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2016年12月 6日 (火)

水戸黄門の旅行は一番遠くて鎌倉まで

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 加賀邦男 月形竜之介 大友柳太朗 千原しのぶ

 水戸藩第2代藩主・徳川光圀(1628-1701)の1700年の忌日。光圀は黄門様として庶民に親しまれている。映画やテレビでは助さん格さんを連れて旅に出たことになっているが、実際には、諸国はおろか、ほとんど旅に出たことはなかった。唯一旅らしいのは、延宝2年江戸参府の途中、水戸から江戸に直行せず、上総、安房へ回り、そこから船で鎌倉へ渡ったことがあるだけだった。ではなぜ漫遊したことになってしまったのだろうか。学問好きの光圀は「大日本史」の編纂のため、家臣を諸国に派遣し、資料の収集をさせている。この家臣の旅が光圀自身の旅として誤って伝えられたという。水戸黄門の役者といえば渋さでは月形竜之介が天下一品であった。なんと昭和29年には「水戸黄門漫遊記」「副将軍初上り」「地獄極楽大騒ぎ」「闘犬崎の逆襲」の4本の映画が作られている。助さんは第1作は徳大寺伸、第2作は大友柳太朗、第3作は月形哲之介。格さんは3作とも加賀邦男だった。加賀は志賀勝の父。(12月6日)

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