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2016年8月24日 (水)

古代のフライパン

   フライパンは毎日もっともよく使用する家庭用調理器具の一つであろう。最近では蓋つきの深めのフランパンが売られていて、鍋の代用になるし、蒸すこともできる。退職してからは、どんな料理もフランパン一つで簡単につくって温かくて美味しいランチを食べている。ところでこんな便利なフライパンはいつ頃できたのだろう。

Photo_2     原始的な鍋の類ならば火の使用した旧石器時代からあることが推測できるが、鉄製の取っ手のある今日みられるようなフライパンとなると、ラテン文化の黄金時代が築かれた帝政ローマ期にさかのぼるだろう。ローマでは木や炭を燃料として鉄製の柄つき平鍋がポンペイから出土している。フライパンの語源はラテン語の「フライゲレ(油であげる)」と、「パティナ(浅いなべ)」をあわせたもの。

    世界帝国をうちたてたオクタヴィアヌス以降の帝政ローマでは、貴族たちの屋敷で華美な宴会が催された。広いテーブルには各地の陶器やガラス器が並べられ、それに山海の珍味を盛ってパーティをすることが多くなった。古代におけるガラスの主な生産地はシリアとエジプトのアレクサンドリアであるが、やがてシドンがローマ領になると、ローマにガラス製法が移り、宙吹ガラスの製法も発明された。吹きガラスは造形が容易で、多量に生産できるため、ガラス器は家庭で実用化された。後1世紀ころにはガラス杯一個は銅銭1枚で買えたと伝えられる。食卓を飾る食器や調理器具の多くは古代ローマ時代に完成されたと言ってよい。

   西暦79年8月24日、イタリアのヴェスビアス火山が突如噴火し、ポンペイ、ヘラクラネウム、スタビアなどの町が火山灰により埋没した。ドメニコ・フォンターナという建築家が1599年にポンペイを発見したが、本格的に発掘したのは1748年からである。(Ponpei,Domenico Fontana)

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コメント

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。

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