国立国会図書館にない本
わが国の国立国会図書館は、法律によって定められた「納本制度」により、日本国内の出版物を広く収集している。近代日本の納本制度は明治2年に始まり、文部省の所管を経て、同8年6月に内務省が引き継いだ。同年9月同省内に設置の図書寮がその事務を行い、翌年4月には図書局と改められた。当時、東京書籍館(帝国図書館の前身)は、出版条例による3部納本のうち1部を文部省から交付されており、納本事務が内務省へ移管された後も引続き行われた。この図書館への納本資料の交付は基本的に昭和20年まで継続している。このように図書館には原則的にすべての本が収集されている。しかし現実では、日本の出版文化の基礎になる国立図書館の蔵書が国内すべての出版物をカバーしているというわけではない。
CASE1.ムックに弱い
毎日グラフ別冊「旅する仏たち 敦煌・シルクロード」石嘉福、並河萬里写真、毎日新聞社 定価1800円 1977年
井上靖との関係で毎日新聞社は敦煌・シルクロード関係の出版物には強かった。雑誌と図書の中間的な資料をムックという。この当時はムックという言葉はまだ生まれてなかったが、毎日グラフ別冊はムックの先駆である。国立国会図書館には毎日グラフ別冊は図書として多く所蔵しているが、なぜか本書は収蔵されていない。不思議である。ちなみに国立国会図書館ではムックは原則として図書扱い。【注】のちに2009年12月21日付で納入された。
CASE2.地方に弱い
「なにわの歴史」関西連40周年記念事業として本書を出版。関西連合会、昭和62年刊。定価1200円。直木孝次郎、岡本良一、宮本又次、林屋辰三郎など著名人の執筆。地方出版は関東へ届かないのか。
CASE3.非売品に弱い
「銀閣寺」光村推古書院 出版年は記載されていないが昭和50年代ではないか。執筆は川勝政太郎、毛利久、薮田嘉一郎。目次には「銀閣寺とその景観」「足利義政の東山殿」「東山時代の文化」「義政とその性格」「慈照寺」「庭園」「東求堂」「銀閣」「東山殿の構成」「遺宝」など。50頁の冊子ながら記述は正確で充実している。拝観のさい有料で求める冊子であるが、図書館に納本されなかったとみえる。
CASE4.学習参考書に弱い
国立国会図書館は学習参考書は収集しない、とはよく聞かれる。しかし全然所蔵していないことはなく、世界史で有名な学者「吉岡力」で検索すると、多く参考書が所蔵している。ふつう図書館でも学参は収集しないところが多い。それは学参、問題集、教科書、テキスト類は個人が買って線を引いたり、汚して勉強するためのものという考えに起因している。しかし、半世紀前の教育を調べようと思えば、教科書や参考書は調査研究の重要な資料となる。そもそも学参と一般書とを明確に区分することもできまい。国の文化を保存する使命からいえば、学参もふくめるべきであろう。たとえば「たのしい英文法」林野滋樹著(三友社出版)は国立国会図書館には所蔵していない。本書は昭和51年に刊行以来、現在も市販されているロングセラーである。ていねいでゆっくりとわかりやすく、初めて英語を学ぶ人に説明しているという点が評価されているのである。
(追記) 「たのしい英文法 改訂版」(2011年)は、のちに所蔵している。
CASE5.本とレコードがドッキングしたもの
「歌謡の百年」(実業の日本社)昭和42年は明治百年の出版ブームにわいたが本書もその企画の一つ。全7巻あり、レコードは日本ビクター。解説は48頁ながら図版が豊富。本屋で販売されていたが、図書館が保存しないならば、どこが保存しているのだろうか。
(追記)最近、検索すると3巻から7巻までが所蔵している。おそらく寄贈で入手したのだろう。ただし1巻、2巻が欠本となっている。
CASE6.通信教育などのテキスト
「都市及び農村社会学」 豊福陽一著 佛教大学 1982年4月1日発行
つまり国会図書館には全ての本があるわけではなく、ない本もかなりある。どんな平凡な小さな図書館でも、国会図書館にない本の一冊や二冊は蔵書にあるともいわれている。東京から離れ地方にいけばいくほどその確率は高くなる。
近年、礫川全次が「雑学の冒険 国会図書館にない本」を刊行している。本書では、国会図書館にない本を100冊選び、それがどういう本か、なぜ国会図書館にないのか、などについて考察している。分類は次のとおり。
1.私家版・非売品
2.通俗科学、サブカルチャーなど
3.ローカルな話題、地方出版など
4.戦中期の出版物
5.戦後占領期の出版物
6.内部資料、受講用テキスト
7.小冊子、小型本
8.雑誌の付録
9.児童書、学習参考書
10.独習書、参考書
11.その他
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