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2016年7月17日 (日)

あじさい忌

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    石原裕次郎の命日は7月17日。主演した映画「あじさいの歌」にちなんで紫陽花忌といわれる。今年は節目の23回忌にあたる。集英社の日本文学全集「石坂洋次郎集」巻末の「作家と作品」に引用された写真(画像)には石原裕次郎と石坂洋次郎が和室で会食している。同席には芦川いづみ。映画「陽のあたる坂道」(昭和33年4月封切り)のときとある。石坂洋次郎は信次を石原裕次郎をイメージしながら書いたという。だがこのとき何故主演の北原三枝ではなく、芦川いづみがいるのだろう。芦川の役は足の悪い妹役で家庭教師役の北原三枝に比べると助演といった役どこである。石坂・石原・芦川のコンビの作品は「陽のあたる坂道」(昭和33年)以外にも「乳母車」(昭和31年)、あじさいの歌」(昭和35年)、「あいつと私」(昭和36年)がある。芦川いづみは石原より年齢は1歳下。つまり「陽のあたる坂道」の役は当時23歳で実年齢よりもだいぶん幼い女学生役を演じていたことになる。痩せていた芦川は少女の役が似合っていた。ところがケペルの記憶では確か芦川いづみの女学生は髪は長かったし、この写真の雰囲気とは異なる。「私はこんな体だけど子供ができるでしょうか」と町医者に診察してもらう場面は秀逸である。文学全集の写真の芦川の髪はショートである。この会席の写真は、おそらく「陽のあたる坂道」より数年のちの写真ではないだろうか。「あじさいの歌」の芦川(:けい子の役)も長い髪をしている。「あいつと私」の時の芦川(このときも役名は同じで「けい子」だった)はショート・ヘアーである。前年昭和35年12月封切りの「闘牛に賭ける男」を最後に北原三枝との共演作品はなく、12月2日に結婚式を挙げている。翌年1月24日、志賀高原でスキーによる骨折により長期入院している。この会席写真は退院後の「あいつと私」(昭和36年9月封切り)打ち合わせではないかと推測する。石原裕次郎27歳、芦川いづみ26歳。あるいは石原、芦川が半袖なので、昭和33年4月封切りの「陽のあたる坂道」の打ち合わせだとすると、昭和32年の夏頃、石原23歳、芦川22歳ということも考えられないことではないが。どちらにしても20歳前半の若者が大作家と気軽に対談できるというのはたいしたものである。

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こんにちは、あいつと私 の時だと思います

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