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2016年12月28日 (水)

八百屋お七に焼かれた芭蕉庵

    枯枝に烏のとまりたるや秋の暮

    延宝8年、深川に移る。これが芭蕉庵の始まりである。天和2年3月、「武蔵曲」においてはじめて芭蕉の号を用いた。この年12月28日、駒込の大円寺を火元とする大火(お七火事)があって、芭蕉庵も類焼した。芭蕉は辛うじて難を免れ、門人高山麋榯に招かれて甲斐国谷村の高山邸に身をよせ、ここに半年あまり寓居した。翌年5月江戸に帰ったが、其角によれば、この災難によって芭蕉は「猶如火宅の変を悟り、無所住の心を発」したという。6月には郷里の実母の死去の悲報に接し、冬には素堂ら友人門弟の勧進によって新庵が落成し、ここに落着いた。このころから芭蕉の人生観、俳諧観が大きく変わったものと考えられる。

31  朝顔は 酒盛知らぬ盛りかな

32  蕣は 下手のかくさへ哀なり

33 朝茶のむ 僧静なり菊の花

34 朝露に汚れて涼し瓜の泥

35 朝な朝な 手習すすむきりぎりす

36 あさむつや 月見の旅の明けばなれ

37 あさよさを 誰まつ島ぞ片心

38 紫陽花や 帷子時の薄浅黄

39 明日は粽 難波の枯葉夢なれや

40 遊び来ぬ 鱁釣りかねて七里迄

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