無料ブログはココログ

« 幻化忌 | トップページ | 歴史人物の再評価 »

2016年7月19日 (火)

映画「青い山脈」封切り

Img_0001_2      戦後間もない年の6月のある日、東北の山村にある海光女学校で、若い英語教師島崎雪子は、5年生の寺沢新子から、一通のラブレターを見せられた。雪子は校医の沼田に相談する。彼は雪子を怒らせ平手打ちされてしまう。雪子がニセ手紙を書いた生徒の松山浅子を厳しく責めたことから、問題は一層大きくなり学校で父兄理事会を開くことになる。その上、浅子の父親が田舎政治家で、学校の理事長をしている井口甚蔵という市会議員と兄弟分ということで、雪子の立場はますます苦しくなった。沼田の中学の後輩金谷六助は、偶然新子と親しくなっていたが、二人が苦境に立っていることを知って沼田に応援をたのむ。沼田は一計を案じ、六助の友人富永安吉や芸者梅太郎の協力を得て、理事会の席で井口や体操教師の田中をやりこめて雪子を救う。やがて松山浅子も新子と和解した。台風一過、村にも学校にも和やかな空気が訪れて、寺沢新子と金谷六助は少し大人になり、沼田医師と島崎雪子は結婚の約束をする。

   「青い山脈」は1947年6月9日から10月4日まで朝日新聞連載小説として発表された。今井正監督の映画「青い山脈」が封切りられたのは1949年7月19日である。原節子、池部良、伊豆肇、木暮実千代、龍崎一郎、若山セツ子、杉葉子らが出演。新しい民主主義の到来を謳った青春映画は主題歌とともに大ヒットした。のち石坂洋次郎(1900-1986)は教師生活の体験を生かした青春小説を数多く残した。石坂は純文学、ことに自らがかつて親しく接した葛西善蔵の私小説のあり方に決別し、より広い一般の読者を目指した小説を手がけることになる。「青い山脈」には、自意識の文学から中間小説へという変化を見て取ることができる。

« 幻化忌 | トップページ | 歴史人物の再評価 »

今日は何の日」カテゴリの記事

コメント

「青い山脈」池辺良と原節子でしたか?wink
僕も観たはずですが・・あ、写真で思い出しました。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 幻化忌 | トップページ | 歴史人物の再評価 »

最近のトラックバック

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31