編 中華書局 1990
東洋史概説 岩見宏・清水稔編 佛教大学 1990
マンガ中国の歴史 陳舜臣・手塚治虫監修 中央公論社 1990
司馬遷 集英社文庫 林田慎之助 集英社 1991
中国古代国家論集 楠山修作 朋友書店 1991
中国の歴史と民俗 伊藤清司・大林太良ほか 第一書房 1991
中国文明史 ヴォルフラム・エーバーハルト著 大室幹緒・松平いを子訳 筑摩書房 1991
十八史略の人物列伝 守屋洋 プレジデント社 1992
図説中国近現代史 池田誠・安井三吉・副島昭一・西村成雄 法律文化社 1993
秦漢財政収入の研究 山田勝芳 汲古書院 1993
秦始皇陵研究 王学理 上海人民出版社 1994
中国古代漢族節日風情 中国文化史知識叢書44 朱啓新・朱篠新著 台湾商務印書館 1994
中國史1~5 松丸道雄ほか 山川出版社 1996
天空の玉座 中国古代帝国の朝政と儀礼 渡辺信一郎 柏書房 1996
三国志 英雄たちの100年戦争 瀬戸龍哉編 成美堂 1997
アジアと欧米世界 世界の歴史25 加藤祐三、川北稔 中央公論社  1998
中国史 新版世界各国史3 尾形勇・岸本美緒 山川出版社 1998
漢帝国の成立と劉邦集団 軍功受益階層の研究 李開元 汲古書院 2000
中国史論集 楠山修作 朋友書店 2001
中国史なるほど謎学事典 島崎晋 学習研究社 2001
すぐわかる中国の歴史 宇都木章監修 小田切英著 東京美術 2003
長城の中國史阪倉篤秀 講談社 2004
中国史のなかの諸民族 世界史リブレット 川本芳昭 山川出版社 2004
中国の歴史 全12巻 講談社 2004-2005
中国の歴史 上・下 愛宕元・冨谷至編 昭和堂 2005
清朝とは何か 別冊環16  岡田英弘編 藤原書店 2009
中国古代の財政と国家 渡辺信一郎 汲古書院 2010
中国の歴史 山本英史 河出書房新社 2010
史記秦漢史の研究 藤田勝久 汲古書院 2015
中国の歴史 濱下武志・・平勢隆郎編 有斐閣 2015
中国の歴史 ちくま学芸文庫 岸本美緒 筑摩書房 2015
性からよむ中国史 男女隔離・纏足・同性愛 スーザン・マン著 小浜正子訳 平凡社 2015
中国の文明3 北京大学版 潮出版社 2015
武帝 始皇帝をこえた皇帝 世界史リブレット人 冨田健之 吉川弘文館 2016
漢唐文化史 熊鉄基 湖南出版社
漢唐文化史論稿 汪籤 北京大学

 

雑学研究室 第10集

Trivia  うんちく、知識を集めた雑学ブログ。 「人生には3つのものがあればいい。希望と勇気とサムマネー」チャールズ・チャップリン。▽イベリコ豚の原産国はスペイン。▽どんぐりの木、クヌギ・カシ・ナラ・カシワはブナ科。▽コーヒー豆の生産量世界一はブラジル。▽楽天マー君を支える妻、里田まいは元女性アイドルグループ「カントリー娘」。▽南米の国アルゼンチンは「銀」を意味するスペイン語「アルヘンチナ」で、アルゼンチンは英語読みしたもの。

Feverfevershopimg600x600137975706_2   ▽フランス語で「ボワ pois」は「えんどう豆」の意味だが、「水玉模様」の意味もある。▽「まめに働く」を漢字で書くと「忠実に働く」。▽シャチは、海外ではオルカと呼ばれている。▽ミュージシャン青山テルマの母親の名前は「青山テルコ」。

4934761809274_400  チャナマサラはトマトベースのガルバンゾー(ひよこ豆)を使ったインドのカレー料理。▽「西遊記」の作者は通説では呉承恩と認められてきたが、確証はなく、中国学界では彼は最後の改訂者とみなされている。(無用の雑学知識集,Argentina,garbanzo)

ポツダム宣言

Photo10     1945年のこの日、アメリカ大統領、イギリス首相、中華民国主席の名において「日本の無条件降伏」を求めた全13か条からなるポツダム宣言が発表される。しかし、日本側がこれを協議している間に、8月6日広島に、9日長崎に原子爆弾が投下され、甚大な被害をうけた。ここで日本は8月15日ポツダム宣言を受諾して降伏した。(7月26日)

2017年7月25日 (火)

たかが大学、されど大学

   芸能人のプロフィールで気になるのはやはり学歴。モデルで女優の本田翼。「私は高校3年生に戻って大学に行きたい。実は大学受験したいんですけど、落ちてしまったので、もう一度受験して大学生になりたいです」と。向学心はよろしいが、何が勉強したいのか目的が大事だ。インターネットの時代、高い学費を払って大学に行く価値があるのか。自分でテキスト買って、ネットで調べれば、本当の学力は個人の努力で達成できる。しかし世間の評価はいまだに実質よりも肩書きにあるようだ。春は芸能人の入学、卒業のニュース。桐谷美玲はフェリス女学院を7年かけて卒業した。大学を中退した芸能人はたくさんいる中で、卒論とか、いろいろと努力されたんだと思う。芸能人は十代の若い頃から仕事が多忙で、高校、大学への進学は壁となる。最近は大学出の芸能人も多い。大久保佳代子や壇蜜も大学卒。稲森いずみはハワイ大学。でも演歌の方には大学卒は少ない。なかには大学卒業して演歌歌手になった人もいる。コロムビアの出光仁美は大卒で美術の教員免許もあるという。日本の大学数は、戦前1940年の旧制大学数が47校、現在は777校ある。

無人島に本を一冊だけ持ってゆくとすれば

Img_0005_2     無人島に本を一冊だけ持ってゆけるとすればどの本をあなたは選びますか?という質問にあなたは、とう答えるだろうか。わたしならダンテの「神曲」とか中原中也の詩集だとか、「万葉集」とか「古今集」とか「唐詩選」と、いろいろな書名が考えられ、迷ってしまう。イギリスの推理小説家チェスタトンの「造船術の本」というユーモラスな回答もよく知られている。だがやはり欧米人には聖書と答える人が圧倒的に多い。このことを最初に明言した人はだれだろう。ドイツ系ロシア人の哲学者で東大で教鞭をとり、学生の人気を集めたラファエル・フォン・ケーベル(画像1848-1923)らしい。彼は「ケーベル博士随筆集」のなかで「無人島に1年間流されるとしたら、自分が選んでもってゆく一冊は、まず聖書である」と述べている。かれは次に、「ファウスト」「ホメロス」「ドン・キホーテ」、ニーチェのもの、ベートーベンの楽譜などをもって行きたいと書いている。(Raphael Koeber)

「西紅柿」何と読みますか?

520e0abf83abe_3   中国ドラマ「愛情公寓」(2009年)がヒットしシリーズ化している。「公寓」とはマンションやアパートのこと。中国語単語集。

便利店  コンビニエンスストア

出租車  タクシー

公共汽車 普通バス

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厠所   トイレ

西紅柿  トマト

電視   テレビ

加油站 ガソンリンスタンド

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「加油!」は「ジョーヨウ」と発音し、ガソリン。「頑張れ!」という意味もある。

跟踪魔  ストーカー 

賓果   ビンゴ

Photo_2彼得潘  ピー‐ターパン

扑克牌  トランプ

幽門螺杆菌 ピロリ菌

龍須菜  アスパラガス

毎晩シネマで1万本

   映画の製作本数の正確な統計データはないが、およそ世界中で1年間におよそ1万本以上の映画がつくられている。ナイジェリアやインドのボリウッド映画が多い。そのなかで日本で劇場公開される映画は1割ほどで、2016年は邦画610本、洋画539本の映画が公開されている(日本映画製作者連盟の統計)。世界を代表するような作品をあげる。
アメリカ 風と共に去りぬ 1939年 ヴィクター・フレミング
メキシコ 赤い薔薇ソースの伝説 1992年 アルフォンソ・アラウ
フランス 天井桟敷の人々 1945年 マルセル・カルネ
イギリス 第三の男 1949年 キャロル・リード
ドイツ  嘆きの天使 1930年 ジョセフ・フォン・スタンバーグ
ドイツ  朝な夕なに 1957年 ヴォルフガング・リーベンアイナー
ドイツ  橋 1959年 ベルンハルト・ヴィッキ
イタリア 道 1954年 フェデリコ・フェリーニ
スペイン 汚れなき悪戯 1955年 ヴァイダ・ラースロー
ホルトガル 青い年 1963年 パウロ・ローシヤ
スウェーデン 野いちご 1954年 イングマル・ベルイマン
ロシア  戦艦ポチョムキン 1925年 セルゲイ・エイゼンシュテイン
ポーランド 灰とダイヤモンド 1958年 アンジュイ・ワイダ
ポーランド 砂時計 1973年 ボイチェフ・イエジー・ハス 
ハンガリー 連隊長レドル 1985年 サボー・イシュトヴァーン
スロベニア スロベニアの娼婦 2009年 ダムヤン・コソレ
ナイジェリア アラロミレ 呪いの女神像 2010年 グレン・アフォラヤン監督
イラク・トルコ サイの季節 2012年 バフラン・ゴバディ監督
インド  大地のうた 1955年 サタジット・ライ
中国  菊豆 1990年 張藝謀
香港・中国合作 さらば、わが愛 覇王別妃 1993年 チェン・カイコー
韓国  八月のクリスマス 1998年 ホ・ジノ
日本  七人の侍 1954年 黒澤明

   現存する最古の日本映画「紅葉狩」(1899)から岡田准一主演の「関ヶ原」(2017)まで何でも観ちゃうぞ! ▽「西部戦線異状なし」(1978年CBS)リチャード・トーマス、アーネスト・ボーグナイン。第一次世界大戦中、ドイツの小さな町の学校では戦争の話でもちきりだった。先生は生徒たちの愛国の精神を説き、それにのせられたポールら6人が出征志願する。しかし、現実の戦場はなまやさしいものではなかった・・・・。1930年の映画をリメイクしたエリッヒ・マリア・レマルク原作のドラマ化。主役のリチャード・トーマスは「去年の夏」「朝やけの空」など青春スターだった。▽「日本のいちばん長い日」(1967)原作は大宅壮一。阿南惟幾に三船敏郎、米内光政に山村聡。今年夏にも同名の映画が公開される。原作は半藤一利。阿南に役所広司、米内に柄本明、昭和天皇に本木雅弘、鈴木貫太郎に山崎努。ほか松坂桃季、堤真一らオール男優スターの超大作らしい。▽「陽だまりの彼女」(2013)上野樹里、松本潤。真緒は猫だった…。▽「ナイルの宝石」(1985)マイケル・ダグラス、キャスリーン・ターナー。▽「スフィンクス」(1981)レスリー・アン・ダウン、フランク・ランジェラ、モーリス・ロネ▽「大いなる西部」(1958)グレゴリー・ペック、チャールトン・ヘストン、パール・アイヴス、チャールズ・ビッグフォード▽「富士に立つ影」(1942)阪東妻三郎。幕府は富士の裾野に築城を命じた。牛車合戦はベン・ハーのチャリオット・レースのようで圧巻の迫力がある。▽「滅びのモノクローム」(2003)国仲涼子が若くて可愛い。▽「紙屋悦子の青春」(2004)原田知世、永瀬正敏。▽「薄化粧」(1985)別子銅山の社宅で起きた妻子惨殺事件の犯人の逃亡生活を描く。逃走中に関わった4人の女たち、なかでも藤真利子の官能的な濡れ場がよい。▽「影なき男」(1934)ウィリアム・パウエル、マーナ・ロイ、モーリン・オサリバン。▽「初雪の恋」宮崎あおい、イ・ジュンギ。▽「ポーリンの冒険」(1947)連続活劇の女王パール・ホワイトの伝記。ベティ・ハットンが演じるミュージカル映画。▽「女子ーズ」(2014)山本美月、藤井美菜、桐谷美玲、高畑充希、有村架純。怪人カメムシゲルゲが臭くて戦隊から「うんこ、うんこ」と連呼される▽「ぼっちゃん」(2012)水澤伸吾。▽「学校」(1993)山田洋次監督。西田敏行、田中邦衛、裕木奈江。▽「私の愛した女」(1983)伊藤かずえ、小野寺昭。▽「ホットロード」能年玲奈。▽「江ノ島プリズム」(2013)福士蒼汰、本田翼。▽「ドグラ・マグラ」(1988)夢野久作の小説の映画化。松田洋治、桂枝雀。▽「もらとりあむタマ子」(2013)前田敦子、康すおん。▽「100回泣くこと」(2013)桐谷美玲。▽「love letter」(1995) 中山美穂、豊川悦司、酒井美紀。▽「遺体 明日への十日間」西田敏行。

Marawilson「マチルダ」(1996)マーラ・ウィルソンも28歳になった。▽「グエムル 漢口の怪物」(2006)韓国初のモンスター・ムービー。ソン・ガンホ、ぺ・ドゥナ。怪物に咥えられ連れ去れる少女にコ・アソン。▽「レ・ミゼラブル」(1998)リーアム・ニーソン、ユア・サーマン。▽「ぼくたちの家族」(2013)妻夫木聡、原田美枝子▽「悪い奴ほどよく眠る」(1960)三船敏郎。▽「ハウスメイド」(2010)チョン・ドヨン、イ・ジョンジェ。▽「ジェレミー」(1973)ロビー・ベンソン、グリニス・オコナ―。▽「卒業」(1967)ダスティン・ホフマン、キャサリン・ロス。▽「スーパーマン」(1978)クリストファー・リーヴ、マーロン・ブランド―。▽「海炭市叙景」(2010)熊切和嘉監督 谷村美月。▽「洟をたらした神」(1978)神山征二郎監督 樫山文枝。▽「海のふた」(2015)豊島圭介監督 菊池亜希子。▽「グッド・ストライプス」(2015)菊池亜希子。▽「神様はバリにいる」(2015)堤真一、尾野真千子。▽「一粒の麦」(1958)吉村公三郎監督 菅原謙二。▽「豆大福ものがたり」(2013)菊池亜希子。▽「あの空の果てに星はまたたく」(1962)丘さとみ、水木襄。

▽「サンクタム」(2011)アリスター・グリアソン監督。▽「バンド・ワゴン」(1953)ビンセント・ミネリ監督 フレッド・アステア シド・チャリシ―。▽「サンタモニカの週末」(1967)トニー・カーティス、クラウディア・カルディナーレ、シャロン・テート。▽「トリコロールに燃えて」(2004)シャーリーズ・セロン、ペネロペ・クルス、スチュアート・ダウンゼント。▽「スタンド・バイ・ミー」(1986)ロブ・ライナー監督 ウィル・ウィートン、リバー・フェニックス、コリ―・フェルドマン。▽「合衆国最後の日」(1977)バート・ランカスター、リチャード・ウィドマーク。▽「スカイフォール」(2012)ダニエル・クレーグ007が好きになってきた。▽「ハミングバード」(2013)ジェイソン・ステイサム。▽「存在の耐えられない軽さ」(1988)ダニエル・デイ・ルイス、ジュリエット・ビノシュ。▽「ツイン・ピークス 劇場版」(1992) カイル・マクラクラン。▽「ストックホルムでワルツを」(2013)スウェーデンのジャズ歌手モニカ・ゼタールンドの伝記映画。▽「江南ブルース」(2015) イ・ミンホ、キム・レウォン。▽「ムーンライト」(2016)。

   「金融腐蝕列島」(1997)役所広司、椎名桔平▽「暁の挑戦」(1971)幻の映画といわれる川崎市の誕生期を描いた実録もの。中村錦之助、渡哲也、若林豪、財津一郎など出演。大正14年に実際に起こった鶴見騒擾事件をもとにフィクションを加えている。▽「カラスの親指」阿部寛、石原さとみなど主演の詐欺師の話。ブレイク前の能年玲奈やピコ太郎が出演しているのも面白い。▽「石榴坂の仇討」(2014)中井喜一、阿部寛。

雑学研究室 第9集

Trivia_2 洋菓子の定番シュークリーム。フランス語「シュ」と英語の「クリーム」からなる和製外来語。「シュ」とはキャベツのこと。寺田寅彦の随筆では「ミルクの入ったおまんじゅう」とある。▽谷崎潤一郎と文楽とはいかにも似合いそうだが、実は徹底的に嫌っていた。「これから育っていく人々に、ああいう芸術が日本の誇りであり、国粋的であるなどと思わせてはならない」と述べている。

Gakuseiace_2079 ▽応援団などが着る丈の長い詰襟の学生服「学らん」。江戸時代、洋服を「蘭服」と呼び、「らん」はオランダの意味。▽1241年、ヨーロッパに侵入したモンゴル軍とポーランド・ドイツ連合軍との戦いをリーグニッツの戦という。リーグニッツは南西部シュレジェンの都市。その古戦場は今ワールシュタットという。ドイツ語で「死体の山」を意味する。

Spb6a_2萌え袖。衣服の袖が長過ぎて、手の甲の一部を隠して指先だけが出ている状態のこと。マンガやアニメでよく見られる萌え仕草の1つ。▽手塚治虫は「チョコレートがないと僕は描けません」というほどの好物。▽ハンガリーでは肥満防止を目的にスナック菓子に税が課せられ、「ポテト・チップス税」が導入されている。▽ロールケーキのことを英語で「スイスロール」と言う。02_tエイプリル・フールの習慣は16世紀頃からフランスで始まったらしい。ポワソン・ダブリル(4月の魚)というのは、この時期だれでも簡単にサバが釣れ、サバを贈られた人を「4月の魚」と呼ばれるようになった。また魚をかたどった鯛のムースや魚の形をしたマカロンやチョコレートなどのお菓子を食べる。▽名古屋名物「鬼饅頭」。餡と角切りのさつま芋が混じっている。(知らないでもいい雑学集、お菓子、無用の雑学知識集、雑学ブログ)

土用の丑の日

土用うし 夫婦二人で鰻一尾

   今日は「土用の丑の日」。全国的にウナギを食べる日とされているけど、なぜこの日に鰻を食べるのか、その由来を調べることは雑学研究の基本中の基本といえる。 そもそも天然ものの鰻は初冬が旬である。そして土用といえば、夏のことと思われがちだが、実は年に4回ある。もともとは古代中国の五行説からきたもので、宇宙は木火土金水の五元素から成ると考えられていた。そして、立春、立夏、立秋、立冬のそれぞれ前の18日もしくは19日間を土用といった。つまり季節の変わり目で、土の働きが旺盛になる期間と考えたのであろう。しかし、今日では俳句の季語でも夏であるように、土用といえば夏の土用を指すのが一般的である。今年の土用の丑の日は7月30日に当たる。

    ところで、土用にウナギを食べる習慣は、奈良時代からある。『万葉集』の中で大伴家持が吉田石麿という老人がいくら飯を食べてもやせているのを見て、夏やせにウナギがいいよ、とからかっている歌がある。

石麻呂に吾れもの申す。夏痩せによしといふものぞ むなぎとり召せ   (いつも痩せている石麻呂君よ、夏痩せに良いという鰻でも食べたらどうかね)

   だが江戸時代、夏場に鰻が売れずに困っていた。ある鰻屋が蘭学者の平賀源内に相談し、源内は、さきの大伴家持の歌を思い出し、土用の丑の日にウナギを食えば夏痩せを防ぐことができるという意味から「今日は丑の日」という看板を書いて与えたところ、たちまち広く言い伝えられウナギ屋は大繁昌した。そこで、江戸中のウナギ屋も「今日は丑の日」の看板を掲げたという。こうして「土用の丑の日には鰻」という風習が定着していったといわれる。   地方によっては、丑の日にちなんで、ウのつく食物をとると暑気にあてられないといい、うどん、うり、牛肉などを食べるところもある。

雑学研究室 第8集

Trivia_3  国宝は鹿苑寺金閣でなく慈照寺銀閣▽全国の市の中で最も人口が少ないのは北海道空知地方にある歌志内市で人口3489人(2017年3月31日現在)▽豊臣秀頼の娘奈阿姫は大坂城落城のとき助命され、鎌倉の東慶寺で尼僧として暮らした▽ナポレオンは猫が嫌いで子猫を見ても冷や汗をかいて震えがとまらなかった589092 ▽「バナちゃん節」の節回しは「軍隊のぞき節」に似ている。バナナの叩き売りは大正時代初期、福岡県門司港で行われたのがはじまり。門司港にはバナナの叩き売り発祥地碑がある。▽山口百恵引退コンサートで使用されたラスト・マイクは渡哲也が所有者である▽演歌界の大御所、北島三郎は高校在学中にNHKのど自慢に出場するも鐘2つだった。▽日本人初のプロレスラーはソラキチ・マツダ(1862年生れ)序二段の力士だったが、1883年渡米し、翌年プロレスラーとしてデビューした。▽操船のときの合図「おもかじ」「とりかじ」は方位を示す十二支に由来する。

4934761351445_02_400 ▽ヤギの背中の部分の毛は柔らかくて細光峰(さいこうほう)と呼ばれる毛筆・ブラシの高級品。▽コーヒールンバといえば西田佐知子や井上陽水でお馴染みの曲。実はルンバではなく、オルキデーアというリズムだった▽万有引力の法則は、ニュートンだけでなくフックも発見していたようで、フックが先に死ぬと王立協会会長になったニュートンはフックの業績を破棄してしまった▽化粧品の原料として知られるヒアルロン酸は1934年に米国コロンビア大学教授のカール・マイヤーらによって、牛の眼球の硝子体から発見された▽映画「愛染かつら」(1938)は前編・後編ともフィルムが完全な形で存在せず、総集編たけが残っている。▽むかし紅白歌合戦の司会をした加山雄三が白組トップバッター少年隊の曲紹介を「初出場。少年隊、仮面ライダー(正しくは仮面舞踏会)」と失言。家族審査員の広島の一少年が「加山さんの仮面ライダーはポイントが高い」と評していた。(知らなくてもいい雑学,無用の雑学知識集、雑学ブログ)

雑学研究室 第7集

Trivia  和歌山県の白良浜海岸の白い砂はオーストラリアから輸入している。▽エジソンは電気式アイロン、電気扇風機を発明した。▽パチンコのルーツは長い間、アメリカのコリントゲームと言われてきたが、最近はヨーロッパのウォールマシンといわれる。本家である欧米でなぜパチンコが普及しなかったのか謎である。▽シーボルトはアジサイを愛でて、後年に著わした「日本植物誌」に14種のアジサイを紹介している。▽日本の国花はサクラ、国鳥はキジ(1947年に日本鳥学会において選定される)、国蝶はオオムラサキ

152861903 ▽緑色のピーマンが完熟すると赤色になる。▽中森明菜の「少女A」に対抗して、五月みどりは1983年に「熟女B」を発売した。▽元・国連事務総長ウ・タントの「ウ」は敬称で、正しい名前は「タント」。▽日本に初めてピアノを持ち込んだのはシーボルト医師。▽「人生は一歩一歩、死に向かっている」劇詩人コルネイユ。フランス語で「コルネイユ」は「烏」の意味。▽成田空港に設置している大量のガチャは訪日外国人が両替できなくなった小銭で、お土産を買ってもらおうというのが狙い。

 

Imageca1znu33十円硬貨の表裏は、便宜上、年号の記されている面を「裏」、日本国の文字と平等院鳳凰堂の図案と硬貨の金額が漢数字で刻まれている面を「表」としている。▽徳川慶喜は明治天皇より長生きしている。▽永井荷風は若いころ、落語家朝寝坊むらくに弟子入りし、夢之助と名乗って高座に出たことがある。▽銀行取締役の首席を「頭取」というが名称の由来は歌舞伎らしい。▽気象庁を管轄するのは国土交通省。

Photo_4 ▽上田敏の「海潮音」が出版されたのは明治38年のこと。西洋詩の翻訳として、一世を風靡した。この訳詩集の題名は法華経からきている。海鳴りの音の響きが人々の胸に浸み入るようにという気持ちが込められている。▽ハヤシライスはカレーライスに比べて、ちょっとマイナーだが、日本にはハヤシライスの方が先に入っている。語源は「ハッシュ」が訛ったとする説が一般的だが、早矢仕有的(はやし・ゆうてき)が考案したという説もある。(無用の雑学知識集、雑学ブログ)

かき氷の日

Photo_2   本日は「かき氷の日」。1933年のこの日にフェーン現象で山梨県で日本最高気温40.8℃を記録したのにちなんで、かき氷を食べるのにふさわしい日として日本かき氷協会が制定した。また七(な)2(ツ)五(ご)で「なつごおり」(夏氷)の語呂合わせも制定の理由づけにされる。

かき氷 泣いてたわが子 もう笑顔

  かき氷は、古くは枕草子にも氷を刃物で削った削り氷に甘葛をかけたものがみえる。明治15年のエドワード・モースの日記にも、かき氷を食べたとある。明治末期から、機械製氷の普及と海水浴場の流行で全国にかき氷屋が現れる。明治42年の夏、石川啄木が東京本郷の2階の窓から外を眺めていると、氷屋の旗が目にとまる。数日前まで一膳飯屋だったのに涼しげな暖簾のかかった氷屋に変わったことに驚いている。(7月25日)

2017年7月24日 (月)

歌謡曲ヒットパレード

Img_01342  ロカビリーの火付け役!!平尾昌晃さんが死去した。歌謡曲とポップスと幅広い音楽を日本に広めた。「星はなんでも知っている」は初めて覚えた歌だった。歌謡曲のタイトルを五十音順に並べると、一番最初に来る歌は何だろう。手元の歌本のインデックスを引くと、最初が「ああ青森」(平川幸夫)で、最後は「ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー」(日野てる子)だった。調べれば他にあるだろう。パティ・ペイジの「The Doggie In The Window」(1952)を桜田淳子がアルバム「淳子と花物語」(1974)の中で「ワンワン・ワルツ」というタイトルで日本語カバーしている。

   最近の石川さゆりの新曲が「あぁ・・・あんた」(吉幾三作曲)。カラオケで曲をさがすとき、いちばん最初に見つけられるようにということらしい。

テレビの歌番組。氷川きよし、山内恵介、三山ひろし、福田こうへい、市川由紀乃、丘みどり、川野夏美、森山愛子、西田あい、クリス・ハートらが常連歌手たち。最近の歌手は演歌からポップスまで幅広く歌える。名曲やヒット曲ではなく、ふつうの流行歌が聞きたい。

春雨  村下孝蔵

夜空の笛 守屋浩

つまさき坂  永井龍雲

風色ロマンス 伊藤敏博

春の風が吹いていたら 四角佳子

涙をたばねて 小川範子

明日も愛して下さいますか 桜田淳子

あなたと生きる 石原詢子

selfish      前田敦子

そよ風の誘惑  石川ひとみ

街角セピア色 三東ルシア 1976

時計をとめて  草間ルミ

私のキライなもの フラワー・メグ

いつかある日  中沢厚子

春の雨はやさしいはずなのに 朝倉理恵

この空が味方なら 裕木奈江

7月の雨なら 西脇唯

誰よりも好きなのに 古内東子

想いで迷子 テレサ・テン

明日を忘れて ミッチ・サハラ 1966

ドミニク ザ・ピーナッツ 1964

ボーイ・ハント 千秋恵子 1961

カモン・ダンス 弘田三枝子 1962

砂に消えた涙 伊藤アイコ  1965

雑学研究室 第6集

   自然現象から人間の活動、文化・芸術・科学ほか日常生活まで、ありとあらゆる事柄について調査研究する雑学系ブログ。

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 1970年12月15日オランダのハーグで「飛行機の不法な奪取の防止に関する条約」通称ハイジャック防止条約が締結された。この「ハイジャック」の語源は、西部開拓時代に強盗が「ハーイ、ジャック君」と呼びかけて機関士を脅したことからきている。▽ダンカンの息子の名前は「甲子園」。▽衣笠祥雄の愛称「鉄人」というのは背番号が「28」だから。▽イチローのプロ入り初ホームランは1993年6月22日、野茂英雄投手より放っている。▽キャンディーズ「春一番」の作曲家、穂口雄右の奥様は歌手の神田広美。▽便所を「雪隠」というのは、中国浙江省の雪隠寺の雪宝和尚が便所掃除が好きだったから。▽世界の国の政体。アメリカ合衆国は大統領制、イギリスは立憲葷酒・議院内閣制。では日本は?天皇の国事行為をどうとらえるかで意見がわかれる。立憲君主制説と共和制説がある。▽スイスにはスイス語というものはない。▽相撲甚句。「じんく」の語源は、江戸中期(宝永)に流行した盆踊歌のなかの「甚九節」(長崎の商人海老屋甚九郎のこと)が越後に伝わって「越後甚句」になったといわれる。▽ドライアイス(固体二酸化炭素)は1925年米国ドライアイス社が商標登録した商品名である。▽アメリカの能率学者フランク・ギルブレスは「1ダースなら安くなる」を実践して、12人の子供をもうけた。▽江戸初期の陶工、野々村仁清は、作品に銘印を入れることを最初にした人である。▽チーチャックとはセルビア語で「ゴボウ」のこと。セルビアではゴボウを煎じたお茶が好まれる。▽「男女の三角関係のもつれ」三角関係という言葉は森鷗外の訳語▽青木光一「柿の木坂の家」東京目黒のマンションではない。特定の地名ではなく、田舎によくある柿の木のある風景である。

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思い違い、勘違い大全集

Photo_3 人の名前や言葉を、間違って覚えてしまうことがある。思い違いで、何十年もずっと思い込んでいることがあるから可笑しい。長嶋茂雄引退の名スピーチ「巨人軍は永久に不滅です」。多くの人は「永遠に」とすり替えて記憶している。寺山修司が勘違いして書いたため、「永遠に」のほうが広まってしまった。▽「ランゲルハンス島」とは島の名ではなく、膵臓に散在する細胞の1つ。村上春樹のエッセーに「ランゲルハンス島の午後」という一編がある。生物の教科書に出てくるこの名に魅かれ、空想上の理想郷のような感じがしてくる。▽「蚤の市」ノミのことを英語でfleaという。発音は「フリー」だが、freeと勘違いしている人がいる。▽大島紬の産地は奄美大島(鹿児島県)。あんこ椿の伊豆大島と間違える。▽京都の東寺に伝えられた古文書、東寺百合文書(とうじひゃくごうもんじょ)。「ゆりぶんしょ」と読み間違い。▽「康範詩集」川内康範の詩集ではない。宋の汪晫の詩集。▽「さよなら」などのヒット曲で知られるオフコース。バンド名は草野球チームに由来するらしい。ところが「off course」と「f」が2つあるので、「もちろん」の意味ではなく「道を外れる」ということ。小田和正が建築から音楽の道に進んだことを含んでいるらしい。▽「マスクメロン」マスクとは「仮面」の意味ではなく、麝香のようないい香りがするという意味。▽×武蔵の森総合スポーツプラザ○武蔵野の森総合スポーツプラザ

   漢字の誤読もよくある。御用達を「ゴヨウタツ」、順風満帆を「ジュンプウマンポ」、キキイッパツを「危機一発」と、大人になっても思い込んでいる人がいる。正しくは「ゴヨウタシ」、「ジュンプウマンパン」、「危機一髪」。▽乳幼児の病気「川崎病」をずっと神奈川県川崎市の公害病の一種と思い込んでいたが、実は発見者の川崎富作にちなんだ病名である。▽「おばけのQ太郎」における名脇役ラーメン大好き「小池さん」のモデルはアップダウンクイズの司会者小池清だと思い込んでいた。正しくはアニメイターの鈴木伸一である。

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    小池清            鈴木伸一

Photo_3  中居正広は元AKBの河西智美を「かわにし」と呼んでいた。正しくは「かさいともみ」。▽和歌山県の有田みかん。「ありだ」と濁って発音するのが正しい。▽「焼け木杭に火がつく」を「焼けぼっ栗に火がつく」と思っている人がいる。▽青森県五所川原の十三湖(じゅうさんこ)。民謡「十三の砂山」は「とさのすなやま」。中世都市遺跡「十三湊遺跡」は「とさみなといせき」。▽インディラ・ガンディーはマハトマ・ガンディーの娘ではなく、ネルーの娘。▽俳優の筒井道隆を小説家、筒井康隆の息子だと思っている人がいるが、名前が似ているだけで親戚でも何でもない。▽「板垣死すとも自由は死なず」岐阜の板垣遭難事件は有名であるが、このとき板垣は死なず、本当に亡くなったのは事件から37年のちのことである。▽京都市左京区一乗寺にある金福寺。「きんぷくじ」ではなく、「こんぷくじ」が正しい。▽アメリカ合衆国の国歌を「星条旗よ永遠なれ」だと思っている人がいる。スーザの曲は国の公式行進曲。アメリカの国歌はジョン・スタッフォード・スミス作曲の「星条旗」。▽シェリーの詩「西風に寄せる歌」。有名な一節「冬来たりなば春遠からじ」と訳した人を上田敏と思っている人がいる。本当は木村毅(きむらたけし)である。▽向田邦子のエッセイ「眠る盃」。タイトルは「荒城の月」の「めぐる盃かげさして」の一節を「眠る盃」と誤って覚えた少女時代の回想。▽木村拓哉はクイズ番組で「シザーサラダ」と回答。正しくは「シーザー・サラダ」Caesar salad。シザーサラダだと「ハサミ入りサラダ」という意味になる。ロメイン・レタス、クルトン、パルメザンチーズをオリーヴオイル、ニンニク、レモン、アンチョビーのドレッシングで和えたサラダ。古代ローマのシーザーとは無関係。メキシコのティワナにあるシーザーズという名前のレストランで考案されたから。▽ブランデ―のナポレオン。特定銘柄の酒ではなく、熟成年を指す記号。▽「少年老い易く学成り難し」朱熹の作ではなく、日本の室町時代の禅僧・観中中諦の作である。

雑学研究室 第5集

Trivia   奈良公園の鹿に餌として与えるシカせんべい。その歴史は古く、江戸時代からあった。▽江戸川乱歩がエドガー・アラン・ポーのもじりであることはよく知られているか、花登筐がイギリスの劇作家バーナード・ショウに由来することはあまり知られていない。▽戦時中に発売された高峰秀子の「森の水車」、歌詞の中にあるファミレドシドレミファが敵性語だというので発売禁止となった。国民学校ではドレミファソラシドはハニホへトイロハと教えていた。▽は地球から少しずつ離れている。

Com0669aキノコ切手の図案は日本ではたった1種類しか発行されていない。1974年の「国際食用きのこ会議記念」のシイタケ図案のみ。▽ヒゲの伸び方は温度に左右されるので、冬より夏がよく伸びる。また夜よりも昼のほうがよく伸びる。▽かつらがヨーロッパで普及したのは、フランスのルイ13世が若ハゲだったので、ライオンのたて髪のようなかつらを使用したからである。▽ロックバンド「Superfly」は越智志帆、多保孝一ら数人のメンバーで2003年に結成されたが、現在は越智1人である。

1274940321_2 ▽将棋の「王将」と「玉将」の駒。対局のときは上位者が「王将」をもつ。▽作家のジェリー・シーゲルと漫画家のジョー・シャスターはダグラス・フェアバンクスの映画「ロビン・フッド」を見て「スーパーマン」を思いついた。▽飛行機を発明したライト兄弟は5人兄弟だった。▽お釈迦様は食中毒で亡くなった。▽ペリーが浦賀に来航。この時、2本の白旗が贈られた。手紙には「降伏するときはこの白旗を押したてよ。そうすればアメリカは砲撃をやめる」と書かれていた。日本は古来より源氏の白旗、平家の赤旗というサインは知っているが、国際社会の掟はペリーによって初めて知らされた。▽「ミネソタの卵売り」の暁テル子は、その前年に「リオのポポ売り」「チロルのミルク売り」をリリースしている。

B7c8c2d3a5e1a1bca5ebccb5cec1c1eac3c ▽中国語で「手机」とは携帯電話のこと。簡体字「机」は繁体字では「機」なので本当は「手機」。▽マフィアということばは、虚栄、自慢を意味するアラビア語mahyahからイタリア・シチリア島で方言化したとされる。19世紀初めナポレオン王室がこの島に逃げ込んだことが起源とされる。▽世界最古の鋳造貨幣は紀元前7世紀にメディア王国で作られたエレクトロン貨といわれている、自然金に刻印した貨幣である。▽40年間にわたる女性遍歴のあるカサノヴァはその著書「回想録」全12巻で一代の漁色家として知られる。だが意外にも若い頃は医学や法律を学び、化学や歴史、哲学などにも明るく、舞踏、剣術、馬術、トランプなども得意であった。常に真面目な思想家とみなされたいという野心をいだいていた彼は、歴史書と哲学書を何冊も著わしているが、いずれも読むに堪えないものであった。▽「山のあなた」で知られる詩人カール・ブッセはドイツではほとんど無名に近い。▽英語で、単にヨット(yacht)と言えば、「大型で豪華な遊行船」のことである。それは英国王室の非軍用船であったことに由来する。ちなみに小型の帆船は、sailboat。▽鹿児島の市立ラ・サール高等学校卒業のラサール石井。ラ・サール会は世界中に1080余の学校を経営する。1684年フランスでラ・サールが創設した。▽歴代内閣総理大臣でいちばん背が高いのは大隈重信で180cm。(無用の雑学知識、雑学ブログ)

雑学研究室 第4集

Photo_2    カスピ海の面積は37 万平方キロで、日本とほぼ同じ。▽日本最古の本屋は京都にある永田文昌堂。慶長年間の創業。▽中国映画「曹操暗殺 三国志外伝」(2012) 原題は「銅雀臺」。玉木宏によく似た俳優がいるものだと思っていたら、なんとご本人だった。びっくりぽん。▽トナカイ tunakkyはアイヌ語。英語ではレインディアreindeerという。▽ダニエル・ビダルの「オー・シャンゼリゼ」はいかにもフランス的イメージのある曲だが、原曲はイギリスのジェイソン・クレストの「ウォータールー・ロード」(1968)というグループが歌ったロックである。往年の名作映画「哀愁」で知られるウォータールー・ブリッジのすぐ近くにある通りを、パリの目抜き通りに置き換えたというわけ。▽1990年、ソユーズに搭乗した秋山豊寛は毛利衛より先に日本人初の宇宙飛行士となった。▽太平洋にあるミッドウェー諸島はサンド島、スピット島、イースタン島の3つの島からなるが、人が居住するのはサンド島のみで数十人である。

20120414_2341040▽鹿児島市には桜島の火山灰を捨てるための「克灰袋」というゴミ袋が各家庭に配布される。▽未知数をXとして最初に表わしたのはフランスの数学者デカルト。▽カレーライスにジャガイモを入れるのを考えたのは、札幌農学校のクラーク博士である。▽ミニトマトは航空機の中で食べる「機内食」用として少量栽培されていた。昭和50年代後半頃からスーパーでも販売され家庭で食べるようになった。▽1ノットは時速何キロ?1ノットは1海里で時速1.852km。昔、船舶の速さを測定するのに編ひもを用いていたころ。測るめやすとしてつけていた結び目(ノット)からきている。▽東京都八王子市。紅葉の名所と演歌界の大御所、北島三郎の豪邸がある。▽リュウゼツランはテキーラの原料となる植物だが、葉から取れる繊維は製紙の原料や船舶の係留用のロープになる。▽ドイツの医師カール・アドルフ・フォン・バセドーは1840年眼球突出を伴う甲状腺腫を報告したので、その名に因んで「バセドー病」というが、実はバセドーより早くアイルランドの医師グレーブスが報告している。▽南太平洋に浮かぶ無人島ヘンダーソン島は、今でも原始のままの自然が保存されており、1988年に世界遺産の自然遺産に登録された。(▽参考;「知識がひろがる!おもしろ雑学1200」メイツ出版、2013年)

 

雑学研究室 第3集

Trivia やくみつる「雑学の威力」(小学館新書)博識の漫画家であり、最強のクイズ王である著者が、雑学の威力を伝授する。雑学を身につけ、それを正しく使うことができれば人生が好転する!

 優雅で上品な雰囲気が漂うモーツァルトの曲に「俺の尻をなめろ」という変な題の曲がある。▽1958年から1976年にかけて起きたアイスランドとイギリスとの漁業紛争を、Cold War(冷戦)をもじって、Cod War(タラ戦争)という。▽松本明子はスター誕生決勝大会で、本田美奈子や徳永英明を抑えて優勝している。▽漫才師ヒロシの芸名はアナウンサー生島ヒロシに由来する。たまたま家にあった雑誌の表紙に生島が写っていた。▽「3年目の浮気」ヒロシ&キーボーには「5年目の破局」という曲がある。▽マギー司郎の「マギー」とはドイツ語magieで「魔法の」「不思議な」の意味。▽タヌキの置物で知られる信楽焼は古くは奈良時代にまでさかのぼることができる。▽「だんだん」とは島根・出雲地方の方言で「ありがとう」の意。▽「あまちゃん」に出演している女優・伊勢志摩は三重県ではなく岩手県の出身である。▽ペギー葉山が歌って大ヒットした「南国土佐を後にして」は最初、丘京子が歌った。▽プラモデル生産日本一は静岡県。▽太宰治の故郷として有名な金木町は、津軽三味線の誕生地でもある。▽三国志に孔子の20代目の子孫、孔融がいる。後漢の忠臣のひとりだが、曹操に斬罪される。▽タヒチ島で有名なゴーギャンだが、死亡したのはタヒチから1300㎞離れたマルキーズ諸島である。C5b2427bs ▽1951年好感度タレント。三船敏郎、佐田啓二、乙羽信子、岡晴夫、川路龍子。川路は松竹歌劇団の男役スター。戦争で若い男性が不足していたので男装の麗人が流行ったから。▽アグネス・チャンは6人兄弟。3姉妹の末っ子。アグネス・ラムは4姉妹の末っ子。▽1966年ビートルズ来日公演。そのときの前座はブルー・コメッツとザ・ドリフターズだった。▽デビュー時の中森明菜のキャッチフレーズは「ちょっとエッチな美新人娘(み・ルーキー・っこ)」▽史劇「ナポレオン」(1831)などで有名なドイツの天才的劇作家クリスチャン・ディートリッヒ・グラッベ(1801-1836)。飲酒癖と結婚の失敗が因となって窮乏のうちに病死した。グラッベの名言「女は深く見るが、男は遠くを見る。男にとっては世界が自分で、女にとっては自分が世界」▽三陸海岸の宮古以北は隆起海岸であるため、厳密に言えば沈降が条件となるリアス式海岸ではない。▽ルリユール reliure 製本。特に、職人が手作業でつくる、工芸品としての装丁やその技術のこと。フランス語。(Christan Dietrich Grabbe,Napoleon oder die Hundert Tage、雑学ブログ)

河童忌

20121022_62236_t河童忌や書架の全集墓碑のごと
           (鈴木まさゑ)

    1927年のこの日、芥川龍之介は田端の自室で服毒自殺をする。遺書として久米正雄に托した手紙の中で、動機について「少なくとも僕の場合は唯ぼんやりとした不安である」と記している。享年35歳。稀代の鬼才の短すぎる生涯であった。彼の死後、文藝春秋社主の菊池寛が新人文学賞「芥川賞」を設けた。芥川賞と直木賞は現在も続いている。最新の芥川賞作品は沼田真佑「影の裏」。

3620     芥川の墓は東京都豊島区の慈眼寺にある。本人の遺言によって墓石は愛用していた座布団と同じ形と寸法で作られている。(7月24日)

2017年7月23日 (日)

雑学研究室 第2集

Trivia_2  日本の昔話「桃太郎」はインドの「ラーマーヤナ」の影響を受けている。▽吉田茂は犬が好きで最初の2匹は「サン」と「フラン」でその間に産まれた子犬には「シスコ」と名づけた。▽SB食品は太陽(サン)と鳥(バード)の頭文字の略称。▽宮澤喜一以降13人の総理大臣には東大卒はいない。▽日本で初めてミシンを使ったのは天璋院篤姫である。▽シェークスピアは18歳のとき8歳年上の女性とできちゃった婚している。▽渡辺百合子は田部井淳子と共にエベレスト登頂に成功している。▽も睡眠する。▽デレク・クレイトンは福岡マラソンで初めて2時間10分の壁を破った。▽猥褻な映画をブルーフィルムというのは、アメリカの売春婦のドレスの色がブルーだったからだ。▽チャップリンが最初日本で登場したときは、歩き方が酔っ払いのようだったので、「アルコール先生」という名前がタイトルに付けられた。

Saved_quote_image_129555▽「ちゃぶ台返し」といえば星一徹だが、漫画・アニメの全編を通じて1度も卓袱台をひっくり返したシーンはない。同時期「寺内貫太郎一家」で貫太郎が卓袱台をひっくり返すシーンが繰り返し放送されたので、両者が混同されて記憶されてしまった。▽赤穂義士討入りの日は雪は降っておらず、山鹿流陣太鼓は打ち鳴らされなかった。▽日本で初めて黒板を使って教えたのは米国人英語教師マリオン・スコット。▽ハワード・ホークスはヘミングウェイに「君の作品で最も駄作と思われる小説を原作にして傑作映画をつくる」と言って「脱出」(1944)を作った。▽風景画家シスレーはロンドンのナショナル・ギャラリーでホッベマの「ミッデルハルニスの並木道」に感銘を受けた。▽ジョン・バニヤンは獄中で「天路歴程」を著した。▽ノーベル平和賞に最もふさわしい人物と思えるガンジーは、何度もノミネートされたが受賞されなかった。▽加熱しないで水で抽出するウォータードリップ式のコーヒーは、オランダ(ダッチ)人が、当時統治下にあった東インドで考案したものといわれ、ダッチコーヒーとも呼ばれる。▽今日の世界的な用語コーヒーcoffeeやカフェcafeなどはトルコ語から転訛したもので、トルコへはアラビア語のカフワqahwaから移されたものである。▽東京の下町を舞台にした映画「ALWAYS三丁目の夕日'64」のロケ地(凡天堂病院)は関西の尼崎だった。▽19世紀初め、ドイツのF・ヤーンがドイツ体操を起こし、青年に心身鍛錬を奨励したのは対仏ナポレオン支配からドイツを解放すめためだった。▽王貞治が通算868号の本塁打を記録した記念のバットは徳光和夫が所有している。▽長野県松本市は日本一多く自治体と隣接しており、その総数は14市町村である。

Photo_11▽岐阜県高山市は日本で一番面積が広い市である。▽「日本の三大ブスの産地」は一般に「名古屋、水戸、仙台」ということになっている。▽通算400本塁打以上で打者三冠タイトルの獲得がないのは清原和博だけである。▽ザ・ドリフターズはビートルズの日本公演で前座を務め、「Long Tell Sally」を演奏した。▽ベートーヴェンは生涯独身だったが、死後ラブレターが発見された。いわゆる「不滅の恋人」はアントニア・ブレンターノとの説が有力である。彼女は当時すでに人妻で4児の母であった。▽ジョン・ウェインには7人の子どもがいたが、うち6人は映画俳優となった。最も有名なのはパトリック・ウェインであるが、いずれも大した活躍はしなかった。(無用の雑学知識集、雑学ブログ)

支那学文献目録

09271610_542662d9b20a1  19世紀後半から中国や日本で「支那」という言葉が使われていたが、現在では使われない。一般的には「支那」を差別語と考える人が多いが、歴史的に語源を調べるとかなり古い言葉で、玄奘の「慈恩伝」の中にも使われており、成立時は差別的な意味は含まれない。英語の「チャイナ」や「ラ・シーヌ」(仏語)、「ヒーナ」(独語)、「ラ・チーナ」(伊語)、「チナ」(西語)、「シーナ」(オランダ語、ポルトガル語)もみな秦の音の訛りで、古代インド、ギリシア・ローマと伝わったものである。日本語の「支那」も本来は一般的な呼称であったが、戦時中に蔑称として用いられた歴史があり、現在は使われていない。近年、石原慎太郎が「中国をシナと呼ぼう」と会見でシナを連発したが、中国ネットで非難が集中したことは記憶に新しい。ここでは書誌学的研究の立場から、タイトルに「支那」を含む図書を集める。ちなみに「中国」という語はすでに戦前からすでに使用されていた。ことがある。実例として、「近世中国史」風間阜1937年、「中国文化界人物総鑑」橋川時雄1940年など

支那総説 1~6 金子弥兵衛、中島精一 中近堂 1883
支那地誌 総体部 下村修介編 参謀本部編纂課編輯出版 1887
支那教学史略 2冊 狩野良知 吉川半七 1891
支那地誌 巻15上 満州部 参謀本部編纂課編輯出版 1893
支那地誌 巻15下 蒙古部 参謀本部編纂課編輯出版 1893
支那地理書 高島天淵編 1900 
支那探検録 新正 宮内猪三郎 1900
支那大文学史 古代篇1 児島献吉郎 冨山房 1909 
近世支那十講 稲葉君山 金尾文淵堂 1916
支那古田制の研究 法律学経済学研究叢書17 加藤繁 京都法学会 1916
支那 消夏漫筆 中山成太郎編訳 有斐閣 1916
支那制度及社会概要 支那研究叢書9 東亜実進社 1917
支那の交通 支那研究叢書7 東亜実進社編 同社 1917
支那古代史 ヒルト 三省堂 1918
支那教育状況一斑 朝鮮総督府編 京城朝鮮総督府 1919
近代支那史 稲葉岩吉 大阪屋 1920
支那唐代の服飾 原田淑人 丸善 1921
支那法制史研究 東川徳治 有斐閣 1924
支那古代史論 東洋文庫論叢5 飯島忠夫 東洋文庫 1925
支那西教史考 グスターフ・コル 鈴木哲 伊山堂 1925
近代支那史 矢野仁一 弘文堂 1926
支那学文叢薮 狩野直喜 京都・弘文堂 1927
支那語中の西洋語 近世支那伝来西洋語漢字音訳語彙 東亜研究講座20  中山久四郎 東亜研究会 1928
支那歴史研究 小川琢治 弘文堂書房 1928
支那古代史 フリードリッヒ・ヒルト 西山栄久訳補 丙午出版社 1929
支那歴史研究 続 小川琢治 弘文堂書房 1929
支那歴代年表 中村久四郎 山根倬三 中文館 1929
支那(小説) 前田河広一郎 改造社 1930
支那暦法起源考 飯島忠夫 岡書院 1930
支那学文献の解題と其研究法 武田熙 大同館 1931
支那古代社会史論 郭沫若 藤枝丈夫訳 内外社 1931
支那古代史と天文学 飯島忠夫 恒星社 1931
支那の排日侮日に就て 陸軍省調査課 1931
一九三〇年支那年史 長野朗 支那問題研究所 1931
支那 少年少女世界地理文庫1 西亀正夫 厚生閣 1932
支那の国民性 大谷光瑞 大乗社支部 1932
支那の排日運動 波多野乾一 東亜研究会 1932
支那の建築と芸術 関野貞 岩波書店 1933
支那歴史地理研究 正集 小川琢治 弘文堂書房 1933
古代支那人の民間信仰 岩波講座東洋思潮10  白鳥清 岩波書店 1935
支那農業経済の諸問題 田中忠夫 学芸社 1935
支那の農業と工業 R・H・トーネイ著 浦松佐美太郎・牛場友彦訳 岩波書店 1935
支那の抗日記録 日支の不幸 姫野徳一 日支問題研究会 1936
現代支那批判 尾崎秀実 中央公論社 1938
支那古代の祭礼と歌謡 マーセル・グラネー著 内田智雄訳 弘文堂 1938
支那古代社会研究 郭沫若 藤枝丈夫訳 東学社 1935
支那新聞の読み方 入江啓四郎 タイムス出版社 1935
支那游記 室伏高信 日本評論社 1935
古代支那及印度 東洋文化史大系1 新光社 1937
支那語手引と会話早わかり 甲斐靖 駸々堂 1937
現代支那人物論 吉岡文六 時潮社 1938
最新支那常識読本 山口梧郎 テンセン社 1938
支那の歴史 少年史伝叢書 塚田忠泰 大同館 1938
支那歴史研究法 梁啓超 小長谷達吉訳 改造社 1938
現代支那人名辞典 大陸文化研究所編 泰山房 1939
支那社会構成 秋沢修二 白揚社 1939
支那地方自治発達史 和田清編 中華民国法制研究会 1939
支那社会の科学的研究 岩波新書 ウィットフォーゲル 岩波書店 1939
支那の農民生活 費孝通 生活社 1939
支那游記 改造社文庫 芥川龍之介 改造社 1939
現代支那史 全6巻 グスタフ・アマン著 高山洋吉訳 育生社 1939-1940
現代支那思想史 梁漱冥著 神谷正男訳 生活社 1940
現代支那史 教養文庫 小竹文夫 弘文堂 1940 
支那教育史 支那文化叢書 上下 任時先著 山崎達夫訳 人文閣 1940
支那基督教史 東亜叢書 比屋根安定 生活社 1940
支那社会政治思想史 上 呂振羽 原勝・角田次郎訳 日本青年外交協会 1940
支那宗教思想史 王治心著 冨田鎮彦訳 大東出版社 1940
支那精神 世界精神史講座2 諸橋轍次ほか 理想社 1940
支那政治思想史 支那文化史大系2 楊幼烱著 村田攷郎訳 大東出版社 1940
支那政党史 楊幼烱著 森山喬訳 日光書院 1940
支那タングステン鉱誌 支那経済資料  江西地質鉱業調査所編 生活社 1940
支那地理大系 自然環境編 渡辺光編著 日本評論社 1940
支那の鉱床及鉱業 ウィリアム・コリンス著 西村雄三訳 白揚社 1940
支那農業経済論 上 天野元之助 改造社 1940
支那法制史研究 瀧川政次郎 有斐閣 1940
支那歴史地理研究 続集 小川琢治 弘文堂書房 1940烔
概説支那仏教史 道端良秀 法蔵館 1941
支那古代生活史 内野熊一郎 清水書店 1941
支那探訪 緒方昇 東京日日新聞社 1941
支那古代哲学史 慿友蘭 柿村峻訳 冨山房 1942
支那社会経済史研究 玉井是博 岩波書店 1942
支那中世の軍閥 日野開三郎 三省堂 1942
支那の農業経済 田辺勝正 日本評論社 1942
近代支那に於ける宗教結社の研究 酒井忠夫 東亜研究所 1943
古代支那研究 小島祐馬 弘文堂書房 1943
支那学論攷 石浜純太郎 全国書房 1943
支那基督教の研究 1・2 佐伯好郎 春秋社松柏館 1943
支那古代暦法史研究 東洋文庫論叢29  橋本増吉 東洋文庫 1943
支那上代思想研究 出石誠彦 藤井書店 1943
支那歴代風俗事物考 秋田成明訳 大雅堂 1943
古代支那志史要 岡崎文夫 弘文堂 1944
支那学の問題 吉川幸次郎 筑摩書房 1944
支那貨幣考 穂積文雄 京都印書館 1944
支那基督教の研究 3 佐伯好郎 春秋社松柏館 1944
支那数学史概説 藪内清 山口書店 1944
支那古代暦法史研究 橋本増吉 東洋書林 1982
支那古代史と天文学 飯島忠夫 第一書房 1982
支那古代史論 飯島忠夫 第一書房 1980
支那古代の祭礼と歌謡 マーセル・グラネー 内田智雄訳 清水弘文堂書房 1967
支那古代の社会思想 岩波講座東洋思想3 小島祐馬 岩波書店 1936
支那語通解 馬場春吉 岡崎屋 1939
支那史概説 上 岡崎文夫 弘文堂書房 1935
支那思想研究 橘樸 日本評論社 1936
支那思想の展開 1 高田眞治 弘道館 1946
支那思想のフランス西漸 後藤末雄 第一書房 1933
支那思想発達史 遠藤隆吉 冨山房 1904
支那思想仏教思想 上・下 岩波講座東洋思潮10 宇井伯寿 岩波書店 1935
支那社会の測量 円谷弘 有斐閣 1937
支那社会の組織と展望 湯良礼著 中山蒐美三訳 育生社 1940
支那社会の裏表 一色忠慈郎 大阪屋号書店 1931
支那庶民金融論 井関孝雄 学芸社 1941
支那地方自治発達史 和田清編 中央大学出版部 1939
支那地方自治問題 董修甲著 岡本武彦訳 生活社 1939
支那地方政制史 支那文化叢書 鄭自明著 富樫長榮訳 人文閣 1941
支那地名集成 外務省情報部 日本外事協会 1936
支那帝国史 万国歴史全書 デュ・アルド著 北村三郎 博文館 1890
支那哲学概説 春秋文庫 高田真治 春秋社 1938
支那哲学概論 宇野哲人 支那哲学叢書刊行会 1926
支那哲学概論 現代語訳支那哲学叢書 宇野哲人 酒井雄文堂 1927
支那哲学概論 支那哲学体系5 宇野哲人 金の星社 1929
支那哲学講話 高木八太郎 荻原星文館 1935
支那哲学史 遠藤隆吉 金港堂 1900
支那哲学史 帝国百科全書 中内義一 博文館 1903
支那哲学史 高瀬武次郎 文盛堂 1910
支那哲学史 斉伯守 同文社 1942
支那哲学史 師範大学講座1 平原北堂 勅語御下賜記念事業部 1946
支那哲学史 近世儒学 宇野哲人 宝文館 1954
支那哲学史概説 渡辺秀方 早稲田大学出版部 1924
支那長生秘術 後藤朝太郎 富士書房 1927
支那哲学史概説 斉伯守 同文社 1930
支那哲学史講話 宇野哲人 大同館 1914
支那哲学思想叢書 三省堂 1931
支那哲学叢書 支那哲学叢書刊行会 新光社 1922
支那哲学総論 徳富猪一郎・宇野哲人 大東出版社 1937
支那哲学の研究 宇野哲人 大同館 1920
支那の淡水魚 東亜研究講座38 雨宮育作、木村重 東亜研究会 1931
支那の対日血戦 秋山豊三郎 大連・秋山家 1932
支那の土豪 後藤朝太郎 高山書院 1940
支那の体臭 後藤朝太郎 汎文社 1933
支那の土地と人 クレッシイ著 三好武二訳 偕成社 1939
支那土地利用地図集成 ロッシング・バッグ著 岩田孝三訳 東学社 1938
支那と仏蘭西美術工芸 小林太市郎 弘文堂 1937
支那の民族性と社会 支那問題叢書 川合貞吉 第二国民会 1937
支那と蒙古 米内山庸夫 北光書房 1943
支那中世仏教の展開 山崎宏 清水書院 1942
支那屯田兵制史 支那文化叢書 張君約著 藤田実訳 人文閣 1942
支那内閣関税制度3 台湾総督府 1932
支那の経済恐慌に関する調査 1~3 天野健雄 東京商工会議所 1935
支那の経済建設 事前と事後 目崎憲司 有斐閣 1941
支那の経済心理 東亜叢書 ウィルヘルム著 佐藤周一郎訳 生活社 1942
支那の経済地理 岩波新書 グルーシャコフ著 西尾忠四郎・高木八尺訳 岩波書店 1941
支那の経済と資源 小林幾次郎 時潮社 1939
支那の対外的国民運動 末広重雄 弘文堂 1939
支那の知識 時局知識シリーズ2 清沢冽・室伏高信編 青年書房 1937
支那地理歴史大系 全12巻 白揚社 1940-1941
支那の知性 林語堂著 喜入虎太郎訳 創文社 1940
支那の通貨と貿易 日本学術振興会 土方成美編 有斐閣 1942
支那の農業 ロッシング・バック著 塩谷安夫・仙波泰雄。安藤次郎訳 改造社 1938
支那の農業 東亜新書12 石川正義 中央公論社  1941
支那の農業経済 マヂャル著 早川二郎訳 白揚社 1936
支那の秘密 井東憲 秋豊閣 1939
支那帝国史 デュ・アルド
支那貧窮問題研究 柯象峰著 陸麻呂利輔訳 人文閣 1942
支那風俗 3冊 井上紅梅 1920-1922
支那風俗画譜 石田楳  洪洋社 1932
支那風俗綺談 井東憲訳著 大東出版社 1940
支那風俗綺談集 米田華紅 博文館 1930
支那風俗春秋 佐久間貞次郎 立命館出版部 1932
支那風俗の話 後藤朝太郎 大阪屋号 1927
支那風物記 村松梢風 河原書店 1941
支那風物志1 風景篇 東亜文化叢書6 後藤朝太郎 大東出版社 1942
支那風土記 後藤朝太郎 八洲書房 1935
支那風土記 米内山庸夫 改造社 1939
支那風土記 クレッシイ著 高垣勘次郎訳 東方文化学会 1939 
支那文化雑攷 法本義弘 国民社 1943
支那歴史地理 北京の歴史地理 小野勝年 支那地理歴史大系刊行会編 白揚社 1942
支那歴史地理叢書 冨山房 1939
支那歴代沿革図説 河村与一郎編 前川文栄堂 1881
支那歴代沿革地図  新撰 山本頼輔 赤沢政吉 1895
支那歴代親耕親蠶考 農林省米穀局 日本米穀協会 1936
支那歴代地名要覧 青山定男 東方文化学院研究所 1933
支那労働視察記 支那に於ける人間性と労働 アンダーソン著 高山洋吉訳 生活社 1939
支那労働者研究 続支那研究叢書2 小山清次 東亜実進社 1919

米騒動の日

Taka25    1918年のこの日、富山県魚津の主婦たちが米の県外移出を阻止する行動から米騒動が全国に拡大していった。8月10日には京都と名古屋で大規模な騒動がおきる。13日には18市40町30村におよび、16日にかけて米騒動のピークをむかえる。騒動は、青森・岩手・秋田・沖縄の4県を除いて全国に波及し、9月11日の三池炭鉱を最後に収束。騒動鎮圧のために各地に警察や軍隊が出動し、約30人の死者をだした。7786人が起訴され、一審で2人が死刑、12人が無期懲役となる。この事件で寺内内閣は総辞職した。(7月23日)

2017年7月22日 (土)

壇蜜動画「涼・宮城の夏」

   仙台が観光PRで壇蜜を起用。面白い動画だが「品位がない」として批判が起きているらしい。その理由が女性県議いわく「女性が殿に仕える設定で、固定的な性別役割分担を反映している」として県男女共同参画推進条例の理念に反するとする。動画を見るが何が問題なのかわからなかった。宮城の夏が涼しいことはよくわかった。壇蜜はエロティックを売りにしながら、NHKなどの教養番組にも頻繁に出演し、知性とエロスとの微妙なバランスでその地位を築いている。毎年、紅白にも何らかの形で出演している。考えてみると、昭和の時代は公共の場所でもポルノ映画のポスターやエロティックな流行歌がラジオから流れていた。いまではほとんど聞くことがないが、youtubeで検索すると聞くことができる。壇蜜動画でも「イケちゃう」と東京から90分と近いことをPRしているが、「イケる」という性行為をおもわせぶりにほのめかしているようだ。昭和歌謡曲にも「お願い入れて(操洋子)」「ジンジンさせて(山本リンダ)」「後ろから前から(畑中葉子)」など際どい歌詞が多くあった。それでも批判する者などいなかった。昭和と平成とは大きく変わってクレーマーが増加した。市議・県議たちのヒステリックな反対要求を容認すると、今後さまざまな表現も制約され、失うことのデメリットのほうが大きいと思うのだが。全国的な反応をみると、配信中止にはいたらず、抗議は話題づくりに協力したようになった。

「ブルー」英語とフランス語の違い

   新垣結衣が常識クイズ「ネプリーグ」に参戦。ところが英語「ブルー」のスペルが書けなかった。英語blue(ブルー)はフランス語では、bleu(ブル)。「青い」とか「青ざめた」という意味だが英語には「落胆した、気がふさいだ、憂うつな、気分が滅入る、不快」などの意味もある。ところがフランス語のbleuにはそのような意味は少しもない。1967年ヴィッキーが歌い、翌年ポール・モーリア楽団によって世界的ヒットになった「恋はみずいろ」。失恋の歌のように思われるが元のフランス語歌詞には英語のような悲しい歌ではないらしい。

雑学研究室 第1集

Trivia_2  リンカーンとダーウィンは1809年の同じ日に誕生している。▽動作が鈍重な人を「のろま」というが、江戸中期の野呂松勘兵衛という人形の遣い手がルーツである。▽講談「天保水滸伝」でおなじみの平手造酒。モデルの平田深喜は笹川繁蔵の筆の師匠。剣ではなく書道の達人だった。▽サトウキビの糖蜜または絞り汁を発酵させて作ったラム酒。日本では「バナナ・ボート」の歌がヒットした頃、バーで飲まれるようになった。▽石崎秋子が上流家庭に家政婦として派遣され、その欺瞞ぶりを覗き見る市原悦子主演ドラマ「家政婦は見た」。もとの原作者は松本清張。▽茨城弁「ごじゃっぺ」意味は「でたらめ、いいかげん」。

Langues_de_chat3 ▽細長い独特の形をしたフランスのクッキー「ラング・ド・シャー」。 猫の舌のような形をしているのでそう呼ばれる。▽すしのバッテラは、ポルトガル語でボートを意味するバッテイラからきたもので、形が似ているから。▽宮本武蔵は大男で身長は6尺、およそ180㎝くらいあった。▽「かもめのジョナサン」(リチャード・バック)がベストセラーになった頃、「にわとりのジョナサン」(アルブレヒト・ワインスタイン)も刊行された。▽かぐや姫が紅白歌合戦に出場することになった時、NHK側が「神田川」の歌詞の中の「24色のクレパス」は商品名なので、「クレヨン」に変えて歌ってほしいと言った。南こうせつは悩んだすえ、「歌詞の雰囲気が壊れる」と断り、出場を断念した。

Image1 ▽木版画を摺る際に用いられる「ばれん」を漢字で書くと「馬楝」▽「バカの壁」(養老孟司)というベストセラーがあるが、「アホの壁」(筒井康隆)という本もある。▽豊臣秀吉は右手指が6本あった。▽「女心と秋の空」は元々は「男心と秋の空」だった。▽日本で出版された本でタイトルの五十音に並べると間違いなく1番最初にくるのは、大槻あかね「あ」(こどものとも絵本)である。安藤富治「嗚呼硫黄島」もかなり最初にくるようだ。(知らなくてもいい雑学,無用の雑学知識集、雑学ブログ) Langue de chat

女優は歌う

   女優が映画で歌うのは、ドロレス・デル・リオの「ラモナ」(1928)やマレーネ・デートリッヒの「嘆きの天使」(1930)以来めずらしいことではない。1931年「会議は踊る」でリリアン・ハーヴェイが歌った「唯一度だけ」は世界中で大流行した。1946年リタ・ヘイワ―スが「ギルダ」で歌い、50年代になるとマリリン・モンローは「帰らざる河」ほか何本も劇中で歌うシーンがある。モーリン・オハラ(ジョン・フォード監督作品やジョン・ウエインの西部劇に出演)はウエールズやアイルランド民謡などをさらりと歌い、歌手としても活躍した。1982年フィービー・ケイツが「パラダイス」で歌う。近年「レ・ミゼラブル」のアン・ハサウェーや「美女と野獣」のエマ・ワトソンの歌唱力が話題となった。近年女優のもう一つの才能として歌唱力が問われることが多い。韓国でも人気女優キム・ソヒョン(17歳)新ドラマ「戦おう、幽霊」(2016)の中で「Dream」を歌う。

  わが国では大正6年(1917)芸術座「生ける屍」で松井須磨子が劇中歌「今度生まれたら」(北原白秋作詞、中山晋平作曲)が歌う女優第1号である。映画界では1930年代トーキーの時代になると歌う女優が注目された。ポーラ・ネグリ「夜のタンゴ」(1937)などなど大女優は歌っている。歌う女優№1はジュディ・ガーランド。近頃の日本の女優さんはあまり歌わない傾向にある。堀北真希主演の映画「麦子さんと」は死別した母の故郷でその青春の足跡を追う、親子愛を描いた作品で佳作であったが、残念なことに堀北が歌唱力不足のため自身で「赤いスイートピー」を歌う場面がなかった。

191312    日本映画界で歌う女優としては高峰三枝子、高峰秀子、田中絹代、美空ひばり、奈良光枝、朝丘雪路、浅丘ルリ子、吉永小百合、倍賞千恵子、由美かおる、山口百恵、桜田淳子、薬師丸ひろ子、原田知世などがいる。最近の女優さんはおおむね歌いたがらない傾向にある。だが2016年いよいよ橋本環奈が映画「セーラー服と機関銃 卒業」でソロデビューする。橋本は福岡のローカル女性アイドルグループの一員。2013年5月「博多のタケ」さんというアイドルを追っかけているブロガーが彼女の歌って踊る写真をネットに投稿したところ「天使すぎる」と話題になり、「千年に1人の逸材」として注目を集めた。「動きのあるステージ中は、こちらに顔を向いてもどうしても目を瞑ったり失敗写真が多くなるのですが、彼女の場合はそれがほとんどありません。ダンス中の表情は常に変化し、見られる、撮られる事を意識しているのでベストショットがすごく撮りやすい」とタケさんは語る。

「あの女優も歌っていた年表」

42mikan   「歌は三分間のドラマ」というが、女優が歌うと説得力がありヒットする確率は数パーセントは高くなる。1960年代の青春歌謡ブームのなかで吉永小百合と本間千代子らが競うように歌っていた。最近では、大竹しのぶが舞台で「愛の讃歌」などを歌っているが、全体としては歌唱力のある女優は少なくなった。歌手から女優へというパターンもある。永作博美は成功例。ドラマ「校閲ガール」にファッション誌の編集長役で80年代「みっちょん」の愛称で人気あった芳本美代子が出演している。

轟夕起子「お使ひは自転車に乗って」 1943
十朱幸代「いたずら恋の風」 1961
吉永小百合「寒い朝」 1962
倍賞千恵子「下町の太陽」 1962
本間千代子「愛しあうには早すぎて」 1964
西尾三枝子「スカーレットの花」 1965
高田美和「アキとマキ」 1966
和泉雅子「二人の銀座」 1966
内藤洋子「白馬のルンナ」 1967
由美かおる「みんなあげましょう」 1967
扇ひろこ「新宿ブルース」 1967
藤純子「緋牡丹博徒」 1968
朝丘雪路「雨がやんだら」 1970
岡崎友紀「私は忘れない」 1970
渥美マリ「可愛い悪魔」 1970
関根恵子「愛の出発」 1970
梶芽衣子「怨み節」 1972
坂口良子「あこがれ」 1972
Img_789504_39219346_0 野際陽子「非情のライセンス」 1973
桃井かおり「六本木心中」 1973
大竹しのぶ「みかん」 1976
十朱幸代「セイタカアワダチ草」 1977
伊藤かずえ「ひとりぽっちの村祭り」 1978
竹下景子「結婚してもいいですか」 1978
松坂慶子「愛の水中花」 1979
大空真弓・若原一郎「愛しているかい」 1979
薬師丸ひろ子「セーラー服と機関銃」 1981
杉田かおる「鳥の詩」 1981
川上麻衣子「白夜の世代」 1981
桃井かおり「ねじれたハート」 1982
安田成美「風の谷のナウシカ」 1983
伊藤麻衣子「微熱かナ」 1983
荻野目慶子「愛のオーロラ」 1983
富田靖子「オレンジ色の絵葉書」 1983
沢口靖子「潮騒の詩」(刑事物語3) 1984
安田成美「風の谷のナウシカ」 1984
斉藤由貴「卒業」 1985
深津絵里「マリオネット・ブルー」 1988
裕木奈江「硝子のピノキオ」 1990
観月ありさ「伝説の少女」 1991
篠原涼子「恋しさとせつなさと心強さと」 1992
坂井真紀「太陽が教えてくれる」 1993
永作博美「My Home Town」 1993
奥菜恵「この悲しみを乗り越えて」 1995
松たか子「明日、春が来たら」 1997
広末涼子「MajiでKoiする5秒前」 1997
満島ひかり「パラシューター」 1997
木村佳乃「イルカの夏」 1998
深田恭子「最後の果実」 1999
柴咲コウ「月のしずく」 2003
上戸彩「愛のために」 2004
国仲涼子「琉球ムーン」 2004
福田沙紀「アタック№1」 2005
沢尻エリカ「タイヨウのうた」 2006
長澤まさみ「セーラー服と機関銃」 2006
綾瀬はるか「ピリオド」 2006
松下奈緒「Moonshine 月明かり」 2007
新垣結衣「赤い糸」 2008
宮崎あおい「ソラニン」 2010
上野樹里「えがおのはな」 2010
北乃きい「サクラサク」 2010
川島海荷「MajiでKoiする5秒前」 2010
真木よう子「星影の小径」 2011
武井咲「恋スルキモチ」 2011
剛力彩芽「友達より大事な人」 2013
瀧本美織(LAGOON)「君の待つ世界」 2015
橋本環奈「セーラー服と機関銃」 2016
上白石萌音「なんでもないや」 2016

「赤と黒」の題名

Img_0006_2     「赤と黒」(1830年出版)は、スタンダールの故郷グルノーブルに近いある村で実際に起こった犯罪にそのまま題材を得ている。1827年7月22日、アントワーヌ・ベルテという青年は、家庭教師先の夫人や娘を誘惑し、最後にその夫人を狙撃して死刑になった。

    なお、「赤と黒」という風変わりな題名については、出版当時からさまざまな解釈が行なわれ、運命が赤か黒かによって決定されるルーレットに人生をたとえたのだとする説もあるが、ポール・ブールジェのいうように、「赤」は軍服、「黒」は僧衣を象徴し、それらによってナポレオン没落後、武勲による立身の希望を失ったフランスの貧しい青年が、いかにして社会に進出せんとしたか、を示したものと今日では一般的に解釈されているようである。スタンダール自信の残したノートによると「赤」は共和主義者を意味したらしい。後に書いた未完小説「リュシアン・ルーヴェン」(1835年)を「赤と白」と題しようとしたことがあり、そのとき「赤」をもって共和派のリュシアンを、「白」をもって王党派のシャストレ夫人を示すつもりだった。このことからも、赤はジュリアンの共和主義精神を、黒は僧侶階級を示していると見ることが妥当であろう。

2017年7月21日 (金)

人名研究(名字に動物漢字のある著名人)

   日本人には、約100種の動物の漢字を使った名字が確認される。阪神の鳥谷敬や巨人の亀井善行、中日の牛島和彦。猫田勝敏(バレー)。辰野金吾(建築家)。猪口邦子(政治家)。熊江流唯(モデル)。鶴田浩二(俳優)、鯨井康介(俳優)。鹿内孝(歌手)。蝉丸(歌人)。馬飼野康二(作曲家)。鷲尾真知子(女優)。鷺沢萌(小説家)。大韓航空機爆破事件のキムヒョンヒは工作時に「蜂谷真由美」と名乗っていた。

珍地名・珍人名

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   日本では誤解を招く海外の地名や人名がある。アメリカの野球選手にショーン・オチンコ(29歳)がいる。守備が捕手なので来日することはまずなさそうだ。エンジニアの安居良基さんは、高校生の時、地理のテストで答えが分からなかったので、答案に「エロマンガ島」と書き込んだ。地理の教師に呼び出されて、叱られたので、地図帳を広げて、エロマンガ島の実在性を示すと、教師は「なるほど」と感心していたという。

    エロマンガ島はメラネシアのニューヘブリディーズ諸島の一つでサンゴ礁に囲まれた島。面積975k㎡、人口1500人。かつては1万人もの人が住んでいたが、白人が白檀の樹を掠奪したり、インフルエンザなどの病気を島に持ち込んだために、人口が激減した。エロマンガとはアボリジニーの言葉で「熱い強風の平原」という意味らしい。1980年7月には83の島からなるバヌアツ共和国が成立した。エロマンガ島は、ほぼ真ん中に位置し、近年は一般にイロマンゴ島と表記されるようになっている。バヌアツにはこのほかにオナラ湾とい珍地名もあるそうだ。その他の世界珍地名には、インドネシアのバリ島にあるキンタマーニという村。モスクワにヤキマンコ、あるいはオランダ南西部にある保養地スヘフェニンゲン(スケベ人間)などが存在するという。

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ヤン・ファン・ホイエン 「スヘーフェニンゲンの海辺」1634年

ベルギー独立記念日

225pxleopoldibelgie   1831年のこの日、初代ベルギー国王、レオポルド1世が即位している。7月21日はベルギーの独立記念日。国名は先住民のケルト系ベルガエ人の名に因む。

   ベルギーといえば何が思い浮かべるだろうか。小便小僧、名探偵ポアロの好物チョコレート。歴史好きの人ならアントワープ城、フランドル伯城(ゲント)、ディナン城(アルデンヌ)、ベールセル城(ブリュッセル郊外)、ガースペーク(ブリュッセル郊外)など。文学愛好家なら2人の象徴詩人の名前を思い出すだろう。メーテルリンクとベルファーレン。メーテルリンクの神秘性、ベルファーレンの土に根ざしたヒューマニズム。土くささと神秘性、それに加えるに軽快さ、こういったもののミックスされた味がベルギーではなのではないか。そのベルギーの歴史とは、一言でいえばフラマン系(:ゲルマン系でオランダ語を話す)とワロン系(ラテン系でフランス語を話す)との二つの民族の対立をはらみながらも、恵まれた工業資源によりいちはやく工業化を達成してヨーロッパの工業国となる過程であり、またそれらが彼らの歴史にさまざまのひずみを残しているといえよう。

   17世紀にオランダが独立したのち、今のベルギーの地は分離してスペインの手に残った。ところがスペイン継承戦争の結果、この地方はオーストリアのハプスブルグ家にうつり、またオーストリア領となった。しかもフランス革命のときには二度も革命軍に占領されている。1798年から99年に農民暴動が起こったが弾圧された。一方ナポレオン時代には各地に近代産業の萌芽がみられる。

    1815年、ウィーン会議によってネーデルランド王国(1581年に成立したネーデルランド連邦共和国の復活)が生まれるや、ベルギーはオランダに併合されてその一部となり、オラニエ家のウィレム1世が国王となった。しかし、オランダとは民族・言語・宗教および経済的利害を異にしていた上に、政府はオランダ側に代表していたため、ベルギー人は離反、独立のチャンスをねらっていた。1830年、フランスに七月革命が起こると、8月に南部が暴動を起こし、オランダ兵を撃退して10月に独立を宣言し、レオポルド1世(1790-1865)が1831年7月21日、即位した。列国はその独立を承認し、さらに1839年のロンドン条約でベルギー・オランダ両国は永世中立国の地位を与えられた。なお1831年に制定された憲法は、フランス憲法を範として、国民主権主義をうたい国民の権利の保障も進歩的で、19世紀のヨーロッパ大陸型憲法の典型といわれる。同年に即位したレオポルド1世(位1831-65)はフランスとの友好関係を確立し、オランダとの民族的対立をはらみながらも、石炭をはじめとする豊富な国内の地下資源とコンゴの鉱山資源はベルギー工業を飛躍的に発展させた。(参考:長谷川博隆「ベネルックスの歴史」世界文化シリーズ 世界文化社)

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 ディナン城

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 フランドル伯城

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 ベールセルの水城

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 アントワープ城

(Leopld,Belgium)

2017年7月20日 (木)

食い合わせと陰陽五行

07_27_1r_2   今年の土用の丑の日は7月25日と8月6日。そして土用の丑の日にはウナギを食べる。むかしからウナギと梅干を一緒に食べると体に良くないと言い伝えられている。医学的な根拠はなく、あくまで迷信のたぐいである。いったい何故そのような迷信が生まれたのだろうか。一般的には、贅沢を戒めるためだろうと考えられるが、こうした「食い合わせ」は古代中国の陰陽五行にもとづくものという説がある。宇宙のすべては、木・火・土・金・水の5種類の元素からできているという五行説があった。この5種類の元素は、人間の5つの内臓と、5つの味覚に結びつけられ、そこから「食禁(食べると害になるもの)」と「食宜(健康によい食べ物)」という考え方が生れた。この考え方は日本にも伝えられ、その後、食禁は「食い合わせ」として、貝原益軒の「養生訓」にも登場した。「カニと柿」「ミカンとナツメ」「ギンナンとウナギ」などが紹介されている。しかし科学的にみて食品成分が化学反応して毒素になるということはなさそうだ。だが、食中毒の多い季節、消化のわるいものは十分に注意が必要である。現代の栄養学では、中華食堂定番の「ラーメンと焼飯」など炭水化物摂取量が増えるため「合食禁」の悪例といえる。 西洋では果物のイチゴとバナナがよくない食べ合わせと言われている。

同じタイトルの曲

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   タイトルが同じでも曲が違う、いわゆる「同名異曲」の作品が数多くある。たとえば「卒業」というタイトルの曲は尾崎豊、斉藤由貴、菊池桃子、沢田聖子など40種以上もある。「夏の思い出」は中田喜直作曲、江間章子作詞の曲が有名だが、ケツメイシの曲もある。愛情物語(中島みゆき、原田知世)、愛の園(布施明、西城秀樹)、朝顔(コブクロ、レミオロメン)、雨(三善英史、森高千里、下成佐登子、ジリオラ・チンクエッティ)、異邦人(久保田早紀、さだまさし)、泣かないで(和田弘とマヒナスターズ、舘ひろし)、初恋(松山千春、村下孝蔵、斉藤由貴、舟木一夫、奥華子)。星野源主演のドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」の主題歌のタイトルが「恋」。布施明、松山千春、石川ひとみ。いずれも「恋」はヒットしている。

ケペル先生の何でも相談室2

  「地下鉄の電車はどこから入れたの?」 「色鉛筆が丸軸なのはなぜ?」それらを考えてると一晩中寝られない。世の中にはあらゆるギモンに満ち満ちている。日々の暮らしで生じたあらゆる疑問にケペル先生がお答えします。たとえば、「あんパンはいつ頃できたの?」といったこと。あんパンは日本人の発明で明治になってからです。1874年に銀座にパン屋を創業した木村安兵衛と英三郎がパンの中に餡を入れた「あんパン」を売り出したのがはじまりです。

Q 目の見えない人のため犬が歩行の補助をする盲導犬はいつ頃できたのか?

A 盲人の歩行の補助に犬が使われた例は古代ローマやポンペイの発掘品の中に見られるが、近代になって盲導犬として訓練されるようになったのは、1819年、ウィーンの神父ヨハン・ヴィルヘルム・クライン(1765-1848)が最初である。

Q 日本プロ野球で最初の退場者は誰か?

A 「日本プロ野球事件史」(ベースボール・マガジン社)巻末の退場者一覧によると、1936年12月20日、東京セネタースの苅田久徳(1911-2001)選手が二出川延明塁審を突き飛ばしたことにより退場とある。

Q 三一書房から昭和32年に刊行された「淀川」の著者である井上俊夫の没年が知りたい。

A 図書館での参考業務でよくたずねられる調べものの1つが「著者の没年」である。今日のようなコンピュータの発達していない時代、文化人名録(著作権台帳)がたよりの参考書であった。赤色をした大部な本で、1951年から刊行され第26版(2001年)まで刊行されたが、現在は終了している。もともと著作権の保護期間を調べる目的で作られた本であるが、図書館では没年だけでなく、著者の略歴や名前の読み方を調査するために用いられていた。ところで、著者の没年を調べるには、現在は国立国会図書館のOPやウィキペディアが便利である。井上俊夫は1928年大阪生まれの詩人で、2008年に死去している。

Q フィンランドの初代首相 Pehr Evind Svinfuvud の読み方は?

A ペール・スヴィンヒュー(1861-1944)あるいはスヴィンフッヴド。

Q 英語「mebos(ミーボス)」の意味は?

A オックスフォード英語辞典によると、日本語umeboshi(梅干し)が訛って18世紀ころ英語となったらしい。

Q 「眠りが窪の伝説」という翻訳作品の作者と原題は?

A アメリカの文学者ワシントン・アーヴィング著「スケッチ・ブック」(1819-1820)の中にある短編「Sleepy Hollow」。1923年刊行の森巻吉「全訳スケッチブック」の下巻に「眠りが窪の伝説」が収録されている。

Q.最初にウェディングドレスを着て結婚式を行なった日本人女性はだれ?

A.明治6年に長崎で中国人と結婚した磯部於平(いそべおつね)といわれる。その2年後に森有礼も広瀬常と西洋式の結婚式を挙げている。

Q.昭和18年南方の海軍基地を視察中、ソロモン諸島上空で戦死した山本五十六。その時の護衛機は零戦6機であるが、うち5名はまもなく戦死している。唯一の生存者である零戦パイロットの名前が知りたい。

A.柳谷謙治(1919‐2008)。1988年4月、アメリカで開かれたシンポジウムに出席し、P38パイロットのレックス・バーバー米空軍退役大佐と面会している。(参考:高城肇「六機の護衛戦闘機」)

Q.大正の後期から昭和の初期に活躍した出版人、梅原北明が発行した「近世社会大驚異史」(白鳳社)のページ数は?

A.1864ページ。国立国会図書館サーチで調べても1冊とあるだけで、ページ数は明らかにされない。ネットには1800ページ以上という記載もあるが、鹿野政直「日本の歴史27」によれば1864ページと明記されている。内容は慶応4年から大正元年までの新聞記事から抜粋の性風俗を中心とした資料集。

Q.内山完造著「そんへえおおへえ」という本がある。その書名の意味は?

A.内山完造は戦前に上海で書店を開業していた。もともと「上海」という地名と並び「下海」地区も存在していた。上海及び下海の名称は、上海市内を流れる呉淞江の支流であった上海浦及び下海浦に由来する。「そんへえ(上海)」「おおへえ(下海)」はそれぞれ現地語の発音を表記したものである。

Q.明代、嘉靖年間から万暦年間の人で『陰隲録』の著者として知られる袁凡了(えんぼんりょう)は一般に生没年不詳とされるが、あえて知りたい。

A.一説には生年は1533年、没年は1606年。

Q.江戸時代、特に大名屋敷をねらって荒らしまわった大盗賊、鼠小僧次郎吉のお墓は?

A.両国の回向院(墨田区両国2丁目)にある。

Q.香港の女優、任剣輝の生没年。

A.京劇の広東版にあたる奥劇の人気女優任剣輝(じんけんき、ヤム・キムファイ)。1913-1989。

Q.蠶養國神社の読み方。

A.福島県会津若松市蚕養町にある神社で、「こかいくにじんじゃ(蠶養國神社)」と読む。「蠶」は「かいこ」の意味。

 

中国関係図書文献目録

Photo_2 中国四千年の歴史は、漢字をはじめ、暦法、漢方薬、官僚制度など、実にさまざまな社会制度、文物、風習を生み出した。そのいくつかは、わが国と密接な関係となり、われわれ日本人の生活のなかにとけ込んでいる。それは単なる一般習俗のような形而下の風習だけではなく、思想や芸術などの形而上においても同じことがいえる。中国思想の根本である儒教や老荘思想が、日本人の道徳観や人生観にどれほど重大な影響を与えてきたかは、はかり知れないし、わが国の文化が中国から影響を受けていることがひじょうに多いのである。

参考
中国書籍総目録 全国総目録1949~1965年 全19巻・補巻1 竹中憲一編 龍渓書舎 1981
中国書籍総目録 全国総目録1981~1983年 不二出版 復刻版 全33巻補巻1  1983
国立国会図書館漢籍目録 国立国会図書館 1987
廣博物志 50巻 董期張編
全唐詩逸 3巻 市川世寧撰 京都 文化元年(1804)
唐土名勝図絵 6巻 岡田尚友 文化3年(1806)
袖珍清国及近傍諸州図 外務省 1870
支那地誌略 1 沖正修 敬業堂 1874
支那地誌 蒙古部 参謀本部 1889
支那地誌 満州部 参謀本部 1889
支那文学全書 博文館 1892
東洋西洋教育史 中野礼四郎 博文館 1900
支那書史学 中根粛治 1903(推定)
漢文学講義(少年叢書) 26冊 興文社 1903~1915
宋学概論 小柳司気太 哲学書院 1903
最新中国二十一省地図 嵯峨野彦太郎 1904
古文玖舊書考 4卷 島田翰 民友社 1905
清国行政法 6 臨時台湾旧慣調査会 1905-1914
虚無恬淡主義 遠藤隆吉 弘道館 1906
漢律類纂 張鵬一 奉天・格致学堂 1907
儒教聖典 大江文城編 開発社 1907
春秋倫理思想史 綱島榮一郎 博文館 1907
極東近世史 高桑駒吉 早稲田大学出版部 1909
儒教新議 内田正 浜松・内田正 1909
東洋教育史 中島半次郎 早稲田大学出版部 1910
支那食料植物 ブラスダーレ 川上滝弥訳 台湾総督府殖産局 1911
支那ニ於ケル法典編纂ノ沿革 法律学経済学研究叢書7 浅井虎夫 1911
李詩講義 森槐南 文会堂 1913
支那論 内藤虎次郎 文会堂 1914
会稽郡古書雑集 魯迅 1915
辞源 陸爾奎・方毅等編 商務印書館 1915
京師図書館善本簡明書目 賈曾佑 1916
支那古田制の研究 法律学経済学研究叢書17  加藤繁 京都法学会 1916
支那論集 市村瓚次郎 冨山房 1916
東洋画論集成 今関天彭 読画書院 1916
儒家哲学本義 内田正 岩波書店 1917
虎風龍雲 東亜同文書院大旅行誌12  久保田正三編 上海・東亜同文書院 1919
支那伝説集 木下杢太郎 精華書院 1921
阿Q正伝 魯迅 『吶喊』に所収 北新書局 1923
支那の鉄道 鉄道省大臣官房外国鉄道調査課 1923
道教聖典 小柳司気太・飯島忠夫 世界聖典全集刊行会 1923
儒学史 宇野哲人 宝文館 1924
剪燈新話・剪燈余話・宣和遺事 国訳漢文大成13   塩谷温 国民文庫刊行会 1924
十批判書 郭沫若 1924
倭寇 長谷川正気 東京堂 1924
中華民国政党史 原田政治 実業之日本社 1925
満蒙における契丹の遺跡について 鳥居龍蔵 東京日日新聞社 1925
東洋芸術史 国史講習会1926 中央史壇新年特別号 第12巻第1号
東方言語史叢考 新村出 岩波書店 1927
和漢書道会 藤原鶴来 好鳶会 1927
支那古陶金石展観図録 昭和3年11月開催 於大阪美術倶楽部 大阪・山中商会 1928
東洋音楽論 春秋文庫 田辺尚雄 春秋社 1929
東洋画 金原省吾 春秋社 1929
晏子春秋校注 張純一 1930
支那書道史概説 有ヶ谷静堂 大同館 1930
儒学概論 北村沢吉 関書院 1930
鮮支遊記 藤山雷太 千倉書房 1930
宋元以来俗字譜 中華民国中央研究院歴史語言研究所 1930
東洋音楽史 田辺尚雄 雄山閣 1930
東洋哲学史概説 貝尾勝馬 文原堂 1930
最新亜細亜大観 黒龍会編 黒龍会 1931
史学名著解題 現代史学大系15  千代田謙ほか 共立社 1931
支那諸子百家考 児島献吉郎 目黒書店 1931
蒋介石 古荘国雄 上方屋 1931
東洋芸術史講座 全12巻 雄山閣 1931
語法復文複式漢文研究 石原亨 東興社 1932
最新漢文提要 田中健三編 日本文学社 1932
初学者の為の東洋哲学 山根鎮夫 文化書房 1932
宋元名画集 田中一松・秋山光夫・相見香爾編 聚楽社 1932
東洋所学者洋政治哲学(王道の研究) 安岡正篤 玄黄社 1932
日支紛争に関する国際聯盟調査委員会の報告 国際連盟協会 1932
アジア的生産様式」に就いて ソヴェート・マルクス主義東洋学者協会編 早川二郎訳 白揚社 1933
漢代婚喪礼俗考 楊樹達 商務印書館 1933
漢文学講座 全7巻 長澤規矩也編 共立社 1933~1934
古代銘刻彙考 郭沫若 文求堂 1933
古代銘刻彙考 続篇 郭沫若 文求堂 1934
支那古典叢函 支那古典叢函刊行会 1933
儒教道徳の特質と其の学説の変遷 北村沢吉 関書院 1933
日支紛争に関する国際聯盟総会報告書全文 新聞聯合会 1933
東洋近世史1 世界歴史大系8 浦康一 平凡社 1933
東洋近世史2 世界歴史大系9 松井等 平凡社 1933
満州年鑑 昭和8年版 中溝新一編 大連・満州文化協会 1933
容斎随筆五集総合引得 1894年晥南洪氏重刊本 聶崇岐 1933
還魂記・漢宮秋 国訳漢文大成・文学部10 国民文庫刊行会 1934
寒山詩 岩波文庫 太田悌蔵訳注 岩波書店 1934
史通評 呂史勉 商務印書館 1934
諸子学総論 先秦思想文化史研究序説 原富男 共立社 1934
宋学の由来及び其特殊性 岩波講座東洋思潮1 武内義雄 岩波書店 1934
長恨歌研究 遠藤実夫 建設社 1934
東洋学叢編2 静安学社編 刀江書院 1934
東洋精神の復活 伊福吉部隆 第一出版協会 1934
漢晋学術編年 上下 劉汝霖編著 商務印書館 1935
五経索引 本文・第1巻 森本角蔵編 目黒書店 1935
広西遊記 森岳陽 秋山印刷所 1935
周易引得 上海錦章書局影印十三経注疏本 1935
儒教道徳に於ける君臣思想 手塚良道 藤井書店 1935
儒教の起源 岩波講座東洋思潮11  津田左右吉 岩波書店 1935
東洋音楽史 東洋史講座13  田辺尚雄 雄山閣 1935
明の興亡と西力の東漸 世界文化史大系18  鈴木艮編 新光社 1935
和漢故事成語辞海 松村武雄 有宏社 1935
講孟余話 岩波文庫 吉田松陰著 広瀬豊校訂 岩波書店 1936
支那思想美術思想 緒論 岩波講座東洋思想17  田中豊蔵 岩波書店 1936
支那社会研究 橘樸 日本評論社 1936
儒学研究 斎藤要 教育図書普及会 1936
中華思想 岩波講座東洋思想17  那波利貞 岩波書店 1936
湯島聖堂復興記念儒道大会誌 福島甲子三 斯文会 1936
鴨緑江 満州弘報協会編 新京・満州国通信社 1937
崔東壁遺書引得 亜東書局 1937
辞海 2冊 舒新城等編 上海中華書局 1937
蒋介石 石丸藤太 春秋社 1937
中華新聞発達史 井東憲 日支問題研究会 1937
中国古代哲学史 陳元徳 上海・中華書局 1937
中国算学史 中国文化史叢書 李人言 台湾商務印書館 1937
中国調査資料 第1輯 支那秘密結社の新情勢 平野書房 1937
東洋精神概観 日文満文 久保田肇 東宛書房 1937
アジア的生産様式論 森谷克己 育生社 1938
シナ思想と日本 岩波新書 津田左右吉 岩波書店 1938
通溝 上・下 満洲国通化省輯安県高句麗遺蹟 池内宏・梅原末治 日満文化協会 1938
満洲地名考 谷光世 新京満洲事情案内所 1938
明の君臣の亡命と其の庇護 小畑利三郎 神乃日本社 1938
漢書疏證 吉川幸次郎 自家本 1939
現代華僑問題 丘漢平著 山崎清三訳 生活社 1939
江浙風物誌 沢村幸夫 東亜研究会 1939
左伝真偽考  支那学翻訳叢書6 カールグレン著 小野忍訳 文求堂書店 1939
辞源正統編合訂本 陸爾杢等編、方毅等編 長沙商務印書館 1939
禅宗史研究 印度哲学研究9 宇井伯寿 岩波書店 1939
宋金元明詩選 潘徳衡 柳原書店 1939
近世日本に於ける支那語文学史 石崎又造 弘文堂 1940
古銅器形態の考古学的研究 梅原末治 東方文化研究所 1940
現代支那女流作家集 現代支那文学全集 冰心他 東成社 1940
中国文化界人物総鑑 橋川時雄 中華法令編印館 1940
中国土地問題に関する文献解説 神戸商業大学商業研究東亜経済調査部 1940
東邦研究 嘉治隆一 オリオン社 1940
東洋学の成立とその発展 歴史学叢書 青木富太郎編 蛍雪書院 1940
農業志支那と遊牧民族 オウエン・ラティーモア著 後藤富男訳 生活社 1940
華僑史 成田節男 蛍雪書院 1941
康熙帝伝 ブーヴェ著 後藤末雄訳 生活社 1941
古代支那政治哲学研究 呂振羽著 明石春海訳 人文閣 1941
中国人の生活風景 柯政和 皇国青年教育協会 1941
先秦政治思想史 梁啓超著 重沢俊郎訳 創元社 1941
漢晋木簡精粋 広瀬保吉 清雅堂 1941
儒教講話 諸橋轍次 目黒書店 1941
印度支那の民族と文化 松本信広 岩波書店 1942
黄土地帯 アンダーソン著 松崎寿和訳 座右宝刊行会 1942
先覚者 岡倉天心 清見陸郎 アトリエ社 1942
支那宗教史 支那地理歴史大系11 白揚社 1942
先秦経済思想史論 穂積文雄 1942
漠北と南海 アジア史における沙漠と海洋 松田寿男 四海書房 1942
両漢租税の研究 吉田虎雄 大阪屋号書店 1942
漢三国六朝紀年鏡図譜 京都帝国大学文学部考古学資料叢刊1 梅原末治 1943
禅思想史研究 1 鈴木大拙 岩波書店 1943
中国教育十年 趙如珩 大紘書院 1943
中国の社会風景 柯政和 大阪屋号書店 1943
中国歴史理念の根源 根本誠 生活社 1943
東洋学の話 石浜純太郎 創元社 1943
雲岡石仏群 東方文化研究所雲岡石窟調査概報 水野清一 朝日新聞社 1944
支那地史の研究 上 東亜研究叢書 ベイレー・ウイリス著 坂本峻雄訳編 岩波書店 1944
法家思想の研究 木村英一 弘文堂 1944
明末清初日本乞師の研究 石原道博 冨山房 1945
科挙 宮崎市定 秋田屋 1946
先哲の学問 内藤虎次郎 弘文堂書房 1946
中国宗教制度 デ・ホロート著 清水金二郎、荻野目博道共訳 京都・大雅堂 1946 
中国国哲学史 宇野哲人 日月社 1946
中国と西洋文化 矢沢利彦 中村書店 1946
牧谿と梁楷 武者小路実篤 東京座右宝刊行会 1946
漢書律暦志の研究 東方文化研究所研究報告 能田忠亮・薮内清 全国書房 1947
中華思想の根帯と儒学の優位1 原富男 講談社 1947
中国戦後の動態 草野文男 京都・教育出版株式会社 1947
中国哲学概説 高田真治 日月社 1947
中国文化革命 鹿地亘 九州評論社 1947
中国文芸復興 胡適 矢島仁一監訳 始原社 1947
古代の精神 貝塚茂樹 秋田屋 1948
山海経通検 巴黎大学北平漢学研究所 1948
征服王朝 藤枝晃 秋田屋 1948
中国先史文化 殷朝成立の前史 古文化叢刊36 澄田正一 京都・大八洲出版社 1948
中国の十年 鹿地亘 時事通信社 1948
中国の小説 松枝茂夫 白日書院 1948
中国族産制度攷 清水盛光 岩波書店 1947
中国的実在観の研究 その学問的立場の反省 木村英一 弘文堂 1948
買辨制度の研究 根岸佶 日本図書株式会社 1948
虚無の探求 老荘思想を中心として 田所義行 福村書店 1949
中共概論 外務省調査局 外務省 1949
詩文精粋 吉田賢蔵、星川清孝 明治書院 1950
そんへえおおへえ 内山完造 岩波書店 1950
中国 上・下 マックネア 沖野亦男訳 大阪・三明社 1950
中国 民族と土地と歴史 オーエン・ラティモア 小川修訳 岩波書店 1950
中国古代政治思想 中江丑吉 岩波書店 1950
中国思想史 吉田賢抗 明治書院 1950
中国思想史 岩波全書 武内義雄 岩波書店 1950
滑稽談 市民文庫 幸田露伴 河出書房 1951
儒教の研究 第1 津田左右吉 岩波書店 1951
禅思想史研究 2 鈴木大拙 岩波書店 1951
中共総覧 時事通信社 1951
中国古代のこころ 市民文庫 貝塚茂樹 河出書房 1951
雲崗石窟 全16巻32冊 水野清一・長廣敏雄 1951-1956
中国浄土教家の研究 小笠原宣秀 平楽寺書店 1951
中国常平倉沿革考 松本洪 食糧庁 1951
照心詩話 漢詩と人間学 安岡正篤 福村書店 1952
儒教の研究 第2 津田左右吉 岩波書店 1952
増補現代中国辞典 中国研究所 1952
中国的考え方 魚返善雄 宝文館 1952
中国法制史 岩波全書 仁井田陞 岩波書店 1952
唐詩選通解 小林信明ほか 宝文集 1952
東洋鬼軍敗亡記 呂梁英雄伝続篇 西戎・馬烽 三好一訳 三一書房 1952
古代漢民族思想史 鈴木憲久 泉文堂 1952
殷代青銅器文化の研究 京都大学人文科学研究所 1953
学制から見た東洋教育史 佐藤清太 柳原書店 1953
中国古代の思想家たち 上 郭沫若著 野原四郎他訳 岩波書店 1953
中国哲学史 狩野直喜 岩波書店 1953
中国の社会とギルド 上・下 仁井田陞 岩波書店 1953
詩人李白 林庚 上海文芸聯合出版 1954
中国古代思想史 楊栄国 三聯書店 1954
中国古代の心 河出文庫 貝塚茂樹 河出書房 1954
中国の社会と宗教 東洋史学論集2 山崎宏編 不昧堂書店 1954
明代満蒙史料明実録抄 蒙古篇10 西蔵史料 京都大学文学部編 京都内外印刷株式会社 1954
近世日本儒教運動の系譜 相楽亨 弘文堂 1955
顧炎武伝略 趙儷生 上海新華書店 1955
西周年代考 六国紀年 陳夢家 学習生活 1955
中国古代的水利 紀庸編 上海四連 1955
北アジア史 世界各国史 江上波夫 山川出版社 1956
現代漢語語法縮編 江南書院訳註双書 兪敏著 牛島徳次訳註 江南書院 1956
五年計劃・童工 大芝孝訳註 江南書院 1956
柴栄 韓国磐 上海人民出版社 1956
儒教の研究 第3 津田左右吉 岩波書店 1956
中国の思想問題 胡風事件をめぐって 小竹文夫 大学出版協会 1956
錦の中の仙女 岩波少年文庫 伊藤貴麿訳編 岩波書店 1956
居庸関 1 村田治郎編 京都大学工学部 1957
秦漢的方士与儒生 顧頡剛 上海人民出版社 1957
世界史大系8 東アジアⅡ 鈴木俊編 誠文堂新光社 1958
斉民要術 上下 西山武一・熊代幸雄訳 東京大学出版会 1957
三略解義 中道義作 中国研究所 1957
泉州宗教石刻 呉文良著 北京・科学出版社 1957
中国語商業会話の基礎文例 奈良一雄・水野鈴彦 国元書房 1957
中国古代の思想家たち 下 郭沫若 岩波書店 1957
中国思想史1巻 古代思想 候外盧 人民出版社 1957
中国思想史2巻 両漢思想 候外盧 人民出版社 1957
中国思想史3巻 魏晋南北朝思想 候外盧 人民出版社 1957
中国新文学運動史 政治と文学の交点 胡適から魯迅 尾坂徳司 法政大学出版局 1957
中国の農業 吉岡金市 東洋経済新報社 1957
麦積山石窟 名取洋之助 岩波書店 1957
羽田博士史学論文集 上・下 羽田亨 京都大学東洋史研究会 1957
李贄年譜 容肇祖編 三聯書店 1957
李白研究 張立徳 香港学林書店 1957
李杜詩選 蘇仲翔選注 上海古典文学出版社 1957
華夷変態 全3冊 東洋文庫 1958
寒山 中国詩人選集5 入矢義高注 岩波書店 1958
古代寓話文学集 中国古典文学全集2 平凡社 1958
世界史大系 東アジアⅠ 三上次男編 誠文堂新光社 1958
殷周青銅器と玉 水野清一 日本経済新聞社 1959
現代中国事典  岩崎書店 1959
漢文学概論 長澤規矩也編 法政大学出版局 1959
観堂集林 王国維 中華書局 1959
中華人民共和国組織別人名表 内閣官房 1959
中国学芸大辞典 近藤杢 東京元々社 1959
中国古代地理名著選読 第1輯 候仁之主編 科学出版社 1959
中国古代の論理 大浜晧 東京大学出版会 1959
中国思想史4巻 隋唐北宋 候外盧 人民出版社 1959
中国書法の二大潮流 神田喜一郎 東方文化講座第13輯 1959
テーブル式漢文便覧 小林信明・市木武雄・長谷川節三 評論社 1959
明代満蒙史料 索引 東京大学文学部 1959
アジア地域総合研究文献目録 1~5 文部省大学学術局編 日本学術振興会 1960-63
永楽大典 明・解縉等輯 中華書局 1960
慧遠研究 研究篇 木村英一編 創文社 1960-63
漢代服飾参考資料 張末元編 人民美術出版社 1960
京都大学人文科学研究所所蔵甲骨文字 貝塚茂樹編 京都大学人文科学研究所 1960
近世日中貿易史的研究 山脇悌二郎 吉川弘文館 1960
中国商品事典 日中貿易実務研究会編 極東書店 1960
中国書道史 藤原楚水 三省堂 1960
中国の印刷術 その歴史的発展と影響 張秀民著 広山秀則訳 京都・関書院 1960
中国体育史 新体育学講座5 逍遥書院 1960
中国の彫刻 石仏・金銅仏 水野清一 日本経済新聞社 1960
李定国紀年 郭影秋編著 中華書局 1960
瀛涯勝覧 鄭和西征見聞録 馬歓 小川博訳注 吉川弘文館 1961
北アジア・中央アジア 図説世界文化史大系9 江上波夫・松田寿男編 角川書店 1961
古代史学序説 古代史講座1 学生社 1961
辞海 中華書局辞海編集所 中華書局 1961
世界教養全集18 黄河の水、史記の世界、敦煌物語、長安の春 平凡社 1961
中国近代化の社会構造 辛亥革命の史的位置 東洋史学論叢6 東京教育大学文学部東洋史学研究室 教育書籍 1961
中国近代工業史の研究 東洋史研究資料叢刊9 波多野善大 東洋史研究会 1961
殷周時代的中国社会 呂振羽 三聯 1962
塩鉄論 中国古典新書 桓寛著 山田勝美訳 明徳出版社 1962
古代国家の構造 上下 古代史講座4・5 学生社 1962
周代政治思想史研究 黄延富 井上書店 1962
先秦両漢経済史稿 李剣農 北京・中華書局 1962
中国現代文学選集7 柔石、丁玲、艾蕪、蕭紅 平凡社 1962
中国語小辞典 中日ー日中 鐘ヶ江信光編 大学書林 1962
中国古代地理簡史 候仁之主編 科学出版社 1962
中国古代地理考証論文集 童書業 中華書局 1962
中国古代の田制と税法 秦漢経済史研究 平中苓次 京都彙文堂 1962
中国とその影 チボール・メンデ 高橋正訳 弘文堂 1962
中国農業史研究 天野元之助 御茶の水書房 1962
鑑真 安藤更生 美術出版社 1963
元明詩概説 中国詩人選集二集2 吉川幸次郎 岩波書店 1963
孝子説話集の研究 中世篇 二十四孝を中心に 徳田進 井上書房 1963
史林雑標識 顧頡剛 中華書局 1963
中国の思想家 上下 宇野哲人博士米寿記念論集 東京大学中国哲学研究室編 勁草書房 1963
中国の仙人 村山嘉実 平楽寺書店 1963
明代満蒙史研究 田村実造 京都大学文学部 1963
槐安居楽事 宋元明清の絵画法書法帖碑拓 高島菊次郎 求龍堂 1964
秦漢瓦当 文物 1964
中国関係日本文雑誌論説記事目録1 外事警察報・北京週報・燕塵 近代中国研究センター 1964
中国古小説集 世界文学大系71 吉川幸次郎編 筑摩書房 1964
中国古代の科学 角川新書 藪内清 角川書店 1964
中国浄土教教理史 望月信亨 法蔵館 1964
中国哲学史研究 唯心主義と唯物主義の抗争史 学術選書 重沢俊郎 法律文化社 1964
中国における回教の伝来とその弘通 田坂興道 東洋文庫論叢43  1964
中国の思想 全12巻別巻 松枝茂夫・竹内好監修 経営思潮研究会 1964~1966
中国の哲学 阿部吉雄編 明徳出版社 1964
道教史の研究 大淵忍爾 岡山大学共済会書籍部 1964
東洋への視角と西洋への視角 飯塚浩二 岩波書店 1964
世界帝国の諸問題 古代史講座10  学生社 1964
両漢学術考 狩野直喜 筑摩書房 1964
倭寇  石原道博 吉川弘文館 1964
経典 その心と歴史 潮文社新書 野村耀昌 潮文社 1965
京都大学人文科学研究所漢籍目録 京大人文科学研究所 1965
芸文類聚 欧陽詢等撰 中華書局 1965
光明日報史学専刊索引 光明日報出版社 1965
菜根譚 洪自誠著 吉田豊・神子侃訳 徳間書店 1965
四民月令校注 石声漢 北京・中華書局 1965
太平天国 1~4 東洋文庫 A・F・リンドレー著 増井経夫、今村与志雄訳 平凡社 1964-65
中国からの手紙1 みすず叢書 アンナ・ルイズ・ストロング著 藤村俊郎訳 みすず書房 1965
中国画論の展開 晋唐宋元編 中村茂夫 中山文華堂 1965
中国人物叢書 1~24  人物往来社 1965~67
中国の思想と民俗 滝沢俊亮 校倉書房 1965
中国の印章 羅福頤、王人聡著 安藤更生訳 二玄社 1965
中国農業技術体系の展開 山本秀夫 アジア経済研究所 1965
東洋封建社会のモラル 思想の歴史6 石田一良編 平凡社 1965
オルドロス碑集 モンゴルの民間伝承 東洋文庫59 A・モスタールト著 磯野富士子訳 平凡社 1966
古典漢文の新研究 鈴木修次 三省堂 1966
中国からの手紙2 アンナ・ルイズ・ストロング著 藤村俊郎訳 みすず書房 1966
中国近代産業発展史 中国綿紡織史稿 厳中平著 依田憙家訳 校倉書房 1966
中国哲学史 新編1 馮友蘭著 森下修一訳 林書店 1966
中国の青年運動 続・中国の集団主義 胡耀邦著 小林文男編訳 明治図書 1966
中国の笑話 笑話叢珠笑苑千金 荘司格一・清水永吉・志村良治共訳 筑摩書房 1966
中国の俗信と法思想 増田福太郎 三和書房 1966
中国文明の伝統 香川宏・田川純三・清水幸浩 日本放送出版協会 1966
両漢租税の研究 中国学術研究双書2 吉田虎雄 大安 1966
満鉄2 現代史資料32 伊藤武雄・萩原極・藤井満洲男編 みすず書房 1966
漢魏詩の研究 鈴木修次 大修館書店 1967
古代中国の精神 筑摩叢書91  貝塚茂樹 筑摩書房 1967
古典漢文の基礎 山本哲夫 洛陽社 1967
崑崙の玉 井上靖 オール読物1967年7月号
満州族の社会組織 S.M,シロコゴロフ 大間知篤三・戸田茂喜訳 刀江書院 1967
満鉄 現代史資料33 伊藤武雄・萩原極・藤井満州男編 みすず書房 1967
宋元以来俗字譜 近世文学史研究の会 文化書房博文社 1968
中国思想史 小島祐馬 創文社 1968
律令を中心とした日中関係史の研究 曽我部静雄 吉川弘文館 1968
説苑 中国古典新書 劉向 高木友之助訳 明徳出版社 1969
古代の復活 名著シリーズ 貝塚茂樹 講談社 1971
中国千夜一夜 女読むべからず 上下 林房雄 河出書房 1967
中国哲学史2 新編 馮友蘭著 森下修一訳 林書店 1967
中国の思想 伝統と現代 NHKブックス 竹内実 日本放送協会 1967
中国文芸論戦 李何林編 大安 1967
中国文芸概説 境武男 秋田大学中央研究室 1967
中国昔話考 村山孚 鷺の森書房 1967
中国古典文学大系 60巻 平凡社 1968
中国経済の基礎構造 大塚恒雄 白桃書房 1967
中国文学史研究 増田渉 岩波書店 1967
京都大学人文科学研究所所蔵甲骨文字索引 貝塚茂樹編 京都大学人文科学研究所 1968
中国古代寓話集 東洋文庫 後藤基巳編訳 平凡社 1968
中国思想論集 西順蔵 筑摩書房 1969
中国の思想家たち 桃源ブックス 野末陳平 桃源社 1968
講座現代中国 全3巻 菅沼正久等編 大修館書店 1969
中国古尺集説 薮田嘉一郎 京都・綜倪藝舎 1969
中国処世訓 戸崎平爾 日本文芸社 1969
中国的思惟の伝統 対立と統一の論理 大浜皓 勁草書房 1969
中国文化の成熟 世界歴史シリーズ15 世界文化社 1969
中国での文学運動の展開資料 1950年代後半から60年代初めの河北省での詩歌運動を中心に 秋吉久紀夫著 中国文学評論社 1969
東洋学文献叢説 神田喜一郎 二玄社 1969
東洋学報総目録 第1巻~50巻 明治42年~昭和43年 東洋文庫 1969
芭蕉と杜甫 太田青丘 法政大学出版局 1969
黄土地帯 アンダーソン著 松崎寿和訳 学生社 1970
康熙帝伝 東洋文庫 ブーヴェ著 後藤末雄訳 平凡社 1970
小島祐馬政論雑筆 内田智雄編 みすず書房 1970
宋元明通俗小説選 中国古典文学大系25  枝松茂夫他訳 平凡社 1970
中国古代政治思想研究 「左伝」研究ノート 歴史学研究叢書 小倉芳彦 青木書店 1970
中国古代喪服の基礎的研究 谷田孝之 風間書房 1970
中国春夢譚 上田学而 日本文芸社 1970
中国の国家と法 東大社会科学研究叢書 針生誠吉 東京大学出版会 1970
中国の建築 竹島卓一 中央公論美術出版 1970
中国の笑話と小咄 武藤禎夫 東京堂出版 1970
民報索引 上・下 小野川秀美編 京都大学人文科学研究所 1970-1972
政治論集 中国文明選11  宮崎市定 朝日新聞社 1971
呉子 中国古典新書 呉起編 松井武男訳 明徳出版社 1971
儒教と道教 M・ウェーバー 木全徳雄訳 創文社 1971
続海濤集・帰去来 東洋文庫 郭沫若 平凡社 1971
大学・中庸・孟子 世界古典文学全集18  金谷治編 筑摩書房 1971 
中国関係図書目録 和文 1957-1970 近代中国研究会編 東洋文庫 1971
中国教育宝典 上・下 世界教育宝典 加藤常賢編 玉川大学出版部 1971
中国近代国民経済史 上・下 中国近代経済史研究会編訳 雄渾社 1971
中国承認への道 A・ドーク・バーネット 伊藤忠雄・佐藤紀久夫訳 時事通信社 1971
中国・東南アジア 世界の旅 新編1 座右宝刊行会・三友社編 小学館 1971
中国の工業企業管理 菅沼正久 アジア経済研究所 1971
中国の神話 筑摩教養選 貝塚茂樹 筑摩書房 1971
中国人の思想 野末陳平 陳文館 1971
中国文明選 朝日新聞社 1971
中国文明と官僚制 エチアヌ・バラーシュ 村松祐次訳 みすず書房 1971
范滂伝 書跡名品叢刊162  宋・黄山谷 二玄社 1971
明末清初政治評論集 中国古典文学大系57  後藤基巳、山井湧編訳 平凡社 1971
アジア新時代の国ぐに 揺れる経済・燃える社会 根岸富二郎編 毎日新聞社 1972
芥子園画伝国訳釋解 山本元 藝艸堂 1972
中国科学技術史論集 吉田光邦 日本放送出版協会 1972
中国古代における人間観の展開 板野長八 岩波書店 1972
戦火叢書55 昭和17・18年の支那派遣軍 朝雲新聞社 1972
中国の怪談 潮文社リヴ 中岡俊哉 潮文社 1972
中国の思想 現代教養文庫 村山吉広 社会思想社 1972
中国の故事名言 ツインブックス 駒田信二 ベストセラーズ 1972
中国の鉱物資源 海外資料34  金属鉱物探鉱促進事業団 1972
中国人の戦略 阿部幸夫 芸術生活社 1972
中国人の思考様式 小説の世界から 講談社現代新書 中野美代子 講談社 1972
東洋学文献類目 1970年度 京都大学人文科学研究所 1972
文心雕竜 中国古典新書 劉勰著 戸田浩暁訳注 明徳出版社 1972
明末清初の絵画 川原正二 時の美術社 1972
目で見る世界の旅19 中国 国際情報社 1972
王漁洋 漢詩大系23  青木正児他編 集英社 1973
画論 中国古典新書 古原宏伸 明徳出版社 1973
弘明集研究 上・中・下 牧田諦亮編 京都大学人文科学研究所 1973-75
国共合作 中公新書 波多野善夫 中央公論社 1973
支那学文薮 狩野直喜 みすず書房 1973
全釈漢文大系 全33巻 集英社 1973-1980
中華人民共和国出土文物展覧展品選集 北京・文物出版社 1973
中国象棋 入門と戦術 張秀爾 天元書房 1973
中国人の知恵 乱世に生きる 講談社現代新書 諸橋轍次 講談社 1973
中国に生きる 日中友好に半生を賭ける女の戦い 北崎可代 講談社 1973
中国の隠者 乱世と知識人 岩波新書 富士正晴 岩波書店 1973
中国のことわざ 福島寿英雄 東亜同学会 1973
中国の世界 オーエン・ラチモア 青木繁・江頭数馬編訳 毎日新聞社 1973
中国のふしぎな話 小学生の中国文学全集10  秋山洋子 学燈社 1973
東都事畧 和刻本正史別巻1 長沢規矩也解題 汲古書院 1973
明の赤絵 陶磁大系43 藤岡了一 平凡社 1973
草原の革命家たち モンゴル独立への道 中公新書 田中克彦 中央公論社 1973
漢唐壁画 外文出版社 1974
中国の科学と文明 全11巻 ジョゼフ・ニーダム著 藪内清ほか訳 思索社 1974~
中国文学史 吉川幸次郎述、黒川洋一編 岩波書店 1974
哲人列伝 日本・東洋篇 勝部真長 第一法規出版 1974
蔵蒙旅日記 寺本婉雅 芙蓉書房 1974
顔氏家訓彙注 周法高選注 京都・中文出版社 1975
北アジア史研究 匈奴篇 内田吟風 同朋舎 1975
三国志入門 立間祥介 日本文芸社 1975
私説聊斎志異 安岡章太郎 朝日新聞社 1975
人物中国志6 辺境編 漠北と南溟 藤本幸三著 毎日新聞社 1975 
中国農学書録 付 中国古農書考 王敏明著 天野元之助校訂 龍渓書舎 1975
正名と狂言 古代中国知識人の言語世界 大室幹雄 せりか書房 1975
中国美術紀行 宮川寅雄 講談社 1975
明末中国仏教の研究 特に智旭を中心に 張聖厳 山喜房仏書林 1975
アジア仏教史 中国篇2 中村元ほか編 佼成出版社 1976
印人伝集成 伏見冲敬編 汲古書院 1976
滑稽 古代中国の異人たち 大室幹男 評論社 1976
中国古代文様史 上下 渡辺素舟 雄山閣 1976
中国主要産業を規定する諸条件 日中経済協会 1976
中国の古代文学 1 神話から楚辞へ 白川静 中央公論社 1976
中国の古代文学 2 史記から陶淵明へ 白川静 中央公論社 1976
漠南書庫中国印譜解題 横田実 二玄社 1976
殷周古代史の再構成 貝塚茂樹著作集3 中央公論社 1977
殷周青銅器分類図録 2冊 陳夢家編 松丸道雄編 汲古書院 1977
古代漢字彙編 小林博編 木耳社 1977
儒教社会の女性たち(世界の女性史16) 岸辺成雄編 評論社 1977
征服王朝の時代 新書東洋史3 笠沙雅章 講談社 1977
中国朝鮮地名別称索引 東京国書刊行会 1977
中国の印刷術 東洋文庫315,316 カーター著 薮内清、石橋正子訳注 平凡社 1977
東洋哲学史 橋本芳契 明玄書房 1977
中国の祝事 都丸十九一、坂田友宏 明玄書房 1978
中国の俗諺 田中清一郎 白水社 1979
元代吏制研究 許凡 労働人事出版社 1984
中国人の日本人観100年史 小島晋治、伊東昭雄、光岡玄 自由国民社 1974
中国式のおかず 波多野須美編 主婦の友社 1975
中国哲学研究 楠本正継 国士舘大学附属図書館 1975
中国と第三世界 新井宝雄 大和出版販売 1975
中国の神話 白川静 中央公論社 1975
中国古代の伝承 貝塚茂樹著作集5 中央公論社 1976
中国詩文選 24冊 筑摩書房 1976
中国浄土教史研究 塚本善隆著作集4 大東出版社 1976
中国の建築と都市 アンドリュー・ボイド 田中淡訳 鹿島出版会 1976
中国の自然と社会 江口旻・玉井健三共著 文化書房博文社 1976
中国の鉱物資源 日本貿易振興会 1976
東洋学の創始者たち 吉川幸次郎編 講談社 1976
論集近代中国と日本 山根幸夫 山川出版社 1976
武内義雄全集 全10巻 角川書店 1977-79
中国古代の社会制度 貝塚茂樹著作集2 中央公論社 1977
中国古代の宗教と文化 殷王朝の祭礼 赤塚忠 角川書店 1977
中国古代の精神 貝塚茂樹著作集6 中央公論社 1977
中国古代の植物学の研究 水上静夫 角川書店 1977
中国古代文学論 詩経の文学性 鈴木修次 角川書店 1977
中国女性史 笠間選書 山川麗 笠間書院 1977
中国土地改革体験記 中公新書 秋山良照 中央公論社 1977
中国農業と大寨 渡辺信夫・川村嘉夫・森久男共編訳 龍渓書舎 1977
中国人の論理学 諸子百家から毛沢東まで 中公新書 加地伸行 中央公論社 1977
中国都城・渤海研究 駒井和愛 雄山閣出版 1977
中国の鉄鋼業 日中経済協会編 日中経済協会 1977
中国の孝道 講談社学術文庫 桑原隲蔵  講談社 1977
民本思想の物語 秋山叢書 田所義行 秋山書店 1977
五代会要 王溥纂 上海古籍 1978
詩的把握 陳正祥 香港商務印書館 1978
秦漢的方士与儒生 顧頡剛 上海古籍出版社 1978
清末上海租界社会 呉圳義 文史哲出版社 1978
中国古代絹織物史研究 下 佐藤武敏 風間書房 1978
中国古代の学術と政治 中国叢書 顧頡剛著 小倉芳彦ほか訳 大修館書店 1978
中国女性史 太平天国から現代まで 平凡社選書 小野和子 平凡社 1978
中国人の生活 文庫クセジュ ミシェル・ジャン 小川特明 白水社 1978
中国水墨画の精髄 芸術叢書 吉村貞二 美術公論社  1978
中国文学と日本文学 鈴木修次 東京書籍 1978
漢書律暦志の研究 能田忠亮・薮内清 臨川書店 1979
現代化中国の旅 社会学者訪中報告 福島直編 東京大学出版会 1979
康熙帝の手紙 中公新書 岡田英弘 中央公論社 1979
中国 世界の国ぐに20   佐藤弘一監修 ポプラ社 1979
中国近代化の幻視 日中関係の新たな視覚 長谷川慶太郎著 ダイヤモンド社 1979
中国古代籍帳研究 概観・録文 池田温 東京大学出版会 1979
中国古代農民反乱の研究 木村正雄 東京大学出版会 1979
中国式・目の体操 本多伝 立風書房 1979
中国宗教における受容・変容・行容 道教を軸として 窪徳忠 山川出版社 1979
中国上代説話の研究 若水俊 JCA出版 1979
中国トロッキスト回想録 中国革命と再発掘 アジア叢書 王凡西著 矢吹晋訳 柘植書房 1979
中国人の生活風景 東方選書 内山完造 東方書店 1979
中国人の発想 岡本隆三 徳間書店 1979
中国人の発想80の知恵 守屋洋 日本文芸社 1979
東洋学論集内容総覧 国書刊行会 1979
明末宗教思想の研究 管東溟の生涯とその思想 荒木見悟 創文社 1979
孟子研究 猪口篤志 笠間書院 1979
王漁洋詩論之研究 黄景進著 台北 古史哲出版社 1980
音容日に遠し 吉川幸次郎 筑摩書房 1980
科挙の話 試験制度と文人官僚 講談社現代新書 村上哲見 講談社 1980
現代化への意欲 西南中国を訪ねて 第四次訪中団 全国農協職員連盟 1980 
元刊雑劇三十種新校 2冊 徐沁君校 中華書局 1980
中国学入門 田所義行 秋山書店 1980
中国古代書籍史 竹帛に書す 銭存訓著 沢谷昭次、宇津木章ほか訳 法政大学出版局 1980
呉子・尉繚子の兵法 守屋洋 産業能率大学出版部 1980
中国古代の民俗 講談社学術文庫 白川静 講談社 1980
中国「人民公社」実態調査ノート 佐藤慎一郎 大湊 1980
中国とソ連 中西治 日本工業社 1980
中国の構図 現代と歴史 吉田光邦 駸々堂 1980
中国の自然と民俗 田中克己 研文出版 1980
現代中国 政治大系の比較分析 ジェームズ・R・タウンゼント 小島朋之訳 慶応通信 1980
中国浄土教史の研究 道端詩良秀 法蔵館 1980
中国人の街づくり 相模選書 郭中端・堀込憲二著 相模書房 1980
中国人物史100話 林 亮 立風書房 1980
中国の布教と迫害 イエズス会士書簡集 東洋文庫 矢沢利彦編訳 平凡社 1980
中国石窟シリーズ 全17巻 平凡社 1980~1990
中国歴史地名大辞典 劉鈞仁著 凌雲書房 1980
東洋学関係目録集第1 川越泰博 国書刊行会 1979
東洋学著作目録類総覧 川越泰博 沖積舎 1980
霧社事件 台湾高砂族の蜂起 中川浩一・和歌森民男編著 三省堂 1980
アジアを知るために 鶴見良行 筑摩書房 1981
永楽宮壁画 中国外文出版社編 美乃美 1981
王船山詩文集 修羅の夢 東洋文庫393 王船山 高田淳編訳 平凡社 1981
簡論李白与杜甫 燕白 四川人民出版社 1981
鬼神と人間の中国 新潮古代美術館10 樋口隆康、陳舜臣、繭山康彦 新潮社 1981
京都大学人文科学研究所漢籍目録 同朋舎 1981
古典の叡知 学術文庫 諸橋轍次 講談社 1981
三国志の英雄群像 松本一男 徳間書店 1981
宰相型人間の研究 守屋洋 PHP研究所 1981
周漢遺宝 帝室博物館編 国書刊行会 1981
中国古代宗教史研究 制度と思想 池田未利 東海大学出版会 1981
中華人民共和国主要法令集1 中国研究所 1981
中国古代文化の研究 加藤常賢 明徳出版社 1981
中国式性教育 厳仁英編 劉達坤訳 日中出版 1981
中国人の知恵ツボの本 張明澄 久保書店 1981
中国哲学史研究論集 荒木教授退休記念 葦書房 1981
中国鉄道の旅 1 北京ー烏魯木斉線 中国鉄道出版社編 美之美 1981
中国鉄道の旅 2 北京ー東南地区 中国鉄道出版社編 美之美 1981
中国鉄道の旅 3 北京ー東北地区 中国鉄道出版社編 美之美 1981
中国鉄道の旅 4 北京ー中南地区 中国鉄道出版社編 美之美 1981
中国鉄道の旅 5 北京ー西南地区 中国鉄道出版社編 美之美 1981
中国の刻石 中西慶爾 木耳社 1981
先秦漢初の財政経済の経緯 原富男 春秋社 1981
先秦諸子百家争鳴時代考 原富男 三信図書 1981
台湾考古民族誌 考古民俗叢書18  国分直一 慶友社 1981
東洋学論叢 飯田利行博士古稀記念 国書刊行会 1981
焚書夜話 大類雅敏 栄光出版社 1981
夢渓筆談 東洋文庫 沈括 平凡社 1981
科学史からみた中国文明 NHKブックス 藪内清 日本放送協会 1982
顔氏家訓 中国古典新書 顔之推著 宇野精一 明徳出版社 1982
雁門集 薩都拉(さつとら)  中国古典文学叢書 上海古籍出版社 1982
胡蝶と荘周 続人生行路の賦 原富男 三信図書 1982
三国志の英雄たち 守屋洋ほか 新人物往来社 1982
大学・中庸・孟子 世界古典文学全集 金谷治編 筑摩書房 1982
中国近代化の史的展望 東亜文化叢書6 東亜文化研究所 霞山会 1982
中国古代説話の思想史的考察 小野沢精一 汲古書院 1982
中国古代的類書 胡道静 中華書局 1982
中国四季の花 中国カラー文庫8 美乃美 1982
中国の寺・日本の寺 東方選書10 鎌田茂雄 東方書店 1982
中国の建築 中国建築科学研究院 末房由美子訳 小学館 1982
中国歴史・文化地理図冊 陳正祥編著 梅村坦訳 原書房 1982
明の陶磁 デイジー・リオン・ゴールドシュミット著 駸々堂出版 1982
キジル石窟 中国石窟 全3巻 平凡社・中国文物出版社編 平凡社 1983-1985
諸葛孔明の世界 加地伸行編 新人物往来社 1983
中国人の機智 井波律子 中央公論社 1983
中国人の生活哲学 東方選書11 丁秀山 東方書店 1983
中国土壌 改良利用・性質・肥沃度・生成分類 中国科学院南京土壌研究所主編 川瀬金次郎・菅野一郎訳 博友社 1983
シンガポール華文小説選 上 東南アジアブックス 陳徳俊編 井村文化事業社 1983
中国古代の城 中国に古代城址を訪ねて 研文選書17  五井直弘 研文出版 1983
中国古代倫理学の発達 加藤常賢 二松学舎大学出版部 1983
中国傷寒論解説 劉渡舟、勝田正泰ほか訳 東洋学術出版社 1983
鉄砂拳(中国拳法・秘伝必殺) 竜清剛 日東書院 1983
科挙 中国の試験地獄 文庫 宮崎市定 中央公論社 1984
好太王碑の研究 王健群 雄渾社 1984
黄土地帯紀行 人類の起源を求めて 賀川光夫 六興出版 1984
古銅器形態の考古学的研究 梅原末治考古図録集13  同朋舎出版 1984
書概 書論集 劉熙戴 高畑常信訳 木耳社 1984
中国古代の商工業と専売制 影山剛 東京大学出版会 1984
中国社会への散歩 十億の隣人はいま 有斐閣選書 中野謙二 有斐閣 1984
中国の近代化と教育 世界新教育運動選書6 石川啓二他 明治図書出版 1984
中国人の宗教儀礼 仏教・道教・民間信仰 大淵忍爾 福武書店 1984
中国生活誌 黄土高原の衣食住 竹内実・羅漾明対談 大修館書店 1984
中国の国際環境と対外政策 中国問題研究所 1984
中国の宗教・思想と科学 牧尾良海博士頌寿記念論集 同刊行会編 国書刊行会 1984
中国古典詩聚花 3 詠史と詠物 市川桃子 尚学図書 1984
中国鉨印源流 補・近代人の篆刻 銭君匋・葉潞淵著 梅舒適訳編 木耳社 1984
中国女性解放の先駆者たち 中国女性史研究会編 日中出版 1984
讖緯思想の総合研究 安居香山編 国書刊行会 1984
中国農業地理 劉世錡著 農山漁村文化協会 1984
鄭義下碑 上・下 書道名蹟基本叢書 藤原楚水監修 三省堂 1984
芭蕉扇 中国歳時記風物記 澤田瑞穂 平河出版社 1984
明末清初 福本雅一 同朋舎 1984
遣唐使 唐代中日文化交流史略 姚嶂剣 陝西人民出版社 1984
中国古代度量衡図集 邱隆ほか編 山田慶児、浅原達郎訳 みすず書房 1985
中国古代のスポーツ 邵文良編著 ベースボール・マガジン社 1985
中国珍奇怪異物語 旺文社文庫 寺尾善雄 旺文社 1985
中国の石油産業 神原達ほか 幸書房 1985
中国の宗族と演劇 華南宗族社会における祭祀組織・儀礼および演劇の相関構造 田仲一成 東京大学出版会 1985
中国神話物語 袁珂著 大学書林 1985
唐伝奇入門 呉志達 赤井益久訳 日中出版 1985
明末農民反乱の研究 佐藤文俊 研文出版 1985
論集東アジアの食事文化 石毛直道編 平凡社 1985
崑崙の秘境探検記 中公新書821  周 正  中央公論社 1986
諸葛孔明の生涯 寺尾善雄 旺文社 1986
銭起詩索引 田部井文雄編 汲古書院 1986
中国五大石窟の旅 紀野一義 佼成出版社 1986
中国詩歌原論 比較詩学の主題に即して 松浦友久 大修館書店 1986
中国人の歴史意識 平凡社選書11 川勝義雄 平凡社 1986
中国聖賢のことば 講談社学術文庫 五十沢二郎 講談社 1986
中国説客列伝 徳間文庫 守屋洋 徳間書店 1986
中国の風水思想 J・J・M・デ・ホロート 第一書房 1986
中国美術史 小杉一雄 南雲堂 1986
纏足物語 岡本隆三 東方書店 1986
道教叢林太清宮志 五十嵐賢隆 国書刊行会 1986
道教研究のすすめ その現状と問題点を考える 秋月観暎編 平河出版社 1986
東洋学発掘 安岡正篤 明徳出版社 1986
満洲1945年 木島三千男編 地久館 1986
明末清初モンゴル法の研究 島田正郎 創文社 1986
羅振玉年譜 羅継祖輯述 羅昌霖校補 文史哲出版社 1986
両漢思想の研究 田中麻紗巳 研文出版 1986
歴代兵制浅説 王暁衛・劉昭祥 北京・解放軍出版社 1986
女たちのアジア 新書 松井やより 岩波書店 1987
近世日本漢文学史論考 水田紀久 汲古書院 1987
呉子 中国古典兵法書 呉起著 尾崎秀樹訳・解説 教育社 1987
黒旗軍 19世紀中国の農民反乱 陳白塵撰述 佐藤公彦訳 研文出版 1987
古代東アジアの装飾墓 町田章 同朋舎 1987
儒教史 世界宗教史叢書10 戸川芳郎・蜂屋邦夫・溝口雄三 山川出版社 1987
戦間期日本繊維産業海外進出史の研究 藤井光男 ミネルヴァ書房 1987
禅思想史研究 3 鈴木大拙 岩波書店 1987
中国通俗小説書目 大塚秀高編著 汲古書院 1987
中国の宗教と社会 M・フリードマン著 田村克己ほか訳 弘文堂 1987
道教思想史研究 福永光司 岩波書店 1987
道教と宗教文化 秋月観暎編 平河出版社 1987
道教聖典 小柳司気太訳  心交社 1987
道教と古代日本 福永光司 人文書院 1987
藤堂明保中国語学論集 汲古書院 187
中国式人相学入門 松本一男 PHP:研究所 1987
中国書蹟大観 全7巻 文物出版社 講談社 1987
中国人の酒落と諺 吉田隆 広報社 1987
中国・朝鮮地名異称辞典 国書刊行会 1987
中国鉄道の旅 エリアガイドブック114  南正時 昭文社 1987
中国都城の起源と発展 楊寛 学生社 1987
中国とたたかったチベット人 チベット叢書 ジャムヤン・ノルブ編著 日中出版 1987
中国の朝鮮族  延辺朝鮮族自治州概況 大村益夫訳 むくげの会 1987
麦積山石窟 中国石窟シリーズ 平凡社 1987
木簡手帖 呉恵霖 木耳社 1987
論集中国社会・制度・文化史の諸問題 中国書店 1987
アジアその多様なる世界 第2回「大学と科学」公開シンポジウム組織委員会 朝日出版社 1988
ガラスの道 中公文庫 由水常雄 中央公論社  1988
漢書食貨・地理・溝洫志 東洋文庫488  班固著 永田英正・梅原郁訳注 平凡社 1988
近世日本と東アジア 荒野泰典 東京大学出版会 1988
古代中国 驚異の知恵と技術 佐藤鉄章 徳間書店 1988
「三国志」に学ぶ興亡の原理 守屋洋 パンリサーチインスティテュート 1988
周易 古代中国的世界図式 鳥恩溥著 吉林文史出版社 1988
周原与周文化 陳全方 上海人民出版社 1985
中国漢詩心の旅 全5巻 田川純三著 世界文化社 1988-1990
中国近代思想史 張錫勤編 黒龍江人民出版社 1988
中国古代養生思想の総合的研究 坂出祥伸編 平河出版社 1988
中国人のトポス 洞窟・風水・壺中天 平凡社選書 三浦国雄 平凡社 1988
中国生活事典 白馬出版 1988
中国朝鮮族の教育文化史 李埰畛 鎌田光澄訳 コリア評論社 1988
中国の隠遁思想 中公新書 陶淵明の心の軌跡 小尾郊一著 中央公論社 1988
中国の哲学・宗教・芸術 福永光司 人文書院 1988
中国の工業化と産業技術進歩 研究双書373 丸山伸郎 アジア経済研究所 1988
中国の年中行事 平凡社選書 中村喬 平凡社 1988
道教典籍目録・索引 大淵忍爾・石井昌子編 国書刊行会 1988
霧社緋桜の狂い咲き 虐殺事件生き残りの証言 ピホワリス著 加藤実編訳 教文館 1988
木簡小字典 佐野光一編 雄山閣 1988
巌窟蔵鏡 梁上椿著 田中琢・岡村秀典訳 同朋舎  1989
黄晢暎 武器の影 上・下 高崎宗司ほか訳 岩波書店 1989
故土 蘇叔陽 馬場与志子訳 中国書店 1989
古陶文彙編 高明編 東方書店 1989
商君書索引 鈴木一郎編 風間書房 1989
仙界とポルノグラフィー 中野美代子 青土社 1989
中国近代女子教育史 1865~1945  盧燕貞 文史哲出版社 1989
中国近代化の政治経済学 岡部達味 PHP研究所 1989
中国古代の祭礼と歌謡 東洋文庫500  マーセル・グラネ著 内田智雄訳 平凡社 1989
中国古代の諸民族 李家正文 木耳社 1989
中国人の本音 孔健 大陸書房 1989
中国人のはらわた 蓮根藤 はまの出版 1989
中国石窟雲崗石窟1 雲崗石窟文物保管所 平凡社 1989
中国図書の歴史 庄威著 吉村善太郎訳 京都・臨川書店 1989
中国とソ連 岩波新書 毛里和子 岩波書店 1989
中国の工芸 出光美術館蔵品図録 出光美術館編 平凡社 1989
中国の思想的危機 研文選書44  林毓生著 丸山松幸・陳正醍訳 研文出版 1989
中国の食文化 周達生 創元社 1989
中国犯科帳 波野徹編訳 平河出版社 1989
中国文化のルーツ 上下 郭伯南ほか著 東京美術 1989
中国歴代詩歌選集 福田稔編注 丘書房 1989
木簡の書 宇野雪村著 大庭脩解説 同朋舎 1989
やきもののシルクロード 加藤卓男 中日新聞本社 1989
やきもの文化史 景徳鎮から海のシルクロード 岩波新書 三杉隆敏 岩波書店 1989
読み切り三国志 井波律子 筑摩書房 1989
論集東北アジアの考古学 東北アジア考古学研究会 六興出版 1989
顔氏家訓2 東洋文庫 顔之推著 宇都宮清吉訳注 平凡社 1990
元典章 海王邨古籍叢刊 中国書店 1990
古典文字字典 師村妙石編 東方書店 1990
三国志の英傑 講談社現代新書1030  竹田晃 講談社 1990
中国 民主化運動の歴史 姫田光義著 青木書店 1990
中国古代農業博物誌考 胡道静著 渡部武訳 農山漁村文化協会 1990
中国次の10年 宮崎正弘 天山出版 1990
中国人の知恵 ワニ文庫 松本一男 ベストセラーズ 1990
中国政経用語辞典 愛知大学国際問題研究所編 大修館書店 1990
中国知識人の精神史 上下 フマニタス選書 李羨林 北樹出版 1990
中国と世界経済 上野秀夫 中央経済社 1990
続 中国の年中行事 平凡社選書 中村喬 平凡社 1990
新楽府・秦中吟の研究 近藤春雄 明治書院 1990
馬占山将軍 東洋のナポレオン 立花丈平 徳間書店 1990
夜鳴く鳥 古代中国の医学・呪術・伝説 山田慶児 岩波書店 1990
漢書列伝 中国古典新書続編15  高木友之助・片山兵衛訳注 明徳出版社 1991
映画で語る中国・台湾・香港 戸張東夫著 丸善ライブラリー 1991
元曲釈詞 全4冊 顧学頡・王学奇編著 中国社会科学出版社 1991
香妃考證研究 姜龍昭 1991
儒教思想と教育 鍾清漢 成文堂 1991
中国化学史話 上・下 ポピュラー・サイエンス 曹元宇 裳華房 1991
中国古代の占法 技術と呪術の周辺 坂出祥伸 研文出版 1991
中国女性 家・仕事・性 秋山洋子編訳 東方書店 1991
中国書道の基礎的研究 塚田康信著 東方書店 1991
中国新蚕農書考 「蚕務条陳」と「農学報」 池田憲司 自家本 1991
中国神話の文化人類学的研究 池田末利編 鉄井廣紀著 平河出版社 1991
中国の千年王国 三石善吉 東京大学出版会 1991
中国古代の生活史 林己奈夫 吉川弘文館 1992
中国哲学 講談社学術文庫 宇野哲人 講談社 1992
中国婚姻史 新・中国文化史叢書15  蘇冰 文津出版社 1994
中国古代文化精要 劉洪仁 巴蜀書社 2003
秦漢儒教の研究 齋木哲郎 汲古書院 2004
建安七子集 中国古典文学基本叢書 兪紹初輯校 中華書局 2005
皇朝編年綱目備要 陳均編 中華書局 2006

沖縄の名字はなぜ独特なのか?

M20150716085_2015071608501   「火花」で芥川賞を受賞した又吉直樹。出身地は大阪府寝屋川市とあるが、父は沖縄、母は加計呂麻島の出身。1996年に又吉栄喜が「豚の報い」で同賞を受賞しており、又吉姓は2人目となる。沖縄には他県とまつたく異なる特有の苗字がある。映画「モアナと伝説の海」日本語吹き替えモアナ役の屋比久知奈。「屋比久(やびく)」は沖縄特有の苗字である。「あまちゃん」蔵下穂波が沖縄出身のアイドル喜屋武エレンを演じていた。「喜屋武(きゃん)」も沖縄県特有の苗字である。沖縄に多い苗字のランキング。比嘉、金城、大城、宮城、新垣、玉城、上原、島袋、平良、知念、宮里、仲宗根、下地、照屋、砂川、城間、仲村、新里。

   ほかに順不同で安室、安仁屋、安里、赤嶺、池城、石嶺、伊良部、我那覇、嘉弥真、渡真利、目取真、諸見里、屋良、与那嶺、与那覇、玉城、玉元、具志堅、渡嘉敷、古波蔵、嘉手納、仲間、宜保(ぎぼ)、桑江、天久(あめく)、知花、安座間、喜納、宮國、糸数、翁長(おなが)、外間(ほかま)、真栄城、島尻、我謝(がじゃ)など。

 沖縄の名字には同じ漢字でも読み方が何通りもあることがある。新垣は、新垣結衣(あらがきゆい)、新垣渚(あらかきなぎさ)、新垣里沙(にいがきりさ)と読み方がそれぞれ異なる。島袋も「しまぶく」あるいは「しまぶくろ」と読んだりする。金城(かなぐすく)も普通に「きんじょう」と読ませることもある。沖縄の名字が独特な理由は、江戸時代、薩摩藩が大和風の名前を禁止したことに由来する。

夏本番「あー夏休み」

Img_0001   きのう、気象庁は関東甲信、東海、近畿、中国地方の梅雨明けを発表した。いよいよ夏本番ですね。

定番の夏うたを集める。山下達郎「さよなら夏の日」、TUBE「あー夏休み」、INFINITY16「真夏のオリオン」、家入レオ「君がくれた夏」、aiko「花火」、大塚愛「プラネタリウム」、森山直太朗「夏の終わり」、サザン・オールスターズ「真夏の果実」。

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  夏に相応しい洋楽BGMを聞く。「夏の日の恋」というとムード音楽の定番で、パーシー・フェイスが有名だが、ジョニー・ソマーズのハスキー・ボイスの歌入りやパティ・ペイジ、スキーター・ディヴィスもイイ感じ。日本ではスリーグレーセスのデビュー曲だった。(なんと今でもジョニー・ソマーズもスリーグレーセスも元気で歌っているらしい)もともと映画「避暑地の出来事」(1959年)の主題歌でマックス・スタイナーによって作曲され、ユーゴー・ウインターが歌った。翌年パーシー・フェイスがリリースして大ヒット、1961年グラミー賞を受賞している。
「夏にキッス、冬に涙」Summer Kisses,Winter Tears というエルヴィス・プレスリーの歌も想い出の夏ソングだ。日本の夏うたは「追いかけて夏」という小沢なつみの歌が僕の定番。ジェッタリン・ジン「夏祭り」、井上陽水「少年時代」もよく聞く。secret bace ~君がくれたもの zone、、ゆず「夏色」。石川ひとみ「マリンブルーに溶けないで」。松田聖子「白いパラソル」。(7月2日)

人類、月に立つ 1969年

Photo_2   1969年7月16日、二ール・アームストロング船長、マイケル・コリンズ、エドウィン・オルドリンの3名を乗せたアポロ11号はケネディ宇宙センターから発射され、7月20日、アームストロングとオルドリンは人類として初めて月面に降り立った。「この一歩は小さいが、人類にとっては飛躍である」とのメッセージを地球に送った。この瞬間はテレビでも放送され世界中が固唾を呑んで見守った。

(Apollo,Neil Armstrong,Michael Collins,Edwin Aldrin,Jr.)

2017年7月19日 (水)

外国人名のカナ表記

   近年、地名や人名などの固有名詞を現地音に近い発音で表記するようになっている。たとえば、マゼランは「マガリャエンス」、ザビエルは「シャビエル」と変更されている。しかし古くから親しんだ名前を覚えなおすことは多少とも労力をともなうのでなかなか改められない。画家のゴッホもオランダ語の発音に従うなら「ホッホ」がより近い。しかし、これはわれわれの習慣から離れすぎるのか、今でも「フィンセント・ファン・ゴッホ」あるいは「ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ」が一般的である。いちばん発音が難しい人名はアメリカ独立戦争の英雄タデウシュ・コチューシコ。コシューシコと表記されることが多い。ドイツの医者シーボルト。標準ドイツ語では「ジーボルト」だが、日本語の慣用的表現で「シーボルト」と書かれることが多い。

ジュディ・ガーランド

834950507373ff5d  本日のBSプレミアムシネマはフレッド・アステア、ジュディ・ガーランド主演「イースター・パレード」(1948年)。ジュディ26歳の作品。フレッド・アステアは戦前から日本でもよく知られていたが、太平洋戦争のため、ジュディの出演作は日本で公開されなかった。「オズの魔法使い」が日本で公開されたのはこれよりも5年後のこと。

1922年6月10日、ミネソタ州グランド・ラピッズの生まれ。芸人の娘で、3歳から舞台に立ち、7歳のとき姉2人とガム・シスターズとしてデビュー。1936年MGMのテストをうけて合格。「オズの魔法使」のドロシー役は、シャリー・テンプルが演じるはずがトラブルになったため、代役としてジュディが演じることになった。40年代にMGMのミュージカルと青春映画を背負って立った。1969年6月22日、ロンドンのチェルシーの賃貸アパートの浴室で急死。死因は睡眠薬の過剰摂取による事故死と伝えられる。娘はもちろんライザ・ミネリ。 (Judy Garland,Grand Rapids)

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メキシコ美人伝説

 サッカーの本田圭佑がメキシコのパチューカへ移籍。メキシコというと何を連想するだろうか。ラテン音楽ではトリオ・ロス・パンチョスだ。それと「美人の国」。マリンチェというインディオの娘は、絶世の美人だった。メキシコに侵入した最初のスペイン人首領エルナン・コルテスも、彼女の美しさにコロリと参ってしまった。こうして「メキシコは美人の国」という伝説は誕生した。アメリカのメキシコ観光ポスターなどを見ると異国的なメキシコ美人が微笑んでいるものが多い。それはラテン音楽に関してもいえる。

   「ベサメ・ムーチョ」というメキシコのボレロ風の曲は1941年にコンスエロ・ベラスケス(1924-2005)が作曲し、スウィング時代のアメリカでポピュラーとなった。「ベサメ・ムーチョ」(もっとキッスして)という情熱的な言葉は、日常茶飯事のように使われている。しかも、男性だけではなく、女性もよく使うという。この「ベサメ・ムーチョ」を作曲したベラスケスは当時17歳の可憐なピアニストだった。そして16年後に「カチート」(1957)を作曲する。ナット・キング・コールで世界的なヒット曲となった。日本でもフランク永井が「東京カチート」を歌いヒットした。多くの日本人は「カチート」を女性の名前か娘さんをイメージしていたものだ。これは「メキシコ美人伝説」のためである。ところが本来は「かけら」「分身」という意味で、転じて「自分の子ども」「ちびっ子さん」という意味である。それも男性名詞なので男の子。女の子ならば「カチータ」である。それでもラテン音楽、情熱的、メキシコ、美人という連想は消えそうにない。

カチート 私のカチート

神さまが 私にくれた天のきれはし

おまえは私の命だ

おまえを見つめていると

しあわせが 私の心にみちあふれる

なぜ おまえは私のカチートなのか

と ひとにたずねられるたびに

私は いつもこう答える

おまえは とてもかわいいから と

「ほうれい線」なぜ広辞苑にないのか?

Photo 広辞苑は1955年刊行以来、わが国の代表的な国語辞典としての地位を確立している。司法の世界では広辞苑が日本での常識レベルという認識がなされているとか。つまり、広辞苑に載っているか、載っていないかは言葉の標準常識の目安となる。だが言葉はつねに使われなくなったり、新しい言葉がつくられる。基本は国語辞典なので難しい漢語はない。「貂璫(ちょうとう)」とは宦官の意味だが収録されていない。不要なモノを捨てる「断捨離(だんしゃり)」は2010年ころの新語であるが、定着しつつある言葉である。おそらく次の改訂には追加されるかもしれない。「巨乳」など下品な言葉などは載っていない。正しき日本語に基づき、悪しき日本語は載せないというような暗黙の基準があるようだ。しかし「ラブラブ」(男女の仲が非常によいこと)という珍語は載っている。「ほうれい線」とは人の鼻の両脇から唇の両端に伸びる2本の皺(しわ)のこと。美容などで女性の間では一般的に使われているが、なぜか「広辞苑」にはのっていない。漢字の表記には「豊麗線」「豊齢線」「法令線」「頬齢線」とさまざま。語源は中国の面相学における「法令紋」に由来し、すべて当て字。広辞苑編集部で議論の末に見送られたと考えられるが、理由は明らかではない。

57137sa   「カイロノミー」指揮者が指揮棒を使わずに、手の動きによって指揮すること。「ドン引き」誰かの言動によって場の雰囲気が悪くなったりすること。よく使われるが、広辞苑にはない。「激辛グルメ」など日常よく見かける言葉「激辛(けぎから)」とか、電子レンジで加熱することを「チンする」というが、調査では9割以上の人が使っているにもかかわらず、広辞苑を引いても出ていない。視力検査で片目を覆う際に用いる遮眼子(しゃがんし)もない。遮眼灯(強盗提灯の別称)はのっている。

「劣化」は広辞苑には「品質が低下すること」と説明している。しかし最近では「老けた」という意味で使用されることが多くみうけられる。足の裏、親指の付け根のふくらんだ部分を拇指球という。

Imgp0318   「広辞苑」にも収録されない言葉は他にも多数ある。たとえば、「エンガチョ」は不浄のものを防ぐために囃子たてる子供による口遊びのひとつである。地方や時代によってその呼び名は異なり、関東ではエンガチョ、関西ではビビンチョである。なぜか岩波書店の「広辞苑」にはのっていない。「マタハラ」マタニティー・ハラスメントの略で、働く女性が妊娠・出産をきっかけに職場で嫌がらせや解雇など不当な扱いを受けた李すること。広辞苑にはマタニティー・ブルーはあるが、マタニティー・ハラスメントは掲載なし。「ワンオペ」とは、アルバイトなどシフトに1人で入ること。ワン・オペレーションの略。「納本制度」とは国立国会図書館が国内出版物の収集を図るため、法律により図書館に本を収めることを義務づけたもの。「キャレル(carrel)」は図書館の書庫に設けた個人用閲覧席。「ワラス線」いまではウォーレス線(掲載あり)といわれる。表記の違いで検索できないことがある。

   広辞苑にない言葉を集める。

アーバンゴルフ
アエピカメルス
味写
アットゥシ織
アトウォーター
アミタール面接法
アルティメット
安全拾得器
イケテる
イナバウアー
ウェルテル効果
英熟語
エンガチョ
大喜利
岡崎フラグメント
オブローク(仲間意識)
おもてなし
オレオレ詐欺
カイロノミー
家事ハラ
霞的(かすみまと)
滑舌(かつぜつ)
ガラケー
カルビナ(登山などで命綱をつなぐ器具)
カローリング
キハーダ(キューバの楽器)
キマロキ編成
きもい
キャノティエ(カンカン帽の別称)
キャバクラ
キャレル(個人用閲覧席)
Study20carrel 球電
久恋
逆玉
行徳のまな板
グラウンドホッグ・デー
クールビズ
グレムリン
クロンペン(オランダの木靴)
激辛(げきから)
ゲリラ豪雨
コールマン石
腰パン
コモン・マン
コルセーロ(海賊) Corsaire
細光峰(さいこうほう)
サプライズ
サブリース
サヴァン症候群
ジカ熱
視聴熱
遮眼子(しゃがんし)
捨欠伸(すてあくび)
スンプ法
仙台四郎
送寒衣(そうかんい)
卒婚
タギング(スプレーペンキの落書き)
ダバワラ
断捨離
チャコペン
チンコ坊主
手足口病
ツイッター
ツイート
中二病
通水カップ
ツンデレ
できちゃった婚
デルマーバ半島
統一球
豆腐の角に頭をぶつけて死ぬ
どっこい屋
飛び出し坊や
どや顔
ドローン
ドン引き
ナスカ地上絵
成田離婚
ネクラ
ねずみ鋳鉄
納本制度
ノーパン喫茶
のっこみ
ノマドワーキング
箱ひげ図
パラノーマル
パラパラ
ハリーポッター
バルシチナ(賦役労働)
ピアディーナ(イタリアの地方料理)
非降水エコー
ビートルズ
氷筍(ひょうじゅん)
フィーエルヤッペン
プロジェクション・マッピング
プロブレマティカ(未詳化石)
ヘタウマ
ヘタレ
ぺチュネグ人
ヘルヴェティア
変顔
ポイ(金魚すくいの紙のアミ)
ほうれい線
Boshikyu母指球(ぼしきゅう)
ホーボー
ボラート(係船柱)
マクンバ
マタハラ
マラニック
みたいな
目安針
模合(もあい)
萌え
野猿
ユンノリ
ラムスデン現象
ララヒッパリ
ランバダ
リカステ(植物)
ルリエール(製本)
レジェンド
ワラス線
ワンオペ
ワンコイン
ンナフカ祭り(宮古島の祭り)

久坂玄瑞の死

  元治元年のこの日、禁門の変がおこる。蛤御門の変ともいう。長州藩の久坂玄瑞らは鷹司輔熙邸に立て篭もるが、会津・薩摩・幕府軍の攻撃を受けて焼失する。玄瑞は寺島忠三郎と共に自刃する。数え年25歳だった。NHK大河ドラマ「花燃ゆ」禁門の変(蛤御門の変)。久坂には東出昌大が、寺島は鈴木伸之が扮した。(7月19日)

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   久坂玄瑞         寺島忠三郎

2017年7月18日 (火)

諸説あり、邪馬台国説?

Photo_2   邪馬台国がどこにあったのか?これまで九州説、畿内説はじめ数多くの説が登場したが、「歴史秘話ヒストリア」(2014年6月4日放送)の「女王・卑弥呼はどこから来た?」で大胆な仮説を紹介している。1965年発掘の福岡県の平原遺跡は、直径46.5㎝の大鏡5面と40面の鏡をもつ弥生王墓として、邪馬台国問題にかかわる考古学的資料である。番組ではこの国宝「内行花紋鏡」(画像)と太陽信仰とを結び付け、卑弥呼は伊都国で生まれ、その後大和に東遷したと考える。平原1号墓の被葬状況から、被葬者・女王Xは卑弥呼の母、もしくは姉とする。鏡は呪術の霊能力を受け継ぐ秘儀に使われたものと推理している。寺澤薫、橋本輝彦、高島忠平など出演。ところがEテレ「知恵泉」(2017年7月3日放送)では赤塚次郎(愛知埋蔵文化財センター)の説を紹介。邪馬台国と敵対した狗奴国は東海地域にあったと考える。「狗奴国は邪馬台国の東にある」とすることから、その西側の近畿と考えるの自然である。

 

巌流島の決闘、諸説あり

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 江戸時代の絵では武蔵のほうが若く描かれている

   宮本武蔵が佐々木小次郎と長門の船島で試合した巌流島の決闘は時代劇などで広く知られている。だが手元の日本史年表などで調べると、巌流島の決闘は載っていないことが多い。(「日本史年表・地図」(吉川弘文館)「コンサイス世界年表」(三省堂) ) 信頼できる史料が乏しいことによるものである。決闘の期日も慶長17年説、慶長19年説など諸説ある。「二天記」には「慶長十七年四月」と記されているので、1612年4月13日とするのが一般的である。巌流を俗に佐々木小次郎と当てているが、これも後年の芝居で名づけられたもので根拠はない。中条流富田勢源の弟子であったことから武蔵よりだいぶんと高齢であったと考えられる。「沼田家記」によれば、武蔵の一撃で気を失った小次郎は、その後いったん目を覚ましたものの、巌流島に来ていた武蔵の弟子たちに寄ってたかって殺されたと記されている。このほかに、武蔵は決闘の時間に遅れず、小次郎の長い刀より長い刀を用いて勝利した説、弟子が倒した説、などなど諸説紛々たり。そもそも決闘が実際に行われていたかどうかすら疑わしい。漁業権をめぐる漁師たちの争いが武蔵・小次郎の決闘となったのではないかと専門家は語る。とかく伝説というものは、年代を経るにしたがって変貌していく。宮本武蔵は「五輪書」に人生に六十余度の勝負をして一度も負けなかったと記しているが、相手の中で大家といわれるものは吉岡一門だけで剣聖どころか田舎剣客にすぎない。講談や小説で武蔵はいちばんの剣豪にまつりあげられたといえる。

   このほか武蔵の伝記で関ヶ原合戦に初陣として参戦し負け組と伝わるが、福田正秀は武蔵西軍説を否定。東軍黒田如水軍に父無二と共に「九州の関ヶ原」豊後合戦に出陣したことを論証している。

プチャーチンの来航

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 下田で大破したディアナ号

 嘉永6年6月のペリー来航に続いて、7月18日にはロシアの極東艦隊司令長官プチャーチン(1803-1883)が、4隻の軍艦を率いて長崎港にはいり、開国を要求してきた。要求を拒否されてプチャーチンは、いったん上海に引きあげたが、12月には、ふたたび長崎にきて、川路聖謨、筒井政憲と会談した。安政元年11月、地震が発生し下田に停泊していたディアナ号は沈没した。しかしプチャーチンは粘り強い外交交渉を続け、12月には日露和親条約締結に成功した。野蛮なペリーよりも、礼儀正しいプチャーチンのほうが幕府高官の受けもよく、プチャーチンは日本人が一番好きなロシア人といわれる。(Putyatin,Putjatin)

2017年7月17日 (月)

座右の銘は何ですか?

   座右の銘とは常に自分の心にとめておいて、戒めや励ましにする文句。西郷隆盛の「敬天愛人」や福沢諭吉「独立自尊」、夏目漱石「則天去私」、クラーク博士の「少年よ大志を抱け」などが有名です。最近の有名人では、明石家さんま「生きてるだけで丸儲け」、ペ・ヨンジュン「人らしく生きる(像人一様生活)」などが知られています。「一期一会」はそれほど知られた言葉ではなかったが、井上靖が使うことで、いまでは「人と人との関わりを大事にしていきたい」という思いをこめて多くの人が座右の銘にしている。私が好きな故事は「人間万事塞翁が馬」「行雲流水」「仁者は山を楽しむ」など。

海が似合う男

Mvcmota041s     本日は「海の日」。地球上の約4分の3を占める海洋は、国際貿易の海上交通路である。ある番組で若い女性が選んだ「海が似合う男性有名人は誰?」のランキングを紹介する。1位は反町隆史。以下、速水もこみち、山下智久、伊藤英明、坂口憲二、木村拓哉、向井理、ATSUSHI、市原隼人、桑田圭祐。ケペルが選ぶ海が似合う芸能人は、鳥羽一郎、加山雄三、石原裕次郎、森繁久弥、松方弘樹、三島由紀夫、アラン・ドロン、リチャード・イーガン(海底の黄金、避暑地の出来事)、ギルバート・ローランドなど。

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 ギルバート・ローランド    リチャード・イーガン

   これに対して山が似合う男は、浩宮皇太子、新田次郎、井上靖、太陽にほえろのロッキー刑事(木之元亮)、加藤文太郎、西堀栄三郎など少ない。

ニンナ・ナンナ

  本年4月に死去されたペギー葉山さん。「ドレミの歌」「南国土佐を後にして」「学生時代」「ラ・ノビア」など数々のヒット曲で国民的歌手として一世を風靡した。彼女の功績の一つとして、世界中で愛された歌を日本に紹介したことである。「ワルシング・マチルダ」や「調子をそろえてクリック・クリック・クリック」などは日本でまだなじみがなかったが彼女が広めた。イタリア人ならだれでも知っている子守歌「ニンナ・ナンナ」もレコーディングしている。ジュリー・アンドリュースが映画「メリー・ポピンズ」の中で一節歌っている。Ninna Nanna

あじさい忌

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    本日は俳優石原裕次郎の命日。没後30年。彼が主演した映画「あじさいの歌」にちなんで「紫陽花忌」といわれる。集英社の日本文学全集「石坂洋次郎集」巻末の「作家と作品」に引用された写真(画像)には石原裕次郎と石坂洋次郎が和室で会食している。同席には芦川いづみ。映画「陽のあたる坂道」(昭和33年4月封切り)のときとある。石坂洋次郎は信次を石原裕次郎をイメージしながら書いたという。だがこのとき何故主演の北原三枝ではなく、芦川いづみがいるのだろう。芦川の役は足の悪い妹役で家庭教師役の北原三枝に比べると助演といった役どこである。石坂・石原・芦川のコンビの作品は「陽のあたる坂道」(昭和33年)以外にも「乳母車」(昭和31年)、あじさいの歌」(昭和35年)、「あいつと私」(昭和36年)がある。芦川いづみは石原より年齢は1歳下。つまり「陽のあたる坂道」の役は当時23歳で実年齢よりもだいぶん幼い女学生役を演じていたことになる。痩せていた芦川は少女の役が似合っていた。ところがケペルの記憶では確か芦川いづみの女学生は髪は長かったし、この写真の雰囲気とは異なる。「私はこんな体だけど子供ができるでしょうか」と町医者に診察してもらう場面は秀逸である。文学全集の写真の芦川の髪はショートである。この会席の写真は、おそらく「陽のあたる坂道」より数年のちの写真ではないだろうか。「あじさいの歌」の芦川(:けい子の役)も長い髪をしている。「あいつと私」の時の芦川(このときも役名は同じで「けい子」だった)はショート・ヘアーである。前年昭和35年12月封切りの「闘牛に賭ける男」を最後に北原三枝との共演作品はなく、12月2日に結婚式を挙げている。翌年1月24日、志賀高原でスキーによる骨折により長期入院している。この会席写真は退院後の「あいつと私」(昭和36年9月封切り)打ち合わせではないかと推測する。石原裕次郎27歳、芦川いづみ26歳。あるいは石原、芦川が半袖なので、昭和33年4月封切りの「陽のあたる坂道」の打ち合わせだとすると、昭和32年の夏頃、石原23歳、芦川22歳ということも考えられないことではないが。どちらにしても20歳前半の若者が大作家と気軽に対談できるというのはたいしたものである。(7月17日)

2017年7月16日 (日)

初デートはいつですか?

Photo_5    NHKドラマ「悦ちゃん」柳碌太郎は妻に先立たれ、10歳になる娘と二人暮らし。ところが、さえない碌太郎の前に次々と美女が現れ再婚を考え始める。実は、それは裏で仕組んだ悦子の策略だったとは・・・。初回に悦ちゃんのセリフに「デートはどうだった」とある。昭和10年頃、日本語に「デート」はあったのだろうか?「デート」とは異性と日時や場所を定めて交際することをさすが、この「デート」とは、もとの意味は「日付」である。これが「逢引」の意味に使われるようになったのは、日本も欧米も戦後になってからのことらしい。昭和30年代には一般的に「デイト」が若者言葉として使われるが、いつ、どのような切っ掛けで流行語となったかはわからない。弘田美枝子「渚のデイト」「夢のデイト」「夜のデイト」「青空のデイト」の頃にはもう当たり前の日本語のように使われていた。

Photo_8     田辺靖雄・梓みちよ「いつもの小道で」(1963)の歌詞「二人のデイト」とある。飯田久彦「コーヒーデイト」(1962)は原曲エディー・ホッジス「マグメイト」なので、デイトを題名に入れると流行ると狙ったのだろう。日吉ミミ「おじさまとデート」(1969)、山本リンダ「♪こまっちゃうナ、デイトにさそわれて」(1966)など多数の流行歌でデートは使って恥ずかしくない日本語として「逢びき」を凌駕した。「ポニーテイル」や「ステディ・ガール」などの外来語も同じ50年代洋楽とともに日本語に中に定着していく。外来語が日本語にはいるとき需要とともにかっこよさも一つの要素である。いまや高齢化の日本、オムツをしている大人は乳幼児より多いといわれる。しかしオムツを英語でいう人はいない。Panpersパンパースは商品名。オムツはダイパーdiaperという。

Photo_6     昭和30年3月20日の内外旬報の特集記事「アメリカで流行の異性の友達とは何?」では、見出しに「新しい米語デイトとはなにか」とある。つまり昭和30年頃の日本人は「デイト」という言葉が何か知らなかったようである。記事では「デイトのさようならはキッスがあたり前」と紹介したり、「ステディ(steady)」や「ダブルデイト」という言葉も解説している。斉藤光「性的ことば」によると、「デートは、占領米軍とともに、日本語文化圏に入り込み、はじめ、米兵と日本人女性がデートしていたが、やがてデート という言葉が浸透していき、1960年代には一般化した」とある。(ことばの疑問)

サウンド・ライブラリー

 歴代朝ドラのテーマ曲の中で一番心地よかったのは宮本文昭の「風笛」(あすかのテーマ)が朝に流れていたとき。音楽は朝に目覚めたとき、昼下がりに聞くとき、夕暮れの疲れたとき、真夜中の静かなとき、それとも、あの人が愛しくてたまらなくなつたとき、など雰囲気によっていろいろ異なる。

ラストタンゴ・イン・パリ組曲 寺井尚子

めぐり逢い アンドレ・ギャニオン

星に願いを Malta

海の見える街 久石譲

過ぎ去りし日々 天満敦子

黄昏のビギン 小野リサ

風に乗って   薬師丸ひろ子

ロスト・ラブ   小久保尚美

アズ・タイム・ゴーズバイ 川井郁子

12月の雨    chay

春の雨はやさしいはずなのに  朝倉理恵

夢で逢えたら   大滝詠一

Love Is All    椎名恵

ある日どこかで ロジャー・ウィリアムズ

千里の道も一歩から

  ドラマ「過保護のカホコ」。過保護のお母さんが娘に就活の指導をする場面。面接であなたの座右の銘はなんですか、と聞かれた。母は「私だったら、千里の道も一歩から」と答える、という。出典は中国古典「老子」で出典が明らかである。しかし数ある名言、格言のなかには誰の言葉か、由来は明らかでなく、いつしか世間に広まり、座右の銘として重みのある言葉になったものも多い。「継続は力なり」「失敗は成功のもと」などの名言は出典・由来について正確にはわからない。徳川家康の有名な遺訓「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし、急ぐべからず」は後世の偽作といわれている。リンカーン大統領の「人間は40歳を越すと、だれでも自分の顔に責任をもたねばならぬ」も疑わしい。「今では失われて聞くことのできない言葉でも必ず生きているものです。それに気がつけば現代の問題の解決の緒口になるのです」は草柳大蔵によればルソーの言葉としているが、出所不明の名言の一つ。よく芸能人などが好きな名言の一つとしてあげる、「負けて腐るな、勝って驕るな」も誰とはなしに広まった言葉である。

  An apple a day will keeps the doctor away. (1日1個のリンゴは医者いらず) と言われるが、誰の言葉はわからなかった。古くイギリスのウェールズ地方に伝わることわざだが、1904年に、ミズーリ州の果物研究家J・T・スティンソンがセントルイスで開催された万国博覧会で言ってから、広まったといわれる。(John T. Stinson)

「セ」事項索引インデックス

200pxsaishi_gyokuza_yumei   「世尊寺流」藤原行成を祖とする書道の代表的流派。▽「セーシェル諸島」インド洋西部にあるマヘ島など約30の島群。▽「セイタカアワダチソウ」北米原産の帰化植物で、土手や荒地に群落を作る。▽「勢子舟」江戸時代に鯨漁で使われた手こぎの舟。▽「洗心洞」大塩平八郎の私塾。▽「雪隠参り」東日本を中心に出産後3日目に生児が産婆に抱かれて厠神に参る風習。▽「盛阿弥」桃山時代の漆工。▽「聖エカテリニ修道院」エジプト・シナイ山の麓にある6世紀に建立された世界最古の修道院。▽「石鼓文(せつこぶん)」中国陝西省宝鶏県で初唐に10個発見された轄碣の一種に刻まれた文字。戦国初期(前5世紀頃)、秦でつくられたと考えられ、現在北京の故宮博物院にある。夏目漱石「こころ」の装丁に使われた石鼓文の拓本が、岩波書店漱石全集のデザインとなる。▽「セルバ」アマゾン川の中流域に発達する熱帯雨林。(せせせせ)

世阿弥
盛阿弥(せいあみ)
西安事件
西安碑林
西域都護
征夷大将軍
聖エカテリニ修道院
製塩
聖王ルイ9世
西夏
生活綴方教育
誓願寺(京都)
青岸渡寺(和歌山)
青函連絡船
征韓論
政教社
清教徒
聖教要録
成蹊学園
靖康の変(1127年)
聖山事件
製紙業
清酒
聖書
政商
星条旗
清少納言
性信仰
聖遷(ヒジュラ)
聖ソフィア寺院
政体書
征台の役
セイタカアワダチソウ
贅沢は敵だ
清談
生長の家
青鞜
青銅器
西南戦争
セイファート銀河
聖フランチェスコ
聖ベネディクトゥス
聖明王
政友会
清凉寺(京都)
セイロン
聖ワシリー聖堂
清和天皇
ゼウス
世界(雑誌)
世界恐慌
世界史
関ヶ原の戦い
潟湖(せきこ)
関所
関孝和
赤壁の戦い
石炭
赤道
赤眉の乱
畝杭(せぐい)
勢子舟(せこぶね)
セザンヌ
セーシェル諸島
セシル・ローズ
世俗主義(セキュラリズム)
世俗浅深秘抄
世尊寺流
瀬田橋
セダン(フランス)
節会(せちえ)
セッカ (ウグイス科)
摂関政治
石鼓文
雪舟
摂政
摂津
絶対主義
せっちん参り
節分
絶滅危惧種
瀬戸内海
銭座
セーヌ河
セネカ・フォールズ
セネガル
セパタクロー
ゼパニヤ書
セブ島(フィリピン)
セプトゥアギンタ(七十人約ギリシア聖書)
セポイの反乱
狭き門
セマンティックス(意味論)
セルバ
セルフネグレクト(自己放棄)
ゼロット運動
澶淵の盟
前九年の役
千光寺(岐阜県)
善光寺(長野県)
戦国大名
千字文
禅宗
扇状地
洗心洞
仙台四郎
ゼンダ城の虜(アントニー・ホープの小説)
センチメンタル・ジャーニー
善通寺(香川県)
先土器文化
千利休
千姫
前方後円墳
センマイ語
全面講和論
千里眼
川柳
洗礼
賤民
善隣国宝記

インノケンティウス3世

83c839383m83p839383e83b83e83x82r9_2     1212年のこの日、ナバス・デ・トロサの戦いでカトリック軍がイスラム軍を破る。以後イベリア半島のイスラム勢力は衰退の一途をたどる。37歳で176代のローマ教皇に就任インノケンティウス(1161-1216)は教皇権の絶頂期の教皇で、フランス南部にアルビジョワ十字軍を派遣して弾圧したり、「教皇は太陽、皇帝は月」と演説して、教皇の至上性を主張した。少年十字軍(1212)やアッシジの聖フランチェスコ(1181-1226)もインノケンティウス3世の時代の話である。1216年7月16日、55歳で急死する。

2017年7月15日 (土)

音楽の日

   中居正広と安住紳一郎が司会を務めるTBSの音楽番組。正式な「音楽の日」があるわけではなく、ただの番組名。本日午後2時から中休みがあって翌日朝5時までダラダラ続く。福島県南相馬から生まれた合唱曲「群青」。谷村新司の歌とは無関係で同名異曲。はなわ「お義父さん」。私の知らないミュージシャンも多く出演する。最近、いろいろなジャンルの音楽を聴くことにしている。昨夜のジブリのアニメ「思い出のマーニー」で使われていた懐かしいメロディ、調べたら「アルハンブラの思い出」だった。

第1回十字軍

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 ドリュラエウムの戦い

    ドリュラエウムはアナトリア半島北西部の第1回十字軍の古戦場(現在のエヌキシュヒル近郊)。セルジューク朝の圧迫に苦しんだ東ローマ帝国の依頼により、1095年ローマ教皇ウルバヌス2世がクレルモン公会議で聖地回復の聖戦の軍事行動を呼びかけた。1096年第1回十字軍が出発。初戦は1097年5月14日から6月9日にかけてのニカイア(Nicaea)攻囲戦が行われた。そして1097年7月1日、ドリュラエウム(Dorylaeum)の戦いで十字軍が勝利する。1099年6月7日、エルサレム攻囲戦が始まり、7月15日には聖地を奪還した。1099年8月12日、アッコン(Askelon)の戦いでアッコンを陥落し、エルサレム王国(1099-1187)を建てた。

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  アッコンの戦い

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2017年7月14日 (金)

フランス革命とバスティーユ襲撃

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   1789年のこの日、パリの民衆は武装蜂起し、バスチーユ牢獄を襲撃した。騒乱はただちにフランス全土に波及し、ヴェルサイユのルイ16世にも伝えられた。このときルイが「暴動か」とたずねると、側近は「いえ、陛下、革命でございます」と答えたと伝えられる。以後10年にわたって続くフランス革命の、これが始まりである。バスティーユ牢獄は、14世紀シャルル5世のときパリ防衛の目的で築かれた要塞で、ブルボン朝のもとでは政治犯を投獄する牢獄として使用され、専制政治の象徴とみられていた。だが民衆がバスティーユを襲撃したのは、武器を得る目的であり、実際に解放された囚人は精神障碍者2人、文書偽造犯2人、非行貴族1人の計7人で、政治犯はひとりもいなかった。民衆は100人以上の死傷者を出しながらも、バスティーユを陥落させた。フランス語のbastilleは、要塞を意味する。要塞は革命後に解体され、痕跡は残っていない。現在はバイティーユ広場となっている。(Fernch Revolution,Bastille、7月14日)

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2017年7月13日 (木)

ハリウッド物語

Wilcoxdaeida     1923年のこの日、ハリウッドの象徴ともいえる看板が設置された。ロサンゼルス市にある映画産業の中心地ハリウッドは1884年に禁酒運動家であるホーレス・ウィルコックス夫妻がその運動を広めるためにこの地を訪れ、ここに理想の村を建てる計画を立て、48万5600㎡の土地を購入した。1884年2月1日この地を「Hollywood(ひいらぎの森)」と命名した夫人のダイエダ・ウィルコックス(1862-1914)が考えたものといわれている。

Al_christie_sm   20世紀の初めの頃、映画はニューヨークやシカゴで撮影製作されていた。MPPCというエジソンのトラストが映画産業を支配していたが、トラストに加入していないアル・クリスティー(1881-1941)が新天地ハリウッドへ逃れ、ここで映画を作った。これがロサンゼルスのタレー座で大いに当たり、これがハリウッドと映画との第一歩となった。

Laemmlejr     東部でユニヴァーサル映画社を1909年に創立していたカール・レムレ(1867-1939)という映画興業家は1914年にハリウッドに移転。ときあたかも第一次世界大戦の勃発で、これまで映画製作していたイタリア、フランス、ドイツが困難となり、アメリカはその映画市場が発展した。D・W・グリフィス、セシル・B・デミル、さらに喜劇のチャールズ・チャップリンなどがこのハリウッドに集まり、ついにアメリカ映画は世界を征服する勢いを示したのである。

(Hollywood,Harvey Wilcox,Daeida Wilcox,Al Christie,Carl Laemmle、7月13日)

2017年7月12日 (水)

初期のフォーク

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 16世紀イタリアの初期のフォーク

 本日は「洋食器の日」。七(な)一(い)二(ふ)で「ナイフ」の語呂合わせ。中世の人びとはナイフで肉を切り、手づかみで食事をしていた。貴族社会の人びとがフォークを使いはじめたのは16世紀ころからのことである。ルネサンスのはなやかな舞台となったイタリアでは銀、白鑞(びゃくろう)ときには黄金などの貴金属に華美な彫刻をほどこしたフォークを専門の職人につくらせ、その豪華さと料理の豊かさを自慢しあっていた。(7月12日)

2017年7月11日 (火)

あなたと私の合言葉

  市川崑監督の「あなたと私の合言葉 さようなら、今日は」(1959)。東京で働くOLの若尾文子は24歳適齢期。許嫁の菅原謙二が大阪にいるが、父の面倒を見ているため結婚にふみきれない。彼女は大阪にいる友人、京マチ子に結婚の断わりを告げることを頼む。ところが何と、その京マチ子が彼に一目ぼれして、菅原と結婚する。東京と大阪、女性のたくましさ、洋風と和風の融合、昭和モダンな映像美があふれる。眼鏡の若尾文子が可愛い。今見るとなかなかの佳作だ。

儒仏道と日中韓

 最近、ケント・ギルバート著「儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇」という本がベストセラーだという。このような意見が支持される背景にはミサイルの恐怖や中国の領海侵入などによる国民の間にある嫌韓、嫌中、嫌朝である。しかし、歴史的な長い視点で考えると、本書のような儒教有害論が正当性のあるものかは疑問がある。著者の根底には西洋人のアジア人蔑視が感じられる。近代以前の日中韓が儒教国家というのは表層的な見方であり、中国は民間信仰は道教であり、韓国・日本は仏教である。儒教と仏教とは長らく対立した関係にあった。孔子は四つのことを教えられた。読書と実践と誠実と信義である。そして孔子の教えは漢代に儒教として確立した。ところが、その後、外来民族の侵入などによって、政治が分裂し、仏教を始めとする西方文化の流入などもあって、中国の社会や文化は変化した。とくに道教の流行である。富貴や寿命というものに対しては、人間の力の及ばないものとあきらめる。しかし、そのころ、不老不死の仙人になることを目標とする「神仙道」が生み出される。道教や老荘の思想は「怪力乱神を語らず」(論語・述而)とする儒教とは対立する。つまり六朝の時代、儒教vs道教・仏教という対立の構図が生ずる。中唐の韓愈(768-824)は、六朝以来の貴族的な文章に反対して、簡素な古文を復興したことで知られる詩人である。韓愈の古文主義はもちろん文体だけのことではなく、思想の問題でもある。六朝以後唐代になって、時代精神は老荘、仏教、道教にあった。韓愈の代表的な論文「原道」は、道、徳という抽象詞のもとに私的なものを考える仏、道は許されない。儒学の仁義こそ公的なものだという。のちの朱子の道統論や宋学、朝鮮、江戸時代の朱子学にも影響を与える。

予約が多い本ランキング

   ある図書館のホームページによると、いま予約の多い本の上位は次の通り。

恩田陸「蜜蜂と遠雷」、村田沙耶香「コンビニ人間」、塩田武士「罪の声」、森絵都「みかづき」、村上春樹「騎士団長殺し」、池井戸潤「アキラとあきら」、川口俊和「コーヒーが冷めないうちに」、又吉直樹「劇場」。トーン・テレヘン「ハリネズミの願い」。「罪の声」はグリコ・森永事件を題材にしている。

電気掃除機

  アメリカ映画、ハンフリー・ボガート主演の「孤独な場所で」(1950)を見ていると、家政婦が新式の電気掃除機を使っているシーンがある。日本でもそれから5年後の神武景気の1955年ころから電気掃除機が一般家庭にも普及され始める。

世界人口デー

Pn2011103101000477___ci0003  およそ46億年前に誕生した地球は20億年前に生命が誕生し、約450万年前に人類が現れた。その後、1900年におよそ16億人だった世界人口は爆発的に増加し、1950年に25億人、2011年10月31日に70億人を超え、現在およそ74億人といわれる。2025年には81億人、2050年には29億人、2100年には109億人と予測される。とくにインドは、今後30年以内に中国を抜いて世界一の人口大国になるといわれている。2050年の人口はインド16.6億人、中国14.1億人、アメリカ4.0億人、インドネシア3.0億人、パキスタン、ナイジェリア2.9億人、バングラデシュ、ブラジル2.5億人、コンゴ民主共和国1.9億人、メキシコ1.3億人、エジプト1.2億人、ロシア1.1億人、日本1億人。

    インドはカースト制、貧困問題と一般には負のイメージがあるが、現在では著しい経済成長で世界の注目となっている。現在のインドの人口は約11億3440万人で世界第2位。インドの特徴は国民の約6割が25歳以下という若い国であること。平均年齢で比較すると、インド26歳に対し、中国が30代前半、日本は40歳以上になる。日本は2100年には人口は9133万人に減少する。(World Population Day,7月11日)

2017年7月10日 (月)

恋ダンス

 youtubeに「恋ダンス、踊ってみた!」という投稿動画が昨年秋から急増し、社会現象にまでなった。2人から4人くらいでキレキレのダンス・パフォーマンスを披露する。難しそうな振付だが、意外と上半身だけの動きが中心で下半身のステップは少ないので部分的ならだれでも踊れる。躍ると何か達成感があるらしい。ダンスが流行するのは中学体育でダンスが必修になったことと関連するらしい。もと歌は星野源主演のドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」のラストで流れる曲「恋」にふりつけて出演者たちが踊る。とくに新垣結衣のガッキースマイルが神っている。ガッキー演じる森山みくりと契約結婚する星野源が羨ましい。背が低く非イケメンなのに絶大な人気がある。同級生がモテ男とはほど遠い少年期だったとバラしている。植木等やマイケル・ジャクソンが好きだった少年がその非凡な才能を開花させて、時代の寵児ともいえる人気者になった。俗に「ゆとり世代」といわれ、何ごとにも消極的で引きこもってゲームで時間を過ごす。几帳面で真面目だが何を考えているのかわからない。他方、ナルシストで自己愛がすごい。映画「箱入り息子の恋」や「逃げ恥」の津崎平匡など恋愛経験が全くない現代のどこにでもいる青年を見事に具現化している。7月10日現在の「恋」MVのyoutube動画再生回数は1億4200回にものぼる。これはAKB48の「恋するフォーチュンクッキー」の1億1600回を大きくうわまわっている。恋ダンスに続けと、亀梨と山下が「ボク、運命の人です」で踊ってみたが、ブームとまではいかなかったようだ。

フロリダとアダムズ・オニス条約

2672_fit588x588   映画「真夜中のカウボーイ」ダスティン・ホフマンが演じる足の不自由なラッツォが夢見たフロリダ。アメリカ有数のリゾート地として知られる。1821年7月10日、アメリカとスペインの間にアダムズ・オニス条約が発効される。これによってスペイン領フロリダの領土権を得た。アダムズとはモンロー大統領下の国務長官ジョン・クィンシー・アダムズ。オニスはスペインの外務大臣ルイス・デ・オニス。(Adams-Onis Treaty,Florida,Miami,Tampa,Orlando)

2017年7月 9日 (日)

予の辞書に不可能という言葉はない

Photo   革命後のフランスに登場したナポレオンは、イタリアに遠征して連戦連勝であった。1799年11月のクーデターで権力の座についてからは、ヨーロッパ大陸の大半を手中におさめ、全ヨーロッパの支配者として権力の絶頂にたった。「余の辞書に不可能という言葉はない」この言葉は、1800年、ナポレオンが再度オーストリア軍を攻撃するために、吹雪のアルプスを越えるときに放った名言として知られている。将兵は「この険しいサン・ベルナール峠は、とうてい大軍がとおることはできそうにありません」しかし、ナポレオンは大きな声でいった。「わたしの辞書には、不可能という言葉はないのだ。人間の力で、この峠が越せないはずはない」フランス軍は、進撃をつづけた。

   このエピソードは、海外の書物にも記されているのか、それとも日本の子ども向けの伝記だけなのか。だがなんとなく源義経の鵯越の逆落としを思いおこさせる。実際にナポレオンが「余の辞書に不可能という言葉はない」に近い言葉を残したのは、10年以上のちのことである。ワーテルローで敗戦して、連敗続きでチェルリ宮に籠っていた1813年初夏のころ。前線にいるドイツのマグデブルクの司令官ルマロワが「この街を守るのは不可能な気がいたします」と弱気の報告書をナポレオンに寄こした。これに対してナポレオンは7月9日付で「不可能ですと。あなたはそうお書きになりましたが、不可能という言葉はフランス語にはありせん」と書いて送った。ここからナポレオンの名言「余の辞書に不可能という言葉はない」が生れたと思われる。

2017年7月 8日 (土)

池田屋の入江惣兵衛はどうなったのか?

  元治元年6月5日(新暦7月8日)、三条小橋にある池田屋で新選組が宮部鼎蔵ら志士7人を殺害、23人を捕らえた事件は、幕末暗殺史の中でもひときわ凄惨をきわめる。だがドラマなどで池田屋の主人、入江惣兵衛(1823-1864)がその後どうなったのか描かれることはほとんどない。惣兵衛は事件後、家族を連れて親戚宅へ逃れ、自分も隠れたが翌6日捕らえられ、7日入獄。7月13日に獄死している。42歳の若さだった。墓は浄円寺(京都市上京区下立売通七本松西北角)にある。墓は入江姓になっている。京都霊山護国神社にある墓は池田屋惣兵衛と記されている。

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 池田屋の内部

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 京都霊山護国神社の墓

2017年7月 7日 (金)

借りぐらしのアリエッテ、その後

   翔「君は僕の心臓の一部だ」。翔の手術は成功したのだろうか。原作「床下の小人たち」第2部ではアリエッティはスピラーと恋仲になる。だが、新たな恋人も現れ、なんと三角関係になる。とはいうものの、原作は児童向けのため、それ以上の展開はないようだ。

夏の忠臣蔵

   年末恒例といえばベートーベンの「第九交響曲」と「忠臣蔵」。だが、七夕の昼にBSプレミアムで「赤穂浪士」(1961年)をやっているが、つい最後まで見てしまう。明治以来、忠臣蔵を題材とした映画(義士銘々伝を含む)は映画・ドラマ合わせると100本は超えるであろう。最初は明治41年(1908)の「忠臣蔵」片岡仁左衛門一座。歌舞伎劇活動写真とあるだけで内容その他不明。戦後は大映の長谷川一夫「忠臣蔵」(1958)、東映の片岡千恵蔵「忠臣蔵」(1959)、東宝の松本幸四郎「忠臣蔵」(1962)、大映の渡辺邦男監督の「忠臣蔵」(1958)をなどが代表作。

七夕

20110806221616205  七夕(たなばた)。本来は「しちせき」と読むのが正しい。この日が雨だと牽牛と織女は会えない。だが韓国のチルソクではちょっと違う。この日2人は会う。流す嬉し涙。そして2日間夜に雨が続けば、別れを惜しむ涙といわれている。   

  7月7日の夜に牽牛と織女が天の川で会うという伝説がいつごろ成立したかは明らかではない。牽牛、織女の星名は「詩経」に見えるが、ここではまだ恋物語として扱われていない。七夕伝説は、傳元(217-278)の「擬天問」や文選に引かれた漢代の古詩に、天の川の女が機を織りながら牽牛星を想い雨のように涙を流すという故事がある。つまり牽牛織女の説話はすでに漢代に原型が成立していたと考えられる。唐の時代には七夕の行事が宮中で盛大に行なわれていた。日本にも8世紀には伝来している。古事記には「多那婆多」と見える。万葉集に「たなばたの今夜あひなばつねのごと明日をへだてて年は長けむ」の歌が見える。

2017年7月 6日 (木)

藤堂平助

    按摩を生業とする夫婦に拾われた平助は、藤堂和泉守高猷の御落胤として信じて生きた。千葉周作の北辰一刀流玄武館に学んだ。そしていつ頃か、江戸牛込甲良屋敷の一角にあった試衛館道場にかようようになった。当時、近藤道場には、土方歳三、沖田総司、永倉新八、原田左之助、山南敬助などがいた。この年、平助は20歳になっていた。沖田総司と同年である。元治元年の池田屋騒動のときには、「魁先生」の異名にたがわず、真っ先に切り込んでいる。幕府から近藤、土方に次ぐ、褒賞金20両を受けた。だが平助は伊東甲子太郎らとともに脱退したのち、七条油小路で乱刃の中に24歳の若さで果てた。かれが本当に藤堂和泉守の御落胤だったかどうか誰にもわからない。本日のBSプレミアムシネマは「新選組」(1958)。鞍馬天狗や月形半平太も登場する東映時代劇全盛期の娯楽大作。7年後テレビ制作の「新選組血風録」とは大きくことなる。急転する時流のなかで悲惨な末路を迎える新選組隊士を描いた血風録とちがい、池田屋事件を中心に千恵蔵御大の貫禄でなる作品。テレビでは歴史にそった物語を描くことがより求められる時代となった。テレビ作品からは沖田総司、斎藤一という隊士も有名になった。映画とテレビ両方に出演しているのは徳大寺伸である。映画では藤堂平助、テレビでは原田左之助を演じている。

シネマに乾杯

  夜更かしで映画を観る。「ベンガルの槍騎兵」「血と砂」「マルタの鷹」。スウェーデンの映画監督イングマール・ベルイマンの作品は難解なテーマを扱ったものも多いが、この「不良少女モニカ」のストーリーはいたってシンプルでわかりやすい。フランスのヌーヴェル・ヴァーグの作家たちに影響を与えたといわれる。現代のアダムとイヴを描いたのではないだろうか。

サラダ記念日

「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日

1199858297    いまの若い人でこの歌を知らない人はいない。国語の教科書に載ったからである。歌集としては異例のミリオンセラーとなった、俵万智の『サラダ記念日』のタイトルのもととなった代表歌である。でも、あの本の初版されたのが1987年5月8日である。もう29年も前のことである。現役高校生には、すでに国語の教科書にある古典なのかもしれない。先日、若い人が俵万智ってもう死んでいる人かと思った、といっていた。教科書にのる人は故人が多いので勘違いしたのだろうが、若い人に「わかりやすく、親しみやすく、興味をもたせる」ように新しい短歌の代表として載せているのだろう。万智は震災後、仙台から石垣島へ移住し、そして現在は宮崎市に住んでいる。中国語で「沙拉紀念日」と書く。(7月6日)

2017年7月 5日 (水)

「イ」 事項索引インデックス

Iigiri2   「飯桐」イイギリ科の落葉高木。暖地の山地に自生。秋に南天に似た赤い実をつける。▽イカレポンチとは「いかれた男」の意味。獅子文六「自由学校」(1950)から流行語になった。▽「イカロス」は父が発明した翼をつけて空中高く飛んだため、翼が太陽熱で溶けて、イカリオス海に落ちて溺死した。▽「イーストエンド」はロンドンの下町。貧民窟で有名。 ▽1933年、岩倉具視の孫娘「岩倉靖子」は日本共産党の活動に参加して検挙される。▽「イディシュ語」東欧のユダヤ人に用いられる言語。▽「インキュナブラ(incunabula)15世紀ころ西欧で作られた最初の金属活字印刷物のこと。▽「イヒチオール」Ihthyol消炎・殺菌剤。▽「イルガ―トル」irrigator 輸血・膣洗浄・浣腸などに用いる医療器具。▽「五浦海岸」茨城県の那珂川河口付近にある美しい海岸。岡倉天心はこの五浦海岸を東洋的な風景ととらえ、1906年に日本美術院を東京からここに移し活動の拠点とした。▽「イスカリオテのユダ」イエスに選ばれた12人の弟子の1人。イエスを銀貨30枚で売ったことから、裏切り者の代名詞のような存在。十二使徒の会計係をしていた。後悔し、首を吊って自殺する。▽両側の表わすものが等しいという記号「=(等号、イコール)は1557年イギリスの数学者ロバート・レコード(1510-1558)によって考案された。ただし当初は「=」ではなく、「Z」のような形だった。あまり普及しなかったが、トマス・ハリエットが再び使用し、広まった。▽「医心方」30巻、平安時代の宮中医官・丹波康頼による日本最古の医学書。▽「イビサガール」NMB48の楽曲。イビサ島は地中海西部のスペインのバレアレス諸島にある島。▽「インケツ」最低最悪の絶望的な状態のこと、またはそんな状態を招く厄病神のようなヤツのこと。(いいいい)


夷(い)
匜(い) 古代中国で水や酒を注ぐために使用された容器)
居合術
イアーゴ(「オセロ」に登場する悪人の副官)
イアコ川(Iaco ブラジル)
イアス(Iacu ブラジル)
イアロス島(Yiaros ギリシャ)
慰安婦問題
イアンボス(古代ギリシャの古典詩に用いられた韻脚形式)
言い出しっ屁
イヴォルガ(ロシアにある匈奴の集落址 Ivolga)
イーヴァント,ハンス・ヨアヒム(ドイツの神学者)
イースター
イースター島(チリ)
イーストウッド,クリント(俳優)
イーストエンド(ロンドン)
イーストマン,ジョージ(写真技術者)
イーストレーキ,フレデリック(博言博士)
イーゼル
E.T.(スティーブン・スピルバーグの映画)
イーデン,ロバート(イギリスの政治家)
イートン・ランバート症候群(筋無力症症候群)
飯岡(千葉県)
飯尾彦六左衛門尉(応仁の乱頃の京都の人)
飯篠長威斎(いいざさちょういさい)室町時代の刀槍術者
飯島魁(いいしまいさお) 寄生虫学者
飯田(長野県)
飯田橋事件
飯田蛇笏(俳人)
飯田忠彦(幕末の歴史家)
飯塚(福岡県)
飯塚琅玕斎(いいづかろうけんさい) 竹芸家
井伊直弼
飯沼正明(飛行士)
飯盛山(福岡県)
飯山(長野県)
伊井蓉峰(俳優)
イヴァン3世
イヴァン4世
イエイツ,フランセス
イエス・キリスト(Jesous Christos)
イエズス会
イェスペルセン,オットー(言語学者)
イエスの方舟
イェタン(韓国の結納)
イエーツ,ウィリアム・バトラー(詩人)
イエーツ,ピーター(映画監督)
家つきカーつきババア抜き
イェ―テボリ(スウェーデン)
イエップ,ローレンス
イエドヴァブネ事件
イエナ(ドイツ) Jena
家永三郎
イェニチェリ(オスマン帝国の常備歩兵軍団)
イエメン
イェルマーク
イエローカード
イエローページ
イエローストーン公園
イエンセン,バージニア・アレン
イオウ
硫黄島
イオニア海
イオン交換樹脂
伊賀
威海衛
囲郭都市(いかくとし)
イカす
伊香保温泉(群馬県)
胃カメラ
怒りの葡萄(スタインベックの小説)
イカレポンチ
イカロス
壱岐島(長崎県)
イギリス
生きる(黒澤明の映画)
イグアス滝(ブラジル)
育英事業
イクター制(徴税権)
イクチオステガ(古生物)
イグナティウス・ロヨラ
生野の変(但馬国生野で尊王攘夷派が挙兵)
イグルー(エスキモーの冬の住居)
池田市(大阪府)
池田小児童殺傷事件
池田大作
池田勇人
池田屋事件
生け花
イケメン
いこい(タバコ)
韋后
イコール
イコン(icon 聖像画)
イサウリア朝
いざ鎌倉
イサク(Isaac イスラエル族長のひとり)
いざなぎ景気(1965年から70年にかけての好景気)
イザナギとイザナミ
諫早湾干拓
イサベル
イサム・ノグチ
イザヤ(Iaaich 旧約聖書の預言者)
石井茂吉
石井十次(キリスト教社会事業者)
石井・ランシング協定
石狩平野
石川啄木
イシス(エジプトの女神)
イシドルス偽文書
石の上にも三年
石橋を叩いて渡る
石橋湛山
いじめ
石山本願寺
イシュポシェテ(サウルの息子)
イシュマエル(アブラハムとハガルの間の息子)
衣食足りて礼節を知る
因斯羅我(いしらか)
維新
以心伝心
医心方
伊豆
渭水
渭水の戦い
イスカのはし
イスカリオテのユダ
イースター島(チリ)
イスタンブール
イスパニア
イスファハン(イラン)
イズミル(トルコ)
出雲大社
イスラエル
イスラマバード(パキスタン)
イスラム教
イスンシン(李舜臣)
伊勢暴動(地租改正反対一揆 1876年12月)
伊勢物語
急がば回れ
イソクラテス
イソップ
磯のあわびの片思い
イタイイタイ病
板垣退助
いたちごっこ
板付遺跡(福岡市)
イタビラ鉄山(ブラジル)
イタリア
イダルゴ
イタンキ浜事件
市川市(千葉県)
イチジク
一事不再理
市場
一億円拾得事件
一富士、二鷹、三茄子、四扇、五煙草、六座頭
一網打尽
一揆
一挙両得
一刻千金
一姫二太郎
一里塚
厳島
一級河川
一休宗純
一向宗
一神教
一票の格差
イッソスの戦い
五浦海岸
イデー(idee)
イデア論
イディシュ語
イデオロギー
いて座
囲田(いでん,宋代の田制)
緯度
糸魚川(新潟県)
伊土戦争
稲荷
いなりずし
稲荷山古墳(埼玉県行田市)
イナンナ(Inanna メソポタミアの愛と豊穣の女神)
イニシアチブ
イヌイット
伊能忠敬

犬追物
犬養毅
犬も歩けば棒にあたる
犬山市(愛知県)
イネス,ハモンド
井の頭公園
猪瀬直樹
イビサ島
イヒチオール
イプセン,ヘンリク
イブン・サウード
イブン・シーナー
イブン・バットゥーン
イブン・ハルドゥーン
イブン・ルシュド
イベリア半島
異邦人
イミタチオ・クリスチ
移民法
イムホテプ
イモ
いもち病
イヤミ
イヨマンテ(熊祭り)
イラク
岩倉具視
岩崎弥太郎
岩瀬忠震(いわせただのり)
イラワジ川(ミャンマー)
イラン
イリアス
入江九一(尊王攘夷運動の志士)
入江惣兵衛(池田屋惣兵衛)
入江美樹
入江若葉
西表島(沖縄県)
イリオモテヤマネコ
イリ事件
イリ条約
イリノイ州(アメリカ)
医療保険
イルガートル
イルクーツク(ロシア)
イル・ハン国
岩手県
岩戸景気(1958年から61年にかけての好景気)
岩波文庫
岩のドーム
イワン
インカ文明
因果応報
殷鑒遠からず
インキュナブラ
殷墟
インケツ
隠元
因業
印刷
陰山山脈
印象派
殷汝耕
インスリン
院政
姻族
院体画
インダス文明
インターラーケン(スイス)
インターナショナル
インターネット
インディアナポリス
インディアン強制移住法
インディオ
インディーズ(独立プロ系の作品)
インディラ・ガンディ
インテリゲンツィア(intelligentsia 知識階級)
インド
インドシナ
インドネシア
インド・ヨーロッパ語族
インドラ
因縁
因島
インパナティオ(Inpanatio 「パンの中にある」の意)
印旛沼(千葉県)
インパール(インド)
インピリアル谷(米国カリフォルニア州)
インプレーサ(標語付き図案)
インフレーション
インペラトル
インペリアル運河(スペイン)
インノケンティウス3世(教皇)
インム二テート(immunitat 不可侵権)
陰陽家
陰陽五行説
韻律学
飲料
引力
印籠

2017年7月 4日 (火)

映画音楽よもやま話

   私は映画音楽のレコードをたくさん持っていますが、最近はyoutubeで聞くことが多いので、レコードをかけることが少なくなった。でもいつかレコードを棚から取り出して聞いてみたくなる時があります。

Photo   映画と音楽との結びつきは、映画がトーキーとなってから始まったと考えられるでしょうが、実は無声映画の時代にもすでに生演奏で音楽をつけて観賞していました。つまり映画音楽 Theme song の歴史は意外と古いのです。映画史上最初のテーマソングが書かれた映画は、時の人気女優メーベル・ノーマンド(1892-1930)が主演した「ミッキー」(1918)だったといわれます。

  一般に映画音楽は2種類に大別されます。たとえばラフマニノフのピアノ協奏曲第2番をそつくりそのまま映画の伴奏に使ったイギリス映画「逢びき」(1945)のように、すでにある曲を使用する場合と、「第三の男」(1949)のようにアントン・カラスが映画用に作曲した場合があります。「海底の黄金」(1955)のぺレス・プラードの「セレソローサ」は日本でもマンボブームにのって大ヒットしましたが、実はフランスのシャンソン「バラ色のさくらんぼの木と白いりんごの木」(1950)が原曲です。フランス映画「禁じられた遊び」(1952)はナルシソ・イエペスのギター音楽として知られていますが、原曲は古いスペインの民謡「愛のロマンス」で、映画「血と砂」(1940)にも使われた曲で歌詞がつけられていました。

   映画音楽評論家として著名な野口久光が選んだ音楽映画ベスト・テン。戦前第1位は「ル・ミリオン」、2位「会議は踊る」、3位「今晩は愛して頂戴ナ」、4位「海は桃色」、5位「ショウ・ボート」、6位「ワルツ合戦」、7位「キャッスル夫妻」、8位「画家とモデル」、9位「ラヴ・パレード」、10位「愉快なリズム」。

Japanese1222

   戦後の音楽映画は第一位「ナポリの饗宴」、2位「ロシュフォールの恋人たち」、3位「恋のてほどき」、4位「巴里のアメリカ人」、5位「シェルブールの雨傘」、6位「イースター・パレード」、7位「パリの恋人」、8位「足ながおじさん」、9位「メリー・ポピンズ」、10位「雨に唄えば」。スクリーン・ミュージックを選べといわれたら、100曲でも200曲でもありますね。「酒とバラの日々」「ムーン・リヴァー」「慕情」「男と女」「雨にぬれても」「いそしぎ」「太陽がいっぱい」「ララのテーマ」「赤い風車」「エデンの東」「夏の日の恋」「禁じられた遊び」「ベニスの夏の日」「第三の男」などなど。

苦海女神龍(アジア共通の歌謡曲)

_    「最愛」(1984)は柏原芳恵の21枚目のシングル。オリコンチャートでは最高位8位だった。芳恵のヒット曲は「春なのに」「ハローグッバイ」「花梨」など多数あるので、日本ではそれほど知られていないかもしれない。だが「最愛」はアジア圏ではとても広く知られた歌である。香港のアイドル歌手ヴィヴィアン・チョウ(周慧敏)が「最愛」をカバーして大ヒットしたからだ。上海でのコンサートでもラストに歌う曲でファンにはたまらない極上の一曲である周慧敏はスタイル抜群のとても美しい歌手である。水越恵子の「Too Far Away」も日本ではそれほどヒットしなかったが、韓国ではジョンフンなどがカバーして今では名曲となっている。

蔡淳佳(ツァイ・チュンジア)はシンガポールの歌手だが、中国語で「涙そうそう」や「雪の華」をカバーしている。「療傷系紙片人」と呼ばれ、いやし系の紙のように痩せている美人という意味。

日本の歌曲はアジア各国で知られているというのは戦前からのことで、日帝植民地支配による影響が大きい。だがアジアの歌姫テレサ・テンが歌ってアジアで広まった日本の歌謡曲は多い。「グッド・バイ・マイ・ラブ」「長崎は今日も雨だった」「港町ブルース(苦海女神龍)」「襟裳岬」「北国の春」「昴」などなど。梓みちよの「渚のシャララ」などは本国日本よりも海外で知られている。

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Vivian Chow

シンクロニシティ

Kennedys_realphoto  インデペンデンス・デイ。1776年7月4日にフィラディルフィアの第2回大陸会議によって東部13州の代表たちはアメリカ独立宣言を議決した。1584年イギリスの探検家ウォルター・ローリーがノースカロライナのロアノーク島に到着したのもこの日だった。処女王エリザベスにちなんでヴァージニアと名づけた。(一説では7月14日)。

    だがこの祝祭日の7月4日は、ジョン・アダムス(第2代大統領)、トマス・ジェファーソン(第3代大統領)、ジェームズ・モンロー(第5代大統領)たち3人の大統領が、偶然にも同日に他界している。数字がもたらす奇妙な一致である。(Independence Day,Philadielphia,Sir Walter Raleigh,Roanoke,Virginia,synchronicity)

2017年7月 3日 (月)

船緑丸沈没の悲劇

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 船緑丸(1928-1929)

    昭和10年7月3日、神戸から別府に向かう途中、大阪商船の客船「船緑丸」が小豆島蔵ヶ鼻(現在の釈迦ヶ鼻)の1.5哩沖で濃霧のため大連汽船の千山丸と衝突。この事故で船緑丸は沈没し、107名が死亡した。100人以上の海難事故による犠牲者は当時としては最大の惨事だった。ウェブの「今日は何の日??カレンダー」にも記載なし。82年前の大惨事は今では人々の記憶から完全に消え去り、忘れ去られた過去の出来事となった。

   その後の戦争による船舶の沈没を除くと、100人以上の犠牲者を出した海難事故は数十件にのぼる。1939年のインディギルカ号沈没、1943年の浦戸丸沈没、1945年の浮島丸事件、1945年の第十東予丸沈没、1948年の女王丸事件、1954年の洞爺丸事故、北見丸・十勝丸・日高丸・第十青函丸沈没、1955年の紫雲丸事故、1957年の第五北川丸沈没、1958年の南海丸遭難事故、1993年の西海フェリー沈没、2014年のセウォル号沈没ほか。

2017年7月 1日 (土)

郵便番号「朝敵は後回し」

   本日は「郵便番号記念日」。1968年のこの日、日本で郵便番号がスタートした。郵便番号の頭2桁を地域番号という。00から99までの割り当ては、北海道から始まって、東京10番台、関東・甲信・東海・近畿・中国・四国・九州・沖縄と南下し、なぜかそこから北陸へ飛んで、新潟・福島・宮城と続き、99山形で終わっている。つまり94・95新潟、96・97福島、98宮城、99山形である。郵便物の集中度合いを考慮しての効率性のためといわれるが、一説によると、戊辰戦争のとき朝敵だった地域を後にまわしたとも言われている。会津戦争、北越戦争は戊辰戦争最大の激戦地だった。そして郵便番号は皇居(〒100-0001)を起点にしている。また900番台の地域には原子力発電所が集中しているのは単なる偶然であろうか。

Zak583


900番台の地域は宮城、山形、福島、新潟、富山、石川、福井、沖縄の8県。

竹島、尖閣諸島、歯舞群島の郵便番号は「郵便番号簿」には見当たらない。ただし、各々の管轄市町の隠岐の島町、石垣市、根室市の「上記に掲載がない場合」を適用すれば、685-0000、907-0000、087-0000となる。(7月1日)

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