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2016年11月10日 (木)

与謝野晶子と関東大震災

   関東大震災が発生したとき、与謝野晶子は44歳で夫の鉄幹とともに、神田駿河台の文化学院で教鞭をとっており、近くの逓信病院付近に住んでいた。晶子は、この震災に対し、こんな短歌を詠んでいる。

もろもろのもの心より搔き消える天変うごくこの時に遭ひ

天地崩(く)ゆ生命を惜む心だに今しばしにて忘れはつべき

 また文化学院に預けておいた「新新源氏物語」の原稿も焼失してしまった。

十余年わが書きためし草稿の跡あるべしや学院の灰

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