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2016年10月 1日 (土)

北野大茶湯はなぜ1日で中止になったのか?

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    豊臣秀吉は天正15年10月1日から10日まで北野の森で大茶会を催す計画をした。茶の湯好きの者であれば若党・町人・百姓を問わず、釜・釣瓶・呑物を一つずつ各自が用意して集まるように命じた。10月1日は秀吉みずからと千利休、津田宗及、今井宗久が茶を点じ、800人以上にふるまった、という。しかし当初10日間としていたイベントは、この1日だけで茶会は中止された。博多から代表として招かれて上洛した豪商神谷宗湛は、1日で終わったためにまにあわなかった。僧英俊の『多聞院日記』には、何か不祥事があったものか、西国で佐々成政が討ち死にしたからか、との噂を記し、「ウソ歟」と書き加えている。一般の参会者には中止の理由はわからなかったであろう。佐々成政が討ち死にしたという噂はウソであったが、肥後の国一揆が勃発したのは本当のことで、おそらく秀吉は10日間も茶会を楽しむ気持ちはなくなり、中止したものであろうか。

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