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2016年12月 5日 (月)

引き揚げ船

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    敗戦後、外地に居住する日本の軍人軍属、一般日本人は祖国に引き揚げた。その数およそ660万人といわれる。とりわけ旧満州を含む中国・朝鮮方面からの引き揚げは凄惨をきわめた。「国家の品格」で知られる数学者・藤原正彦(昭和18年生れ)もその一人だ。母ていのベストセラー「流れる星は生きている」に描かれるように、幼い子どもを抱えて途方にくれる引き揚げ者も多かった。また引き揚げ者のなかには、途中で親と死別し、無縁故者となった子どもを多くいた。写真は樺太からの引き揚げ船第1号「雲仙丸」が函館から品川駅に着いた引き揚げ孤児。(昭和21年12月5日)先頭のおかっぱ頭の少女は両親の遺骨を抱いている。引き取り先が決まるまで、上野の同胞援護婦人連盟ホームに収容された。「♪霞む故国よ小島の沖じゃ夢もわびしくよみがえる」なつかしの写真館。誰もが生きたあの時代を写真でたどる。

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