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2016年9月28日 (水)

新選組最強の剣士、斎藤一 

Photo  本日は斎藤一(さいとうはじめ)、1915年の忌日である。彼の名前は漫画「るろうに剣心」や大河ドラマ「八重の桜」ですっかり有名になった。

  1965年のNETドラマ「新選組血風録」で左右田一平が斎藤一に扮したときは世間の人は斎藤一をまだ誰も知らなかった。「新選組血風録」第24話「風去りぬ」は結束信二のオリジナル脚本だろうが、ついに沖田総司の最期の回となる。沖田総司の役はやはり島田順司以外には考えられないと思う。斎藤一が別れに沖田に詰め将棋の本を贈る。もう一度、誰にも邪魔されないで二人でおもいっきり将棋がしたいという。(泣かせるぜ)このあと土方と沖田の別れのシーンもある。今生の別れであることは知っていても、つくり笑顔で別れる土方がよい。やはりこのシリーズは、土方(栗塚旭)、沖田(島田順司)、斎藤(左右田一平)という三人の息のあった演技が最高なのだ。三人は「新選組血風録」(昭和40年)「われら九人の戦鬼」(41年)「俺は用心棒」(42年)「待っていた用心棒」(43年)「帰って来た用心棒」(43年)「俺は用心棒 2」(44年)「天を斬る」(44年)「燃えよ剣」(45年)までまさに怒涛の快進撃を続けた。

  注目すべきは、原作では比較的地味な存在である斎藤一を、ドラマでは自己顕示欲のない誠実な人柄として描いたことだ。「風去りぬ」で近藤・土方二人になったとき、斎藤との出会うシーン。斎藤の懐からだされたのは「誠」の旗だった。新選組の象徴である「誠」は斎藤・左右田一平の茫洋した人柄とマッチして妙な味がでているのである。

   ただし、歴史上の人物である斎藤一は、土方と共に箱館まで到っていない。なぜ、土方は、最後の腹心ともいうべき斎藤と袂を分かってしまったのであろうか。この疑問に対する答を満足させてくれる記録は何も残っていないという。これは推測であるが、土方は斎藤を明治の新しい世になっても活躍していける人物とみて、涙を払って彼を突き放したのかもしれない。事実、斎藤は明治になって警察官となり、西南戦争に従軍し、警視庁退職後は教育博物館の看守などに奉職したとある。(「幕末激闘録新選組」成美堂)。また大内美予子によると「斉藤一は、明治になってから、壬生の八木家を訪れたこともあり、旧新選組隊士との交流もあったらしい。山口二郎、一戸伝八、藤田五郎と名を変え、剣道教師をしていたとも、女学校の門衛をしていたとも伝えられるが、おそらく職業も転々としたのではないだろうか。それでも、妻帯(高木時尾)をし、3人の子があったということは確かであるが、庇護を受けた山岡鉄太郎の没後は、彼を理解する人もなく寂しい晩年であったという」(「新選組隊士列伝」新人物往来社)没年は大正4年(享年71歳)で、妻の時尾は大正14年(享年75歳)にそれぞれ死去し、福島県会津若松市七日町駅前にある阿弥陀寺に2人の墓がある。(9月28日)

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