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2016年8月30日 (火)

漱石文学と味の素

Photo_7    夏目漱石(1867-1916)は、明治33年9月8日、横浜を出航、途中パリで万国博を見学して、10月28日ロンドンに到着した。ここで約2年4ヵ月を英語研究のため過ごした。文部省留学費が年1800円にとどまっていたことから、ケンブリッジなどの英国の大学生活が自己の目的にかなわないと知って、大学の講義を聞くことを断念した。ロンドンで、ウィリアム・ジェイムズ・グレイグの個人教授を1年あまりうけながら、下宿を5度変えて、学生街から西南の場末の新開地にうつり、衣食をきりつめて、高価な書籍の買入に留学費の大部分を傾けた。この間、美濃部達吉、長尾半平、大幸勇吉、土井晩翠らと多少の交渉をもったほかは、社交をさけ、下宿籠城主義をとり、古今の英文学書の耽読に過ごしたといってよい。ただひとつ、ドイツ・ライプツィッヒから帰途たちよった池田菊苗(1864-1936)との3ヵ月たらずの交友が、漱石に重大な影響を与えた。漱石は次のように書いている。

   「倫敦で池田君に逢ったのに、自分には大変な利益であった。御陰で幽霊の様な文学をやめて、もっと組織だったどっしりとした研究をやろうと思い始めた」

    化学者・池田との交友により、科学的研究方法による「文学論」の執筆を思い立った。明治34年5月5日から8月30日までのロンドンでの二人の交流が漱石文学と味の素を生んだともいえるのではないだろうか。(参考:瀬沼茂樹『夏目漱石』東京大学出版会 昭和37年3月)

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