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2016年5月22日 (日)

「人生不可解」 藤村操、華厳の滝に投身自殺

Photo_6     明治36年5月22日、一高生徒の藤村操が日光・華厳の滝に投身自殺した。投身に先立ち、かたわらの大樹をけずり、巌頭之感を書き残した。

悠々たる哉天壌、遼々たる哉古今、五尺の小躯を以て此大をはからんとす。ホレーショの哲学竟に何等のオーソレチーを価するものぞ、萬有の真相は唯一言にして悉す、曰く「不可解」。我この恨を懐いて煩悶終に死を決す。既に巌頭に立つに及んで、胸中何等の不安あるなし、始めて知る、大いなる悲観は大いなる楽観に一致するを。

   ここで引き合いに出されているホレーショというのは、シェークスピアの「ハムレット」の登場人物のことである。それはともかく、当時夏目漱石は第一高等学校で英語を教えており、藤村は教え子であった。野上豊一郎は漱石との関係を次のように語っている。

   先生は何しろ生徒が下読みをして来ないのを嫌われたが、藤村は自殺する頃二度ほど怠けた。最初の日先生から訳読を当てられたら、昂然として「やって来ていません」と答えた。先生は怒て「此次やって来い」と云って其日は済んだが、其次の時間に又彼は下読みをして来なかった。すると先生は「勉強する気がないなら、もう此教室へ出て来なくともよい」と大変に叱られた。するとその二三日後に藤村の投身のことが新聞に出た。その朝、第一時間目が先生であったが、先生は教壇へ上るなり前列にゐた学生の心算では、あの時手ひどく怒った故彼が自殺をしたのじゃないかと、ふと思ったのだったさうだ。後年小説の中で藤村の死に対する先生の理解を示されたが、藤村についてはそんな挿話があったのである。

  藤村操の投身自殺は同世代の青年に大きなショックを与えた。

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