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2016年2月22日 (月)

近世日本人の歩き方

Photo    現代のわれわれは通常は歩く時、右足を前に踏み出すと同時に左手を前に振り出し、左足を前に出すと一緒に右手を前に振る。このようなウォーキングの動作は実は明治以降の学校教育の中で訓練されたものであるという説が流布している。それは最近、「ナンバ歩き」という耳慣れない言葉が流行していることとも関連している。ナンバとは簡単に言うと、右手と右足、左手と左足を同時に出す歩き方である。ナンバは農耕民族の基本動作であり、たとえば利き手の右で鍬を打ち下ろすとき、人は右足を前にして踏ん張るはずである。右手と右足、左手と左足が組みになっていないと、鍬は自分の足を打ち込んでしまう。

  ナンバは歌舞伎の所作や伝統舞踏に見られるが、相撲の押し、剣道・能のすり足、盆踊りなどに現在残っている。西洋人の歩行のように腰をねじる動きは、とくに武士の刀の大小が邪魔になるし、着物の帯がゆるみやすい。ただし、ナンバ歩きが日本独自の歩き方かというとかならずしもそうとも言えず、例えば古代ギリシアの壷絵にもナンバ走法が描かれているし、オスマントルコの軍隊のイェニチェリはナンバ歩行だという説がある。また近代以前の日本人の歩き方すべてがナンバ歩きかというと、それも一概には言えない。江戸時代でも都市と農村では多少異なるかもしれないが、近世後期の都市においてはナンバはすでに消滅していたという説も有力である。幕末から明治の外国人の見聞録などの調査研究によると、日本人の歩行の特徴として、引き摺り足、歩行の音、爪先歩行、前傾姿勢、小股・内股、奇妙な歩き方といった項目が挙げられた。このうちの多くは草履や下駄などの履物による影響により、小股・内股は主に女性に見られ、着物による必然化した特徴である。外国人の見聞録からはナンバ歩行に関する記述は見いだせない。日本人によるナンバ歩行の史料が少ないのは、歩行という動作があまりに日常的であるため、意識的に記録することがなかったためであろう。近世後期の日本にナンバ歩きがあったのか、あるいは無かったのだろうか。一つ考えられるとすれば、ナンバは実際には一見してそれとは判明しないほどに、自然で目立たない動作であったのかもしれない。かつての日本人が右手と右足、左手と左足を、手を振らずに、エネルギーのロスを最小限にした自然な歩行をしていたとすれば、外国人にとっても奇妙に感じなかったであろう。明治10年の西南戦争のとき、明治政府の農民兵は薩摩兵に完敗を喫したので、洋式練兵法を採用し、それを義務教育にまで取り入れて新しい歩き方が普及されたというのが通説であるが、近世日本人が整列行進ができず、近代明治の軍隊で整列行進ができるようになったというのである。しかしながらナンバ歩行、ナンバ走法と関連づけられるこの説も戦国時代の足軽の存在や秀吉の大返しの故事を考えると機動力の点で近世がすごく劣っていたと考えるには無理な点がある。

   そもそも「ナンバ」については由来があまりはっきりしない用語である。①骨筋の違うという意から、骨筋の違いをなおす医者が大阪の難波にいたのでそれからきたという説②南蛮人すなわち外国人の動作からきたという説(「演劇百科大事典」平凡社)これらのいずれも信憑性を欠く説であろう。

   いずれにしても、近世の日本人の歩き方は、着物と履物に強く規制されていたことは間違いないことであり、その歩行をナンバと呼ぶのがはたして適切であるのか、ではウォーキングがいつごろからはじまったのか、などの疑問は今後の研究調査が待たれる興味あるテーマであろう。

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コメント

子供の頃、手と足が一緒に出てるゾ!と運動会の行進練習でよく叱られました。
西洋式の歩行が必ずとも自然ではないと思います。

西洋式歩行は日本人が洋服を着るようになったことと関係していると思います。着物で西洋式歩行すると、すぐに乱れてしまいます。最近のテレビ時代劇はすべて現代風ですが、黒澤明の「七人の侍」などは忠実にナンバ歩きを再現しているそうです。

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