無料ブログはココログ

« エクアドル独立記念日 | トップページ | 河川の語源 »

2016年8月10日 (水)

戦艦「三笠」と黄海海戦(日露戦争)

418caywkhsl

  1904年のこの日、黄海海戦。戦艦「三笠」は、日清戦争後、ロシアに対抗するために日本が軍拡をすすめる1899年1月24日、イギリスのヴィッカーズ社バロー・イン・ファーネス造船所で起工し、1900年11月8日、進水。1903年3月1日、竣工、5月18日、横須賀に到着した。三笠は連合艦隊旗艦となり、1904年2月からの日露戦争に加わり、8月10日、黄海海戦に参加する。12月、呉に入港して修理の後、1905年2月14日呉を出港、江田島・佐世保経由で21日朝鮮半島の鎮海湾に進出した。以後同地を拠点に対馬海峡で訓練を行い、5月27日・28日には日本海海戦でロシア海軍バルチック艦隊と交戦、勝利を収め、世界にその名を轟かせるとともに、日本にとって日露戦争の勝利の象徴的存在になった。

   だが三笠は日本海海戦ですべての運を使い果たしてしまったようであった。海戦から僅か4ヵ月後の1905年9月11日深夜、佐世保港に碇泊中だった三笠は謎の爆沈を遂げた。死者と行方不明339名、重軽傷者200余名を出した。東郷平八郎は、前日の昼に上京の途についていたため無事であった。海軍省は9月15日に、三笠変災査問委員会を組織して、爆沈事故への詳細調査を行ったが、原因は謎のままに終わった。

    1906年8月、三笠は浮揚され、1年8ヵ月にわたる修理の末に復旧したが、その後も、一等海防鑑に転籍直後の1921年9月16日、ウラジオストック近くのアスコルド海峡で座礁するなどの災厄に見舞われている。

   この年、ワシントンで開かれた海軍軍縮会議で三笠は廃艦になることが決まったが、朝野をあげての要望によって記念鑑として保存されることになり、現在も横須賀市の三笠公園に往時の姿をとどめている。(8月10日)

« エクアドル独立記念日 | トップページ | 河川の語源 »

今日は何の日」カテゴリの記事

コメント

三笠は思い入れありますね~
何といっても日本海海戦の旗艦、東郷平八郎が乗艦していたかと思うと一入ですね。
私の予備校時代のご老体の先生が、「私が子供のころ、東郷平八郎自宅の庭で本人から直接、戦争体験談を聞いた」と、その内容をお話しになっていました。
「歴史的人物」の話を直接聞いた、という先生から、その話を聞く、というのは、あたかも、私が東郷平八郎本人から聞いたような、そんな感じがして、とても思い入れのある方の1人です。
・・・とかいいながら、「三笠記念艦」にはまだ行ったことありませんので、ぜひ、一度訪れたいと思っています。

ほんとうに一度は訪れたいのが記念艦「三笠」。関西に住んでいるのでまだ機会がないんです。せめてサイトを見てると船内の展示品も充実しているみたい。「龍馬伝」のあとは「坂の上の雲」ですよね。

三笠は乗組員の上司に対する不満から 火薬に放火され 爆沈しました 昭和18年の戦艦陸奥の爆沈もそうです 日本海軍は他国に比べ 同じ様な事件が多いそうです 作家吉村昭が作品に取り上げています

armani ネックレス

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« エクアドル独立記念日 | トップページ | 河川の語源 »

最近のトラックバック

2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31