杜甫の持病について
杜甫の有名な詩「登高」の一節、「萬里悲秋常作客 百年多病獨登臺」。「都を万里も離れて悲しい秋に、わたしは旅人の身、生涯病気がちの体で、今日はただ一人高台に登っている」の意味。旧暦九月九日には、小高い所に登り、邪悪から身を守り健康を祈るという風習があった。この詩を作ったとき、杜甫は56歳で巫山に登り、その3年後には病没している。巫山は重慶にある名山で、壮健でないと登れない。詩中に「百年多病」とあるが、杜甫にはどのような持病があったのだろうか。当時、杜甫は風痺(関節炎)と喘息があったが、持病の消渇(しょうかつ)のため数年後、歩行も不自由になる。消渇とは現在の糖尿病のことである。
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