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2016年8月 4日 (木)

マリリン・モンローの死

Marilynmonroejfkgooglesearch   1962年のこの日、マリリン・モンローは謎の死を遂げ、いまだにその真相に関しては様々な説がある。この日は「プレイボーイ」誌のヌードを撮ることになっており、マリリンはカメラマンのラリー・シラーと打ち合わせたあと、午後からピーター・ローフォード邸でパーティに出かけ、途中で抜け出してブレントウッドの家に帰宅した。マリリンは夕方5時15分ごろ、かかりつけの精神分析医ラルフ・グリーソン博士に電話し、不眠を訴えた。博士に「近くの海岸へドライブでもしていらっしゃい」といわれ、メイドのユーニス・マレー夫人に「海へ行きたくないけれど、もっと近くにドライブしようかしら」といいながら、「おやすみなさい」と寝室へ入った。このときは、ふだんと変わった様子はなかったそうである。マレー夫人は「私は真夜中に寝ました。そのとき寝室に電気がついていましたが、気にもとめませんでした。しかし3時に目がさめたとき、まだつけっばなしになっていたので様子を見ようとしましたが、ドアには鍵がかかっていて返事がなく、胸さわぎがするので、庭に出てカーテンの間から部屋をのぞいてマリリンが死んでいるように思い、すぐグリーン博士を呼びました」数分後かけつけた博士は火かき棒でガラスを割り、中へ入った。電話器を片手に、マリリンはうつぶせになってねていた。肩までシーツがまきつけてあった。博士は「死んでいる」と思ったが、すぐに内科医エンゲルバーグ博士を呼びつけ、死を確認したあとで、午前4時20分、警察に電話した。警察によれば「外傷は全然なく、部屋は荒らされておらず、遺書らしいものはなかった、ベッドわきのテーブルには睡眠薬のビンがころがっていた。ミス・モンローは寝室に入ってまもなく、午後8時ごろ死亡したと思われる」発見されたとき、マリリンは彼女のトレード・マークであるシャネルの五番のほか、なにも身につけていなかった。すぐに検屍官が呼ばれた。安物のブルーの木綿の布に包まれた遺体は、検屍官のステーション・ワゴンにのせられ、近くのウェストウッド死体仮置場へ運ばれた。モンローは次のように登録されている。

検屍番号81128。姓名ノーマ・ジーン・ベイカー。白人、女性。年齢36歳。身長166.4㎝。体重53.2㎏。中肉中背のよく発達した肉体。この比率を拡大するとミロのヴィーナスになる。(8月4日)

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