1890年4月22日、東京盲唖学校訓導、石川倉次(画像、1859-1944)がフランスの6点式点字をアレンジして日本式点字を考案した。同年11月1日、石川案が日本語用の点字として正式に採用された。19221年には、大阪毎日新聞社の中村京太郎らが「点字毎日」を発刊している。公共図書館で最初に点字図書を設置したのはどこであるかはっきりとしていない。市立名古屋図書館の館長、阪谷俊作(1892-1977)は昭和4年に点字文庫を開設しているが初期の活動して高く評価してよい。
« ローランサンとアポリネール |
トップページ
| 秦氏とネストリウス派キリスト教 »
« ローランサンとアポリネール |
トップページ
| 秦氏とネストリウス派キリスト教 »
コメント