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2016年6月12日 (日)

蘇我入鹿暗殺

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 多武峰縁起絵巻

    中大兄皇子が中臣鎌足らと謀り、蘇我蝦夷・入鹿の父子を殺して、権力を奪った政変を「大化の改新」と覚えたが、今の歴史教育では入鹿暗殺事件は「乙巳の変(いつしのへん)」と呼び、後に行われた一連の政治改革を「大化改新」と区別するのが一般的である。

    ともかく645年という年号は、わが国で初めて年号をたてて大化元年とした、記念すべき年である記憶されるべき出来事であることには間違いない。大化改新によって律令による政治が確立されたとされる。

 無事故(645)で終わった大化の改新

変事、中大兄皇子は葛城皇子と名乗っていた。

6月12日、葛城皇子らが宮中で蘇我入鹿を殺す

6月13日、蘇我蝦夷が自害

6月14日、皇極天皇、軽皇子に譲位(孝徳天皇)

   軽皇子が乙巳の変の黒幕ではないかという説や「646年」説もある。また近年、「大化の改新」そのものがなかったという説もある。日本書記の詔には、漢字の音訓が混じった和化漢文で書かれている。しかし、和化漢文が一般化するのは670年ごろのことで事実としておかしいというのが理由とされる。

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コメント

始めうっかり「乙女の恋と大化の改新」と読んでしまった。

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