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2016年5月 9日 (月)

友情は悲しみを半分にする

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Christopherandpeter

    近藤勇&土方歳三、夏目漱石&正岡子規、マルクス&エンゲルス、ピーター・カッシング&クリストファー・リー、星野仙一&田淵幸一、草薙剛&香取慎吾、美川憲一&コロッケ。古今東西を問わず、世の中には、不思議とウマの合うコンビがいる。ゲーテとシラーもなぜか相性がよかった。

友情は喜びを二倍にし、悲しみを半分にする(シラー)

    ヨハン・クリストフ・フリードリッヒ・フォン・シラー(1759-1805)は、1759年11月10日、シュヴァーベン地方のネッカール河の小さな町マールバッハに生まれた。1787年7月21日、シラーはワイマールに着いた。ゲーテ(1749-1832)はイタリア旅行中であったが、ウィーラント、ヘルダーなどと会った。9月7日、ゲーテと初めて会う。1788年12月15日、シラーはゲーテの推薦によってイェーナ大学の歴史の員外教授に就任した。その後、二人の間で手紙のやりとりが交わされたものの、1794年7月20日頃、イェーナの自然科学の学会の帰途ゲーテとはじめて胸襟をひらいて語り合うことができた。これが機縁となって二人は急速に親密な友情で結ばれる。

   シラーと付き合いはじめてゲーテの文筆活動は急速に活発になっていった。「ヴィルヘルム・マイステルの修業時代」が完成を見る(1796年)。シラーと共同で文芸批評的な短詩「クセーニエン」(1796年初めより)を書き続ける。1797年3月には「へルマンとドロテーア」ができる。そして「ファウスト」が書き継がれていった。

   1805年5月9日、46歳でシラーが没すると、ゲーテは数日間泣き続けた。親友の音楽家ツェルターにあててこう書いている。「私は自分が死ぬかと思ったが、その代わりに一人の友を失った。そしてこの友のうちに私の存在の半分を失った」。

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