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2016年8月19日 (金)

牧水の妻・若山喜志子

   1968年のこの日、若山喜志子の80歳の忌日。

白玉の歯にしみとほる秋の夜の

酒はしづかに飲むべかりけり

(白珠のような美しい歯にしみとおる酒、秋の夜の灯の下でくむ酒は、しずかにひとりしみじみと味わいながら飲むのがよいものだ)

Pht_04     若山牧水(1885-1928)、26歳の作である。前田夕暮はこの歌に対して、「彼の行くところ山河あり、山河あるところ彼と酒とがあった。酒によって彼は彼の悲しみを深め、彼の純情一路の心境を研いた。秋の夜の孤独感が酒によって如何に慰められているか、冷たい響きと匂とを持っているこの歌によく流露されている」(「現代短歌全集」月報「若山牧水の歌」)といっている。

   牧水は大正5、6年ごろになると、人生的な詠風から、旅を中心とした自然詠や、日常生活の淡い感情を歌った歌などが多くなり、自然歌人としての道に徹してゆくことになる。酒と旅のうちに44歳の生涯をつねに支えたのは妻の若山喜志子(1888-1968)であった。

    明治44年7月、若山牧水は、歌人の太田水穂(1876-1955)方で、のちに妻となる太田喜志子と出会う。喜志子は明治21年5月28日、長野県東筑摩郡広丘村吉田に太田清人の四女として生まれた。喜志子も歌人で、「信濃毎日新聞」の選者だった太田水穂を頼って上京し、水穂の家に住み込んでいるところへ、牧水の訪問を受けた。

   このあと牧水は、旅先でもどこでも喜志子に近づき、手紙を送り、過去の恋愛や秘すべき病のことまで、洗いざらい打ち明けた。長男の旅人が「それでよく結婚したね」と言うと、母は「あの澄んだ瞳の持ち主に悪い人のいるはずはないと思ったから」と答えたという。(8月19日)

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コメント

> 突然ですが。
> こちら岩手県の狐洞書房と申します。
> 古書などを販売しております。
> 在庫を整理していたところ、歌人・若山喜志子のハガキ(添付ファイル)を発見いたし
> ました。当時の住所が明確です。
>
> 消印からは年号は不明ですが、4月1日(静岡・蒲原)は判ります。ハガキが15銭となっ
> たのは、昭和21.7.25から22.3.31までですから、昭和22.4.1のものと推定できます。
>
> 裏面に「来年故人の21回忌を沼津市で」とありますから、昭和3年没の牧水と適合し
> ます。史料としていかがでしょうか。
>
> 送料3500円で提供したいと存じます。
> ご入用の場合、ご返信ください。
>                2010.12.20   狐洞書房、店主・道上大作

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