無料ブログはココログ

« 雑学の泉 10集 | トップページ | シパーヒー決起、インド大反乱 »

2016年5月 9日 (月)

神尾春央(かんお はるひで)の年貢増徴策

   八代将軍徳川吉宗の時代、老中松平乗邑のもとで、神尾春央(1687-1753)は勘定奉行に就任。年貢増徴を推進し、延享元年(1744)には、自ら中国地方へと赴き、徹底した年貢率強化と隠田の摘発を実施し、民衆の反感をかった。翌2年に吉宗が引退した後、乗邑が失脚したのに続き、それまでの春央の専管であった金銀銅山懸り、長崎懸り、検地奉行などが勝手方の共同扱となった。「胡麻の油と百姓は絞れば絞るほど出る物也」という春央の言葉は彼の増徴政策を端的に表している。参考:谷山正道「延享元年勘定奉行神尾春央の西国幕領巡見をめぐって 年貢増徴をめぐる東と西」 内海文化研究所18 19、1990年。

« 雑学の泉 10集 | トップページ | シパーヒー決起、インド大反乱 »

「日本史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 雑学の泉 10集 | トップページ | シパーヒー決起、インド大反乱 »

最近のトラックバック

2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31