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2016年12月27日 (火)

小野道風忌日

Photo_2    漢字の和様化をなしとげた平安時代の能書家小野道風(894-966)は国民にたいへん親しまれた人物である。それは柳の枝に飛びつこうとして幾たびも跳躍を試みる蛙を見て発奮、精進の結果ついに書道の奥義を極めたという逸話によるものであろう。しかしその生涯には謎が多い。道風は小野妹子の子孫で、小野篁の孫、大宰大弐小野葛絃の子である。その生年は「日本紀略」によって寛平6年に生まれ、康保3年、73歳で没したことは定説になっている。名の「道風」は本来、「みちかぜ」と訓読すべきであるが、「とうふう」と音読しているのは、唐風化の影響である。しかしながら、道風の生まれた寛平6年には菅原道真の建議により、遣唐使の派遣が停止され、道風が生きた時代は国風化が流行したときである。また若いときから書道家として認められたが、生涯官位は低く73歳で没したとき、正四位下内蔵権頭にすぎなかった。小野妹子の末裔にしては不自然であろう。生まれは愛知県の春日井市と伝えられる。小野葛絃(くずお)が任地の時、里人の娘との間に生まれたのが、小野東風だというのである。この説は尾張藩士天野信景による「塩尻」に記述され、それをうけて松平君山が「張州府志」で小野道風生誕地と述べ、以後尾張藩諸学者の通説のようになった。現在、春日井市には「道風記念館」があり、ゆるキャラの「道風くん」まで生まれた。だが、本当に道風が春日井市出身が史実であるかは疑わしい。(12月27日)

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