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2016年12月 1日 (木)

ラ・サール卿の非業の最期

   1682年フランスの探検家ラ・サール卿は五大湖からミシシッピ川を下って探検を進め、ミシシッピ流域の領有権を主張し、その領土をルイ14世に因んで「ルイジアナ」と名付けた。しかし彼は1687年本国からの物資が途絶えるなか、テキサス州ナバソタ付近で部下のピエール・デュオ―によって殺害された。参考;「トンティによるラ・サール踏査行の記録 1678~1690」 ロベール・カブリエ・ド・ラ・サール、Robert Cavelier de la salle、Pierre Duhaut

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