ディエゴ・ロペス・デ・セケイラ
ポルトガル人の航海者。Diego Lopez de Sequeira(1465-1530) 1508年4月、4隻の艦隊を率いてリスボンを出発し、マダガスカル島を経て、1509年4月インドのコチンにつく。船団のなかにはマゼランおよびフランシスコ・セランがいた。1509年9月マラッカについた。国王マフムード・シャーに貿易の開始と商館設立の許可を求め、いったんは認められたが、イスラム商人の進言により10月20日頃マフムード・シャーはポルトガル人に奇襲をかけた。約60人が殺され、24人が捕虜となった。セケイラはそのまま本国ポルトガルに向かい、マゼランたちはコチンへ戻った。
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