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2016年3月17日 (木)

会議は踊る、されど進まず

20110915_1996284    今からおよそ200年前のこと。1814年9月1日からオーストリアのウィーン・シェーンブルーン宮殿で「ウィーン会議」が開かれた。ナポレオン戦争後の欧州の領土の再分配を決めるための話し合いだ。だが参加者たちの利害関係が複雑で激しく対立し、締結に至るまでに9カ月もかかった。長くかかった理由は利害対立だけではない。各国の王侯貴族がウィーンに長期滞在したため、欧州の高級娼婦たちも都に殺到し、貴族・高官たちの夜遊びの相手をし、都はバブルのような状況であった。画像はミラノ・リソルジメント博物館が所蔵する有名な絵。

   遅々として進まぬこの会議の模様は「会議は踊る、されど進まず」と評されたが、この言葉は次の誰の言葉か?

1 メッテルニヒ

2 ド・リーニュ公シャルル・ジョセフ

3 タレーラン

  正解は2番のオーストリアの将軍、シャルル・ジョゼフ・ド・リーニュ公(1735-1814)である。だが大辞泉には「フランスの代表タレーランが皮肉を込めて言った」とある。シャルル・ジョセフは数カ月後の12月13日に死んでいる。実際、誰が言った言葉なのか決定的な証拠は乏しいようだが、ウィーン会議をつねにリードしたのはターレランであった。「ヨーロッパを1792年より以前の状態に戻す」とする正統主義が採用され、フランスはなんとか領土を守ったのである。(参考文献:「会議は踊る 帝都ウィーン物語 紅の騎士ド・リーニュ候、帝都をわかす」 幅健志 三省堂)

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 シャルル・ジョセフ

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