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2017年2月26日 (日)

二・ニ六事件

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反乱軍は赤坂の山王ホテルを占拠し、司令部にしていた

   ニ・ニ六事件を起こした将校たちは「陸軍歩兵大尉野中四郎外同志一同」の名をもって「蹶起趣意書」を遺している。そこには「万民の生々化育を阻害して塗炭の痛苦に呻吟せしめ」ている「元老重臣軍閥官僚政党」の「君側の奸臣軍賊を斬除して」「彼の中枢を粉砕する」とある。この実現のため軍隊組織を最大限に動かし、兵器・弾薬を使用して決行したクーデターがニ・ニ六事件(昭和11年)である。

    それは昭和5年ごろから、軍人や国家主義者は、クーデータを計画し、暗殺を決行した。その主な事件は次のものである。

浜口雄幸狙撃事件(昭和5年11月14日)決行

三月事件(昭和6年2月~3月)          未遂

十月事件(昭和6年9月~10月)        未遂

満州事変(昭和6年9月18日)           :決行

血盟団事件(昭和7年2月、3月):      決行

五・一五事件(昭和7年5月15日)      決行

神兵隊事件(昭和8年1月~7月)    未遂

相沢事件(永田斬殺事件)(昭和10年8月12日) 決行

  そして昭和11年2月26日の複数の場所への一斉襲撃が、革新運動の最後・最大の事件であった。前夜から降り始めた雪は、東京で実に30年ぶりという大雪となり、その中を、第一師団隷下の歩兵第一、第三連隊の将校、兵を主力とする約1400名の兵士が決起した。岡田啓介首相、斉藤実内大臣、高橋是清蔵相、鈴木貫太郎侍従長、渡辺錠太郎教育総監の公邸、私邸を襲撃。河野大尉の一隊は湯河原の旅館に牧野伸顕前内大臣を襲った。いわゆるニ・ニ六事件である。

   参謀本部は、佐倉、甲府、高崎の連隊、約7000で叛乱軍を包囲し、説得を続けた。28日、天皇の奉勅命令が出されるや、反乱軍は降伏した。反乱軍を指揮した将校たちへの軍法会議は一審制、非公開、弁護士なし、であった。北一輝など民間人を含む19名の死刑、将校下士官は無期禁錮などに処せられる厳罰が下された。荒木貞夫、真崎甚三郎大将を頂点とする皇道派はここに壊滅し、陸軍はこの事件のもたらした脅威を最大限に利用して日本ファシズム体制を完成し、日本の全権力を握って、戦争へと突入していくのである。

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コメント

貧しい国が不相応な軍隊を持ったゆえの悲劇。
そう言い捨てられない国内事情があったということだろうが・・。

2・26事件・・今日ですね。黙祷・・。(*≧m≦*)

お久しぶりです。次第に暖かくなり、最高気温が2桁に上がりました。梅は2、3分咲きですが、温かい日が続くと開花がすすみそうです。

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