無料ブログはココログ

« ラストタンゴ・イン・パリ | トップページ | 喜望峰発見 »

2017年2月 3日 (金)

福沢家の墓所

Img_138502_5164274_15   1901年のこの日、福沢諭吉は66歳で死去した。福沢諭吉の兄は三之助といい、文政9年生まれで、諭吉よりは8歳の年長である。諭吉に長崎で蘭学を学ぶことをすすめたのは三之助といわれている。長生きすれば兄の三之助も歴史に名を残すひとかどの人物になっていたであろうが、惜しいことに31歳で亡くなっている。三之助の墓を探したがわからなかった。

   福沢諭吉といえば中津藩の下級武士である。中津藩は、豊前国中津地方を領有した譜代の中藩である。三之助は、おそらく初めは中津で葬られたであろう。福沢家の墓はもともと中津にあったが、明治3年に諭吉は母お順を東京に迎え、福沢家の墓を麻布の龍源寺に仮りの菩提寺とした。その後、明治29年になって白金大崎の本願寺に移し、それが常光寺の墓である。明治34年に亡くなった諭吉も常光寺に土葬で埋められた。それから76年後に福沢家の墓を1つにまとめようとして墓を掘り返したところ、お棺のなかから屍蝋化した諭吉の遺体が仰向けになった状態ででてきた。福沢家の意向で遺体は解剖もされずにすぐ火葬に付された。現在、福沢諭吉、お錦夫妻は善福寺(港区)に静かに眠っている。(2月3日)

« ラストタンゴ・イン・パリ | トップページ | 喜望峰発見 »

今日は何の日」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« ラストタンゴ・イン・パリ | トップページ | 喜望峰発見 »

最近のトラックバック

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30