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2016年5月 3日 (火)

「足助(あすけ)」地名と苗字

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   三河国足助荘の武士、足助重範が笠置山陥落後捕えられ、5月3日、京都で処刑された。かつて、三河湾からの塩や海産物を信州へ運ぶ塩の道として栄えた足助(あすけ)宿。2005年に愛知県豊田市に編入。香嵐渓の紅葉が有名。足助という苗字の人が全国におよそ1200人いるが、祖先は三河の足助荘から起こったらしい。三河国賀茂郡足助荘で、清和源氏浦野氏の一族で、鎮西八郎為朝の婿となった足助冠者重秀を始祖とし、「重」を通り字としており、次郎重範は、後醍醐天皇の召しに応じた剛勇の武士で、笠置山の敗戦で北条方に捕らえられ、長子重政とともに六条河原で斬首された。戦国期には足助城があった。大正には出版社・叢文閣を創業した足助素一(1878-1930)がいる。

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