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2016年7月22日 (金)

国際派の海軍軍人・米内光政

   TBSドラマ「歴史の涙」(1980)を観る。映画「日本のいちばん長い日」(1967)とは一味ちがった感じ。昭和天皇には歌舞伎の市村萬次郎が演じる。詔勅の読み方が見事であった。阿南惟幾(小林桂樹)と米内光正(神田隆)らが対立するが、陸軍大臣阿南の苦悩と割腹が山場であることにかわりない。米内光政(1880-1948)は大正・昭和期の海軍軍人(大将)。岩手県出身。大正4年ロシア大使館に武官として勤務し、革命直前のロシアの混乱をつぶさに見た。大正9年から、ポーランド駐在員監督をつとめ、左右の対立に揺れるワイマール・ドイツを観察している。こうした欧州情勢の見聞により、国際派としての見識を持った人物だった。およそ軍人らしからぬ歴史観を持ち、精神主義者の多い当時の軍人の中では珍しい合理主義者でもあった。日独伊三国同盟を協議する五相会議の席上、石渡荘太郎蔵相が日独伊の海軍は米英の海軍に勝てるかと質問した。米内はこう答えた。

「勝てる見込みはありません。大体日本の海軍は米英を向こうに回して戦争するように建造されておりません」

   昭和天皇はこうした米内の性格を気に入り、日独伊同盟に歯止めをかけようとしたのだ。日中戦争では不拡大方針を唱えた。しかし、米内の持ち味が時代の風潮に合うはずはなかった。陸軍の倒閣運動のため米内内閣(昭和15年1月16日から7月22日)はほとんど無為のまま短期間で終わった。むしろ米内の本領は敗色濃くなってからの終戦工作で発揮された。小磯、鈴木両内閣に入閣したときは、天皇の真意が和平にあることを知り、命がけで戦争終結の道を探った。

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