只野真葛(ただのまくず1763-1824)は、江戸後期の女性国学者。「赤蝦夷風説考」で知られる工藤平助の長女。これまで人名辞典では、「工藤綾子」で掲載されているが、36歳のとき只野伊賀に嫁して、只野真葛として「紅蓮尼伝」「奥州波奈志」「不問がたり」「松島紀行」「むかしばなし」など多数の著作があるので、近年「只野真葛」で知られるようになっている。
とくに真葛が注目されるのは『独考』という著作の驚くべき内容である。自序によれば文化14年(1817年)12月に書き起こした。本書は広い視野と鋭い洞察力で経済至上主義を批判し、独自の宇宙論を展開している。例えば次のようなポイントを田辺聖子訳で紹介しよう。
「義という字は精神の緊張をさす。善い事柄に対して緊張すれば義となり、悪事に向かって緊張すれば暴となる。現れた結果はちがっても、発動の根元は同じなのに、聖人君子などと呼ばれる人々は元来、善心しか持ち合わせていないから悪人の心の動きがわからない。義と暴が同じ根より生じた正反対の精神活動だなどということも、理解できないようだ」
「仏教でも儒教でも浪費をやめろとおさとしになる。それなのに大伽藍や聖堂のような巨大な建造物を建て、中に孔子の人形などを飾って、公儀をはじめ歴々のお偉方までがありがたがっているのは矛盾ではあるまいか」
「女子と小人を養いがたいなどと見放したのは、孔子の教導能力の不足を暴露するものだ。むしろ恥さらしなのに、後世の弟子どもが声を大にして、孔子先生の恥を吹聴しているのは奇妙なことだ」(女性教育の必要性を説いている)
「生物界は鳥けもの虫に至るまで、生存競争の激しさの中で成り立っている。人生は戦いであり勝負である。勝ち負けに目くじら立てるのは卑しいことではない。人間を励ます原動力は勝とうとする意欲だ。博打は国禁だが、即座に勝負が判明する手っとり早さに、人々は心酔するのであって、オロシヤ国などては国王さえ気がるに博打をなさると聞いた」
「昔は土地を取り合う力の乱世だったが、今は金銀を奪い合う心の乱世である。貧乏人は苦しいので、その現実に気づいているけれど、金持ちはのんきなものだ。物をめぐむくらいで、心の乱世を切りぬけたと安易に考えているのは嘆かわしい」
「欧米人は懐中時計を手に行動する。時間の観念が日本人のようにルーズでない。また欧米人は肉食をする。このため短命だが頭脳の働きは優秀だ。日本人は穀類を多食し、長命なかわりに智術は外人に劣っている」
「外国では重臣たちもどしどし庶民階層から選ばれるし、国王、宰相といった人々も供廻りなどしごく簡潔に、町へ出てゆく。日本の貴顕の権威主義とは正反対といえよう」
「なまじ聖人の教えになど心を縛られていると、そんなものを歯牙にもかけない悪党に負けてしまう場合が多い。我が手で、我が心を締めつけるのは損だ。日本人にはこのタイプの固物が少なくない。もっと柔軟性を持つべきではなかろうか」(まるで与謝野晶子の歌、やは肌のあつき血汐にふれも見で さびしからずや道を説く君、のようではないか)
ただし、真葛『独考』の版刻出版は残念ながら実現されなかった。大正10年に『独考』を出版しようとした人があり、原本を東京の出版社に持っていったときに関東大震災があり、焼失してしまった。幸い写本と抄録が現存し、今日真葛の開明思想の一端をうかがい知ることができる。ルソーの自然思想、ダーウィンの進化論、ニーチェの先駆的実存主義、福沢諭吉の天賦人権論、フランクリンの科学的合理思想、などとなど、これらの近代思想を知っているとは思えないが、江戸期の仙台において彼女独自で思考していたことは驚くべきことである。近代の幕開きは、半世紀のちのことであるが、真葛の先駆的な開明思想は、今後注目すべき研究課題であろう。(参考:門玲子「わが真葛物語」藤原書店、関民子「只野真葛」人物叢書)
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