無料ブログはココログ

« 何でも知って、何でも考えよう | トップページ | ルムンバの遺書 »

2017年2月17日 (金)

安吾と競輪

11391   坂口安吾は1955年2月17日、高知に「安吾新日本風土記」の取材に行った直後に脳出血でこの世を去っている。まだ48歳だった。静岡県伊東に競輪場ができると安吾は夢中になった。あるとき1着、2着が写真判定となった。だが発表された着順に不服の安吾は判定写真のすり替えによる不正を沼津地裁に訴えたが、結局、判定は覆らなかった。

« 何でも知って、何でも考えよう | トップページ | ルムンバの遺書 »

「日本文学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 何でも知って、何でも考えよう | トップページ | ルムンバの遺書 »

最近のトラックバック

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31