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2016年3月 6日 (日)

日本初の映画興行は大阪で

History_4    日本で最初の映画興行は、1897年3月6日、東京神田の錦輝館といわれているが、稲畑勝太郎(左画像 1862-1949)が同年2月、大阪ミナミで上映している。これはリュミエール兄弟の発明したシネマトグラフといわれるスクリーンに映すもの。撮影者はリュミエールの技師ジュレールで、京都の歌舞伎俳優の所作事を撮った。なおホトトギス稲畑汀子(歌人)の亡夫は勝太郎の一族、稲畑順三(稲畑産業社長)。稲畑より1年前、1896年11月25日、高橋信治が神戸の神港倶楽部で上映しているが、これはエジソンのキネトスコープで1人づつ上から覗くものものだった。日本に早く伝わったのはエジソンのキネトスコープ(1896年11月)のほうで、カメラも輸入されて、1898年頃には全国にも数人の撮影者がいたらしい。なかでも東京の小西写真機店の浅野四郎は1898年に短編映画「化け地蔵」「死人の蘇生」を撮影し、1899年6月20日に歌舞伎座で公開した。映画興行者の駒田好洋は、当時話題になっていた稲妻強盗の逮捕を芝居にして柴田富吉に撮影させた。また柴田は1899年、銀座街頭風景や花柳界の名妓の舞踊を撮影している。歌舞伎「紅葉狩」は現存する最も古い日本映画である。

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