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2016年8月24日 (水)

丹後国風土記の浦島伝説

Photo_3   浦島太郎の話は室町時代の「御伽草子」にみられるが、もとの話は7世紀後半の「丹後国風土記」逸文(釈日本紀所引)に見える「水江浦島子(みずのえのうらのしまこ)である。ふつう龍宮城から帰った浦島太郎は玉手箱をあけると白髪の老人になり、ツルとなって天にのぼり、浦島明神になったとあるが、これらは中世以降から登場するもので、丹後風土記では死んだところで終わっている。浦の嶋子、亀姫などの相違もある。以下、梗概を記す。

    雄略天皇の頃、浦の嶋子は漁に出たが不漁だった。ところが帰路、亀のような乗り物(五色の亀)と不思議な女に出会う。女は、「天上仙家」から来たという。女に誘われて、浦の嶋子はその五色の亀に乗るが、乗るとすぐに嶋子は、寝入ってしまう。目をさますと、海上の島が迫ってきた。そこは、これまで見たこともないきらびやかな宮殿と楼閣があった。中に入ると亀姫が現れ、嶋子はそこで亀姫と楽しい日々を送ることになる。そこには7人のスバル座星人と8人の牡牛座星人がいた。かれらはみな故郷に帰りたがっていた。そうこうしている内に、嶋子も故郷へ戻りたくなったので亀姫に暇乞いを願い出る。亀姫は、帰る嶋子に玉くしげを授ける。そして嶋子は、再び五色の亀に乗り、眠る内に故郷に着く。だが、そこには家もなく、知る人もいなかった。周りの人に事の次第を尋ねると、自分はだいたい300年も前に海で行方不明になっていたのである。なすすべを失った嶋子は、亀姫からもらった玉くしげを開ける。すると箱の中から、かぐわしい蘭のような体が、風雲に率いられて、蒼天にひるがえって飛んだ。そのあと、嶋子は、みるみる老人となり、その場で死んだ。

この説話は文章家の伊預部馬養(いよべのうまかい)が丹波国宰の時に採録したものと考えられている。

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