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2016年12月16日 (金)

読み方の紛らわしい名前「近衛文麿」 

Photo_2    1937年7月7日、近衛内閣が成立してからわずか1ヵ月で、盧溝橋事件がおこった。政府は不拡大方針をとなえたが、軍部は大規模な軍事行動を開始した。ここに日中戦争は全面的な展開をするにいたった。 1945年12月16日、服毒自殺した近衛文麿の名を、長い間「ふみまろ」とばかり思っていたのに、ある日ふと見た英字新聞に「AYAMARO」とあったのでびっくりした、という逸話がある。コンサイス日本人名事典などでは「ふみまろ」で記されているが、正式には「あやまろ」だった。「あやまろ」では語呂が悪いといことから通称名が知られるようになったらしい。「あやまろ、ともいう」と記されている事典もある。

  幕末長岡藩家老、河井継之助。読みは「国史大辞典」「コンサイス日本人名事典」等では「つぐのすけ」で記載されている。明治31年発行の戸川残花著「河井継之助」では「つぎのすけ」とルビがふられており、近年この説が有力である。

    三悪追放運動(三悪とは売春、麻薬、性病)などで知られた昭和の実業家・菅原通済(1894-1981)も「すがはらつうさい」と知られているが、本来は「すがはらみちなり」である。こちらは事典には「みちなり」で収録されている。

 むかし図書館で働いていて、図書目録カードの著者の読みを記入する作業のことをトレーシングといった。国文学者・折口信夫を「のぶお」を書いたが、先輩に注意された。正しくは、「しのぶ」である。

    明治の詩人・土井晩翠。当初は「つちい」だったが、1932年に「どい」と改称した。大正期、平民宰相で知られた原敬。「はらけい」とつい呼んでしまうが、「はらさとし」「はらたかし」、いったいどれが正しいのか紛らわしい。事典では一応「はらたかし」とある。ただし、原敬記念館、原敬日記は「はらけいきねんかん」「はらけいにっき」と読むのでますますややこしい。

 

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コメント

wobbly
人名の読み方は、確認しないと判りませんね。
漢字読みが通説とは別のことはよくありますね。

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