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2016年11月 5日 (土)

大原美術館と大原社会問題研究所

_11    1930年のこの日、倉敷紡績社長・大原孫三郎(1880-1943)は、倉敷市に大原美術館を開設した。その前年に死去した画家の児島虎次郎(1881-1929)を記念するために建設した。エル・グレコの「受胎告知」や印象派の名作を集めた美術館して知られている。大原孫三郎は社会事業にも大きな功績を残している。父・大原孝四郎が創立した倉敷紡績を継ぎ、これを倉敷レイヨンに発展させたが、かたわら社会事業に熱心であった。18歳のとき二宮尊徳の「報徳記」をくり返し読み、事業の利益の何割かは社会へ還元すべきであって、私腹をこやしてはならない、という訓えに心をうたれた。そして20歳のときキリスト教の熱心な感化を受けた。孫三郎は、まず彼にキリスト教を教えた石井十次の経営する岡山孤児院を援助した。この他郷里の倉敷市に、病院・美術館・民芸館・考古館・天文台・農業研究所などをつくって一般に開放した。なかでも、大正8年に設立された大原社会問題研究所は、大正・昭和初期の社会科学のメッカであった。所長の高野岩三郎の下に、櫛田民蔵、久留間鮫造、森戸辰男、大内兵衛、細川嘉六、笠信太郎などの学者が、ここから輩出した。この研究所がわが国の社会科学や労働運動に投げかけた影響は測り知れないものがある。大阪市天王寺区伶人町にあった大原社会問題研究所は昭和24年に財政難のため廃館となったが、現在は法政大学大原社会問題研究所として継承されている。(11月5日)参考文献:「児島虎次郎研究」松岡智子

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「日本史」カテゴリの記事

コメント

大原社研で調べものをしたことがあります。法政大多摩キャンパスの図書館棟にあるそこは、夏休みだったこともあるのですが、利用者が二、三人と寂しい雰囲気でした。
下の図書館では大麻を吸ってるか売買してた学生がこの前捕まりましたね。

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