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2016年4月28日 (木)

ブラジル移民物語

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アリアンサ移住記念館
北原地価造の住居跡(昭和4年頃)

   明治41年4月28日、水野龍(1859-1951)を団長とする第1回ブラジル移民団、170家族、792人は「笠戸丸」で神戸港を出港、6月18日、サントス港に到着した。明治43年には第2回移民団が旅順丸に乗って247家族、909人がブラジルに渡った。いまやブラジル日系社会は150万人を超え、成長著しいブラジル社会の支えとなっている。

   第1回芥川賞受賞作品の石川達三「蒼氓」が発表されたのは昭和10年のことだった。

   神戸三宮の「国立海外移民収容所」。ブラジル移民として全国各地から集まってきた家族たちの、昭和5年3月8日から15日までを描く。移民団を構成するのは、落葉のように掻き集められてきたものばかりである。気後れしながら移民収容所の受付をくぐる。待合室にあてがわれた倉庫には、秋田から来た貧農出の姉弟佐藤夏と孫市がいる。夏は、堀川との恋愛をあきらめ、門馬勝治を形式上の婿にして、孫市のためにブラジル行を決意した。孫市は、兵役をまぬがれるために移民の群れに投じたのか、「俺は忠義でねって言われるくれえだら、ブラジルさ行かねつもりだ!」とつっぱねる。貧しい日本での生活に追われてのものなのである。再渡航の堀内は本当のブラジルを知っている。ところが移民たちは、トラホーム、栄養不良など、体格検査で不合格になり、乗船許可のおりなくなることを気にかけている。話にきいたブラジルのいいところだけを空想しているにすぎないのだ。ロンドン軍縮会議、現職文部大臣の連座した疑獄事件にいたるまでにも、東京市会議員疑獄、私鉄疑獄、合同毛織事件、樺太山材事件とうちつづいている。こんなうそむさい日本のことは、もう知らないのに限るというのが堀内だった。最後の日の8日目、15日に900余名の移民集団の乗船した、ら・ぷらた丸は神戸港を出航した。(引用文献:今村忠純「日本名作事典」平凡社)

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 水野龍

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