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2016年3月10日 (木)

東京大空襲

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 ケペルの両親はすでに他界したが、東京大空襲のとき、墨田区に住んでいた。姉和子(当時3歳)と3人で暮らしていた。母から断片的に聞いたことはあるが、詳しく聞いたことは一度も無い。こんな悲惨な経験をしていたのかと思うと、何ともいえない感情になる。両親がもし空襲で死んでいたら、今の自分はこの世に存在していないのだから…。家を失い、父の田舎へ疎開したが、都会育ちの母は疎開先での暮らしに馴れなかった。

   昭和20年3月10日未明、グアム、サイパン、テニアンから飛来した米軍のB29爆撃機279機が、低空で東京上空に侵入、江東、墨田、台東区を中心に2時間あまりにわたって東京下町一帯を爆撃した。約10万人以上の尊い命が一夜にして奪われた。

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空襲警報に怯えた日々

米軍のB29による東京大空襲が始まったのは、私が2歳4か月の頃だった。我が家は当時、中野区江古田という田畑に囲まれた田園地帯に住んでいた。周囲にはめぼしい軍事工場(施設)などはなかったので、再三「空襲警報」が鳴るたびに、庭の片隅に父が掘っておいてくれた防空壕に何度も逃げ込んだのを憶えているが、幸い一度も空襲の被害を受け(焼夷弾は一発も空から降って来)なかった。

しかしながら、真っ暗な防空壕の赤土の壁に這い回る幾つものミミズの異様な姿がローソクの光に照り出されるのを見て、背筋がゾッとしたのを、今でもハッキリ憶えている。そのシーンが我が脳裏に深く生々しく残っている生涯最初の記憶である。もう60年以上も昔の話であるが。。。

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