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2016年11月 5日 (土)

ヴィヴィアン・リー

Vivienp3 1913年のこの日、女優ヴィヴィアン・リーが生れる。茶の産地として知られるダージリンはインドとネパール、ブータン、シッキムを結ぶ交通の要地である。1911年12月2日、アーネスト・リチャード・ハートリーは若い花嫁ガートルード・ロビンスン・ヤクジェとジョージ5世とメリー王妃が着いたと同じ日にインドに着いた。フランス人とスコットランド人の先祖の血をひく新妻はセーヴル焼きの陶器のように手をふれると砕けそうに弱々しく、妖精のようにいたずらっぽい女性であった。翌年の4月になって彼らは汽車で北へ行き、ダージリンの山岳地帯の避暑地に向かった。二階のその家はハートリーが勤める金融業ピゴット・チャップマン商会の同僚のもので、街を見降ろす丘の斜面に建っていた。1913年11月5日の夜、カンチェンジュンガとエヴェレストの雪に覆われた頂に太陽が沈み、ダージリンの街に灯かりがつき始めたとき、英国人の医師は、二階から降りてくると、ハートリーに此の世にめったとないほどの美しい女の子の父になったことを告げた。インド人の女中が、母親がカンチェンジュンガを見た直後に生れた子は完璧な美貌を保証されるといった。やがてこの女の子が、映画史に最も輝かしいスカーレットとブランチの女優、そしてジュリエット、アンチゴーヌ、クレオパトラで絶賛を博した舞台女優で知られた伝説の女優ヴィヴィアン・リーとなるのである。 (Vivien Leigh)

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コメント

あぁ、ヴィヴィアン・リー、強く気高いスカーレット、脆く壊れゆくブランチ、稀代の美貌!

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