何と申しましょうか
巨人対中日、東京ドーム。石川慎吾のファールチップがドラゴンズ松井雅人捕手の急所を直撃した。松井は痛さに悶絶し、しばらく立ち上がれず。場内アナウンスで「松井捕手はただいま治療をしております」と。この痛みは男性にしかわからず、「何と申しましょうか」の名言を生んだ。ラジオの野球中継で観戦していた時代の話である。昭和30年6月7日、やはり後楽園球場で行われた巨人対中日戦の出来事である。中日の杉下茂投手は打者の藤尾茂にシュートを投げた。藤尾は腰をくの字に曲げたがよけ切れず、ボールはなんと藤尾の股間の一物に命中してしまった。藤尾は、激痛に悶え苦しみ、脂汗が流れはじめた。
当日は、ネット裏でNHKの志村正順アナウンサーと小西得郎がラジオの実況中継をしていた。志村アナウンサーは「当たりました。杉下のうなるような剛球が、なんと藤尾のき・・・・」。志村はここまで放送したが、さすがにあとの言葉が出ない。そこで志村アナは、左ぐつで小西の右ぐつを蹴っ飛ばした。次はあんたがいえという催促なのだ。
くつを蹴っ飛ばされた小西も弱った。仕方がない。マイクに向かって何か言わなければならない。「なんと申しましょうか・・・・」。ここで間をおき、一呼吸してからポンといってのけた。「藤尾君の今の痛さばかりは、ご婦人には絶対、わからない痛さでして・・・」これが受けた。小西さん、よくいってくれたという感動の声が寄せられた。
この件については、あとで小西さん自身もこんなことを言っている。「解説を終えて帰宅したら、小泉信三先生から電話をもらいまして、きょうの解説はよかった。あれでいいんだってほめてくださいました。あの一言が私の解説稼業の支えになりました。」
NHKの野球解説者、小西得郎(1896-1977)の間延びしたユーモラスな話しぶりが、視聴者に大いに受けて小西節「何と申しましょうか」は1956年の流行語となった。(参考:近藤唯之『プロ野球監督列伝』)
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