松平外記忠寛
1823年4月22日、江戸城中で西の丸書院番、松平忠寛(1791-1823)は本多伊織ら3人を斬り、2人負傷させた。いわゆる「千代田の刃傷」事件である。忠寛はその場で自害した。33歳であった。当時、旗本の風紀は乱れていたが、この事件によって風紀は引き締まったといわれる。
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憂国の士は数は少ないがどこにでもいるのは心強いですね。(v^ー゜)ヤッタネ!!
投稿: 根保孝栄・石塚邦男 | 2013年4月22日 (月) 01時09分
今の日本に憂国の士はいるのか。
投稿: | 2014年4月21日 (月) 13時02分