無料ブログはココログ

« 時は金なり | トップページ | イギリス面白雑話 »

2017年1月 6日 (金)

オルレアンの少女

Img_0001
ロアール河に面したオルレアン大聖堂

   1412年1月6日、フランスのドムレミーという小さな村にジャンヌ・ダルクは生れた。13歳のとき「国王を助けて、祖国を救え」という神のお告げを聞いたといわれる。1428年5月、ついにジャンヌは、すべてを捨てて神のことばに従うことにした。当時のフランスは百年戦争のまっ最中である。フランス王シャルル6世の王妃イザボーとブルゴーニュ党は、イギリス王ヘンリー5世に通じフランスにイギリス軍を迎え入れ、アルマニャック党を滅ぼした。アルマニャック党の残党は、皇太子シャルルを連れて南フランスに逃れた。1420年、王妃イザボーはイギリスとトロア条約を結び、ヘンリー5世にフランスの王冠を与えた。そのため、フランスにはヘンリー5世とバロア家を継いだシャルル王のふたりが立ち、フランスは二つに分裂した。しかし質朴なフランスの農民たちは、戦争のたびに、田畑を踏みにじっていくイギリス兵をにくみ、太子シャルルに忠誠心をいだいていた。ジャンヌ・ダルクは、そういった農夫の娘の信仰だけは厚かった。ジャンヌは髪を切り、男装して、村から最も近いボークールーの町の守備隊を尋ねた。しかし、守備隊長は小娘のたわごととして相手にしなかった。1428年の秋、イギリス軍のオルレアン攻撃が始まり、敵がドムレミー村付近にも出没した。ジャンヌはあせりのうちにその年をおくり、翌年2月、敵中を11日間もくぐって、シノンにいる太子シャルルのところへたどりついた。ジャンヌは、この人こそフランスの王統を継ぐ人であり、フランスをイギリスの手から解放してくれる人だと信じていたからである。ところが、シャルルは戦意を失い、自信をなくしていた。ジャンヌが現れて、「私は神のおぼしめによって、あなたと王国を救うためにまいりました」というのを聞いても半信半疑だった。しかし、ふたりきりで話してみて、すっかり自信を得た。そして彼女に白みがきのよろいと、白い馬と、ユリの花の国旗を与えた。ジャンヌの出現を伝え聞いた農民たちは、兵糧と家畜をささげて、シノンへ集まってきた。ジャンヌは、白馬にまたがって、兵士の先頭に立った。奇跡が起こった。味方には「神の使者」とうつったジャンヌの姿は、敵には魔女に見えたのか、イギリス軍は恐れおののいてたちまち敗走してしまった。オルレアンは解放され、勝利の鐘の音が高らかに鳴り響いた。オルレアンはフランス中部、ロアール川中流の古都。オルレアン大聖堂をはじめ美しい建築が多い。(Jeanne d'Arc)

« 時は金なり | トップページ | イギリス面白雑話 »

今日は何の日」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 時は金なり | トップページ | イギリス面白雑話 »

最近のトラックバック

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30